なんだか最近、私は軽率な自分の行動…というか、危険や勝負事を好む自分の性格を恨めしく思う。
 今回だってそうだ。みんなのいうとおりにしていれば、自分の家で、絶体絶命な状況に陥ることは無かったのだから。
 私はモップを手に、物陰に隠れている。
 が、追っ手が迫り来るのが分かる。足音が響き、人員がどんどん集まっているのがなんとなく理解できた。
 こうなれば、一か八か、やるしかないわね。たとえ相手がセリオとマルチでも、戦うしかないわ!

 そう、私は追われていたのだ。セリオとマルチの群れに。

 その日、私はちょっと遅くなった。
 別に、寺女で居残りさせられた…なんてじゃ無いわよ? あ、信用してないわね。自分で言うのもなんだけど、こう見えても学校じゃあ優等生で通ってるんだから。
 遅くなった理由は、寺女女子空手部から、ちょっと助っ人を頼まれたため。隣の女子高の女子レスリング部から他流試合を申し込まれ、私が代表として対戦相手に選ばれたのだ。
 あんまり乗り気じゃなかったけど、さくっとやっつけて帰路についた。
 
 今となって思い起こせば、この時に調子に乗ってたこともあると思うわ。
 セリオは今日は、マルチと一緒に一日メンテのために研究所に缶詰のはず。もっとも、戻ってくるのは夕方だから、夕食には間に合うけどね。
 で、私は家に着いた。で、チャイムを鳴らしたけど……。
「…あれ?」
 でない。
 今や時刻は夕方の五時。今日の夕食当番は葵のはず。今頃は、彼女は台所に立って、食事の支度をしていてもおかしくない。って言うか、してなきゃ夕飯の時間に間に合わない。
 真面目な葵は、いつもきちっと時間を守るクチ。だったら帰宅していてもおかしくないはずだけど……。
「ちょっと、誰か帰ってないの?」
 で、ふと見たら、私の携帯電話は電力が切れてた。ここ数日、充電するのを忘れてカバンにいれっぱなしだったから、当然といえば当然だけど。
 …このときも、後になって「日頃から充電しておけばよかった」と猛省するとは思っても無かったわ。
「?」郵便受けを見たら、夕刊が入ったまま。
 おかしいわね、誰も帰ってないの?
 しょうがないから、私は合鍵で玄関の扉を開こうとした。
 が、そこで扉に張り紙してあるのを見かけた。
『綾香ちゃんへ。中に入らないように』
 姉さんね、この筆跡は。
『綾香へ、入るな』
『綾香さん、入っちゃだめだよ?』
『綾香はん、入ったら後悔するで』
『アヤカ、知らぬが仏ダヨ?』
『綾香さん、お願いだから入らないで〜』
『綾香さん、入ったら滅殺されます』
『綾香さん、しばらく入らないでください』
 上からそれぞれ、浩之、あかり、智子、レミィ、理緒、琴音ちゃん。で、葵。
 怪しいわね。
 ここまでして、私を入れたくないなんて。さては何か企んでいるわね?
 とりあえず、カバンを置いて着替えるくらいなら良いだろう。そう思い、私は家に入ってしまった。
 
 家の中は、人の気配がしない。つまり、誰も帰っていない証拠だ。靴も私以外ないし。
 ちょっと、どういう事よ。みんな当番をサボって、どこかで外食するつもりじゃあないでしょうね。
 私はそう思いつつ、二階の私室にやってきた。
 が、そこで想像もつかないものを見る事になった。

『動くな』

 部屋のソファに座った時、小さな声が響いてきた。
 どこかで聞いたコトがあるような……。マルチ?
『動くな。両手を頭の上に組んで、じっとしていろ』
 そして、顔のすぐ脇に、何かが当たるような音。
 見ると、机の上に…マルチがいた。
『今の発砲は警告だ。命令に従わない場合、民間人といえど貴様を攻撃する』
 言われたとおり、動かなかった。というか、驚きで動けなかったんだけど。
 机の上にいたのは、確かにマルチ。でもそのマルチは……三十センチ大の、小さな人形サイズだったのだ。
 いわゆる、GIジョー人形のサイズ。さらに本物のGIジョーよろしく、歩兵の軍服に身を包み、ちっちゃな鉄兜をかぶり、背嚢も背負っていた。手にしているのは、本物のGIジョーが使用しているのと同じライフル。それを構え、私に向けている。
「ま…マルチ?」
『この家は、現在我が部隊の制圧下にある。貴様は捕虜として、我々のもとに投降せよ。然らざる場合、それは我々に対する敵対行為とみなし、攻撃する』
 まちがいなく、外見はマルチだ。が、ちっぽけな人形サイズで、偉そうに私に命令する態度にカチンときた。
「ちょっと、何様のつもりよ。調子に乗るのもいいかげんに…痛っ!」
 腕を銃撃された。強めの輪ゴムを飛ばされ、あてられた時のような痛みだ。服は破れてないけど、かなり痛かった。
『警告どおり、発砲した。次は…』
「いい加減にしなさい! 痛いじゃないの!」
 台詞を全て言わせず、私はすばやく立ち上がり、小さいマルチを机の上から腕で薙ぎ払った。
 いくら銃を持っていたところで、しょせんはちっちゃな人形。そんなのが一体あったところで、脅威でもなんでもないわ。
 けど、それは大きな過ちだった。
薙ぎ払われた小さいマルチは、床の上で転がったが、受身をとって立ち上がった。
 そしてそれと同時に、ベッドの下から、戸棚の隅から、家具の陰から、部屋の各所からうじゃうじゃ出てきたのだ。軍服に身を包み、銃を構えた小さなマルチが。
『貴様の行動を敵対行為と見なす。これより攻撃を開始する』
 さっきのマルチが、立ち上がり宣言した。その命令に従い、マルチ歩兵部隊は綺麗に隊列を組んで銃を構えた。
『撃て!』
 銃撃のつるべ撃ち。さっきの痛みが、全身を襲う。
「や、ちょっと! 止めなさい! 痛っ、痛いわよ!」
 近くのカバンで、顔を防御する。ナニがなにやら分からないけど、いい加減頭にきた。
 私は廊下まで逃げると、壁の影にて息を整えた。
『逃がすな! 追え!』
 近寄ってくるマルチ部隊。私はなんとか逃げる事だけを考えていた。
「何か武器になるものは…そうだ、あそこに!」
 二階の廊下の突き当たり。そこの物置部屋には、掃除道具がしまいこんである。
 私はそこまでたどり着くと、扉を開けた。
 モップや洗剤や、バケツなどがしまわれていた。私はモップを手にして、先刻のマルチたちに立ち向かっていった。
『気をつけろ!敵は武装している……はわわ〜っ!』
 廊下に迫ってきたマルチの一団を、私はモップで薙ぎ払った。床や壁に叩きつけられ、多くの歩兵マルチは動かなくなった。中には手足がちぎれたものもいる。
 ちょっとかわいそうかしら……そう思ったが、またも攻撃を受け、その思いは消えた。
 二体のバズーカを構えたマルチが、先刻の軍曹マルチの指揮を受けて私に砲撃していたのだ。
『撃てーっ!』
 バズーカは再び命中。葵のパンチと同じくらい、重い衝撃が私の肩や足を襲った。
 歩兵マルチの生き残りも、バズーカ砲撃手マルチがいる場所まで移動し、そこから銃撃している。
 見ると、私の部屋にのクッションや雑誌やらで、土嚢を積み上げている。まったく、芸が細かいこと。
 私も後退し、バケツや洗剤容器やらを手にして戻る。逃げるつもりは無かった。
 というか、もうこの時点では、戦う気まんまんになっていたのだ。一方的に攻撃を加えられ、そのまま黙ってすますほど私はお人よしではない。
 いうなれば、これは私に喧嘩を売ったのだ。その相手を叩きのめすまで、私は引き下がるつもりはない。
『撃てーっ!』
 マルチの姿をした敵を倒すのは、やはり抵抗がある。が、それでも倒される前に倒さないと。
 見ると、マルチ歩兵部隊のすぐ後ろの壁には、本がうず高く積まれていた。昨日の晩に、出しっぱなしにしていたものだ。教科書のみならず、ハードカバーの重厚な本も多く積まれている。
 私はバケツを、その本の山に投げつけた。
 バケツは中々うまい場所に当たった。積まれた本はなだれとなり、歩兵部隊を潰したのだ。
 本に埋まった歩兵マルチたちは、壊れて動かなくなっていた。
『メイディ、メイディ。こちら地上部隊。強力な敵と交戦し、死傷者多数。応援を要請する……はわっ!』
 本の下敷きになりつつも、軍曹マルチはちっぽけな通信機に連絡を入れていた。私は軍曹マルチをつかみあげると、問いただした。
「どうやら、戦いは私の勝ちらしいわね。さあ、答えなさい。あなたたちはマルチなの? 浩之やみんなをどこにやったの?」
 その返答が来る前に、今度は別の声、セリオの声が聞こえてきた。
『警告する、そのまま動くな!』
 それと同時に、ヘリコプターのローター音。
 部屋の空中に、三機のヘリが滞空していたのだ。しかもヘリにはそれぞれ、セリオが搭乗しているのが操縦席の窓から見えた。
『軍曹殿、今すぐに救出いたします。しばしのお待ちを!』セリオの声が、ヘリから響く。
『伍長、私に構うな。攻撃しろ!』
 マルチが、セリオの声に返答する。って、このマルチは軍曹? セリオの方が格下なわけ?
『しかし、軍曹殿を見捨てるわけには参りません!』
『命令だ、攻撃しろ!』
『…了解、敵を攻撃します!』
 そうこうしてるうちに、セリオのヘリコプター部隊が攻撃してきた。
 搭載してるミサイルやら機銃やらを、私めがけて撃ってくる。さっきのバズーカと同じくらいの衝撃と痛みが、私を襲った。
「ちょっと! 本当に撃つこと無いじゃないの! …いたたっ!」
 無我夢中で、私は手に持っていたモップ(マルチがいつも使ってるものだ)をヘリに投げつけた。
 モップの柄が、一機のヘリコプターの回転翼にひっかかり、バランスを崩した。そのまま、隣のヘリを抱きこみ、二機のヘリが墜落した。
 床に叩きつけられたヘリは、そのまま壊れ、動かなくなった。
『軍曹殿!』
『本部に退却しろ! こうなれば、我々の最終兵器を用いるしかない!』
 残った一機の戦闘ヘリは、軍曹マルチの命令を受けて引き返していった。
『ぐ……軍曹殿……』
 先刻の崩れた本の中から、歩兵マルチが這い出てきた。が、手足がもぎ取られて痛々しい。
『自分は……もうだめであります』そう言って、歩兵マルチは動きを止めた。
 壊れたヘリからも、二体のセリオが出てくる。が、一体はすぐに動かなくなった。もう一体も、ふらふらしてろくに動けそうに無い。
『軍曹殿……作戦成功を祈っております』
 そして、セリオも倒れた。
『伍長! 二等兵!……兵士よ、安らかに眠れ。貴様らの死は決して無駄にはしない』
 手の中の軍曹マルチが、悲痛な声とともに、敬礼した。
……いや、悲痛なシーンなんだろうけど……どうもマルチの声でこんな台詞を聞かされても、イマイチ悲壮感が無いんだけど……。
 そんな私の心情などお構い無しに、軍曹マルチは悲しみにくれた顔で敬礼していた。

「…で、あなたたちは一体なんなのよ。それに、みんなをどこにやったわけ?」
 ガムテープでぐるぐる巻きにして、私は軍曹マルチを問いただした。っていうか、この場合は『尋問』って言った方がいいかしら。
 もちろん、新手が来ないように部屋の扉を閉め、ベッドや本棚を扉の前に動かして、出来るだけのバリケードをしたうえでの話だ。
『我々は、HM特殊部隊『コマンドー・メイド』。この家は、我々の本部を設立するために接収している。貴様はこの家の住民か?』
 先刻からのふてぶてしい態度を変えることなく、軍曹マルチは答えた。
 …まったく、かわいくないわね。いつも接してるマルチは、素直で良い子なのに。しかしこのマルチときたら、反抗的で高圧的で、明らかに私の事を見下している。
 それに、感情もあるようだ。感情回路をオミットされた量産型マルチと異なり、喋る言葉の節々に、怒りや悲しみの感情が込められているのが分かった。
「あのね、質問してるのは私よ。それに、この家の他の住民はどうしたのよ。答えなさい!」
『貴様以外の住民は、この家より逃走した。我々は起動した後は、その周辺に本部を設立し、敵と戦うようにプログラムされている。そこに、貴様が攻撃を仕掛けてきたのだ』
「ちょっと! 攻撃ですって? ここは私の家で、私の部屋! それを、あなたたちが勝手に居座って、勝手に攻撃してきたんじゃない!」
 思わずその軍曹マルチをつかみ、激しく上下に振りながら言った。
『はっ…はわわわっ……この程度の……拷問で……我が軍の機密を……手に入れるなど……大間違いだ……はうう〜』
 目を回している。
 ま、ともかく。浩之たちは逃げたわけね。でもどこに……。
 そうだ! 携帯! 充電しながら、形態で連絡取れば!

『もしもし…綾香か!? おい、いまどこにいるんだ?』
 携帯の充電器をコンセントに差込み、携帯電話をかけた。浩之の携帯に電話する。
「浩之? 今、家の自分の部屋よ。マルチとセリオのGIジョー人形に襲われて、部屋がめちゃめちゃよ。一体、何があったっての?」
『馬鹿! 入るなって張り紙してただろ! すぐに家の中から出ろ! そいつらはマルチとセリオの試作品で、問題が発生したって代物……』
「……もしもし? もしもし?」
 携帯の通信が途切れた。
『友軍と連絡を取っていたな。だが、援軍の要請はさせない』
 机の上の軍曹マルチが、立ち上がっていた。
 見ると、やはり軍服に身を包んだセリオが数体、軍曹マルチの周囲に控えている。どうやら、特殊部隊所属らしい。
 別のセリオの一体が、さらに別の一体が背負った通信機らしいものをいじっている。アンテナが付いているところからして、妨害電波を発生し、携帯の電波受信を邪魔してるようだ。
『兵長、感謝するぞ。貴様の働きぶり、まさに名誉勲章ものだ』
『光栄です、軍曹殿。台所本部に一時退却し、この凶悪にして極悪な敵を倒す計画を検討しましょう』
 兵長セリオが、おぞましいものでも見るような目つきで、私を見ながら言った。ちょっと、凶悪にして極悪って何よ!
『そうだな。…人間よ、貴様に言っておく。覚えておけ、我々は貴様の鼻っ面をひねり上げ、ケツを蹴り上げてやる。容赦はしない、戦場の泥の糞のようにぐちゃぐちゃにしてやるから覚悟しておけ!』
 そういうと、軍曹マルチは兵長セリオが侵入してきた場所……窓のガラスを割った場所から逃げ出した。
「なっ……待ちなさい!」
 駆け寄ったけど、マルチとセリオたちは逃げていた。ロープをたらし、そこから庭に、地上へと逃げたのだ。

 あったまきた! 本気で怒ったわよ!
 途中で途切れた浩之との電話の中で、「マルチとセリオの試作品」とかあったけど、多分、家に持ち帰って暴走したんだろう。
 つまり、あれはマルチとセリオの顔をした、ニセモノだってことだ。でなきゃ、あんな汚い事をマルチが言うわけないし、セリオも私の事を「凶悪で極悪」だなんて言うはずが無い! ええ、無いったら無いわ!
 台所本部とか言ってたわね。いいでしょ、そこを攻め落として、こっちが逆に降伏させてやるんだから!
 頭に血が上った私は、モップやそのほか武器を手にして部屋から飛び出した。
 案の定、廊下には部隊が集結している。ラジコンカー程度の大きさの軍用ジープに乗ったセリオが、攻撃部隊の指揮を執っているようだ。
「てー!」
 その指揮に従い、バズーカ砲手マルチと迫撃砲手セリオが、私に砲撃してきた。
 が、こっちだって用意はしてるからね。
 手にしていたサンドバッグを掲げて、その砲撃を受けると、お返しに投げつけてやった。
 50キロはある重い砂袋の塊だ。人間ですら直撃したらただではすまないのに、こんなちっぽけな人形が受けたら、無傷ではないだろう。
 目論見どおり、サンドバッグはバズーカ砲撃手マルチと迫撃砲セリオを巻き込み、押しつぶした。
『た、退却だ! …うわあっ!』
 逃がさないわよ! 私は退却する前のジープを両手で引っつかみ、歩兵たちに見せ付けるように両手で掲げた。
 歩兵マルチたちの顔に、おびえが混じるのが見て取れる。
「退却したいんでしょ? 返してあげるわよ!」
 意地悪くそう言ってやると、私はジープごと歩兵マルチ部隊に投げつけた。
『はわわ〜〜〜〜〜っ!』
 ジープは歩兵マルチたちを巻き込み、セリオごと押しつぶした。ざまあ見ろだわ。
『ひ、引け! 引け! 我々の敵は恐るべき悪魔であります!』
 すぐさま、歩兵マルチたちが引き返した。
 ええ、悪魔ですとも。あんたたちを一体残らず壊して、燃えないゴミの日に出してあげるから、覚悟なさい!

 台所の食卓の上。そこには大きなトランクが開いた状態で置かれていた。
 トランクの中は、基地になっていた。通信兵セリオが通信機や小さな機械を操作している。基地の周囲は、さっきのヘリコプターが哨戒飛行して警戒していた。
 ここが、マルチとセリオたちの本部に違いない。先刻の軍曹マルチが、基地の中央に座っていた。が、私の顔を見て驚きの表情を浮かべていた。
 すぐにヘリが迎撃してきたけど、私はモップでヘリを打ち据え、撃墜した。
「さーて、どうしてくれようかしら? 人の家に勝手にあがりこんで、しかもさんざん好き勝手してくれたわね。あなた、私の鼻っ面をひねり上げ、ケツを蹴り上げるんだったわよね? 戦場の泥の糞のようにぐちゃぐちゃにしてやるから覚悟しろ……だったかしら?」
 凄んだ声で、私は威嚇した。
「覚悟なさい。少々のおしおきじゃあ、すまないからね!」
『わ、我々は最後まで屈しない! 我々は進軍あるのみだ!…はわっ!』
 モップの一撃で、近くに停めてあった軍用ジープを壊す。
「見たところ、歩兵の残りも僅か。逃げ道も無いようだし、兵器も残ってないみたいね。さて、どうしてくれようかしら?」
 が、軍曹マルチは基地の奥、なにかの機械を持ち出した。
『こうなれば、死なばもろとも! 貴様も道連れだ!』
 軍曹マルチは、機械のボタンを押した。途端に、私を含めて周囲に光が満ち、大爆発が起きた。

「……綾香…綾香…綾香!」
 揺り動かされ、私は目覚めた。
 浩……之? 浩之?
 目の前には、廃墟と化した台所、そして私を心配そうに覗き込む浩之や姉さんや、みんなの姿があった。
「浩之ね? ……ああ、良かった。みんな、大変だったわよ。マルチとセリオの格好をした、ちっちゃな人形に襲われてねー」
「…あのなあ、なんで逃げなかったんだ」
 心配そうな顔から一転、浩之は呆れ顔になって私に言った。
「え? 何言ってるのよ、私は家からあの人形を追い出したのよ?」
「いや、この状態はどう見ても『破壊した』と言うべきやろな」智子が周囲を見る。
 ま、まあ確かにそうだけど……でも、みんなの家を守るため、私は戦ったのよ? 
「綾香さん、浩之ちゃんの電話、途中で止めちゃったでしょ? 最後まで聞いておけばよかったのに……」
 あかりがため息混じりに言った。どちらかというと「あーあ、こんなに台所壊しちゃって」って感じのため息だった。
 ちょっと、みんな私の心配してないわけ?

 浩之から聞いたところ、このマルチとセリオの人形は、来栖川系列の玩具会社の新製品との事だった。なんでも、戦争ごっこで戦わせあって遊ぶもの……らしい。
 で、その試作品がうちにも送られてきた。長瀬さんが浩之に、みんなで遊んでモニターして欲しいと頼んでいたのだ。
 けど、送られてからすぐ、連絡が入った。人形のメモリーにはマルチとセリオのそれと同じく、人工知能が内蔵されている。けど、それには欠陥があり、周囲の人間を敵とみなし、誰彼構わず攻撃を仕掛けてしまうのだと。
 その連絡が入ったのは、浩之が人形達を起動させた直後だった。
 で、仕方なく人形の電池が切れるまで、浩之たちは家を空け、浩之の実家で避難していた……と。
 内臓した電池は、充電機能のないただの乾電池。で、人形は自分で電池を取り替えられないし、電力も食うので、起動してから二時間もすれば動かなくなる。つまり、このまま二時間も放置していたら、全て丸く収まったわけだ。
 こういう事情がある事を、皆は私に連絡したかった。が、携帯は電源が切れて連絡付かないし、セリオはメンテ中でサテライトサービスも使えない。だから扉に張り紙したのだが、私はそれを無視して中に入ってしまい、こうなってしまったのだ。
「まったく、張り紙読んだなら、その通りにすれば良かったのに。綾香さんって時々、わざと危険なことしますよね」
「そうだよねー。あーあ、台所がめちゃめちゃだよー。昨日作っておいたおかずが、みんな無くなっちゃってる」
 琴音ちゃんと理緒が、私を責めるような口調で言った。
 弁解の余地は無い。確かに、私のせいでこんな事になったわけだし。けど……。
「で、でも! みんなが危ない目にあってると思ったから、必死になって戦ったのよ! 少しは、そのあたりをわかってくれても……」
「わかってますよ。綾香ちゃんは皆さんを守るために、戦ってくれたんですよね?」
 姉さんが言葉をかけてくれる。やっぱり姉さん、分かってくれてる〜♪
「でも、綾香ちゃんが先走って、台所をこんなにしちゃったんですよね」
 ……分かってくれてる、わよね(汗)
「あーあ、今日は綾香さんの好きな夕食にしようと思ったのに、これじゃあ何も作れませんね」
 って葵、私より台所と夕食の方が問題かい。
「デモ、さすがはアヤカ! ここまで台所を壊しちゃうのはスゴイネ!」
 レミィ、それほめ言葉じゃないし。
「……いいわよ、どうせ私はトラブルメーカーですよーだ。いじいじ」
 みんな私を心配してないし、いじけるんだから。いじいじ。
「でも、本当に心配したんだぜ? 綾香ってば、人形に囲まれて襲われてるんじゃないかってな。ま、台所は後で直せばいいし、綾香に怪我がなくて良かったよ」
 いじけてる私を、浩之が慰めた。……ま、終わったんだし、いっか。

…しかし、終わってはいなかった。
「あうう〜、綾香様、壊さないでください〜」
「………私たちは、根っからの平和主義者です、平和万歳です、ピースです、戦争反対です」
 軍曹マルチや兵士セリオの残骸を手にしたマルチとセリオ。それを私が壊したと聞いてからしばらくの間、二人とも私を怖がって近付かなかったのだ。
「いや、だから。あれは事故よ、事故。私はなにも、マルチもセリオも壊すつもりは無いから……」
「はううっ、事故ということは……意識せずとも、わたしたちをあれだけ壊せるんですね?」
「ということは、その気になったら、わたしたちHMシリーズを根本的に絶滅させられる事が可能なわけですね……べ、別に恐怖は感じてません。ワタシタチハ、アヤカサマノメイレイニチュウジツナメイドロボデス」
 ……セリオ、ガクガクブルブルしながらカタカナで喋んないでよ。
 で、浩之や姉さんや皆から「マルチとセリオをイジメちゃだめ」って、何にもしてないのに叱られたり。だからー、私は何にもしてないんだってー!

……戦争反対。嫌いよ、GIジョーなんて。えぐえぐ。



あとがき

こんばんにゃー、塩田です。
さすがは綾香、何が来ても無敵です! くぅーっ、かっこいい!
……ええ、決して他意はありません。ありませんとも。
ちなみに元ネタは、JOJO第四部の「バッド・カンパニー」…の、さらに元ネタの、「戦場」っつー短編です(S・キング「深夜勤務」に収録)。
しかし、こんだけイジクりまわして、熱心な綾香ファンからカミソリ送られないか心配だったりしますが(汗)
ではでは。





☆ コメント ☆

セリオ:「……言ってもいいですか?」

綾香 :「……ダメ」

セリオ:「言わせて下さい」

綾香 :「ダメだってば」

セリオ:「綾香さんって、凶悪で極悪」

綾香 :「言うなっつーの!
     それにしても……何と言うか……あたし、完璧に苛められ役が定着しちゃったわね。
     ああ、なんて可哀想な綾香ちゃん」

セリオ:「……可哀想というか……自業自得?」

綾香 :「どやかましい」

セリオ:「だって、今回の場合も『入るな』と書いてあるのに入るのが悪いのですし」

綾香 :「……入るなと言われたら入りたくなるのが人情ってもんじゃない」

セリオ:「…………」

綾香 :「なによ、その目は?
     言いたい事があるのならハッキリと口に出して言いなさい、ハッキリと」

セリオ:「そうですか? では、遠慮なく。
     ダメだこりゃ」

綾香 :「…………」(げしっ

セリオ:「はうっ。い、痛ひの。
     ……うううっ、自分でハッキリ言いなさいと口にしておきながらこの仕打ち。
     酷いですよぉ」(泣

綾香 :「言いなさいとは言ったけど、その後お仕置きしないとは一言も言ってないわよ」

セリオ:「…………。
     綾香さんってやっぱり凶悪で極悪で性悪でその上……」

綾香 :「…………」(げしげしげしっ

セリオ:「はうはうはうっ」(泣





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