手塚治虫著 「ブッダ」 8巻 からの抜粋

「ヤタラとブッダの問答」

ブッダ:「おまえはだれだ?・・・・・・・・・・」
ブッダ:「悪魔か神か?・・・・・・・・・・神なら返事をしてほしい 悪魔ならいくがいい」
ヤタラ:「おれ 神でも悪魔でもない・・・・・人間だ!!」
ヤタラ:「この世でいちばん不幸せな人間だ!!」
ヤタラ:「おま おまえ ぼ ぼうずだな!?」
ヤタラ:「ぼうず さあ 答えろ なぜ世のなか不幸せな人間・・・不幸せな人間と幸せな人間いるのか  なぜ なぜ そうなのか さあ答えろ!!」
ヤタラ:「答えろ!! 答えない 殺すぞ」
ブッダ:「わけを話すがいい・・・・・・・・・・」
ヤタラ:「おれ おっかさん ふたりいた  ひとり疫病で死んだ ひとりゾウに ふみつぶされた!!」
ブッダ:「おまえはじぶんがいちばん不幸な人間だといったが  その二人のおかあさんのほうがもっと不幸な人なのではないか?」
ヤタラ:「ウッ・・・・・ じゃ じゃあ おっかさん こ 殺した王子だ!! ルリ王子!!」
ヤタラ:「それなのに ルリ王子 罰うけない だれもとがめない!!   なぜだ!!」
ブッダ:「おまえの話では その王子は 本当は 実の息子 なのだな その女どれいの?」
ブッダ:「それがほんとうなら その王子は どれい階級の母親から生まれて いままで 育つあいだに どんなに苦しんだろう そして どれいとして母親をわざと追放し焼き殺す命令を出したとき心のなかは どんなに苦しかったろう」
ブッダ:「それを顔にもたいどにもださずに 王子として がまんしなければならない立場だったのだろう」
ブッダ:「その母親をにくむ気持ちとしたう心とがぶつかりあったとき その王子はどんなにもだえ苦しんだろう」
ブッダ:「その王子こそ不幸な人間だ・・・そう思わないか」
ブッダ:「そして苦しんでいる王子を見るにつけ、まちがって女どれいと結婚して王子を生んだ父親の王はもっと苦しんだろう」
ブッダ:「もっと不幸な人間ではないのか」
ブッダ:「おまえに見守られて死んだお母さんはまだしも、なにも知らずに焼き殺された女どれいたちはもっと不幸ではないのか?」
ブッダ:「ずっとたどっていくがよい だれもかれもひとり残らず みんな 不幸なのだ」
ブッダ:「この世に幸せな人間などありはしない」
ヤタラ:「ウッ・・・ウッ  ウオオオオオッ・・・・・・・・・・ウウ・・・・・・・・・・」
ヤタラ:「ウワア〜ア〜ア〜ア〜ア〜ア   ワア〜ア〜〜ッ ワ〜〜ワ〜〜ウワ〜〜 オオオ・・・ウ・・・ウ ウッウッウッウウッウッオ・・・ウ・・・」
ヤタラ:「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・     」
ヤタラ:「みんな不幸 そんなら なんで人間はこの世にあるんだ・・・・・・・・・・」
ブッダ:「木や草や山や川があるように 人間もこの自然のなかにあるからにはちゃんと意味があって生きているのだあらゆる物とつながりをもって」
ブッダ:「そのつながりのなかで おまえは大事な役目をしているのだよ}
ヤタラ:「この お おれがか・・・・・・・」
ヤタラ:「このオレに役目があるって? この役にもたたん オレが?」
ヤタラ:「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・     」
ヤタラ:「おまえ 不思議なこという・・・」
ヤタラ:「おれ・・・・・そんなふうに思ってもみなかった・・・・・・・・・」
ヤタラ:「じゃあ・・・おれ これから どうやって 生きていけばいい?」
ブッダ:「その川を見なさい」
ブッダ:「川は偉大だ 自然の流れのままにまかせて何万年もずっと流れている」
ブッダ:「流れを早めようという欲もなければ流れを変える力も出さないすべて自然のままなのだ!」
ブッダ:「しかも大きく美しい・・・・・喜ばれ そして めぐみをあたえてる・・・」
ブッダ:「おまえも巨人だ おまえの生き方しだいで 川のように偉大にもなれるだろうよ」
ヤタラ:「おまえ なんて名のひとか」
ブッダ:「わたしの名はシッダルタ」
ヤタラ:「シッダルタ! おまえ えらい人だ」
ヤタラ:「おれ おまえ 弟子にしてくれ おまえ 弟子になりたい ぜひとも」
ブッダ:「とんでもない わたしはまだ 修行中だ」
ブッダ:「おまえとおなじように 苦しんでいる最中なんだよ」
ヤタラ:「そうか では もしおまえ 修行が終わったら  えらい人 なったら おれ すぐかけつける 弟子にしてくれるか?」
ブッダ:「わたしはひとに教えてまわるような立場じゃない・・・・・・」
ヤタラ:「おれ いつまでも 待ってる! お おれ コーサラ国 帰る」
ヤタラ:「シッダルタ おまえ おれ 生きるのぞみ 教えてくれた・・・・・」
ヤタラ:「あり ありがとさん」

ブッダ:「なんということだ わたしがひとにものを教えるなんて・・・・・・・・・・」
ブッダ:「あの男はわたしをたたえてくれた・・・あの男は・・・もしかしたらわたしをためす神だったかも・・・そうかもしれない」
ブッダ:「なぜ なぜ わたしは なぜさっきあんなことをいったのだろう? おもわず口からでてしまった わたしが考えもしなかったことばが!」
ブッダ:「木や草や山や川があるように 人間もこの自然のなかにあるからにはちゃんと意味があって生きている」
ブッダ:「あらゆるものとつながりをもって!」
ブッダ:「もしおまえがいないならばなにかが狂うだろう おまえは大事な役目をしているのだ」
ブッダ:「わたしが あの男にしゃべったことばは わたしが 自分自身に教えたんだ!」
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ピッパラの樹の下で悟りを開く


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