第8話 友
シュンがキャリアの窓から顔を出してみると、赤く染まり始めた空が目に入った。夕陽がそろそろ傾こうとしている所だった。
ホテルから戻って十数時間あまりの間、各小隊の隊員達は詰め所での待機任務に就いていた。あの後警察や他の支部の部隊がスコットらの追撃に当たっており、シュン達にはしばしの休息が与えられていたのである。
だが先程スコットらを港の方に追い詰めたとの知らせを受け、再び出動命令が下った。そして今、こうして駆けつけたのであった。
シュンの顔からは疲れが抜けた様子が見られない。まだ戦闘の興奮といつ出動命令が下るかという緊張感で、待機中満足に休めなかったらしい。
そんな所へ通信が入った。
「聞こえますか?」
「ああ」
ミズキへの返事もそこそこに、シュンは座席にぐったりと体をあずけた。
「詳しい人数はわかりませんが、今敵は目の前の大きな倉庫に立てこもっているらしいです。例のガンダムとドム系以外のMSは全て乗り捨てたらしく、大した戦力は残っていないと思われます」
「人質は?」
「いえ、幸い倉庫が無人で人質はいないとのことです」
「それと、今度は連邦の奴らはいないだろうな」
「はい、おそらく・・・」
「なぁ、さっきの話なんだけど」
 シュンが横から口を挟んできた。
「シュン? どうしたの」
 外で他の隊長らと話しているサカキを見ながら、少し思い切った様子で質問を投げかけた。
「SRCにいるっていう隊長の知り合いさ、ほら、引き上げる前にお前と話した」
「あー・・・うん、思い出した」
「もしかしたらさっき俺とハタさんがやり合った、あのドム系の奴に乗ってたかもしれない」
「どしたの急に?・・・まぁ確かに隊長の様子、ちょっとおかしかったけど」
「仮にこれが本当で、俺が隊長の立場だったら耐えられねぇなって思ってさ」
「シュンの性格だったらムリだよね・・・ってあたしもか」

 実際にMSも収容可能の大きな倉庫の中にいたのは、なんとスコットとトゥエルの二人だけであった。他のメンバーはスコットらを逃すために途中で別れてしまったらしく、連絡もつかないままである。
 逃亡の疲れからか二人の間の会話はなく、スコット近くの荷物に腰を下ろし、トゥエルはただガンダムの足元でうずくまっている。
「そろそろ・・・動くか」
 ふいに、スコットが立ち上がった。
「行くって・・・どうするの?」
トゥエルが、じっとスコットの方に視線を送った。
「行ってどうにかなるの? ここから脱出できるの? 逃げられるの?」
「大丈夫だ。お前だけは何とかする」
「逃げたとしても、またあの場所に連れ戻されるだけでしょ」
「トゥエル」
 スコットは彼女に近寄ると、ちょうど目の前の辺りでかがみ、穏やかな口調で話し始めた。
「俺は、お前が普通の人間に戻れる方法を知っている」
「戻れるって・・何言ってんの!?」
「いいから聞くんだ。・・・GFEの事は知っているな?」
 トゥエルはわずかにうなずく。
「おそらく表の部隊の中にいるだろうが・・・そこに俺の親友・・いや、戦友がいる。お前のことは、そいつの元でかくまってもらおうと思う」
「ちょっと待って、いきなり何言ってんの? そんなのいるわけ・・・」
「いるさ」
 トゥエルは思わず反論しようとしたが、スコットの顔を見て思わず言葉を詰まらせてしまった。
「俺の戦友だ。何よりも信頼できる男だ」

倉庫の扉が開いたのは、サカキがキャリアに乗り込もうとしていた所である。その場に一気に緊張が走り、シュン達も思わず外に飛び出してしまった。
 中から出てきたのはスコットとトゥエルの二人である。彼らはわずかに開いた扉から出てくると、そのまま前に歩みを進める。そして倉庫とGFE側のちょうど間くらいで立ち止まり、ゆっくりと両手を上げた。
「私はこの通り、凶器は何も携帯していない。ただ、話し合いがしたい」
 確かに見た限りは凶器を所持しているようには思えないが、それでも相手の警戒が解かれることはない。
 やがて前の方に止まった車の中から、一人の男が出てきた。
「それは我々も望む所だが、自分達の置かれた状況がわかっているのか?」
 見るからに警察の人間であるその男は、どうやらこの場の陣頭指揮をしているらしい。
「それはこちらのセリフだ。中にはガンダムがいることは知っているだろう? 他のMSもすでに臨戦態勢に入っている」
 敵の戦力が詳しく把握されていないだけに、これには警察も黙ってしまう。続けてスコットは、驚くべき事を言った。
「そちらの代表者は私が指名させてもらう。・・・後ろのGFE部隊にサカキという男がいるな」
 これには、その場にいたGFEの人間全てが驚いてしまった。ただ第3小隊を除いては。
「隊長」
 シュンが心配そうに声をかける。
「行ってくるよ」
 そう言い残してキャリアから降りると、サカキはゆっくりと前に歩き出した。顔を照らす夕陽のまぶしさを手で遮りながら、その顔はどこか嬉しそうにも、悲しそうにも見える。
 途中で何やら話し掛ける警察をかわしながら、太陽を背にしたスコットの前まで来て立ち止まった。
 じっとスコットの顔を眺めた後、真剣だった顔がにわかにくずれた。
「よく、いるってわかったじゃないか」
「俺の戦場でのカンは確かさ。知ってるだろう」
「まあ、積もる話もあるんだが・・・」
 サカキはチラッと後ろを眺めると、少し苦笑いをした。
「そうもいかないからな・・・単刀直入に話してくれるかい」
 スコットもわずかに笑った。
「何も言わずに、この子をお前の元で保護してやってくれないか」
「この子を?」
「名前はトゥエルだ」
 トゥエルはずっとうつむいたまま、押し黙っている。
「・・・・ああ、任せてくれ」
 サカキは少し考える素振りを見せたものの、すぐに了解した。トゥエルは黙ったままであったが、スコットに押されサカキの隣まで来で向き直った。
「それで、お前はこれからどうする?」
「さあな」
「さあなって・・・何を」
 サカキが質問をしようとした途中で、スコットは後ろを向き歩き出してしまった。そして途中で止まり、そのままの状態で話し始めた。
「・・・俺はここまで来た事は後悔していない。お前達を裏切って軍から抜け出した事も、ジオンの名を語るゲリラに身を落とした事も・・・それだけ言いたかった」
 そう言うと、スコットは再び歩みを進めた。
「わかってるさ。会えてよかったよ」
サカキはポケットに手を突っ込んだまま、少し声を張って呼びかけた。それにスコットも手を上げて答えた。
二人が戻ってくるとすぐに、サカキの元へさっきの男が寄ってきた。
「君、どういうことなんだ? その子はなんだ?」
 矢継ぎ早に出される質問にサカキが対応している時、トゥエルがハッとした様子で何かに気がついた。
「まさか・・・・」
 すると突然、彼女は倉庫の方へと走りだしたのである。途中で警察官数人に止められたが、それでも振りほどこうと必死になっている。
「スコット! スコット待って!」
「トゥエル! どうしたんだ一体」
「離して! 離してよ!!」
 サカキも彼女の元へ駆け寄り、必死に落ち着かせようとする。しかしそれでも彼女は叫びつづけた。
「スコット!!」
 トゥエルがそう叫んだ瞬間だった。
「ドオオオォォ・・・ン・・・」
 倉庫から凄まじい爆炎が上がり、轟音が辺りに鳴り響く。大爆発であった。
「スコット!・・・スコットぉ・・・」
 やがて現場に混乱が訪れ、騒然とした状況になった。すぐさまサカキの所に第3小隊の隊員達が駆け寄ってきた。
「隊長! 無事ですか!?」
「俺は大丈夫・・・それよりあいつを・・・」
 しかし倉庫は紅蓮の炎に包まれ、もはや隊員達も呆然と立ち尽くすしかなかった。




今日もキャリアの運転席で、あの3人が何やら話している。
「やっと終わりましたね」
「終わったというか、一つの区切りはついたよ」
「あいつも、ずいぶん変わりました」
「成長・・・したんだろうな」
この日、一連の旧SRCによる事件の捜査が打ち切られた。前年に発表されたジオン共和国政府の自治権放棄の正式な会見がTVで大々的に放映され、地球や宇宙で昔を知る人々は時代の移り変わりを感じていた。
 あの港での事件の後、トゥエルはスコットに言われた通り、サカキの元へと身を寄せている。当然彼女を付け狙う不穏な動きがないわけでもないが、婚約者のアヤセを始め、第3小隊の皆の協力もあって何とか普通の暮らしをしているらしい。
 第3小隊は相変わらず忙しい日々を送っている。大きな戦いの後とは言え、反地球連邦を掲げるゲリラや組織による犯行は依然として各地で起こり、新たな戦争の火種は確実に存在している。
「2人とも、もうすぐ現場に到着します」
「了解」
彼らの忙しい日々は終わりそうもない。
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