そして、クリスマスの奇跡


 ざっ………俺の一蹴りで体が宙に浮く。

 俺は跳んだ。

 ざっ………俺はもう一歩跳んだ、さらにもう一歩。


 
 あいつから逃げるには、力を使い果たすか、朝を待つしかない。

 朝が来るか、力を使い果たすまで、あいつは俺に話しかけてくる。


 血を!

 女を!

 暴力を!

 

 俺の中で暴れているあいつの名は、狩猟者!

 ククッ…ヤナガワヨ、イツマデサカラウキダ?

 サカラッテモサカラッテモ、イツカオマエハヒトヲコロス、
オンナヲモトメル、ハヤイカオ

ソイカノチガイダケダ。

 嫌だっ!俺は人間だっ!鬼なんかじゃないっ!

 もう一度跳んだ俺は、建物のベランダに飛び移った。

 病院?

 消毒薬のにおい、血のにおい、死のにおいに引き付けられたのか、俺は?

 そのとき何故なのだろうこの俺は?窓に手を掛けて引いてみた。

 からからと音を立ててその窓は、開いた。

 
 
 その部屋には、一人の幼女が眠って居た。

 !

 なぜ、何故俺はこんな所に来てしまった?柳川は混乱した。


 「ん…むにゅう?」

 あくびを一つして、幼女が目を覚ます。

 「んん………えっと、サンタさん?」



 ?! オレガ? コノシュリョウシャ[あしき存在] ガ サンタ[よき存在] ニマチガエラレルトハ?

 
 
 その台詞に混乱をきたした、狩猟者はしばし沈黙する。  

 

 幼女は柳川に向けて言葉を続けた。

 「サンタさん、サンタさん、お願いです」




























 「みゆりを、殺してください」


 ?!


 「みゆり、もういっぱい頑張ったでしょ?」


 「もう嫌だよ、痛いのも、苦しいのも、いっぱいいっぱい我
慢したもの」


 そして、みゆりは涙を流す。


 「でももう、我慢できなくなっちゃった」

 「みゆりね、先生とパパたちのお話聞いちゃったの」

 「みゆりのおなかの中は、がん細胞ってやつでいっぱいで、もう手術をしても助からない所まで来てるんだって」

 「パパもママもいっぱい泣いてたけど、みゆりも泣いちゃったよ」


 くっ! 

 柳川はおもわず目をそらす。  

 
 「そう、ママや看護婦さんも最近はみゆりから目をそらすの」
  
 「パパも殆んど来なくなっちゃったの」


 軽くため息を吐くみゆり。

 
 「酷いよね、見て」

 パジャマを脱ぐと、そのおなかには3本の大きな手術跡。


 そっと息を呑む柳川。

  
 「こんなに我慢したのに、みゆりはもう一年持たないんだって」

 「もう、体もだんだん動かなくなってきてるの、自分でトイレもいけなくなっちゃうの」

 「毎日毎日痛くて痛くて痛くて痛くて泣いているだけで、やせ細って、何も出来なくて」
 
 「そんな風になる前に、お願いだから」

 「みゆりを殺してください」

 
 足が震える。

 冷汗が止まらない。

 どうしようもなく頭痛がする。

 
 狩猟者はささやいている。

 コロセ、ムシロコロシテヤルノガジヒダ、コロセコロセコロセ、チヲ!チヲ!チヲナガセ!


 やがて俺は、のろのろと歩みを進めて、幼女の元に向かう。

 「目を瞑っておいで」
   
 俺の右手がそっと

 その細い首にかかる

 少し力を入れれば折れてしまいそうなその首に

 手をかけて


 あごを持ち上げて


 その子のおでこに俺はキスをした。


 
 それは、一つ目のクリスマスの奇跡なのか。


 首を絞めないことに抵抗は無かった、狩猟者が、消えていたのだ。

 
 柳川がささやく。

 「サンタに治療を任せてくれるかい?」

 コクンとかわいらしく、うなずくみゆり。

 
 くすっ

 
 やさしく柳川が微笑んで思う。


 (もし、失敗したらそのときは、責任を持って殺してあげるから)


 柳川は、自分の手の平に爪を立て、その血を手術跡に塗りつける。

 「きゃん」

 そして2つ目の奇跡?

 狩猟者の血のちから?

 みゆりの傷が癒えた。 
 
  
 最後に口移しにそっと柳川は自分の血を飲ませる。


 






 数年後
  
 
 そして、それはきっと愛の奇跡。

 癌が消えて、退院をするみゆり。

 彼女が向かうのは、家ではなく、柳川のマンション。



 あの日以来、柳川の中の狩猟者は出てこない、そして、隣にみゆりがいる限り、これからも

きっと出ることは無いだろう。

 そう、柳川は確信していた。


 そして、その確信は一生裏切られることは無かったという。


                      
                          そして、クリスマスの奇跡 終わり
  
 

後書き

 柳川のことを救ってみたい。

 過去に戻って貴之を救っても、マインが居なくなっちゃうし
なあ。

 うん、じゃあ別の世界の話にしちゃおう。
 
 どうせならクリスマスの奇跡を絡めて見ようかな。
 
 と、言うわけで、この話を書いてみたGUESTです。


 この世界の柳川は、まだ貴之にあっていません。
 
 人を傷つけまいと心の鬼と戦っている最中です。

 
 みゆり、アイドル雀士スーチーパイに出てきた病弱な女の子の名前と、イメージを拝借。

 
 この二人を絡めたら、無事に柳川を救うことが出来ました。
     




 ☆ コメント ☆

綾香 :「……むぅ」

セリオ:「?」

綾香 :「むむむ」

セリオ:「どうしたんですか? つわり?」

綾香 :「そんなわけあるか!」

セリオ:「すいません。思い当たる節があるものでつい」

綾香 :「無いわよ! そんな節なんて無いから!」

セリオ:「ホントですかぁ?」

綾香 :「あったりまえでしょうが。その辺はちゃんと気を付けて……ごほっごほっ。
     と、とにかく、つわりじゃないから」

セリオ:「だったら、なんでそんなに難しい顔をしてるのです?
     綾香さんにシリアスな表情は似合いませんよ」

綾香 :「やかましいわ。
     ……いやね、こういうのってきっついなぁと思ってさ」

セリオ:「きつい?」

綾香 :「柳川さんもみゆりちゃんもそうだけど、
     自分の体が自分の思い通りにならないってのはすっごく辛いことだと思うのよ」

セリオ:「そうですね」

綾香 :「それも時間を掛けてジワジワと、でしょ。
     真綿で首を絞められるとでもいうか。
     泣いても叫んでもどうにもならない。誰も助けてくれない、助けられない。
     ホント、きっついよね」

セリオ:「確かに。想像しただけでもかなり怖いですね」

綾香 :「自分が消えてしまうという恐怖。
     お互いにそれを抱えたもの同士だからこそ、この二人は通じ合えたのかもね。
     その、ある種の共鳴が奇跡を生んだのかも」

セリオ:「なるほど」

綾香 :「いろいろと考えさせられる話だったわ。
     自分が健康であることの有り難味も改めて感じたし」

セリオ:「ですね。健康って本当にありがたいです。
     綾香さん、その感謝の気持ちを忘れずに、体には気を遣ってあげて下さいね。
     わたしもいろいろとサポートしますから」

綾香 :「うん。ありがとう、セリオ」

セリオ:「おなかの赤ちゃんのためにも」

綾香 :「だから、いないっつーの!」






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