「・・・どう? 姉さん、調子は。」
「・・・。(良いわよ。)」
 寝巻きの上に、肩からカーディガンを掛けた姉さんが、ベットの上でにこやかに微笑んで答えた。
 ここは、来須川総合病院の一室。 一人で使うには広すぎる病室には、ベットの上から私を見詰める
 姉さんと、持参した切花を花瓶に埋ける私の2人っきりだった。

「そうね。 昨日とは比べものにならないくらい、顔色が良いわ。」
「・・・。(皆が大袈裟なだけよ。)」
 大袈裟・・・ではない。
 昨晩行われた、クリスマスパーティー&姉さんのバースディーパーティーの最中、大勢のお客様の前で
 姉さんは倒れた。
 その時、私は姉さんの近くにいなかったけど、私が駆けつけた時の姉さんは、息も絶え絶えで、意識を
 失い掛けていた。
 駆けつけた救急隊員によって、ここに運び込まれ、緊急入院となったが、少なくとも、あの現場にいた私
としては、この処置が大袈裟とは到底思えなかった。

「・・・そうねぇ。 どっちかって言えば、大袈裟なのは、こっちじゃなくって、あっちかな。 外は大変よ。
私なんて、ここに来る時、揉みくちゃにされたんだから。」
 私は、「こっち」の時に、人差し指を下に向けて指差し、「あっち」の時には、人差し指を窓の外に向けて
 指差した。

「・・・。(ごめんなさいね、綾香ちゃん。)」
「良いって、良いって。 もう、止めてよ、責めてる訳じゃないんだから。」
 しゅんとする姉さんに、殊更陽気に振舞って見せる私。
 でも、揉みくちゃにされたのはホント。
 誰が漏らしたのか、姉さんが緊急入院したと知った報道関係者が、昨晩から大挙して出入り口付近を
 占拠している。
 迂闊にも正面玄関から入ろうとした私は、警備の方が駆け付けてくれるまで、カメラとマイクによって、
 1歩も動けない状態だった。

「・・・あのね、姉さん。」
「・・・(?)」

「昨日の話なんだけど・・・。」
 花を埋けた後の、残りのゴミを纏めながら、おずおずと姉さんに聞いてみる。

 幸い、ここにいるのは、私と姉さんの2人っきり。
 午後の検診まではまだ間があるし、姉さんの身の回りの世話をするメイドは、お洗濯に行かせたから
 当分戻ってはこない。
 それに、下で騒いでいる報道陣もここまでは来られないだろうし、元々VIP専用の病室のため、盗聴も
盗撮も、ここでは一切出来ない仕様となっている。
 だから、あの話をするなら、今しかないと思った。

「・・・昨日の話なんだけど・・・。」
 昨晩、この事を聞かされた時は有耶無耶にされてしまい、パーティーの後で、もう1度聞こうと思ってい
 たのに、聞けず仕舞いになっていたことを。

 姉さんは、それだけで全てを悟った様で、何時もより幾分淋しげな瞳で、昨日と同じ言葉を私に告げた。

「・・・。(・・・3年、待ってね。)」


  
      『題目   芹香の誕生日 - 穏やかな一日 - 』




「は? それって・・・どう言う事?」
 自室で所用を済ませ、階下に下りようと廊下を歩いていると、部屋の扉を半分だけ開けて、手招きしている
 姉さんを見つけた。

 何だろう?と思いつつ、周りを見回してみたけど、そこには私しかいなかった。
 人差し指を1本立て、顔に近付けながら、「私?」と、聞いてみると、姉さんは、顔をコクコクとしだした。
 どうやら姉さんは、私に用事があるようだ。
 でも、何だろ?  不思議に思いつつも、姉さんの部屋の前まで行くと、姉さんは私の腕をむんずと掴んで、
 部屋の中へと引き摺り込んだ。

 そして、姿見の前まで私の背中を押すと、ハンガーに掛けてあるウエディングドレスを外し、私の身体にドレス
 をあて、色々見た後で、うん、と頷き、「これ、着てくれない?」と言った。
 先の台詞は、姉さんが行った一連の奇行の末、姉さんが戯言をほざいた後の台詞だ。

「・・・。(だめ?)」
 ダメって言われても・・・。
 私は言葉を無くして、苦笑してみせる。
 階下では、毎年恒例のクリスマスパーティー&姉さんのバースディーパーティーが催されており、私を含め、
 煌びやかなドレスを身に纏った若い女の子は、それ程山の様にいる。

 だから、ドレスを着て階下に下りること自体はそれ程でも無いが、だからと言って、その場に、このウェディン
 グドレスを着ていけるかというと話は別だ。
 着替える手間は度外視したとしても、こんな格好で皆様の前に出たとしたら、その気も無い事を変に勘繰られ、
 鬱陶しいほど質問攻めにあわされる事は目に見えている。

「・・・。(別に、今日着て、とは言っていないわ。)」
 あ、そ。 何だ、ビックリした。 って言うか、ちょっと考えれば当然なんだけど。

「私は嬉しいけど・・・これって・・・。」
 このドレスは、世界的に有名な某デザイナーが、姉さんのためだけにデザインし、熟練した職人が半年ほど
 かけて、一針一針丁寧に刺繍した逸品で、今年の6月、浩之と姉さんの結婚式の際に姉さんが着たウェディ
 ングドレスだ。
 そんな、2人の大切な記念のドレスを、私なんかがおいそれと貰って良いとは思えない。

 でも、姉さんは、頭をフルフルと振って。

「・・・。(良いの。 私は綾香ちゃんに着て欲しいの。)」
 姉さんは、そう言って、ニコリと微笑んだ。

「う〜〜ん。 困ったわね。」
 腕組をして、うーんと唸った。

 別に、このドレスが嫌なわけではない。
 いや、ホントの事を言うと、内心ではとても喜んでいる。
 でも、素直に手が出せないのは、あまりに急な申出に躊躇っているのと、こんな事を言い出した姉さんの真意
 を量り兼ねているから。

「・・・ホントに貰って良いの?」
 姉さんの顔色を伺いながら聞いてみる。
 姉さんは、嬉しそうに頭を縦にコクコクした。

「・・・後悔、しない?」
 更に、コクコクする姉さん。

「・・・ホントにホント?」
 またまたコクコク。

「じゃ、貰っちゃおっかな。」
 そう言った途端、姉さんは私にドレスを押し当てると、ぎゅっと抱締めてきた。
 そして嬉しそうに、私を姿見の前に押し出すと、ドレスを私に持たせたまま、鏡を見ながら、裾を直してくれたり、
 13mもある長大なロングヴェールをわざわざ出して、頭につけてくれたりした。
 流石に、ティアラやネックレスやイヤリングなどを着けようとした時には止めたけど、それでも悪い気はしな
 かった。
 たとえ、隣に立つ男性の姿が想像できないとしても、憧れのウェディングドレスを目の当たりにし、かつ、自らの
 身体にあて、喜ばない女性はいないと思う。

「・・・。(ここにあるもの全部あげるね。 ドレスも、ヴェールも、宝石も、下着から何から何まで!)」
 ・・・って、くれるのはありがたいけど、幾ら何でも、下着までは良いわよ〜。
 って、言ってる側から、姉さん、何思い出し笑いしてるの?
 って言うか、顔を真っ赤にさせながら、下着を抱締め、身体をくねくねさせないでよ!
 嫌ねぇ〜私まで赤くなっちゃうじゃない。

「・・・。(でも、一つだけ約束して。)」
「?」

「・・・。(これを着るのは3年後にして。)」
「はい? 」

「・・・。(綾香ちゃんの隣に立つ、運命の人は決まっているわ。)」

「・・・。(3年後に、その人と結ばれるの。 だから、3年間、誰とも付き合ってはいけないし、愛してはいけ
ないの。)」

「・・・。(私を信じて、3年間待ってちょうだい。)」
 微風が囁くほど小さな声だったけど、はっきりと、そして、しっかりと、私に予言めいた事を言ってきた。

「え? なんなの、それ?」
「・・・。(忘れないで。 3年後よ。)」
 真剣な瞳に、有無を言わせ無い強い光を感じた。
 これが、姉さん以外に言われたとしたら、一笑に伏すか、ばっかじゃ無いの〜の一言で終わせるだろうが、
 色々な ”不思議”を具現化してきた姉さんの言葉だから、簡単に受け流す事が出来なかった。

 とは言え、3年後に運命の人・・・と言われても、当然の事ながら全然ピンとこなかった。
 男っ気が全く無く、ビジネスが恋人のような生活をしている私には、悲しいかな、心に決めた人どころか、
 気になる男性すらいないのが現実だった。

 だから、その”運命の人”について、もうちょっと詳しく聞こうとしたら、ノックもせずに扉を開けた浩之が、
 顔だけ部屋に入れて。

「お、いたいた。 どうした? 降りて来いよ。 みんな心配してるぞ。 って、何やってるんだ、綾香? 
コスプレか?」
 と、笑いながらのたまわった。

 ・・・・・。(怒)
 後で、お義兄さまの顔の形が変わるまで、ぶん殴ってやったのは言うまでも無い。





 ○   ○   ○   ○   ○   ○   ○   ○

「お願! 教えて! 私の相手って、どんな人?」
 下げた頭の前で両手をぱちっと合わせ、神頼みならぬ、姉さん頼みをしてみる。

 昨晩倒れた姉さんのことは心配でならなかったけど、この事が気になって、なかなか寝付けなかった。
 不謹慎な事とは思うけど、私の伴侶となる人、しかも、”運命の人”とまで言われたら、流石に黙っては
 いられない。

「直接言うのがダメなら、ヒントだけでも言いから・・・ね。」
 姉さんの占いとか予言の類って、驚くほど的中率が高い替わりに、具体性を欠く場合が多かったりする。
 今回の場合だって、「3年後に運命の人と結ばれる〜」と言われたが、それが誰なのか、その人とは
 何処で知り合うのかとか、そういった結構大事な事は、絶対に教えてはくれない。

 姉さん曰く、それを知ってしまったら、未来が変わってしまうから、と言うが、自分の将来に関する事だから、
 知っていて損は無い筈だ。
 何の努力も無く、自分の将来を決められてしまうのは釈然としないが、運命の人が判ってさえいれば、
 出会いにトキメキが無い替わりに、確実にその出会いを大切に出来るだろうし、喩えその相手から、
 歯が浮きそうな愛の言葉を囁かれたとしても、笑わずに最後まで聞けそうな気がするから。

 暫く、じっと考えていた姉さんは、小さく微笑むと、こう呟いた。

「・・・。(・・・禁則事項です。)」
 そ、そんなぁ、未来人みたいな事言わなくったって・・・。

「・・・。(それより、綾香ちゃん。)」
「どうしたの? 改まって。」

「・・・。(あと3cmウェスト細くしないと、ドレス苦しいよ。)」

 ・・・ほっとけ。
                                                         つ づ く 





***** あとがき ******

最後まで読んで下さった皆様、ありがとうございます。
お久しぶりのばいぱぁです。
今年初めての投稿が、今年最後の投稿になってしまいました。

今回は、抑揚の少ないSSですね。
次回は急転直下しますのでお楽しみに。

                        それでは。





 ☆ コメント ☆

綾香 :「うわぁ、気になるぅ!
     なに? なんなの? 3年経ったらどうなるってのよ!?」

セリオ:「落ち着いてください、綾香さん。
     はい、深呼吸深呼吸」

綾香 :「……すぅー、はぁー、すぅー、はぁー」

セリオ:「どうです? 少しは気持ちが静まりましたか?」

綾香 :「な、なんとか」

セリオ:「それはなによりです。
     ――さて、本編の話をしますけど、なにやら読めない展開になってきましたね」

綾香 :「姉さんってば何を考えてるのやら。3年経ったらどうだってのよ」

セリオ:「運命の人が現れるそうですが……」

綾香 :「思い当たる節が無いのよねぇ。いったい誰のことなのかしら?」

セリオ:「はっ!? も、もしかしたら」

綾香 :「?」

セリオ:「長瀬主任だったりして……嘘です冗談ですごめんなさいごめんなさい。
     ですから、無表情で指をポキポキ鳴らすのはやめてください、とてつもなく怖いです」

綾香 :「あなたがバカなこと言うからでしょうが。
     ――ま、ここで悩んでいても答えなんか出ないでしょうから、大人しく続きを待ちましょ」

セリオ:「そうですね。
     ところで、綾香さん」

綾香 :「なに?」

セリオ:「ちょーっとだけ思ったのですが」

綾香 :「だからなによ?」

セリオ:「芹香さんの言動、どことなーくフラグっぽくありません?」

綾香 :「フラグ? んー、そう言われるとそんな気も……。
     あっ、ひょっとしたら重婚フラグかしら?
     やーん、もう。それだったらそうとハッキリ言ってくれればいいのに、姉さんったらぁ♪」

セリオ:(……死亡フラグに思えたのはわたしだけの秘密にしておこう)






戻る