誰もいなくなった葬式場。

浩之は、いつの間にか深い眠りについていた。

しかし突如、床の感じが無くなったかと思うと、底の見えない、暗黒に落ちていくような感覚を覚えた。
というより、本当に落ちていた。

「は!?う、うわああああああ!!!!!なんなんだああああああ!?!?!?!?」

一瞬で目が覚め、落下による強烈な風を全身に受けながら、浩之は力の限り叫んだ。

「もう、もうあの世に行くってのか!?!?!クソオ!!!!まだ死ねねえのに!!!!!!!!!」

闇を睨むが、一向に何も見えない。上下の感覚はあるものの、上を見ても彼の落ちた穴は無い。

「もう会えねえのかよ!!!!!!!!!!!!セリオオオオオオオ!!!!!!!!!」

そう叫ぶと、空虚に怒りをぶつけるように、意味の無い声をひたすら張り上げた。

「!!」

突然、一筋の光が浩之の頬を掠め、一気に下へと突き進んでいった。

降下し続ける浩之は、苦労しながらも体を捻り、上を見上げた。


A Neonlight Novel

Synthesis
Final Prologue-"Reincarnation 2"-



「_あの、長瀬主任・ ・ ・ ・ 。」

「ん?なんだい?」

先程あれだけ意味深な事を言っておきながら、気の抜けるような声で長瀬が振り向いて答えた。ここは来須川エレクトロニクス研究所の廊下。先を歩く長瀬の後ろに、セリオとマルチがついて歩いている。

「_浩之さんを・ ・ ・ 『起こす』というのは・ ・ ・ ・ ?」

「まあ、行けば分かるよ。」

長瀬は、はやるセリオを抑えるようにそれだけ言った。

「開発室」と書かれた部屋の前で、3人は止まった。
長瀬がドアのボタンを押すと、それは自動的に開き、中の様子が明らかになる。
部屋の中では、まるでセリオとマルチの開発中の時のように、研究員達が慌ただしく動いていた。皆、入ってきた長瀬を見ると、「お疲れさまです。」と一礼した。

「君達もお疲れ。さて、俺も白衣に着替えるとしますかね・ ・ ・ 。二人共。」

イマイチ気後れしている二人に、長瀬が声をかけた。

「着替えてくるから、待ってて。あ、後、まだ周りの物になるべく触らないようにね。後でその辺は指示するから。」

「_はい(ですう)。」

3分程して、白衣に着替えた長瀬は、白い布に覆われた、握り拳大の何かを持って戻って来た。

「こいつは・・・・」

右手で、布を取る。それは、メイドロボに組み込まれるハードディスクのようだった。丁度人の脳に近い形で、周囲は白いプレートに覆われ、各部神経に接続するためのコードの端がそこここから見えている。

「見ての通り、メイドロボに使用されているハードディスクだ。・・・が、これは先月完成した新バージョンを、さらにボリュームアップさせた進化型だ。・・・どの道、後数年もすれば簡単に出来るようになるんだろうけどね・・・。」

「_・・・お話しが見えてこないのですが・・・。」

「まあ待ってよ。・・・とにかくこれは、君達の推定30倍の容量を誇る。アクセススピードも、人間が物事を思い出すのに要する時間に出来る限り近付けてある。これに見合う為に当然、その他のチップや論理回路も含めて全て、通常のメイドロボでは使用しきれない高スペックの物を使用している。これらを纏めて、新型疑似頭脳機構、VBSー103って呼んでる。

そしてこれが・・・

浩之君の新しい脳になる。」

「_え・・・?それでは・・・・?」

セリオは、部屋の奥、研究員達が最も集まっている場所に振り向く。人だかりの為、そこに何があるのかを見る事は出来なかった。長瀬の方に向き直ると、彼は小さく頷いた。
セリオは、ゆっくりと人込みに向かって歩き出した。
彼女が近付くにつれ、集団の一番後ろにいた研究員が気付き、長瀬を見た。彼は、また頷いた。
研究員達が次々と、セリオに道を開けていく。その度、奥にある何かが少しずつその姿を表していく。
斜めの台に寝かされ、何十とも分からないケーブルに巻かれた・・・人の体。体格からして男性、それも、十代後半から二十歳。真ん中にいた研究員が最後に退き、その人の顔が見えた。

「_・・・・・浩之さん!」

そこには、傷一つ無い浩之がいた。安らかに目を閉じ、今にも起き上がるかと思われた。
後ろにいたマルチも、驚きを越えて呆然と浩之を見た。

「背丈が近いセリオの骨格をベースに浩之君の骨格を再現して、それにファイバー筋肉を付けたんだ。細かい違いを除けば、ほぼ完璧に彼の元の体が再現出来ているはずだよ。」

セリオは、浩之の頬に触れた。微かに、暖かい。

「_・・長瀬主任・・。これは一体・・・?何故浩之さんが・・・。」

「・・・・病院に運ばれた時点で、彼がもたないのは一目瞭然だったんだ。もし外傷が少なければ、人工臓器に取り替えて済んだかも知れなかったけど・・・。四肢も体も、かなり損傷が酷くて、どうしようもなかった。
この間の話だけど、ウチ(来須川エレクトロニクス)の違うセクションが、脳内情報をデータ化する機械を開発したって話、聞いた?」

「_・・・はい。・・・24日前にメンテナンスにお邪魔した際に、そう伺いました・・。」

「こうなった以上、彼を助ける方法は一つしかなかった・・・。だから、それに賭けたんだよ。」

「_浩之さんのデータを、先程のハードディスクにコピーし、この体に接続する・・・・という事ですか?」

「そう。人間の脳の処理速度や許容量は尋常じゃない。だからこそ、最新鋭を越えるスペックが必要だったんだ。・・・・これだって脳の性能に完全に追い付くなんて出来やしなかったけどね。」

長瀬は、自嘲気味に笑った。
だが、すぐに真剣な表情に戻り、セリオとマルチを正面にして尋ねた。

「失敗するかも知れない・・・いや、成功する方がおかしいのかも知れない。よしんば浩之君が起きても、記憶が喪失したり、感情が欠落したり、あるいは自己崩壊する危険性もある。それでも、この僅かな可能性に賭けてみたい。・・・手伝って・・・くれるかな?」

「はい!モチロンですう!」

「_はい。私のご主・・・・いえ、私の大切な人が帰って来れるなら・・・!」

バス停にいた時とは比べ物にならない早さで、答えは返ってきた。
長瀬は、満足そうに頷いた。

「じゃあ手始めに、ここのリストにある部品を取って来てくれるかな。場所は・・・・・」

一通りの説明を受けると、セリオとマルチは、小走りに部屋を出ていった。
ふう、と長瀬は一息つき、少し辛そうに、二人の出ていったドアを見つめた。

「・・・主任。」

長瀬は、周りのスタッフ達に様々な指示を出し、自分も体の製作に加わろうとしていた。
そこで不意に、後ろから声をかけられた。
若い部下の一人だった。

「お・・・どうした?」

「今まで主任と一緒に色んな仕事をしてきましたが・・・今回は・・・あまり賛同出来ません。」

「理由を・・・聞いていいかな?」

部下は頷くと、静かに切り出した。

「これって・・・浩之君に対する冒涜じゃないですか?我々は、彼のコピーを作っているにすぎない・・・。
例え完璧にそっくりな体があっても、
思い出がデータとして残っていても、
もうこれから生まれる浩之君は、今までの浩之君じゃない・・・。
・・・彼はこの世に一人しかいなかったんです!死んだからっていって、新しい体を作れば生き返る程、人は簡単じゃないじゃないですか!」

気が付くと、周りのスタッフ全員が、彼等を見ていた。
部下はせき払いすると、落ち着き直して続けた。

「・・・・こう言うと・・・笑うかも知れませんが・・・。

僕は・・・人の体には、魂が宿ってると信じてます。

変ですよね・・・一応は科学者ですから・・・。

でも、人は魂があってこそ初めて人であるんだと思うんです。
性格は、一概に血液型で決まる物じゃないはずです。
脳だけが思考に必要な物じゃないはずなんです。

もし体や頭が正常に機能していても・・・魂が無ければ、それは電気の通っただけの玩具と同じです。動く訳がない・・・。

生物学とか、心理学とか、それらを越えた何かがあるんです!

そして僕には・・・機械の体に・・・一度失った魂が戻って来るとは・・・とても考えられません・・・。

例え感情システムを積んだとしても、それは仮染めの魂、あるいは心です。

!あっ・・・勘違いしないで下さいね、セリオやマルチにまで本物の心が無いと言ってる訳じゃないんです。

ただ・・・あの体に限って言えば、それは、本当の浩之君じゃない。

・・・僕は、それが彼に失礼だと思ったんです・・・。」

「・・・そう・・かもな。」

長瀬は、一言答えた。
彼も、霊とか魂が存在しないと考える程頭は固くない。
だから、彼にとっても、それはずっと悩み続けてきた問題だった。セリオとマルチには、まだ「魂」といった概念は、朧げにしかない。だからこそ、浩之の体の製作にも二つ返事で賛成出来たのだ。その意味で、二人を同意させた事に、彼の良心はかなり痛んでいた。

「確かに・・・これは俺の技術者としてのエゴかも知れない。
烏滸(おこ)がましいと言われても、俺は反論出来ないよ。

でも・・・・・・・」

長瀬は、遥か遠くを見た。

「俺は・・・彼に何もしてやれなかった・・・・。

マルチを助けてくれた。
セリオを最高に幸せにしてくれた。

俺はそれを傍観していたに過ぎない。・・・せいぜいセリオのメンテナンスをしてあげた位だよ・・・俺が彼にしてやれた事なんて・・・。

だったら、こんな時位、微力でも尽くしてみたかったんだ・・・

・・・せめて、彼に生きるチャンスをあげたかったんだよ・・・出来るならね・・・。」




「こ、この光・・・・?」

浩之が上を見上げても、延々と続く光の筋が見えるだけで、光源は一向に見えなかった。

「どこに続いてんだ・・?」

徐々に、落下していく感覚に慣れたのか、いくらか落ち着きを取り戻した。
今度は、大きく体を捻って、光の向かった先を見た。だが、やはりそれの届く先は見えない。

と、その瞬間

「!?な!?」

50メートル程先で、光が突然膨らんだかと思うと、パアッとそれが破裂したように大きく広がり、その部分のみが強く光りを放ち始めた。
思わず、浩之は目をひそめた。

「何だ!?出口か!?・・・このまま落ちてっても終わりが無さそうだしな・・・行くしかねえか・・・。」

光の輪が直前にせまり、浩之は体を丸めて目を閉じ、来るかも知れない衝撃に備えた。

「!!!!!!!・・・・・・・・?」

衝撃は無かった。それどころか、まだ落ちている。
ゆっくりと、目を開ける。

そこは、大都市の上空だった。

「げ!こ、ここはどこだ!?どう見たって『この世』じゃねえか!・・・って事は帰って来た・・・って、それどこじゃねえっ!落ちてるぞおおお!?」

ビル群の中でも一番高い建物の窓に、落下していく浩之の姿が写った。もう着地まで、10秒前後といった高さだった。

「うわあああああああああああああああああああああ!!!」

壮絶なスピードで迫り来る地面に、浩之は目をつぶり、両手足は空を切った。

(来るっ!!!!!!!)

ゴオオオオオオオオオッ!

ボフ!

「ムグッ!?」

浩之を襲ったのは、強烈な痛みではなく、柔らかい、ふっくらしたような感触だった。
現在浩之は、文字通り、彼の落ちた直後の形をそのまま残して、コンクリートの地面にめり込んでいた。
いきなり口が塞がってパニック状態の浩之は、必死にもがいた。だが、そんな抵抗など物ともせずに、地面は勢い良く元の体勢に戻った。

「・・・ップハァ!」

空中に放り出され、漸く息を次いだ浩之。
落ちてきた勢いが殆ど殺されてか、2メートル程浮き上がっただけだった。
今度は何故か地面は凹まず、固い地面に叩き付けられた。

「・・・ってぇ〜・・・・・。」

そのまま痛がる事数分。浩之は、立ち上がった。
どう考えても、そこは街、それも、渋谷か新宿かというような大通りの交差点のど真ん中に、浩之は立っていた。辺りには高層ビルやデパートが立ち並び、すぐ近くには電車の駅があった。

だが、人が、誰もいない。

本来なら活気溢れるべき場所に、人も車も、全て無い。信号は赤で止まったままだ。空が澱んで灰色な為か、街全体が灰色のような印象を受ける。
周囲を見回す浩之は、妙な寒気を覚えた。

「・・・・いらっしゃい。」

突然の背後からの声に、浩之は飛び退いた。確かに数秒前までは誰もいなかったはずだ。
振り向くと、そこには黒い雨ガッパのような物を着て、天辺の抜けた麦わら帽子とサングラスを付けた少年がいた。

「な、何だよ、お前・・・?」

「一応、あんたの橋渡し役だよ。あの世へのね。」

「エッ、ちょ、ちょっと待ってくれよ、俺は・・・」

「あの世」という言葉に、浩之は瞬時に反応した。

「まー落ち着いて落ち着いて。いっつも皆そうやって焦るから選択を間違えるんだ。」

「・・・・・・・・・・選択?」

少年は頷くと、雨ガッパのポケットに手をやって二つの紙切れを取り出し、一つずつ両手に持って握り、浩之の前に出した。

「こいつは・・・」少年は言いながら、右手を開いて紙切れを見せた。青色の、電車の切符だった。

「あの世・・・天界行きの切符だ。
ここは天界と現世の中継点。死んだり、意識不明になった人間はここに来て、最後の選択をする事が出来る。もしあんたがこの切符を取るなら、あんたはこれで、そこの駅から電車に乗って、天界に行く事が出来る。天国に行くか地獄に落ちるかは、知っての通り、あんたの現世での行いによって、天界区役所で決定される。
・・・普通の奴は大抵天国に行くけどね。」

「・・・・・・。」

「そしてこいつは・・・・。」左手を開き、赤い切符を見せた。

「現世行きの切符だ。もし、現世にあるあんたの体がまだ使えるなら、あんたの魂はその体に戻り、体は活動を再開。現世での人生を歩み続ける。その後また死んだら、ここに来てまた選択する事が出来る。ま、あんた達に都合が良いように出来てるシステムってわけだ。」

「じゃあもし、体がボロボロでダメだったら・・・」

「た・だ・し。」

浩之の語尾に重なるように、少年が言った。

「体が使い物にならない場合、話が複雑になる。
事故って即死した奴なんか、死んでるって事をあんまり自覚してないから、大概僕の説明もロクに聞かずにこの切符をひったくって現世に帰って行くんだけど・・・。

現世で、どうなったと思う?」

ニヤリ、と少年が笑う。だが、サングラスの奥の目は、見えなかった。浩之は、その静かな迫力に息を呑んだ。

「殆ど皆、地縛霊になったよ。お気の毒に、永遠にあのままだよ。まあ、人形とか、物に取り憑いたりする奴もいるけどね。体が無いんだから、他の物に取り付かなきゃ、そりゃ現世に居らんないよ。」

「じゃあ・・・もし体が死んでるのに現世に戻ったら・・・・。」

「そう。永遠に、何かに取り憑きっぱなし。物であれば壊れない限り。場所であれば、高僧に祓われない限り。」

「そ、そんな事ってあるかよ・・・・・・。」

浩之にとって、この選択は絶望的だった。あの事故を思い出す限り、葬式まで開かれた以上、体が無事であるとは考え難い。例え現世に戻っても、その辺にあるような物に宿った所で、何の意味もない。
全身が、打ちのめされたように震えた。

「とりあえず、あんたが取り憑ける物のリストあるんだけど、読み上げようか?」

少年は、どこからともなく一枚の書類を取り出した。だが、浩之の方はそれどころでは無く、「勝手にしてくれ」と言わんばかりに片手を振り、ため息をついて屈み込んでしまった。

「・・・これってさ、人によって色々違うんだよね。あんたの事を思ってくれてる人の物とか、あるいはあんた自身の物とか、中々読んでて笑えるんだよ。・・・・どれどれ。

・・・くまのぬいぐるみ。

・・・ハリセン。

・・・エクストリーム指定のグローブ。

・・・モップ。

・・・弓矢。

・・・・・・・・・変わった人も過去には結構いたけど、あんたも随分バラエティに富んでるなあ・・・。
この先も色々あるけど、ありきたりなんでちょっと割愛して・・・。

・・・・・・・

・・・・・・・

・・・?・・・・・・・・・メイド・・ロボ・・・・・?」
「畜生・・・・やっぱりもう戻れねーのかよ・・・・・・・・・・って、なぬ?」

一人で嘆いていた浩之の耳に、その言葉だけがしっかりと入っていた。
何故か、少年も少し興奮した様子だった。

「あんた・・・・・・おっそろしー幸運の持ち主かも知んないよ・・・・。」

「・・・どう言う事だ・・・・?」

「物に取り憑いた場合、その魂にも出来る事が色々ある。一番有名な所だと、髪の伸びる人形ってのが分かりやすいかな・・・。その魂の力にもよるし、物の自由度にもよるけど、魂は、憑いた物をコントロール出来るんだ。」

それを聞いた瞬間、少しだけ、浩之の視野が明るくなった気がした。

「って事は・・・・・・俺がそのメイドロボに乗り移れば・・・・

向こうでまた生きて行けるって事か・・・・?」




「_・・・・・失礼します・・・・。」

「!・・・セリオ!」

長瀬達の会話が終わった直後、ドアを開けて入って来たセリオは、切なさと悲しさを瞳に込めていた。余程浩之が目覚めるのが楽しみだったのか、両手一杯に、箱にすら入れずに、リストの部品の殆どを抱えていた。
比較的背の高いセリオだが、今は何故か、小さく見えた。

「・・・聞いてたのかい・・・?」

「_・・申し訳ございません・・・・。怒鳴り声が聞こえてきましたので、何事かと・・・。」

彼女達が部屋を出た後から、長瀬が話し終わるまでの時間の長さから考えると、セリオは相当なスピードで研究所内を走り回っていた事になる。恐らく、マルチはまだリストを持ったまま部品を探しているのだろう。といっても、残りは後1、2個程度なので、すぐに戻るだろうが。

「_・・・浩之さんは・・・・・・もう浩之さんではなくなるのでしょうか・・・?」

「・・・まだそうと決まった訳じゃないよ。誰にも、これがどうなるかなんて全く分からない。・・・・あえて言うなら、浩之君次第、かな・・・。」

「_・・・しかし、今、感情システムがある場合、それは本当の浩之さんではない、と・・・・。」

「・・・・・・・・。」

「_浩之さんは・・・戻らないのでしょうか・・・?」

抱えた部品を抱き締め、両目に溜まった涙を必死に抑えた。

(_・・・・そんな・・・・・!)

セリオの視線は、辺りを彷徨った。
周囲のスタッフは、申し訳無さそうに俯いていた。全員が、セリオの親である。彼女の悲しさと悔しさが、分からない訳が無かった。

浩之を見た。

セリオが起こしてくれるのを、静かに待っているように見えた。

(_・・・浩之さん・・・・私は・・・どうすれば・・・・・)

後頭部から繋がったケーブルは、隣にあるコンソールに接続されている。
ディスプレイには、ハードディスクへの、感情システムのインストール状況が示されていた。現在、50%を少し越えた所だ。

数十秒前の記憶を反芻する。
(_・・・感情システムが・・・ある場合・・・・・!)

涙が、自然に、引いた。

「_・・・少々、失礼します。」

セリオは、持っていた部品を近くにあった台の上に置くと、コンソールに向かった。

「・・・?セリオ?何する気なんだい?」

長瀬を後目に、セリオはコンソールのキーを叩き始めた。

「!セ、セリオ!止め・・」

スタッフの一人が止めにかかるのを、長瀬は制止した。

「しゅ、主任!」

「・・・・ここは・・・・あの二人に任せてみようじゃない・・・。セリオと、浩之君にさ・・・!」

一通りキーを叩き終えると、セリオはスタッフ達の方を向き、深くお辞儀した。

「_勝手な行動を取って申し訳ありません。これに関する処分は後程、何なりとお受けしますので、どうかお許し下さい。
・・・浩之さんへの感情システムのインストールを強制終了、そして、インストールされた分のデータも消去しました。」

「して、その心は?・・・・そのままじゃ、浩之君には感情が無いよ。」

長瀬が聞いた。それは、セリオに対するテストの様にもとれた。

セリオは、暫くその体勢で考え、ただ一言、

「_・・・・・・・・待ちます。」

と答えた。




「あんた・・・・世紀の幸せ者だよ。ここまで色んな人に思われてるんだからな・・。」

少年が、ピラピラと書類を振った。

「・・・・・・。でも、メイドロボってどういう事なんだ?」

「ふむ・・・」と少年は呟き、「メイドロボ」の項の詳細を読み上げた。

・・・・・

「・・・・・俺の体を・・・・作ってくれてるってのか・・・・・?・・んな無茶苦茶な・・・・・。」

浩之はただ、そのスケールに苦笑するしかなかった。

「勿論、彼等は作った所でどうなるかなんて分かっちゃいない。あれが、彼等のただの自己満足でも、喜んでいられるかい?」

「怒れるワケねーだろ。もし、もう一人の俺が出来たって聞いても、俺は笑うと思うぜ。
どんな結果であれ、長瀬のオッサン達が俺を生き返らせようとしてくれたんなら、嬉しい事この上無いね。」

そう言うと、浩之は、少年に手を差し出した。

「・・・・どっちだい?」

「赤。」

「・・・・・・・・・・本当に、いいのかい・・・・・・?」

少年の顔が、前にも増して神妙になった。

「な、なんだよ、さっきからあれだけ煽っといて、今更出し惜しみか?」

浩之も、そんな少年にやや緊張した。

「僕には、未来を予知する能力がある。・・・あんたの未来が見えるよ。
・・・暗い。夢も希望も無い。あるのは、常にあんたに付きまとう苦しみだけだ。結局、あんたはボロボロに打ちのめされて、ここに帰って来る・・・。

それでも、行く気がするかい?」

ニヤリ、と少年が笑い、赤い切符を差し出した。サングラスの表面に、差し出された切符と、浩之の緊張した顔が写った。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・当ったり前だろ。そんなに暗いんだったら、俺が電球付け替えてやるまでだ。」

パッと、切符を指から取った。

「・・・・・そうか・・・・・じゃ、一緒に来なよ。プラットホームまで付き合う。」

駅に向かって、少年は歩き出した。浩之には見えなかった。だが、少年の顔は、本当の意味での喜びに、綻んでいた。




スタッフ達は、セリオとマルチが運んだ部品を、浩之の体に取り付けていく。いよいよ、完成まで後一歩の所まで近付いていた。
セリオは、胸元で両手を結び、祈るような気持ちで、浩之を見つめた。

(_信じています・・・・・浩之さん・・・)

「セリオ。」

長瀬が、彼女の頭に手を乗せ、撫でた。

「・・・・よくやったね。そして・・・・大事な事を教えてくれて、有難う。」

「_・・・私には・・・まだ良く分かり兼ねます・・・。
ですが・・・・感情システムがインストールされて行くのを見た時・・・浩之さんが希薄になって行くような・・・そんな気がしました・・・。
そして、『本当の浩之さんは、まだここにいらしていない』、原因は不明ですが・・・その結論に達しました・・・。」

「それが分かれば十分だよ。それが分かっているなら・・・浩之君はきっと、帰ってくるさ・・・!」

もう一度、ポンと頭を軽く叩き、長瀬はスタッフ達の前に出た。

「主任!とりあえず、全部品、装置のセットは完了です!」

「オーケー。じゃ、最終チェック、行ってみよーか!」

「はい!」




「・・・・色々・・・サンキュな。」

電車はすでに到着し、後は出発を待つばかりとなっていた。電車、というよりも、遊園地にある「おサルの電車」に近い列車は、3両編成、しかも、それぞれの車両にはでかく「現世特急線」と書かれていた。
浩之はすでに車両に乗り込んで、窓越しに少年と話していた。

「・・・これも、僕の仕事だからな。」

相変わらずのサングラスだが、笑顔は、まぶしかった。

(・・・・・あれ?)

浩之は、デジャヴのような物を感じた。

「俺さ・・・お前に会った事・・・無かったか?」

顔には見覚えが無い。だが、何かが引っ掛かる、この雰囲気。

「・・・・・・いや、気のせいだろ・・・。・・・・少なくとも・・・僕は・・・あんたなんか知らない・・・。」

目を反らして、少年が言う。何故か、その言葉は悲し気に響いた。

『ジリリリリリリリ・・・・まもなく、参番線より、現世特急線が発車いたしまーす。閉まるドアに、御注意下さーい。』

「あ・・・・そうだ!あんたに謝っておかなきゃいけない。・・・・悪い。未来が見えるなんて、嘘だ。・・・あんたを試したかったんだ。・・・本当に現世に帰る価値があるかどうか・・・。」
「んなこったろーと思ったぜ。」

優しく、浩之が笑った。
ゆっくりと、電車が動き出した。
少年も、合わせて歩き出す。

「でも、でもな?僕、その人を支えている人達が見えるんだ。これは本当だ。守護霊もそうだし、現世にいる人だって・・・・。」

「じゃあ、俺のは見えるか?」

電車のスピードが上がっていく。
少年との間が離れていく。

「ああ・・・一杯いる!両親、学校の先生、友達、色々いる!・・・けど・・・。」

「うん?」

「皆の倍位あんたを支えてる人がいる!」

「そいつは誰だ?」

二人の距離は数メートル離れ、プラットホームも終わりに近付いた。

「分からない・・・でも・・・・特徴だけ言えば・・・・


オレンジ色の髪した、美人の女の人だ!」

浩之は、一瞬びっくりしたような表情を見せ、すぐに、

「ああ!そりゃ俺の女神様の事だ!いっつも俺の事を見守ってくれてる、俺の大事な女神様だぜ!」

叫んで返した。

「世話んなったな!!」

「・・・・・いや、世話になったのは僕の方だ!!!」

「?」

「・・・・僕の手に!・・・いつも・・・つぶされてたよね!・・・・・浩之君・・・・・!」

「・・・・・え?」

「うわっ!?」

少年は、ホームの終わりギリギリの所で転んだ。
麦わら帽子が、風に飛ばされて飛んで行った。

「!!」

起き上がった少年の頭には、犬の耳が付いていた。サングラスは地面に落ち、少年の、つぶらな瞳が露になった。その目からは、雫がこぼれ、光っていた。

「!!!!!お、お前、もしかして・・・ボ・・・・」

「また、いつか・・・・会おうね・・・・・・・・!!!」

少年は、浩之が見えなくなるまで、両手を大きく振り回した。




「主任、全てのチェックが完了です。後は起動させるだけです・・・!」

「・・・皆、俺の我が侭に最後まで付き合ってくれて、本当に有難う。まあ、俺の為っつーよりもセリオ達の為にやったって腹の奴が大半だろうけどね・・・。」

疲れ切ったスタッフ達に、心からの笑いが上がった。
今は、別セクションのスタッフ等も、全員この開発室に集まっていた。
この、浩之を蘇らせるという計画は、開発部のみでなし得た事ではない。上部からの了承は一切取らず、長瀬の指揮の元、あらゆるセクションが結集し、密かに進めた計画なのだ。

「さ・て・と・・・。ここが一番の大勝負だ・・・。感情システムを乗せていない以上、理論的には感情が生まれるはずが無い。起動させた時点で、もし、浩之君がそこに居たとしたら、俺達の奇跡の逆転サヨナラ勝ちだ。ダメだったとしたら・・・・・・まー、考えない事にしとこう。
それじゃ、マルチよろしく!」

笑い声と拍手。

「はいですう!さてみなさま!拍手でもってお迎えいたしましょうですう!ここにおわす眠れる浩之さん王子を眠りから覚ます、伝説のお姫様、セリオさん姫の登場ですう!」

景気をつけるようにと長瀬に頼まれ、思いっきり明るく司会進行するマルチ。現在、タキシードに赤い蝶ネクタイをつけている。
マルチがステッキをかざすと、後ろの赤いカーテンが落ち、拍手と共に、衣装部の製作した、白いドレスを着たセリオが表れた。
唇は、元の色を残すように薄いピンクの口紅が塗られ、それ以外の化粧は一切していない。それでも、まるで結婚式の花嫁のような、気品あふれた魅力が、辺りを湧かせた。

「_あ、あの、長瀬主任?」

やや困惑気味のセリオが、おずおずと長瀬の前に来た。

「_私は何も聞いていないのですが・・・・。」

「んー。いーねー、似合ってるねー。え?あ、そりゃそうだ。君だけには秘密にしておいたからね。」

「_一体これは・・・。」

驚いたのも無理はない。浩之のチェック中、突如として衣装部に連れ去られ、服を着せかえられたかと思うと、猛烈な勢いで化粧までされたのだ。

「いや、折角愛しの君を起こすんだから、それなりの舞台がいるだろうと思ってね。」

セリオの頬が一気に真っ赤に染まる。

「_し、しかしですね・・・後頭部のスイッチを入れるだけですから、何もここまで大袈裟な・・・。」

「うふふ。実は違うのよ〜ん!」

女性のスタッフが、セリオの前にピョンと飛び出して来た。

「まあ、ちょっと特殊な構造上、今回変更されてね・・・・。

唇に適度な圧力、プラス、微電流・・・・・つまり、セリオのキスで起動するようになったワケだ。」

「_!!!」

ボン!と音が鳴る位の勢いで、セリオの顔全体が朱に染まった。

「あれ?ひょっとして、まだ浩之君にキスすらしてもらってないとか・・・?」

「_い、い、い、い、い、いいえ、そ、そういう訳では・・・?・・あっ、そ、そうでは無く、こ、こんなに多くの方々に囲まれる中で、ですね、その・・・・・。」

未だかつて無かった慌てぶりを披露するセリオに、一同も優し気な微笑みを浮かべる。

「・・・・・ま、そうだな・・・・・・。じゃ、いいよ。はい皆撤収ー。お疲れー。」

意外に素直に聞き入れた長瀬に、ホッと胸を撫で下ろすセリオ。
だが、彼が周りに目配せした事を、彼女は知らなかった。




「・・・・・・・冷静に考えたら、どうやってそのロボットの体に乗り移りゃいいんだ・・・?」

電車の椅子に揺られながら、浩之は腕を組んで考えた。

「・・・大体、この電車がどこで止まるかだって分かんねーし・・・。」

「・・・・光に、身を委ねな。」

電車の車掌が、浩之に言った。

「・・・・・・へ?」

「考えればいい。お前が乗り移りたい物の事、お前の大切な者の事。強く念じろ。でなきゃ、道路の地縛霊にでもなっちまうぞ。」

「念じる・・・・・・・か。」

「ほら、光が来たぞ。」

まるでトンネルの出口のように、光の巨大な輪が、電車を待っていた。

強い光のはずなのに、少しも眩しいとは思わなかった。
むしろ、
心地良い。

(セリオ・・・今、帰るぜ・・・・・・・)

浩之は、光に包まれて行った。





「_・・・・浩之さん・・・・・。」

今はケーブル等も全て取り除かれ、衣装部に着せられた王子様的格好で寝台に寝る浩之の隣に、セリオは座った。部屋には、浩之とセリオしかいない。
そっと、浩之の頬を撫でた。

「_・・・いつもあなたは、私を助けてくれました。

私が心の存在の知った時も

・・・・・私が、トラックに撥ねられそうになった時も・・・・・。

今度は・・・・私があなたを助ける番です。

・・・・でも私、例えあなたに助けていただいた過去が無くても、きっと私は、ここにいます。

・・・・・・・・・それは・・・・・・・・

あなたを・・・・・・・好きだから・・・・・・・。」

不思議と、顔は赤くならなかった。むしろ、少しずつ浩之の唇に自分の唇を近付ける度、自分が落ち着いていくのが分かった。
特徴的なオレンジ色の髪が、ゆっくりと背中から肩へと落ちて行き、セリオと浩之が交わる瞬間を、外界から閉ざすカーテンになった。
今そこには、王子を口付けにて目覚めさせんとする、王女がいた。

「_・・・・聞こえたでしょうか?

・・・・・・・あなたが、この世界の誰より、好きです。」

唇が交わる。
全ての神経が、そこに集中した。
目眩のするような快感が、セリオの頭に広がる。

(_・・・起きて・・・・・・・・!)

スッ・・・・・

「_・・・・・・・!!!!!」

不意に、セリオの背中に、腕がまわされた。
優しく、肩を抱きとめる腕。

そして、ゆっくりと、浩之の上寝るような体勢になっていたセリオが、起こされる。
シルエットはまだ、重なったまま。
セリオが完全に元の座った状態になると、唇が離れ、浩之の目が、

開いた。

「・・・・・・・・聞こえたぜ。」

「_・・!!!!!!!!!!!!ひ、浩之さあん・・・・・。」

セリオの眼から、歓喜の涙が溢れ、声が震える。
浩之は、照れくさそうに頭を掻くと、

「・・・ただいま。」

と呟いた。

次の瞬間、

『『『『『『おおおおめでとおおおお!!!!!!』』』』』』

開発室の四方のドアを、文字どおり蹴破り、長瀬、マルチを筆頭に、先程のスタッフ全員が、クラッカーを鳴らしながら飛び込んで来た。・・・もし失敗していたらどうするつもりだったのだろうか。

「んん!青春だなあ!ハッハッハッハッハ。」

「オ、オッサン・・・・・・。」

浩之とセリオの表情が、一旦青ざめたかと思うと、今度はリンゴのごとく赤くなり始めた。

「ううううう・・・・良かったですう・・・・・・。」

マルチは、早速泣き出した。

「あ、あんたらなあ・・・・初めてセリオが家に来た時といい・・・・

俺等のプライバシーも考えてくれよお!!!!」

それは、出来ない相談だった。




とりあえず、ここまでで序章が終了です。申し訳ありません。かなり時間が掛かってしまい、かなり長くなってしまいました、Neonlightです。いかがでしたでしょう?
以前、感想をいただいた際、「浩之が死んで、その後生き返るっていうのがどうも・・・」という意見を沢山いただきました。これで・・・・納得・・・・・・出来る訳ないですね(^^;)。これでさらに気分を害された方には、すみませんでしたm(__)m。これが、今の自分の限界です。
また、「イタいのはちょっと・・・・」という感想もいただきました。今回は・・・・痛くはないと思います。前回の傷がこれで癒える事を切望しています。
次回から、いよいよTo Heartrixになります(今回もちょくちょく、オマージュというか、パクりカマしてますが(^^;))。もう、話のムードがまるで違う物になると思います。決して、痛い話にはならないはずです。

それでは。


 ☆ コメント ☆ 綾香 :「えっと……」(^ ^; セリオ:「生き返りました、ね。……浩之さん」(;^_^A 綾香 :「そうね。      良かった良かった……って、言っていいのかしら?」(^ ^; セリオ:「さ、さあ?」(;^_^A 綾香 :「まあ、取り敢えずは良かったという事にしときましょうか」(^ ^; セリオ:「そですね」(;^_^A 綾香 :「それにしても……」(−−) セリオ:「?」 綾香 :「あなた、随分とおいしい役を貰ってるじゃない」(−−) セリオ:「えへへ」(^ ^ゞ 綾香 :「それに引き替え……あたし、全然出番が無いんだけど」(−−) セリオ:「確かにそうですねぇ。      あ、でも、この方法を使えば綾香さんも出演できるかも」 綾香 :「ん? どんな方法?」 セリオ:「綾香さんもメイドロボになればいいんです。そうすれば出番が貰えますよ、きっと」(^-^)v 綾香 :「……………………あたし、出番いらない」(−−;;;



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