運命の水鏡に見た映し身を食んで  願望の反映。言うなれば、潜在意識の悪戯。  それが、未来視から取り除かねばならぬこと。  見えた未来を言葉にしても、占術師の役目は告げることだけだ。迷える者を惑わせるた めの力ではない。解釈するのは未来を求める者に委ねなくてはならない。占術師の解釈を 含ませてしまえば、その瞬間に、言葉は占術師の求める未来になるからだ。  自身の潜在意識の影響を無くすのは容易ではない。ゆえに、自身を占うことは難しいと される。自分の未来を知らぬまま、他人の未来を覗き見る。  私が持つものは、未来視の力と、願望と、決して見ることのない未来。    1  最初に見た光景は、一人の部屋の中だった。質素ではあるが、丁寧に作られた調度品。 腰ほどの高さの窓は、外を見渡すのに十分な大きさがあった。窓枠には細工を施した金属 があしらわれており、上部のステンドグラスが慎ましい部屋に彩りを添えていた。  私は深く碧く染められたシルクのワンピースと、共布の手袋を身につけ、長いピンクベ ージュの髪を額の飾りで押さえていた。  目の前には、一人の女性が立っていた。丁寧に織られたストールやサッシュベルト。髪 をすっぽりと隠す白いフードに、脚をすっぽりと隠す白いスカート。それらとは対照的に、 胸元の開いた紺の上着。上着だけ窮屈そうに見える。長く着ている物なのだろうか。  女性は私に話しかけた。 「我が名はルシエン。ここは山の上にある神殿の一室、私はここで神の声を聞く者です。 あなたには、ここで私の力の一部となってもらいます」  ルシエンと名乗った女性は、手にカードの束を持っていた。あれは知っている。あれは この世界の記録のかけらで、あの中には私と同じ姿をした女性が描かれているものもある。  この女性は私のかけらに命を吹き込んだようだ。 「…我が主よ、仰せのままに」  主は軽く微笑んで、 「さしあたってはこの部屋をあなたの力が発揮できるように変えなさい。そうしたら、こ の神殿を見て回りなさい。それから、ルシエンでいいわ」 「かしこまりました。…ルシエン、様」  神殿は霊峰アトラの頂上にある。神殿からは雲を下に見た。「神の降り立つ山」と呼ば れるだけあって、周囲の山々と比べても抜きんでて空に近い。神殿までの道のりは険しい ものであろうと思うが、来訪者の来ない日はないとのことだ。それだけこの神殿が民の信 仰を集めているのだろう。あるいは民が求めているのか、主の力を、預言を。  ここで主の世話をしている者たちは、特別な力を持った女性に限られていた。戦闘に長 けた者、薬草の知識が豊富な者。また、精霊や翼を持つ者など、人間に限らず多岐にわた っていた。  私は未来視の力を持ち、それを言霊にする。この力は、過去と現在から導き出される可 能性を見る力ともいえた。現在は一瞬にして過去に変わり、また未来を変える。言霊を受 け取った者が望まない未来であった場合、それを変えることは可能なのだ。現在が未来へ の鍵であるから。そしてそれは私の力の及ぶところではない。  運命はゆらゆら揺れて、合わさって。  私は言霊が未来への糧になることを願う。    2  召喚された日に見た月は三日月だった。今日は半月を少し超えている。  平穏な日々が続いており、神殿での生活も徐々に慣れてきた。  私は普段、自分の部屋で未来視の能力を磨いていた。瞑想に使う蝋燭と燭台も言えばす ぐに用意された。燭台もまた細やかな装飾が施されており、蝋燭に火を点すと灯りを受け てきらきらと輝いた。  蝋燭の炎を眺めていると、心の奥が呼び覚まされる。静かに、揺らめいて、常に形を変 えながらすうっと伸びる炎は、生きとし生けるものの命の姿にも似ていると感じていた。 しかし炎の暴走は、生命を灰に変える。こんな小さな炎の熱も、構わずあたりを包み込み、 やがて満ちるか費えるか、それも炎の気紛れか。  時々、予期しない疲れに襲われることがある。  天候が崩れるとき、来訪者が多いとき――どうやら、主の調子が乱れるときに、私の身 体の調子も引きずられるようだ。  もとはといえば、主に吹き込まれた命。私の身体は主に連動していても不思議ではない。  となると、私が根を詰めて疲弊したとき、主の身体は無事なのだろうか。穏やかな日、 一度そういうことがあった。部屋のベッドに横たわってやり過ごしていたが、気がついた ら回復していた。あのとき、主に私の異変が伝わっていたのだろうか。主の様子は変わら ないように見えたけれど。 「あなたは、力を込めすぎるのね」  やはり主に伝わっていた。  神殿を閉めて休息をとるまでの憩いの時間に、主は私の様子を見に部屋を訪れた。半月 の光が差し込む部屋で、主は半ばあきれ顔で微笑んだ。 「すみません…」 「鍛錬は大切なことですけれど、いざというときに力が使えなくては元も子もありません からね。気をつけて」 「はい」 「…それとも、もしかして」  と、主は少し考えて、 「あなた、未来視をし続けていないと、落ち着かないのかしら」  落ち着かない。私からこの力を無くしたら、神殿にいる理由がなくなる。私はうつむい た。 「…緊張させてしまったわね。もう少し、肩の力を抜いて」  主は私を引き寄せた。主の心臓の鼓動が耳に響く。頭と背中とに回された腕からも体温 が伝わる。暖かい。  主は頬を寄せて、耳元で告げた。 「次は満月の日に、様子を見に来ますよ」  主のぬくもりは、蝋燭の炎の熱に似ていた。    3  ひときわ明るい月が神殿を照らしていた。私の部屋は、月の光がよく差し込む。今夜の 灯りは月の光だけで十分だろう。  あの後、私は力の加減を覚えかけていたが、力を使わないことに一抹の不安もあった。 主は肩の力を抜けと言うけれど。  そんなことを考えていると、ふと、ドアがノックされた。 「今日は満月ね。約束通り、様子を見に来ましたよ」  私は主を招き入れた。  持つ燭台の数だけ、蝋燭に火を点しなさい。その灯りが行先を照らすでしょう。  五つの炎と月光が、互いの存在を目で確認させた。  主の腕が、私へと伸びる。指先が、私に触れる。輪郭をなぞる。見ているものがその通 りにあるかを確かめるかのように。私はいつしか目を閉じて、輪郭で主の存在を確かめて いた。額に、頬に、首に、肩に、……。 …カルドセプトファンブックその14は、 こんな感じで始まるフェイトさんとルシエン様の18禁SSです。 続きは、コミックマーケット75新刊にて〜