年末の1週間強を費やしてイラク問題を検証した。ワイドショーは拉致関連
に手一杯の為、低俗な報道が僅少で幸運だった。朝日新聞が多面的に解説して
居り、NHKテレビは客観的な報道の他に問題提起にも積極的だ。映像的報道
量は朝日テレビとTBSテレビが多く、御巫山戲番組や煽動的な内容は見られ
ない。NHKは如何やら平和路線の様で、掘り下げた内容と相俟って概ね安心
して視聴出来る。米国追従志向の政府や一部言論(特にネット内)は、上記の
報道機関とは相容れないものの様だ。故にネットなどで自由主義史観や、似非
保守連はこれ等の報道を疎ましく感ずるのだろう。
イラクに関する米英の主張を本心から信じて、戦争に同調する国は僅少と云
う事も分かった。高まる米英への批判は両国内でも根強く、米国内では政権を
驚愕させる反対論者も現れた。総合するとイラク攻撃への正当性を、的確に説
明出来る者は誰も居ないとの結論だ。米英と追従国の主張と、それに対する疑
問と反論を列挙する。
@報告書は虚偽だ。大量破壊兵器を開発・製造・保有する重大な違反
ロシアのラブロフ国連大使はイラク攻撃に強い疑念を抱く。「違反の明白な
証拠を示せ。そうでなけれぱイラクが脅威とは認定できない」「重大な違反と
認定するのは安保理の筈だ。一国が判断するものではない」と米英を非難する。
米ジョージタウン大学の現代アラブ研究所教授、マイケル・ハドソンも「証拠
は不確かなものばかりで、米英が自己正当化する為のもの。」と見ている。
殆どの専門家はイラクに核保有力は無く、生物化学兵器があったとしてもミサ
イルなどの運搬手段が無い。脅威とは成り得ないと見る。
報告書の全文は当事者の他に五常任理事国しか持てず、その他の国は傍証で
判断するしかない。証拠開示や証明を米英に求めても、軍事機密や国益を盾に
明らかにしない。不確か或いは虚報であっては、盲判を押す訳には行かない。
信用が無さ過ぎる。米国内ですら、米英の主張に対する疑念は強い。911テ
ロの件でも実証されたが当時、米英に扇動されて対イラク軍事行動に荷担させ
られなくて良かったと思う者は多い筈だ。
Aイラクはアルカイダなどとの関連があるテロ支援国
大量破壊兵器関連の査察が今回の目的だが、米英はイラクとアルカイダなど
との関連もイラク攻撃、フセイン政権打倒の理由としている。所謂「911テ
ロ」当時にも、アルカイダとの関連からイラク攻撃が言われたが、現在に至る
まで証拠は出ない。学者の中にも関連を言う者は居るが、状況証拠ばかりで確
証は無い。ワシントン近東政策研究所副所長のパトリック・クローソンはブッ
シュ支持者で、政策に大きな影響力があるイラク攻撃賛同者だ。身をくねらせ
てイラク攻撃を訴える様は、極めて異様なものを感じさせた。
最も手痛い批判はウォールストリート・ジャーナル紙(02年8月15日)
に掲載されたもので、親ブッシュの顧問でもあったブレント・スコウクロフト
の発言「サダムを攻撃するな」の中で、「サダムとテロ組織、増してや911
テロとの繋がりを示す証拠は殆ど無い」「サダムが大量破壊兵器をテロリスト
に手渡す様な事もありそうに無い。イラク攻撃には大きな困難がある」と指摘
した。共和党内からも慎重論が出て居り、チャック・ヘーゲル上院議員なども
同様の考えだ。
また一般に流布しているラディン評は皮相的過ぎるとの指摘もあり、例えば
マイケル・ハドソンは次の様に論ずる。「ラディンはサウジ王室への不満に加
え、第一次大戦後の米英植民地主義への政治的不満を持つ。」「テロ目的の狂
信的集団との決め付けは間違いだ。」としている。関係諸国間の相互理解を悪
化させる動きこそ、食い止める努力が必要なのだと警告する。
Bイラクが大量破壊兵器を保持する危険の除去
査察はハイテクと徹底した強硬姿勢で実施されており、これで確証が掴めね
ばイラク攻撃に正当性が見付からぬ。「それでも米英は攻撃するだろう。」と
は、誰でもどの国でも抱いている危惧だ。それにしても、イラクの生物化学兵
器は米国から正式(米商務省の許可)に譲渡された経緯がある。マスコミが現
地で取材した結果、商務省発行の許可証を確認した。炭素菌・ボツリヌス菌そ
の他の菌を生物兵器の原料として輸出したのは米国自身だ。
過去にイラン絡みでイラクと米国の蜜月時代があり、イラクを訪問したラム
ズフェルドがフセインと握手する場面もある。化学兵器の研究に寄与していた
のが米国だ。1980年のイラン・イラク戦争前後に米国や西側陣営が、挙っ
てイラクに資金や物資援助をした結果が今日のイラクに対する疑惑の出発点で
ある。当時のクルド人虐殺に対しても、欧米は具体的行動を起こしていない。
C査察と制裁の内容
研究開発の制限や経済制裁の内容には首を傾げるものや、過剰としか言えな
いものも多いと現場は嘆いている。心臓病の特効薬のニトログリセリンは、爆
弾の材料に成るとして禁制品だ。麻酔薬などの医薬品は生物化学兵器の原料と
され、イラクが自由に購入する事は出来ない。輸入品には厳格な審査があるの
で、検査が済むまで半年程度の待ち時間は珍しくない。医療現場ではそれを待
ち切れなず、手当てが遅れて死に至る事例も報告されている。
何処にでもある様な実験器具や施設も、監視・査察の対象とされている。現
場の職員や研究者は、「これではまともな事は何も出来ない。設備の更新も侭
ならず、研究は衰退の一途だ」と嘆く。全ての物質は兵器に成り得るとの理屈
で、洗剤や塩素も疑惑の対象にされる。現場職員には兵器との認識は無く、平
凡な研究設備も兵器との関連を言われると何も出来ないと訴える。イラクの命
綱である石油輸出は国連の管理下に置かれ、価格決定や使途を管理されている。
決定や審査の遅れは切実な問題であると云う。
Dイラク攻撃は必要。米国はテロと戦う権利があり、世界は協力する義務あり
最近のブッシュはテロに対する姿勢を更に明確に強め、テロなどは事前の計
画・準備段階で潰すと表明した。以前から「テロ支援国はテロ国家と同等に制
裁する。米国の対テロ政策に非協力的な国は、結果として間接的テロ支援国」
とまで言い切っている。日本の政策は正にこれに迎合するものだ。マイケル・
ハドソンは湾岸戦争後、イラクは十分封じ込められて居り、イラクに重大な危
機はない。米国や米関連施設を狙うアルカイダの脅威の方が現実的問題だ。」
と指摘する。
反対或いは慎重派の中でもノーム・チョムスキーの批判は痛烈で、「アメリ
カこそがニカラグア侵攻で国際司法裁判所から有罪判決を受けたテロ国家だ。
そのアメリカがテロ撲滅の御旗を掲げてアフガン空爆を行うのは醜悪な構図」
と断じている。ビル・トッテンなどの主張はHP上でも紹介され、本当のなら
ず者国家は何処なのかと問い掛ける。
Eイラクと中東だけでなく、世界の平和に米国が貢献する
ブッシュの一族はテキサスの石油開発で財を成し、政権内のチェイニー副大
統領やライス補佐官等は、石油業界との結び付きや疑惑も根強く噂されている。
イラク占領後の石油管理に言及するなど、イラクの石油支配は米国にとって大
きな魅力だ。中東問題専門家フィリス・ベニスも、「真の狙い大量破壊兵器で
はなく石油と覇権だ」と言う。 世界の石油とその流れ
マイケル・ハドソンは、「もう一つの理由は、イスラエルの安全保障だろう。
イスラエルロビーは、イラクの潜在的脅威を懸念している。イスラエルは中東
で同国だけが核兵器を持つという状況を維持したいと思っている。」との考え
だ。石油利権、政権転覆、覇権などが「イラク攻撃後」の展望と真の狙いでは
ないのか。アラブとイスラエルに対する米英の「二重基準」を批判する。
シリア大統他の顧問だったダマスカス大学政治学教授ジョージ・ジャブール
は、「ブッシュ政権が行っているのは力による恫喝政治。一部の政権を屈服さ
せても、アラブの民衆を惹き付けられない」として更に、「イラク攻撃はアラ
ブ各国の政権と、夫々の民衆を離反させる事にも成り兼ねず、アラブ全体の不
安定化を招く可能性がある」と警告する。政椎と民衆はイコールではない。
Fイラクは現在でも飛行禁止空域で米英軍を攻撃する。
イラク国内の反体制派と北部のクルド人、南部のシーア派の保護が飛行禁止
空域設定の名目だ。飛行禁止空域は湾岸戦争後に北緯36度線以北と、北緯3
3度線以南に米英などが設定した。一方的に設けたもので、国連に諮ったもの
でも無く正当性は無い。イラクの言う「領空侵犯機は撃墜」との理屈が順当だ。
支那とロシアは空域設定自体に反対で、当初監視飛行に参加していたフランス
は撤退している。
◆現地イラク、査察の現場では
現在(12月31日)までは何等問題も生ぜず、査察に対するイラクの協力
姿勢が強調されている。報道陣に対する対応を見てもイラクの「懸命さ」が伝
わって来る。査察が済んだ施設は必ず報道陣に公開している事、「何でも見て
くれ、聞いてくれ」も過剰気味でさえある。疑惑とされる施設は確かにあるし、
過去に問題ある研究や作業もあっただろうが、現在もそこで怪しからぬ事をし
ている証拠は無い。各メディアが取材した結果では、現況で満足に稼動出来る
問題兵器の研究・製造施設は見付からないと云う。
イラクは査察を楽観視し過ぎているとの指摘もある。政府高官が「査察団か
ら安保理に結果の報告がされ、その結果イラクの決議順守が明らかに成れば、
UNMOVICやIAEAが各施設の監視システムを再構築する。」との見通
しと云われる。続けて「対イラク制裁も来年夏までには解ける筈だ」と述べて
いる。米英の武力行使は視程に無い様な、査察の成功を梃子に国際社会復帰へ
の期待感が先行している。取材した朝日新聞記者は、米国の視点からすれば、
気楽過ぎる別世界と感じたそうだ。
ある化学工場ではマスコミ担当の役人が、「米国は戦争だと騒ぐが、我々に
は実感出来ない。戦争の用意もしていない。」と危機感を見せない。実際、査
察は実に円滑に進行して、問題点も浮上して来ない。査察を受けた施設の多く
は、イラク攻撃では真っ先に標的となる筈。実感が沸かないと言っていた職員
達は、何で殺されるのか理解出来ぬ侭に空爆を受ける。
◆イラクの過去と「これから」
イラクは今回の報告で生物化学兵器に関する疑惑を否定したが、80年代に
化学兵器を対イラン戦や国内クルド人弾圧に使用し、核兵器工場まで造った過
去がある。報告書に述べられたイラクの主張は鵜呑みには出来ない。査察はイ
ラクが大量破壊兵器への野望を、真に放棄したか否かを検証する最後の機会だ。
イラクはそれを自覚して、大転換を図る様にと報道は提言している。
ブッシュ米国がイラク攻撃と、「イラク攻撃後」を声高に語る姿勢には朝日
新聞を始めとして、各方面に嫌悪感を撒き散らしている。安保理決議はフセイ
ン政権打倒を目指したものでは無く、飽くまでもイラクの大量破壊兵器を廃棄
が目的だ。今はイラクを挑発するのではなく、安保理決議の完全履行を見守る
時だと、朝日新聞の論説は主張する。行方の定かでない現在に於いて「戦後」
を語るのは、如何にも米英にとって結論は戦争しかないと言われても当然だ。