「燃えよ由宇」

<起承転結激情編>

作:阿黒


…ここに一人の家事手伝い(実家は旅館経営)の眼鏡娘がいる。

彼女の名は猪名川由宇!どこにでもいるありふれた熱血中堅同人作家(関西系)だ!

 

 

 

全ての同人作家がこうだと思ってもらいたい!!

 

 

 

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ここは都内代々森駅近くのとあるビジネスホテル。月一回開催される社会不適応者ヲタク達の祭典、同人誌即売会「こみっくパーティ(通称こみパ)」に参加する上京者の定宿であり、当然の如く由宇も毎月利用している。

余談だが既にこういった会場周辺の安いビジネス・カプセルホテル側もそういった特殊な客の習性は承知しており、朝一で会場前に並ぶヲタク達に「他の客の迷惑になるから」という理由で早すぎる時刻での目覚まし等の使用に規制をかけている所もある!

無論、早くに寝て自然と早く目覚めを図る素直な者もいるが、周りの迷惑を顧みず前日から会場前にたむろする徹夜組を筆頭に、その程度の横槍など歯牙にもかけない無神経な自己中精神的な逞しさが彼らの特性なのだが!

さて。

そのこみパを前日に控え、チェックインした由宇の部屋に一人の男が訪れていた。

彼の名は千堂和樹!今年の四月に同人デビューを果たした駆け出しの作家だが、荒削りながらその作品に光るものを感じた由宇は彼とユニットを組んだのだ!

まったくの素人である和樹にとっては同人歴の長い由宇から得るものは計り知れず、由宇にとっても関東での拠点を作るための同志として大いに頼りにしている!

その日、和樹はこみパの中でも特に目玉とされる「冬こみ」用の作品を由宇に見てもらっていた。年末に開催される冬こみは8月の「夏こみ」と並んで参加サークル・入場者共に最大規模となるビッグイべントであり、最大の決戦場であるともいえる。

この二大イベントで華を飾れるか否かで同人作家としての全ての未来が決ると言っても過言ではないのだ!!(注:過言です)

そのために、毎月のこみパ用原稿とは別に早期から構想を練っていた和樹であったが…

「どうだろう、由宇?」

「ふむ……」

 ベッドに腰掛け、顰め面でネームを見ていた由宇はジロリと不安そうな和樹の顔に視線を向けた。

「…この…好きな女の子に告白してOKもらう話な。これだけで起承転結いってるけど…これを起・承にもってった方がええ」

「ええっ!?だ、だけどそれじゃ話がすぐ終わっちゃう…」

「このエピソードのランクは精々起・承レベルや」

「で、でもここからどうやって転にもっていけばいいっていうんだ!?」

納得し難い顔で、和樹は由宇に詰め寄った。が、そんな和樹の焦りを目の当たりにしながらむしろ平然と由宇は言葉を繋げる。

「好きな女の子がいる。告白してOKもらって嬉しい…それだけの話を、いったいどれだけの読者がおもろいと思うてくれるというんや!?」

 思わず詰まってしまう和樹を横目で見ながら、ネームの表紙をパン、と由宇は叩いた。

「例えば!…男は好きで告白してつきあい始めたんやけど、すぐに飽きてしまうとか」

「ぐっ…!!」

 一瞬、和樹はまるで絞め殺されるような吐息を漏らした。なにやらしばらく黙り込んでしまったものの、やがておずおずと由宇に問い掛けてくる。

「そ…それで?それで男はどうするんだよ…?」

「そっから先は自分で考い!」

「うううっ…!」

 厳しく言い渡しながらも、顔に脂汗を浮べて苦悩する和樹の姿に、由宇は何か不審なものを感じていた。

 

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 翌月。同じホテルの同じ部屋で、由宇は再び和樹を迎え入れていた。

「由宇!お前に言われて、この前の奴考えてきたぞ!」

「ほう…」

興味津々に訊ねる由宇に、和樹は妙にハイテンションなノリで先月の作品の改正案を語り始めた。

「まず、主人公には好きな女…仮に『瑞希』としようか。昔からの古いつきあいで仲はいいんだけど、瑞希はちょっと気が強くて主人公とはちょっと反撥することも多いんだ。

で、近所の年下の女の子…『千沙』といって、ちょっと猫っぽくてドジなんだけど、とっても健気で素直なかわいい娘がいて、主人公は千沙ちゃんのことをまるで妹のように可愛がってるわけなんだ。千沙ちゃんの方も主人公に憧れてる」

「ふむふむ…なかなか恋愛物の王道な出だしやな」

「そうだろ?…で、千沙ちゃんは主人公のことがもう好きで好きで、お兄さんお兄さんって何かあるとすぐ主人公の所にやってくるわけだ。

一方、瑞希の方は結構冷めてて、主人公に千沙が纏わりついていても大して気にしていないわけ。

…そうなると男としてはさ、本当に自分のことが好きなのかどうかわからない瑞希よりも、確実に自分にモーションかけてくる千沙ちゃんの方に気持ちが移っちゃうもんだよな!?」

「え…いや…まあ、それは、人それぞれやないかなぁ…」

 珍しく由宇が気圧されて消極的な呟きを漏らすが、和樹は構わず話を続けた。

「それで、主人公は千沙ちゃんとつきあい始めるんだが…ひょんなことから、瑞希は本当に主人公のことを想っていた事に気づくんだ。いままでちょっとクールに見せていたのは強がっていただけで、本当は主人公のことが好きで好きでたまらなかったんだ!」

「…な…なんかそれ、緊張感あるな…」

「ふっふっふ…そうだろう?」

 思わず話に引き込まれてしまいそうになっている由宇に少し優越感など覚えつつ、和樹は余裕の笑みを浮べた。そんな和樹を促すように、由宇はせっついた。

「それで、どないするんや?」

「…そうなると、男としては当然、元々本命だった瑞希の方へ気持ちが傾いちゃうわけだよな!千沙ちゃんと喫茶店に行ってパフェを食べたり、原稿の手伝いしてもらったり、海水浴に行って巨大な焼きおにぎりをごちそうになったりしても、気持ちは瑞希にあるわけだし!浜辺でピーチボールしてあわやキス、なんて嬉し恥かしな状況になってみたり、一緒に映画観たり御飯作ってもらったりピーチのコスプレしてもらったり!」

 ビクリ。

「それで…!それで、どうなるやっ!」

「ふっふっふっ…まあ落ち着けよ、由宇」

 何やら昂ぶっている由宇を宥めるように手を上げながら、和樹は笑った。由宇の表情を、感情が昂ぶっている理由を見間違えて。

「もちろん、主人公は瑞希を選ぶのさ。男らしくキッパリと千沙ちゃんとは別れるとも。

それでハッピーエンドさ」

 …………。

 その答に、由宇は一瞬呼吸も忘れて沈黙した。固まりかけた身体が、しかし固まりきる前に。

 

 

 

 

 ゴッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!

 

 

「ぐぽぺぇっ!!?」

 炎が吹き出るような由宇の熱い鉄拳が頬肉に食い込み、その爆発的な衝撃を散らすこともできずに和樹は部屋の壁に叩きつけられた。備えつきのスタンドや鏡台を盛大に跳ね飛ばし、粉々に砕きながら。

「………ゆ……由宇?」

 額に青黒い血管を2,3本浮べてスパークしている由宇は、口から血泡を吹いている和樹に向かって猛悪に歯を剥いた。

「起承転結が問題やないっ!

 それ以前の人間としてのレベルの問題やっ!

あんたっ!本当にそのラストでええと思とるんかっ!?

それじゃ千沙ちゃんはどうなるっ!!千沙ちゃんはっ!!?」

「ゆ、由宇…」

「この主人公は幸せになんかなれるもんかっ!人としての心があるなら、たとえ瑞希が傍におったかて千沙ちゃんのことが気ぃになって気ぃになってどうしようもないはずやっ!違うかっ!?ええっ、どうなんや和樹!!」

「ぐうっ…!」

 目に涙を浮べて怒りの咆哮をあげる由宇に襟首を捉まれて振り回され、和樹は反論もできずただされるがままになっていた。

「何がおもしろくて何がおもしろくないかなんて、そんな基準は人それぞれや!

 けどな!

 それでもな!?

あんたの世界じゃ、女の子をボロボロにして捨てる男が幸せになれるんかいっ!!

たとえアマチュアとはいえ20万人の人間が訪れるこみパで!完売しても最大二千部としても、それだけの人間の目に触れる場で!

うちらの本を買うために、読みに来てくれたお客はん達に対して!

そんな情けないフィクションを堂々と描くなああああああああああっ!!」

「………そっ…その通り…」

 ギリギリと絞められて気門を圧迫され、チアノーゼを起こしながらも和樹は必死に言葉を搾り出した。

泣きながら。

「その通り…その通りだ由宇っ!」

「!?」

 思わず緩んだ由宇の手から、へなへなと和樹は崩れ落ちた。床に手をつき、しばらく息を整える和樹をしばらく由宇は見つめていた。

 

 ポタッ。

 ポタポタッっ。

 

 男泣きに涙をこぼしながら、和樹は声を震わせた。

「…最近俺は瑞希と一緒にいても、全然楽しくなくて…早く千沙ちゃんに新しい彼氏でもできてくれないかなとか、そんなことばかり考えてしまうんだ!」

「かっ、和樹っ、あんたそれ、まさか実話なんかっ!?」

「俺…もう疲れちゃったよ…。

 いっそのこと、瑞希と別れて千沙ちゃんとやり直してしまおうかとか…」

「和樹……」

「由宇…俺は……俺は一体どうすればいいんだっ!?」

 血を吐くような和樹の魂の叫びに、由宇は何も答えられなかった。

 何も言えなかった。

 狭いホテルの部屋に、ただ和樹の漏らす嗚咽だけが、耳に痛みを残して消えていく。

 それでも…やがて、由宇は言った。和樹に視線を向けないまま。

「ウチは…ただの同人作家にすぎん。物語の起承転結は教えてやれても、男女のもつれを解いてやることなんて、でけへん…」

 その静かな声に、ようやく涙を収めながら黙って和樹は耳を傾けた。

「ただ…一つだけ言わせてや」

 僅かに顔を上げ、そして由宇は――拳を握り締めた。

 

 

 

 

 

 

「自分がどうしていいかわからんもんを、安易に作品の中で決着つけるなああああああああああああああああああああっっっ!!!」

「ぎえええええええええええええええええええええええっ!!?」

 

先刻の数倍に値する一撃が、あっけなく和樹の顔面を粉砕した。猛烈な勢いで床に叩きつけられ、自らの流した血の海に沈んだ和樹に、更に由宇はキッパリと言い切ってのける。

 

 

 

「しかもハッピーエンドやとぉ…

片腹痛いわ!!」

 

 

 

 

 ……全身を朱に染め、僅かな痙攣を繰り返すのみの和樹にその言葉が届いたかどうかは、少々疑問だったが。

 

 

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そして、また、一ヶ月が過ぎた。

「由宇…!前回の奴、また少し変えてみたぞ!」

「ほう…見せてみぃ」

 元気一杯に叫びながら部屋に飛び込んできた、幸せそうな和樹の顔に…内心由宇は安堵していた。

 この前のことは自分の正直な気持ちだったが、それが他人にはキツイ意見であることを、実のところ由宇は自覚している。

だが、他人から何か言われた程度のことで描けなくなってしまうような性根の人間に何が生み出せるというのか。罵声や毒言を浴びることなく、挫折も逆境も知らずに来た人間は、それを知らないというだけで、決して克服したわけではない。

プロ漫画家デビューを目指し、何よりマンガが好きな由宇にとって、創作に携わる者は己を常に研ぎ澄ますのは当然であるという意識がある。

挫けている暇など有りはしないし、挫けっぱなしの人間に用は無い。

自分は泥の中から立ち上がれる人間でありたいし、そんな同類をこそ仲間としたい。

(和樹、あれから色々経験して成長したんかいな…)

 少し微笑ましい気分で、由宇は新たなネームに目を落とした。

 

二人の女の子との間で悩み苦しむ主人公。そんな主人公の姿を、人知れずずっと見守り続けていた存在があった。

奥手で口下手な性格のため、いつも主人公の前ではロクに会話もできないけれど、でもとっても優しくて、チャーミングな彼女は健気に主人公を慰める。そんな彼女の心遣いに次第に立ち直る主人公。そして…

 

「そして、今までのことは全て忘れて彼女と新しい生活を始めるんだ!」

 無言で肩をわななかせている由宇の様子に気づかないまま、爽やかに和樹は言い放った。

 

「新しい女と!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ぶちいっ!

 

 

「おんどりゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――――――!!!!」

 

 

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 ……その後、冬こみに合体ユニット「辛味亭&ブラザー2」が参加したという噂は無い…。

 

 

<終わるといったら終わるの!>

 

 

 


【後書き】

全ての同人作家がこうだとは思わないでいただきたい!

 

いやもうマジでA(^^;

あくまでシャレっすから。本当。

元ネタは燃える漫画家・島本和彦センセの「燃えよペン」っていうか、台詞から何から

ほぼ内容そのまんまです。(もっとも、現在私はこれを職場にて書いてますので、記憶違い

もあるでしょうけど)

つまり、思いつきだけで書いてます私(笑)

 

あと、一応念のため。

「こみっくパーティ」ゲーム本編は同時攻略は不可能ですので、千沙ちぃと海水浴に行って

特大焼きおにぎりをごちそうになったら、瑞希とのピーチバレーイベントなんて

絶対起こりませんので、ロクに読まないで「こんなん本編と違う」とか頭の悪いツッコミ

はしないでください。

 

いや〜、しかし…やっぱ、元ネタには全然かないませんわな。迫力とか妙な説得力とか。

なにより、ノリが違う(苦笑)


 ☆ コメント ☆ 綾香 :「えっと……」(^ ^; セリオ:「何と言いますか……」(;^_^A 綾香 :「殴られて当然よね」(^ ^; セリオ:「まったくです」(;^_^A 綾香 :「和樹さんって……何気に鬼畜かも」(^ ^; セリオ:「周りの女性陣は苦労しますね」(;^_^A 綾香 :「まあ、今回の事で少しは懲りて欲しいわ」(^ ^; セリオ:「ですね」(;^_^A  ・  ・  ・ 瑞希 :「なに言ってるのよ。懲りる必要なんかないわ。      あたしは、そんな、ちょっとおバカっぽい和樹も大好きだから」(*^^*) 千紗 :「はいですぅ」(*^^*)  彩 :「…………(こくん)」(*^^*) 由宇 :「……あ、あんたら」(−−;





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