一面白一色の世界。
 僕はそんな世界をぼんやりと眺めていた。
 一度色を失っていた、僕の世界。
 そして、あの忌まわしい事件の後、色を取り戻すことができた僕。
 そんな世界も、今は真っ白い雪に覆われ、その大部分を白で埋め尽くしていた。



 …がせ…



 世界は常に変わりつづける。
 それを知らず、世界の変化から自分を孤立させていた頃を少し勿体無く思う。
 でも別に構わない。これから今までの分も取り戻せばいい。
 時間はたくさんあるんだから。
 静かに、確実に面積を増やしていく白を眺めながら、僕はそんなことを考えていた。


 …ながせっ…


 そういえば来週はクリスマスか…
 今までは特に気にしたこともなかったけど、もしかすると今年は何かあるのかもし
れない。沙織ちゃんあたり、そういうの好きそうだからなぁ…




「おい、長瀬っ!」
「いてっ!」



 突然、前の席の鈴木がチョップを入れてきた。
「いきなり何するんだよ」
 恨めしそうに睨んでやる。
「いきなりってなお前…さっきからずっと呼んでたんだけど」
「へ?」
「とりあえず解るのは、今お前はクラスの中で一番注目を集める男、ってことだな」
 鈴木の言葉にクラスを見渡す。
 確かに、クラス中の視線が僕に集まっている。
 教師である、叔父も含めて。
「祐介…三年になってからいきなり学年主席に踊り出て余裕があるのは解るが、一応
点数くらい確認してもばちはあたらんと思うぞ」
 どうやらこの間のテストを返却している最中に物思いにふけっていたらしい。叔父
が嫌味混じりにそんなことを言う。集まる視線が痛い中、僕は答案を受け取りに教卓
まで歩いていった。



(くすくすくす…ボーっとしてちゃダメだよ、長瀬ちゃん…)

 どうやら瑠璃子さんに「見られて」いたらしい。

(あ、あはは…)

 今の表情そのままのぎこちない笑みを電波に乗せて、隣のクラスの瑠璃子さんに送
った。




クリスマスプレゼント

「祐くーん!!」  放課後。  大声で彼女専用の僕の愛称を叫び、文字通り弾丸のように沙織ちゃんが僕のクラス に飛びこんできた。 「沙織ちゃん、どうしたの?」  いつもどおり元気爆発の沙織ちゃんの様子に苦笑しながら、訊ねる。 「ねぇねぇ、来週ヒマ?」  用件はとても解りやすかった。  先ほどぼーっと考えていたことがそのまんま正しかったことに再び苦笑してしまう。 「うん、暇だけど」 「じゃあさ、皆でパーティしよ!」  皆、というのは、僕と沙織ちゃん、それに瑠璃子さんや瑞穂ちゃんのことを差して いる。 「うん、僕は構わないよ」 「ホント? やっりぃ!」  一挙一動が本当に元気だ。見ているだけで顔がほころんでしまう。 「それじゃみずぴー達にも聞いてくるねー!」  そう言って、返事を返す間もなく再び弾丸のように飛び出して行った。 「……」  …なんか背中に視線を感じる。 「……」  振り返ると、伊藤が僕をじーっと見ていた。 「な、なんだよ」  なんとなく居心地が悪かったが、とりあえず訊ねておく。 「んー…いや、去年までは全然目立たないやつだったのになー、ってな」 「僕のことか?」 「お前以外に誰がいるっての…その目立たないやつが、今年になってからいきなり学 年主席になるわ、明るくなるわ、女の子にもてるようになるわ…お前去年もホントに 長瀬だった?」 「なんだよそれ、あたりまえだろ」 「いやまぁ…そうなんだけどな」  まぁ確かに、人が変わるには急過ぎる時間ではあったかもしれない。  でもそれだけ、あの事件が僕に与えた影響は大きかった。  残された結果は、全てがよかったとは言えないが… ---------------------------------------------------------------------------- 「いっただっきまーすっ!」 「…いただきます」 「いただきます」 「うん、どうぞ」  二学期の終業式を明日に控えた日の昼休み、屋上近くの階段の踊り場にて。  僕の作って来た弁当を前に、沙織ちゃん、瑠璃子さん、瑞穂ちゃんが三者三様のい ただきますを言った。 「…相変わらず上手だね、長瀬ちゃん」 「あはは、ありがとう」  いつからかは覚えていないが、昼はこうして皆で食べることが日課になっていた。  毎日交代で、一人が皆のぶんの弁当を作ってくる…結構大変な時もあるが、やって みるとそれ以上に楽しかった。自分が作るときはみんなの感想を楽しみに、皆が作っ てきてくれる日はその内容を楽しみに…ただそれだけのことではあったが、そんな日 課ができてから、毎日昼が楽しみになった。 「あ、祐くん、クリスマスのことだけど、みずぴーちょっと忙しいみたい…」 「そうなんです…すみません」  沙織ちゃんの言葉に申しわけなさそうに頭を下げる瑞穂ちゃん。 「いや、別に謝ることじゃないよ。忙しいなら仕方ないし」 「すみません…あ」  フォローしたつもりだったが、また瑞穂ちゃんは謝り、そしてはっとして口元を右 手で押さえる。 「あはは…まぁ瑞穂ちゃんらしいけどね」  その様子に僕は苦笑した。 「…クリスマスは香奈子ちゃんがおうちに帰れるんだよね…」 「え?」  ぼそっと、瑠璃子さんが呟いた。 「あ…そうなんです。香奈子ちゃん、最近調子がいいから、クリスマスからお正月の 間は家に帰ってもいいって先生が…それで、私それに付き添うって加奈子ちゃんのご 両親と約束してたので…」  申しわけなさそうに、瑞穂ちゃんは言った。 「あ、そうなんだ…」  太田さんの名前が出てきて、沙織ちゃんもちょっとしんみりとなる。  が、すぐに元通り元気になると、 「あ、あのさ…だったらあたし達も付き合ったらダメかな?」  若干ぎこちなさはあったが、そう言った。 「え?」 「あ、迷惑だったらしょうがないけど…あたしウルサイし…」 「あ…全然そんなことないです! きっと香奈子ちゃんも嬉しいと思います! でも、 その前にご両親に相談してみないと…その日のこと、まだ全然決めてないですから… 今日聞いてみますね」 「うん! …あ、あたし一人で勝手に決めちゃったけど、祐くん達もそれでいいかな?」 「もちろん」 「いいよ」 「えへへ…ゴメンね、一人でつっぱしっちゃって」  沙織ちゃんはちろっと可愛い舌を覗かせてそう言うと、瑞穂ちゃんとなにやら話始 めた。  それを確認すると、僕は瑠璃子さんの方を向き、疑問に思ったことを聞いた。 「でも…どうして瑠璃子さんが知ってるの?」  勿論、太田さんのクリスマスのことである。 「このあいだ、お兄ちゃんを迎えに行ったとき看護婦さんが話してたのを聞いたんだ よ。最近は調子もいいみたいだから、って」 「へぇ…そうなんだ」  そう。確かに最近は太田さんも落ちついてきた。以前のような徘徊癖も無くなった。  でもそれは…決して元に戻ってきているという事ではない。  それが少し…いや、かなり…  やるせなかった。  その日の放課後、僕と瑞穂ちゃんは一緒に太田さんのいる病院へ行った。 「こんにちは、太田さん」  微笑んで、挨拶する。  すると太田さんはこちらを向く。  その顔に表情は無いが、以前はなんの反応も示さなかったことを考えれば、かなり よくなったとは思う。 「香奈子ちゃん、ほら、お花買ってきたよ」  途中、花屋で買ってきた花を太田さんに見せる瑞穂ちゃん。  太田さんはそれを見ると少しだけ微笑んだ。 「あ…笑ったよ!」  最近ではこうして時々表情に変化が出るようにもなったが、まだまだ珍しいことだ ったため、僕はちょっと大げさに喜んでしまった。 「ええ…」  僕の言葉に瑞穂ちゃんも笑う。  でも…その笑顔は少しだけ寂しそうだった。  その後1時間ほど瑞穂ちゃんと一緒に太田さんに色々と話かけた後、もう少しいる と言う瑞穂ちゃんを残し、僕は病室を後にした。 「あ…」  前の方から見知った人が歩いてくる。 「こんにちは、長瀬君」 「ええ、こんにちは…月島さん」  笑顔で挨拶してくる瑠璃子さんの実の兄…月島さんに、僕も僕なりの笑顔で応えた。 どの程度笑顔になっていたかは解らないが…  何を話すこともなく、そのまますれ違おうとする…  だが、やはり一言言っておきたかった。  足を止め、月島さんの背中に言葉を投げる。 「月島さん……気持ちは解りますが、あまり無理をしないで下さい。何度も言います けど、僕らにできることならいつでも手伝いますから」  すると月島さんも足を止めた。  そして、振り返ることはせず。 「ありがとう…でも、やはり自分で片付けたいんだ。それが自己満足でしかないこと も解っている。長瀬君や瑠璃子に手伝ってもらえばもしかしたら…とは思う。でも…」  最後のほうは何を言っているのか解らなかった。いや、何も言ってなかったのかも しれない。  そんな月島さんの言葉に僕は大きくため息をつく。 「はぁ…まぁ、答えは解っていましたけど…でも、瑠璃子さん達に心配をかけるのは やめてください」 「…ああ。それはもうしない」  その言葉を最後に、僕は病院の外へ、月島さんは太田さんの病室へ…それぞれの向 かう場所へ再び歩き始めた。 「ホントに頑固な人だなぁ…」  病院の外へ出、振り返り、誰に言うでもなくそうぼやく。  月島さんは本当に頑固だった。  太田さんの精神を壊したことは確かに月島さんの罪だろう。  それを、狂気の淵から戻った月島さんは一人でどうにかしようと、毎日、文字通り 命を削るような様子で太田さんの心を治すために尽力していた。  僕や瑠璃子さんが手伝おうと言ったこともあったが、月島さんは絶対にその申し出 を受けなかった。よく言えば凄い責任感を持っている人だが、悪く言えばただのエゴ イストである。一度言ってやろうと思ったこともあったが、月島さん自身、そのこと を理解していることも解っていたので、やめておいた。  だが、そうも言ってられないことが起きた。  一ヶ月ほど前だろうか、太田さんの病室で月島さんが倒れたことがあった。  睡眠不足等からくる過労だったらしい。  当然ではあるが、その時は普段の様子からは想像もできないほど瑠璃子さんも取り 乱していた。  だから僕と瑠璃子さんはより強い口調で協力を申し出たのだが。  それ以上に強い口調で拒否してきた。  口論になってしまったが、結局根負けし「絶対に無理はしない」という約束をさせ るだけで妥協し、今に至ると言うわけだ。  頑固で強い人だった。  あの事件は月島さんの心の弱さから始まったものだと思っていたが。  本当に月島さんの心は弱かったのだろうか、なんて考えることがある。  瑠璃子さんの心とつながった時、彼らの過去に何があったのかは知っている。  が、知っているだけだ。  当事者達が心に、体に受けた傷の全てを理解してはいないだろう。  月島さんの心は強かったが、与えられる負荷がそれ以上だっただけなのではないか。  そう考えると…情けない話だが、僕が同じ境遇に立たされた場合、なにかしらの事 件を起こさなかった、とは言いきれない。少なくとも、あの事件に遭遇する前の自分 を省みると、その自信は全くと言っていいほど無かった。  思えば、心が強いのは何も月島さんだけではなかった。  沙織ちゃんも、瑞穂ちゃんも、そして瑠璃子さんも…  あの事件の後、僕は電波で皆の記憶から事件のことを消したはずだった。  なのに、現状はどうだろうか。皆、あの事件のことを覚えている。  覚えているだけではない、その現実を真っ向から受け止め、なおかつ月島さんを許 してしまっている。  女の子にとって、あの事件は男の僕以上に辛い事件だったはずだ。瑞穂ちゃんの場 合は、更に親友を壊されたという恨みまであるはずなのに。それなのに。  僕なんか比べ物にならないくらい、皆本当に強い人だった。  そんな皆を見ていると、僕も…見習わないとな、なんて思い、勇気付けられるのだ。 ----------------------------------------------------------------------------  クリスマスの夜。  僕は太田さんの家の居間で皆を待っていた。  皆は太田さんの部屋で太田さんのおめかしに夢中だ。 「ごめんなさいね、香奈子がいつも迷惑をかけて」  太田さんのお母さんが僕にお茶を振舞いながら、申し訳無さそうに言う。 「いえ、迷惑なんて全然思ってませんからお気になさらないで下さい。あ、お茶どう もありがとうございます」 「そう言ってくれると助かるけど…あの、今日はよろしくお願いしますね」 「ええ、任せてください。男が僕みたいな情けないの一人で恐縮ですけど」 「そんなことないですよ。ありがとうございます」 「長瀬ちゃん、お待たせ」  しばし太田さんのお母さんと話しこんでいると、居間の入り口のほうから瑠璃子さ んの声が聞こえてきた。 「ううん、全然気にしないで。わぁ、太田さん可愛いね」  瑠璃子さんの声に振り向いた僕の目に映った太田さんは綺麗に着飾っており、心な しか嬉しそうにも見えた。 「はい、私あまりセンスないですから、新城さんと月島さんにまかせっきりでしたけ ど…」  ちょっとばつが悪そうに、瑞穂ちゃんはうつむく。 「あら、そんなことないわよ、瑞穂ちゃん。今日はとっても綺麗よ」  太田さんのお母さんの誉め言葉に、瑞穂ちゃんは顔を赤くして、ますますうつむい てしまった。  「それじゃおばさん、今夜は太田さんお借りしますね!」 「ええ、よろしくお願いします」  元気いっぱいの沙織ちゃんに、太田さんのお母さんはまた頭を下げた。 ----------------------------------------------------------------------------  太田さんの家を出た後、僕らはとりあえず商店街に向かった。  夜だというのに、この日ばかりは街は明るかった。  周りには親子連れやらカップルやらが溢れ返っていた。  こんなににぎやか(騒々しい)なんて、今までは気づかなかった…あれ?  …思えば、今までのこの時期は、いつも家にいたような気がする。  まぁ…この寒い時期、用も無いのに外に出るようなヤツじゃなかったからな、僕は。  だったら気付かないのも無理はない。  妙に納得してしまい、思わず苦笑してしまう。 「? 祐くんなに笑ってんの?」 「あ、いや…たまにはこう言うお祭り騒ぎもいいな、ってね」 「ん、だよね。あ、初詣とかもみんなで行かない?」 「うん、僕は構わないよ、というか行きたいよ」 「私も…楽しみにしてるね」 「私も行きたいです」 「んじゃ決まり! 太田さんも一緒にね!」  皆の返事を嬉しそうに受け取ると、沙織ちゃんはもう一言、皆の考えてることを付 け加えた。 「うん、もちろんだよ」 「言うまでもないよ、沙織ちゃん」 「ありがとうございます…皆さん……楽しみだね、香奈子ちゃん」  皆が太田さんを見つめる。  誰の目から見てもわかるほどの笑顔が、太田さんの顔に浮かんでいた。 「あ、プレゼント、どこで買おうか?」  クリスマスと言えばプレゼントだろう。僕は皆に訊ねてみた。 「え!? 祐くんプレゼント用意してないの!?」 「…長瀬ちゃん…準備悪いよ」  大げさに驚く沙織ちゃんと、ちょっと恨めしそうに僕を見る瑠璃子さん。  な、なんで? 「祐介さん、普通クリスマスプレゼントっていうのは、事前に用意しておくものなん ですよ」 「へ? そ、そうなの?」  瑞穂ちゃんが教えてくれる。  僕は、我ながら情けないと思うような返事を返す。 「そうだよっ!!」 「…当然だよ」 「はい」 「あ、あはは…ゴメン」  引き攣った笑顔を浮かべながら、謝った。 「と、とりあえずお金は余分に持ってるから、これから買いに行こうよ?」  というか、始めからそのつもりだったのだが、どうやらクリスマスプレゼントと言 うのは皆の意見を聞きながら買うものではないらしい。でもそれじゃ、相手が欲しい と思ってるものをプレゼントできなくて大変じゃないだろうか。  ちりちりちりちり… (長瀬ちゃん、プレゼントって言うのはね、気持ちをプレゼントするものなの。だか ら相手の人が何をプレゼントしてくれても嬉しいものなんだよ? ううん、自分のた めに考えて用意してくれたんだな、って思うと、もっと嬉しくなれるものなんだ)  世間知らずの僕の名誉のため、こっそりと低出力の電波で教えてくれる瑠璃子さん。  ちりちりちりちり… (ゴメン…)  僕も低出力の電波で返す。  ちりちりちりちり… (いいよ。なんか長瀬ちゃんらしくて)  瑠璃子さんはいたずらっこのような笑顔を浮かべ、僕を見つめていた。 「ん? 祐くんもるりるりもどったの?」  無言で見詰め合う僕と瑠璃子さんを交互に見ながら、沙織ちゃんが言う。 「い、いや、なんでもないよ」 「うん、なんでもないよ」 「あ、もしかしてまたお二人で内緒話ですか?」 「あー、ずるーい!!」  瑞穂ちゃんの推理に、沙織ちゃんが電波のことを思いだし、ふてくされてしまった。 「わ、ホントに何でもないってば!」  そんな沙織ちゃんの機嫌を直すのに1分ほどの時間をつぎ込んだ(早っ!)  そんな僕を瑠璃子さんはやっぱりいたずらっこのような笑顔で見ているだけだった。  手伝ってよ、と思いつつ、瑠璃子さんらしいや、と思えて妙な安心感があった。 「あ、香奈子ちゃん…うん、楽しいね」  瑞穂ちゃんが何か言ったのが聞こえ、そちらを振り向くと…太田さんの笑顔に変化 があった。  大きな違いではないかもしれないが…先ほどの嬉しそうな笑顔とは違い、どこか、 楽しげに見えた。 ---------------------------------------------------------------------------- 「なんていうか、ただ歩いてるだけでも楽しいもんだね」  ベンチに腰掛けながら、ある意味では初めてのクリスマスに、率直な感想を述べる。  商店街を適当に歩いた後、静かな公園までやってきた。プレゼントの話はいつの間 にか消えてしまっていた。 「そうだね。私も知らなかった」  噴水のほうで太田さんと遊んでいる瑞穂ちゃんと沙織ちゃんを眺めながら、横に立 つ瑠璃子さんがしみじみと言う。  これほど心安らかにクリスマスを迎えたのは本当に久しぶりだった。おそらく瑠璃 子さんもそうなのだろう。だから、これほど新鮮な感動を覚えるのだ。それは何気な い日常のはずなのに。 「おーい! 祐くんとるりるりもおいでよー!」  沙織ちゃんが右手をぶんぶん振りながら、僕らを呼ぶ。 「楽しいですよー! わ、香奈子ちゃん池に入ったら風邪ひいちゃうよ!」  池に入ろうとする太田さんを大慌てで止める瑞穂ちゃん。これは大変だ、手伝った ほうがいいだろう。 「いこ、瑠璃子さん」 「うん、そうだね」  そして僕と瑠璃子さんは必死に太田さんを押さえている瑞穂ちゃんと沙織ちゃんの もとへと駆けていった。 ----------------------------------------------------------------------------  夜10時を回る頃、いい加減時間も遅くなってきたし、体も冷えてきたということ で、今日はおひらき、ということになった。 「あー、今日は楽しかったねぇ!」 「うん、本当だね」 「こんなに楽しかったのは久しぶりです」 「そうだね…プレゼント用意できなかったのがゴメン、だけど」 「ん、気にしないで。クリスマス本番は明日なんだし」 「そのかわり、私達のプレゼントも明日だよ」 「期待していますね」 「あはは…うん、頑張るよ」  苦笑しながら、皆へのプレゼントを考えていると、太田さんの家が見えてきた。  その玄関先にたたずむ人影が一つ。 「やぁ…お帰り」 「お兄ちゃん…」  両の手をズボンのポケットにしまったその人影は、月島さんだった。  いつからそこに立っていたのか…瑠璃子さんの目には非難の色と、それ以上に心配 の色が浮かんでいた。 「月島さん…」  僕も、責めるように月島さんを見やる。 「いや…今来たばかりだから、大丈夫だよ」  言葉は少なかったが、僕らが何を言わんとしているかはすぐに解ったようだ。  それが真実なのかどうかは解らないが…月島さんがそう笑顔で言っている以上、そ れ以上の追求はやめることにした。 「あ、香奈子ちゃんですよね?」  瑞穂ちゃんはそう言うと、すっ、と身を退いた。  瑞穂ちゃんに手を引かれていた太田さんが、その影から現れる。 「ありがとう…あ、今日は機嫌が良さそうだね」 「ええ…とても楽しそうでした」  優しい笑顔を浮かべながら、瑞穂ちゃんが言う。 「よかったね、太田さん」  月島さんも優しい笑顔を浮かべ、静かに太田さんに語りかける。  そして、その太田さんの左手を取って、 「色々酷いことをしてきて…あつかましいお願いだとは思うけど…受け取ってくれ。 ……これが……僕の、気持ちだ」  その薬指に、懐から綺麗に輝く指輪を取りだし、はめた。 「えぇっ!? つ、つきしまさん、それって…」  沙織ちゃんが真っ赤になって取り乱す。 「お兄ちゃん…」  瑠璃子さんが驚いて月島さんを見つめる。 「つ、月島さん…」  沙織ちゃんのように真っ赤になりながら、瑠璃子さんのように驚いて、瑞穂ちゃん も月島さんを見る。  そして僕は。 「月島さん…それは、全てを覚悟しての上ですか?」  努めて冷静に、そう訊ねる。  答えは解っているが、訊ねなくてはならない。 「勿論だ。そこまでバカじゃないさ。まだ学生だし、そもそも二十歳にもなっていな い小僧だけど…僕は、太田さんと一生を共にする」 「罪滅ぼしのため、ですか?」 「それもある。でも、それだけじゃない。  瑠璃子が僕から離れていって、心細かった時でも、僕のそばにいてくれたのは彼女 だった。  僕が狂ってとんでもないことをしていた時でも、そばにいてくれたのは彼女だった。  僕がどんなに酷いことをしても、心を無くしてもなお僕のそばに、彼女はいてくれ た。  気付くのが遅すぎたけど…僕は、そんな彼女が好きだ。愛している」 「そうですか…」  確かに受け取った。  月島さんの覚悟を。 「う、わー…うわー…あ、あたし初めてナマで見ちゃったよ、こ、告白って…」  沙織ちゃんがさっきよりずっと真っ赤になって、両手で頬を押さえて悶えている。 「お兄ちゃん…」  言葉は少ないが、瑠璃子さんの表情からは祝福と、激励が見て取れる。 「月島さん……香奈子ちゃん、良かった、ね…」  瑞穂ちゃんは、口元に手をあて、泣いていた。  そして、太田さんは。  ぼーっと、無表情に、自分の左手に光る指輪を眺めていた。 「あ…僕ばかり一方的に話してしまったね…肝心なのは、太田さんの返事なのに」  月島さんは少し慌てて、おろおろとしている。  そんな月島さんを可笑しく思いながらも、またやるせない気持ちになってしまう。  返事なんて返ってくるはずが無いのに…  ……すよ…  …え? 「お、太田さんが…」 「香奈子ちゃん…」 「か、香奈子ちゃんっ!?」 「あ…」 「もちろん、OK、ですよ……幸せに、してくださいね」  最初は聞き取れなかったが。  今度はしっかりと聞こえた。  喋っていた。  太田さんが。  目から、大粒の涙を流しながら。  しっかりと。  片言の言葉ではなく。  太田香奈子という、普通の女の子として。  月島さんは、無言で太田さんを抱きしめていた。  彼もまた、たくさんの涙を流しながら。 「でもね、月島さん…私、怒ってるんですよ…」  それはそうだろう。  あれだけのことをされたのだ。  彼女がどれだけのことを覚えているのかは解らないが、怒っていないはずは無かっ た。 「ああ…解っている、解っているよ…ごめん、本当にゴメン、太田さん…」  ただただ謝罪の言葉を繰り返す月島さん。  しかし、次の太田さんの言葉は、僕も、おそらく月島さんも予想していないものだ った。 「全然解ってないですよ……どうして、プロポーズまでしてくれたのに…まだ、私の こと名字で呼ぶんですか…? 拓也さん…」  ここにも、いた。  強い心を持った人が。  少しのことでは揺るぐことの無い、強い愛の心を持った、人が。  この二人は、多分、もう大丈夫。  何があっても、この二人の中を裂く事はできないだろう。 「ああ……ああ…ゴメン、ゴメンな香奈子…」 「いえ…」  そして二人、抱きしめあった。 「…僕達はお邪魔みたいだね、太田さんも送ったことだし、帰ろうか」 「そ、そだね」 「そ、そうですね、えへへ、それじゃ香奈子ちゃん、うぐっ…またね」 「…お兄ちゃん、あんまり遅くならないでね」  僕らの声が聞こえているのか聞こえていないのか、二人はじっと動かなかった。 ---------------------------------------------------------------------------- 「クリスマスの夜には、奇跡が起こるものなんですね…」  先ほどまで泣いていた瑞穂ちゃんだが、ようやく落ちつくと、空を見上げてそんな ことを言った。 「クリスマスの夜にプロポーズして、正気を失っていた最愛の人が正気を取り戻す… ドラマチックだね〜」  沙織ちゃんも、うっとりと何も無い空間を見つめている。 「う〜ん…そうかな?」  だけど僕は、ちょっと首をひねって二人に否を唱える。 「? 祐介さん?」 「祐くん?」  二人が僕を見る。 「だってさ」 「はい」 「うん」 「奇跡、なんて一言で片付けちゃったら可哀想じゃない。あの日から今まで、月島さ んや瑞穂ちゃんがどれだけ頑張ってきたかを考えるとさ。だから、今日太田さんが戻 ってきたのは奇跡なんかじゃない、月島さんと瑞穂ちゃんが頑張ってきた結果なんじ ゃないかな?」  実際にそう思っていた。  瑞穂ちゃんも月島さんも、本当に頑張っていた。  返事が返ってこなくても、一途に太田さんに語りかけていた瑞穂ちゃんの姿。  それこそ倒れるまで太田さんの心のかけらを集めていた月島さんの姿。  その二人の姿を思えば、ぽっと出の奇跡なんかで終わらせたくなかった。 「そ、そんな、私なんて…」 「うーん…それもそうなんだけど…なんかドラマチックじゃないね」  恥ずかしげにうつむく瑞穂ちゃんと、なんとも言えない表情の沙織ちゃん。 「じゃぁ…お兄ちゃんと瑞穂ちゃんの努力が奇跡を呼んだ、ってことにしようよ」  それまで黙っていた瑠璃子さんが口を開く。 「あ、それいいね! ドラマチックだし、努力が実を結ぶあたりがカッコイイよ!」  とても嬉しそうな沙織ちゃん。 「あはは…なんか、恥ずかしいです」  恥ずかしそうに、でも嬉しそうに笑う瑞穂ちゃん。 「そうだね…それがいいね」  微笑んで、僕もその意見に賛成した。  満場一致で、今夜の奇跡は月島さんと瑞穂ちゃんの努力が呼んだものに決定した。 「あ、そうだ祐くん」 「ん、なに?」 「あたしね、何も言わないつもりだったけど、プレゼント、欲しいものできちゃった」 「あ、私も」 「奇遇ですね、私もです」 「え…な、なに?」  そこはかとなくいやな予感がする。 「「「指輪!」」」  そして、それは的中した。  綺麗に重なる三人の声。 「さ、流石にそんなにお金は無いよ…」  というか、情けない話だが、覚悟が無い。 「大丈夫だよ!」 「金額なんて関係無いんだよ…」 「そうです、気持ちの問題ですから」  それが一番問題なんだってば!! 「さ、さー、今日はもう遅いから帰らなきゃ!!」  裏返りぎみの声でそう叫び、僕は走り出した。 「あっ、逃げたー!!」 「逃げちゃダメだよ、長瀬ちゃん」 「ま、待ってくださいっ!」  そんな僕を3人が追っかけてくる。  僕が3人に捕まりその場に組み伏せられるのは、その後3分後のことだった。 <おわり>
 ERRです。  思えば、これが「了承」以外ではじめてのSSですな(笑)  雫SSです。  文中で明言してないですが、明らかにたさいSSです。  まぁ、私なりの彼ら、ということで。  これを書くにあたり、雫の太田さんシナリオをプレイしなおしました。  何故って、そりゃ、クラスメイトの名前のためですよ(笑)
 ☆ コメント ☆ 綾香 :「良いお話ねぇ」(^^) セリオ:「そうですね。とっても素敵です」(^^) 綾香 :「やっぱり、努力は報われるものなのよ」(^0^) セリオ:「うんうん」(^^) 綾香 :「諦めずに頑張り続ければ、きっと良いことがあるのよ」(^0^) セリオ:「まったくです」(^0^) 綾香 :「夢を叶えることだって出来るし、奇跡だって起こせるのよ」(^0^) セリオ:「はいです!」(^0^) 綾香 :「さらには、空を飛べるようになったり手から光線を出せるようになったり……」(^^) セリオ:「……は?」(−−; 綾香 :「努力次第では、宇宙から敵がやって来たり……」(^^) セリオ:「それは……ちょっと……」(−−; 綾香 :「ああ、努力って素晴らしいわ」(^0^) セリオ:「……(綾香さんの座右の銘って……ひょっとして、『努力・友情・勝利』?)」(−−;  ・  ・  ・  ・  ・  葵 :「まったくですね! 綾香さんの仰る通りです!」(^^) 琴音 :「…………」(;^_^A  葵 :「人間、努力が一番です!!      頑張れば、スーパー化だって出来ます!!」(^0^)/ 琴音 :「…………(葵ちゃんと綾香さんって、根本的には同類なのね。やっぱり)」(;^_^A



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