山田風太郎

 大正11年兵庫県生まれ。東京医科大學卒。昭和33年より忍法帖シリーズを書き始め一世を風靡,第一次ブームが始まる。45年からの全集出版で第二次ブーム。51年以降は明治物・室町物などを書く。現在第三次ブーム中らしい。

 その奇想といい,文章のうまさ・プロットの巧みさといい,独特の歴史観といい,小説の面白さというものを知り尽くした作家ですが,なかなか一筋縄ではいかない作家でもあります。その博識により史実・通史・時代考証をすべてしっかり押さえた上で,自由奔放に話を膨らましたのが彼の歴史小説です。また基本的にトリッキーなプロットの作品が多く,シリアスな部分とユーモラスな部分とが混在しているのも大きな特徴です。その作品群は主に以下のように分けられます。

(1) 探偵・奇想小説 :初期(S22〜38年)は本格推理作家としてデビュー
(2) 『忍法帖』   :意味がない物を書きたかったらしい,S33〜49年
(3) 明治・幕末物  :文芸派的? より複雑かつ大規模な展開 S47〜61年
(4) 室町物     :室町時代の戦乱の世を魔界ととらえる,平成以降
(5) その他歴史物  :吉原物・忠臣蔵物・キリシタン物・など,作風転換期に多い
(6) 記録・エッセイ :戦争関連・人間の死に様・等

推薦作(題材の時代順に)

室町少年倶楽部(文春文庫): 応仁の乱を題材に,純粋だった少年達(足利義政・細川勝元・日野富子)が変わっていく悲しみを描いた中編。前半と後半の文章スタイルの違いが印象的。なんともいえない読後感が寂しい。織田信長のパロディにしかならない足利義教の「室町の大予言」を併録。

妖説太閤記(講談社文庫・大衆文学館): 秀吉という人物には「明るい人柄であまり血を流さずに自分の才覚だけで出世していく」というイメージがある。しかしあの時代に「自分の手を汚さずに才覚だけで渡っていく人間がただまともなだけの人間であるはずがない」(橋本治の解説)という視点から捉えなおした,日本で唯一?の悪人太閤記。「悲しいほどに哀れな男の惨憺たる栄華物語」「読者全員が主人公の死ぬのを待って,やっと死んだかとほっとする」とは,これも橋本治の評。

叛旗兵(廣斉堂文庫): 直江山城守の娘婿左兵衛は頼りなく,伊達政宗らから馬鹿にされたため,配下の四天王が彼を鍛えて仕返しさせようとする。そこに宮本武蔵と佐々木小次郎を従えた怪人物が現れ...。有名人物がぞろぞろ登場し繰り広げられるドタバタ喜劇は結構笑える。娯楽色が強いが,終盤はかなり衝撃的。

くの一忍法帖(講談社ノベルス/文庫): 大阪落城後に繰り広げられる,秀頼の子を身籠もるくの一とそれを抹殺しようとする甲賀忍者の戦い。ノベルス版解説は橋本治。

忍びの卍(講談社ノベルス): 徳川忠長(家光の弟)の反逆事件を題材に,任務遂行のために全てを犠牲にする忍者の悲壮さを描く。忍法帖には珍しく登場人物が少ないぶんストーリー展開は複雑だが,ラストに引き込まれていくような緊迫感はシリーズ随一。最終章で明らかになる背後の謀略の凄まじさ。

忍法忠臣蔵(講談社ノベルス/文庫): 忠義と女が大嫌いな忍者が,くの一を用い義士達を堕落させようとするが...。結末の悲惨さには山風忍法帖の美学が凝縮していると思う。

忍者枯葉塔九郎(講談社文庫・大衆文学館): 忍法帖の中では少し毛色が違う(ナンセンス度が低い)作品を集めた短編集だが,忍法帖未経験者にとってはあんがいいい入門書ではないかと思う。本多佐渡に土井大炊という江戸初期を代表する謀略家2人が暗躍する「忍者本多佐渡守」は特に気に入っている。

切腹禁止令(廣斉堂文庫): 時代物(主に江戸期)の佳作を集めた短編集。中でも計3万人の犯罪者を処刑したと伝えられる初代盗賊改頭・中山勘下由の一代記「南無殺生三万人」が秀逸。どちらかというとシニカルな作品が多い。

他の歴史物短編集としては『剣鬼と遊女』(廣斉堂文庫,「姦臣今川状」が泣ける)や『妖説忠臣蔵』(集英社文庫)などに名品が揃う。明治物はちくま文庫にまとめられている。

ヤマトフの逃亡(廣斉堂文庫): 男谷検校,高野長英,立花久米蔵,芹沢鴨といった幕末編の奇人?を主人公にした短編集。危うく試し切りにされかけた座頭のその後...剣にまつわる運命の妖しさ,あの人からこんな子が!の「からすがね検校」がおもしろい。時代に翻弄される近代的人間の悲劇「伝馬町から今晩は」など。

警視庁草紙(河出文庫/ちくま文庫): 最初の明治物にして代表作。できたてほやほやの東京警視庁に対し挑戦を続ける元町奉行と元同心。やがて彼らは大警視川路利良が企てる恐るべき計画を知ることになる。そして元同心の運命は急変していく。時代の流れに置いていかれかけた人間達の,それでも諦めきれない精一杯の生き様は,さらに次作の『幻想辻馬車』などにも引き継がれていく重要なテーマである。

エドの舞踏会(ちくま文庫): 明治初期に鹿鳴館や元老宅で開催された舞踏会を狂言回しに,元老夫人たち(元幕臣の娘かつ元芸者が多い)の意気地と張りが繰り広げられる連作。対照的に元老たちは家庭では情けなかったりする。政治史の裏で繰り広げられるもう一つの明治史。主人公は一応,日本海軍の父山本権兵衛。

明治波濤歌(河出文庫/ちくま文庫): 明治物の中編6話。風太郎作品の中では特に文芸味?が強い。自由民権運動に係わる争乱に巻き込まれる若き日の北村透谷と南方熊楠らを描いた「風の中の蝶」,パリを舞台に川路利良・成島柳北らが活躍するミステリ「巴里に雪の降るごとく」,鴎外を追って来日したエリスが宿泊先で決闘事件に遭遇する「築地西洋軒」など。

明治バベルの塔(文春文庫): 明治物の短編集。4短編すべて傑作。もし夏目漱石の坊ちゃんみたいな性格の人間が牢屋に入ることがあったらという,もう一つの坊ちゃんの話「牢屋の坊ちゃん」。様々な人間の生き様(死に様)をユーモラスに描き出す「いろは大王の火葬場」。大逆事件の幸徳秋水を四つの視点から分析した「四分割秋水伝」。黒岩涙光の作った暗号パズルが様々な混乱をまきおこす表題作。

戦中派不戦日記(講談社文庫): 終戦当時24歳の山田誠也青年が書いた日記。山田風太郎の原点ともいうべき永遠の名著。



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