1999年2月10日         労働者の力               第108号

激増する倒産・失業に抗して―99春期闘争の課題
雇用を放棄する社会を撃とう

                                       坂本 二郎


 昨年一年間の平均失業率が戦後最悪の数字(四・四%)を記録した。「景気の底打ち」との経済企画庁発表とは裏腹に、現実の倒産件数、失業者総数は、とりわけ中小企業を中心にしてさらに増加している。この状況を一過性と考えるわけにはいかない。労働者は当然にも将来不安を重視し、「生活防衛」で応えている。消費低迷―生産の落ち込み―賃金の抑制と切り下げ、倒産と失業の増大――こうしたデフレのスパイラル・悪循環の徴候は明白である。労働者階級の課題と任務もまた、戦後初めてというべき経済状況においては必然的に変化を迫られている。春季闘争の直面する課題について坂本同志にインタビューした。(収録一月二十九日、文責編集部)
 
状況の特質
平然とした労働者切り捨て


 状況の第一の特質は、倒産と解雇のすさまじい拡大である。電話相談の件数も増えてくるわけだが、それらの内容は「昨日、明日から来なくていい、と言われた」「事業所閉鎖なので、本社に転勤する気があれば雇用継続を考慮する」などという切羽詰まったものがほとんどである。戦後最高の失業率という統計数字が昨年出されたが、年を越してさらに事態は深刻になってきているというのが実感である。
 第二には、労働者保護や権利の尊重という視点が放棄され、労働法制のみならず、民法そのものの改悪が政府主導で進められてきていることである。一例を挙げれば、労働法制改悪の攻撃に集中していて、われわれも隙をつかれたところだが、昨年の国会で「密かに」民法の改悪が行われていた。昨年十月に発効した民法の特例法「債権に質権設定し、それを証券化し、金融商品として流通させる」というもので、その悪質な適用が始まった。
 これは名古屋のかなり大手の健康布団メーカー、シャルマンという企業を日商岩井が意図的に倒産させた例で判明したことである。
 内容をかいつまめば、日商岩井はシャルマンに六億円の債権を所有していた。その債権回収のためと称して日商岩井は、シャルマンが当時持っていた四十八億円の売掛金を譲渡させて登記し、その事実を日商岩井がシャルマンの得意先に通知したのである。この方式を使えば、日商岩井は六億円の債権を絶対に取りはぐれることはない。例えすぐに現金化できなくとも、その債権を証券、すなわち金融商品に変えて取り引きできるのである。
 日商岩井は、この特例法発効から二カ月間周到に準備し、この十二月に行使した。そこで何が発生したか。シャルマンの得意先は、シャルマンが危ないから日商岩井が動いたと受け取り、一気に信用不安が拡大した。つまりパニックである。シャルマンの経営状況は債務超過ではなかったが、日商岩井の意図的行為の結果として倒産に追い込まれた。
 そもそも六億円の債権に対して四十八億円の資産を先手で譲渡させ、確保してしまうというやり方は、これまでの常識から外れている。ここには働いている者の債権、労働債権が本来優先されなければならない、という感覚、未払い賃金や退職金を確保するなどの思考が一切問題外とされているのである。
 シャルマンの事例は一つの典型だが、労働者の権利や生活を無視し、大企業、大銀行、大商社の債権だけを無傷で確保できるという民法上の手続きが導入されるまでに至っているのである。
 数多くの労働相談を通じても、意図的な巨大独占保護の枠組みの中での倒産・整理という従来とはまったく違う事態が進行していると痛感させられている。

雇用放棄社会への転換

 シャルマンはその先駆けだが、政府と法務省の意図的な倒産法制の整理統合、見直しが進められている。
 これは過去数十年のあり方をかなぐり捨て始めていることである。二〇世紀、とりわけその後半、恐慌や戦争、ロシア革命などとの関係から、帝国主義諸国そのものにも建て前ではあれ、国家目標として「福祉国家」「完全雇用」による社会的安定を標ぼうするあり方が定着してきていた。それが今、投げ捨てられつつある。
 大量の失業を前提とするような社会、それでいい、それこそが正しいのだという流れへの大転換が進められている。
 「完全雇用」「福祉国家」という場合、失業・倒産は本来あってはいけない不正規な状態だ。そのような社会的な共通認識が前提となっているところでは、倒産反対・再建要求という主張が、それ自身社会的に支えられる。経営側も金融資本も、それらを真っ向からは否定できないという前提で解決が模索されてきた。
 そうした状況がなくなってきている。
 日経連に「新時代の日本的経営戦略」という「綱領的文書」があるが、その中では雇用形態を高度能力蓄積型、専門能力活用型、雇用柔軟型という三つに分けて、積極的に企業外部の労働市場を活用して企業のスリム化、労働力のジャスト・イン・タイム化を図るとしている。しかしこれ自身、実は外部労働市場が存在しなければ成立しない。
 ところが日本社会の場合、外部労働市場――中間的に労働者が行ったり来たりする部分は、農村や自営業、家庭――これは女性だが――そういう装置を除けば顕在化した外部労働市場はほとんど存在してこなかった。
 世界的に突出した低失業率が戦前から戦後まで一貫して続いてきたということの具体的な内容とはそのような事情だった。
 そうした社会状況では、日経連提唱のような目論み、すなわち、内部労働力はごく一部、およそ三〇%程度でいい、という構想は実現できない。労働力の柔軟化への移行にとって必要なことは、失業の日常化、常態化の拡大という社会的前提状況である。これへの移行政策こそが、この間の政府、労働省、財界の一連の労働法制改悪への動きとなって表れているものなのだ。一応表面的には、政府と日経連、そして連合が「雇用対策会議」をつくって、いろいろと言ってはいるが、基本的に失業状態・労働力流動化状態を前提にした政策に変わってきている。
 日本の失業率はさらに上がっていくと予測されている。ヨーロッパ並に一〇%まで行くのかどうかは別にしても、政府機関、民間機関おしなべて六―七%まで予測することになる。
 六%でも失業者数は五百万人になる。少なくとも四、五百万人の常時職を求め続ける外部労働市場があってはじめて労働力の流動化、労働力のジャスト・イン・タイム化が可能になると計算されているのである。

反失業闘争の新たな意味

 反失業闘争、反倒産闘争自身はこれまでも無数に闘われてきた。周期的な不況に際して、金属や全国一般で、大型倒産に対しての倒産争議がいわば典型として闘われてきた。あるいは産業の構造変化の中で、造船や石炭など、ある種不可抗力的な要素を含みながら再建になったり、整理になったりしてもきた。しかし今はそういう従来型とは違った性格のものになりつつあることをはっきり確認しておく必要がある。
 運動的に言えば、昨年、労基法改悪NO!全国キャラバンを取り組み、そこで非正規雇用の労働者――パート、派遣労働者、臨時などの労働者からの反撃をつくりあげてきた。
 この闘い自体、労働力流動化政策、つまりそのために邪魔になる従来の法体系をどう取り除くかという攻撃に対する闘いだった。この間の失業率の急激な上昇、倒産の広がりは、もちろん不況という要素はあるが、それよりも資本の政策、失業を是とする方向への転換の反映なのだ。労働力流動化政策の前提となる社会状況をつくり出したいということである。だから政府・資本は失業を抑制する政策措置を本気では採用しない。
 だから今は、労働力流動化の第二段階の攻撃が展開されているのである。つまり、第一段階は法的障害を突破すること、いつでも好きなときに労働力を自由に吸い上げることのできる仕組みの整備。今の第二段階は、吸い上げる労働力がプールされていなければどうにもならないから、そのプールをつくる、ということである。
 そういう意味で、資本の新自由主義の経済政策全般に対決する労働者側の第二段の闘いとして、昨年の労基法改悪NO!の闘いに連続させて反失業、反倒産の闘争をしっかり設定し、運動的な継続性をつくり出す必要がある。
 たまたま失業、倒産が拡大しているからなどというような問題ではない。全国の現場はどこでも解雇、倒産という具体的な問題に直面しているから、ともかくまずそれへの対応、反撃をということになってはいるが、そこからさらに進めて、全体の構造、問題の把握、運動の連続性や対決の視点をはっきりさせなければならない。

反失業闘争と組織労働者

 組織労働者の場合、自分の職場を倒産させないという闘いは、いわば当たり前のこととして、職場をぐらつかせない闘いとして追求するわけだが、ほとんどの場合、そういう倒産的な要素がないところでもどんどん解雇の動きが強まり、さらには冒頭に紹介したシャルマンが一つの典型だが、人為的な倒産という動きも始まってしまっている。
 労基法改悪阻止闘争と状況は似てきているのである。その意味は次のようなものだ。
 労基法の場合、労働組合があるところでは、組合結成の過程で大概、労基法違反を何項目も摘発したりしながら、違反のない状態を職場につくってきている。だから組織労働者だけの問題でいえば、労基法が例え改悪されても自分のところでは、そんな悪条件は受け入れないと、ある程度突っ張れる。労基法改悪NO!のときは、そのような組織労働者が、膨大な未組織労働者の基本的条件が改悪されようとしていることに警鐘乱打しつつ自らがどのように動くのかが問われた重要なテーマだった。今度の倒産・失業問題でもその点は変わらない。
 日本の場合、失業労働者が自ら声を上げて動き出すというまでには至っていない。ヨーロッパとは違う状況である。確かにヨーロッパは失業率が一〇%ほどになっており、深刻度もはるかに厳しいということも関係しているではあろうが、しかし日本では今までのところは失業労働者の闘いというまでは作り出せていない。戦後期の経験は断絶している。
 まずは組織労働者自身がそういう現実、実態を把握したうえで、追い込まれている労働者たちに闘いを呼びかけ、そして彼らの運動と闘いを下支えするような全国運動に取り組む必要がある。

弱点としての企業内労働組合

 しかし現実には、越えるべき重大な問題が内包されていることを直視しておく必要がある。
 一例として、自治体の現局面を取り上げてみる。深刻化している地方自治体の財政危機によって再建団体になったとすると、民間の倒産と同じような形で強権的にリストラ、ダウンサイジングが課せられる。しかし自治体労働運動がこうした事態を想定し見据えた運動の組立を十分に展開できているわけではない。
 自治体労働者といっても範囲は広い。本務者以外に、物件費で雇用されている労働者がどんどん増えている。従来は、仕事量が拡大しているにもかかわらず、総定員法で人員が抑えられている状況だから、という理屈であった。ところが今は、民託化、外注化、あるいは嘱託などの形でさらに進んでいる。多様な雇用形態の労働者が、現に自治体の職場で多数働いているのである。
 ここには、従来自治体行革などとして論議してきたものとは質的に違う状況が進行しているととらえるべき事態がある。
 単純に行政のスリム化なり小さな政府、あるいは福祉も自助努力で、などの一般的な進め方にとどまらず、民間での労働力流動化策と対(つい)になったものが貫徹していると考えるべきなのだ。
 財政破たん自体は、国家財政破たんを自治体にツケ回ししてきた結果だ。こうした財政危機を契機にする本務者の人件費抑制策が拡大するわけだが、しかしそれは、労働力の外部化(アウトソーシング)や労働力流動化政策への対応という資本の労働政策の流れの中にあるととらえる必要がある。
 同じ職場の中に、現に様々な雇用形態の労働者がいて、しかも同じ仕事をしている。条件的にきつい職場には、配置転換の際には本務者が行きたがらない現実があれば、そのきつい職場をますます非正規の労働者が担うような状況が生まれる。ところが処遇には驚くほどの格差がある。例えば年末、一方には百万円を越える一時金、他方には涙ほどの餅代、という具合となる。
 このような状況で本務者の組合が、自分たちの身内だけの運動にとどまっているのでは到底対応しきれない。民間の本工労働組合の場合とまったく同じことが自治体労働運動の質を問うているのである。まさに反失業、反倒産運動全体の中で、組織労働者がかかえる課題と共通しているのである。

未組織労働者からの突きつけ

 以上に述べた諸問題は、確かにはるか昔から提起され、論議されてきた課題である。それを全体として克服できずに今日に至っているわけだ。
 ただし従来の論議の枠組みは、いわば「不正常」な状況への対応という性格が色濃かったが、今は資本が「不正常」を「正常」とみなすようになっているという事態なので、問題が質的に深刻化している。
 われわれは、身分が違う、雇用形態が違う、そして仕事内容が同じでも身分が違えば処遇が違うなかで、どうしたら連帯して闘えるのかをこの間一貫して追求してきた。その中で、要求が一つだ、共通の要求だ、だから団結する――このような出発の方法について考え直す必要があると思い始めている。要求の一致、すなわち団結という方式には、今や相当の無理がある。
 従来でも、全員が正社員であっても独身の若い男性労働者と中高年の男性労働者の間で要求の重点がかなり違ったりしていた。女性と男性でも当然、要求は異なる。が、それでも同一企業内の正社員としての平均的な要求、団結を何とかつくることもできた。
 今は、身分も違えば処遇も違う――出発点から違う。当然、要求の内容も異なる。そうした違いを前提に、要求が違うがそれでも、あるいは要求が違うからこそなおのこと団結しなければならない、という進め方がどれだけできるのか。
 口で言うのはやさしいが、具体的にはほとんど最初に対立が出てくる。しかし対立を恐れず、それでも論議を進めていかないとどうにもならないのである。
 そのうえで、近年はっきり確認できる重要な変化がある。臨職、派遣、パートといった人たち自身が自分たちの組織をつくって、自分たちで主張し始めたことである。このことは労政事務所への訴えやわれわれの組織への労働相談などの動きにはっきり出ている重要な変化だ。
 従来でも例えば自治労は下請け労働者を組織すべきという方針を掲げてきていたが、それは多分に自分たち自治労が守ってやるという形の組織化になっている。しかしそれでは実際の不満ないし要求――処遇格差などを背景にした本工への怨念みたいなものを含めて――が表面に出てこない。全部お願いします、面倒見て下さいという形になりがちで、そのままでは不満や憤まんは潜在化して持続し、現実には厳然としてある対立が隠ぺいされることにつながりかねない。
 反対に、パートや派遣なりの労働者が自ら声を出し始める。それが既存の正社員の組織とぶつかる、ぶつかってかまわないから声を出す。そこで初めて要求が違うが、団結はしなければならないという議論へと進むことができる。
 われわれももちろん組織化したいのであるが、それとは別個に、非正規の人たち自身の中に闘いが生まれていると考えている。そこでは、はっきりいって正社員が派遣社員の要求を取り上げてやろうというレベルでは絶対に分からないことが多い。だから派遣社員が要求を出しはじめ、その要求を正社員が受けとめられるかどうかが問題となる。
 こうした非正規労働者たちの動きは、大きな流れになっているということはまだ言えないが、少なくともその始まりがあり、そして確実に拡大しているし強くなってきている。そもそも、こうした非正規労働の範囲も数も加速度的に増大している。現在、すでに統計上では総体の三〇%に近づきつつあり、資本はそれをさらに倍加させようとしているのである。
 この拡大している非正規労働者層の中では、不満をもって自分で組織化して闘おうとする人たちが生まれてくるのは不可避的である。そして、そうした動きが確実にさらなる動き、変化へと結びつく。また、そうした最初は小さいが、しかし力を持った鋭い動きを突きつけていかないと正社員の方はなかなか変わらない。

身分制の企業社会

 以上を例証する顕著な闘いを紹介したい。「丸子警報器」の裁判闘争である。昨年の夏に判決があったのだが、それはパート裁判において画期的なものとなった。
 判決の趣旨は、同一労働で賃金格差が一〇〇対八〇以下になれば公序良俗に反し、是正が必要だ、というもの。パート労働者が決起したこと、公序良俗論で格差への枠をはめたこと、いずれの意味でも画期的である。もちろんもう少し踏み込めば、裁判官も八〇%論のいい加減さは分かろうというものだが。
 以前に港湾や土木現場の臨時労働者の賃金について議論したことがある。これらの人たちの時給は正規の場合に比して二、三割は高かった。それは当たり前の話だが、彼らの場合、一時金も退職金もなく、保険も自分持ちであるからだ。それらを総合してみて賃金格差、待遇の差が初めて分かる。額面だけを見ては判断を誤るわけである。
 そうした実状を考えれば、この丸子判決の八〇%論はやはりおかしい。日経連は総額人件費管理ということを言っている。総額人件費の考え方でいうと、所定賃金を一〇〇として総額人件費は一七四だという。そうすると本当に同一労働同一賃金であれば、正社員とパートが同じ仕事をしている場合、パートの時給は一・七四倍あっていいということになる。それが〇・八でいい、というのはおかしいのである。が、にもかかわらず「画期的」となってしまうのは何故なのか、これは本当に「日本的」である。
 最初からパートは安くて当たり前、雇用の側面では一番先に切り捨てられる。本工の側から見れば安全弁という形である。反対に本工に対しては、責任なり自由の制限なりで、身ぐるみ会社に縛りつけ、企業を背負うことが当然だというのが経営の発想となる。
 こうしたある種の身分制度が、マスメディアを先頭に常識化されてまかり通っている。
 パートとか派遣の闘いが始まって本工の方を刺すような刺激のないところほど、こうした議論を積極的にしかけるべきだろう。

運動の具体的な組み立て

 以上の全般的な視点に立って具体的な行動の組み立て方を考えてみたい。
 柱としては、@電話相談の全国的展開、ホットラインを展開しつつ、A対職安の行動、B現在闘われている反倒産闘争を全国的に支え合う行動の組織化が論議されている。
 Aの職安(職業安定所)への行動は、職安は同時に派遣業の窓口でもあるので、今国会に上程されている「派遣業の原則自由化」法案に反対する闘いと結合されていかなければならない。
 Bについては、銀行や大商社「攻め」が具体的に課題となる。問題となっているのはシャルマンの例だけでない。例えばカメラの「ニシダ」をつぶしたのは東京相和銀行、マンションリフォームの「東亜」をつぶしたのは住友銀行である。これら銀行、大独占資本による強引な債権取り立てがすごい。一方で銀行を救うために九十兆円を投入し、大手ゼネコンに対する巨額貸付を棒引きで処理するなどの動きを考えれば、倒産企業に対する債権の放棄や、再建に手を貸せ、という要求には十分な社会的な根拠がある。こうした諸行動を背景にすれば、反失業全国行進のようなキャンペーンが意味を持ってくる。
 もちろん反失業・反倒産の運動の場合は、労基法改悪NO!のような単一の課題で具体的要求が集約されるという運動ではない。様々な要素、局面が複合的にあり、それらの具体性に応じた対応、取り組みに分散するという要素を含まざるをえないし、また一つひとつの事態に対応するきめ細かい工夫も必要になる。
 そして全般的に言えば、倒産防止、失業者生活補償、職の創出が大きな三つの要素だが、それら全体を社会の責任として実現するための具体的な要求の練り上げと、最終的には対政府闘争として組み立てる方向が必要となる。このレベルで全国的エネルギーが結集できれば、まさに反失業闘争は社会的闘争のダイナミズムをもつことになる。
 しかし、この全般イメージは現在のところまだ、個々的には検討されつつあるが十分な具体的イメージを持つまでには至っていない。極めて大きな課題である。

反失業闘争の描く未来

 残されている課題の基本性格は、労働者全体としてどのような未来社会に希望を託すのか、ということに帰着する。未来への希望、展望なしに現在を闘い続けることはできない。言い方を換えれば、労働者の闘いの本格的な再建のためには避けて通ることのできない課題なのである。
 未来構想という点では資本のそれは実に貧弱だ。日経連に「労問研報告」というものがある。今年のそれの表題は「ダイナミックで徳のある国をめざして」とある。その内容は「市場万能主義を排し、市場と道義及び秩序を三位一体化させる努力を続ける」となっている。内容の骨格は「道徳」なのだ。まさに訳が分からない代物である。バブル経済以降、衆人に醜態をさらしてきた彼らから道徳を説かれるのである。
 まして「市場万能主義を排し」となると、彼らが今やっていることとはまったく整合性はない。ここには資本の司令塔自身の混乱、混迷、自信喪失が如実に現れている。
 すなわち「雇用攻撃」という彼らの政策体系は、ただ現状維持のための対応、その意味で必死なのだが、しかしそこには確たる見通しを持たない政策ということになる。そこからは「道義と秩序」を通じて強権と権威主義にすがりたい心理がほの見えてくる。新自由主義路線では将来展望を描ききれないという、「壁」の前に立ち往生している姿ではないか。
 そうであるとすれば、労働者は自らの手で自らの未来をつかみ取るしかない。資本が投げ捨てた福祉国家や完全雇用などの概念は、もちろん彼らブルジョアの概念であるから、その用語をそのまま流用すれば問題も多い。しかし核心的意味を、例えば「社会的構成員全体が人間的尊厳をもって人生を送ることを社会として保証するあり方」としてとらえ返すとすれば、労働者大衆の将来への素直な夢、希望あるいは社会主義となるはずだ。
 二〇世紀の後半期、資本が福祉国家、完全雇用政策を掲げたとき、労働者大衆のかなりの層は、心の底に疑念を抱きつつも、一定の期待をかけた。事実として労働者の反乱を抑えこむ役割を果たすことになったのである。そしてソ連・東欧ブロックの解体過程でそうした必要性が失われるなかで、彼らは新自由主義、ネオリベラリズムに転じた。端的なスローガンは「自助」である。ここには社会的視点は放棄されている。そして今、その社会の混迷、混乱が浮かび上がったのである。
 ヨーロッパの労働者が始めていることは対政府への闘いであり、あるいはEUへの闘いである。ここには経済政策から社会政策にわたる全般的な諸問題への労働者的アプローチ、要求が展開されている。資本家たちが自信も能力もないのであれば、労働者が社会の運営・管理・統制をになう、という視点の入り口に立っているといっていい。
 彼らの運動は環境、マイノリティ(少数派)の人権、フェミニズムあるいは南北問題、平和、社会福祉など様々な運動の合流という広がりをみせている。
 日本では一九六〇年代後半期以降、労働運動と別個な概念としての「市民運動」の形成として多様な運動が形成されてきた。労働組合運動の中に生まれた「硬直性」が労働運動を、いわば社会的な「利害集団」化していったことへの反作用である。しかしこれらの多様な運動の担い手の大半は、客観的には賃金労働者である。そして、それらの運動が、社会に働きかけ、その運営のあり方に影響力をもとうとするのであるから、労働運動自体が社会的あり方の変革を求めていく方向へ脱皮することになれば、ヨーロッパ型の広範な大衆運動、社会運動としての合流の方向はみえてくる。
 社会主義あるいは労働者が社会の運営を管理するとなれば、そこには例えば「権力」の問題やそこに至る具体的道筋、過程、経済と社会の構造、国際連帯などの理論的整理など、未整理の課題が多岐にわたってくる。ここでは百家争鳴的に論議が出てくることになる。しかし今は、そうした論議が影を潜めてしまっていることの方が深刻なのだ。運動が論議を巻き起こしていくことになるのである。
 そこから人間の顔をもった社会主義を豊かにしていく、その可能性への挑戦と反失業、反倒産運動がつながっていく将来的広がりなのだと思う。
【資料】
丸子警報器「女子臨時社員」賃金差別事件

弁護士 岩下 智和(抜粋)
二、早期救済と訴訟促進の重要性
 1、この訴訟は一九九三年一〇月二〇日、長野県丸子町に会社のある、丸子警報器株式会社に勤務する女性原告二八名が長野地方裁判所上田支部に、男女差別・臨時者差別による賃金差別の撤廃を求めて、損害賠償請求訴訟を提起したものである。
 提訴時で勤続四年から二五年の女性原告が、過去三年分の賃金差額・慰謝料など合計約九〇〇〇万円の支払いを求めているものである。
 被告会社は、自動車のクラクションなどを製造する会社であり、従業員は一五一人である。その内、「臨時職員」と呼ばれる女性社員が四〇人稼働しているが、それまで無権利状態におかれていたこれら臨時職員二八名が、一九九〇年七月に労働組合(JMIU丸子警報器支部)に加入し、組合員全員が今回提訴したものである。
 この差別は、既婚女性は全員「臨時職員」としてだけ採用し、二カ月ごとに雇用契約を更新していくという方式を取ることによって、差別が現実化されているものであり、その意味で「雇用形態による賃金差別の違法性」の判断をも求める訴訟となっている。
 「臨時職員」と「正社員」という雇用形態だけによって、賃金その他労働条件において格差を設けるのは、違法な差別であって、その損害を賠償すべきであることを本格的に求めた裁判である。
 三、なぜ「臨時者差別」がゆるされないか
 1、雇用形態の実態
 賃金その他労働条件は労働者の労働に対する対価であるから、その労働内容(質・量など)と賃金の相関関係において、正社員と臨時社員が平等に扱われているか否かが本質的な問題である。
 丸子警報器の事件は、原告ら臨時職員について@雇用期限が実質的には定められておらずA仕事の中身も正社員とは区別して採用されておらずB一日の勤務時間も正社員と同一時間でありCライン作業によって完成する製品の量も正社員と同一でありDQC活動など社内活動の全てにわたって正社員と同一でありE現に二〇年以上もの勤務年数になっている、等々の事実が存在する。
 右事実に加えて、賃金制度が単純な年功序列的賃金体系になっており、原告ら「臨時職員」と比較対照者である正社員との間には大きな賃金格差が存在すること、等の事実を加味すれば、被告会社の不法行為は明確である。
 2、被告会社の賃金制度(差別の仕組み)
 (1)被告会社の正社員の賃金制度は就業規則の給与規定により単純な年功序列賃金制度となっている。
 一方、被告会社の臨時職員の賃金制度は「特殊従業員賃金規定」によって定められており、基本給は日給により定められている。そしてこの日給は、Aランク勤続一〇年以上、Bランク勤続一〇年未満三年以上、Cランク勤続三年未満と三つに分けられている。
 提訴時においては、Bランクの原告(勤続四年)の日給は六〇九五円、Aランクの原告(勤続二五年)の日給は六二五二円であり、勤続一〇年以上の者の日給には差がない制度となっている。
 (2)被告会社はこのような臨時職員の日給を低額に抑えることによって正社員との差別を生み出している。事実、一九九三年の正社員の高卒初任給は月額一四万八〇〇〇円であるから、勤続二五年の原告でも、正社員の初任給よりも低い賃金に据え置かれている実態にある。同勤続の正社員の賃金との比較では約七割となっている。
 そして、一時金においても日給を基準とした月数で支給されるため、これも正社員の六割弱となっている。
 こうして、原告らが受けている差別賃金金額相当の損害金は過去三年間に限っても、一三〇万円(勤続四年)から三二〇万円(勤続二五年)に及んでいる。
 3、同一労働・同一賃金の原則の確立の重要性
 原告らのように、労働時間数、週労働日数のいずれも正社員と同一である「身分だけのパート」(あるいは「疑似パート」「常備的臨時労働者」とも呼ばれる)は全国に多数存在しており、正社員とは異なる賃金制度を適用されることによって激しい賃金差別を受けている。その大半が女性労働者である。
 本来同じ職場において、同価値の労働をしている以上、同一の賃金が支払われるべきであり、「パート・臨時社員」等の理由だけで賃金を差別することは法的にも社会的にも不当である。
 ILOの一〇〇号条約は昭和五四年八月四日条約第六号として国会の批准を受け、昭和五四年九月二一日から国内法として効力を発生している。
 右国際規約第七条は以下の通り規定している。
 「この規約の締結国は、すべての者が公正かつ良好な労働条件を享受する権利を有することを認める。この労働条件は、特に次のものを確保する労働条件とする。
 a、すべての労働者に最小限次のものを与える。
 公正な賃金及びいかなる差別もない同一労働価値の労働についての同一報酬
 特に女子については、同一の労働についての同一報酬とともに男子が享受する労働条件に劣らない労働条件が保障されること」
 
判決趣旨(一九九六年八月一五日)長野地裁上田支部
 同一(価値)労働同一賃金原則に、これを明言する実定法の規定は存在しないが、その根底には均等待遇の理念が存在し、それは人格の価値を平等とみる市民法の普遍的な原理と考えるべきものとし、女性の臨時社員の賃金が女性正社員の八割以下の場合は公序良俗に反し違法として、差額賃金相当の損害賠償を命じた(労働者一部勝訴、控訴中)
会議報告
      ソウルで反IMF会議を開催
          国際色豊かな議論を展開

                                スティーブ・ゼルツアー

 この三十年間で最も深刻な不況のまっただ中、韓国・ソウルにおいて九月十二日、数千の失業者と解雇された労働者が集まり、不法なレイオフ(一時解雇)と韓国で構造調整計画を実行しているIMF(国際通貨基金)と世界銀行に抗議した。
 彼らはまた、一族支配の財閥が大規模なダウンサイジング(規模の縮小)を実行し、その過程で労働組合の諸権利を非道に踏みにじったのに、金大中大統領とその政権がこれを積極的に支援したことにも強い怒りを表明した。
 集会後にデモが行われたが、これを呼びかけたのは独立労組センターの韓国労働組合連合(KCTU)とソウルにある国際連帯政策情報センター(PICIS)とである。
 会議を呼びかけたのは「IMFに反対する人々」で、数百人の各種組織代表が参加した。またフィリピン、インドネシア、バングラデシュ、タイ、メキシコ、アメリカ、フランスなどから三十五人の外国人も参加した。
 韓国資本が国際化した結果、韓国における労働組合運動は今や、同じような政策や資本家と闘うべく全世界の労働者と一層結びつきを強めなければならない。メキシコ・ティファナにある韓国資本の工場から一人の労働者が会議に参加し、この労働者は会議後、ウルサンにあるヒュンダイ財閥の組立工場を訪問した。
 会議に提出された報告や議論の多くは、アメリカとIMFの政策がアジアや全世界に破滅的な影響を及ぼしていることを指摘した。
 インドネシア繁栄労働者組合の指導者であり、最近結成された国民労働党(PBN)の指導者でもあるムチタール・パクパーハンは、権力の座にある腐敗した政治家のもとでの、これ以上の一切のIMF融資に反対を表明し、次のように訴えた。インドネシア人民がこれら「融資」への返済を続けているのに、その融資の金は支配一族のポケットに入り続けている。しかも融資に際しては、労働や民主的な権利に関してインドネシアでは無権利なのに、融資側から条件がつけられることがない、と。
 彼は先月の八月にアメリカから帰国したのだが、アメリカでAFL―CIO執行部の一員と会い、彼の組合とインドネシア労働者の状況について話し合った。
 会議参加者は、韓国では労働組合活動家二百四十人以上がストライキを行ったか、あるいは組合を結成したことを理由に逮捕もしくは逮捕状が出ていることを報告された。金大中大統領は、労働者はレイオフに関してストライキを行えば、それは違法であると述べ、多くの組合活動家がストライキを行って投獄されている。
 KCTUはまた、金大中政権が結社・労組結成の自由を承認する国際的な労働権を踏みにじったことについて、ILOに正式に苦情を申し立てた。KCTUの会計担当書記は、金大中政権下ではそれまでの政権時代よりも多くの活動家が投獄されていると報告した。
 会議主催者は、現代の先端技術を全面的に活用した。九月十二日の集会における報告や発言は、携帯電話を通じてインターネットで生中継された。進歩的ネットワークセンターという組織を活動家が結成している。この組織は、十一月にレイバーネットというホームページをつくり、各種情報の配信とともに、ネットワーク技術の利用方法に関する教育・訓練を行い、労働者や活動家にオンラインサービスを提供しようとしている。
 KCTUはまた、十一月に行われる国際レイバーフィルム・ビデオフェスティバルを後援することにしている。
 会議参加者は、深まる危機にいかに対処していくのか、この点を議論した。イギリスから参加したコリン・ハインズは、「保護主義的な管理」の必要を訴えた。「誰が買うのか。グローバルなデフレーションを逆転させるには新たな保護主義が必要」と題する報告書では、ハインズは共同執筆者であるアラン・シンプソン(労働党議員)とともに、当該地域経済の発展をめざす保護主義的な管理だけが、諸国をメルトダウンから救うことができる」と述べた。
 両人は、「資本に対する民主的な管理、国際資本取引に対してヨーロッパ規模のトービン税をかけて通貨投機を抑制し、ヨーロッパ規模で金融資本に対してより広範な規制を行うことが必要だ」と訴えている。
 国際公務員組合(公務員労働者の多数を組織)の書記次長マイク・ワグホーンはその報告文書において、世界銀行が出した「一九九七年世界開発報告」は評判を落としたが、「強力で効率的かつ活発な国家が腐敗とし意的な国家行動を抑制できる」と主張しており、現実にいくつかの労働党あるいは社会民主党の政府が先頭に立って公務員労働者を攻撃している事実を指摘した。具体的には、ニュージーランドの労働党政府が公共サービスに全面的な攻撃をかけ、労働運動の分裂に成功したことを指摘した。
 韓国の労働者、青年数百人が今なお、労働者階級の一員であることを具体的な行動で示したり、あるいは社会主義の考え方をもっていることを理由に投獄されている。だが韓国青年進歩党(KYPP)は特別のワークショップを組織し、「世界における労働者階級政党」について討論した。フィリピンKMUのマヌエル・サルミエントとバングラデシュ全国労働者連盟のタファズル・フサインは、それぞれ長い報告を行った。韓国青年進歩党の代表が二人の報告に対応し、韓国の戦闘的な傾向が直面している課題について概観した。
 最近の選挙でKCTUは「人民の勝利21党」をうち立て、KCTU前代表の大統領選挙を支援した。KYPPによると、この動きにおける大きな弱点は、組織活動の弱さと「当選できる野党候補とともに闘おう」といったスローガンにある。会議参加者の一人は、この最初の動きが金大中勢力に「順応した」と不満を表明した。

(インターナショナルビューポイント誌98年11月、305号)

メキシコ
サパチスタに関する国民投票
MLNAニュースレターからの再録


 サパチスタは最近、固有の諸権利と文化に関する国民投票の問題でイニシアティブを発揮した。ジェス・キンケイドがメキシコから報告する。

対話の席へ

 サパチスタ民族解放軍(EZLN)はこのほぼ二年間で初めて、対話のテーブルについた。だが、その反対側の席に座ったのはメキシコ中央政府の代表ではなかった。一九九八年十一月二十日、解放軍トップレベルの代表団が交渉したのは、非政府系組織、市民グループ、労働組合、著名人など「市民社会」の代表三千人とであった。
 またEZLNの代表は、和平和解委員会(COCOPA)とも別個に会談した。この委員会は、政権党である制度的革命党(PRI)をも含むメキシコの主要政党すべての代表によって構成されている。
 両方の話し合いで議論されたのは、一九九六年二月にサパチスタとセディージョ政権とが合意に達したサンアンドレス協定を実行しようとする改憲を含む機構上の改革に関するCOCOPA提案だった。
 「市民社会」グループは一九九九年の早い時期に、このCOCOPA提案に関する非公式の「国民投票」を組織しようとしている。解放軍は、「市民社会」グループのこの計画に関連して、メキシコの二千五百地方自治体に一人の女性と一人の男性からなる代表を派遣して、COCOPAのイニシアティブに関する国民投票の組織化を実現しようと提案している。EZLNは、この派遣によって、国民投票を通じて機構上の改革に関する自らの計画を教育し支持を拡大したいと考えている。

COCOPAのイニシアティブ

 COCOPAのイニシアティブが最初に発動されたのは、一九九六年十二月のことだったが、その時点では、セディージョ大統領が署名を拒否した。それ以前にEZLNとセディージョ政権との双方は、COCOPAの立法的な解釈の結果を委員会が活動するための前提条件として受け入れることで合意に達していた。EZLNは最初、サンアンドレス協定の一部がその提案に含まれていないと考えて、不満を表明したが、支持者たちと検討した結果、署名した。
 セディージョ大統領は当時、COCOPAのイニシアティブに関連して二十九の問題を抱えていると述べた。大部分の問題点は、NAFTA(北アメリカ自由貿易協定)の推進やEU(ヨーロッパ連合)との貿易協定、世界銀行と国際通貨基金(IMF)が推進する構造調整計画への適応、MAI(多国間投資協定)などに関連してメキシコの政権が抱える経済利害を反映するものである。
 セディージョは一九九八年三月、COCOPAのイニシアティブに対抗する独自案を議会に提出した。セディージョ政権の一方的な提案に対してEZLNは即座に反対を表明し、多くの人がEZLNと政府との和平交渉の進展に疑問を感じるようになった。

「市民社会」

 サパチスタが世論を動員する力は、セディージョ政権との対話が二年間にわたって中断されており、解放勢力側が「沈黙」していた状態にあっては疑問視される。事実、メキシコの世論は、その関心をFOBAPROA金融スキャンダルなど、サパチスタ以外の問題に移している。
 サパチスタの世論動員能力に関する疑問は、霧散した。サンクリストバルでは、四百を越える組織の代表三千人(メキシコ三十二州のうち二十八州から、そして少なくとも十五カ国からのオブザーバー参加なども)が集まってサパチスタ民族解放軍のトップレベル代表と会談したからである。
 制度的革命党の指導部は参加者たちがメキシコ市民社会を代表するものでないとしたが、多くのメキシコ人は、出席した人々の数の多さやその多様さに深い印象を受けた。参加者には、非政府組織(NGO)や労働組合、環境活動家、芸術家、農民、囚人、学生、ゲイの権利のための活動家、児童問題の活動家、宗教者、労働者などがおり、また大企業経営者も初めて参加した。
 サパチスタは再び、非常に様々なメキシコの社会階層――階層のみならず、その経験も非常に変化に富んでいる――を一つに結集する触媒の役割を果たしたのであった。
 これまでのサパチスタの行事と同じく、具体的な問題に関するフォーラムが展開され、参加者たちは、国民投票や軍事行動、和平交渉などについてサパチスタ側と討論を行うことができた。四番目のフォーラムとして若者のための討論の場が用意され、ホームレス児童、公立学校の児童生徒、メキシコシティのパンク青年などが参加した。
 国民投票について討論した「市民社会」の代表団は、EZLNの提案を承認し、全国から五千人の代表を派遣し、また同様に外国在住メキシコ人の参加を促すことにした。EZLNは、「市民社会」が対話の組織化に成功した事実は「市民社会」が国民投票を成功裏に実行できる能力を示していると述べた。

COCOPA

 第一回目の困難な会合の後、EZLNと十六人の国と州の議員とによる二回目の「心のこもった」出会いが行われ、具体的な提案が実現するとともに、双方の参加メンバーがさらなる交渉が行われるだろうとの積極的な評価を表明した。
 COCOPAはメディアを通じて両陣営がお互いの態度や見解を知るという事態を避けるためには直接の接触が必要だと強調し、EZLN代表団は、国民投票を実現するために議会委員会の支援を要請した。
 COCOPAは、サパチスタがセディージョ政権との和平交渉を再度開始する能力に関して疑問を呈した。EZLNの側は、一九九六年九月以来、交渉の席に復帰するための最低条件として堅持してきた五つの条件を繰り返して表明した。それには、COCOPAのイニシアティブによるサンアンドレス協定の法律化、チャパスにおける準軍事組織の武装解除と放逐、サパチスタ政治犯の釈放などが含まれている。
 サパチスタ代表団は、新たな調停機関の必要について言及した。ほぼ二年前に行われた最初の会談を実現するのに貢献した全国調停委員会(CONAI)が今日存在していない事実は、今回の対話の最初から明らかであった。カトリック司教サムエル・ルイスが委員長となっていたCONAIは、一九九八年六月に解散した。ルイス司教が、和平交渉が新たな段階に入る必要があると述べ、さらに全国調停委員会と教会に対する政権の攻撃に不満を表明して辞任したからである。
 サパチスタ代表団は、議会委員会が提供した劣悪な作業環境を怒り、COCOPAが自らの約束を破り、また、その待遇態度には人種差別があるとのコミュニケを出した。COCOPAは、そうした非難を否定したが、EZLNが提起した具体的な要求に応えようとした。
 調停機関が存在していないことの影響は、対話の最終日にも明らかになった。つまりCOCOPAがセディージョ政権の提案をEZLNに届けようとしたときのことだった。サパチスタの代表たちは、封をされた文書の受け取りを拒否して、議会委員会を調停機関として考えていないのだから、そうした文書を受け取る立場にないと述べた。
 対話が行われた週末、全米二十四の都市でメキシコ民主主義のための全国委員会が主催するデモが展開され、ジョージア州フォートベニング(陸軍歩兵訓練センター)における五千人強の市民不服従行動と同様に、サパチスタの対話をも支持した。
(電子版インターナショナルビューポイント誌98年12月、306号)