2002年 EPオフロード全日本選手権挑戦記

灼熱のIメイン

〜 TB−evoバギー VS KX−Oneバギー 〜

※注 自己満足度かなり高い文章です

8/3、4と谷田部アリーナにて開催されたJMRCA EPオフロード全日本選手権に参加してきました。
参加は自作改造マシン・TB−evolutionバギーで、4WDクラスのみです。
10年ほど前のオフロード全盛時代には、自分は中学生、高校生で、実力的にも経済的にも
全日本選手権に出るなんてことは、
夢でしかなかったのですが、ついにそれが実現してしまいました。

<全日本出場までの歩み>
そんなおおげさなものではないですが、これまでの歩みを簡単にまとめると、

1992年
双葉電子の工場(千葉県茂原市)のサーキットで行われた、「フタバカップ」(という名前だったかな?)を最後にRCから離れる
アバンテ

2001年
およそ10年の時を経て、RC復帰。場所は仕事の関係で九州(小倉)。
TBエボリューションを購入し、ツーリングを始めようとするが、見れば見るほどバギーにしたくなり、
気が付くと長い足がついていた。

2002年
2月
TBエボバギーで初レース。まともに走れず、ダントツの最下位。
かなり落ち込んだが、このままでは終われない。

3月
フロント部のスキッド角を構成することに成功。

5月
全日本選手権出場決定!

〜7月
佐賀加西相模湖、富山、ヒルトップ、谷田部など各地のコースを回り、
ネットも含めいろいろアドバイスをいただきながら熟成を深めた。

そして8月。いよいよ本番。
今年は週末になるとことごとく雨が降り、予定していたレースに参加できないことが多く、
なんとレース歴2回(復帰後)、しかもどちらも予選だけで終わり、共に最下位・・・
こんな状態なのに、出ちゃいました、全日本。

ネットでKX−Oneバギーとの対決が注目され、自分のその気になってきた。

<本番>
8月1日(木)
下関で仕事を終え(ほんとは終わってない)、山口宇部空港から最終便で東京へ。

8月2日(金)
2WDの予選なので出番はないが谷田部へ偵察へ。
路面は、やっぱりスリックみたいだ。

8月3日(土)
4WD予選1日目。
7時前に到着し、ピットを確保。
どきどきしながらマシンをセットアップ。
マシンを見に来てくれる人が多く、あらためてネットの力を実感した。

予選1ラウンド
スリックタイヤで挑戦。まずはコースと雰囲気に慣れることを目的にした。
ストレートが遅かったが、心配されたギアの歯飛びもそれほどでなく一安心。

結果: 77位
このときKX−oneバギーは、もっと上に。

予選2ラウンド
スプリングをやや固めにし、タイヤをホールショットのピン半分カットに。
ジャンプもうまく飛べ、ぎりぎり15周に届いた。

結果: 74位
KX−Oneバギーは、72位 (3秒差)

予選3ラウンド
スプリングをさらに固く。(その場でヨコモの新製品購入)
5台ほどがかたまって走ることが多かったが、その中をからまずに走り抜けたときは気持ちよかった。
このラウンドが最高の走り。

結果:75位
KX−Oneバギーは、74位 (なんと0.15秒差!!)

KX−Oneに勝ちたい!!
さらに意気込んで迎えた4ラウンド

予選4ラウンド
3ラウンドと何もセットは変えていないのに、全然フィーリングが違う。
ジャンプが飛べない。
そんなはずはないと懲りずに飛んでみるが、転倒してばかりでタイムは最悪。
リアのギアがなめていた。

予選5ラウンド
ギアは交換し、感じはよくなったが更新できず。

予選終了。
結果: 82位
ああ、Hメインを逃した・・・
しかし、KX−Oneもタイム更新できず、なんと2台が81,82位で並ぶこととなった。
つまり、決勝Iメインのフロントローに2台が!!

「熱すぎるぜ、Iメイン」
お互いの健闘を祈りながら、本日終了。
 

8月4日(日)
午前中は出番なしで、マシン整備。念のため、ギアはまた交換しておいた。
タイヤは、ラインさえ外さなければスリックがいいのだろうが、外すのは間違いないので昨日と同じくピン半分カットの
ホールショット。
ローギアすぎると指摘をいただき、ピニオンを1枚上げた。

某RC誌から簡単に取材を受けた。載るといいなあ。

Aメインの第1ラウンドを眺めながら、すごいなあ、速いなあと思ったが、
Iメインだって負けてない。
ゲテモノ(私が言ったんじゃありません)マシン大集合!
こんな雰囲気は大好き。

スターティンググリッドにつき、いよいよスタート。
他のメインを見ているとスタート後の180度コーナーで接触、転倒が多く見られたので、
ここをスムーズに通り抜けることを第一に考えた。
スタートで無理に先頭に立つと、苦手なコーナリングでもたもたして
突っ込まれると思ったので、無理せずゆっくりスタート。
そうちょうど94年桜花賞の武豊のように。
運良くそのコーナーで先頭に立つことが出来た。
かなり緊張し、中盤のジャンプで転倒。
5位くらいに順位を落とす。
なんとか取り戻そうと予選で得意にしていたジャンプを軽快に
飛ぼうとしたがなぜか飛びきれず転倒。
どうやらまたギアが飛んでいるようだ。
もう無理はできない。その後、ジャンプは全部なめることに決定。
4番手に上がり、KX−oneの後ろに追いついた。
ここからしばらく熱いバトルが続いた。
会場が湧いているのがわかり、こちらもヒートアップ。
でも、接触や転倒だけは避けなければならない。
直線で抜かれ、インフィールドで抜き返すという展開。
この時が一番楽しかったし苦しくもあった。
なんとか振り切り、次に目指すは前方の2台。
アナウンスを聞きながら探したが、視界には入らない。
淡々と走るしかない。
これがとても苦しい。
ペースを上げたいが、ジャンプで無理すると即転倒は確実。
淡々と、淡々と。
先行車のうち、1台がリタイアし2位に上がった。
けど1位は見えない。
そうこうしているうちに残り時間わずか。
2着確保を確実にするため、ラストラップは更に慎重に。

そしてなんとか2位でゴール!

レース後は、1位になれなかった悔しさと、予選で勝てなかったKX−oneに勝てたうれしさが
入り交じり、よくわからないが放心状態だった。
こんなに神経を使ったのは久しぶりで、胃が苦しい。
「なんでそんなに汗かいてるの」
と言われ、ちょっと恥ずかしかった。

マーシャル終了後、KX−oneのこひつじさんと
健闘を称え合った。

こひつじさんと記念撮影

Iメインの勇車たち  TB−evo決勝バージョン

はじめての全日本挑戦は、順位はともかく、とても充実したものでした。
ライバルのKX−oneこひつじさんや、
いろいろお手伝いしていただいた藤田さん、
ピットが隣で予選も一緒に戦った菅原さん、
TB−evoバギーを気にかけてくださった全てのみなさんに
お礼申し上げます。
ありがとうございました。
 
もちろん来年も挑戦します!
(エボ3バギーかも)
 

2002.8.9 ライブリ