たたなづく青垣

妹が「京都もいいけど奈良もいい」宣言をして、数年前の早春、私たちは奈良を旅しました。奈良での2日間をすこし駆け足で紹介します1日目は飛鳥路の旅。駅前で自転車を借り、高松塚古墳、鬼の雪隠、亀石、橘寺、石舞台、岡寺などをまわり岡寺近くで昼食(食堂の女将さんが明るくて、楽しい話をしてくれて、料理も美味しかった)そして、
甘樫の丘にのぼり、万葉の昔を偲び、吉備姫王墓へ行きました。

自転車をこぐ私の頬にあたる風がつめたいけど、視界に開けていく飛鳥の風景は、そんなことを忘れさせていきます

吉備姫王墓は季節外れのせいか観光客はまばらで、奇怪な猿のような石像に一瞬、背筋に冷たいものをかんじました。

さっきまで天気が良かったのに、急に厚い雲が出て来ていて、いっそう私の恐怖に拍車を
かけたようです。

その後、奈良市内にもどりました。正倉院と戒壇院の間の路をニ月堂に向って歩きました。黄昏時のなんとも言えない切ない空気が流れる道は、所々に橙色の灯が点されていて幻想的です。

この暗くもなく、明るくもなくという中途半端な時間というのは、自分の身の置き場が、わからなくなったようで、きれいだけれど、恐い感じが漂ってきます。路を抜けると、正面やや左手にニ月堂が見えてきました。

今日はお水取りが行われるので、境内は人で賑わっています。時計をみるとまだお水取りが行われる時間まで間があります私と妹もお水取りを見物するつもりでいたので、その間ニ月堂を拝観することにしました。

妹はニ月堂から夕日を見るのを、かなり楽しみにしていたようです。疲れた身体を騙し騙ししながら、ニ月堂の横の階段を登ると、灯の点った大きな灯籠が等間隔で並んでいますまだ完全に闇につつまれていない夕暮れ時の堂内に、それがなんとも幻想的なんです。私は、夕日の方向に視線を移しました。雲が少しでているものの、夕日は素晴らしく輝いていて奈良の町をやさしく包んで
います。遠くに、奈良の町が小さく瞬きすぐ近くに大仏殿の屋根が黒々とした影となっています。

お水取りは幻想的で松の焼ける匂いが懐かしい感じでした。

真っ黒な闇を裂くように、松明が次から次へと走っていきます。ばちばちと松の燃える音と共に、松明からこぼれ落ちた火の粉が雨のように降ってきます。なんて豪快な儀式なんだろう・・・。
翌日も奈良観光です。
法隆寺、中宮寺、法起寺、をめぐり、バスにのり、慈光院の前で下りました。刈り込まれた樹に挟まれたゆるやかな坂を登っていくと、古城より移築されたという楼門が見えてきました。このあたりまでくると木々に囲まれているせいか、ひんやりと寒さが増してきました。門をくぐり、拝観の受け付けをすると、毛氈のひかれた部屋に通されて、
お茶とお菓子をいただきながら、和尚さんのお話をうかがいました。毛氈の上にきちんと正座して、お茶をいただきながら、話をきいていると早春ののどかな空気に包まれてきて、心がほっとして、暖かくなっていくのがわかりました。和尚さんが、そんな私たちのところにおいでになり「ここから見える風景きれいでしょう」と言い外に向かって指差しました。

たしかに障子を明け放した、開放的な部屋からみる風景はきれいです。高台に建っているので遠くまで見えました。「たたなづく 青垣 山こもれる 大和し うるはしといううたがあるでしょう?その青垣というのは、ほらあそこに遠くに低い山々がみえる―――」和尚の指の先に視線を向けると確かに住宅が並び田園が横たわる向こうに、行儀良く一列に並んだような、山々がみえています。「――あの山が、青くみえるでしょう?だから青垣。昔の人もこうして、たたなづく青垣をみていたんですよ」

私は感動でざあっと鳥肌がたってしまった。

だってたたなづく青垣のうたがでてくるのはたしか日本書紀、古事記だ。神話の世界だ。

その時代の人が詠んだとされるうたにでてくる青垣を私もみているというんのぉっと、頭がくらくらしてきました。私は仏像を見ても「この仏像を彫った職人はどんな日常を送っていたんだろう。雨のふる日も、文句をいいながら彫ったんだろうか」とか仏像と見つめ合ったまま長々と想像してしまうような奴なので、遠くの「たたなずく青垣」は私の脳裏に、しっかり刻み込まれました。(それで写真をとるのをわすれてしまいまして、残念ながらここで青垣をみせることができません。)
そして私は、奈良の昔昔にがぜん興味を持ちました。

その後、薬師寺と唐招堤寺を見学して、京都へ。
京都駅に近付くと京都タワ−が夜空にぽっかりと浮かんでいるのが見えました。私はなんだかその京都タワーをみてほっとしていました。「ただいま」と言いたくなる心境です。私は旅行者で京都人ではないのになぁ。
それから一年後、私は市主催の「万葉集を詠む」という講習を受講していました。

「どうして、万葉集の講座を選んだの」
3ヶ月くらいたった頃、授業が終わって帰り仕度を始めていた私は、先生にそう声をかけられました。万葉集の講座を受けている私のクラスメイトは皆私の親よりも年令が高く、私1人だけが若かったので、先生は興味をもったようです。そうでなくても仕事を終えて、走って走って遅れてはあはあいいながら教室に飛び込むことが多かったので、その点でも目立っていたのだと思うけれど。

そして、私は先生に万葉集に興味をもったいきさつを話しはじめました。「万葉集には関係ないんですけど、奈良で青垣をみたんですよ。それで、奈良の昔に興味をもったんです。」

写真の説明です。上から順に…

**甘樫の丘から見た、飛鳥の里

**黄昏れのニ月堂への路。石畳がなんとも言えない…

**奈良の夕焼け…灯大好きな私の大好きな一枚

**慈光院の開放的な部屋。
  たしか床の間のある茶室だったと思うのですが?