21章 「それぞれの夜更け」

 シンジ少年の命と将来を守ると決心する一方、別の意味の「将来」を虎視眈々と狙うリツ
コ。ふと、燃え上がる理想と、別の要因から、顔と身体が火照っていることを自覚する。
 一つため息をついて、枕元のパネルに指を伸ばす。
 と、天井が、広大なモニターに変わって、薄くブルーに光り始めた。
 普段は、白いパネルになっており、絵画や、環境映像や、星空を映し出すことも出来るの
だが、今回は当然、シンジ少年の部屋のカメラと連動させている。
(指向性マイクとリンク・・・赤外線モード・・・オン・・・
 ごめんなさい・・・シンジ君・・・)
 映像技術の進歩ぶりを見せつける鮮明さで浮かび上がるシンジ少年の私室。
 首までタオルケットにくるまり、目をとじて、切迫したような呼吸を繰り返すシンジ少年
が映し出される。
 そして、高感度の指向性集音マイクは、枕元のスピーカーに、シンジ少年の悩ましい呼吸
音と、摩擦音を伝えてくる。
 起きている時の思考の8割方が「性」に向いている思春期の青少年として当然ではあるが。
 リツコは、知らぬままに、自分の身体に指をはわせていた。
(シンジ君・・・シンジ君・・・)
(私の身体で、興奮してくれたの?)
 自分の唇をそっと舐めながら、リツコは身体をくねらせてモニターを凝視した。
 タオルケットで「現場」が見られないのは残念だが、かえって、その中でなにが行われて
いるか激しく想像力を刺激して、リツコにとって、かえって直視するより官能的だった。
 シンジ少年の呼吸が、いっそう激しくなるにつれて、リツコの唇からも、押さえきれない
呼吸と声が激しくなっていった。
「ああ・・・ぅあ・・・ん・・・・シンジ君・・・シンジ君・・・」
(あ・・できたら、一緒に・・・)
 その瞬間、リツコの耳に、マイクを通して、シンジ少年の声が細く届いた。
「ああっ・・・!リツコさん・・・っ・・・!!」
(!!!!)
 そのつぶやきを耳にした瞬間、リツコの全身が、意識から離れて激しく歓喜に震えた。
(・・・ああ・・・シンジ君・・・)
 そのまま、赤城リツコ博士は、心地よい気だるさに包まれて、意識を失っていった。

 幸福そうに子供のように深い眠りに沈んでいくリツコ博士と違って、様々に「若い」シン
ジ少年の部屋では、彼が眠りにつくまでさらに大量のネピアティッシュが消費されたが、い
ちおう、深夜すぎには彼も様々な波乱があった一日を終えて、すとんと深い眠りに落ちてい
ったのであった。


 夏に固定されてしまった季節でも、日が沈めば、空気は、水分を含んだ涼しさを持つこと
もある。綾波レイは、深夜の空気を楽しむように、一人、家路をたどっていた。
 色素の薄い自分は、太陽の強い光は苦手なのだが、夜の散歩は好ましいことだった。
 なにより、今日は、いろいろな状況の進歩があった。
(戦略と、戦術は、有効なものを選択できたわ・・・・)
 第三新東京市の夜空は、深夜と言うこともあって、かなり多数の星が見られた。
 夜風が、自分の青い髪を、大きくなびかせる。いろいろな植物の匂いが感じられる、混沌
とした、そして、清涼な風だ。
 一つ一つ、頭のなかで「戦果」の確認をしていったときに、自分の治療を受ける、碇君の
顔を思い出した。
(あんなに近くで、碇君を見つめたのは、どれぐらいぶりだっただろう?)
(前の、一件以来ね・・・・・)
 あのとき、シンジ少年は、自分の隣で仮眠していた。そして自分は、碇君の手を軽く抱き
しめて、碇君に接触しながら睡眠をとったのだった。
 今までにないほど、心地よい休息だった。できれば、もっと強い接触をしたかったが、そ
れは別の機会にしておいて、やはり良かったのだろう。
 もう一度。いや、許されるなら、もっと、もっと、あの時のように過ごしたい。
 自分の、胸に抱きしめた碇君の腕。碇君が眠った後、そっと絡めてみた足の感触。思い出
すたびに、心拍と体温の上昇を自覚する。
(今日も・・・)
 シンジ少年の額を消毒するときに、短い時間だが接触できた。
 自分のものより柔らかくてさらさらした髪。少し抱きしめるような姿勢をとってしまった
肩。それに・・・少し、自分の胸に接触させてしまった、碇君の顔。
(碇君は、気づかなかっただろうか?)
 彼の鼻先が、服に包まれた乳頭をこすったときの感触を思い出して、いっそうの心拍と体温の
上昇を自覚するレイ。
 ふと気がつくと、自分のアパートの前まで到着していた。
 赤い瞳に、静かな決意を燃やして、レイは、自分の部屋のドアを開けた。
 明日からは、また、別の戦いが始まる。今日は、後は早く休もう。
碇君の選んでくれたパジャマに着替えて、そして、碇君の買ってくれたシーツにくるまれて、
碇君のことを考えながら睡眠をとろう。
 綾波レイは、自分では意識していなかったが、唇に、他の人が見てもわからないほどの微
笑を浮かべて、静かにドアを閉じた。

 一方、同時刻。
 シンジ少年の一時不在となったコンフォート12、葛城ミサト邸では、台風もまだ穏やか
だと思えるほどの惨状となっていた。
 あっちに一人、こっちに一人と、ミサト・アスカはともかく、日向マコト・青葉シゲル・
伊吹マヤのオペレーター三人が力つきて倒れている。その周囲には、デリバリーのピザやレ
ストランの食器や包装、レトルトやジャンクフードの殻、さらに当然のようにビールやワイ
ンの空き缶、空き瓶がゴロゴロしていた。
 運び込まれた巨大なホワイトボードには、様々な軍事用語や数式、戦力配置図やプリント
アウトされた航空写真などが貼り付けてあったが、ところどころにシンジ少年の名前が確認
できる。
 どうやら、「シンジ不在の寂しい夜」を紛らわす意味もあって、オペレーター三人を緊急
呼集、シンジ少年奪還の戦略・戦術会議を開いていたらしい。
 喜んで参加したのはマコトぐらいもので、シゲルはミサトが自腹を切った特別給につられ
て、マヤに至ってはリツコが素早くあがってしまったのでシンジ少年の新居に遊びに行けず
おろおろしているうちに引きずり込まれてしまったのである。
 「情報収集」に少しでも役立てば、と思ったのだが、後半からはミサトの
「シンちゃーん・・・帰って来てぇ・・・!!!」
 の連呼と、アスカの
「やっぱり出来物のデリバリーなんて合わないわよ!シンジに作らせなさいよシンジに!!」
と叫びながらのヤケ食いに付き合わされると言う羽目になってしまった。
 エビチュビールの大瓶をつかんだままうつぶせで眠っているミサト。
 一応毛布が掛かっているのは、そばで撃沈されているマコトの心遣いだろう。
 おびえたように観葉植物の影で丸まって眠っているマヤ、何故かテーブルの下(安全圏を
求めていたらしい)で熟睡してるシゲル。
 そして、ソファを占拠して、大振りなワインの瓶・・・前夜、シンジ少年に飲ませていた
ものと同じもの・・・・を抱きしめて、ひっくひっくいいながら毛布にくるまっているのが
アスカであった。
「・・・何よ、なによ・・・シンジの奴・・・」
「・・・早く、帰ってきなさいよ・・・・」
「このアタシが、そう希望してやってるんだから・・・」
 ときおりしゃくり上げながらも、寝言をつぶやいている。
 そのわりに、時折、にへらと顔が崩れるのは、一体どういう夢を見ているのか。
 ちなみに、よく見ると、隣の部屋ではちゃんと一人だけ布団を敷いて、浴衣姿の冬月コウ
ゾウ副司令が、静かに寝息を立てていた。周囲と隔絶されたごとく、自分用らしい枕もきち
んと持ち込んでいる。
 オペレーターたちに召集がかかったときに、ミサトが儀礼的に声をかけたのだが、意外に
もその場で了承し、準備を一式そろえて参加していたのである。
 今晩のミサト邸での喧噪を感心したように眺めて、いつの間にか寝床を整えて眠っていた。
(ユイ君・・・誇っていいと思うよ、君の息子は、こんなに皆に愛されている・・・)
 眠りに落ちる寸前の心のつぶやきに、冬月は、一瞬、天使の輪を浮かべた白衣姿の生徒が、
照れたように微笑んだのを、見たような気がした。

 ・・・・・ちなみに、その冬月副司令の相棒・・・ネルフの司令であり、シンジ少年の父
親であるところの碇ゲンドウ氏は、その時、ガタガタ震えながら、自室で頭まで布団をかぶ
っていた。
 綾波レイ嬢に何を聞かされ、何を請求され、何を要求されたのか。また、何を差し出した
のか。悪相を真っ青にし、涙を流し、歯をガチガチならして冬月への直通緊急コールサイン
を秒間16連打していたのだが、いったん起きた冬月は、上着のポケットで鳴り響く(森の
熊さん)のメロディを止め、念のために電源まで切ってバッテリーを抜くと、また静かに夢
の世界へと戻っていったのであった。

 約一名の気も狂わんばかりの恐怖を別として、シンジ少年をめぐる人々の、様々な思惑を
含んだ夜は、静かに更けていったのであった。

 次章へ続く

 皆様、半年以上のご無沙汰でした。今回もまた、予定を大幅に超過してしまって申し訳あ
りませんでした。
 今回は苦しかったです・・・・なんとか、リツコさんとの生活の始まりを、納得行くよう
に書いてみたかったのですが、どうしてもうまくいかず、3回ほど頭から書き直しになりま
した。分かり切ってはいたのですが、自分の未熟さを再確認しました。
 とりあえず自分としては、なんとか納得がいくものを書いたつもりですが、いかがなもの
でしょう。一月に一章ペースで書いてはいたのですが、今回は一連の流れをまとめて書きた
かったため、6章まとめての発表になってしまいました。
 感想などいただければ幸いです。
 叱咤激励を寄せて下さった皆様、ありがとうございます!
 では、早速次章の執筆に取りかかります。できるだけ早い再会を、お祈りしております。

 阿修羅王





[管理者のコメント]

コメントなんだかんだで遅くなってしまいました、すみません。
着々としたペースで書かれていた様子に頭が下がります。私なんてもうさっぱり筆が進まないから羨ましい限りです(笑)
(あなたは犯れないわ・・・私が守るもの・・・・)
には笑いました。今回はレイがちょっかい?を出してきましたけど、次はアスカが登場するのかな?
アスカとリツコはあんまり接点なさそうなんで(アスカ→ミサト、レイ→リツコってイメージが強い)その辺がどうなるのかな。
続きも楽しみです。


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