99夏旅行 個人行動編
 

 本編で公開されているものは、広島大学鉄道研究会刊「せのはち」に掲載するために書き下ろしたものであり、個人行動に関する部分は割愛した。
 ここでは、夏旅行中の私の個人行動について、鉄道の面からご紹介したい。

第2日目 8月29日(日曜日)

 私たちが取った富山の宿は、駅前にあった。しかも、すぐ近くに富山地方鉄道の電鉄富山駅と、市内線(路面電車)の富山駅前電停がある、まことに立地の良い場所である。
 すでに到着したときは、夜が遅かったので、余り遠出をすることはできない。かといって富山の景色を見たいという欲望も抑えられなかったので、路面電車の車窓から富山市内の景色を眺めることにした。
 チェックインして、部屋に荷物を置くやいなや、すぐにホテルを出発する。向かうは、富山地方鉄道市内線富山駅前電停である。
 信号を2回渡るだけですぐに電停に到着する。まもなく、南富山駅前行きの電車が入ってきた。車両は新型車の8500型に最近は押され気味の旧型車7000型である。
 富山地方鉄道7000型は、つりかけ駆動の旧型車で、角張った車体にバス窓の外観であり、何となく都電のPCC車に似ている感がある。富山地方鉄道のバスカードに対応したカードリーダーも搭載している。
 夜も深くなった富山駅前を南富山駅前行き電車は発車する。電鉄本社前まで行くと、電車は右方向へ曲がる。広貫堂前という電停が途中にあるが、「越中富山の薬売り」らしい。街の中心部から離れていくため、沿線からネオンの明かりが消え、住宅地が増えてくる。明るいものといえば、信号機とコンビニの明かりぐらいである。
 電車の進行方向に地鉄鉄道線の踏切が立ちはだかる。伊予鉄道市内線の大手町のように、路面電車と鉄道の平面交差かと思われたが、その期待を見事に裏切るように、電車は踏切の直前で右に急カーブを描き、終点南富山駅前に到着する。
 鉄道と路面電車の経営が同じであるため、ホームは接している。ただ、高さが違うため、横に鉄道電車が停まると足回りの真横に立つような感じになる。また、工場への入場や回送用に鉄道線への渡り線ももうけてある。
 古い鉄道駅の感じがある木造駅舎の南富山駅で折り返しの電車を待つ。なぜ南富山に来たのかというと、仮に路面電車の折り返しが無くても、鉄道で帰れるようにしたかったからである。
 路面電車線は、すでに夜も深いこともあり、しかも今日が日曜日ということもあって、すでに大学前へ直通する電車の運転は終了しており、途中駅までの区間運転となってしまった。私もやむを得ず富山駅前までもと来た道を折り返す。できれば大学前まで行って、市内線全線完乗をしたかったのだが……。


第3日目 8月30日(月曜日)
 
 富山から立山黒部アルペンルート・大糸線・篠ノ井線を経由して長野入りした私たちは、自由行動を持つことにした。これは私の希望によるもので、自由行動の間で、長野電鉄に乗りに行くか、あるいは、しなの鉄道・長野行き新幹線と乗り継ぐかしたかったからである。いつも乗りつぶしに行くときは青春18切符を利用しているので、今回はそれが利用できない区間にあえて乗ろうということで、
                                                                   

          長野−(しなの鉄道経由)−軽井沢−(長野行き新幹線経由)−長野

と乗ることにした。また、もちろんしなの鉄道の発車メロディも聴きたいからである。
 19:56発の快速「信越リレー妙高13号」直江津行きで実家の青森へと向かう佐藤氏を見送った私は、1番線へと移動する。乗る列車は、20:00発の普通軽井沢行きである。
 月曜日のこの時間帯ということもあって、車内は帰宅客で混雑している。私も立ち席を強いられる。
 20:00発の軽井沢行き普通列車は、JR東日本長野総合車両所(長ナノ)の115系3連である。しなの鉄道の115系も旧JR時代のままのカラーリングのため、どちらか一見しただけでは分からないが、車内に「びゅうプラザ」の宣伝があることや、消火器に「長総車」の字があったため、JR持ちと言うことがわかった次第である。
 途中の篠ノ井まではJR篠ノ井線を走る。私が夕刻松本から長野入りする際に通った区間である。安茂里・川中島・今井と停車した列車は、篠ノ井に到着する。ホームは篠ノ井線聖高原方面と共用である。
 篠ノ井にはメロディがあるため、窓から顔を出す。車窓は長野からしなの鉄道の車掌が通し乗務するようだ。ところが、車掌は乗務員室から出てこない。挙げ句の果てには、メロディを鳴らさぬまま、「ピィーーーーーッピ!」と笛を吹いてドアを閉めやがった。まったくの怠慢である。こっちはメロディを聴くために乗ったのに……。しばらく怒りが収まらない。
 篠ノ井からは旧信越本線区間のしなの鉄道に入る。もともとが特急「あさま」等が通る信越本線であるため複線で、快調に走る。車窓には田畑が広がり、ポツポツと人家の明かりが見える程度である。併走する幹線道路の車のライトがまぶしい。
 屋代・戸倉にも発車メロディがあるが、この車掌はどちらも鳴らさなかった。そのほかの駅にもスイッチがあり、おそらくメロディかベルがあると思われる。ちなみに、しなの鉄道になってから新設された「テクノさかき」にはスイッチがない。
 乗降客が多いのは、長野電鉄との接続駅である屋代、そして上田である。20:39着の上田には、大宮駅6番線(浦和方面)・山手線目黒駅などで使われている、「東日本6番」のメロディがある。この駅では車掌はメロディを鳴らしてくれた。第三セクターでこのメロディを聴くと、なんとなく違和感がある。
 上田で空席が出、私もやっといすに座る。ほどなく、20:59、小諸に到着する。小諸は小海線との接続駅である。ちょうど小淵沢から到着したキハ110系と同時に入線した。小諸では中学生か高校生の学生服集団が大勢待ちかまえていた。メロディが聞こえないかもしれないと言う不安がかすめる。
 とその時、中央線東京方面や山手線五反田駅1番線などで良く聞く横浜3番がけたたましい音で流れ出した。音量も大きく、たまたまスピーカーに近かったため、良く聞こえる。しかも音割れしておらず、鮮明な音質である。前半であれだけメロディを鳴らさなかった車掌だが、ここでは2コーラスも鳴らしてくれた。
 平原・御代田と停車するにつれて学生服集団も降りていき、車内は数人を乗せているだけになってきた。高度も上がったらしく、車窓は霧に包まれ、何も見えなくなった。以前、季節特急「そよかぜ」の終着駅であった中軽井沢はとても小さな駅で、拍子抜けした。まもなく車窓右側に新幹線の高架が近づき、運転席でATSが鳴り出すと、まもなく終点の軽井沢に到着する。軽井沢到着21:24。
 軽井沢駅は新幹線開通と同時に駅を改築しており、近代的な駅舎になっている。ただ、旧信越本線を地平上で横切る格好になっており、まさに信越本線は横川までつながっていないのである。一抹の寂しさを覚えた。
 軽井沢で新幹線の自動改札を通り、新幹線ホームへとあがる。夏ではあるが、すこし肌寒いくらいだ。
 まもなく反対のホームに東京行きのあさま544号(軽井沢21:32発、東京22:40着)が入ってきた。放送の「停車駅は、高崎・大宮・上野です」の声に、東京まで近いことを思い知らされる。
 私が乗るのは、21:38発、あさま543号長野行きである。E2系8連である。どことなく東海道・山陽新幹線の300系にも似ていないわけではない。
 軽井沢のメロディは、東海道線辻堂駅や山手線恵比寿駅・両毛線前橋駅などで使われている、首都圏5番の高音バージョンである。PRCの案内放送とかぶるため、余りよく聞こえないが、最後の1コーラスははっきり聞こえる。PRCの案内は、「まもなく/1番線の/あさま/5/4/3/号、長野/行きが/発車します。」というような放送で、つぎはぎではあるものの、ATOSよりは聞こえがいい。
 各駅停車の「あさま」を選び、これから先の、佐久平・上田のメロディを聴く。各駅で席を立ってデッキに出ていくため、自由席に席を占める。
 やはり新幹線は速い。しかも防音対策もしているため、静かで快適である。フジテレビの堺正幸アナウンサーによる自動車内放送も聞こえやすい。
 軽井沢を出てわずか9分、小諸線との連絡駅である佐久平に到着する。佐久平では降りる人はいるものの、乗る人は少ない。ただ、新幹線を使えば、このあたりも東京への通勤区間に入れることができるだろう。ここから東京まではおよそ1時間半である。佐久平のメロディは軽井沢と同じである。
 高架とトンネルを繰り返すため、車窓は単調である。山陽新幹線に似たような感じである。佐久平から上田までは10分。しなの鉄道との時間差は歴然である。
 上田の発車メロディは、ここまでの2駅とは異なり、首都圏5番である。このメロディは、中央線高尾方面や高崎線鴻巣駅などで使われているメロディで、旭電通製のメロディの中では一番有名なメロディかもしれない。
 上田は乗降客が少し多かった。もっとも乗ってくる客は少しであるが……。
 上田を出たE2系あさまは終点の長野へ向けてラストスパートをかける。途中篠ノ井線今井駅付近で在来線と併走する。在来線も行き交う列車はない。ほどなく、終点長野に到着する。長野到着22:32。すでに高崎・大宮方面への新幹線は運転を終了している。
 次に乗る、急行ちくままではしばらく時間がある。駅構内で焼き鳥と酒を片手に時間をつぶす。

 

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