野生動物の交通事故

  1. はじめに
 人間と野生動物との間の問題といえば色々ありますが、特にこの交通事故というのは身近な問題なのではないでしょうか。皆さんは写真のように、車に轢かれて道路に横たわる動物の死骸を見たことがありますか?たとえなくとも、‘動物注意’などと呼びかける道路標識は見たことがあるでしょう。カーブの連続する峠道で、暗い夜道で、誰もが加害者になる可能性は十分にあるといえます。また、シカ位の大きな動物(エゾシカのオスでは100kg以上にもなります)になると、衝突事故は人にとっての危険も大きいのです。
 いつ頃から野生動物の交通事故が問題になっているのか詳しいことは分かりませんし、地域毎に差もありますが、少なくとも80年代の終わり頃には日本各地でかなりの問題となっていたようです。

そもそも、どうして野生動物たちはわざわざ危険な道路なんかに出て来るのでしょうか。根本的な原因は、道路が野生動物の生活圏を分断していることにあります。元々道路は野生動物の生息地を切り開いて造ったものなわけで、道路が獣道を横切っている例がかなりあるようです。

これにさらに人為的な影響が加わっていることも多く、問題は複雑です。道路を造ることによってできた斜面に土砂崩れを防ぐために牧草を張り付けると、それは草食動物にとって新たな餌場を供給することにもなってしまいます。観光地では道路に出て来た野生動物に観光客が餌をあげることにより、動物たちを道路に誘引しています。また、人間の残飯類(人為的に給餌されたものも含む)に惹かれて野生動物が町中に出てくるようになることもあります。残飯類によって作られた新しい生息域(町中)と本来の生息地(森林)を行き来するためには道路を渡らなくてはいけません。

詳しいことは例を挙げて、次で説明することにします。

  1. 各地の現状

 被害に遭っている野生動物種は地域によって特色があるので一概にはいえません。しかし、98年11月の’Science Eyeによれば、全国的に見るとタヌキ、イタチ、ウサギなどが多いようです。シカやクマといった大型動物も被害に遭っており、人が死亡する例も出ています。また、特別天然記念物であるニホンカモシカやイリオモテヤマネコも例外ではありません。交通事故が多発する時間についてはあちこちで調べられており、多くの野生動物の活動が活発になる日没時に多いことが知られています。

 エゾシカ、キタキツネが特に多いです。エゾシカの被害は特にエゾシカの数が多い道東で目立っています。他にエゾヒグマ、エゾタヌキ、エゾリス、シマリスなどが挙げられます。東大雪では、春先の雪解け時期にエゾシカの交通事故が多発しています。エゾシカは春先に山麓・河畔林等の越冬地から植物の豊富な草原へと大規模な移動を行います。この時、いくつもの道路を渡らなければならないことになります。加えて、道路脇の斜面では雪解けが林の中よりも早く、そのためそこの牧草を食べにエゾシカが道路沿いに頻繁に出没することになり、事故を誘発する原因となっています。(96年7月‘大雪山国立公園生態観察ガイドブック −自然への扉−’より)

 帯広では、エゾリスの交通事故が相次いでいます。生息地の1つである帯広農高の周辺では確認されただけでも年間10匹前後が犠牲となっているそうです。 エゾリスが活発に活動するのは、2月から3月の交尾期と7月から9月の子別れの時期、そして冬に向けて餌を貯蓄する秋頃です。これらの時期は十分に注意して車を運転する必要があります。(98年11月‘十勝毎日新聞’より)

 有数の観光地である知床半島では、野生動物に餌を与えないよう観光客に注意を促しています。 餌をねだって道路に出てくるキタキツネの姿はよく見られます。これは、人がお菓子などを与えてしまった結果なのです。道路に出てくる個体は、子別れしたばかりなど経験未熟な若い個体が多いようです。いったん人の食べ物の味を覚えてしまうとそれを当てにしてしまい、道路に出てくる内に車に轢かれて死んでしまうか、自分で餌を採ることを覚えないまま観光客の来ない冬に餓死するか、大抵は悲惨な結末を迎えることになってしまいます。

 市川市周辺では近年、市街地周辺部に進出するホンドタヌキが増えてきています。年間を通じて供給され、しかも供給量の変動が少ない残飯類(給餌されたものも含む)を得ることがその理由の1つとして挙げられます。特に冬季は全面的に依存していることが分かっています。これらのタヌキの行動圏は、「ねぐらと自然食物採取場所である樹林地・草原」と「残飯類を得るための市街地周辺」という2つの場所で構成されています。従って、この2つの場所を行き来する際に道路を横切らねばならず、タヌキの交通事故の増加につながっています。都市化により連続した林が分断され、島状に取り残されているところ程この傾向が強くなっています。また、タヌキの活動のピークは日の入り後と日の出前なので、この時間帯が要注意です。(95年12月‘市川自然博物館だより’より)

 東京都の郊外でも、ホンドタヌキの交通事故が増加しています。「八王子自然友の会」の報告によると、多摩地区では70年代中頃よりその数は増え始め、現在では年間100件以上もの事故例が報告されているそうです。 タヌキの数自体が多いこと、知能が低い動物で敏捷性にも欠けることも理由の1つではありますが、千葉県同様、人の残飯類が一番の原因となっています。タヌキは原始的なだけに順応性が高いし、かなり人懐こいために餌付けされる例も多いのです。このように人に依存して人の近くで暮らしている上、秋から冬は繁殖期であり種の分散のため行動範囲が広くなります。また、同時に子別れの時期でもあるため経験の浅い若い個体の単独行動が増えます。秋から冬は年間で事故件数の一番多い時期なのです。(97年6月柴田哲孝著‘独断と偏見の動物学’より)

 西表島では、特別天然記念物並びに国内希少野生動物種に指定されているイリオモテヤマネコの死亡要因として交通事故の占める割合が高いため、平成7年より交通事故防止のためのキャンペーンを行っています。過去の統計から交通事故は冬季に多い傾向にあるので、期間は12月から2月に設定してあります。毎年、西表国立公園管理事務所が中心となって関係機関の連携のもと一般市民よりアイディアを募って行っています。(99年の応募のお知らせより)

  1. 交通事故対策としてのエコロード

以上のような交通事故を防ぐための対策には大きく分けて次の2つがあると思います。1つは対ドライバー対策で、これには例えば警告標識の設置(北海道では89年〜)、野生動物の習性・事故危険地域を知らせるパンフレットの配布などがあります。しかし、この対策のみではやはり事故を防ぐのに限界があります。そこで、もう1つの対野生動物対策が現在注目されています。道路に野生動物のための通り道など動物のための設備を設置することがこれに当たります。いわゆる道路のエコロード化のことです。

エコロードの形態は実に様々なものがありますが、いずれにしても日本でのエコロードの歴史は浅く、その効果については未知の部分が大きいのです。今後調査を継続して行うことにより、対象となる野生動物の生態により合った物へと改善を加えることが重要だと言えます。

 知床半島では、国道334号線の斜里町宇登呂から斜里町日出間(20km)でエゾシカの交通事故が多発しています。そこで、この内の真鯉地区でエゾシカに配慮した道路造りが試みられています。内容は、道路の両側にエゾシカが入れないようフェンスを張る、反射板を設置したり道路脇の植生をシカが好まないものにしてシカを道路から遠ざけるなどです。そして道路に入ってしまったシカが外に出るためのワンウェイ・ゲートをいくつか設けてあります。その一方、シカが向こう側にわたるための工夫もなされています。道路下にシカが通るための歩行空間(橋梁)を造り、誘導柵と植樹による誘導を行っています。 なお、このことについては98年5月出版の大泰司紀之ら編著‘野生動物の交通事故対策:エコロード事始め’に詳しいので、興味のある方はそちらをお読み下さい。
実際の道路におけるフェンスの様子

 この両県を結ぶ国道108号線(13,7km)は動物専用の通り道や小動物の脱出用側溝などを全線にわたって採用した国内初の道路です。この道路はブナ林の広がる栗駒国定公園を通っており、周辺にはニホンカモシカ・トウホクサンショウウオなど貴重な動物(昆虫も含めて)が生息しています。このため、獣道を横切る道路下にカモシカ用の通り道をつけ、側溝に一定間隔で小動物脱出用側溝を設け、外灯は誘虫性の低いナトリウム灯を採用し、道路脇の斜面などにはブナの植林を行いました。(96年8月‘産経新聞’より)

 名護市や国頭村で生息域の分断を最小限に抑える橋梁形式、横断トンネル、横断トンネルに誘導するエコパネルなどを採用しています。

  1. おわりに

 野生動物と人との関わりを考える上で分かり易い題材だと思って交通事故について取り上げてみました。例はほんの一部しか挙げられませんでしたが、地域毎にそれぞれ事情があることだろうと思います。(もちろん、共通する部分も多いですが。) 確実に言えることは、交通事故と野生動物の生態とは密接に関わっているということで、対策はその生態に合ったものをとらなくては意味がないということです。

 これだけ調べただけでも、気付かない内に野生動物に迷惑を掛けていることがなんと多いことかと思いました。これを機に自分の住んでいる地域の野生動物の生態に目を向けて、ほんの少しでも配慮をしていただけたらと思います。

 また、誤解の無いように断っておくと、文中何度か出てきた給餌について、個人的には餌の不足する冬季に欠かさず定期的に行われる給餌は問題ないと考えています。希少動物を守るために行われている例もあるし、それで生態系が既に成り立っていると言える例もあります。問題はただかわいいというだけで無責任に餌を与えてしまうことです。そして、与えてしまいがちなお菓子ですが、油っこいまたは塩辛いものは野生動物の体にとっても本当に良くないです。何を与えるかというのも大事な問題なのです。

文責:S.A

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