「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

 休み時間。いつもの様に、俺の所にやってきた有彦と弓塚さんに、俺は唐突に切り出した。

「聞きたいこと?」

「なーに、遠野くん?」

「あのさ……俺って極悪人かなぁ?」

「「……………………へ?」」

 俺の言葉を聞いて、二人が間の抜けた声を発する。

「だからさ、俺って極悪人だと思う?」

「はいぃ? なんだそりゃ?」

「遠野くん……それって本気で訊いてるの?」

 再度質問した俺に、有彦は呆れた様な、弓塚さんは困惑した様な反応を返してきた。

「いや……こんなバカなことを訊くのには一応理由があるんだ。実はさ、最近、シエル先輩や秋葉に極悪人呼ばわりされてるんだよ」

「え? そうなの?」

「なんだよ、遠野。お前、シエル先輩や秋葉ちゃんに何か変な事したのか?」

「まさか。そんなことするわけないだろ。俺だって、まだ死にたくないぞ」

 俺は、首をブンブンと横に振って、有彦の言葉を否定する。

「でもよー。何もしてないんだったら、極悪人なんて呼ばれるわけないだろ」

「そうなんだよなぁ。でも、俺には思い当たる節はないんだよ」

「ねえ、遠野くん。遠野くんの事を極悪人って呼んでるのはシエル先輩と妹さんだけ?」

「ううん。その二人以外にも……えっと……俺の知り合いのアルクェイドって奴と……それに、うちで働いてる琥珀さんと翡翠。あとは、秋葉の後輩の晶ちゃんって娘にも言われてる」

 弓塚さんの質問に、俺は指折り数えて答えた。

「そ、そんなに……!?」

 それを聞いて、弓塚さんが驚いた様に声を上げる。

「お前なぁ。それだけの人数に言われてるんなら、絶対に何らかの理由があるはずだぞ」

 有彦の言葉に、俺は深くうなずいた。

「そうなんだよなぁ。でも、俺には全く分からないんだよ。あいつらに酷い事をした覚えはないし」

「本当かぁ〜? 本当に酷い事をしていないかぁ?」

「してない……と思うぞ……たぶん」

 改めて訊かれると自信が揺らいでしまうが……。

「あのさ……もしよかったら……本当によかったらだけど……遠野くんが、普段どの様に妹さん達に接しているかを話してみてくれないかな。もしかしたら、本人が気付いてないだけで、何か酷い事をしてるのかもしれないでしょ。当事者には見えない問題も、わたしや乾くんの様な第三者にだったら見えるかもしれないしね」

「おっ。いいね、それ。遠野の爛れた生活を大告白ってやつだな」

「待てこら。お前と一緒にするな。俺の生活は爛れてなんかいないぞ」

 取り敢えず、戯けたことをのたまう有彦にツッコミを入れておく。

「はいはい、そういう事にしておいてやるよ。まあ、それはさておき。第三者に聞いてもらうっていうのは良いアイデアだと思うぞ。もちろん、遠野がイヤだって言うんなら無理強いはしないけどな。何せ、プライベート……しかも、女性絡みの事だし」

「いや、別にいいよ。俺も良い考えだとは思うし」

 正直言えば、俺だってあまり気は進まない。だが、『極悪人呼ばわり』から解放される為だ。この際、なりふり構ってはいられない。
 だから、俺は藁をも掴む思いで弓塚さんの案に乗ることにした。

「でも、先に断っておくけど、つまらない話になると思うぞ。俺の日常なんて、本当に平凡だから」

 そう一つ前置きをして俺は話を始めた。

「それじゃあ……まずは……」








(C)2000TYPE−MOON 『月姫』

『極悪人?』





 < 志貴の日常 ――アルクェイド&シエル編―― >


 今、志貴の眼前では、毎度毎度の修羅場が展開されていた。

「いつまでこの街にいるつもりですか!? さっさと帰ったらどうなんです!」

 強い口調で詰め寄るシエル。

「それはこっちのセリフよ。あなたこそ、一刻も早くここから立ち去ったらどうなの」

 そんな彼女に、アルクェイドは不敵な笑みを浮かべながら言い返す。

「そういうわけにはいきません。わたしには、この街に留まらなければならない正当な理由があるのですから」

「あら、それは奇遇ね。実は、わたしもなのよ」

「わ、わたしもって……。あなたにどんな理由があるって言うんですか!?」

「決まってるじゃない。志貴よ」

 きっぱりと言い切るアルクェイド。

「却下です」

 負けじと、シエルもきっぱりはっきりと言い切った。

「な、なんでよーっ!? そもそも、あなたに却下される覚えはないわ!」

「うるさいです。誰が何と言おうと、その様な戯けた理由は却下です」

 アルクェイドの不満の声を、シエルは見事なまでに一刀両断した。

「おーぼー! シエル、おーぼー!」

「横暴くらい漢字で言いなさい。のーたりんあーぱー吸血鬼」

「にゃんだとー! こーの、中途半端めがねっ娘がーーーっ!」

「な、な、なんですってーーーっ!!」

 どんどん低レベル化が進んでいく二人の言い争い。
 それを聞いていた志貴は、思わず人差し指でこめかみを押さえる。

「カレー大好きインドっ娘はどっかに行っちゃえーっ!」

「なんですかそれは!? ネコマタ吸血鬼こそ、何処へなりとも消えて下さい!」

「にゃにをー!」

「なんですか!」

「ふーーーっ!」

「むーーーっ!」

 これ以上は下がらないというところにまで程度を落としまくったアルクェイドとシエル。
 そんな二人に、志貴は深いため息を吐きながら言った。

「今の二人の会話レベル……小学校低学年以下ですよ」

「「う゛っ」」

 その言葉が胸に刺さったのか、アルクェイドとシエルが途端に苦い顔になる。

「ねえ、シエル先輩」

「は、はい。なんですか?」

「立場上、『アルクェイドとは敵ではないにしろ仲良くは出来ない』ということは俺にも理解できます。ですが、低レベルな喧嘩をするのはやめましょうよ。はっきり言って、みっともないです」

「う゛う゛っ。ご、ごめんなさい」

 志貴から辛辣な言葉を浴びせられて、シエルがシュンとしてしまう。

「それに、俺は先輩が険しい顔をしてるとこなんて見たくないんですよ。やっぱり、先輩には笑顔が似合いますから」

「え?」

「笑っている先輩が、一番可愛いと思いますよ」

 シエルに輝かんばかりの笑みを向けて言う志貴。

「…………と、と、と、と、と、遠野く、く、く、くん」

 その笑顔に……言葉の内容に……シエル、真っ赤になってあっさり轟沈。

「それから……アルクェイド」

「な、なに?」

「お前もだ。今後は喧嘩なんかするなよ」

「べ、別にわたしは、喧嘩したくてしてるわけじゃ……」

「するなよ」

 アルクェイドの言葉を遮って、志貴が繰り返す。

「…………わ、わかったわよー」

 多少ふてくされながらも、志貴の言ったことを了解するアルクェイド。

「そうか。分かってくれて嬉しいよ」

 そんな彼女に、志貴は晴れやかな笑顔を向けた。

「……うっ」

 志貴の一点の曇りもない表情に、アルクェイドは瞬時にKO寸前に追い込まれる。
 そこへ、容赦なく追い打ちが掛けられた。

「そういえば、さっき、お前がこの街に残っている理由は俺だって言ってたよな。あれ、凄く嬉しかったぞ。なんか感動しちゃったよ」

 満面の笑みを浮かべて志貴が言う。

「…………し、しきぃ〜」

 顔を朱に染めて……瞳を潤ませて……堪えようとする暇さえ与えられずに……アルクェイド、陥落。

 だが、志貴の攻撃は終わらない。赤くなっている二人に対して、トドメの爆弾を投下した。

「アルクェイドもシエル先輩も……お互いに『いなくなれ』なんてこと言うなよ。俺は、二人がいなくなったら寂しいよ。俺は、いつまでも一緒にいたいんだから。いつまでも側にいてほしいんだから」

 まるでプロポーズの様なセリフを受け、アルク・アンド・シエルの二人は完璧に昇天。
 顔を『にへら〜』と崩壊させ、全身を紅色に染めて、ただただポーーーッと立ち尽くすのであった。





 ちなみに、これら一連のやり取りが、毎日の様に繰り返されている『何気ない日常の一コマ』であるということは言うまでもない。












 < 志貴の日常 ――翡翠&琥珀編―― >


「志貴さま。お目覚めになって下さい、志貴さま」

 朝。
 志貴を起こそうと、何度も何度も翡翠が声を掛ける。

「志貴さま。志貴さま」

 しかし、志貴は一向に目を覚まそうとしない。

「……はぁ」

 翡翠は小さくため息を吐くと、どうしたものかと思案に暮れる。

(布団を剥がす。……ダメ。その程度では、志貴さまはお目覚めにならない。
 問答無用で蹴り飛ばす。……ダメ。そんな失礼なことはできない。それに、わたしのキャラクターじゃないし。
 お顔の上に濡れタオルを被せてみる。……ダメ。志貴さま、死んじゃう。
 鞭で思いっ切り叩いてみる。……ダメ。志貴さまが癖になったら困るもの。
 お口の中に熱湯を注いでみる。……意外に効果ありそう。保留)

 翡翠の頭の中で、激しい葛藤が繰り広げられる。
 内容がだんだん過激なものになっていくのはご愛敬か。

(うーん、どうしようどうしよう。
 姉さん特製の薬を、適当にお口の中に放り込んでみようかしら。……下手すると、そのまま永遠に目を覚まさなくなる可能性があるけど)

 危険な思考に辿り着きつつある翡翠。
 体中から、なにやら怪しげなオーラを発している。

「う、う〜ん」

 そのオーラに反応したのか、はたまた本能的に危機を察知したのか、志貴の体がモゾモゾと動き出した。

「……お目覚めになられるようですね」

 何故か、ほんのちょっぴりだけ残念そうな表情を浮かべる翡翠。
 だが、すぐに気持ちを切り替えると、志貴の意識の覚醒を助長するように何度も呼び掛ける。

「志貴さま。志貴さま」

 すると、それに応える様に、志貴がゆっくりと目を開いた。

「ふあああぁぁぁ。……あっ。おはよう、翡翠」

 大きなアクビと共に体を起こすと、志貴は『にこぱっ』と笑って翡翠に挨拶をする。

「……っ! お、お、お、お、お、お、おはようござ……ござ、ござ、ございま、す、す、す!」

 志貴の笑顔という、遠野家の女性陣にとってのリーサルウエポンがいきなり発動。
 その協力極まりない威力に、あっと言う間に翡翠も堕ちた。
 しかし、志貴の攻勢はさらに続く。

「うーーーん。今日も良い朝だね。尤も、そう感じられるのは、翡翠が起こしてくれるからなんだろうけどさ。やっぱり、翡翠と迎える朝は最高だからね」

 爽やかな笑顔を浮かべながら、聞きようによっては、思いっ切り邪推してしまいそうな発言をする志貴。

「っっっっっっ!!!!!!」

 ボンッ!
 そんな音を響かせて、翡翠は全身から湯気を発する。
 翡翠の頭の中は真っ白になり、何も考えられない状態に陥ってしまう。

「あれ? 俺、なんか変なこと言ったかな?」

 フリーズしてしまった翡翠を見て、志貴は頬を掻きながらつぶやいた。





 それからしばらくの後、なんとかかんとか再起動を果たした翡翠と共に、志貴は居間へと降りていった。

「おはようございます、志貴さん」

 そこでは、柔らかな笑みを浮かべた琥珀が志貴を出迎えてくれた。

「うん。おはよう、琥珀さん。……って、おや? 秋葉は?」

 居間に妹の姿が見えないことを不思議に思った志貴が尋ねる。

「秋葉さまでしたら、何やら学校の方で用事があるとかで、今日はもうお出掛けになられましたよ」

「あ、そうなんだ。ちょっと残念だな。秋葉と一緒に朝食を食べたかったのに」

「そうですね。もし、秋葉さまもご一緒でしたら、わたしの料理なんかでも少しは美味しく感じられるでしょうから」

 志貴の言葉を継いで琥珀が言う。

「なに言ってるんですか、琥珀さん。『わたしの料理なんか』ってことはないでしょう。その方面に詳しくない俺でも、琥珀さんの料理は絶品だってことくらい分かります。変な卑下はやめて下さいね。謙遜も過ぎると嫌味になりますよ」

 人差し指を立てる琥珀お得意のポーズを真似て、志貴がやんわりと叱る。

「はーい。ごめんなさい、志貴さん。……えへ、怒られちゃいました」

 肩を竦めて、謝罪の言葉を発する琥珀。だが、その顔には、満更でもないものが浮かんでいた。自分の得意とすることを賞賛されたのである。それに、何と言っても、志貴が叱ったのは自分の事を大事に思うが故である。反省すると同時に嬉しさを感じてしまったとしても、それは無理からぬ事であろう。





「……うーむ……」

 朝食を終え、居間で食後のお茶を楽しんでいた志貴が、突然顎に手を当てて考えに耽り出した。

「はい?」

「どうしたのですか、志貴さま?」

「……料理上手の琥珀さんに……掃除洗濯が得意の翡翠、か」

「……ほえ?」

「……し、志貴さま?」

 そんな志貴を、琥珀と翡翠は困惑した表情で見ている。
 その状況下で……

「二人をお嫁さんに出来る人は幸せだろうなぁ。俺も立候補しようかな」

 志貴、サラッと……唐突に……脈絡もなく……真面目な顔で……メガトン級の爆弾を投下。

「「っっっっっっっっっ!!!!!!!!」」

 翡翠、本日2度目の機能停止。
 滅多なことでは動じない琥珀も、顔を見事なくらい真っ赤に染めて硬直。

 二人揃って『あうあう』言いながら、昼過ぎまでフリーズし続けるのだった。





 ちなみに、これら一連のドタバタは、1日に1回は展開されている『ごく何気ない日常の一コマ』であるということは語るまでもない。












 < 志貴の日常 ――秋葉&晶編―― >


「うふふ、瀬尾って面白いわね」

「え? え? わ、わたしって面白いですか?」

「ええ、とっても面白いわよ」

「そ、そうなんですか?」

 休日を利用して遠野邸へ遊びに来た晶が秋葉と楽しそうに話している。
 それを、志貴は微笑ましそうな顔をして見ていた。

「瀬尾って、小動物みたいだから見ていて飽きないしね」

「し、小動物ですかぁ?」

「そうねぇ。例えるならば臆病な子ギツネってところかしら。オドオドしてるとこなんか特にそっくりだし」

「えぇーっ」

 秋葉の言葉に、晶が不服そうな声を上げる。

「なによ。不満そうね」

「ふ、不満ってわけじゃないですけどー。でもぉ〜」

「でも……なーに? 言いたいことがあるのなら、はっきり言いなさい」

「あうぅ〜」

 にっっっこりと笑って圧力を掛ける秋葉に、晶は大粒の汗を浮かべて言い淀む。

「おいおい。あんまりからかうなよ、秋葉。晶ちゃん、困ってるだろ」

 そんな様子を見て、志貴が苦笑いを浮かべながら助け船を出した。

「まあ、確かにからかいたくなる気持ちは分かるけどさ。晶ちゃんの反応って面白いし」

「あうぅ〜。志貴さ〜〜〜ん。それってドツボですぅ〜〜〜」

 志貴の全く助けになっていないセリフに、晶がダバダバと滝のような涙を流す。

「でも、事実ですしねぇ」

 そんな晶に、秋葉追い打ち。

「うぐっ。ひ、ひどいです〜。と、遠野先輩、わたしのこと嫌いなんですか〜〜〜?」

 大量の涙を零しながら問い掛ける晶。

「まさか。私は瀬尾のこと気に入ってるわよ」

「ううぅ〜。ホントですかぁ〜?」

 潤んだ瞳を秋葉に向けて晶が訊く。

「ええ、もちろん」

 優しい笑顔を浮かべて応える秋葉。

「ふにぃ〜〜〜」

 その綺麗な表情を受けて、晶は照れた様に頬を染めた。

 からかう側とからかわれる側。立場は正反対でも、気の合う二人であることは間違いない。

 そんな二人を見つめて、志貴は穏やかに微笑む。

「二人とも仲が良いよなぁ。まるで本当の姉妹みたいだぞ」

「え? そうですか、兄さん?」

「わたしと遠野先輩って姉妹に見えるんですか?」

 満更でもない顔をする秋葉と晶。

「うん。可愛い美人姉妹って感じがするよ」

 邪気のない笑顔でのたまう志貴。

「か、可愛い……び、美人……」

「や、やだ……志貴さんってば冗談ばっかり……」

 秋葉と晶が頬を染めて俯く。モジモジと両手の人差し指を突っつき合わせていたりする。

 そんな二人に、志貴がさらに爆弾を投下した。

「あ、そうか。俺と晶ちゃんが結婚したら、本当に二人は姉妹になるんだね」

 ポンと手を打ち、『なるほど』という感じで言う志貴。

「け、け、け、け、け、け、け、けっこんんんんんんんんん!?」

 その発言を聞いて、首筋まで朱に染めて晶が驚愕の叫びをあげた。

「な、な、な、な、な、な、な……」

 それとは対照的に、秋葉は顔を蒼白にしてソファーに沈み込んだ。

(け、結婚!? ま、まさか……まさか……に、兄さんって瀬尾のことが好きなの? 結婚を考える程? ウソでしょ? そんな……そんな……)

 顔を伏せて、小声でブツブツと呟く秋葉。頭の中では、イヤな想像が勝手に膨らんで暴走しまくっていた。

 そんな秋葉の様子を見て、志貴は心配そうな顔をする。

「どうしたんだ、秋葉? なんか、顔色が悪いぞ」

(そんな……ウソよ……そんなの……だって……兄さんが……)

 志貴の声に反応を示さずに、さらに顔色を悪くさせていく秋葉。

「おい、秋葉? 具合でも悪いのか? 大丈夫か?」

 気遣うような口調で言いながら、志貴は秋葉の額に手を置いた。

「えっ!? に、兄さん」

 額に乗せられた志貴の手の感触に、秋葉はハッと我に返った。

「うーん。熱は無いと思うんだけど……」

 そう言うと、志貴は手を退かし、入れ替わりに自らの額を当てた。

「っっっ!?」

 間近に迫った志貴の顔に、半ばパニック状態に陥る秋葉。
 顔は、滑稽なまでにみるみる紅く染まっていく。

「やっぱり、熱は無いみたいだなぁ」

「に、兄さん……」

「秋葉。どこも苦しくないか? 辛いんだったら正直に言えよ。お前の為だったら何でもしてやるからな」

「あ、あの……だ、大丈夫です、兄さん。どこも悪くありません。そ、その……心配かけてごめんなさい」

「そうか? それなら良いんだ」

 心底ホッとした様に笑みを浮かべる志貴。
 その表情に魅せられ、秋葉はさらに顔や首筋を色付かせてしまった。

「うわーうわーうわー。志貴さんって大胆ですねぇ。ひょっとして、誰にでもそんなことをしちゃったりするんですか?」

 それまで、志貴と秋葉のやり取りを黙って見ていた晶が、興味津々といった表情で尋ねる。

「そんなことって? おでこをくっつけて熱を計ったこと?」

「はい。それです」

「ははは、まさか。そんなわけないじゃない」

 志貴は、即座に晶の言葉を否定した。

「こんなこと、秋葉以外にはしないよ。秋葉は特別だからね」

 言って、にっこりと満面の輝くような笑みを浮かべる志貴。
 その言葉と表情に……秋葉、無条件降伏。もはや、先程まで抱いていたイヤな考えなど木っ端微塵に砕け散り、綺麗さっぱりと消え去っていた。

 全身を深紅に染め上げ、照れまくって『あうあう』言いながらも、身体中から幸せのオーラを発散してしまう秋葉。

 そんな秋葉を、晶は指をくわえて羨ましそうに見つめる。

(いいなぁ、遠野先輩。志貴さんに『特別』だなんて言ってもらえて。
 でも、いいもん。わたしは……け、け、結婚しようねって言われたんだもん。わたし、将来は絶対に志貴さんのお嫁さんになるんだもん!)

 心の中で堅く堅く決意をする晶。
 何やら都合のいいように解釈されている部分もあるが……。

 なにはともあれ。晶も、志貴の手により撃沈されてしまったのは確かなようであった。





 ちなみに、これら一連の滑稽劇は……くどいようだが……連日のように行われている『ごくごく何気ない日常の一コマ』であるということは……今更説明するまでもない……であろう。













「――とまあ、毎日こんな感じなんだけど……って、なんだよ二人とも?」

 話を終えた俺の目に飛び込んできたのは、思いっ切り呆れきった有彦と弓塚さんの顔だった。

「ねえ、遠野くん。一つ訊いてもいい?」

「もちろんいいよ。なに?」

 俺の了解を得て、弓塚さんが遠慮がちに口を開く。

「あ、あの……遠野くんって、結局は誰が好きなの?」

「俺? 俺は、みんなの事が好きだよ」

 弓塚さんの質問に、俺はどきっぱりと胸を張って答えた。

「……そ、そう」

 それを聞いた弓塚さんの顔は思いっ切り引きつっていたけど。

「うん。みんな好きだな。アルクェイドもシエル先輩も秋葉も琥珀さんも翡翠も晶ちゃんも。
 ……それからもちろん、弓塚さんのことも好きだよ」

「え? え? えええぇぇぇっ!? う、ウソでしょ!?」

 突然名前を挙げられたことに驚いたのか、わたわたと慌てふためく弓塚さん。

「ウソなんかじゃないよ。弓塚さんのことも、他のみんなと同じくらい好きだよ、俺は」

 にっこり。

「〜〜〜〜〜〜っっっ!!」

 俺の言葉を聞いた弓塚さんは、耳まで真っ赤に染めて固まってしまった。

「あ、あれ? どうしたの? 弓塚さん? 弓塚さーん?」

 そんな俺と弓塚さんの様子を見ていた有彦がポツリと呟いた。

「あのなぁ。弓塚まで落としてどうするんだよ、遠野。お前、やっぱり極悪人だわ。間違いなく」

「な、なんだよそれ!? どうしてだよ!? 納得いかないぞ!」

「はぁ、やれやれ。自覚がないから余計に極悪なんだよ。お前、いつか絶対に刺されるな」

 それだけ言うと、有彦は手をヒラヒラと振りながら去っていった。

「ちょっと待て、有彦! 納得のいく説明をしろ! 刺されるってどういうことだ!? ありひこーーーーーーっ!!」










 結局、俺が極悪人呼ばわりされる理由は分からず終いだった。

 ――で、その後も、みんなから極悪人と呼ばれる理不尽な日々が続くのだった。





 うがーーーっ! 本気で納得いかないぞーっ! 誰か、誰か理由を教えてくれーーーーーーっ!!










< 了 >






 ☆ あとがき ☆

 ナチュラルに歯の浮くことを言って女性陣を翻弄してしまう志貴。

 そんなのを書くつもりが……これでは単なる『鈍感おマヌケ君』。

 あ、あれ〜? どうしてこうなってしまったんだろう( ̄▽ ̄;

 志貴ファンの皆さん、ごめんなさいですm(_ _)m




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