福山型筋ジストロフィー(FCMD)について

文責:斎藤加代子教授 (東京女子医科大学遺伝子医療センターゲノム診療科 特任教授 )

 幼くて、頼りなげだった翔君も、パパとママの愛情をたっぷりと受けて、成長してお兄さんになってきました。翔君のパパとママのご要望にお答えして、福山型筋ジストロフィー(FCMDと略します)について、まとめてみました。分かりやすいようにQ&Aの形にしました。


Q1 福山型筋ジストロフィー(FCMD)とはどのような病気ですか
Q2 FCMDでは、子育てで、どのようなことに注意をすべきですか。
Q3 FCMDは遺伝病なのですか。
Q4 FCMDの遺伝についてもう少しくわしく、教えてください。
Q5 FCMD遺伝子について説明してください。
Q6 FCMDは遺伝子診断ができるのですか。
Q7 FCMDの症状はどのようなメカニズムで起こると考えられているのですか。



Q1 福山型筋ジストロフィー(FCMD)とはどのような病気ですか。
A1
 まず、筋ジストロフィーという病気全体について、説明します。私たちは私たちの体を、筋肉を収縮させたり、弛緩させたりして動かしています。この筋肉が、次第に少しずつ変性する(壊れる)病気が筋ジストロフィーです。
 筋ジストロフィーには、いくつかの型があります。デュシェンヌ型、ベッカー型、肢帯型、顔面肩甲上腕型、遠位型、先天型などです。福山型は先天型の1つです。FCMDは、1960年に福山幸夫先生(現在、東京女子医科大学の名誉教授)が世界で初めて論文として報告しました。日本人に多く、デュシェンヌ型の次に頻度の高い筋ジストロフィーです。本症では、乳児期には従来できていた運動機能が失われるのではなく、運動機能の発達が遅れることが特徴です。症状は徐々にでてきて、発症時期はとらえにくい方が多いです。お腹の中で胎動が弱かったいうお母さんもいます。新生児期に「呼吸が苦しそう」とか「おっぱいの飲みが悪い」という方もいます。自分から体を動かすことが少ない、体がやわらかいなどが初発症状として挙げられます。全身性で左右対称に筋肉の緊張が弱く、運動減少があります。6-12カ月頃から股や膝の関節が屈曲して硬くなります。下腿筋(ふくらはぎ)が硬くしっかりしていて、顔の表情が少ない(ミオパチー顔貌)に気づかれます。関節の拘縮、変形は経過と共に徐々に増して、ミオパチー顔貌の程度も強くなります。中枢神経症状が特徴的であり、知能発達遅滞を認めます。言語発達も遅れます。単語は話すけれど、二語文(ママ、オカイモノとか、デンシャニ ノロウなど)を話す方は少数です。少数ですが、詩を作ったり、文章を書いたりできる方もいます。症状の軽重にかかわらず、有熱時、無熱時のけいれん発作は約半数の方にみられますので、発熱時には特に注意が必要です。本症では約7〜8割の方は支えなしでお座りができるようになります。そのうちの約1/3ほどの方は座ったままでお尻を動かして移動ができるようになります。つかまり立ち以上の起立歩行機能を獲得する方は1割くらいです。一方、首がすわらず、支えなしではおすわりができない方も1割くらいです。

Q2 FCMDでは、子育てで、どのようなことに注意をすべきですか。
A2
 FCMDのお子さんは、筋力が弱いために、さまざまな日常生活で介助が必要です。赤ちゃんの時から、おとなしい穏やかなお子さんが多いのですが、寝かしてばかりにせず、十分に親子で触れ合い、関わりあってください。腹筋が弱く便秘がちになります。膝の関節や股関節が硬くなりやすくので、リハビリテーションを兼ねながら、赤ちゃん体操のように、膝や股関節の屈伸をすると、関節の拘縮予防や便秘対策に良いでしょう。
 有熱時のけいれん発作は、ジアゼパム座薬で予防します。無熱時にけいれんを何回か起こした方や脳波でけいれんの波が認められた方は、抗けいれん剤を予防的に飲んで発作の再発の予防をしてください。
 風邪に引き続いて、全身の筋力低下が急激に来ることがあります。呼吸のための筋肉にまで筋力低下が来たり、壊れた筋肉の成分が尿にでて、腎臓を障害したりすると、生命の危険があります。早めに、病院を受診しましょう。
 FCMDのお子さんの性格は、皆さんとても穏やかで、人との関わりを喜び、愛されます。家でも、保育園でも、学校でも人気者が多いのです。積極的にお友達を作って、楽しい生活を送るようにしてください。
 成人になってくると、呼吸の問題や、食事が食べられないという問題が生じます。特に風邪をひいたときなど、食べ物や飲み物を誤って気管に吸い込んでしまうことがあります。食べ物にトロミをつけたほうが、誤嚥を防げます。
 また、痰を出しにくくなるので、リハビリの先生に痰を排出する方法を習って、吸引器などを使えるようになってください。

Q3 FCMDは遺伝病なのですか。
A3
 常染色体性劣性遺伝の病気です。ミクロのレベルで説明をしましょう。ヒトの細胞の中には核があります。この核には父親由来、母親由来の2本1組の染色体が全部で46本、23組あります。1組が性染色体で、残りの22組が常染色体です。常染色体には1番から22番まで番号がついています。このうち9番の染色体の長腕の31という場所(9q31と書きます)にFCMDの原因遺伝子(FCMD遺伝子)が存在することがわかりました。ヒトのゲノムプロジェクトが進み、多くの遺伝子が分かるような時代になってきました。ヒトの遺伝子は全部で5万〜10万個あると推定されています。そのうちのひとつがFCMD遺伝子なのです。ヒトは誰でも、それらの遺伝子に数個の変異を持っていると考えられています。つまり、私たちはみんな、症状はなくても何らかの病気の遺伝子変異を持っていて、保因者であるといえます。FCMDという病気は、そのような遺伝子変異がFCMD遺伝子に生じていることによって起こるのです。

Q4 FCMDの遺伝についてもう少し詳しく、教えてください。
A4
 父親由来のFCMD遺伝子と母親由来のFCMD遺伝子が共に変異を持っている場合に、その子がFCMDになります。父親由来または母親由来の遺伝子がどちらか1つだけ変異している場合は全く無症状であり、この場合を保因者といいます。保因者は全く症状はありません。保因者同士の 結婚の場合、お子さんがこの病気になる可能性は1/4 (25%)です。保因者の頻度は日本人の88人に1人ということが、わかってきました。従って、保因者同士の結婚は 1/88×1/88=1/7,744の確率であり得ます。そのお子さんがFCMDとなる可能性は1/7,744×1/4=1/30,976となります。

Q5 FCMD遺伝子について説明してください。
A5
 福山型筋ジストロフィーの原因遺伝子(FCMD遺伝子)が第9染色体長腕31(9q31)に存在することは、戸田達史博士(現在、東京大学医学部教授)が、世界で初めて証明しました。遺伝子は細胞の核に存在して、蛋白質を作っています。その蛋白質はフクチンと名付けられました。まだ、フクチンがどのような働きを持っているかは分かりません。しかし、その働きが分かってくると、治療につながる可能性があり、期待されます。

Q6 FCMDは遺伝子診断ができるのですか。
A6
 2通りの方法ができるようになってきました。ひとつは、FCMD遺伝子の周辺にあるマイクロサテライトというDNAの繰り返しの配列が、個人個人で異っていて、その配列の長さが、親から子どもへ遺伝することを利用した方法です。FCMDにおいては、この繰り返し配列が、ある特定なパターンを示します。そのパターンを「創始者ハプロタイプ」といいますが、FCMDの方では9割以上の方が2本の染色体の少なくとも1本に創始者ハプロタイプを持っています。また、直接に遺伝子の変異を同定する方法もあります。これは、FCMD遺伝子のDNA配列を全てチェックすることが必要な場合があり、判定をするのに非常に時間が掛かるため、あまり一般的には行なわれていません。
 症状や一般的な血液検査ではFCMDであるかどうか判断がしづらいような非典型的な場合には、遺伝子診断が確定診断として有力です。

Q7 FCMDの症状はどのようなメカニズムで起こると考えられているのですか。
A7
 まだ、わからない点がたくさんありますが、ヒトでは胎児の時期のごく早期から、脳において神経細胞が脳室の周辺から脳の表面に向かって次第に移動することが分かっています。そして、細胞の種類によって移動が止まるところが決まっているのです。FCMDでは神経細胞の一部が止まるはずの所より脳の表面に移動し過ぎてしまいます。そのため脳の表面のしわ「脳回」がうまく形成されなかったり(厚脳回、無脳回)、細かいしわになり過ぎたり(小多脳回)します。また、骨格筋の細胞膜がもろく、不連続性であることを電子顕微鏡で観察した報告もあります。なぜ、これらの変化が起こるのか、どのように症状を引き起こしているのか、まだ分かっていません。
 FCMDは、日本で発見され、日本で遺伝子がみつかった疾患です。この発症メカニズムや治療法も、日本で明らかにできると期待します。