第2話 シミュレーション
リフレッシュルーム。
ネオンは激しい焦燥感に襲われていた。
初出撃で挙げられた戦果がMSたった一機だったのである。
一機も落とせ無かったよりはマシだが、この結果は実験部隊では役立たず以外の何者でもない。
(所詮まだルーキーって事なのか・・・。)
椅子にかけ、うつむいたまま下唇を噛む。
その時、ドアが開いた。
入ってきたのは、メカニックのクラックだった。
「どうしたんだよ、シケた顔して。」
からかわれてるようで、きまりが悪い。
「大方、結果のことだろう?確かに戦績は悪い。だがな、動きは悪くは無かったぜ。」
ネオンは、うつむいていた顔を上げた。
「それは・・・どういう意味ですか・・・。」
クラックはニヤリと笑って言った。
「ついてきな。どういう意味か教えてやるよ。」
ネオンはクラックについてMS格納庫に向かった。

戦績報告書を読み終えると、シージ艦長は飲み終えたコーヒーを置いて、ふと考えた。
新米のネオン伍長・・・やはり、どこかで会ったような気がする・・・。
「どうしたんです?艦長。」
ルーチェが尋ねた。
「いや、ちょっと考えごとがあってな。コーヒーを頼む。」
「はい。」
カップを受け取ると、ルーチェは出て行った。
だめだ・・・思いだせん。
今年で55か・・・。
シージ艦長は衰えた自分の記憶力を呪った。

「よっしゃ、始めるぜ。」
MSのコクピットの中、ネオンは身構えた。
シミュレーションが始まった。
敵が画面に現れる。
ロックを合わせて撃墜していく。
始めのうちは順調だったが、次第に敵の数が増え始めた。
そして、それにつれて落としきれなかった敵が攻撃してくる。
攻撃を回避しながら、敵を撃つ。
それでも敵の弾の数がどんどん増えていく。
ネオンは回避スピードを上げた。
ロックカーソルがぶれだした。
(これは!あの時と同じだ・・・!)
撃つ。
当たらない。
仕方なくスロットルを全開にして離脱した。
「どうだい?解ったろ。」
クラックがのぞきこんだ。
「これは・・・。」
ネオンは驚いて言うと、
「さっきの戦闘を分析してプログラムを組んだんだが、うまくいったようだな。」
クラックが自慢げに言った。
「さっきのシミュレーションで気づいたかも知れないけど、あんた、近くの敵に無理にロックを合わせようとしてるんだよ。几帳面なんだよ変なとこ。」
クラックはシミュレーションのディスプレイを切りながら続けた。
「遠距離の場合はそうでもないが、近くの敵をロックしたままブーストすると機体がぶれてロックが甘くなるのさ。今度からは遠近感をもう少し考えな。」
「僕のためにわざわざ組んでくれたんですか・・・。参考になりましたよ。」
礼を言おうと再び口を開こうとすると、
「礼ならいいぜ。MSをベストコンディションにもっていくのはオレの役目だが、パイロットにMSになじんでもらうきっかけを作るのもオレのようなメカニックの役目なのさ。」
と、気取って言った。
ネオンはリフレッシュルームでからかわれているように感じたことを恥じた。
「そうそう、動きは悪くないってのは、回避に関してはかなりいいデータが出ていたからなんだよ。あんたは伸びるぜ。」
クラックはそう付け加えると、コクピットを出た。
ネオンも続いて出る。
「あの、クラックさんはコーヒーは好きですか?」
配属されてからまともに話をしたのは、ルーチェだけである。
せっかくのチャンスなので、ネオンは聞いた。
クラックは上機嫌で返した。
「クラックでいいぜ。ああ、好きだが?」
「それでは礼と言ってはなんですけど、今度うまいコーヒーをご馳走しますよ。」
「ははっ、楽しみにしてるぜ。」
2人はMS格納庫を後にした。
話ができる人間が増えてよかった、とネオンは思った。
ネオンに言わせれば、知り合いの誰もいない職場に送られるのは、砂漠で一人置いてけぼりを食らったようなものだからだ。

自室に戻ったネオンは、ノートパソコンを開いて立ち上げた。
そして、メールを綴り始めた。

「リオンへ。
 
 実験部隊最初の戦闘が終わった。
 全くとんでもないとこだよ、ここは。
 戦艦3隻とMS9機を俺も含めてもたった5機のMSで全滅させたんだ。
 俺以外のパイロットは恐らく全員エースだということは間違いない。
 本来なら、お前みたいなニュータイプってやつのいる場所なのかも知れないが、どういう理由か俺が配属されてる。
 ところで、お前の新型MS開発チームの方はどうだ?
 前に『ガンダム』を造ると言ってたよな。
 完成したら、こっちにまわしてくれるとありがたい・・・なんてな。
 気をつけて頑張れよ。
 では、またメールを送る。
  
                                           ネオンより     」

このメールを書き終えると、今度は別の人間宛てにメールをもう一通書いた。

「ジックへ。
 
 こっちは初めての仕事が終わった。
 どうやらここはエースパイロットぞろいの部隊だ。
 たった5機のMSで戦艦3隻とMS9機を落としたと言えばその凄さが解るだろう。
 君の補給部隊はどうだい?
 とりあえず、話のできる人間はできた。
 僕は何とかやっていけそうだ。
 いつかまた会おう。
 必ず。
 
                                           ネオンより     」

二通のメールを送信すると、ネオンはノートパソコンを閉じた。
次の出撃まで仮眠を取ろうとベッドへ横になった。
しかし、あれこれと色々な事を考えてしまう。
慣れないうちはこんなものだ、と頭では解っていてもやはり自分に嘘はつけない。
その頭の中には特に三つ気になる事があった。
一つ目は配属された時にシージ艦長が言った言葉だ。
(「どこかで会ったかね?」)
シージなんて人間には今の今まで会ったことはない。
初対面のはずだ。
次に二つ目はこの部隊に自分が配属された事だ。
自分で思うのもなんだが、成績は優秀な方だった。
しかし、ここはエースの部隊だ。
前の戦闘でそれが確信できた。
落ち着いて考えると、いきなりそんなところに士官学校を出たばかりの新米が入れるものだろうか。
そして三つ目は家族の事だった。
父は前は軍人である部隊の艦長をしていたと聞いた事があった。
今はアナハイムに転職し、エゥーゴのバックに回っている。
母と妹はサイドWの別のコロニーにいる。
弟はひょんな事からMSに乗ってしまい、後に軍で受けた検査でニュータイプ適性が発覚。
一年戦争の時に見た放送で、「ガンダム」の活躍に憧れていた弟は彼の希望でMSの技術部の仕事に就いた。
「ガンダム」を造る事があいつの夢であり、目標だったな。
「やっぱ、眠れないか・・・。」
ポツリとつぶやいたネオンは、次の出撃はいつになるのか、とフと思った。
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