つれづれ日記 

5月編

「もったいない」を死語にしない会発足!(98.5.30)

今,死語になりつつあることば。それは

「もったいない」という言葉だ。うちのクラスの子たちも,よく給食を残した。それは家の人の手料理や自校給食に比べれば,ちょいと味は落ちるかもしれない。でも,あまりにひどすぎるので,私はそのたび「もったいない」を繰り返した。自分も,魚の皮を食べると,全身じんましん状態になるから,子どもたちにも苦手なものを無理に食べさせてはいない。でも,できる限り食べさせるようにしている。残すことを何とも思わない子にはしたくない。4月・5月と2ヶ月間,粘り強く(時にはウルトラCも出して)給食指導を続けた甲斐あってか?最近は残す子がずいぶん減った。みんなで見た「はだしのゲン」や「火垂るの墓」の影響もあるのだろう。私は,「北の国から」シリーズが大好きだ。TVドラマのシリーズの時には,純君とほたるちゃんが,新しい靴をおじさんか誰かに買ってもらった時,捨ててしまったぼろ靴をもう一度探しにいく場面がある。あんな場面を見るとじわっとくる。お父さんに買ってもらったくつ。毎日毎日はいていた靴。自分だって,フルマラソンを走らせてくれた靴はなかなか捨てられない。「秘密」という宮沢りえちゃんがいい味出しているあの作品では,粗大ゴミを生き返らせる純君がその宝(ゴミ)を通してりえちゃん扮するシュウと出会う。一貫してながれる「もったいない」の思想の中には,それを作り出した人への敬意や感謝と,使っている者の限りない愛着がある。「実はさ,うちにあるビデオもベッドもさ,宝の山から見つけたリサイクル品なんだ。」と話したら,早速学級新聞に取り上げられてしまった。一本とられた。口癖にしよう!「もったいない」

バイオリンの思い出(98.5.29)

ちいさい頃,

バイオリンを習っていた。小学校の3・4年の時だ。私の生まれた小さな町では,バイオリンなんて習っている人はほとんどなかった。あのバイオリンケースを持って,駅まで歩く道のりが長く長く感じられて,いやだった。みんながバイオリンをじろじろみている気がして,早く電車に乗りたかった。バイオリンの先生の住む下館までは約30分だった。毎回,楽しみだったのは車窓風景。とりわけ沼と川が好きだった。それをぜったい見逃すまいと,岩瀬から下館の間は身を乗り出していた。河原には石がたくさんあって,いつの日かあの河原で「水切り遊び」をしたいなあと思っていた。結局それは30年近く経った今でも実現してはいないけれど。バイオリンはあまり好きになれなかった。姉のレッスンを待っている間に眠っていたぐらいだから,その意欲のほどがうかがえる。でも,今はそれを思いっきり後悔している。もっと続けておくんだった。「バイオリンよりも柔道やりたい。」と柔道に切り替えてしまったのだ。あれほど嫌いだったバイオリン曲が今は大好きだ。父親の趣味を押しつけられることに,小さな反発があったのかもしれない。もう少しやっていれば,バイオリンのおもしろさがわかったかもしれないのに。だから,子どもには親がいいと思うものを押しつけたい。

1に基本2に基本 (98.5.23)

今日は,あすかのバイオリンのおけいこに家族みんなでついていった。あすかが今取り組んでいる曲は『ふたりの擲弾兵(てきだんへい)』(シューマン作曲)という曲だ。「あすかちゃん,もっと肩を入れて。ひじをおなかの方に。」先生は音を聴きながら,ボーイング,あごの位置,弓の持ち方全部に目をやっている。さすがプロだ。発表会を6月に控えているが,きちんと基本的なことをできるまで教えてくれる。「きつねの指で持ってごらん。」とやさしく繰り返し繰り返し・・・。1年半前,はじめての発表会のビデオを見てみた。あすかはふっくらと赤ちゃん顔で「きらきら星」を弾いていた。毎日のように練習しているだけあって,さすがに前よりはうまくなっている。でも,基本的なことを忘れかけていたのだ。ちょうど読んでいた鹿島アントラーズのジーコ総監督の本にも基本の反復練習の大切さと,モチベーションと創造性の大切さが書かれていた。小学校の学習も基本が肝心だ。楽しく基本を繰り返すことができるよう知恵をしぼらなくちゃ!

あっ,キャタピーだ!トランセルだ! (98.5.20)

「先生,モンシロチョウのたまごあったよ。」それは,さっくんにとって今日は「おはよう。」よりも大切なことば。今度の学校も田園地帯にあるので,キャベツ畑もあちこちに広がっている。昨日結成された「昆虫探偵団」はもう活動を開始したようだった。山ちゃんもれんピーも大事そうにキャベツを持って,「先生,見つかったよ。」と教室に入ってきた。3時間目。クラス全員でさっくんのうちの畑にモンシロチョウの卵を探しに行った。「ああ,もうモンシロチョウが飛んでいる。」「おたまじゃくしだ。」この感覚は久しく忘れていた感覚だった。おたまじゃくしをじっくり見るなんてことずっとなかったことに気がついた。さっくんちの畑に着いた。おばあちゃんが明るく迎えてくれる。「先生,

キャタピーがいる。」「もうトランセルになってる。」ポケモンのおかげで,みんなチョウの完全変態を頭に入っている。「完全変態」と言わずに「進化」と呼んでいるけれど。「キャタピー(幼虫)が進化して,トランセル(さなぎ)になって,バタフリー(ちょうの成虫)になるんだよ。」って誇らしげに説明してくれる。「あっ,トンボがいる。」もうすぐ夏なんだな。

まいけるの『本大好き賞』 (98.5.16)

昨日のあの「まいけるカード」の盛り上がりを何かに生かせないか考えてみた。ひらめいた!読書に使おう。どうやって本を読ませるか困っていただけに,そのひらめきはまさに青天の霹靂!(ちょっとおおげさか)早起きして,パソコンで加工しはがきで「本大好き賞」の賞状を作った。読書の賞状なのに,なぜか「マイケル・ジョーダン」の写真が印刷されている。学校に着いて,「ぐんちゃんの読書ノート」を作る。読んだ本の題名と著者,ひとくち感想が記入できるようにした。このノートをいっぱいにすれば読書100冊達成だ。今の子たちの文字離れをどんな方法を使ってでもくい止めねばならない。土曜日は運がいいことに国語が2時間あった。私はその2時間を読書の時間にあてた。子どもたちは燃えていた。「本大好き賞」が欲しくて必死に読んでいた。3年生になってから読んだ本とあわせて5冊になった子には「本大好き賞」をプレゼントした。「10冊読むと,違うマイケル・ジョーダンが登場するよ。」と言ったら,「ダンクのたのむね!今日読んでくるから。」と言っていた。子どもたちが本当に本好きになったら,マイケル・ジョーダンさまさまだ。月曜日が楽しみだな。

名刺争奪戦(98.5.15)

「じゃんけんで勝ったら,名刺をもらえるんです。」同僚の先生から,そう説明してもらってもぴんとこないまま,5枚の自己紹介カードをはがき大の画用紙に書いた。もちろん子どもたちもひとり5枚ずつ書いた。子どもたちは去年の「1年生と遊ぼう集会」で経験しているので,手慣れたものだ。似顔絵や生年月日,将来の夢などを上手に織りまぜながら書いている。さあ,集会が始まった。1年生が6年生に手を引かれ,入場してきた。アーチをくぐって,じゃんけんゲーム。1年生も6年生も先生たちもみんなまじって,相手を見つけ,じゃんけんを始める。私はイーブイの絵をかいている男の子を見つけ,早速じゃんけんぽん。「やった!」勝って彼の名刺をゲットした。イーブイは私の一番お気に入りのポケモンなのだ。私のまわりには,マイケル・ジョーダンめあての子どもたちが群がってきた。自己紹介の似顔絵の代わりに,ジョーダンの写真を貼っておいたから,めざとい子どもたちが集まってきたのだ。「先生のそれ,絶対欲しい!!」ジョーダンはやっぱり神様だ。なぜって,5枚とも使い果たした後の私のまわりには,引き潮のように人がいなくなっていったから。最終的に,私は9枚の自己紹介カードを手に入れた。5年生,4年生,3年生のを各3枚ずつ。家に帰ってそれを娘たちに見せたら,もうやりたがってやりたがって,すぐに自分で自己紹介カードをつくりはじめた。いったい誰とやるんだろう?はるななどは,寝るときもそのカードを手に握っていた。…翌朝,5時半ごろ,ベッドの下をもぞもぞしているはるながいた。「何しているの?」「カード落としちゃったから拾っていたの。」

あがり羊羹を求めて(98.5.10)

GW気分が抜けきらない我が家は,鎌倉に向かった。早速,ホリデーパスを購入。これは2000円で湖北−鎌倉間を往復できるすぐれものだ。かなり広い範囲で自由に乗り降りだってできる。約2時間後,鎌倉に着いた。目指すは源氏山。このハイキングコースはファミリー向けだ。いつも北鎌倉からのコースをあるいていたので今日は逆のコースをとってみた。「源氏山から北鎌倉へ あの日と同じ…

」『縁切寺』(さだまさし作詞)コースだ。「ホーホケキョ」「ケキョケキョ」とウグイスの鳴き声が響きわたる。まずは銭洗い弁天。「お金を洗うと,お財布の中がふくらむんだよ。」と通俗的な解説をすると,子どもたちは本気になって,お金を洗い始めた。「もっと洗おうよ。もっと洗えばお金持ちになるんでしょう。」小さい子なのに,家庭の経済事情がよくわかっているらしい。お線香も気に入ってしまい,何度もつけたがって困ってしまった。「もっともっと。」という声を振り払って,再び歩き出した。本格的な山じゃないので,あいさつを交わす人は少ない。源氏山を抜けて,浄智寺に近づいたところでリスを発見する。「あ,かわいい。リスだ。」子どもたちは興奮している。鎌倉のリスは人なつっこい。浄智寺のかやぶき屋根を撮影している人が多い。でも,我々が気に入ったのは,ほてい様だった。「パパに似ているね。」と若干1名失礼な発言をしていた。それにしても七福神はほっとさせる雰囲気がある。東慶寺(縁切寺=かけこみ寺)を横に見ながら,お昼を食べる店を探す。「茶碗蒸しがついている店がいい。」とあすかは主張したが,そんな店に限って値段がはる。けっきょく入ったのは,あさりとむかごの炊き込みご飯を食べさせてくれる店だった。あんみつもついて,1800円ぐらいだった。ウグイスの鳴き声とクラシックの調べが調和して,落ち着いたいい雰囲気だった。さて,せっかくホリデーパスを買ったのだからと鎌倉まで電車を利用しようとしたところ,「あがり羊羹」という文字が飛び込んできた。そういえば,さっきこの店に何人かの女性が入っていた。「私,ガイドブックで見たわよ。」我が家もその「あがり羊羹」が何としてもほしくなってしまった。大仏を見た後,北鎌倉に行って買おう。そう決めて,大仏へ向かった。江ノ電まくらが店頭に並び,思わず手が出そうになった。大仏は今日もすわっていた。2人に「大仏さんはどんなこと考えていると思う?」と聞いたら,「みんなのこと考えているんだよ。」「みんながしあわせになりますようにって考えているんじゃない。」とこたえていた。大仏様のメインイベントはリスへのえさあげ。お店で150円のピーナツを買って,えづけを開始。最初はこわごわしていた娘たちも,だんだんなれてきた。時々,ピーナッツををねらったはとたちに襲われていた。「はとはあっちに行って。」平和の象徴ハトもここでは,カラス並の扱いを受けていた。さて,大仏の後は,またまたハイキング。どうしても北鎌倉までいかなくちゃ。2度目の源氏山も越えて,やっと北鎌倉に到着。「あがり羊羹ありますか。」「もう売れ切れちゃいました。ごめんなさい。」何のためにこれだけ歩いたのか…。おまけに「江ノ電まくら」も売っていなかった。よし,紫陽花の頃,また来よう。そして蒸し羊羹と水羊羹の中間だという「あがり羊羹」を食べてやる!でも,おいしいのかな?

我が家のGW(98.5.2-5.5)

GW。我が家のテーマは「DO SPORTS」だった。女の子ふたりだと,どうしてもおままごとやお絵かきで遊んでいることが多いので,今回の休みは積極的に外に連れだそうと思った。まず2日は仕事の帰りに

「成田ゆめ牧場」に直行。おいしい牛乳飲んでソフトクリームを食べた。しかし,あすかは牛乳が大の苦手。あまりにおいしいからすすめたら,鼻なんかつまんで飲んでいる。次はポニーだ。はるなが乗っていたら,ポニーはおしっこをし始めた。この間もはるなの時にだけ,ポニーはうんちをした。はるなはどんな顔していいかわからないというように笑った。ゆめ牧場で何より喜んだのは,つりだった。30分800円とやや高めだったが,どうしても体験させたかった。あすかも「びびび」という引きを体験し,みごとつり上げた。きっとこの手応えはずっと覚えているだろう。そして,どういう風のふきまわしか「プールに行きたい。」とはるながねだったので,プールにも寄ってみた。ふたりはわにさん歩きやビート板でちょっとばちゃばちゃやる程度だったが,歓声をあげていた。水にもそのうちなれるだろう。

3日は親戚の子たちが遊びに来たので,2人はおおはしゃぎ。お兄ちゃんたちにめんどうをみてもらえるのがうれしそうだった。私はといえば,

ラグビー観戦。たまには別行動もいいかもしれない。国立競技場の前を通りかかった時,「5日にチビリンピック開催。入場・参加無料。岡崎朋美さんがゲスト」という看板を発見。よし,5日の行動は決まった。

4日は午後から,

清水公園に行った。清水公園はアスレチック公園としてはこの辺でナンバー1だ。「ファミリーコース」「冒険コース」「水上コース」とわかれており,「水上コース」では大人も子どもも池によく落ちる。でもシャワーもついているので,知っている人はみんな着替えを持っていく。車も大渋滞していたが,アスレチックも渋滞している。うちの子たちは,まだファミリーコースだが,そこでハプニングが起こってしまった。はるながロープをつたわって階段の最後の一段にたどりついたと思ったら,足を踏み外してしまったのだ。ものすごい叫び声と泣き声がとどろいた。見てみると,彼女は必死にロープにぶらさがった。すぐにでも助けたいのだが,自分も足下が不安定で,なかなか助けられない。下にいたおじさんが背のびして足をおさえてくれ,事なきをえたが,いなかったら…。彼女はしばらくして泣きやんだが,母親の顔を見るや,胸に飛び込んでずっとずっと泣いていた。これでアスレチック恐怖症になったら,どうしようか。必死に「よくあそこまでのぼったね。」とほめてほめて,帰途についた。

そして今日,5日は

チビリンピックに行った。8時半ごろいけばいいだろうと思って行ってみたら,ぴたり8時半開場だった。当日受付で親子マラソンに申し込んだ。私とあすかがペアー。はるなも1年だけ背伸びをして申し込んだ。私は静かに感動していた。この芝の上で早明戦を行うのかと。何度も何度も芝生をなでるようにさわってしまった。さあ開会式。聖火の入場で会場はわいた。あの岡崎朋美さんが登場したからだ。そのあとは卓球少女の愛ちゃんや橋本聖子さんらに聖火はリレーされた。11時15分。いよいよ親子マラソンのスタート。1・2年が一緒にトラックを走る。あの千葉ちゃんも走ったトラックだ。でも前にひとだかりができていてなかなか前にいけない。「最初だけ手をつないで,後はひとりひとり走ろう。」とあすかと約束していたが,途中でどうしても前の人たちを抜かしたくなり,手をひっぱって抜いていった。6位以内はJAから賞品がでるというので,必死だった。しかし最後のダッシュも届かず,1年の部,約10位でゴール。時間は5分17秒だった。でも,JAの賞品よりもうれしいものがあった。ゴールで岡崎選手と握手ができたのだ。父さん連中はみんな子どもをさしおいて彼女と握手していた。しばらくすると,はるなとその母親がゴールした。途中はるなが先に行ってしまう場面もあったらしい。はるなにとってははじめてのマラソン大会。参加賞のぶどうジュースをおいしそうに飲んでいた。

男の子のマーチ(98.5.2)

「先生,何これ?」笑い声にまじって,「先生,えろーい。」「こんなの写すのやだぁ。」そんな声がもれてきた。『男の子のマーチ』(谷川俊太郎作)の詩を黒板に書く。おちんちんを「ロケット」とか「どろぼうのピストル」とか形容するので,子どもたちにはおもしろくてたまらない作品。でも,詩には下品なことやエッチなことは書いてはいけないという頭があるものだから,「先生,この人変態だよね。」ということになる。子どもたちにタブーを詩にしてもいいことを教えたくて毎年,この作品を紹介している。『女の子のマーチ』もあるが,『女の子のマーチ』(茨木のり子作)はちょいと難しい。高学年以上でないと難しいかもしれない。結局,子どもたちは,いやだいやだと言いながらも,にやにやしながら作品を写し,今度は自分で作品を作り始めた。「うそを書いてもいいからね。」とアドバイスして。まずは,のびのびと書きたいことを書いてほしい。作ることが楽しくなればしめたものだ。早く

詩集のページも更新したいなあ。

家庭訪問(98.5.1)

家庭訪問が終わった。いつのまにか自分よりも年下の人とお会いする事も多くなった。でも今年は同い年の人が多かった。同い年だと,ほっとしてついついお友達のような気がして,リラックスしてしまう。家庭訪問に行くと必ずきくことがある。それはお父さんとのふれあいである。父親の存在感や父性的なものは子どもに大きな影響を与える。もちろん,女手ひとつで立派に育て上げているご家庭もたくさんある。そんなお家は,お母さんが父性,母性を上手に使い分けているのだろう。一昨年担任したお母さんなど,その典型で,頭がさがる思いがした。家庭訪問といえば,我が家にも先生が来る。幼稚園の先生,小学校の先生。幼稚園の先生がこうおっしゃってたそうだ。「4月はなかなか切り替えができなくて,私,そういうの下手なんです。」と。ということは,うちの子たちよりも,前に受け持った子が気になって仕方がないということになる…。でも,私は,その方が人間的だと思う。少なくともGWあけぐらいまでは,ひきずってもらわなくちゃ。ああ,自己弁護になっているかな?今日から5月。大好きな季節の到来だ。



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