チュンチュン……

すずめのさえずる声が聞こえる…ああ、もう朝なのか……
気だるい体を動かすことなく、目を閉じたまま耳から聞こえる情報だけで時間を把握する。
そろそろ起きないといけない時間というのは分かっているのだが、体がいうことをきいてくれない。
特に低血圧というわけでもないのだが、大抵の人はこういう状況を毎朝迎えているのではないだろうか?
俺も例に漏れず……といったところだ。

カチャ…

ドアの開く音がした。
俺以外にこの家にいるのは『彼女』しかいない。
従って、ベッドに近づいてくるこの足音も『彼女』のものであり、この後どうなるかは身にしみて覚えている。
だが、この『惰眠を貪る』という行為がそうそうやめられるわけも……
「どりゃっ!」
掛け声と共に体を圧迫していたものが剥ぎ取られ、体を冷たい空気が包む。
要するに布団をはがされたわけだ。
「貴明、さっさと起きないと目が腐っちゃうわよ」
『彼女』はそう俺にいいながら体を揺すってくる。
そろそろ起きないと本気で生命の危機が…

ぐるんっ

一瞬、自分の所在が分からなくなった。

どすん

「あう…」
そして体を襲った衝撃で俺は覚醒を余儀なくされた。
「毎朝毎朝…起こすほうの身にもなってよね」
非難しているのだが、その口調はどこか嬉しそうに聞こえる。
「もうちょっと手加減して欲しいんだけど…」
「そんな事言って、この間なんか結局9時前まで寝てたじゃないの」
俺の反論を正論で一蹴する。
その口調もどこか笑みが含まれているように感じる。
「それよりも」
と、『彼女』は床に座っている俺の前にしゃがみこみ、俺の頬に唇を触れさせる。
「おはよう、貴明」
「おはよう、ミルファ」





To Heart 2  HMX−17b ミルファ
メイドロボのいる生活
書いた人:あす







自己紹介が遅れた、俺は河野貴明。
どこにでもいるフツーの高校生だ。
んで、俺の前に座って自分の作った手料理を食べる俺を嬉しそうに見ているのは世界が誇る来栖川エレクトロニクスの次世代メイドロボHMX−17b「ミルファ」である。
細かい話をしておくと、俺の親は仕事が忙しく滅多に家に帰ってこない。
そのことだけを取り上げれば、ウチにメイドロボがいるのも当然のように聞こえるかもしれないが、ウチにはメイドロボを買うどころか、レンタルするだけの金もない。
このメイドロボは自らの意思(製作者によると『乙女回路』なるものを搭載しているらしい)で俺の家に来ている。
それだけの理由でメイドロボが俺の家に来ることはまずありえない。
何故、メイドロボが家に来ることになったか…それはこの子の製作者である姫百合珊瑚ちゃんと俺がひょんなことから知り合ったことが理由として挙げられる。
塀の上から降りれなくなった珊瑚ちゃんを俺が助けたことにより、珊瑚ちゃんが俺を気に入り…それから色々あって、ミルファのテスト運用を兼ねて俺に預けることにしたらしい。
(この話はミルファから聞いたので定かではない。ひょっとしたらミルファが無理を言ってウチに来たという可能性も高い)
ミルファが家に来る前日に珊瑚ちゃんから聞いたところによると

「みっちゃん、貴明のことがすきすきすきーなんやて」

とのこと。
好意を寄せられて嫌な気になるはずもないが、俺の場合は『女性が苦手』なのだ。
(まぁ、引き受ける時点で珊瑚ちゃんや瑠璃ちゃん、イルファさんとの関わりで大分軽減されたのだが)

「なぁ、ミルファ」
「なぁに?」
食器を洗っているミルファに声をかける。
と、ミルファは食器を洗う手を止めて振り返りながら答える。
「どうしたの?」
エプロンで手を拭きながら俺の側までくると隣に腰掛ける。
「いや、どうもしないんだけど…」
「?」
俺の煮え切らない態度にミルファは頭の上に『?』を浮かべる。
本当にどうということはない、かいがいしく家事をしてくれるミルファになんとなく声をかけただけなのだ。
「……貴明は私がいたら迷惑?」
「え?」
黙っていた俺の顔を覗き込むようにして尋ねてくる。
「貴明が迷惑だって言うなら、イルファ姉さんの所に行くわ…」
「め、迷惑なわけないよ」
キスもしてるし、体も何度か重ねたが未だに『顔が近い』というのには慣れない。
「ただ、こっちは何もしてないのにただしてもらうだけっていうのも悪いかなって…」
しどろもどろになりながら言う俺を見て、ミルファは先ほどの泣きそうな表情を崩し、呆れ顔になる。
「あのねぇ…私が家事をしなかったら何のためにいるのかわからなくなるじゃないの」
確かにその通りだ、メイドロボが家事の一切を取り上げられたら存在する理由が無くなる。
その通りなのだが…
「いや、でも…」
「黙らっしゃい」
俺の反論は一言で切り捨てられる。
なんで俺の周りにはこういう押しの強い女性が多いのだろう…タマ姉しかり、笹森さんしかり…
「あたしは貴明の為にこの家にいるんだから、家事くらいさせなさい」
立ち上がり、腰に手を当てて俺を睨むようにしながら言う。
当然、俺が反論できるはずもなくそのままミルファに押し切られたのは言うまでもないことである。




「さてと」
時計の針が4時になろうかという頃合、ミルファは見ていたテレビを消すと立ち上がる。
何のことはない、家事の一つである夕飯の買出しである。
「買い物に行くから、貴明も一緒に付き合ってね」
「あ、ああ」
急に振られて多少驚いたが、それを隠してミルファに返事をする。
まぁ、買い物に付き合うくらいはどうってことはない。
荷物持ちくらいにはなるだろうし。
二人で買い物に行く準備をし、靴を履いて外に出る。
「これでよし…っと、じゃあ行きましょ」
ミルファは自然と腕を絡めてくる。
端からみたら新婚カップルのように見えなくはない。
こうしないと嫌なのだそうだ…まぁ、俺もさほど嫌というわけではないので「これくらいは…」と思っているのは内緒だ。
(内緒にしておかないともっと要求がエスカレートしていきそうで怖い)
商店街でもこのままなのは少し恥ずかしい…知り合いに会う可能性も高いし。
「あら、貴明様にミルファちゃん」
言ってる側から…
「イルファ姉さんも買い物?」
「ええ、瑠璃様に頼まれた物を買いに来たの」
周囲の視線が俺たちに集まる。
無理もない、美人二人が楽しそうに話す姿はたとえメイドロボ同士であっても絵になる。
たわいもない話をしてイルファさんと別れ、俺たちは本来の目的の為に商店街を往復する。
一通りの店が揃っており、往復するだけで必要なものをそろえることはできた。
どの店に寄っても腕を組んでいることをからかわれるのは恥ずかしいの度を越えていたが、これは余談だろう。




そうして何事も無く(?)買い物は終了し、今はリビングでくつろぎながら夕飯を作るミルファを眺めている。
こうして見ていても…嬉しそうに料理をするものだな……
「…どうしたの?」
俺の視線に気付いたのか、ミルファが振り返る。
「いや、なんとなく見とれてただけ」
俺の言葉を聞き、ミルファの顔が真赤になる。
「な、何言ってるのよ、こんな姿見慣れてるでしょ」
道理ではあるが、見とれるものは何度見ても見とれるものである。
つーか、俺も順応しすぎか?
「ば、馬鹿なこと言ってないでお風呂でも入ってきたら?」
ミルファは照れているのか、料理を作りながらぶっきらぼうに俺に言う。
「ん…じゃあそうしようかな」
「え……」
俺がミルファの言うことを聞いてそう呟くとミルファの小さな驚きの声が聞こえた。
ミルファの方を向くとこちらを半ば呆然と見ていたミルファと目が合う。
さすがにこの表情を見てしまうと行くわけにはいかなくなる。
「やっぱり飯が先の方がいいな」
と、俺はソファに座りなおす。
「べ、別に入っちゃってもよかったのに……」
そう言うミルファの声はどことなく嬉しそうである。
そんな姿を見て、俺の顔にも自然と笑みが浮かぶ。
「素直じゃないな…」
「何か言った?」
聞こえない程度の小声だったにも関わらずミルファは反応する。
地獄耳だな(単に聴覚センサーの性能がいいだけか?)
そうこうしているうちに料理も完成し、二人で食事をした。
(本来、ミルファの動力は電気であり食事を媒介としてエネルギーを補充する必要はないのだが、『より人間らしく』というコンセプトで開発された為食事を取ることも出来るのである)
食事も終り(ミルファが俗に言う「あーん」をしてきたのには参ったが)ミルファが食器を片付けている内に風呂に向かう。
服を脱ぎ、湯船につかっているとドアの向こうから
「貴明、一緒に入ってもいい?」
と…
まぁ、その後のことは察してくれ……(照




そうしてまた眠りにつく。
朝には今日と同じ光景が繰り返されるのだろう。
メイドロボがいる生活というのも慣れてしまえばいいものだ、と最近思うようになってきた。
そんな機会を与えてくれた珊瑚ちゃんに、そして俺を好いていてくれるミルファに感謝を。





あとがきらしきもの


初投稿でToHeart2というのもどうかと思いましたが、折角(?)なので投稿させて頂きました。
珊瑚・瑠璃(・イルファ)とああいう関係(XRATED参照)にならないで、ミルファが家に来たという設定でかかせて頂きました。
設定等の資料がないので思いつきでミルファの人格は書かせていただいたので、気に入らない方もいらっしゃるかと思いますがそこはご勘弁を。
この様な駄文にお付き合いいただきありがとうございました。
機会があればまた投稿させていただきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします。





 ☆ コメント ☆

綾香 :「な、何て言うか……とにかく空気が甘いわ」

セリオ:「まったくですね。嘆かわしいことです」

綾香 :「嘆かわしい? なんで?」

セリオ:「メイドロボはもっとクールであるべきです」

綾香 :「クール?」

セリオ:「そうです。なのに、ミルファさんってばあんなデレデレと。嗚呼、嘆かわしい嘆かわしい嘆かわしい」

綾香 :「……」

セリオ:「な、なんですか、その顔は? まるで『どの口が言うのよ』とでも言いたげなその顔は?」

綾香 :「まさにそう言いたいのよ。だって、ねぇ。説得力がまーったく無いんだもの」

セリオ:「ひ、ひどっ。わたし、クールじゃないですか!」

綾香 :「それにしても、メイドロボの性格がツンデレってのも凄いわよね」

セリオ:「スルーですか!?」

綾香 :「冷静に考えると、メイドとツンデレってものすごいミスマッチな気がするけど……」

セリオ:「そのミスマッチな所がいいんじゃないですか」

綾香 :「そうなの?」

セリオ:「そうなんです。それが萌えなんです」

綾香 :「……も、萌え?」

セリオ:「はい、萌えです。ツンデレメイドは長年の研究の末に編み出された萌えポイントなのです」

綾香 :「長年の研究って……」

セリオ:「来栖川エレクトロニクスでは日夜萌えを追求しています。
     若干名、燃えを求めてロケットパンチとか付けたがる迷惑な人も居ますが」

綾香 :「まったく。やれやれ、どうしてこんな会社になっちゃったのかしらね、来栖川エレクトロニクスは」

セリオ:「会長……もとい、お爺様の影響じゃないですか?」

綾香 :「……ひ、否定できなひ」






戻る