政府案の問題点の早わかり

共同アピールの会は、電子技術の急速な発達と、官民双方が着々と収集・集積・利用している個人データの氾濫が、私たちの暮らしを脅かす事態を真剣に受け止め、個人が自己に関するデータを管理する権利をきちんと打ち立て、将来における個人データ取り扱いのルールを作り上げる必要を切実に感じています。

しかし、提出されている政府案では個人情報が保護されるとは思えない。むしろ、悪用され、とんでもないことになる危険性を心配し、廃案を求め、新たな法案を作るべきだと訴えてきました。

マスコミはメディア規制法だから反対の声を大きくあげています。でも、誤解しないでください。この法案の問題点の本質がそこにあるのではりません。

メディアに不信感を抱く人々からは、メディアを規制する法案なら、あったほうがいいじゃないか。だから法案に賛成という、それこそ逆にメディアに踊らされている意見も多く見受けられますが、この法案では、既存のメディアをよりダメにすることはあっても、よりよくすることはないでしょう。


■発想がヘンだよ、政府案

 政府案では個人情報をこれからの社会の資源、言い換えれば産業の「米」としてとらえる視点から法案が作られています。逆に言えばルールを守れば、どんどん使っても良いという発想なのです。利用目的などを本人に通知することにより、「取り扱い事業者の権利または正当な利益を害するおそれがある場合」には、個人情報本人の関与を断ってもよいという規定もあります。
 こういった発想からできた法律で、個人情報の保護が可能とは思えません。差別を招きやすい情報収集の禁止も、国際的移転の禁止も規定されてはいません。個人情報はその人自身が自己管理できるという権利すら認められていないのです。


■包括法では無理がある

 個人情報を取り扱うさまざまな分野ごとにその特殊性、重要性を考慮し、きめ細やかな対応をしなければ、本当の意味で個人情報の保護は出来ないにも拘わらず、政府案はあまりにも大ざっぱすぎるのです。
 なかでも医療情報、金融情報、通信情報……といった重要かつ緊急に法整備をしなくてはならない分野が、この政府案で緊張感を持って個人データを保護しようという認識が深まるとは思えませんし、現に深まっていません。
 政府案は、もっと厳しく業界が責任を持って情報の保護管理をしなくてはいけない分野と、もともと規制になじまない分野までをひとまとめにしてしまっているため、解決すべき問題をあいまいにしてしまっているのです。


■もちろんあなたも規制対象です

 本来ならば、規制をすべき対象は他人のプライバシーを利用してもうけようとする者と、膨大な情報をもつ国の機関であるのにも拘わらず、政府案は営利目的ではない個人活動、NPO活動、市民運動……すべてを同じく「個人情報取り扱い業者」として規制すべき対象としているのです。

■罰則規定の恐ろしさ

 規制する主体は、主務大臣、公共団体の長、つまり知事とともに警察庁、都道府県県警が想定されています。つまり、現行犯ですから、令状無しの捜査、差押、逮捕も可能な法案になっているのです。
 つまり、この政府案ではインターネット時代の市民規制、監視法案としての使われてしまう危険性があるのです。
 そんなことを国が考えているとは思えない、極論過ぎる、という人もいるでしょう。しかし、法律は誰が統治しても同じ結果が期待される合理性が求められます。立法者の意思がどうであれ、誤用・乱用の余地が最小化されているかどうかが問題なのです。



 このように政府案は、規制される対象も、集めた個人情報の内容も、規制する主体も、あまりに恣意的解釈の余地が多すぎて、どうとでも運用できるようになっているのです。

 日本特有の制度「戸籍」と、この8月に導入される、すべての国民に11桁の番号を強制的につける「住基ネット」、そしてこの「個人情報保護法案」が結びつけば、市民情報の国家による一元化が可能になることは、想像力を働かさなくてもお分かりでしょう。

 国家に都合のいい人間を選別することが可能なシステムが着々と進んでいるということはSFでもなんでもありません。

 報道の自由の侵害だとかメディア規制といった問題は、この法案のもつ危険性が、わかりやすい形で顕在化したものともいえるのです。

【関連資料】朝日新聞による法案問題点の早わかり
一からわかる−個人情報保護法案とメディア 要点Q&A
一からわかる−人権擁護法案とメディア 要点Q&A
シミュレーション−調査報道
規制3点セット−問題点と背景は

2002年5月
個人情報保護法案断固拒否!共同アピールの会

梓澤和幸弁護士による政府案問題点への言及

まず、規制される対象は第二条2項一、二で、データベース化された名簿だけでなく、索引可能なすべての名簿を持つ人間を対象にしています。営利企業だけでなく、市民運動を含むすべての団体、5000件程度の名簿を持つ個人であることに留意してください。

次に、問題の規制する主体ですが……

【第四十一条】  ……主務大臣は、次のとおりとする。ただし、内閣総理大臣は、……個人情報の取扱いのうち特定のものについて、特定の大臣又は国家公安委員会……を主務大臣に指定することができる。

【第五十六条】 ……主務大臣の権限に属する事務は、政令で定めるところにより、地方公共団体の長その他の執行機関が行うこととすることができる。

【第五十七条】 この法律により主務大臣の権限又は事務に属する事項は、政令で定めるところにより、その所属の職員に委任することができる。


文部科学大臣や外務大臣が規制するってピンとこないなと思っている人も多いのではないでしょうか。しかし法案にはちゃんと国家公安委員会とあります。国家委員会は警察法5条で警察を管理するとされています。また、警察法38条に知事の所轄のもとに都道府県公安委員会をおくとあります。つまり主務大臣=警察庁、都道府県警が想定されているのです。

では、主務大臣=警察と置き換えて報告徴収権限と報告義務違反について規定した条文を読んでみましょう。

【第三十七条】 主務大臣(警察)は……個人情報取扱事業者(あらゆる団体)に対し、個人情報の取扱い(名簿、メーリングリスト等)に関し報告をさせることができる。

本来の目的から逸脱していないか、警察へ報告の義務が生じるわけです。行政機関としての警察権限の拡大ですね。そして、

【第六十二条】 ……報告をせず、又は虚偽の報告をした者は、三十万円以下の罰金に処する。

なんだ罰金か、というわけにはいきません。現行犯人ですから、主務大臣が警察ならば、刑事訴訟法213条、217条、220条により、令状のない逮捕、捜査、差押がされるおそれがあります。

次に是正命令を記した第三十九条を見ると、主務大臣(警察)は ……規定に違反した場合(データベースや索引付き名簿の目的外使用、第三者への提供など)……個人情報取扱事業者(あらゆる団体)に、是正勧告、是正命令をだせるし、緊急のときは勧告抜きで命令をだせるとしています。命令に違反したものは、6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金(第六十三条)です。

学問、報道は適用除外とされていますが、誤解です。学問研究では、大学の教師以外はみな、報告義務、是正命令の義務を負います。警察が報告をもとめ、法の義務を守った研究か否かを審査する権限を警察がもちます。報道機関も報道目的で個人情報を取り扱うときに限り義務が除外されるにすぎません。少なくとも警察が報告を求めることが出来るのは間違いなく、報告しなければ現行犯逮捕、令状なしの捜査となります。また、報道目的でなければ是正命令をだすこともできます。そして報道かどうかの判断をくだすのは警察です。

命令については、行政処分の公定力の理論で仮処分では争えません。行政処分の取り消し訴訟を起こし、執行停止を求めることができるにすぎません。ハンセン病訴訟を見ればわかるとおり、80年かかります。

……と、運用次第でここまで可能な法律なのです。いかがでしょうか。

(梓澤さんはこの法案をメディア規制というだけでなく、市民運動、組合運動、NGO、表現活動を総合的に抑圧するコンピューター時代の治安維持法と命名しています。)

2002年5月
共同アピールの会定例会議・梓澤和幸弁護士の発言より