プロローグ
あちこちで炎が上がっていた。周囲には金属製の巨大な破片が散らばっている。そこかしこから激しい黒い煙が立ちのぼっていた。もげた腕、砕けた胴体。あるものは高熱に貫かれ、溶け落ちていた。
 多くの屍が横たわっていた。動くものは何もなかった。巻き上がる煙が柱のように立ちのぼり、それを緩やかな風が、そう高くならないうちに空全体に広げて行く。
 そんな中に、一人の白い巨人の姿があった。呆然と立ち尽くしていた。
 「何故です!」
 巨人が叫んだ。女の声だった。
 「何故、こんなことを」
 巨人の見つめる先はたなびく煙で隠されている。
 だが、その向こうには、もう一人の巨人がいた。全身が深い緑色をして、体は逞しく大きく盛り上がっている。その姿を見ることが出来るならば、手にした銃は既に下ろされていることが判るだろう。
 しかし、白い巨人にはどちらでもよかった。一歩、一歩と近づいて行く。
 やがて煙を抜けて、その姿を捉えた時。
 白い巨人は見た。
 緑の巨人の頭上に巨大な黒い物が浮かんでいるのを。数は三つ。その姿はブーメランに似て、羽の部分を手前に向けている。
 音も立てず、揺らぎもせず、ただそこに、じっと滞空していた。
 緑の巨人は背を向けると跳躍して、爆音を轟かせた。背中から炎が吹き出す。
 そして、その姿は見る見る小さくなっていった。
 すると、ブーメランもその場でくるりと反転し、同じ方向に向かって、音も無く飛び去った。
 白い巨人の見つめる先には、もう何も無かった。
 「あれは、何だったんですか?」
 もう一人、巨人が近づいてきた。姿形は同じだが、今度は男の声だった。
 「解らない。あれは一体? 現状を報告せよ」
 巨人は向き直った。長い間、沈黙があった。
 「生き残ったのは、我々三人だけのようです」
 小さな声だった。
 「みんな、みんな、死んだ」
 男が呻く。震えて、涙声だった。この惨状ではそれも当然だ。
 「よし、もう一度生存者の捜索と救助。それが終わったら奴を追う」
 「本気ですか? 大佐に報告すべきでは? ほとんど全滅なんですよ」
 「基地と通信が繋がらない。それに命令は生きている」
 巨人が顔を向けた。あれが飛び去った方向に。
 追いかける。必ず。そして。
 土埃が巻き上がった。煙がかき乱される。
 その向こうに巨大な黄色い鉄の固まりが現れた。巨人達はそれに駆け寄った。


 人間が、増えすぎた人口を宇宙に建造された巨大な人口宇宙島、スペースコロニーに移住させるようになった宇宙時代。時は流れ、宇宙移民者達と地球に住む者達は戦争を繰り返してきた。その結果、多くの命が失われ、人々は疲弊し、人類の生存そのものが危ぶまれるようになった。
 宇宙移民者達の一部は、スペースコロニーを恒星間航行用宇宙船へと改造し、地球圏を離れ、他の恒星を目指して旅立っていった。
 そして、地球圏望別と呼ばれたそれは、約半世紀の間に人類に示されたひとつの道として、多くの宇宙移民者達が地球を後にした。
 その間にも大小様々な戦争が勃発し、その構図は地球中心主義者と、その支配から宇宙移民者を解放しようとするコロニー側との対立という図式へと集約していった。
 そして連邦軍と、宇宙移民者達が再結成したコロニー軍は、かつてない大きな戦争を起こした。
 この戦いは決定的に地球を荒廃させた。文化、技術・工業。文明は衰退していった。
 連邦軍は宇宙へと昇る手段のほとんどを失った。
 多くのスペースコロニーが巨大な廃墟と化していた。残った宇宙移民者達は月の裏側のラグランジュ2・ポイントに集結し、連邦軍に対抗した。
 連邦軍とコロニー軍の最後の戦いから二十年余り、二つの陣営は休戦という形を取り、表面上は静かな時間が過ぎていた。
 しかし、疲弊した二つの軍は、互いを牽制しながらも、やがてくる新たな戦いに向けて、軍備を拡大しようとしていた。
 休戦から後、戦いが全く無かったわけではなかった。
 地球では新たな勢力が台頭し始めていた。反地球連邦組織、ラスティアースと名乗る集団である。
 彼らは各地で連邦軍と小競り合いを続けていた。
 当初、ラスティアースは対した組織力も武装もなく、他にも存在する多くの過激派の一派と認識されていただけだった。
 だが、いつのまにか強力な兵器群、特に独自のモビルスーツすら持つようになっていた。
 頭上をコロニー軍に抑えられ、ラスティアースとの抗争が激化してゆく中、連邦軍に二つのモビルスーツの発見が伝えられた。
 それはコロニー軍との戦いの末期に製造され、最後の戦いの最中に行方不明となった、失われたモビルスーツだった。
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第1話 敗北