ごあいさつ
「六爾の博物館」館長 脇本博康より
はじめまして、本日はようこそ「六爾の博物館」へ。
考古学を学んだことのある方でしたらば一度は必ず、「森本六爾」の名前は耳にしていることと思います。そして、藤森栄一の「かもしかみち」を読んで考古学の道へ入られた方も、多数いらっしゃることでしょう。私も、その一人でした。しかし、現在インターネット上には様々のホームページがありますが、考古学関係のページで森本六爾についてあつかったページは全くありません。また、高等学校、中学校の歴史の教科書にもまったく登場いたしておりません。これは、大変なことです。
かつて、
「森本ミツギという一人の女性教師の収入で一国の考古学の学会が運営され、その決死の働きで一考古学者が、パリへ留学したことなど知っている人はないだろう。」という藤森栄一氏の言葉を借りるまでもなく、どう考えてもおかしいのではないかと思います。また、最近の学界では一部に森本六爾氏の学績を無視するような動きも出てきています。こうした現状を少しでも改善し、一人でも多くの人々に森本六爾氏及びミツギ夫人の生涯を知っていただくためにこの「六爾の博物館」を開館いたしました。私は森本六爾氏の研究を趣味にしているアマチュアです。活動は、NIFTY-Serve歴史フォーラム本館 (FREKISHI)「考古学の部屋」で六爾というハンドルネームで登場しています。森本六爾氏に関する情報などがございましたら、メールをいただけたら幸いです。このページへのリンクは大歓迎です。最後に本ホームページにおきましては、本来ならば森本六爾先生と呼ばせていただかなければいけませんが、敬称を略させていただいた部分がありますがお許しをいただきたいと思います。
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館長あてメールはこちらにどうぞ
六爾(脇本 博康)
RXE12761@niftyserve.or.jp waki@machida.xaxon-net.or.jp
晩年の森本六爾
すでに死の影がさしているが、それに立ち向かっていくやらんかなの決意を秘めている。
(春成秀爾編 『日本の古墳墓』木耳社 1987年より部分引用)
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森本六爾の最後の言葉
「皆さん、ありがとうございました。...皆によろしく、わたしはうれしさでおわります。」 |
藤森栄一『二粒の籾』より
解説
森本六爾氏の最後の言葉であるといわれており、特に「皆はそれぞれの特長へ進め。僕と同じ方向を固守することはない」この考えはのちに多くの弟子たちによって実践された。これは、松本清張氏の『断碑』のなかに登場する、あの冷たい印象の六爾氏が虚像であることを如実に示しているのではないだろうか。また、
齊藤忠氏も『日本考古学選集』「森本六爾集」のなかでも同様の考えを示されている。展示のご案内へ行く