「燃えよ由宇」

<熱血指南炎上編>

作:阿黒


同人作家猪名川由宇。

関西では名の通った個人サークル「辛味亭」の主宰であり、最近では関東進出を目論むどこにでもいるスパークするマンガバカだ!!

 

 

 

全ての同人作家がこうだと思ってもらいたい!!

 

 

 

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こみっくパーティ参加のため月一回上京する由宇は今回、ユニット合体している千堂和樹の所に厄介になっていた。「自分のことは自分で」がポリシーの一つである由宇はサークル運営経費や旅費等は本の売上や実家の旅館でのバイト等により稼ぎ出しているが、それでも懐が苦しくなるのは否めない。そのため一人暮らしの大学生という気侭な身分の和樹の所に厄介になるのは、宿泊費を浮かす意味だけでも非常にありがたい。また、同人の世界に身を投じてまだ日の浅い和樹に色々と指導することもできるし、自分の原稿のヘルプも頼める。運命共同体として密接な繋がりを持つことは悪くない。無論、その間の代償として滞在中に炊事・洗濯といった家事をこなすくらいはどうということもない。元々そういう事は嫌いでも不得手でもないわけであるし。

さて。こみパを明日に控え、入稿も済ませて久々の休息をとっていた二人は、和樹を(色々な意味で)心配して来たばっかりに拉致されてこき使われてしまった瑞希が淹れてくれたご自慢の紅茶を味わっていた。

だが、由宇と和樹の顔は、そんな安らぎの一時にも関らず険しかった。理由は…和樹が次回のこみパ用に準備していた作品の批評を由宇に頼んだためである。ちなみにジャンルは熱血スポ根ものだった。

「どうだろう由宇!このマンガは…」

「まあ読んだけどな」

少しだけメガネの角度を直すと、ネームの束を揃えて差し出しながら優は言った。

「…まあまあ読めるんやが…残念やけどちいとも入り込めんわ。これじゃあ駄目や!!

「どっ…どこが」

「全体やっ!!」

バサバサッ!

受け取った紙束が床に散らばった。

相変わらず容赦のない率直な、率直すぎる意見に和樹は思わずゲシュタルト崩壊を起こしかけながらも、何とかギリギリのところで辛うじて踏みとどまった。

そっ、そんな事言われてもっ…

「アンタのそのマンガは――カタチだけ燃えてるフリをしているだけで、実際は熱くも何ともないっ!!」

「ど…どうすれば!?」

 一拍の間を置いて、由宇は――言った。

「自分で考い!!」(ドド―――ン!!!)

 

******************

 

 翌日。万単位の人間でひしめくこみパ会場内の、自分たちのスペースで、周りの茹だるような熱気と喧騒に包まれながら、和樹はまるで死人のような顔つきで応対していた。

「…どうぞ…見ていってください…ど…どうぞ…」

「あの…和樹?お釣り、500円玉が足りないんだけど聞いてる?」

「………ああ…そうなのか?……じゃあ…両替してくる…」

 ゾンビのような足取りでスペースから出て行った和樹は、たちまちひしめくオタク達の群にもみくちゃにされながらも、遠ざかっていった。そんな後姿を見送って、由宇と瑞希は期せずして同時にため息をついた。ハッキリ言って、今の和樹は戦力になるどころか却って邪魔ですらあった。ただ黙って座っているだけで、まるで彩並みの暗黒空間を周囲に形成してしまう。

「ちょっと、猪名川さん」

「わかっとる…なんとかせんとあかんな」

「…あのね…和樹、もう次回のこみパは参加しないって言ってた…さっき、南さんに」

「みたいやな。申込用紙も無いようやし」

 まあ、いつもは大志がそのあたりは抜かりなく準備しているし、仮に和樹が申し込まなくても相方である由宇のスペースがあるのだから本は出せるのではあるが。

「…でも、描けなきゃ意味ないわよね…」

「瑞希っちゃん、あんた本当は和樹にマンガ止めて欲しいんやなかったんか?」

こっくりと、瑞希は頷いた。

「うん。それはそうなんだけど…でも、あたしはマンガっていうか、こんなオタ…えっと、つまり方法が気に入らないだけで、和樹に絵を描くことを止めて欲しくない。

 あたしには美術なんてよくわかんないけど、でも和樹が自分の絵を描くこと…何かを創り出すことって、あたしにはとても出来ない、スゴイことだって思ってるから…それを止めて欲しくない。

それは、和樹の夢だと思うし、それにそれが一番和樹らしくて、あたしは…そ、その」

 何かを言いかけて、それを慌てて胸の内に封じ込めると瑞希は続けた。

「だから…こんな風に潰れて、ダメになっちゃってほしくない。

 私は、和樹に、自分の夢をあきらめて欲しくない」

「……せやな」

 それでダメになるならなってしまえ、と、普段なら言ってしまうだろうが、由宇は瑞希の言葉を肯定した。基本的には由宇だって、和樹には立ち直ってもらいたいのである。

 

******************

 

こみパは無事終了した。

本はほぼ完売し、必要経費を差し引いてもかなりの利益を上げ、三人はそのまま近くのファミレスで打ち上げを兼ねて食事をすることにした。無論、和樹の励ましの意味もある。

とりあえず先に紅茶とコーヒーを頼み、料理を待ちながら三人はテーブルを囲んでいた。

「ええか和樹――瑞希っちゃんも聞いててや」

 由宇は水を一口飲むと、瑞希と、相変わらず顔色の冴えない和樹に語りかけた。

「熱いマンガを描く者は――本人も熱くなくちゃあいけない…わかるわな?」

「わかってるよ。俺だって熱い気持ちで描いているよ」

「そうやろか?」

 そう言って、由宇はほぼ満席の店内に視線を巡らせた。

「たとえばこのレストラン。

 ここにもし今地震がきて――あっちの出口に火が出て出られなくなったら…どないする?

「!?」

 和樹と瑞希は互いに怪訝な顔を見合わせた。

「その時瞬時にこのレストランの中で一番格好よく熱い脱出方法が――

考えるのではなく!内から湧き出てこれるかどうかや!!」

「ううっ!?」

「自分の作品の中でバックに炎を背負ってるだけではだめや!!

 常にどんな状況にも血をたぎらせた対処ができるか!!!

 どうや和樹!?瑞希っちゃん!?」

「で…できるとも!」

「あたしだって!!」

 由宇の問いかけに二人が思わずそう応じた、まさにその時!

 

 

ドッゴワァアン!!!

 

 

「うわあああああああっ!!」

「きゃああああああ!!?」

 唐突だった。

 全く何の前触れもなく、激しい地震が店内にいる人間に襲い掛かったのである。メイド風の制服をまとったウエィトレス達が立っていられず各所で膝をつき、あるいは壁にしがみつく。テーブルに並んだ料理が無残に床の上にぶちまけられ、皿の割れる音と悲鳴に店内は染め上げられた。そして…

「うわあああああっ…かっ、火事だあああ!!!」

「うわっ、出口の方に火が…」

「これじゃ外に出られないぞ―――っ!!!」

 厨房から起こった火災がどういうわけかあっという間に類火し、正面の出入り口が瞬く間に大きな炎の壁に覆い尽くされた。更に店内には徐々に煙が立ち込め、しかも揺れはまだ続いており、大半の人間はパニックを起こして脱出もままならない。

 絶体絶命の危地であった。

 そんな中、皆と一緒に床に膝をついていた瑞希の目が、すぐ傍の窓ガラスに留まった。

「!そうだ!」

 瑞希はもともと運動神経はかなり良い。立ち上がった瞬間こそ揺れに足を掬われそうになったものの、即座にバランスを取り戻すとそのまま一直線に、全力で窓ガラスに向かって走る。

 咄嗟に腕を顔面で交差させて頭を守り、躊躇無く瑞希は跳んだ。

 

 ガッシャ――――――――ン!!!

 

 派手にガラスの破片を撒き散らし、瑞希の身体は店内から歩道に飛び出した。レンガ舗装された路面で身軽に一転すると、そのまま店内の二人にピッ!と親指を立てる!

「どう!?和樹、猪名川さん!?」

 その瑞希の姿を視界に納め、和樹は考え込んだ。今の脱出方法はなかなか派手で「絵になる」ものではあった。あったのだが…

(違う!あの脱出方法ではない!!)

 店内の人間が瑞希の行動に触発されて、窓を椅子で破って出て行くのを見ながら和樹は頭を振った。この方法はまだまだヌルい。熱い熱血マンガの主人公なら、もっと熱い方法をとらなくては読者を魅了できない。そう、まるで火のように熱い…

 火…

 和樹の視線が、既に火で覆われてしまった出入り口に吸い寄せられるように留まる。

 炎の中…

「これだっ!」

 和樹はレジ近くに置かれていた、店前の歩道に水を撒くために用意されていたバケツに走り寄った。予想通り8分ほど水が湛えられている。

 何の迷いもなくその水を頭から被ると、和樹は雄叫びを上げて走った。紅蓮の炎の壁に向かって。

「ウオオオオオオオオオ――――――――!!」

 逆巻く熱風が真正面から和樹に襲いかかる。だが和樹は、ほんの一片の恐怖も怯みも見せなかった。

 

 ズバ―――――――――――ンッ!!!

 

「和樹―――!!?」

 強引に火中を突破し、身体の各所から煙を上げながら地面に転がった和樹に、瑞希は慌てて駆け寄った。

「和樹っ、和樹…和樹いっ!」

 何度も名前を呼びながら、うつ伏せで倒れた和樹の体を瑞希は揺すぶった。その手を、ギュッと和樹が握ってくる。

「和樹…」

「……」

 ゆっくりと身を起こすと、和樹は涙が零れそうになっている瑞希の瞳をじっと見つめた。その煤で汚れた顔が、ニヤッと微笑む。

「…和樹…バカ…かっこいいよ…かっこよかったよ、和樹!」

 喧騒に包まれた歩道に座り込んだまま、瑞希は人目も気にせず和樹の胸に顔を埋めた。そんな瑞希の頭をゆっくりと撫でながら、和樹は周囲の情景に目をやった。次々と集まる野次馬、客や女性従業員を誘導し、励ましている前髪が長くてバンダナをしたウェイター。そしてだんだん近づいてくるサイレンの音…

!!瑞希、由宇はどうしたっ!?」

「えっ…ああっ、そういえば!!?」

 二人は慌てて立ち上がると、周囲の群衆の中に由宇の姿を捜し求めた。店内の客のほとんどは従業員の避難誘導もあって脱出できたようだった。怪我人も少なく、いずれも軽傷の範囲内だ。実を言うと必要も無いのに火中突破してきた和樹が一番重傷といえば重傷だが、それも大したことはない。

 だが、由宇の姿は無かった。

「そんな…由宇、もしかしてまだ脱出していないのか!?」

「まさか私達よりかっこいい方法を思いつけなくて、出るに出られないんじゃ…!」

 愕然として、二人は今まさに崩れ落ちようとしている店を見上げた。

二人の、周囲の人々の前で、大きな音を立てて店の一部が倒壊した。駆けつけた消防車からの放水でやや火勢が治まり始めている。

「まさか…由宇…」

「猪名川さん…そんな…!」

 最悪の予想が脳裏を掠め、それを慌てて二人は打ち払った。しかし、目の前の現実は、とても楽観できるものではなかった。

「かおる!…かおる!!」

 まだ年若い女性が子供の名前を連呼している。放っておけば火の中に飛び込みかねない様子の彼女を、周囲の人々が懸命に捕まえているが…。

 

 ガラッ。

 

そんな喧騒の中で、その音は決して大きくはないのに、何故か周囲の人々の耳に響き渡っていった。意識せずにそちらに目を向ける。

 

 ガラッ。ガラララ…

 

 先程倒壊した所で、瓦礫が次々と音を立てて地面に転がっていた。そしてそこに開いた隙間から、人影が這い出してくる。

「あっ、ああああああ…」

 誰かの口から声にならない呻きがもれた。その、小柄な人影は胸にしっかりと何かを抱きしめて、瓦礫の中から立ち上がった。

 その背後で炎が再び燃え盛り、そのシルエットを黒々と見守る人々の網膜に焼きつかせた。大きなメガネが照り返しを受けてキラリと光る。

「…由宇っ!!!」

 和樹の叫びに由宇は無言で、ただ笑って応えたようだった。己はボロボロになりながらも、胸の中にしっかりと守り通した、小さな女の子を抱いて。

「……おかーさん…」

「かおるっ!…ありがとうございますっ、ありがとうございます!!」

「ゆ…由宇っ…!!!」

 目に涙を浮べた母娘が礼を言うのをサラッと流してこちらに歩み寄ってくる由宇の姿に、和樹は唸った。

「お、俺たちが我先に脱出しようとしていた時に、由宇はっ…!」

「猪名川さんっ…」

 …和樹が脱出した後も尚、由宇は平然と座ってコーヒーを飲みながら逃げ遅れた者がいないか、注意を払っていた。煙で見通しの悪くなった視界の隅で、小さな影が動く。

「おかーさん…おかーさんどこぉ…」

 泣きながら周囲の惨状に途方にくれている女の子。その頭上に炎上した梁が落ちかかる。

「危ないっ!」

 頭で考えるより先に勝手に由宇の身体は反応し、女の子を掻っ攫う。片手で女の子を抱きかかえ、もう片方にはこれまた何時の間にか抜け目無く消火器を携えていた。無論、今更そんなものでどうにかなるような状況ではなかったが。

「安心せい!お姉ちゃんがちゃぁあんと守ったる!大丈夫や!」

 何の根拠もないくせに、由宇はそう言い切った。そして実行してのけたのだ…

「みんな無事か…」

 一番無事ではないくせに、そんなことを言って由宇は不敵な微笑を浮かべた。

「よ、かった…」

お…おいしいっ!おいしすぎるよ由宇っ!!

「猪名川さん…すごい…」

 ニヤリ、と笑って由宇は二人に親指を立てて見せた。そして…

 どさっ。

 ゆっくりと、その場に崩れ落ちた。

「ゆ、由宇―――――――!?」

「だ、誰かお医者さん!救急車〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

 いかな由宇といえども不死身ではない。その英雄的行為の代償は、決して小さいものではなかったのだ。

 

******************

 

「由宇っ、ありがとう!お陰で俺にも熱い心のなんたるかがちょっとだけわかったような気がするよっ!」

「私も!!」

「そらよかったわ」

 白い病院のベッド上、枕元で感極まって熱っぽく語る和樹に、やんわりと由宇は応じた。これで熱血マンガとは、そして熱血同人作家の心意気というものが伝われば身体を張った甲斐があったというものである。

 全身に負った打ち身、捻挫、火傷…そのために今の由宇の姿はまるでミイラのような包帯グルグル巻き状態である。それでも骨折にまで至ることはなく、火傷の痕が残るようなこともない。それでも一月は入院することになってしまった。

(まあ…今回は無念やけど、こみパ落ちてもたな。まあええわ、たまには人間休みをとらんと、焼き切れてまうし)

 和樹が帰った後、自分にそう言い聞かせながらベッドに横になった由宇の耳に、窓の外から声が聞こえてきた。ちなみに彼女の病室は二階である。

「…いやー。しかしいくら熱い心ったってやりすぎではだめだよな!それで怪我してマンガ描けないんじゃ本末転倒ってやつだよ」

「そうだよ和樹。だから猪名川さんみたいに無理というより単なる無謀っていうか考え無しの突発短絡思考な真似しちゃダメだからね。程度ってものをわきまえなきゃ。それと、あんまりオタクの世界に、深みまではまっちゃわないでよ?」

(ぬぐぐぐぐぐぐぐぐ…)

 由宇が聞き耳を立てているとも知らず、階下から和樹と瑞希の会話は続いた。

「まあ、俺は今回申し込みはしてなかったけど、由宇が受かってるから次回も参加できることだし。折角南さんに由宇のスペース回してもらったんだから、有効に活用させてもうらうか」

「よかったね和樹。…でも、何かネタはあるの?」

「とりあえずこの前由宇に見てもらった奴があるし。あれに多少手を加えればいいか。ちょっと手抜きかもしれんが」

「猪名川さんに聞かれたら張り倒されそうな台詞だねぇ」

「「あはははははははははははははははは」」

「フンガ――――――――――!!!」

 

「ああっ、猪名川さんどうしたの!?あなた安静にしてなきゃだめでしょ!」

「ちょっと、誰か来てえええ!!」

 

 この時、猪名川由宇はこの状況に血をたぎらせ熱いものが瞬時に内から湧き出た!!

 

「だからって乱闘おこすなぁ!!ちょ、ちょっとやめなさい!」

「だ、誰か先生を…いや、警察!警察呼んでぇ!!」

 

 だが、看護婦をはじめとする病院職員及び入院患者にとっては災厄の一日となったという!




<終わる>

 

 


【後書き】

全ての同人作家がこうだとは思わないでいただきたい!2!!

 

いやもうマジでマジで (;^^A

あくまでシャレっすから。本当。

元ネタはまたしても燃える漫画家・島本和彦センセの「燃えよペン」です。今回は骨子は

元ネタそのまんまですが、多少、こみパっぽくしていますがどうでしょうか?

多分、もう続きません。基本的に前回&今回のSSはパロディというかコピーなんですが、

元ネタが漫画であるだけに、漫画ならではのギャグや表現が伝えられませんわ。第1話の

効果線とか、原稿を透かしてデッサンの狂いがないか確かめるシュワルツェネッガーなんて、

文章だけでどう表現すりゃいいのか(^^;;

現在サンデーEXに連載中の「吼えろペン」も併せて、やはり元ネタを読む方がずっとおもしろいわけで。

 ☆ コメント ☆ セリオ:「由宇さん……熱いです」(^^) 綾香 :「熱いと言うか……暑苦しいと言うか……」(^ ^; セリオ:「生まれついての熱血キャラなんですね」(^^) 綾香 :「それって、ある意味すっごく傍迷惑な人だと思うけど」(^ ^; セリオ:「なにを言ってるんですか。素敵じゃないですか」(*^^*)ウットリ 綾香 :「…………す、素敵かなぁ?」(^ ^; セリオ:「熱血漢。……ああっ、人類にとっての宝です。至宝です」(*^^*)ウットリ 綾香 :「…………」(^ ^; セリオ:「わたしも由宇さんみたいになれる様に努力しないと」(^^) 綾香 :「ならんでいいならんでいい」(^ ^; セリオ:「頑張るぞーっ!! オーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!」(^0^)/ 綾香 :「……人の話は聞きなさい」(−−;





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