1990年7月10日         労働者の力             第11号
第一線の労働者活動家の報告

結成から半年の全労協を強化するために

飛躍の鍵=新たな主体を形成しよう

 以下は、労働運動の第一線で活動する同志による全労協の現在と今後の課題に関する報告を本紙編集部がまとめたものである。七月六日の全労協第二回会議の前という時期の報告である。

様変わりした労働運動

 一九九〇年代に入って、労働運動がどのように進んできたかを考えてみると、全労協を結成した昨年末からわずか半年間だけでも、運動の面からは、国鉄闘争、韓国スミダ、アジアスワニー、タナシンなどという進出した日本資本に対する韓国を中心にしたアジアの労働者の日本における連続した闘争、反原発闘争の持続的な広がりとこの間急速に発展している産業廃棄物問題やゴルフ場問題を含めたエコロジーの運動などの労働運動とのつながりということがあった。
 毎年の恒例の闘いとなっている春闘は、ほとんど焦点化せず、運動的にも集中しなかった。この現象は、連合にも当てはまるが、それだけでなく、全労連、全労協にも共通したものだった。確かに、それぞれの全国組織は他よりも何%賃上げ率が高かったと自慢することがあったにしても、客観的に同じようなものだった。
 わずか半年間の運動状況からも、労働運動が相当様変わりしたといえる。とくに従来の労働運動の中心的な課題が労働運動の範囲のなかで労働者の権益の拡大、既得権の保護・維持におかれていたのが、これまでとは違った新しい位相からの課題が提起されてきている。この点は国鉄闘争でも同じで、「首切りを許さない」というスローガンは旧来のものと同じなのだが、その内容、論調は「国鉄労働者としての自分を人間として扱え」といことであって、この論調が国鉄闘争の軸になっている。この変化、運動の新しい要素をしっかり見きわめなければならないと思う。
 この間大きな問題になっている外国人労働者の闘争がある。韓国スミダ、アジアスワニー、タナシンなど、進出してきた日本資本に対するアジアの労働者の闘い、帝国主義本国に攻め込むアジアの労働者の闘いもまったく新しい要素である。これは、外国人労働者が日本帝国主義の本国でどのような状態におかれているのか、どんな待遇を受けているのかを明らかにし、彼らの今後の闘いの方向を示すものであったといえよう。
また、本紙の四月号に掲載された報告のなかで取り上げた課題であるが、日教組、というか教育労働者を中心にした文部省の新指導要綱、とくに「君が代・日の丸」に反対する運動があった。われわれの所でも教育委員会、教育庁などにいって「君が代・日の丸」に反対する行動を行ったが、そこで向こうは「国際国家日本、その子供たちの教育」か「あなた方は本当に国歌がいらないというのですか」と正面からいわれ、従来の「教え子を戦場に送るな」という平和主義だけでは対応できない状態が明らかになっている。
 以上のことから分かるように、90年代の労働運動が課題として取り上げなければならないものが端緒的、萌芽的に登場しはじめている。これに対して、どのように取り組めてきたのかが、総括というか今後の方向を定めるうえで決定的に重要だと思う。この観点がないと、連合、全労連、全労協という三つの全国潮流に分解したのだから、反連合を旗印にして集まりさえすれば階級性をもった労働運動の潮流ができるという考えになりやすい。これではだめだ。

 時代の要請に応えた全労協

 この点から考えると、全労協を結成してわずか半年間ではあるが、こうした課題に全労協は小さい力ながらも真正面から取り組み、闘いを進めてきた。
 国鉄闘争は全労協にとって、その結成に関わる中心の課題であり、3・16全国統一闘争、中央決起集会、3・30全国ストと、取り組んできた。われわれはこの間、3・31以降、この力量で国鉄闘争を主体的力量として、あるいは政治的に支えきれる力となれるのか若干危惧していたが、客観的にみて、この段階を越えて闘いは進行している。今後の国鉄闘争をどのように発展させるのか、そのために全国陣形をどのように構築していくのかが課題として問われている。
 連合は、韓国スミダの問題で連合国際局長の名前で韓国労総あてに「反連合勢力が支援している韓国スミダの闘いを支援しない」と文書を公式に送っている。日本国内の外国人労働者の問題でも同じことだが、日本の労働者の権益をいかに防衛するか、それを冒さない範囲でしか運動しないというのが連合の基本態度だ。
 韓国スミダでは、全労協が全体として全力で取り組んだというより、全労協に加盟している地域の東部労組や清掃労組、東水労などが持続的な支援態勢をとって闘ってきた。連合がバリケードの向こう側にいるのははっきりしているが、なぜ全労連がこの闘いをまったく支援できなかったのか、これを逆にいえば全労協の可能性が見えてくる。
 全労協は、全労連のように組織的に反連合というだけでなく、運動として、その内容として反連合の立場を90年代を展望するなかで果たさなければならない位置、独自の基盤、可能性を獲得したといえる。
 反原発の問題、あるいは最近頻発している産業廃棄物、ゴミの問題が自然、生態系を破壊するとして大きな問題になっている。産業廃棄物の処理場設置をめぐって、一つの集落全体が反対期成同盟のようなものをつくったという例がある。処理場を山のうえにつくるというのだが、その下の集落は地下水で生活しており、処理場ができれば当然水が汚染される。この闘いを引金にして、ゴルフ場問題に関するネットワークができたり、様々な運動が噴出しはじめている。こうした運動との結合も緒についたばかりではあるが、はじまろうとしている。
 反原発の方は、この間福島で四つの炉すべてが停止するという事態や、チェルノブイリの事故のその後の状況や後遺症が明らかにされ、持続、拡大していて、この運動と労働運動がどのように結合していくかが提起され、労働組合として反原発運動を行ってきたグループが全労協に結集している。
 これに対して連合の方は、政策検討委員会のなかで原発について相当激しい討論があり、対立が表面化している。自治労を中心にして、反原発というか、脱原発路線が主張され、電機労連や電力労連がこれに激しく反対するという構造だった。電力労連は、その場で自治労の幹部を含めて一緒に原発の見学にいこうといい、どれほど原発の安全性確保に努力しているかを強調したそうだ。
 以上のような状況のなかで全労協の現在を考えると、次のようにいえる。結成に至るまでの組織的な結集力は結成後の組織の拡大、新しい組合の参加がないという事態にみられるようにはっきりいって停滞している。全労協のもつ可能性、90年代の労働運動の新しい課題にどのように挑戦していくかという点では、先にいったような運動の側が全労協の存在を強制している――これが全労協の現在的な位置である。これらの点を第二回大会で補強して、運動方針でも取り上げている。

 問われる新しい主体

 現在の状況は、本当に闘える組織の必要を示しており、労働組合の全国組織が連合、全労連、全労協と三つあるなかで、90年代の新しい労働運動の課題に取り組めるのは全労協しかないことがはっきりした。そして、この勢力の帰趨が90年代の運動全体の動向を左右する。問題は、これらの課題を全労協として本当にやりきれるのか、そのために必要な組織的態勢との広がりを全労協がつくり出せているのかということである。
 もう一つは、労働運動全体の共通課題であるが、組織率の低下のなかで未組織労働者の組織化の問題がある。これを全労協は非常に重視している。このため、全労協に結集している中小の組合がどれほど力をいれているか、そのための陣形をどのようにつくっているか、これが問われている。こうした観点から中小労組の全国結集を考える「7・7中小労組全国活動者交流集会」が取り組まれている。7・7集会を成功させて、今後の未組織労働者の組織化にとって大きな梃子にしていかなければならない。
 未組織労働者の組織化には具体的な梃子が必要である。というのは、争議の形態が大きく変化してきている。国鉄闘争を例外にして全国的な大きい争議が姿を消している。国鉄闘争も国家の路線に抵抗するものは人間として扱わないという攻撃との闘いである。今後、争議といった場合、従来とは違った要素が出てくる。
 それは、先にいったアジアから攻め込んでくる闘いに逆に本工労働者、つまり帝国主義本国の労働者や親企業の労働者がどのような関係をもつことができるのか、あるいは外国人労働者をかかえている企業のなかで彼らに対する差別・分断とどのように闘えるのか、といった新しい要素である。アジア人労働者、外国人労働者と本国の労働者が共同の闘いを組めるか、こうした新しい観点、要素をもった争議が必要であり、そのための未組織の組織化である必要がある。
 全労協を結成するまでは三つの分解を実現できるかどうかが課題だったが、全労協の第二回大会は、現に萌芽的に見えている全労協の客観的な存在基盤である運動的諸要素を全国組織として引き受けたり、させたりすることがほとんどできていない状況、主体的力量を克服していくための第一歩にならなくてはならない。
 90年代の運動の全体に全労協の強化・発展を通じて挑戦していかなければならない。この観点から70年代後半から形成されてきた「労働情報」や十月会議、労組連勢力が一体になって全労協運動を推進していくことが問われている。
 全労協がその運動的可能性を現実化することができるかどうかが課題になっている。全労協を中枢になって推進してきた勢力のなかで革命的左派がそのイニシアチブをとらなければならないとわれわれはいってきた。この状況のなかで「労働情報」、労組連、十月会議がその歴史的な一つのサイクルを終えた。結果的にいえば、自らを全労協の中枢的推進勢力に位置づけられなかった。逆に、「労働情報」、労組連、十月会議は、労働戦線の再編過程のなかで分散化していった。このことは、様々な形で表現されている。
 したがって問題は、先に述べた全労協の90年代における組織的位置を確認しつつ、「労働情報」、労組連、十月会議のなかの全労協を本当に推進していく勢力、グループを、この歴史的流れとは違う全労協に結集してきている勢力を含めて政治的に再結集できるかが主体的には最大の課題になるのではなかろうか。

労働運動の方向を示す貴重な闘いに学ぼう

韓国スミダ労組、勝利的解決を実現

新たな国際連帯運動の構築を

新しい状況の出現

 ファクス一枚の「倒産・全員解雇」通知から二三八日、労組代表の来日から二〇六日目の六月八日、二一回におよぶ団交の末、ついに労使間の合意が成立し、労組側の勝利的解決を確認できる成果をかちとった。とりわけ争点になっていた諸点――会社側は非を認め謝罪し、昨年十月十四日付のファクスによる「倒産・全員解雇」通知を撤回すること、現組合員一五〇人分の雇用対策・生存権対策資金を組合に支払うこと――を認めさせ、全体として労組側が示した合意書(案)をほぼ全面的に受け入れたものになっている。
 昨年十一月以降、一つの流れとなって来日したTND、アジアスワニー、そして韓国スミダ労組の決死の闘いによってかちとられた一連の勝利的解決という成果を踏まえた上で、今後の日本における支援・連帯活動の発展に結びつけていくために一定の総括的作業が求められる局面に入っている。
 三労組が滞在中、とりわけ約八カ月におよぶ決して短いとはいえない間に、韓国スミダ労組が本社企業とひるむことなく闘争を進めていく中で、同時平行的に女性や国労をはじめとする画期的な交流・連帯集会が幅広く展開された。このような基盤の上で総括的な作業に取り組んでいこうとする場合、確かに実際の支援闘争の方針をめぐってどうであったのかという立場からの総括は欠かすことはできないし、現に現地闘争をになった人々を中心に進められている。
 この総括作業において、われわれが教訓化していくべき点は積極的に吸収していかなければならないことは当然であるが、われわれがこの作業にアプローチしていこうとする時に、自己の主体的立ち遅れの現状を深く認識した上で、どのような視点からのとらえ直しが求められているのかという問題意識の設定が前提的部分において必要になっていると思われる。
 従来の国際連帯活動においてはまったくみることのできなかった、このような「新しい状況」を現在の急速な国際的変動の中で労働者運動の主体的課題としてどのように位置づけなおしていくべきか、そのための素材の一つとして、きわめて不十分だが、若干の私見を述べておきたい。

総括のために必要な視点

 韓国において八〇年代後半に新たな高揚を見せた民主化闘争の圧力が現政権に強制した「民主化宣言」以降、労働争議の続発の中で旧来の御用組合とははっきり決別した労働運動の新しい潮流が登場し、その拡大、発展を背景としつつ労働者大衆が自己の人間的、社会的権利の実現と民主主義を希求する状況が、長期にわたって軍事独裁政権によって抑制されてきた底深い反体制のエネルギーとも結合して全般化していくことになった。
 歴史的に蓄積されてきた反独裁・民主化闘争の中で育まれてきた素朴な自己実現のエネルギーに裏打ちされた民主的権利意識の性格を理解する場合、国策としての反共主義イデオロギーによって支配されてきた側面をもつ韓国の国民意識との関係、または従来の「社会主義」論の見直し、再生のための理論的再構築が階級概念の再検討をも含んで語られている現状において単純に「階級意識の発展」と規定をすることが適切なのかどうか、私自身は留保しておく必要を感じている。
 しかし少なくとも韓国スミダ労組の代表が繰り返し主張していた「死ぬことはできても負けることはできない」という言葉が、非妥協的な自己実現に向かう意識と全労働者の民主的権利を要求するエネルギーとが一体となることによって発せられていることを強く印象づけられたことを思う時に、自己実現のための普遍的民主主義を求めてやまない新しい要素と新鮮な可能性を、その中に見ることができるように思う。
 それは、分断国家の枠組みによって束縛されることのない独立した新しい世代の意識の発現された状態であるともいえるのではないだろうか。
 一方でスターリニズムの歴史的崩壊によって、旧来の政治・社会体制を明白に拒否していく労働者大衆の巨大な変化が、アジア諸国の民衆に対して様々なテンポや内容の違いをともないながら近い将来、具体的影響をもたらしてくることは避けられない。その巨大な変化の底流にある「自己実現のための民主主義」の社会的実現を共通の普遍的な目的意識、価値観として確定していくことが、共同の闘いを通じて求められているのではないだろうか。
 このような普遍的価値観を共同の闘いを通じて創造し、共有し深めていくことの中から時代の変動に対応していくことができる新たな国際連帯運動の主体をつくりあげ、それを物質的根拠としていくことによって社会主義の再生への可能性に道を開いていくことができるのではないだろうか。

求められる実践的な課題

 進出企業の側は、一連の争議における敗北的状況を教訓にして、今後は現地労働者の法的保護の網の目を巧妙にくぐりながら労務管理支配を一層強化してくるだろう。
 日本資本の投資に依存せざるをえない当該国政府との関係を利用しつつ、現地労働者の安価な労働力をベースにして賃金格差を意図的に生み出し、労働者間の差別と分断、対立の固定化を労務管理の手法として構造的につくり出していくこともありうる。また進出企業特有の寄生的性格によって、これまでの「経過」からは考えることのできない地域を進出先として選択していくこともありえるだろう。
 これまでの日本における国際連帯活動の実状は、われわれも含めて総じて受動的な支援・連帯活動の枠内にとどまってきたということができると思う。とりわけ韓国三労組の代表が様々な不安と犠牲を覚悟の上で来日までして闘わなければならなかったこと、また代表たちを受け入れていくルートと態勢を日本の労働者運動がもっていなかったという現状は深刻に受けとめられなければならないだろう。
 帝国主義本国における労働者運動の主体的課題としての日系進出企業の横暴を許さない闘いは、韓国三労組の闘いに触発され、多様な共同行動を通じて獲得された貴重な経験を運動の財産として共有化していくことによって、さらに前進していかなければならない地点にきている。
 そのための前提条件として進出企業の実態について現地労働者との情報交換を中心に据えた国際的ネットワークづくりが具体的課題にのぼってきているといえるだろう。
 AWSL(アジア労働者連帯会議)日本委員会の結成を踏まえつつ、新しい国際連帯の枠組みをつくり出していくことが求められている。 (澄田心平) 

三里塚全国相談会開催さる 

九・三〇全国集会を決定

様々な行動を確認

 七月一日、三里塚木の根公民館で全国からの約五〇人が参加して全国相談会が開かれた。
 反対同盟からは熱田前代表、秋葉救対部長、石井武世話人、小川源世話人、事務局から石毛さん、石井新治さん、そして相原さんらが出席した。
 今回の相談会は、秋の全国集会の準備、今後の運動方針を討論する場として設定されたものである。相談会は、石毛事務局から運輸省の動向が報告され、この報告に関連して三里塚の運動の進め方について様々な問題意識が討論された。
 論議として、「一・三〇会見」時に提示した反対同盟の声明にたいして運輸省の「回答」で表明している立場は到底認めることはできない、二項目を闘いとっていくという意見が多く表明された。運輸省の「回答」とは、「一・三〇会見」時に反対同盟が声明で問題にした@検問監視体制、有刺鉄線、柵等についてA事業認定は失効している、との見解について運輸省が「声明二条件」として、五月二十九日に「回答」したものである。@項は改善するA項については、二十年たっても失効していないとの内容である。
 特に、この論議のなかで、小川源さんは、「公団とは水と油の関係である。問答無用、農地死守、空港反対。苦労して手にした土地を子孫に伝えていく。二十数年前の原点に帰ることが必要である」との意見を表明していた。
 これらの論議のあと、秋の集会は、九月三十日に開催する。名称は「成田は違憲の巣、二期工事糾弾、考え直せ成田空港 九・三〇三里塚現地集会」と確認された。さらに、集会の前夜、場所は未定だが、「三日戦争」などの代執行二十年を意識した映画会を予定する、集会当日に三里塚の歴史がわかるような写真展を行うことが提案された。
 また、闘争スケジュールとして、七月二十二日、木の根プール開き、八月十日、横堀部落盆踊り、八月十一日、三里塚原野祭を同盟として取り組むことを決定した。
 さらに、八月三日管制塔被告の和多田さんが府中刑務所より満期出所することに関して、府中刑務所への出迎えを行い、歓迎集会を同日午後一時から渋谷勤福会館で開くことへの積極的取り組みが要請された。以上を確認して散会した。     (K)

八月三日和多田粂夫さん歓迎行動
府中刑務所前 午前七時半〜
(JR武蔵野線北府中駅下車)
午後一時 渋谷勤労福祉会館
  主催 管制塔戦士被告団 和多田さんを守る会

「赤旗」評論特集版を読む

日本共産党の困惑と党内論争

19回大会へ激しい内部討論

大会準備討論の大枠

 七月九日から開催される党大会にむけて繰り広げられた日本共産党の党内論争には興味深いものがある。長年にわたって作り上げられてきたこの党の官僚機構がたやすく崩れさろうとも思われないが、にもかかわらずソ連のペレストロイカの進展と、それとの相互作用のなかで進んでいる東欧の「反官僚民主主義革命」という世界史的変動がこの党に及ぼしつつある深刻な影響を見てとることができるからである。
 『赤旗』評論特集版は、六月に二度の臨時増刊号を発行し、「第十九回党大会議案についての意見」を紹介している。このなかで、「トロツキーの世界革命論が正しかった」という見解が表明されたり、執行部総辞職の要求が提起されるなど、「百花争鳴」のごとき多様な見解が表明されている。一枚岩の体制を誇ってきた日本共産党にとっては、まさに画期的な事態というべきである。
 第十九回党大会は、すでに八十歳を越えた宮本議長が従来の自らの路線と体制を是が非にも守り抜こうとする意志と、それにたいする正面からの批判が公然とぶつかり始めた、その最初の大会となろう。
 評論特集版臨時増刊号の紙面に示されているものは、最大の問題としての「社会主義問題」は当然として、民主集中制の是非、参院選総括と統一戦線戦術、労働組合問題など多岐にわたり、批判派と翼賛的な(伝統的文脈をもった)中央擁護派が登場している。また臨時増刊の第二号では、第一号掲載の中央批判的な諸見解にたいし複数の中央メンバーによる反論が掲載されているが、反論水準の低さと論理の陳腐さは批判的見解が示している新たな領域への踏み込みの意欲とが対照的であることをつけくわえておきたい。
 対立は、「社会主義問題」と党内民主主義=民主集中制の是非をめぐる核心的な問題に絞られていく方向を示している。

批判的見解の紹介

ルーマニア問題
 以下、中央への批判的見解から特徴的な見解を抜粋して紹介する。
「……私は、第十九回党大会決議案中、第二章、四、ルーマニアに関する部分の大幅修正を求めます。『案』は、日本共産党がルーマニア共産党と一連の共同文書を発表するなどの友好関係を保ってきた経過についての党内外の疑問を意識しながら、一九六六年の第十回党大会で定めた『外国の党と関係を結ぶ基準』に照らして、いささかの手落ちもないという論調を貫いています。しかし、常識的に考えても『基準』の適用には自ずからなる限界がありますし、……いかに生成期社会主義国の限界があろうとも、相手の党が『自国内』の『民主主義と人権』を踏みにじり、到底その国の人民を代表すると判断できない場合においては、その状態を単に『路線』や『内政』として見逃してよいとするものではないはずです。……すでに 五月一日付『赤旗』紙上に中央委員会国際部長の新原昭治氏が『国際連帯についての日本共産党の基準とルーマニア問題』を発表され、五月二十八日付『赤旗』評論特集版には政治学者の加藤哲郎氏の『ルーマニア問題について新原昭治氏に答える』が掲載されるなど、党内外の『ルーマニア問題』に対する関心は広がっています。……中央委員会は国際問題に対応する唯一の機関として規約でさだめられていますが、私はまず、全党員に対して、この問題に関する資料収集と分析の努力の経過を詳細に明らかにし、論議と判断の材料を提供すべきだと考えます。
 ……現在の『案』は、『ルーマニアチャウシェスク政権の変質が、国際的にはっきりあらわれたのは』、『昨年の六月の天安門事件にたいしてこれを支持する態度を表明したことだった』と記述していますが、これは非常に曖昧です。また日本共産党が『機敏』な対応をしたと主張するのは、かなり無理があると思います。やはり、遅きに失したという事実を率直に認めるべきでしょう。……『』内の部分は『最早だれの目にも明らかになったのは』と修正すべきであって、専門的に国際問題を担当する中央委員会としては、その何年か前に事態を正しく分析して対応していなければなりません。その点の責任と反省を明らかにし、今後の教訓とすべきではないでしょうか」(埼玉・徳永 修 ) 
 「……いま問われているのは、世界史が激動し、現行綱領のいう『社会主義』についての前提がくずれたことである。根本的に、われわれの目標と党のあり方を、再構築しなければならない。これは綱領の問題である。大会決議が、綱領に代わることはできない。
 どうすればよいのか? 答えは簡単である。真正面から綱領・規約を再検討することである。
 ……結論的にいって、今次大会は、現行綱領・規約を停止し、新しい綱領・規約をつくるための手続きに必要な討論を、自由に徹底的におこなうべきである。党大会の代議員の決め方から、全党討議の進め方までを決め、時間をおいて、臨時大会を開くべきである。
……宮本議長は、退陣すべきである。指導部任期制やルーマニア問題での『前衛』六月号の弁明はあまりに見苦しい。
……『まだまだわが党の綱領は、有効性がありますので、今度の大会で変える予定はありません』というが、それは、宮本議長ではなく、われわれ党員こそが決めることである。
 今大会の最大の任務の一つは、指導部の政治責任の明確化と『民主集中制』の再検討にあてるべきである」(東京・吉田 達男)

民主主義の問題

 「……ルーマニア共産党が対外的には『自主独立』であっても、対内的には人権抑圧的であったことは、七〇年代後半頃から西欧では問題にされていた。しかし『赤旗』が事実を報道してこなかった(正確には報道できなかった)ため、多くの党員がルーマニアについて誤ったイメージを持ってきていた。そして、党中央はルーマニア共産党とその体制を批判してこなかっただけでなく、美化すらしてきた。この点について、党中央の厳しい自己批判が必要である。そして、大会の名においてルーマニア人民に謝罪すべきである。……わが党の『自主独立』路線も、ルーマニア共産党と同じ積極面と限界を持っている。これはインターナショナリズムとスターリン主義批判の観点から、再検討が必要である。
 ……わが党の社会主議論が『東欧・ソ連の事態にさいしても、少しもその基本的内容を訂正する必要がなく、いっそうの科学的生命力を発揮していることは、わが党の路線の真価をしめすものにほかならない』(第一章二面四〜五段目)という自己認識は根本的に誤りである。ここには、現実から何も学ぼうとしないかたくなな教条主義があるだけである。しかも、これに疑問をさしはさむことが『敗北主義的、清算主義的な傾向』であるとあらかじめ批判を封殺するレッテルまで用意されている。
 ……党に一番欠けているのは、生き生きした討論である。……これを妨げているのは、党全体に蔓延している異論を排除しようとする一元主義的な思考様式である。……また、決議は『分派は民主集中制にきわめて有害である』と述べているが、これは歴史的事実に反する。分派は、一九二一年のロシア共産党第十回
大会で一時的措置として禁止されるまでは、党の活力とされていた。この禁止を不動の原則に変質させたのがスターリンであった。党中央の見解は、実はスターリン主義の見解と一致しているのである。党の活性化のためには、この原則の見直しが必要である」(北海道・山本一郎)
 「……一方で『民主化は歓迎である』としながらも、もう一方では『あれはソ連型社会主義、ないしはスターリン・ブレジネフ型の社会主義の破綻である』と紋切り型の批判をし、我が党とはあたかも無関係であるかのような態度を示した点である。我が党のこのタイプの批判には二つの問題があって、一つは『ソ連型』『スターリン・ブレジネフ型』というけれども、ルーマニアにせよ、中国にせよ、ソ連とは違うタイプを目指していたにも関わらず、結果として同じような誤ちを犯してしまっている点を何も解明していないこと。二つ目は、日本の共産党は無関係だと言うけれど『じゃ日本型って、どんなもの?』と言われたときに同じような組織原則を党組織として持っているのでは、いくら『自由と民主主義の宣言』でいいことを言っても、『いつか政権をとれば今の社会主義のようになるのでは……?』という疑問にまともに答えられない、ということである。この問題はきわめて深刻であると私は考える。
 ……同じ『民主集中制』という組織原則と、同じ『前衛性概念』を掲げている政党なのにも関わらず、その主張内容の違うことだけをもって、国民に『我が党だけは失敗しませんよ』と言っても説得力は余りにないのではないだろうか。一連の社会主義国で起きた諸事件はこれまでの社会主義運動に多かれ少なかれ普遍的で、深刻な問題を投げかけているのであり、このことについて決議案はなんら解明しておらず、むしろ『我が党だけは例外』であるかのように叙述しているのには、一種の開き直りすら感じて極めて遺憾である。
 ……以上@Aの理由により八九年の選挙戦は我が党の奮闘も空しく敗北に終わった。従って、その責任をとって選挙方針に最終責任を負った現中央常任幹部会は直ちに総辞職」すべきである。(高知・川合義男)
社会主義と世界革命
「……わが党の『体制としての社会主義』論の貧困さは、これまで社会主義の優位性を、現存『社会主義』諸国のあれこれの優位性を例に説明しようとしてきたことの反映であり、そもそも、現存『社会主義』諸国を生成期であれ何であれ、『社会主義』としてきた、これまでのわが党の社会主議論が行き詰まっていることの反映なのである。
 ……要するに、世界的規模でのみ、『体制としての社会主義』は存在しうるのであり、主要な資本主義国を外部に持ったままでは、いつまでたっても『体制としての社会主義』には到達しえず、したがって国家をともなった「過渡期社会」のままなのである。長期にわたる国家権力の維持は、必然的にそれの腐敗を生み出し、やがてスターリン主義へと行き着くのである。このことは、スターリン以来、コミンテルン出自の共産党の強固な確信となっている『一国社会主義可能論』がまったく誤ったものであることを教えている。
 ……わが党は『一国社会主義可能論』というスターリン主義の最大のドグマをきっぱりと捨て去らなければならない。一国において社会主義が可能か不可能かという一九二〇年代の歴史的論争においては、それを不可能としたトロツキーこそが正しかったことを公平に認めなければならない(ちなみに、レーニンも基本的にトロツキーと同じ一国社会主議不可能論に立っていた)。
 ……こうした本来のマルクス、レーニン主義の見地に立ち戻らないかぎり、わが党の社会主議論は混迷を深めるばかりであろう」(東京・佐方 基)
ルーマニア問題に関する修正提案 
「……(理由)ルーマニアのチャウシェスク政権が、国内において例をみない、非人道的かつ反民主的な政治を推し進めていたことは、今日明白な事実であり、天安門事件以前から多くの研究者、あるいは『アムネスティ・インターナショナル』の年次報告などで指摘されてきました。……こうした問題は、朝日新聞などのブルジョア新聞ですらも取り上げていましたが、『赤旗』では扱ってはいませんでした。少なくとも、『ブル新』ですらも取り上げている問題が、特派員を常駐させている日本の共産党の機関紙に掲載されていないというのでは、一般党員や国民大衆から、内政問題に目をつぶっていたと受けとめられても仕方がないでしょう。事実を確かめられなかったということそのこと自体が、結果的にはチャウシェスク政権の反人民的な政治の本質を見抜けず、チャウシェスクの側から、自らの対外的な評価で内政の失敗をカモフラージュすることに半ば利用される結果となったのですから」はたゆうき(東京)
党内民主主義の問題
 なお、組織内民主主義の観点から見て、日本共産党が党内論争を評論特集版増刊号の形で公開していることは以前に比較して進歩したことと評価できる。だが、この党中央の一枚岩的な民主集中制の堅持という決意と現実の官僚主義・密室主義批判とのぎりぎりのバランスをとるための苦肉の策であることを指摘しておきたい。
 「我が党に民主主義がないとは思っていません。むしろこのような意見公表の機会を積極的にもうけたり、党文献で広く世界の情報が立場を異にする見解を含めて紹介されている事実を評価します。しかしそれは適当な言葉が見つかりませんが、『管理された自由と民主主義』にとどまりがちであり、党員の自由と権利に立つそれとは全く同じものではありません。」(「民主集中制の見直しを求める」埼玉・伊那 一郎)
 「……(党内の官僚主義)を実践的に克服するために次の提案をしたい。@『赤旗』日刊紙に討論欄を常設する。A党中央から批判された党員には反論権を認める。B一支部から討論集会の要求があった場合、地区全体規模で討論集会を開催しなければならない。地区・都道府県もそれに準ずる。C党員は各級会議や各討論集会で自由に文書、資料を配布する権利をもつ。D党員は各級会議や各討論集会での発言内容を理由に上級機関から不利益を受けない。」(前出 「大会決議案に対する意見」北海道 山本 一郎 第四節『党内民主主義の回復による党の活性化を』)
ある党員の説によると、現状の共産党の組織内民主主義は「目安箱民主主義」というのだそうである。北海道の山本一郎の要求に窺えるが、個々の党員は、連名の文書も決議も出せず、配布もできない。会議での発言は内容的には自由であるが、それを文書で配布したり、複数での共同作業を行うことは禁じられている。意見は上級機関に対する個人の意見であり、それが取り上げられるかどうかは、上級機関の一方的な意志に依存する。つまり「目安箱民主主義」というわけである。
したがって、下級から一つずつ機関の段階を上っていくうちに異論は淘汰され、最終的な全国大会では満場一致になるシステムが日本共産党の組織民主主義=民主集中制なのである。党中央が徹底的に「分派禁止」にしがみつくのは、党員を完全に分断し続けるシステムに固執するためであり、さらに言えば評論特集版での論争などのポーズはいちじくの葉の役割なのである。だが、われわれはこのようないちじくの葉からも党内の様々な見解を知ることができるのだから、以前の共産党の民主集中制よりは進んでいる要素を認めなければ、公平さを失うであろう。
 つけくわえれば、ここで紹介したほんの一部分からも、もはや民主集中制をスターリン的伝統のままに技術的な手直しをしただけで維持することができなくなりつつあることを理解できる。一枚岩論の解体は避けられないであろう。そのときに日本共産党の共産党としての由縁も終了することになるのではなかろうか。

エコロジー問題の「入門書」案内
            山本 悟


 この間、本紙にエコロジー運動に関する文章を二回ほど書いてきた。
 それは当然にも、私なりのテンポと方法で関わってきたエコロジー運動の中で、経験し感じてきたものを披瀝したにすぎない。だから無謀にも気安く「メーデーとアースデーとの合流を」などと書くこともできた。
 しかし現実に起きている事態は、当然にも私のテンポにあわせて進んでくれるわけではない。それは、環境破壊の加速度的な進行だけではない。とりわけアースデーを前後して、資本の側が「見事に」、しかもスピーディーに「自然・環境・エコロジー」という言葉を取り込んでいっているように思える。
缶ビールをあけるときフタが缶に残るステイオン・タイプと呼ばれるデザインの広がりや、紫外線で分解されるというポリ袋、再生紙を使った新製品がもてはやされ、少なくともマスコミを賑わしていることは間違いない。
 「環境問題をテーマに新たな機能や性能をもたせたデザインは、いまや企業の有効なCI(コーポレート・アイデンティティ)戦略と考えられるようになってきている」(読売新聞6/26「デザイン季評」)
 こうなってくると、そうそうのんびりと構えているわけにもいかなくなってきてしまう。そこで無理を承知で、エコロジー関係のいくつかの本を紹介してみようと思う。

複雑に絡みあった迷路

 まず最初に「現代農業、臨時増刊『米の輸入』」(農文協)と「別冊宝島一〇一号『地球環境・読本』」(JICC出版局)の二冊をあげておきたい。
 これらはどちらも多くの(前者が約六十人、後者が二十人)「専門家」たちによって、それぞれの視点・テーマにそった見解が記述されている。
 「米の輸入」でいえば、同じ自由化反対でも文化の問題から見解を述べている人、いわゆる「食糧安保」の視点から論ずる人、農薬の問題を切口にしながら考えようとする人等々。「地球環境・読本」でいえばエネルギー・食糧・気象・廃棄物等々のテーマ別に問題が提起されている。
 このように書くと、広く浅く総花的に、手っとり早く概観を知ろうという、よくあるいわゆる入門書のように思われるかもしれない。事実、そのように読むことも可能かもしれない。しかし私がここで取り上げたのは、まったく逆の意味での入門書ににして欲しいと思うからだ。
 それはどういうことかというと、同じ本のなかで、それぞれの主張やその前提となる現実認識においてかなりの違い、場合によっては相互に対立するような見解が出されていることに気づいて欲しいということである。要するに整合性がないということに気づいて欲しいのだ。そして、そこがまずとりあえずの入口だと思うということである。
 ここでは、それぞれの内容にそって具体的には立ち入れないけれども、最近起きた例でいえば「生ゴミ水切り論争」(毎日新聞)のようなものだ。
 ゴミの減量化のために台所の生ゴミの「水切りは最低限のマナー。水切りした程度の汚れなら、下水処理能力に問題はない」とする東京都清掃局と、「下水処理施設があるところででも、汚水は控えてほしい。規模にもよるが生ゴミに含まれる水くらいなら、焼却できるはず」とする環境庁水質保全局の対立である。
 この対立が役所間の利害争い的なものであれば助かるのだが、それほど単純でもない。日常的に食器を洗ったり、食事を作り生ゴミを出す側になってみて、なおかつ少しでも環境破壊にならないやり方を、と願ったとしたら選択に迷うのは至極当然だ。これと同じようなことが「割箸」論争などについても当てはまるだろう。
 もちろんそれは、単に論争が複雑怪奇になっているということではない。
 現実それ自身が迷路であるのだと思う。したがって現実と対面するということは、私たちがその迷路の入口に立つということだろうし、あるいは立っていることを自覚するということでもあるだろう。そのための導水路、入門書として考えられればよいと思う。

私の心を打った一冊

 次にあげておきたいのが、「母は枯葉剤を浴びた―ダイオキシンの傷あと―」(新潮社)という本である。これはいってしまえば、私の「趣味」であげたような一冊である。しかし誰にも、その人の心を打つような一冊というものはあるはずだ。
 題名からおおよその内容は推測できると思うが、ベトナム戦争で米軍が展開した「枯葉作戦」による「後遺症」を、生々しい写真も使って報告したドキュメントである。
 「ベトナム革命勝利」をスローガンに、闘ってきた世代として、当時とは別の位相からベトナム戦争を考えてみる好著である。
 と同時に、私にとってこれがエコロジーへの関心を覚醒させた一冊である、というほど格好良くはないが、この本と関連して読んだイタリアのセベソで起きた薬品工場の事故の恐ろしさ――「技術と人間、八三・九月臨時増刊『ダイオキシン汚染のすべて』」と――ともに忘れられない本でもある。それは私にとってはチェルノブイリ以上のものでさえある。 
当然にも誰かが感銘を受けたからといって、他の人にも同様の感銘を与えてくれるわけではない。だから本書を読んで肩すかしをくう人がいるかもしれない。私としてはぜひ自分なりのそうした一冊を捜して欲しいと思う。
 ちなみに本紙の一読者からの紹介として、チェルノブイリに関連する何冊かをあげておきたい。
 「ベルリンからの手紙ー放射能は国境を越えて」(八月書館)
 「チェルノブイリの雲の下で」(技術と人間)
 「チェルノブイリからの証言」(  〃   )
新しい視点の自覚を
三番目としてあげておきたいのは、特定の本ではなくて、これまで読んだ本をエコロジーという視点からもう一度読み直してみるということを提案しておきたい。
たとえば、社会主義理論フォーラムの特集を組んだ「技術と人間、八六年二月『科学技術批判・エコロジー・社会主義』」などもその一つかもしれない。
 それほど直載的ではないにせよ、これまで読んできたつもりの多くの本の中に、断片的に登場してくる自然や環境、科学技術についての記述は、私たちのこれまでの価値観からは読み取り不可能であった。場合によっては深い敵意の対象ですらあった。
 またそれとはちょうど逆に、私たちがなにげなく書いてきた文章も、読み直し洗い直してみる価値はあるように思う。
最後に触れておきたいのは、エネルギーに関する本である。それは現在の私にとって一番の関心事である。この場合、やはりどうしても理解しなければならないのは、エントロピーの問題だろうと思う。
 おそらく誰もが知っていながら、しかし正確に認識し、説明できないものの一つが、このエントロピーという「得体の知れないもの」だろう。ライヒのオルゴンエネルギーほどではないにせよ、窒素酸化物のように機械で測定できるわけではないし、まして目に見えるわけでも、電気のように何かに直接利用したり、逆に放射能のように直接的な被害をもたらしているわけではない。
ついでに私見をいわせてもらえば、先述した米の自由化にしても、このエントロピーの問題を基準にして是非を論ずることも可能だと思っている。  
とはいえ、おそらくエントロピーを最初からアカデミックに捉えようと試みると、つまづきかねないので、石油・原子力・エネルギー問題の中から概括的に捉えることの方が現実的だろうと思う。そのためには「石油文明の次はなにか」(農文協)、「エネルギーとエントロピーの経済学」(東洋経済新報社)、「石油と原子力に未来はあるか」(亜紀書房)などがすすめられるように思う。

エリツィンは語る  大統領との一致を求めて

28回大会を前にしたインタビュー

モスクワニュース24号

 モスクワニュース紙の編集長、イーゴル・ヤコブレフは、ロシア共和国最高会議議長のボリス・エリツィンに、彼がロシア共和国最高会議議長に選出された後、そしてソ連共産党第二八回党大会を前にした時期にインタビューした。

議長選挙をめぐって

 イーゴル・ヤコブレフ この会談を準備するために私は、あなたが共和国最高会議議長に選出された後で行った記者会見の記事を新聞で見つけようと思って新聞を急いでめくったのですが、無駄でした。ソビエツカヤ・ロシア紙でさえ、タスが配信した記事を掲載していただけです。
 ボリス・エリツィン 詳細な記事の必要性があるのでしょうか。口頭の演説はそれ自体で完結しており、そこではすべてが確認される印刷された報告とはまた別物です。
ヤコブレフ そうした報告には反対なのですか。
 エリツィン 確かにそうです。
ヤコブレフ 今年はじめにあなたと話をしました。そのとき、あなたは、ロシア共和国の来る選挙とあなたの立候補への反対の出現について不満を現していました。予想通りに事態は進行しましたか。
 エリツィン そうでもあり、また、そうでもないというところです。ロシア議会に立候補したとき、どんな反対にもあいませんでした。スベルドルフスクの党委員会と地域のソビエト執行委員会は、私の立候補に非常に積極的でした。というのは、そうしなければ、地域の有権者の強い反対にあうことを知っていたからです。ロシア共和国最高会議議長についていえば、これに賭けられていたものは非常に大きいものでした。中央委員会の書記局員の誰かが強い関心を示すだろうと考えていました。正直にいって、書記長がこの選挙に関わってくるとは考えませんでした。決選投票の直前にゴルバチョフがおよそ二五〇人の党員代議員を集めて、投票結果を前もって、もちろん私に不利な方に決定しようとしたことを知ったとき、私はあきらめる以外に何もありませんでした。悪だくみだと思いました。
ヤコブレフ 投票の結果として議長になってから、ミハイル・ゴルバチョフから祝福を受けましたか。
 エリツィン いいえ。おそらく大統領は自分の仲間だけを祝福するのでしょう。また、ソ連邦最高会議議長は議長の仲間だけを祝福するのでしょう。ルキャノフとソ連邦最高会議の両院の議員すべてが私を祝福してくれたのですが。

ゴルバチョフとの関係

ヤコブレフ あなたとゴルバチョフとの長い確執があったため、祝福の基盤がなかったということです。あなたが議長になったいま、二人の確執、対立はわが国がよくなることを望んでいる全員の注目の的にならざるを得ません。ここでロシア議会があなたとゴルバチョフにあてたアピールを引用させて下さい。「あなたたちは、わが国全体や一つの共和国の舵をとるようになったのですから、どうか船を静かに、賢明に、注意深く理性的に、人民や代議員に相談しつつ操縦して下さい。そういうあなたたちを私たちは支持します」と。
 エリツィン 合意に達するためには、そうしようとする意思が必要です。私は、そうした意思をもっており、また、これまで何ども語ってきたように譲歩するつもりです。彼がアメリカから帰国した後、二人が会談し、すべてをすっかり話し合うことを期待しています。二人の協力は、ロシアの主権とその利益にとっても決定的で当然です。ロシアはロシアであり、二人の対話に依拠する権利があります。これに反対すべきものはありません。

危機からの脱出

ヤコブレフ あなたは、レーニンの有名な定式、「共産主義とはソビエトプラス電化である」を復活させようとしています。この定式を教条に変えたことが、他方で電力官僚が電化の引き臼を回しつづける中で、人民を歯車の一員にしてしまいました。ロシアの将来像をどのように考えていますか。
 エリツィン この点については、ロシアの経済的、精神的、文化的再生の綱領の中で明らかにしています。まず第一に危機からの脱出からはじめなければなりません。だから、危機の脱出から安定化と再生へ、と定式化します。
ヤコブレフ 三つの段階を登っていくということですか。
 エリツィン そうです。しかも、三つの段階のどれにおいても人民の生活水準を低下させることなくです。この点が、連邦政府が提案している市場経済への移行計画と根本的に異なると思っています。
ヤコブレフ 最初の段階、つまり危機から脱出しつつ人民の生活水準を低下させないということは可能なのですか。
 エリツィン 連邦政府や私の計画とは違う提案についてよく知っています。それらは、生活水準の悪化をチェックする機構を追求しています。だが、価格と生活水準という二つの概念を混同してはなりません。生活水準が保障されていれば、価格があがることもあります。
ヤコブレフ 一九四七年の食料配達制度が廃止され、貨幣価値が十分の一になった通貨切り替えを行った戦後第一回の改革をよく想起します。当時、私がす住んでいた地域の老女性はストーブに隠し貯金していた五〇〇ルーブルを交換に出しました。彼女はたった五〇ルーブルになるなんて考えてもいなかったのです。たいへん後悔しました。というのは、モスクワの商店に、戦争中には見ることもできなかった商品が陳列されたからです。新しい通貨の価値は誰にも明らかでした。現在の商品がない状態での値上げは、まったく予測できない結果をもたらすに違いありません。
 エリツィン もちろん、そうです。政府が悪い措置をとったと考えるのは容易です。しかし、実際にそうなのでしょうか。この問題を政治局は三回、幹部会は何度も討議しました。彼らは懸命に検討して一三〇ページの文書を作成しました。いま、問題は次のように提起されています。つまり、一定の商品を七〇%値上げするという提案で彼らは何を目的にしているのか、と。市場経済への移行を促進しようとしているのか、それとも、それを葬り去ろうとしているのか、と。

移行をいかに行うか

ヤコブレフ ロシア共和国の各地に生まれたばかりの市場経済の芽を乱暴に踏みにじろうとしている指導者たちがいます。もちろん、新しく生まれた企業家の世代を社会的に保護する法律を改善することもできます。しかし、地域のボスが市場経済を受け入れがたいと考えれば、そうした法律は役に立ちません。請負経営者やコオペラティーヴへの公然たる攻撃にどのように対処するつもりですか。
 エリツィン 何よりも必要なのは、そうしたボスの不法行為にすばやく対応することです。ただ、ロシアは非常に広いから、すべての地域をまっとうな方法で熱心にチェックすることはほとんど不可能です。だから普遍的な方法が必要です。ロシア共和国の大統領選挙が来年はじめに行われるとすれば、そのとき同時にあらゆる水準のソビエト指導者の選挙が行われるべきです。自らの指導者として、指令システムの信奉者か、それとも新思考の支持者を選ぶのか、人民に決めさせるべきです。
ヤコブレフ ロシアの大統領選挙と同時にソビエト指導者の選挙を行うべきだという主張ですか。
 エリツィン 各種ソビエト指導者の直接選挙が大統領選挙に先立つこともありえます。
ヤコブレフ これはあなたの綱領を補完するものですが、最終的には議会が決めるのですね。
 エリツィン 最高会議も決めるでしょう。
ヤコブレフ 現在の問題の一つは、適切な政治構造がないまま、国民の政治生活が活発化していることです。現在、ペレストロイカ派が信頼できる影響力ある大衆運動を一つさえ挙げることもできません。ロシア共産党設立の考えとロシア再生綱領とをどのように関連させるのですか。あなたの綱領を実現する党が必要ということですか。
 エリツィン この点についてはいえません。だが、それが憲法の枠内で活動するかぎり、反対派のものであれ、すべての政党、大衆運動形成の権利を承認します。もしロシア共産党が登場すると、そこには、能力ある一緒に活動できる多数の人々が集まることになりましょう。

党の問題について

ヤコブレフ あなたは、連邦や共和国の最高指導者は人民全体の利益を守るべきであって、だから、いかなる党にも関係すべきでないといいましたが、現在、あるいはロシアの大統領に立候補すると決めた場合、ソ連共産党の党員であることをどうするつもりですか。
 エリツィン 第二八回党大会後にすべてを決めるつもりです。大会代議員に選出されました。その選挙では、対立候補が十五人出て、八六%の得票率でした。いま私が党員をやめたら、私を支持してくれた彼らを失望させることになります。
ヤコブレフ 第二八回党大会にはどのような態度をとるつもりですか。
 エリツィン 根本的な党の改革を可能にするものと思っている民主派の綱領を積極的に推進します。だが、民主綱領派は、党大会で二〇〇票程度しか集められないのではと思っています。
ヤコブレフ 大会代議員選挙はあわただしく行われ、立候補者の政治的立場がはっきりとはされませんでした。聞くところによると、代議員の約四五%が党機構の職員(官僚)で、約二〇%が企業の管理者ということです。このことは、大会が党内の政治的分岐を無視する決議を採択する可能性を意味しています。あるいは、大会自体が袋小路に入り、党の右翼と左翼が自己展開をはじめる可能性があります。
 エリツィン 大会に大きな望みを託してはいません。だが、道義的観点からして、党を救う最後の機会を奪うことは間違いだろうと思います。

各共和国の関係は

 ヤコブレフ ロシア共和国とその他の共和国の間で条約を締結することを提唱しましたが、各共和国が互いに条約を締結すると、それが連邦全体を規定する新しい条約の基礎になるのでしょうか。
エリツィン 連邦全体の条約についていえば、私は、超集権化を考えていません。むしろ、条約は、それぞれの共和国が互いに合意に達していく政治過程の最終段階の問題でしょう。
 ヤコブレフ 条約はどんな面をカバーするのですか。
エリツィン 共和国の市民、例えばロシア共和国内のリトアニア人市民、あるいはリトニア内のロシア人市民の利益と福祉の保護をはじめ、貿易、金融、文化のあらゆる面をカバーします。それぞれの条約の基本概念と構造をつくっていく人民代議員の集団を各共和国に設置していった方がよいでしょう。
 ヤコブレフ 「強力な中心」という表現はあなたにとってどんな意味がありますか。
エリツィン 「強力な中心」の概念は、あらかじめ不動の垂直的な結びつきを決めます。私は、「強力な連邦」の考えに賛成ですが、これは共和国間の強固な水平的な結合を基礎にして可能なものです。連邦政府に関しては、われわれは、ロシア共和国が参加する用意がある綱領をカバーする条約を連邦政府と結ぶでしょう。その条約は連邦政府に入っている共和国間の権力の分有を決めるものになるでしょう。
 ヤコブレフ リトアニアとの関係の将来像をどのように見ていますか。ロシア共和国からのオイルと天然ガスの供給が停止されていますが。
エリツィン リトアニアへのオイルと天然ガスの供給をロシア共和国が決定しているという見方には賛成できません。心理的な観点からも、われわれは、リトアニアで起きている(独立への)事態を妨げるつもりはありません。将来、この共和国との直接的な結びつきを強化します。

今後の展望――地域間グループ

 ヤコブレフ あなたが提唱している綱領を実現できるかどうかは、新しいロシア政府の性格に大きく依存しています。ある代議員は、議会発言の中で、ロシア最高ソビエトを知識人から守らなければならないといいました。
エリツィン ロシア共和国指導部の中に知識人の核を形成できないなら、ほぼ何事も達成できないでしょう。前からこのように考えていましたし、人民代議員地域間グループとの協力の中で、この考えをますます強くしました。
 ヤコブレフ 地域間グループが国を危機から救う広範な綱領の形成に失敗したという見解がありますが。
 エリツィン そうではありません。われわれは、政治、経済、民族問題を含む広範な綱領を作成しました。そして、非常に明確に定式化されています。だが、このことと、地域間グループや別の集団の提案が承認されることとは別問題です。彼らはわれわれを認めなかったのですが、そのことは彼らがわれわれの綱領から多くの内容を借用することを妨げませんでした。憲法第六条の撤廃や大統領制の導入などをいちばん最初に主張したのが地域間グループだったことを覚えているでしょう。
ヤコブレフ 少し前、私は、当初は反対されたもののその後に正しいことがわかった提案の発案者の名前を隠すべきではないと書きました。それは単に著作権だけの問題ではありません。私たちの民主的進歩がたどっている方向を考えなければなりません。
 エリツィン しかし、著作権自体も重要です。結局、考えというものは、一つの知的財産ですが、それに支払う計画がなくても借用できるものです。
ヤコブレフ 地域間グループは、すべての社会が必要とする反対意見の存在を物質化したものです。いま、あなたも反対意見に遭遇しなければなりません。最高会議の保守派があなたに反対するのは明らかですが、左翼の反対はどうでしょう。どうなると考えていますか。
 エリツィン 確かに、議員の一グループが極端な立場に立っています。しかし、実際小さなグループです。
ヤコブレフ 彼らとどのように協力するつもりですか。
 エリツィン 意思あるところに自ずから道が開かれるということです。
   ☆ ☆ ☆ ☆

 おしらせ
第三回「労働者の力」公開講座
時  七月十七日午後六時〜九時
場所 東京・浜松町海員会館第二会議室
 東欧情勢と左派労働者の課題
     講師 湯川順夫
 参考文献 講談社現代新書「'89東欧改革」