続・とある少年の悲劇に対する考察
        [閉幕拒否する人々に対する考察]
                            2000 阿修羅王


 第十章 [緊張とその緩和]


 変化は、思い切り甘えたミサトの声と共に、突然にやってきた。
「…嬉しいっ〔はぁと〕」
 シンジ少年は、いきなり自分の口に発泡性の冷たい液体を注がれて、硬直した。
 一瞬遅れて、少し強い苦みと、やわらかな感触がそれにつづいた。
 さらに一瞬遅れて、濡れた暖かいものが、自分の歯の間を滑り抜けて、自分の口
の中を思う存分蹂躙する感触。
「んんんんっ!!?」
「んふふっ〔はぁと〕んぅっ…むっ…」
「…な…な…なっ…!」
 一瞬の間に、ミサトは、片手のエビチュのジョッキをあおり、そのまま、シンジ
少年におもいきり[口移し]をブチかましたのである。
〔んふふっ!前回、いいところで邪魔されたからねぇええっ!どう、アスカ!?〕
 ぶわぁああっ!
 今度は、アスカの全身から先刻のミサトに匹敵する殺気が噴出する。
〔…はっ!〕
 じたばたと必死に暴れるシンジ少年を、がっちりと背中と頭に両手を回してキー
プし、思う存分にその反応を楽しんでいたミサトの、酔いどれとはいえ軍人のカン
に、聞き捨てならない音が走ったのである。
 シュカッ!
 コキッ…
〔じゃ、次にくるのはっ!〕
 反射的に、シンジ少年を突き飛ばし、自分も後にはねとぶミサト。
 パァン!
 一瞬跳ね上がった閃光の中で、ミサトの漆黒の髪の数本をひきちぎって、コンク
リートの壁に、ビシッ!と銃弾がめりこんだ。
 最初の音は、衣服を跳ね上げて、ホルスターから拳銃を抜き放つ音。
 二つ目の音は、ハンマーを上げるか、安全装置を外すときの金属音。
 三つ目は、言うまでもなく銃声である。
 こちらは警告なしで発砲したワルサーPPK/Sを肩の高さで片手保持している
のは、当然、アスカ嬢である。
「い、いきなり何すんのよっ!!」
「あぁら、ごめんなさぁい、暴発したみたぁい〔はぁと〕」
 ちなみに、ワルサーPPK/Sはシングルアクション〔一発目は、ハンマーを起
こさないと射撃できない〕であり、安全装置も精度が高いのであるが。
 それ以前に、一瞬前までミサトの背中があった場所に正確にめりこんでいる銃弾
の位置が、アスカの発言を容赦なく裏切っていた。
「………」
「………」
 無言のままに、殺気が高まっていく。
 ミサトの手の中で、エビチュのビンのフタがジャラリと跳ね、いったんさげられ
ていた、拳銃を握ったままのアスカの手が、じりじりと持ち上げられていく。

 ちなみに、マンションの隣室で、前回の事件ではアスカの護衛にもついていた、
ダークスーツのガード二名…ちなみに若いほうが小林、年配の方が佐藤である…が
待機していた。
「先輩、突入しなくていいんですか!?住宅地内で発砲ですよ!?」
 すでにデトニクス・45オートを抜いているガード小林の声に、年配のガードの
佐藤が煙草をもみ消しながら首を振る。
「まあ待て…いま行っても、出た瞬間にこちらの生命が危険にさらされるだけだ。
とりあえず、もう少しだけ待ってみろ…鈴木と田中の二の舞になりたいのか?」
 ちなみに鈴木と田中とは、アスカがブティックに行く際に護衛につき、アスカが
試着室に入る際も、店の入り口前で待機していたガード二名の名である。
 精鋭といっていいガードたちである。一人になり、周囲の視線からも消える試着
室が、非常に危険であることは幾重にも承知していた。それだけに、周囲の変化に
しっかり目を光らせていたのだが、彼らの苛烈な訓練は正しくは報われなかった。
 突然響いた、試着室の中のアスカの小さな悲鳴に、機敏に反応し、ためらわずに
突入したのであるが、理不尽にも、二人共に入院生活を送るハメになった。
 まず先発で突入した鈴木氏が、アスカの下着姿を目撃すると同時に、握り締めた
拳の小指からねじりこむようなコークスクリューブローを顎に食らって昏倒した。
 ちなみに現在、彼はまだ意識が戻っていない。労災が適応され、莫大な保険が
おりたことが、せめてもの救いであろうが…[乙女の恥じらい]の成果である。
 一瞬遅れてバックアップの田中が突入した瞬間、彼が目撃したのは、倒れている
同僚と、下着姿のセカンドチルドレン。そして、その手元にあるミニスカートであ
った。この場合、精鋭なだけに、彼のカンが鋭かったことが、悲劇を大きくした。
『…ま、まさか、今の悲鳴は…もしかして…スカートのサイズが、きつ…』
『記憶を失えぇーい!!』
 言い掛けた言葉を断ち切る、アスカの声と痛撃。彼の意識は、そこで途絶えた。
 下からすくいあげるようなボディーブローを二発、立て続けに鳩尾と脇腹に食ら
い、内臓損傷とアバラ四本の骨折で、今だに彼も入院生活を送っている。
 以上が、ネルフのガードの間で、
[セカンド・ブティックの乱]または
[パンドラの箱を開けたものの末路事件]
 と呼称され、語り継がれている事件の顛末である。
 ともあれ、年配のガード、佐藤氏は、愛銃グロッグ17〔旧型〕の予備弾倉を確
かめながら、会話に耳をそばだてていた。
「まだ、俺達の出番じゃない…」
「いま止めないで、いつ止めるんですか!!」
「もうちょっとあと。」
「は?」
 若い同僚の声に、やれやれと頭を掻きながら、ぼそぼそとこたえる佐藤氏。
「具体的に言うとだな、作戦部長とセカンドがお互いに噛み合って、いくぶんかで
も二人の戦闘能力が低下したとき。さらに具体的にいうんなら、二人が戦力を削り
あって、俺達でも死なないように取り押さえられるまで待て、っていう事だよ。」
「………」
「………」
「…感動しました。もっともです。」
「じゃ、そういうことで。」
 二虎競食の計とでもいおうか、ともあれ、実戦を潜り抜けてきたものだけに、自
分が生き残るための手段は考えてたということである。本来ならば、任務はほって
おいて、可能なかぎり早く脱出したいのだが、プロとしての誇り云々はともかく、
給料だけは死守せねばならない。
 二人のガードが、息を殺して隣のベランダからうかがうなか、突然、目標の二
人の緊張をはらんだ動作が、予想外の声で断ち切られた。

「いい加減にしてよ、二人とも!!」
 突然響き渡った声は、シンジ少年のものだった。
「なんで、喧嘩ばっかりするんだよ!少しの間だけど、お別れなのに…」
 若干、アルコールの力が勢いを増していたのかもしれないが、それでも、予想外の勢いに、
呆気にとられて動きを止める二人。
「でも、シンちゃん!」
「だって、ミサトが…」
 二人同時に弁解しようとするのを、シンジ少年の声が断ち切った。
「喧嘩をやめないなら…本当に、出ていっちゃうからね!」
 効果は絶大だった。血の気の上っていたアスカの顔から音を立てて血が引き、
ぶわっとミサトの目に大粒の涙が溢れる。
「ふ、ふん…わるかったわよ!ちょっと、興奮しただけよ!」
「うぁああん!ごめんなさぁい!だからそんなこといわないでぇええ!!」
 二人の答えをきいて、シンジ少年は、満足そうににっこりと微笑んだ。
「じゃあ、約束だよ。ちゃんと、戻ってくるから、二人も仲よくね。」
「…フン!わかったわよ!」
「…うん。約束…」
 アスカが若干膨れつつも銃をホルスターに納め、ミサトもまだひっくひっく言い
ながら、ビンのフタを捨て、やっと宴会が再会された。
 当然、潜んでいた二人のガードが、全身で安堵のため息をついたのは、言うまでもない。
死に直面する機会が、シンジ少年のおかげで一回分減ったのだから…
「ミサトさん、もう、泣かないでくださいよぉ…」
「だってだって、シンちゃんが戻ってこなくなるなんて、いやだものぉ…」
「ほらほら、必要以上に接近しない!!」
 これ以上ミサトの跳梁を許さないようにか、今度はアスカも反対側の位置をキー
プすると、また、今度はできるだけ破局に遠そうな話題を肴に、呑み始める。
 と、アスカが、ワインのグラスを手に、ちょっと座った視線をシンジ少年に向け
はじめた。もともと、色白な肌に薄く血の気が上っているのが印象的である。
「…ふふーん、ちょっと、バカシンジ。ミサトの一件は引いてあげるけど…今度は
アタシの杯も、受けてもらうわよ?まさか、嫌とは言わないわよねぇ?」
「えっ!?」
「アスカ、あんたまさか…」
 一瞬体ごとあとずさるシンジ少年と、今度はビールビンを手に取るミサト。
「あ、いっとくけど、アタシはミサトじゃないんだから、口移しなんて言わないわ
よ。ミサトだって、冗談でやったんだろうし。大体、たかだかバカシンジがキスさ
れたぐらいで、アタシが対抗意識を燃やすはずがないでしょ?」
 その台詞の大半が嘘全開であることは、シンジ少年以外のその場にいる全員が気
付いていた。シンジ少年はシンジ少年で、アスカのいつもの独特の言い回しだと思
っていて、再び安心したようにため息をついていた。
「ええと、じゃあ、少しだけ…」
「大丈夫よ、甘口のだから、そんなに渋くないし。」
 アスカが、シンジ少年にグラスを手渡すと、ワインクーラーから、新しい白ワイ
ンを取り出すと、手際よく封を切った。
「ふふん、アタシのお給料からかっておいた、とっておきなんだから、大事にのみ
なさいよね。ほら!」
「あ、うん、ありがとう。」
 手ずから、シンジのグラスに半分ほど、ワインを注ぐアスカ。そのまま、空にな
っていた自分のグラスにも、わずかに緑がかった透明な冷たい液体をそそぐ。
「じゃ、もう一度乾杯ね。」
「うん、乾杯…」
 つい、と自分の眼の高さにグラスをかかげて、二人はグラスに口をつけた。

                               つづく


 みなさまへ

 皆様、お久しぶりです。まず、お詫び申し上げます。五ヵ月も間が空いてしまい
ました・・・(涙)本当に長い間、死にかけていましたが、ようやく長期のスラン
プから脱出して、8、9、10章をお届けいたします。
 私の身に起こり、今年の夏を丸ごと使いきった騒動は、愛好版にあるとおりです
が、加えて就職面接、卒論の作成等が重なり、青息吐息でしたが、皆様からの何通
もの叱咤激励のお手紙により、なんとか3章分をかきあげました。11章、12章
も大枠は書き終えて、現在手直し中です。
 しかし、ことここにいたっても、予定のイベントは半分もこなしておりません。
どうやら、20章以上の長さになりそうですが、お暇なかたは、寛容の心でおつき
あいくださいませ。
 では、次章でまた、お会いいたしましょう。



[管理者のコメント]

お久しぶりです、阿修羅王さん!
色々と大変だったようですが、無事復活されて何よりです。
影ながらですが応援してます。これからも頑張ってください。
さて、一挙に3章の新作公開です。
シンジはいよいよ、コンフォート17を出ていくんですねぇ(寂)。アスカあーんどミサトのリベンジはなるのか。
最後にアスシンの雰囲気がいいだけに、続きが楽しみであります。

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