題目   『 文化祭の・・・  』


「え〜! メイド喫茶ぁ〜?」
 秋も深まったとある放課後、文化祭も迫ったので、クラスの出し物もそろそろ真面目に考えなくっちゃ
 って事で、ちょっと延長戦気味のHRの際に出た意見は、およそ校内で頻繁に聞かれる類の店舗名称
 では無かった。

「なんでメイド喫茶なの?」
「恥ずかしいからイヤ!」
「喫茶店だったら普通ので良いじゃん。」
 口々に反意を繰り返す女性陣。
 そりゃそうだ。
 男性陣と違って、変に賛同なんかしてしまった暁には、自分がその「恥ずかしい格好」をして、
 御来店の御主人さまに御奉仕して差し上げなきゃならないんだから。 って言うか、死活問題?

「良いじゃん、それ! メイド喫茶にしようぜ。」
「面白そうじゃん。 やろ!やろ!」
「インパクトがあって良いよな。」
 口々に賛意を口にする男性陣。
 こちらは女性陣と違って、その「恥ずかしい格好」をするわけでもなく、反対にその「恥ずかしい格好」
 を間近で堪能出来る特典つき。 賛同こそすれ、反対などする馬鹿者など居ようはずもない。

 クラスが大きく二つに分かれ、喧々囂々、口々に好き勝手な事を言い始めた。
 意見が全く出ないのは困ったものだが、これではただの言い争いであって、既に会議の体裁を
 要していない。
 可哀相に、壇上に立つ文化祭実行委員の二人は、ただオロオロするだけでその場を収集する事が
 出来ないでいた。

 ・・・すると、突然。

 バン!

 と、大きな音が教室中にこだました。
 今まで勝手な事を言い合っていたクラスメートは静まり返り、その音が発せられた元へと目を向けた。
 そこには、両手を机につき肩で息をしている香里の姿があった。

「みんな落ち着いて! 常識的に考えて、メイド喫茶なんて校内で出来る訳ないでしょ? これは北川くん
特有の冗談よ。 ね!」
 最後の ”ね!” だけ北川に顔を向けながら、凄い顔で睨みつけた。
 「そうなんでしょ?」なんて生易しいものではなく、「そうだろ? え? おい!」って感じのかなり剣呑と
した目で。

「・・・そ、そんな事はない。 俺は本気だ。 別にメイド喫茶って言ったって、いかがわしい事をする
訳じゃない。 ゴスロリメイド服に身を包んだウエイトレスが給仕する喫茶店ってだけだ。」
 香里に反対される事くらい折込済みなのか、漢北川は香里の意見に真っ向から立ち向かった。
 命知らずの外野が、「そうだ、そうだ!」なんて野次を飛ばしたが、香里の一讐で完全に沈黙した。

 無理もない。
 俺でさえ、一年近く”親しい友人”をして、香里の怒った顔とか、拗ねた顔とか、笑った顔とか、あん時の
 顔とか、いろいろ見慣れているものの、香里に凄まれれば、何もしていなくても「ごめんなさい」って
 謝ってしまいたくなる。
 だから、真っ向勝負している北川は、ある意味”勇者”と言っても過言じゃない。

「だったら普通の”喫茶店”で十分でしょ? ”メイド喫茶”に拘る必要無いじゃない。」
 もっともらしい香里の意見。
 多分、クラスの約半分は首を縦に振り、クラスの約半今は、「そうじゃないだろ!」って心の中で叫んだ。

「それは明らかに違う。 ”喫茶店”と、”メイド喫茶”では醸し出すイメージがあまりにも違いすぎる。
全く別物と言っても過言じゃない。」
 完全否定する北川。
 この意見には、良くも悪くもクラスの殆んどが首を縦に振った。

「そう、良かったわ。 意見が通じ合える部分があって。 私だって、”喫茶店”と”コスプレ喫茶”じゃ
イメージが違う事くらい判るわ。 だから、少なくとも、文化祭の模擬店でするような店じゃないって事もね。
大体、”メイド喫茶”なんてモノは、ある特定地域の、特殊な趣味を持った特異な人種の為のお店でしょ?」
 香里は呆れ顔で両手を横にし、肩をすぼめた。
 そんな香里の反応に、北川は後ずさりをするという、更にオーバーアクションをして見せた。

「”ある特定の地域?””特殊な趣味?””特異な人種?”・・・。 美坂、それって、本気と書いてマヂって
読むくらいマジで言ってんのか? まさか、美坂がそこまで情報音痴だとは思わなかった。」
 両手を腰に当て、俯きながらゆっくりと頭を振る北川。

「いいか美坂。 確かに初めはそんな店だったかもしれない。 それは俺も認める。 でも今は違うんだ。
”メイド喫茶”と言えば、極々普通のお客さんが、一時の癒しと活力を求める店であり、メイド服を着た
スタッフとの会話を楽しむ店なんだ。 当然、客側もそれ以上のサービスを強要しないし、店側もそれ
以上のサービスを提供しない。 誤解されがちだが、至って健全な喫茶店であって、香里が想像する
ような特殊な人種のみが闊歩する陰鬱な店なんかじゃないんだ」
 自称情報通の北川君のお言葉は、香里同様情報音痴の俺には信じ難いものだった。
 そんな俺達の気持ちを知ってか知らずか、今度は諭すような口調で話し始めた。

「飲み物と場所を提供するだけなら、普通の喫茶店で充分だよ。 それに、企画だって、去年の物を
借りてこればかなり参考になるから楽だし・・・。 でもさ、それって俺達に優しいんであって、来てくれる
人にはどうだろ? 教室を使う以上火は使えないから、提供できる物だって限られる。 だったら、どっかで
付加価値をつけて、”来て良かった。”って、少しでも感じて欲しいじゃないか。」

「・・・・・。」
 北川のもっともらしい言葉に、唇を噛み締め、肩を震わし、北川を睨む香里。
 奴の事だ、いかがわしい気持ちだけで発案したと思ったのに、ここまでマジに考えているだなんて思い
 もよらなかった。 俺だけじゃない。 あれだけ頑なに拒否の姿勢を示していた女子の間からも、メイド喫茶
 容認の声が出始めた。
 このままでは決をとるまでも無く、今年の出し物は”メイド喫茶”になるだろう。


 ・・・学校側が許可したらの話だが。

「俺だって、他のクラスじゃこんな事考えもつかなかったさ。 ただ、このクラスってさ、ほら、他のクラスの
奴等が羨むほど可愛い子が多いじゃない。 実際他のクラスの奴等が、そんな話題で盛り上がってたの
聞いた事あるしさ。」
 クラスの所々で、「きゃぁ〜」なんて、黄色い声が上がった。
 ま、確かに俺もそんな話を小耳に挟んだ事があるし、そもそも、顔や外見で選んだんじゃないかってくらい、
 このクラスの女子は標準をかなり上回る粒ぞろいばかりだ。
 ま、それを、”クラスの特色”として捉えるならば、それを有効活用しない手は無いし、それを有効活用した
 場合は、評判になる事間違いない。

 それにしても北川、考えたな。
 窮している香里を更に責めるかと思いきや、クラスの女子を味方につけ、外堀を埋める作戦に出たらしい。
 
「それに、このクラスには、校内でも人気を二分する、美坂と水瀬がいるからな。」
「え? 私?」
 鼻先に人差し指を向け、目を見開く香里。
 そのバックでは、クラス中の者が拍手をし歓声を上げている。
 既に、クラスの方向性は、満場一致でメイド喫茶へと進んでいる。
 言葉を無くした香里が、助けを求める様に俺へと視線を向けた。
 「助けて!」って目で訴えかけている。
 さすが、”親しい間柄”な俺達は、視線や、ちょとした仕草で、お互いの気持ちとか、考えとかが判ってしまう。
 俺は、にっこりと微笑みながら、手をヒラヒラと振ってやった。
 すると今度は、右の握りこぶしをワナワナさせながら睨まれてしまった。
 「裏切り者!」って目が言っている。 これは相当怒っているかな?

「い、イヤよ! 絶対にイヤ! ね、名雪もそう思うでしょ!」
 それでも香里は頑なに拒否の姿勢を崩さず、最後の砦とばかりに親友の名を呼んだ。
 呼ばれた名雪は、急に名前を呼ばれた事に若干驚いていたようだが、にっこりと微笑みながら。

「私は面白いと思うよ。」
 殆どのクラス、あの北川でさえ、思いもよらない台詞を言ってのけた。

「な、何言ってんのよ! 名雪! 人様の前で白衣はチャイナ服やゴスロリメイド服着せられるのよ!
恥かしいじゃない! 私は嫌よ! 絶対イヤ!」
 凄い剣幕で捲くし立てる香里。
 しかし、名雪はにっこりと微笑みながら、大の親友を「まぁまぁ」と、なだめた後で。

「香里、気持ちは判らないでもないけど、その言い方は失礼だよ。 病院に行ったって看護婦さんは白衣を
着ているし、中華料理屋さんに行ったってチャイナ服を着た人が料理とか運んでくれるよ。 
だから、一纏めに恥かしいは良くないと思うよ。」
 なんて、何となく真っ当でありながら、やっぱり”名雪的”な発言をした。

「病院の白衣だって、中華料理屋さんのチャイナ服だって、その場に最も相応しい制服だから違和感がないの!」
「じゃ、メイド服だって、メイド喫茶では最も相応しい制服だよ。」
 ・・・・そうか?  そうなのか?
 クラス中の頭の上に、”?”マークが浮かぶ中、香里だけが猛然と反論する。

「ちょ、ちょっと名雪! 名雪は、ホントにメイド喫茶で良いと思ってるの!」
「うん。 良いと思うよ。 やるからには来てくれる人に喜んでもらいたいから。」
 にっこりと微笑む名雪。
 反対に、最後の砦が崩壊した香里は、顔を真っ赤にしてマヂ切れ寸前となった。
 
「・・・それに、可愛い制服って、着るの慣れてるから、全然問題ないよ。」
 名雪の放った何気ない爆弾発言に、クラス中が一瞬静まり返って名雪を見た。
 マヂ切れカウントダウンの香里までもが、呆気に囚われた顔をしている。
 
「な、名雪・・・慣れてるって? その・・・・バイトでもしてるの?」
「ううん。 違うよ、香里。 祐一がね、そういうの好きだから。」
 恐る恐る聞く香里に、全くその意を理解していない名雪は元気良く答えた。
 痛すぎるクラスメートの視線が、今度は俺に集中するのが判った。
 何て言うんだろ? 怒気をはらんだ視線って、こういうのを言うんだろうな。

「な、名雪何を・・・・。」
 ここまでは静観していたものの、流石に黙っていられず声を出した。
 が、一瞬早く出された香里の手に制され、それ以上の言葉を重ねる事が出来なかった。

「好きだからって・・・・もしかして、毎晩?」
「うん、勿論だよ。 毎晩新鮮な名雪が見られて嬉しいって、祐一言ってくれるもん。」
 頬を赤らめ、身をよじる名雪。
ゆっくりとこちらに視線を投げ掛ける香里。
 指をボキボキって鳴らしながら。 なんか、バックには黒っぽい地獄の業火がメラメラっと燃えている様な
 いない様な・・・。
 って、マヂ怖いんですけど、香里さん?

「どうしてって、聞いて良い?」
「マンネリの防止だよ。 いつも一緒だとね、祐一も飽きちゃうといけないから・・・って香里? どうしたの?」
 小首を傾げ、不思議顔の名雪を他所に、ふふふ・・・って薄気味悪く笑う香里。
 こりゃ洒落にならない。 香里は完全に切れたようだ。
 俺の背中に悪寒が走り、血の気が急激に失せて行くのが判った。





  ○   ○   ○   ○   ○   ○   ○   ○



「きゃははは・・・・ホント面白かったわね。」
「何が面白かっただ! 何が!」
 お腹を抱えて笑う香里に一瞥をくれてやった。

「何がって、やっぱり相沢くんのウサギさんでしょ。」
「うぐぅ・・・。」
 一世一代の恥辱っていうか恥部。 記憶の片隅にも置きたくない悲しい出来事。

 文化祭、香里のゴリ押しが利いたのか、学校側を何とか説き伏せ(ねじ伏せ)俺達は予定通りメイド喫茶
 を開く事が出来た。
 大々的に宣伝した効果があったためか、開店から閉店まで客足が途絶えること無く、大盛況のうちに
 終える事が出来た。

 ま、企画的には大成功だったんだけどね。
 そのーなんだ、俺達も着せられたんだな。 
 網タイツはいて、耳までつけたウサギさんの格好で。
 もう、お客さんからは笑われるわ、オーダー取りに行ったり、注文の品を運んだりしたら睨まれるわで、
 もう散々だったぜ。

「忘れてくれ! って言うか、今直ぐに忘れろ!」
「イヤよ。 こんな面白い事忘れらる分けないでしょ。 それに、いっぱい写真撮ったからね。」
 デジカメをヒラヒラさせながら微笑む香里。
 ホント、こういう時の香里は小悪魔・・・イヤ、性質の悪い悪魔に見える。

「うぐぅ・・・・。」

「ねぇ、香里。 ひとつ聞いて良い?」
 俺が言い負かされている隣で、不思議顔の名雪がボソッと尋ねた。

「どうしたの名雪。」
 こちらは喜色満面。 

「祐一を苛めるのはどうでも良いんだけどね。」
 こらこら。

「あんなに嫌がってたのに、どうしてまだメイド服着てるの?」
「どうしてって・・・相沢くんを誘惑するために決まってるじゃない。」 
 眉をしかめる名雪に、さも当たり前のように返す香里。

「どうして祐一を誘惑するの?」
「あら、名雪も言ったじゃない? マンネリ防止、相沢くんを飽きさせないためだって。 だから、今夜は私が
相沢くんのお相手をするの。」
「ダメだよ。 祐一は、私がご奉仕するんだから。」
「良いじゃない。 たまには私も、ね。」

「了承。」
「了承って・・・お母さん! どうしてお母さんまでメイド服着てるんだぉ〜! 危険が危ないんだぉ〜!」

                                                        おーわり







あとがき

最後まで読んで頂きましてありがとうございます。
ばいぱぁと申します。

こんなメイド喫茶だったら一度行ってみたい気はしますが、実はメイド喫茶なる場所には、
未だに足を踏み入れた事はありません
行きたいな、とは思いますが・・・ね。





 ☆ コメント ☆

綾香 :「議論が白熱するのは構わない、というか寧ろ喜ばしい事なんだけど……」(汗

セリオ:「北川さん、熱弁でしたね」

綾香 :「まったく。どうして男って、くだんない事にこうも情熱を傾けられるのかしら」

セリオ:「それは……浪漫ゆえに、じゃないでしょうか」

綾香 :「浪漫、ねぇ」

セリオ:「浩之さんも言ってましたし。
     メイド服があればご飯三杯は軽いって」

綾香 :「……ワケわかんないわよ、それ」

セリオ:「つまり、殿方にとって、それだけメイド服には魅力があるということです」

綾香 :「そういうもんなの?」

セリオ:「そういうもんなのです」

綾香 :「……そっか。
     なるほど……」

セリオ:「『それなら、今度、メイド服を着て浩之に迫ってみようかしら。
     そして、いっぱいご奉仕しちゃうニャン』」

綾香 :「変なモノローグを捏造するな」

セリオ:「――こうして、これをきっかけに、
     綾香さんと浩之さんは、メイドさんプレイに骨の髄まで浸かっていくのでありました。
     めでたしめでたし」

綾香 :「尚且つ、勝手に完結させるな。
     あのねぇ。あたしと浩之がそんな変なプレイにハマるなんて事あるわけ……」

セリオ:「無いと断言できますか?」

綾香 :「…………。
     …………。
     アハハハハ」(汗





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