徴兵制度復活論議に物申す


 ネットで、そして現実世界でも時折目にする論議に、徴兵制度を採り入れ樣と言
う話題がある。年配者からは「今時の若者を鍛えるには徴兵制度が良い。」との言
は昔から良く聞くし、保守の一部も主権確立の為にも復活の提言がある。
精神鍛錬で復活を言われても困るし、不審船事件等を見ての短絡的な反応も困りも
のである。徴兵とは強制的な兵役なのだから、いきなり出来るものでは無い。その
前に兵役を論ずるのが適切だろう。

 順序としては憲法九条問題や自衛隊の位置付け、日米安保や周辺諸国への説得等
の大仕事があるので、それ等を置いての論議は無意味だと思う。現在の国際情勢と
安保を吟味せぬ侭、徴兵や兵役を論ずるのは如何にも苦しい。徒に兵役を採り入れ
ても米国の思う壺に嵌まるし、朝鮮や支那の反撥は必至である。第一に九条と自衛
隊の矛盾や、国連に係わる数々の問題を考えねば成らない。然し,それ等を解決した
と仮定しての徴兵論議ならば、或る程度は展開の余地があるかも知れないので、簡
単に私見を述べて見ようと思う。

 既述の如く強制的な兵役たる「徴兵」は現代日本では疑問であり、採り入れる要
があるならば「兵役」しかない。現代人、特に若年層の意識が昔と大違いだし、世
情も国情も戰前とは別物だろう。強制的な徴兵は現代では疑問で、個人意識が高ま
った昨今では国防意識の薄い者は却って邪魔に成る。

 先ず自衛隊を国軍化して隊員に使命感を持たせて、いざと成ったら銃を取って戦
うのだと言う意識を持たせねば成らない。少し前にマスコミが匿名ルポをした際に
は、「戦争が始まれば隊を辞める。」と嘯く隊員が少なからず居た。毎年の話題に
上がる防衛大学校卒業生の任官拒否問題に付いては、在校中に心変わりしたとの言
い訳は甚だ疑問である。私は端から任官する意思が無いのに、防大入校する不心得
者が多いと感じている。この当たりの問題には法改正や、任官拒否者を雇い入れる
民間企業への対応も考えるべきと思う。

 そうして自衛隊を体質改善してからの兵役であるし、国防予算・世界情勢・国連・
近代戦を研究・検証して自衛隊の再編を図る。充足率は如何か、有事に於て人員不
足が生じないかを検討して自衛隊の組織固めをする。そうで無ければ、軽軽に徴兵
論議だの兵役などとは提言出来ない。こうした後に自主防衛を満足するには、兵員
や軍備がどの程度不足かが判明する。それから始めるのが徴兵・兵役論議の筈だ。

 先に述べた様に徴兵は無理があるから兵役が適当で、戰前の赤紙感覚では現代に
即せぬ非効率的なものになる。兵役免除や忌避は重要な問題で、対応を間違うと大
変な事に成る。良心的兵役拒否は認めるべきで、極端に遣る気の無い者も除外すべ
きだ。
昨今の若年層に観られる樣な、箸にも棒にも掛からぬ者が入隊すれば混乱と規律の
乱れは必至だ。忌避者に対しての罰則や社会奉仕も、公平の観点から必要である。
必ずしも軍に関連したもので無く、兵役応召者が拔けた後の穴埋めでも良いし、応
報的なものは避けるのが賢明と考える。

 何事にも変化の激しい現代では、兵役修了者の社会復帰を忘れては成らない。
兵役期間を2年と仮定しても、その間の社会変化は予測を超えるものだろう。
兵役期間中に適宜な社会情勢の把握手段を設け、復帰後の受け入れ体制も熟慮の要
がある。職場に戻った者が不利益を蒙らぬ様に、企業に対する指導と監視や場合に
よっては強制も必要になる。修学中の者も同様で、応召時期に多少の幅を持たせて
選択の余地を残すのが良い。要は国の為に職や学業を犠牲にした者が不利益に成ら
ぬ樣にする事。

 兵役を単なる通過儀礼にせぬ為と練度保持の目的で、終了後も適当な間隔を取っ
て短期日の教練をする。間隔や期間を如何に設定するか、兵役期間中の給与算定方
法は如何か等と検討する事は山ほどある。