12月に入って間も無くの、とある週末の昼下がり。
 昨日までの雪がウソの様に晴れ渡った公園にて、相も変らぬ醜態・痴態を見せつけるバカップル二人。
 このバカップル、時と場所を全く選ばぬイチャイチャラブラブぶりは、それを垣間見る者が胸焼けを起す
 ほどであり、既に近隣ご町内を含み、知らぬ者がいないほど有名であった。

 何時もの様に、余人を許さぬ二人だけの世界を構築しているバカップルを、木陰から覗き見ている影一つ。
 その視線は、御町内の方々の様な生温かいものでは無く、黒き地獄の劫火にも似た怒りの炎に満ちて
 おり、はたまた、嫉妬と嫉みが絡み合った絶対零度と思しき凍てつく視線にも見られた。

 その少女の、全身から湧き出る殺気にも似た異様なオーラに、近くを散歩する人々も恐れをなし、腹を
 空かせた野犬さえも、尻尾を巻いて逃げ出していく。

(あぁ、お姉ちゃんとあんな事。 うぅぅぅ! 人前で恥かしくも無く、イチャイチャする二人なんて、人として
不出来です! そんな祐一さんは、大好きだけど、大っ嫌いです!)
 娘は、目の前にある一握り以上はありそうな木の枝を、文字通り握り潰した。
 か細いその腕の、何処にそんな力が隠されていたかは知らないが、娘はみかんでも潰すかの様に、
 顔色一つ変えずに枝を握り潰した。

 そんな、鬼人も泣いて命乞いをしそうな鬼気迫る少女に向かい、春の陽射しにも似た穏やかな笑顔の
 少女が近付き優しく語りかけた。

「・・・木が可哀想よ、栞ちゃん。」



     『 題目  名雪の誕生日 − 名雪の逆襲  』



『香里から祐一を奪っちゃえば?』
 名雪さんに引き摺られる様にして行った百花屋で、開口一番、名雪さんから言われたのがこれでした。

『見ていたって、何も変わらないよ。』
 とも。

 私だって、それくらいの事考えなかったわけではありません。
 でも、それでは、大好きな祐一さんを騙し、大好きなお姉ちゃんを裏切る事になります。
 私の魅力と抜群(?)なテクニックで、祐一さんを魅了・骨抜きにするのなんて、いとも容易い事です。

 しかし、そんな事をしたら、お姉ちゃんの逆鱗に触れる事は必至です。
 あの、お姉ちゃんを敵に回した場合の、想定される陰湿にして陰険な攻撃。
 今思い出してもぞっとします。
 あんな寂しくて悲しくて辛い思いなんて、二度と味あいたくはありません。

 とは言え、それは私が未だ身体が弱かった、16、7の小娘だった頃のはなし。
 今は、元気な身体を手に入れ、何でも自由に考え、行動が出来る、”スーパーしおりん”に生まれ変わ
 っています。 
 お姉ちゃん如きの、”無視&私に妹なんていないわ!”攻撃になんて屈しません。

 私は、一も二も無く、名雪さんの手を握り締め、『私やります!』って言っちゃいました。
 『だから、名雪さんも手伝ってね。』って。



 あれから2週間余り。
 私達は、密かに連絡を取り合い、地道に準備を進めました。

 そして、今日がその決行の日。
 予てからの計画通り、名雪さんはお姉ちゃんを連れ出す事に成功し、祐一さんは私の誘いに乗って
 我家にいます。 両親は仕事の都合で、夕方過ぎまで帰って来ません。
 と、言うわけで、いまこの家には私と祐一さんの二人っきり。
 加えて言うならば、2,3時間くらいは、私達を邪魔する者は現れないって事です。

(・・・すぅ〜。 はぁ〜。 よし! 行こう!)
 私は、居間のドアの前で深呼吸をすると、意を決して扉に手をかけます。
 私だって、永遠の17歳でもなければ、夢見る少女でもありません。
 名雪さんの言われる”奪っちゃえ”の意味も正しく理解していますし、ナニをナニすれば良いかも判って
 います。 昨晩だって、何度も何度も一人でシュミュレーションをして(ぽっ)・・・って、わっ!わっ!
 何言ってるんですか! 恥かしい事言わせないで下さい! 別に何度も何度も一人でだなんて・・・。
 (真っ赤)

 ・・・と、兎に角、計画通りの予定通り、準備万端、予行演習もばっちりです!
 怖いくらいに問題なしの、ノープロブレム!
 ちょっとだけクリスマスには早いけど、一番美味しい私を、一番美味しい状態で食べてもらうため、
 今の私は、コアでレアなマニア必見の”裸エプロン”姿。
 プリチーでチャーミングなしおりんの、裸エプロンをクリスマスプレゼントとして差上げたら、祐一さんだって、
 狼さんに変わって襲い掛かってくる事間違い無しです。

 私は、ペロリと舌なめずりをしながら心の中で、『いっただきまーす!』って、呟いた。


   ○   ○   ○   ○   ○   ○

「・・・ふふふふ、今頃行っても、もう遅いわ。 多分、祐一は栞ちゃんとお楽しみの最中よ。」

「香里・・・悔しい? 悔しいでしょ? 実の妹に愛する人を奪われたんですものね。 
判るわ。 私には、貴女の気持、よっく判るわ。 だって、私も一緒なんですもの! 
私も信じていた親友に愛する人を・・・愛する祐一を奪われたんですもの。 実の妹に祐一を寝取られた
香里の気持、痛いほど判るわ!」

「どう? 香里? 愛する人を奪われた気持は? ざまは無いわね。 笑ってあげる。
香里の悔しそうな顔を見ながら、心の底から笑ってあげるわ! ほ〜〜ほほほほ・・・・。」

 ・・・って言いたいんだけど。
 時間にルーズなのって、良くないと思うよ香里。

 今日は、私や祐一や香里にとって特別な日。
 少なからず私に負い目のある香里が、私の誘いを拒める筈も無く、まんまと私達の罠に嵌り、予定通り
 香里を駅前広場に呼び出し、祐一を栞ちゃんの元へと向かわせる事に成功した。
 私の計画では、そろそろ栞ちゃんは行動を起している頃で、香里は私から屈辱を味わっていなければ
 いけない時間。
 でも・・・まぁ、ちょっとくらいのタイムテーブルのズレは誤差範囲、俗に言う、想定の範囲内ってやつ?

 ふふふ。 それにしても、栞ちゃんが、あんな簡単に協力してくれるとは思いもしなかったな。
 騙されているとも知らずに、滑稽なほど乗り気でやる気満々なんだもん。

 ホントはね。 私、栞ちゃんに協力する気なんて全然ないんだ。
 愛する祐一を、栞ちゃんにくれてやる程、私は聖女じゃないもん。
 面従腹背っていうのかな? 表では栞ちゃんの力になるような顔をして、ホントは、美坂姉妹が祐一を
 奪い合っているドサクサに紛れて、祐一を奪還するのがホントの目的。
 漁夫の利とも言うんだよね、こう言うのって。
 でも、こんな事、何処の誰だってやってる事だから、恨まれる筋合い無いもん。


 でも・・・・。

「・・・遅いよ。 香里ぃ〜。」


  ○   ○   ○   ○   ○   ○   ○


「さってと・・・・栞、これはどう言う事かしら?」
 耳元で、大地の底から響くような、重く静かなお姉ちゃんの声がします。
 言葉遣いは大人しそうなんですが、そうとう怒ってます。 っていうか、マヂヤバイってくらい、かなり
 怒ってます。
 強いて言うなら、私の生命の危険が危ないほど、凄まじく怒っています。


「・・・えっと・・・・その・・・・祐一さんにお茶を。」
 私は、最後の抵抗とばかりに、強張りながらも引き攣った笑顔をお姉ちゃんに向け、しどろもどろになり
 ながら答えます。
 血は水よりも濃いと言います。 引き攣った笑顔とは言え、実の妹のチャーミングでプリチーな笑顔に、
 少しぐらいは心が和むかも知れませんから。

「ふ〜ん。 ダメじゃない、嫁入り前の若い娘が、わ・た・し・の相沢くんに、そんな姿で近付いちゃ・・・ね。」
「ひぃ!」
 私は、思わず小さな叫び声を上げてしまいました。
 振向いたその先にあるお姉ちゃんの瞳が、冷血にして冷酷な大蛇のそれの様にも、獰猛な猛獣の
 それの様にも見え、軽いウェーブのかかった黒髪が、怒気のせいか藍色に染まりユラユラと蠢く様に
 見えたから。
 全身から油汗が噴き出し、膝がガクガクと震えだします。
 少なく見ても、私はエサ決定って所でしょうか?

「ビックリしたわ。 携帯電話を忘れたのに気付いて、急いで取りに帰ってみたらこれでしょ? まさに危機一髪よね。」
 いえ、お姉さま。 今、私の置かれている状況が、危機一髪って言うんです。

 そうなんです。 居間のドアノブに手を掛け、まさに回そうとした瞬間、お茶の乗ったお盆とドアノブに掛けた
 手を、後から掴まれ、羽交い絞めにされたのです。
 私は、恐怖に声が出ませんでした。 だって、この家には、私と祐一さんの二人しかいないと思っていたから。
 私のか細い手を握り締め、私の華奢な身体を締め上げる、人にならざる怪力が、お姉ちゃんだなんて、
 思いもしませんでしたから。

 今回の最大の失敗は、あまりにも計画通りに事が進んだために、若干慢心していた事と、これから行われる、
 めくるめく祐一さんとの情事に気を取られ、お姉ちゃんがドアを開けて家の中に入って来た事や、あまつさえ、
 バックをとられるまで接近された事に、気付かなかった事です。

「・・・名雪にも困ったものね。 どうせ、名雪の口車に乗せられたのでしょ?」
「そ、そうなんですよ。 名雪さんに唆されまして、私はイヤだイヤだと言ったんですが・・・。」
 矛先を名雪さんに向けてくれた事に感謝しつつ、全ての責任を名雪さんにおっ被せ様と、必死に弁明します。
 良いんです。 裏切り者の烙印を押され、如何なる言葉で罵られ様と、この窮地を脱するためなら、全てを、
 それこそ、悪魔にだって魂を売っちゃうかもしれません。

「そうね、名雪にも困ったものだわ。 でもね栞。 貴女も同罪よ。」
「そ、そんな・・・。」
 正真正銘、”泣き”が入ります。
 この状態で、お姉ちゃんが、私を名雪さんと同罪と言った以上、私に明日の朝日を拝む事は叶わないでしょう。

「あら? お父さんとお母さんが帰るまで、あと、3時間もないわね。」
 お姉ちゃんは、自分の腕時計を、私の目の前に向けて時間を確めます。

「ねぇ栞。 お願いだから、勝手に壊れないでね。 私の可愛い栞は、私の手でジャンクにしてあ・げ・る・か・ら。」
「ひっ!」


  ○   ○   ○   ○   ○   ○   ○

 ガチャ。

「どうしたんだ栞、えらく待たせた・・・って、あれ、香里? 用事は良いのか?」
「うん、大した用事じゃなかったのよ。 だから、もう良いの。」
 私は、相沢くんの側まで行くと、そのまま軽めのキスをして隣に腰掛けた。
 相沢くんは、何時もの様に私の肩を抱き寄せてくれた。

「栞はどうしたんだ?」
「栞? あぁ、ご免なさい、ちょっと来られないみたいよ。」
「ふーん。」
 別に、私は相沢くんに嘘なんて言っていない。
 栞は2階の自室にいるけど、”(来たくても)来られない”のだから。

「栞の奴、何してるんだ?」
 不思議そうな顔を向ける相沢くん。
 私は相沢くんに、100万$の笑顔を向け。

「”人生勉強”・・・かな。」
 そう人生勉強。
 二度と私に逆らわないように、逆らおうとしても、身体が拒絶する程に、じっくり
とゆっくりと、”お勉強”させて
 あげている。 それは人格が崩壊する寸前まで、生き長らえる事を後悔し、命を絶
つ事を羨望するほどに。
 私を裏切らないように、裏切ったらどうなるか、私への恐怖心を、深く、深
く、栞の心に刻んであげている。

「・・・ねぇ、そんな事より、相沢くん、抱いて。 」
「へぇ? あぁ、別に良いが。 じゃ、上行くか?」
「いやよ。 ここで、ねぇ、今すぐ。」
 私は、甘い声を出して、相沢くんに哀願する。
 そして、相沢くんの答えを待たずに、上着を脱ぎ捨てると、相沢くんのズボンのベ
ルトに手をかけた。

「おいおい。 今日は何時に無く積極的だなぁ。」
 私は、舌なめずりをすると、唇を少しだけ上げて。

「だって。 女は血を見ると興奮するものなのよ。」

                                                          つ づ く



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あとがき

最後まで読んで下さった皆様、ありがとうございます。
ばいぱぁです。

これは、今年の3月に、くま吉さんのリクエストを元に作ったんですがね。
しかし、3月の終わりにPCがお亡くなりになられて、今まで作ってたSSのデータが消失!
で、このSSもその時に消えて無くなったんですが、とある所に、ほんとに偶然紙で残ってまして・・・。
で、作り直しました。

ちなみに来年分もあります。(笑)
来年分は、もっと・・・・・・です。
 





 ☆ コメント ☆

綾香 :「名雪も栞も香里も黒いわ」(汗

セリオ:「みなさん、ブラックなオーラがドロドロと溢れ出てますね」

綾香 :「困ったものよねぇ」

セリオ:「実に素敵です」

綾香 :「……は? 素敵?」

セリオ:「恋する乙女はこれくらい強かでなくてはいけません」

綾香 :「一理あるっぽい気がしなくもないけど……いや、でも、ちょっち強かすぎやしないかい、これは?」

セリオ:「そうですか? わたしには、みなさん、まだまだ遠慮が感じられますが」

綾香 :「遠慮?」

セリオ:「遠慮」

綾香 :「あれで?」

セリオ:「あれで」

綾香 :「えっと……マジ?」

セリオ:「大マジです」

綾香 :「なんか血とか見ちゃってるっぽいんだけど」

セリオ:「問題ありません。想定内です」

綾香 :「……」

セリオ:「祐一さん争奪戦もなかなかにヒートアップしてきたみたいですし、今後の展開にも期待しちゃいますね♪」

綾香 :「そんな楽しそうに言われても……」

セリオ:「綾香さんは楽しみじゃないんですか?」

綾香 :「え? そりゃまあ、あたしも少しは……ねぇ?」

セリオ:「ですよね? やっぱそうですよね? 対岸の火事ってワクワクしますし♪」

綾香 :「だから、そんな身も蓋も無いことを楽しそうに言うなぁ!」





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