第5話 クイーンローズ・ハマーン(前編)
 この日の厨房には、2人ほど珍しい顔があった。ディアナとシャクティである。
 真新しい白衣に身を包み、長い髪を器用にまとめ、口数少なくそれぞれの作業に没頭している。
 彼女らが手伝いを直訴したのは昨晩のことである。初めこそ2人のプリンセスの申し出に驚いた調理スタッフ達であったが、本人達の強い希望もあり受け入れることになった。
「ちょっと、そこのお塩を取って下さるかしら」
「あのディアナさん、洋食のデザートの方は……」
 てきぱきと仕事を進めるディアナに、料理長は恐る恐る質問をした。
「それなら仕上がりました。そこのテーブルにあります」
「あ、ありがとうございます」
 そう言う言葉がわずかに震えている。明らかに恐縮しているのがディアナにも伝わっているのか、彼女はにこりと微笑んで見せた。
「チーフ、シチューの味見お願いします」
 と、鍋に付きっきりだったシャクティからもお呼びが掛り、料理長ははいはいと足早に向かう。
それを見ていた他のスタッフが思わず、
「あの2人さ、こういう仕事もしてたのかな」
「バカ、そんなわけないじゃん? お姫様なんだし」
「でも上手いよね…あたし達の仕事も取られそう」
 それ程、彼女らのシェフ姿は板についていた。


その頃、ブリーフィングルームにて。
この日の定例ミーティングの議題は、先日のクロスボーン・バンガードとの接触についてである。
「……次に、C.V.の戦力について現時点でわかっている情報を説明する。セイラ」
「はい」
 ブライトに呼ばれ、書類を抱えたセイラが前に進み出る。咳を一つして話し始めた。
「まず前回の戦闘では、一個中隊規模のMS部隊の展開が確認されました……」
「あぁ、その位だった」
「俺らより多いな」
 ブライトに見つからぬよう、スレッガーやカイは小声で話をした。
 さらにセイラは続ける。
「そして機体についてですが、RX−78、Z、ZZ、V2、MK−2、この5体のガンダムが確認されています」
「ZZが!?」
 信じられないという顔でジュドーが言った。それに続くように、周囲が少しざわつき始める。
「ガンダムシリーズか……厄介だな」
「ああ。他にも彼らのガンダムがあるとしたら、我々の機体の性能を遥かに上回っているかもしれない」
アムロがブライトに言った。
ウッソなど他のパイロットらもガンダムの力を知るだけに、表情が変っている。
「あの、質問があるんですけど」
 突然、ロランが挙手をした。
「どうぞ」
「結局、彼らも敵なんでしょうか? この間襲ってきたのはそうだと思うんですけど」
「それについては、艦長」
 セイラに呼ばれ、横に控えていたブライトが再び正面に出た。
「今回のことから見て、彼らはまだ我々に対する態度を決めかねていると考えていいだろう。
つまり、こちらの行動次第で敵にも味方にもなる」
「じ、じゃあ僕達はどうするんですか?」
 ロランは不安そうに聞き返す。
「その判断に関しては、皆の意見を聞きたいのだが……」
「とりあえず、このままでいいんじゃないの? あいつら強そうだし」
 後ろの方から、いち早くカイが意見を言った。
「我が方には非戦闘員も多い。余計な事態に巻き込まれるより、このまま中立の立場を取った方が懸命ではないか」
 ラルの言葉に、他のパイロット達も揃って頷く。
「うむ……他の者も同意見のようだな。だが相手が態度を一変する可能性も捨てきれないことも、肝に銘じておけ」
 できれば、彼らは相手にしたくはないが……
 ブライトもまた、そう感じていた。

 「……ガンダムなど……この私のギャンRで……ブツブツ……」
 戦いの中に身を置くWBRのクルー達にとって、食事は数少ない楽しみの一つである。
 このWBRには他にトレーニングルームや仮眠室、銭湯(?)など他にも娯楽設備があるが、
それでも食事は特別なものである。
今夜もまたミーティングを終え、一番に食堂を訪れる人物がいた。
「いらっしゃいませ、マシュマー殿」
「うむ。とりあえず日替わりメニューを……ん?」
 彼、マシュマー・セロは出撃があった時を除いて、必ず一番に食堂に姿を現している。
「どうか致しまして?」
「ディっ、ディアナ殿!?」
 マシュマーは調理服に身を包んだディアナを見て、思わず叫んでしまった。
「なぜ貴女がこのような場所にそのような格好でいらっしゃいませ等と!?」
「ええ、今日からここをお手伝いすることにしましたの。シャクティさんと共に」
「なんという……ディアナ殿の手料理を食せるとは……ハマーン様お許しを……」
 ディアナは彼がよくわからないことを言っている間に、さっさとトレイにメニューを置いた。
マシュマーは笑顔で一言言った後、嬉しそうにテーブルへ向かっていった。
「マシュマーさん、すごい驚いてましたね」
 後ろから、シャクティが声をかけた。
「ええ……そんなにおかしいかしら?」
 そんなディアナが首をかしげていると、今度はロランとウッソが現れた。
「あらロラン、ごきげんよう」
「ああ、どうも……ディアナ様!?」
「あれ? ディアナさんじゃないですか! シャクティも」
 ウッソが驚いて言うと、2人はにっこりと笑顔で答えた。
「私達、今日からここで働くことにしたの。何か手伝いたくて」
 後ろから、シャクティがひょっこり顔を出す。
「そうなんだ……驚いたよ、ねぇロランさん」
「ディアナ様の……コック姿……」
……またか。
 ウッソは思った。




相手の戦力に動揺していたのは、C.V.側も同じであった。
「じゃなにか、あいつらそんな旧式のポンコツに乗ってるってのかよ?」
 作戦室で、デュオが苦笑まじりにレインに言った。
「まさか……そんな機体を使うとは思えないわ」
「しかし、これはどう見ても……」
 キンケドゥが、手元の資料を見やった。
 そこには、色違いの指揮官用ザク、ドム、ギャンなどの機体と一連の武器が写っている。
アムロらのものであろう。
「外見は一年戦争時のジオン系MSにしか見えないな」
 そのままの視線で呟いた。どうしても信じられないらしい。
「だが、武器なんかは強力そうだ」
 比較的冷静なのは、ドモンである。
「それに、パイロットだってとんでもないのがいるかもしれんぜ」
 ドモンはどうしても、パイロットのことが気になっている。
それを見て、レインがなにか納得したように笑顔を見せた。
「それはそうとデュオ、バニング中尉がどこにいるか知らないか?」
「中尉? ああ、ブリッジでキャプテンとなんか話してたな」
「そうか。サンキュ」
「って、ドモン? どこ行くのよ!?」
 ドモンはそう聞くと、レインも放ったまま立ち去ってしまった。
「何なのよ、急に……」
 ふくれる彼女を見て、デュオがにやりと笑う。
「へいへい、ぞっ……」
「ぞっこんってやつだな」
「……」

 
ドモンは作戦室を出た後、自慢の足を飛ばしてブリッジに向かった。
 着いてみると、デュオの言う通りバニングがいた。他にもベラやカトル、ヒイロ、ガロード、ジャミルの姿もある。
「よう。何してんだ」
「あ、ドモンさん」
 声をかけると、カトルが真っ先に気付いた。
「実は、ジャミルさんがちょっと気になる資料を入手したらしいんです」
続いて、トビアが簡単に説明をする。
「気になる資料?」
「後でパイロット全員に見せるが、ここでお前も見ておくといい」
「では、お願いします」
 ベラに言われ、ジャミルはさっそくメインモニターに"それ"を映した。
「これだ」
「これって誰かのプロフィール、だよな? カトル」
 そこに写ったのは、ガロードの言う通りとある人物達のプロフィールであった。
「ええ。でも特におかしい所はなさそうだけど……ジャミルさん、これは?」
「これらは、WBR所属パイロットのプロフィールだ」
「!」
「WBRぅ!?」
「そうだ。入手するのにずいぶんと苦労したが、確かなものだ」
 これにはヒイロの表情が変った。思わずガロードも叫ぶ。
「見ての通り、少年ほどの年のパイロットもいるが、それぞれがエース級かそれ以上の実力を持っている。このウッソ・エヴィンや、ジュドー・アーシタなども同様だ」
「エース……こんな子が……」
 カトルが呆然と呟く。
 さらに次々とモニターに映し出されるプロフィールを見ていると、
「! 待った」
 ある人物が映った瞬間、突然バニングが口を開いた。
「? 中尉、どうしたんですか?」
「副キャプテン、この人物についての詳細は……?」
「ああ、少し待ってくれ」
 カトルやガロードが不思議がる中、ジャミルが言われた通りに詳細を映す。
「……」
 それを見て、バニングの表情が険しくなった。
「ヒイロ」
「……」
 ドモンとヒイロの頬にも冷や汗が流れる。
「中尉、この人物は?」
 ベラの質問に、バニングはぼそりと呟いた。
「……かつて聞いたことがあります……連邦の白い悪魔と恐れられ、ガンダム1機で戦局を変えたというエースパイロットの少年のことを」
「……!」
 カトルとガロードは絶句した。
さらにヒイロが、
「俺も、このパイロットの名は知っている」
(戦わなくて、正解だったようね)
 ベラも心当たりがあったらしく、本心で思った。
「そんな奴がいるのかよ……」
6人がしばらくモニターに注目していると、
「!」
 突然、艦内に警報が響いた。
「どうしたの!? 状況を報告して」
「進路上にMS反応を確認! 5、6体程かなりのスピードでこちらに向かってきます!」
「総員、第1戦闘配備! MS部隊は順次発進! 迎撃にあたりなさい!」
 ベラが言い渡した時にはすでに、そこにバニング達の姿はなかった。
「機体の所属は?」
「ちょっと待って下さい……識別しました。これは……」
 そう言って、オペレーターは少し言葉を失った。
「? どうしたの」
「ど、どうやら、全機キュベレイの部隊のようです!」
(キュベレイの……? まさか) 
 ベラは嫌な予感がしてディスプレー上の敵艦を確認すると、そこには戦艦サダラーンが映っていた。
さらにモニター上に拡大された華麗な艦体を見て、確信する。
「……来たわねハマーン……海賊クイーンローズ……!」
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