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 - 新聞掲載記事


「倒産企業の特許を再生し、ビジネスチャンスに」─。 インターネット関連の有カベンチャー企業、インターキュー(本社・東京)が、こんな手法を使って新事業に乗り出した。
パソコンの画面に大小二つのウィンドウ(窓)を開き、大きい方でネット閲覧しながら、小さい窓には広告を流すというシステムだが、同社のの熊谷正寿社長は「一千万人に使ってほしい」と意気軒高。「忘れられた特許の発掘」という点でも話題を集めそうだ。

この技術は「ハイパーシステム」と呼ぱれ、パソコン通信サービス会社で、「パイパーネット」という会社が特許を出願中だった。ところが、同社は平成九年に倒産。皮肉にも、倒産後の十年から十一年にかけて、日本や米国、シンガポールなど相次いで、特許が成立した。熊谷社長が、この技術に目をつけ、ハイパー社の元社長で、同システムの生みの親である板倉雄一郎氏を引き込んだ、というわけだ。

現在、インターネット事業にはネット接続事業者のプロバイダーと、ホームページ(HP)などを検索するヤフーなどの情報提供会社らがしのぎを削っているが、利用者が、プロバイダ−は接続だけ、HP問覧は情報提供会社といった便い分けが進んでいる。この結果、利用者がプロバイダーの画面をみる時間が短くなりがちで、広告獲得競争では、情報提供会社が優位に立つている。

そこで、熊谷社長は、プロバイダーがバイパーシステムを使って、画面の一角に常に広告を表示できるようにすることを提案している。「そうずれぱ広告 収入はプロバイダーに入り、利用者料金の値下げにもつながる」という。熊谷社長は、ハイパーシステムの特許技術は無償提供し、各社が獲得する広告の手数料を頂く、という作戦だ。

熊谷社長は今回の事業化に向けて、用意周到に準備してきた。三十七歳と同い年で「旧知の仲」という板倉氏をインターキューの顧問として迎え入れた。

板倉氏は会社倒産直後に自身も二十六億円の負債を抱えて自己破産したが、その後はてんまつを記した「社長矢格」などの著書がヒットし、"ベンチャー評論家"として講演会も精力的にこなしていた。

事業計画を発表した先月三十日の記者会見に同席した板倉氏は、「当時は、ネット人口も少なく、広告を配信したい会社も少なかった。それに(私のように)経営能力のない人物が社長だったために倒産した。今回は違うはず」と、最前線復帰に嬉しそうだった。

この特許をめぐる裁判がさきごろ米国で開かれ、インターキューの提携先会社が勝訴した。この特許が大化けする可能性もある。 (高原秀己)


媒体名 : 産経新聞
掲載日 : 2001年02月06日
ページ : 7面
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