『嘘から実が出る事も……?』



「あの、田沢さん」

「ん? なに、セリオ?」

「実は、一つお知らせしたいことがあるのです」

 よく晴れた四月一日の午後。
 一番の友人である田沢圭子さんとショッピングに来ていたわたしは、タイミングを見計らって重々しさを感じさせる口調で切り出しました。

「ど、どうしたの? シリアスな声なんか出しちゃって。っていうかお知らせ?」

「はい。実は、わたし……」

「わ、わたし?」

 田沢さんが生唾をゴクリと飲み込んでわたしの言葉を待ちます。

「わたし……妊娠したんです」

「……は?」

 ポカーンとした顔をする田沢さん。

「え、えっと……ストライクが三つ?」「それは三振です」「数の子?」「ニシンですね」「一本でも」「ニンジン」「などというお約束は」「こっちに置いといて」

 一通りのボケツッコミをこなした後、田沢さんはわたしの顔をまじまじと見つめてきました。

「妊娠?」

「はい、妊娠です。赤ちゃんです。こどもです。ベイビーです」

 真顔でキッパリと答えるわたし。
 そんなわたしを暫し思案顔で眺め――やがて田沢さんは得心した様子でクスッと微笑みました。
 どうやら田沢さんも気付いたようです。
 先程も述べましたが今日は四月の一日。所謂エイプリルフールです。
 我ながらあまりにもみえみえ過ぎるウソだと思います。『少しは捻れよ』という御意見もあるかもしれません。ですが、この手のイベントは参加することに意義があるのです。そして、エイプリルフールのウソはあくまでも楽しいジョークであるべき。わたしはそう思います。だから、バレバレなくらいで丁度いいのです。

「おめでとう、セリオ。本当におめでとう」

 田沢さんもわたしの意を理解して、満面の笑みで祝福を……

「そっかぁ。セリオはママになるんだねぇ」

 祝福を……って、あれ?

「そっかそっか。この中に赤ちゃんがいるのかぁ。命って不思議だよね」

 わたしのお腹を凝視して、『うんうん』と納得している田沢さん。
 ……え? 田沢さん? もしもし? もしもーし?
 あ、あれ? ひょっとして信じちゃってます?

「あの、田沢さ……」

「頑張ってね、セリオ」

 困惑しているわたしの手を取り、田沢さんが大真面目で真剣な目を向けてきました。

「高校生で妊娠はさすがに早すぎるかもしれない。世間の目も厳しいと思う。でも、わたしはセリオを応援する。わたしはセリオたちの味方だよ」

「た、田沢さん」

 ちょっとだけ泣きそうになったのはここだけの秘密です。田沢さんと友達になれて良かった。本当に良かった。
 ――って感動してる場合じゃありません。さっさと誤解を解かないと。
 なんか騙しているようで――まあ、騙したのですが――非常に心が痛いです。

「あのですね、田沢さん」

「なに?」

「一つお聞きします。わたしはなんですか?」

「大好きで大事な親友」

 田沢さん、即答です。何の迷いも無く即答です。
 不覚にもまた涙が出そうになりました。ジーンときちゃってます。

「あ、ありがとうございます、田沢さん。で、でもですね、わたしが言いたいのはそういう事ではなくてですね」

「ん?」

 キョトンとした顔で小首を傾げる田沢さん。
 そんな彼女に、わたしは言葉を続けます。

「お忘れかもしれませんが、わたし、メイドロボットですよ」

「え? 別に忘れてないよ」

「なら、何か矛盾に気が付きませんか?」

「矛盾?」

「ロボットは子供を産めません」

 自分で言ってて自分の言葉に少しだけ痛みを覚えました。
 そう。わたしたちはどんなに望んでも愛する人の子供を授かることは出来ないのです。

「先程のはウソ、エイプリルフールのジョークですよ。ちょっとしたお茶目です♪」

「へ? えーっ!? そうなのぉ!? なんだぁ、がっかり」

 感じた一抹の寂しさを吹き飛ばす為もあって、わたしは殊更に明るく自供しました。
 すると、田沢さんは言葉どおりに本気でがっかりとした顔に。カクッと落とされた肩に哀愁が漂っています。
 え、えっと……そこまで落胆されますと、なんといいますか、ものすっごい罪悪感です。

「ひどいよぉ、セリオ。ぬか喜びさせるなんてぇ」

「う゛っ。す、すみません。まさか信じるとは思わなかったものですから。――っていうか! どうして信じるんですか!? どう考えても一発でバレッバレのウソじゃないですか」

「いやぁ、普通ならそうなんだろうけどさ。セリオたちならそういうのも有り得ると思ったんだもん。だって、あなたたちって何でもありでしょ。常識が通用しないというか」

 なんかさり気なく酷い事を言われてるような気がしなくもありません。
 わたしたちはいったいどんなUMAだと思われてるのでしょうか。

「それにさ」

「それに?」

「藤田さんならメイドロボを孕ませても不思議じゃない気がするし」

 確かに。
 ――じゃなくて!
 不思議ですってば。つーか、生々しいですからうら若き乙女が孕ませるとか言わないで下さい。

「藤田さんってさ……その……」

「はい?」

「濃そうだしね」

 何が!?


○   ○   ○



「――ということがあったんです」

 その日の晩、わたしが顛末を告げると皆さんに大笑いされました。

「田沢さんの気持ちも分からなくはないんですけどね」

 わたしがため息交じりに言うと、あかりさんは苦笑しつつ頷きました。

「そうだね。浩之ちゃんならそういうイメージを持たれていても仕方ないかも」

「ま、浩之は人間離れしてるからね」

「いろんな意味でな」

 綾香さんと智子さんが肩を竦めてやれやれと。

「凄いよね。特に……夜は」

「ベッドでのヒロユキはバーバリアンだからネ。アハハ」

 理緒さんが顔を赤くして呟き、レミィさんは豪快に爆笑。

「バーバリアンだなんて先輩に失礼ですよ。せめて野獣くらいに」

「モンスターさんの方がよくないですかぁ?」

 葵さんとマルチさんが身も蓋も無い発言をして。

「……葵ちゃん、マルチちゃん。それ、ぜんっぜんフォローになってないよ。否定はしないけど」

「言ってることは全面的に正しいです。むしろ、まだ控えめなくらいですね」

 琴音さんと芹香さんが容赦なくトドメ。
 ……あの、皆さん。わたしから話を振っておいてなんですが、そろそろその辺にしておいた方が……。

「お、おまえら。本人を前にして、よくまあそれだけ好き放題に言えるもんだな」

 ほら。浩之さんのこめかみがピクピクしてますよ。
 これはもうお仕置き決定ですね。
 皆さん、南無南無です。

「他人事みたいに言うな。原因を作ったおまえが一番悪いに決まってるだろ」

 ……あれ?



 拝啓、田沢さん。
 もしかしたら、本当に妊娠報告が出来る日が来るかもしれません。

 深夜、ベッドの上で、思わず脳内で田沢さん宛てにそんな手紙をしたためてしまうわたしなのでした。

 ……濃かったです。

 それはもういろいろと。