2000年7月10日         労働者の力                 第124号
二〇〇〇年衆院選

過半数を大幅に割り込んだ自民党
自公保による政権延命を許すな!

                                         川端 康夫

比例区は野党の圧勝

 自公保三党の連立与党は、改選前の三三六(改革クラブ五を含む)から二七一議席へと大幅に議席を減らした。しかし絶対安定多数という二六九議席を越え、森政権の延命には成功した。第二次森内閣はこの四日に発足した。自公保の政権主流は連立与党への信認とし、加藤らの非主流的立場は勝利ではないとする。野党の側は自民党の敗北だと決めつける。そして現実は、自民党は公明党の支えなしには政権を維持できない。衆参両院ともに自民党は公明党頼みとなった。
 比較的に「民意」を表現するとされる比例区の得票で数字を見てみよう。
 自民一六〇〇万(二八・三一%)、公明七七六万(一二・九七%)、保守二五万(〇・四一%)。自公保合計は四二%の得票率である。
 野党サイドは、民主一五〇〇万(二五・一八%)、共産六七二万(一一・二三%)、社民五六〇万(九・三六%)で合計四五・七%。自由六六〇万(一一・〇一%)をどう見るかは別にして、それを除いた民・共・社三党の得票の方が上である。
 比例区をみる限り、自公保三党は明らかに敗北している。
 
各党の浮沈
 
 自民党は改選前の二七一から二三三へ。野中幹事長の最低ライン二二九をかろうじてクリアした形だが、開票の途中では届かないかという危機感も漂ったという。公明党との選挙協力に助けられた形だが、大都市部での大物議員の落選が続出したし、また反公明党の立場をとる新潟の白川のように明らかに公明票につぶされたところもある。自公協力については、成功かどうかの判断が難しい。成功したところもあるが反対に作用し、創価学会を嫌う保守層が逃げ出した例もあるようだ。
 公明党は四二議席から三一議席へ。自公保協力は少なくとも公明党には働かなかった。内部の不満は高いものの、七七六万という史上最高の比例区票が出たから、執行体制も代わらない。ただ小選挙区制度での将来に希望が見えないという事実がはっきり示された。自民党への合流や選挙制度の再度の見直しなどへの動きも出てきている。
 保守党は一八から七。実質的には海部元総理を除けば自公票での当選。自民党への吸収は既定の事実だろう。
 民主党は九五から一二七へ。三二議席増でかろうじて野党第一党の体面を保った。全国的には決して勝利ではない。東京圏、名古屋圏などでの大都市部での強さは、そこでの無党派層の受け皿として役割を果たしたとはいえる。また「一区現象」が顕著に表れた福岡や宮城の例がある。だが全般的には受け皿の役割を「独占」できなかった。また今回初当選した新議員たちのほとんどは保守系の政治色彩という。単独受け皿政党や対抗政党への道が同時にいばらの道であることを暗示する。無党派層からの民主党投票行為は、保守批判票ではなく革新批判票がはるかに多いはずだからである。
 共産党は意外な不振に終わった。二六議席から二〇議席。保有していた小選挙区をすべて失い、比例区でも公明党にはっきり競り負けた。京都・大阪の共公決戦で自公協力に敗北したのだが、そこでの負け方も悪い。比例区も定数減の影響はあった。しかし党勢の伸びが止まった形は否定できない。志位の強調する「謀略に負けない党作り」ということでは事態の本質を見ていないことになろう。
 謀略ビラは「スターリニズムの共産党」に焦点をあてたものだ。どうしてこのような謀略ビラが選挙敗北に結びつかなければならなかったのか。スターリニズム党としての過去の系譜に対して口を拭って、「一貫して正しい党」の立場を維持する限りは、謀略が作用する。日本共産党が直面した選挙敗北は、スターリニズム体質の温存と無節操にもみえる「柔軟路線」との矛盾の露呈とは少なくともいえるだろう。
 社民党は、事前のマスコミ評価とは違って意外と善戦・健闘した。東京などに典型だが、選挙態勢のまったくのお粗末さにもかかわらず一四議席から一九に伸びた。念願の二一議席には届かなかったものの、党存続の感触は十分に得たといえる。民主党や共産党に流れていた「堅い社会党票」が少しは回復・浮上したのだろう。香川県では第二党の位置を得たし、辻元(大阪)の小選挙区勝利は、「やりようだ」という感触を与えたはずだ。
 土井頼みの基軸は変わらないが、村山時代の保革政権と路線転換の与えた打撃が風化しはじめているのかもしれない。もちろんこれも共産党と同じで「口を拭っていればなんとかなる」というものではない。党内矛盾として跳ね返ってくることは間違いないことである。とりわけ国労問題に示した労働組合方針の堕落は、それをチェック、是正する内部体制を持てなければ、「ポスト土井社民党」にとっての暗雲となろう。
 自由党も大方の見方を越える得票を集めた。岩手自由党の強さは同県の民主党票をみれば、自民批判票の多くが自由党に集まったことを示した。全国的にも自公保への保守批判派票が流れたと見られる。「宗教戦争」の影響も働いたはずだ。しかし「小沢的手法と発想」に共感する流れが一部にはっきりと台頭していることも否定できない。
 
森第二次内閣は暫定
 
 第二次森内閣は、中尾元建設大臣の逮捕の後始末を押しつけられた保守党党首扇千景の建設大臣就任をみるように、どこまでも暫定政権の印象を脱却できない。来年の参議院選挙を森で戦えるのかという心理が自民党内に働いている。他方、公明党は参議院選は党独自でという構えをみせている。選挙制度改革への動きもすでに出ている。連合の鷲尾は、衆参同日選挙の可能性にすら言及している。
 第二次森内閣にとって直接の課題は、財政再建、消費税引き上げとなる。国の赤字国債が三百五十兆円、地方自治体の地方債が三百兆円に達する借金財政は限度にある。年齢問題で誰も退陣を問題にしないであろう宮沢は別にして、経企庁長官の堺屋もすでに逃げ腰である。
 消費税の大幅引き上げは、もともと回復していない個人消費に水をかける。国をあげてのリストラが可処分所得を目減りさせているのに、消費税引き上げがどんな結果を招くか、橋本の失敗の記憶はまだ新しい。さらに選挙終了を待ちかねていた「そごう」救済への政府資金投入に続いて、間組、熊谷組などのゼネコン救済資金投入が問題となる。
 景気が仮に一時的にせよ回復するとしても、二%程度の成長率が税収入の回復に寄与するのは、宮沢によれば年間一兆円程度とされる。国と地方の六百五十兆円を解消することなど夢のまた夢である。ここで消費税引き上げは必至なのだ。
 さらにゼロ金利からの脱却は近い。現在でも国債費(利払い)は十一兆円で総予算の一〇%を軽く越えているが、金利の一%引き上げは利払いが三兆五千億円ほど自動的に引き上げとなる。それが二%、三%となれば、それがそのままかけ算されるだけだ。
 また今のところ国内資金は行き場がなく国債消化にむかっているが、ゼロ金利解消となれば他に流れるものが多くなる。消化が難しくなれば当然に国債金利が上がらざるを得ないのであり、この巨額の赤字国債が財政を圧迫する度合いは強まるだけである。
 あったとしても一時的以上の景気回復は望めまい。リストラ首切りが続き、失業率は高位にとどまり続けよう。おそらくは政府にとって最悪のシナリオ、つまり景気回復ならず、財政限界、税引き上げ、消費停滞の悪循環の可能性は高い。森不人気内閣の支持率上昇の材料はありそうにもない。そして再度再々度の失言が飛び出すだろうから、党内求心力は拡散していく。
 
続く政治の浮動
 
 衆参同日選挙とならなくとも、次期総選挙はそう遠いことではないはずだ。しかし受け皿政党、対抗政党として民主党が浮上するとも考えにくい。非課税限度額の引き下げを選挙戦の軸にしようとしたように、この党も財政再建を現行政府の枠組みと同じところで考えてしまうからである。消費税引き上げの大合唱が政財界、そしてマスコミを含めて高まる。そして自由党も「目的税」としてこの合唱に加わる。民主党がこれに正面から対抗していくとは考えられない。
 共産党は消費税問題を選挙戦の焦点にしようとしたが、自公保のはぐらかしで成功しなかった。それでも諸勢力からの圧力に抗しつつ、再度の不満受け皿政党の役割を獲得しようとするだろう。社民党は土井派の力は選挙前よりは強まったであろうが、土井路線の力が強ければ、この党も消費税問題に抵抗線を引くだろう。受け皿的な意味で野党は分散する。まして民主党が対抗政党として浮上することはありそうにもない。
 ドラスティックな政治局面の変動は考えにくい。むしろ自公保路線から別の何かへ、自民党、民主党を貫く政界再編を含めた動きが続くと考えられる。政治流動の季節は依然として持続している。
 この政治的流動、あるいは浮動は、一時の改憲派の登場に水をかけることになる。「神の国」発言が「昭和の日」を流産させたが、院内三分の二勢力ではなくなった与党連合、それも向背が不明な公明党に死生を握られた形の自民党がその政治日程化を進めるとなれば難しいであろう。
 こうして消費税をめぐる与野党激突という総力対決の局面を期待することはできそうもないが、しかし左派戦線をどのように作り上げ、非妥協の抵抗線をできる限り強力なものとして作り出していくかという課題は、それゆえにこそ大きく浮上する。
 国労問題に見るように左派労働戦線のきしみは激しい。そして官公労や民間企業連の運動は最後的などん詰まりへと向かっているようにみえる。大リストラと消費税大幅引き上げと闘えるような存在ではないことは明らかだ。全電通の二〇〇〇年春闘にその典型が見えている。
 新しい左派労働運動が形成されていかねばならない。それが、政治流動が持続する季節を通じての非妥協左派戦線の内実を豊かにする鍵となっていくに違いない。
 (七月七日)
 
南北朝鮮首脳会談と日本
                                        梨木石 雅夫

感動と衝撃を与えた南北首脳会談

 去る六月十三日、韓国金大中大統領は韓国大統領として初めて朝鮮民主主義人民共和国(以下共和国)を訪れた。平壌郊外の順安空港についた金大統領を共和国の金正日労働党総書記が直接に出迎え、固い握手を交わす両首脳の姿は、世界中に大きな衝撃を伴って伝えられた。
 続く翌十四日の会談では「一、和解と統一 一、緊張緩和と平和統一 一、離散家族の再会 一、経済・社会・文化など多方面での交流協力」の四項目について合意をみ、両首脳は南北共同宣言に署名、あわせて金正日総書記のソウル訪問もしかるべき時期に実現することが盛り込まれたという。
 南北分断の五五年を経て実現した両国首脳の初の直接対話は、予想を越えて進展をみせたその会談内容とともに、民族統一を悲願とするすべての朝鮮民族に、大きな未来への夢をもたらしたと言える。
 戦前は日帝植民地支配により国を奪われ、戦後は朝鮮戦争とその後の休戦と南北分断により、いずれかの国を祖国として選択することを強いられてきた在日朝鮮人のほとんどが、この事態を共感的に受けとめている。
 日帝植民地統治の終えん以降五五年の長きに渡った南北分断時代の終えんの始まりを、身体の震えが止まらないほどの感動をもって迎えたと語る人々の肉声が新聞・テレビを通じて数多く報じられるのを見聞きした。
 戦後五五年を経て、私たちの国日本の歴代自民党政府は天皇制日本帝国主義による戦前の朝鮮植民地支配に対する賠償責任を果たすことなく、日米安保条約体制の下、南の韓国とのみ国交を結び、共和国に対しては一貫して敵視政策を採りつづけてきた。
 このことは、国内においては在日朝鮮人(朝鮮籍・韓国籍あわせて)への民族差別に基づく抑圧と同化政策として進められてきた。
 今回の南北首脳会談(韓国では南北頂上会談、共和国では南北最高位級会談と呼称)と共同宣言発表の現実は、こうした日本政府の対朝鮮政策がいかに時代遅れで、しかも南北両当事者を含め、国際社会においていかに偏狭なものであるかを明らかにしている。
 
紆余曲折――南北首脳会談への道のり
 
 ここでは、今回の南北首脳会談に至る背景をここ二、三十年の出来事を遡る形で跡づけることとし、合わせて今後の朝鮮半島及び日本の行方について考えてみたい。
 過去に何度か南北対話の機運が盛り上がり、その都度、それは南北双方あるいはいずれかの事情により中座を余儀なくされてきた。
 一九七二年七月四日に南北で同時発表された民族統一三大原則からなる「七・四南北共同声明」とそれに引き続く南北赤十字会談は、韓国朴政権の同年十月維新によって行く手を阻まれてしまった。
 (十月維新体制はその後、朴大統領射殺事件により劇的に幕を閉じ、韓国民衆による民主化闘争が大きな進展をみせる。一九八〇年五月光州民衆抗争は全斗煥軍事政権により一時的な敗北を強いられたものの、その後の韓国における民衆のねばり強い民主化闘争によって全斗煥政権は追い詰められる。憲法改正及び金大中を含む政治犯の釈放に応じることでかろうじて盧泰愚への政権交替を実現したが、その後、金泳三大統領、金大中大統領の登場と全・盧の二人の前大統領の逮捕に示されるように、光州の闘いは全面的に復権している。かつて母国留学中に朴軍事独裁政権により囚われ、その後死刑判決を受け、一九年を獄中で過ごした徐勝氏がコーディネイトする「東アジアの平和と人権」第四回シンポジウムが、光州事件二十周年を記念して開かれたことは象徴的出来事といえる。)
 一九七八年の日中国交回復、一九七九年の米中国交回復を受け、また朴大統領射殺事件を経て、一九八〇年十月に朝鮮労働党は「高麗連邦共和国」創設を呼びかけるが、全斗煥軍事政権との関係で停滞した。また一九八五年九月にソウル・平壌で行われた離散家族の再会もその後の進展は見られずに終わった。
一九九〇年九月に始まる南北首相会談ではこうした先例に関わらず、共和国指導部は会談を具体的成果に結びつけることを強く求められる局面に立ち至っていた。一九九一年のソ連邦崩壊である。共和国はソ連に依存していた原油を始めとする物資の流入がストップすることにより、電力不足・原料不足に陥り、工場操業率がほぼ半分に低下し、経済は崩壊の危機に直面していた。
 一九九一年十二月の「南北間の和解と不可侵及び交流と協力に関する合意書」、一九九二年一月の「朝鮮半島の非核化に関する共同宣言」成立の背景には、こうした共和国経済の危機と金日成首席による新たな対韓路線の選択があったと考えられる。そのことは同じ一九九一年十二月に羅津・先鋒を自由経済貿易地帯とすることを宣布したことからも傍証される。(自由経済貿易地域構想そのものは進展せず、五年後の一九九六年六月に経済活性化措置を追加することになるのだが……)
一九九一年にいわゆる「核開発疑惑」が持ち上がり、共和国は対米関係を最大の外交政策の軸として臨み、一九九三年には核拡散防止条約(NPT)からの離脱を宣言するに至った。米国は一時、共和国の核施設への武力攻撃を検討する事態を迎え、一九九四年三月には「ソウルは火の海となる」発言もあり緊張が極度に高まる。この事態は、金日成首席が一九九四年六月にカーター特使の訪問を受け入れ、同年七月二十五日から平壌で韓国金泳三大統領と会談することに同意したことで打開された。
 金日成首席の死去により会談は実現しなかったものの、同年十月に米朝合意が成立し、翌九五年には共和国と米国間に国際電話が開通、連絡事務所の相互設置も決まっている。
 今回の南北会談は、このとき金日成首席の死去により凍結されていた南北首脳会談が実現したものととらえることができよう。

求められる日本政府の対朝鮮外交の抜本的転換

一九九六年十二月ジョン・ドイッチェ米CIA長官は米上院情報委員会において、共和国のとりうる道について証言し、その一は韓国との戦争の道、その二は経済的な困窮による内部崩壊の道、その三は平和的な統一への移行の道の三つをあげ、どの道を歩むかはここ二、三年内に決まると述べたという。この言をかりれば、共和国は第三の道、つまり(極めて限定されたものとはいえ)対外開放的政策を通しての経済活性化の道を選択した(せざるをえなかった)ということだ。
 このことは今回の共同声明を機に南北統一が平穏裡に直ちに実現することを意味するわけではない。国際的枠組みも中ロ米日をふくむ六カ国、あるいは四カ国と様々に推移するだろう。金正日総書記のソウル訪問もたやすくは実現しないかもしれない。しかし、この対外開放の流れが後戻りすることは決してあり得ない。九五、九六年の大水害、九七、九八年の干ばつという災害によっても、それは加速されている。
日本政府は、いま日朝国交正常化交渉の入口に立ち、再び三たびの過ちをくりかえそうとしているかにみえる。
 一九九八年八月末、共和国は「人工衛星の打ち上げに成功した」と発表し、米・韓両国は「人工衛星の打ち上げ失敗だった」と追認した。ところが日本だけは「ミサイル」説に立ち、国交のない共和国に対し、自民党から共産党までの超党派で国会決議をあげ、四項目の制裁措置を発動したことは記憶に新しい。その後、日本国内のマスコミはあげて共和国敵視に奔走し「あぶない国」「何をするか分からない国」とのキャンペーンを展開した。
 その結果、日本各地の朝鮮学校、及びそこに通う在日朝鮮人生徒たちに対し、民族差別に基づく排外主義的な暴力が加えられたことは現在の日本社会のありようとして、しっかり把握しておく必要がある。千葉県の総連本部が焼き討ちされ、宿直の一名が焼死したにも関わらず、日本警察が捜査に消極的であったことも忘れてはならない。今、日本のマスコミと支配層は、この行き過ぎた反「北」キャンペーンの後始末に苦慮している。それは時の流れが日朝国交正常化を求めていることにある。
 いわゆる「少女拉致疑惑」を口実に、なおも日朝国交交渉の進展をはばもうとすることは、大きな過ちである。戦前の植民地支配に対する賠償、戦後補償を含め、その前提となるのは無条件での国交回復でなければならない。
 そもそも朝鮮の民族分断は日本の植民地支配抜きにはありえなかった。朝鮮社会には、自発的な近代化への契機が社会的に存在しなかったとか、未成熟であったとの論が一部残っているが、これは植民地支配を正当化するための論に過ぎない。戦後の南北分断自体が米ソ冷戦の産物とはいえ、その出発は日本軍による支配に遡ることは周知のことだ。
 また戦後日本経済の復興と発展の出発も、朝鮮戦争での特需抜きにはありえなかったし、国連軍を騙る米軍への補給基地の役割を担い、南北分断を固定化する外圧となってきたのも日本であった。日本は対朝鮮政策の抜本的転換なくして、二一世紀のアジアにおいて積極的役割を担うことはできない。
 
在韓米軍の撤退を!在沖米軍の撤退を!
 
 今回の南北首脳会談を経て、在韓米軍の存在が民族統一にとっての阻害要因と成りかねないことが大きく浮かび上がってきている。韓国内においても光州事件以降、釜山米文化センター焼き討ちに見られるように反米意識が民衆の中で深まりを見せており、米軍犯罪の根絶をめざす動きや地位協定の見直しを求める動きが強まっている。こうした動きは、民族の自主的平和統一のうねりが大きくなる度合いに応じて、米軍撤去の実現可能性を増大させていくことになるだろう。(かつてカーター米大統領が在韓米軍の撤退を掲げたことを想起するだけで十分である。)
今、サミットを目前に、普天間基地の県内移設に揺れる沖縄だが、冷戦構造が終えんしてもなお存続する米軍基地の果たす役割とは何なのかを、真剣に考えるべき時期を迎えている。韓国の米軍は撤去されるが、沖縄米軍基地は増強されて存続という「未来」だけは、何としても阻止しなければならない。沖縄県民は、ここ数年、韓国で反基地闘争を闘う市民との交流を進めてきている。韓国そして沖縄米軍基地のありようは、戦後の米軍政をもふくめ、日本と東アジアの平和の問題に直結している。
沖縄県民そしてすべての朝鮮民衆とともに、米軍基地の整理・縮小・撤去に向けて力を尽くし、基地のない平和な沖縄・東アジアを実現すべき時を迎えている。
(七月六日)

連載 その七                                       
環境社会主義と労働時間短縮
「持続可能な成長」とは何か

                                         神谷 哲治

第七章 市場の階級性(続)

7 環境的リスクの偏在と社会的分断

 すでにみたように環境的リスクの商品化には、まず売る主体、供給者がいないという根本的障害がある。それ故、その商品化のためには三重に社会的強制が働くことになる。
 まず供給主体の創出、次いでその主体に売らせること、そして価格形成である。
 このような強制はそもそも社会的に正当化できるものだろうか。あるいはその強制を安定化させ得る社会的闘争関係の均衡、それを支える基盤的条件はあり得るのだろうか。
 この問題、集約的には「社会的強制」の問題に応えることなしには、環境的要請への「市場活用」は実効性をもたない、と私は考える。
 環境的リスクの価格化をめぐる「社会的強制」の性格は極めて深刻である。従ってそれは隠しようもなく表面化する。何故ならば環境的リスクの負担者と、そのリスクを引き起こす経済行為による「便益」の享受者が、ほとんどの場合、画然と社会的に分離されるからである。
 この点では、前節でみた自動車保険とは質的に異なるといってよい。この場合、現代では自動車利用の便益と事故のリスクは、均等とはいえないにしろ共に広く社会に配分されている。同一の人間にとっても、双方ともが配分されている。便益とリスクについてここでは、比較についてのいわば共有された枠組みが生まれ得る。一人の人間内部での「価値」較量と、社会的「価値」較量がある程度まで近づき得るといってよい。それは、リスクの「商品化」に潜む「社会的強制」を事実上緩和する。
 しかし環境的リスクの場合、それとは全く異なる。環境的リスクの空間的偏在は技術的必然といってよい。そのうえ、環境的リスクの顕在化は蓄積的、遅効的であり、諸条件の最も限界的な組み合わせをもつ地域、個人に選択的、先行的に発現する。このような環境的リスクの性格は、環境的リスクの社会的評価を常に過小評価に導く重要な根拠となってきた。
 一方便益は、生産、消費の組織者、すなわち資本と、商品の購入者に発生する。その配分は必然的に貨幣所有配分に比例的であり、資本主義市場の偏向した配分構造に追随する。市場に対する支配的影響力をもつ層にかたよったこのような便益配分のパターンは、便益に対する社会的評価を傾向的に過大なものへと偏向させてゆくだろう。
 こうして環境リスクの性格と資本主義市場の構造との結合は、環境的リスクと便益の社会的「価値」較量を著しく偏向したものへと誘導する客観的基盤となる。そこに生まれる偏向は、環境的リスクの負担者にはとうてい容認しがたいものとなるのである。「社会的強制」が文字通り問題となる。
 ところで環境的リスクの偏在とは、逆にいえば環境的リスクを局部的に「封じ込める」ことが可能だということを意味する。地球温暖化や原子力事故のように、それは幻想であり、そのリスクもいずれは全体化することが認識され始めた。地球環境問題の世界的浮上は、そのような認識の発展にも大きく依拠している。しかし、今現在の環境的諸問題、その具体的リスクは基本的に当面偏在し続けるものであることには変わりはない。従って各論としては、上述した「封じ込め」は社会的意識として依然生き続けるだろう。
 その結果、多くの場合、環境的リスクの配分は、社会に現実に存在している差別や序列の関係と結びつくのである。こうして環境に関わる問題は、現実にも社会的差別や格差、序列の問題と分かち難く一体化している。アメリカでは、環境人種主義という概念が生まれた。環境破壊的産業が、アメリカ先住民居住地域や、アフリカ系アメリカ人居住地域に多数進出することに対し、環境保護運動の主流であったヨーロッパ系アメリカ人多数が無関心であることへの批判である。この問題はまた、先進工業諸国の多国籍資本が、低開発地域で展開する環境破壊の問題につながっている。
 
8 民主主義と「商品化」の矛盾

 環境的リスクそのものの商品化の追求はそれ故、現実の深刻な社会的対立と闘争関係に直接的に赤裸々に衝突することになる。「商品化」に内包された「社会的強制」の性格、誰が誰に強制するものか、が隠しようもなく問われる。それは本質において民主主義の内容をより深く問うことにつながっている。
 それ故、現状では、環境的リスクそのものの社会的に了解可能な価格化は不可能であり、従って環境的リスクを商品とすることは実際上できない、と私は考える。
 その不可能性、非現実性は、以下のような具体的連関の中で現実のものとなる。
 第一は、「商品化」が内包する「社会的強制」と人権の衝突である。前節にみたように、現実の社会構造の下で商品化が追求されるならば、そこでの強制がまず社会的差別や格差、序列にもとづく不平等、不公正な側面を不可避的に伴うことは明らかである。従ってそのような強制は必ず強力な社会運動によって反撃され、何らの安定した均衡にも達しないだろう。
 日本では原発立地、廃棄物処分場立地、その他の多くの場合、周辺住民への現金バラ撒きを伴ってきた。客観的にこれは、環境的リスクに対する「免責権」の買い取りともいい得る。しかし今では、住民の反対運動がそれらの買い取りを立ち往生させる。それ故、実質的な商品化のためには、より強力な強制に依拠せざるを得ないだろう。それはまさに民主主義への侵食に他ならない。
 現実の環境的要求は、その中に不可欠の一部として民主主義の要求を含んでいる。それは前節にみた環境的リスクの現実のあり方が必然的に呼び起こす要求である。原発や廃棄物処分場、また大規模開発に反対する運動は今や住民投票要求へと不可避的に展開していく。低開発地域の環境的要求は必然的にWTOやIMFの強制的で非民主的な仕組みを問題にする。ソ連をはじめとする旧ソ連・東欧地域の民主化運動では、環境保護運動が大きな役割を果たした。
 民主主義と対立して環境的要求に応えることはできないのである。
 上にみてきた民主主義の問題は、環境的要請と市場の関係についての論議の枠組みに関しても重要な問題を提起している。それらの論議が往々にして、例えば官僚や研究者などのある種閉鎖的な専門家集団によって推進されているからである。環境的リスクを押しつけられている人々を排除している限り、それは例え善意にもとづくものであっても、その本来の目的に沿うことはないだろう。
 第二の問題は、環境的リスクの価格の形成に導く社会的作用の問題である。環境に関する便益とリスクの「価値」の較量には偏向が避けられないことを前節にみた。商品化において現実化する「社会的強制」とこの偏向が結びつくとき、それが環境的リスクの価格を低く抑え込む方向に作用することは不可避である。それは強制が依拠する現実の社会関係によってさらに強められる。
 多くの事例が示すように、地域の相対的貧困が環境的リスクの押しつけに存分に利用される。ここにおいては、先にみた価格要素―例えば被害補償水準―の低さがむしろ、低価格の根拠にもなるだろう。このような作用を通して、環境的リスクの価格化には、低価格での「強制的買い上げ」という性格がしのび込む。様々な地域の住民運動には今も、「地域エゴ」、「ゴネ得ねらい」といった中傷が投げつけられる。
 これらの中傷こそ先述した「価値」較量の偏向を反映したものであり、低価格に導く価格形成圧力に転化するのである。
 一方、上にみてきた価格形成圧力は同時に、社会的強制、格差、序列と結びつき、環境的リスク価格の地域的格差を生み出すことを予測させるものである。現実にある世界的な富の偏在を前提とした場合、先にみた価格要素から出発すれば、市場におけるその価格差は「合理的」ともみなされるだろう。
 しかし第三に、上述したような価格形成は、環境的リスクの軽減にも、代替的生産、技術への転換にもさして役に立たないという問題に突きあたる。コスト化された環境的リスク価格も、それが低ければ、労働生産性の高い独占的資本にとっては十分消化可能である。
 同様のコスト負担を強いられる競合者からの価値移転が続く限り、やはり高い超過利潤の実現が可能なのである。労働生産性上昇に向けた投資の方が収益性が高ければ、代替技術への移行も進まない。代替技術への移行を試みる事業者がいたとしても、同時に極めて高い労働生産性実現に成功しない限り、価値移転は引き続く。
 つまり環境的リスクコスト削減の効果は、そのコスト化が十分に高い水準で設定されなければ実効性に乏しいというべきである。まして環境的リスクに地域的価格差があれば、資本は立地戦略を変えることによっても、そのコストを削減できるのである。環境的リスクそのものをいったん価格化した場合、資本の上記のような行動を非難できないだろう。その場合、すでに基本的に資本主義市場における資本の選択に問題を預けているからである。
 市場においては価格が現実の中心問題である。環境的要請の観点からは、その目的に適合的な価格を市場に実現できなければ無意味という他ない。本節でみてきたように、環境的リスクそのものの価格化は、民主主義との根底的対立をはらむことでその可能性を奪われるといってよい。それは価格形成に働く諸関係においてもその基底に横たわる問題であることは明らかだろう。
 環境的課題が提起する民主主義の問題はある意味で根底的である。それは平等にもとづく人権の尊厳を提起するだけではなく、同時に社会的連帯をも提起するからである。一つながりの生態系としての環境は、人間社会に対しても連帯を要求するのである。
 環境的要求は、その意味で本質的には不平等で差別的な分断された社会と共存できない。
 環境的課題における市場活用は、結局のところ社会の深部からの民主主義を実現する要求と適合する限りで、その実効性と現実性を獲得できる、と私は考える。
 
9 社会的規制と環境政策のコスト化

 これまでみてきたように、環境的課題に市場を活用する現実的可能性はそれほど大きくはない。環境的リスクへの対処は当面、環境破壊的経済活動への禁圧を基本とする他ないと思われる。
 厳しい環境規制と厳格な監視、摘発の体制は不可欠である。現実にもそれらが代替的な技術の開発と移行を促しているのである。これらの体制が公開の下におかれ、人々の社会運動によって絶えず検証される関係が組み込まれるべきことはいうまでもない。
 このような体制が資本の厳しい抵抗に遇うことは当然にも予想される。しかし市場的方法であればそれはない、などとはいえない。もし真に実効的な市場化が追求されるならば、それは極めて高いコストを要求するのであって、その場合、資本は同様に激しく抵抗するはずである。原子力発電事業の市場的採算が、リスクコストの極端な過小化に負っていることの一端は、今回のJCO事故によって暴露されている。だから資本の抵抗の大きさはこの場合、方向選択の本質的基準ではない。
 さてこの場合、市場的に有効な意味をもち得るものは、代替的生産、技術への転換を試みる事業への補助と、生産、流通活動全般への課税だと思われる。ただし、ここでの課税とは、環境的リスク価格の徴収ではない。それは上述の補助費用と、環境状態の基礎的調査、環境規制の監視、摘発に要する費用に限定される。
 この場合、税の水準は、社会的サービスの価格として明瞭な根拠をもつ。その意味でこれは、いわば事業活動全般に課税される目的税である。この費用が製品に上乗せされれば、上記費用は製品購入者によっても負担されることになる。このことは、上記社会サービスの性格に沿うものである。また環境負荷の大きい商品消費の抑制にも、これは資すると思われる。
 日本においては、食品安全や薬事を含め環境的諸領域に関わる規制機関の実務体制が極端に貧弱である。JCO事故はそのことを改めて明らかにした。欧米並の環境監視、調査、摘発の実務能力を作るためだけでも、多分数万から一〇万人の技術、現業スタッフを必要とするのではないだろうか。
 しかしこれは、現在の環境的要請からみて最低限日本が必要とする雇用というべきだろう。逆にいえば、日本の経済活動は上記のような社会的コストを負担せずに展開されてきたといってよい。従って前記したような課税は、本来支払われるべきであったコストにすぎない。
 この枠組みの下では、環境破壊につながる経済活動に市場を通じて選択的に負荷をかける要素は、若干の課税技術を除けば限られる。
 しかし市場の選択は結局価格を介してしか機能しない。環境的リスクそのものの価格化が不可能である以上、従って、市場の中で環境破壊的活動を抑圧していく可能性は本質的に限られているのである。その抑圧は基本的には市場外からの社会的規制、社会的運動によって実現すべきものである。
 ところで課税と補助政策の組合せは、資本主義の産業政策にはお馴染みのものといってよい。いわばそれは実績のある「市場措置」であり、その実行技術は十分に蓄積されている。
 その意味で技術的には十分実行可能な方策である。異なるものは、政策の方向、経済諸活動全般に対するある種の抑圧となるその方向である。この政策にとって問題は、それを実行する政治的方向決定であり、それを支え、強制する社会的力に集約される。
 環境的課題の市場化は、未知の部分が多いということも含めある種の可能性を人々に感じさせる魅力的な側面をもっている。しかし民主主義と深く一体化している環境的課題が、資本主義市場と鋭い対立をはらんでいることを本章でみてきた。「市場化」はまさに好むと好まざるとにかかわりなく、社会的闘争のただ中に投げ入れられる他はない。社会的闘争と隔絶された、ある種の整合的な社会平和の展望として「市場化」を構想する試みは無益である。それは、社会の全般的民主主義を求める運動、それを市場に反映する闘いと結びつくときにのみ有効となる試みである。
 
第八章 環境社会主義

1 過渡的闘争の時代

 私は本稿において、環境的要請にもとづく「持続可能な成長」にとって労働時間の抜本的短縮が不可欠な課題であることを主張した。
 論理的に考える限りそれは、ある意味で誰にとっても常識に類することだと思われる。
 それはまた、マルクス主義の歴史展望における人類発展の核心的内容を構成する。
 ところが、資本主義生産様式における「合理性」を追求する限りは、労働時間の短縮は困難に突き当たる。それ故、必然的に生産のある種自己目的的拡大自体を抑止できなくなる。
 つまり環境的要請と、資本主義との共存がもしあり得るとすれば、それは大量失業をしか意味しない。このように私は述べてきた。
 それ故、労働者は、環境的要請に背を向けて職のために資本主義と共存するのか、それとも本当は自己の要求でもある環境的要請を、元々の要求であった労働時間の抜本的短縮の中に引き受けて、資本主義から脱け出そうとするのかの岐路に立っているといわなければならない。
 長らく労働者運動の主流であった改良主義派は、リップサービスを別にすれば、結局前者の道を進んできたといってよい。いわゆる赤と緑の対立は、現実にはここから発している。その延長において現在の改良主義は、「市場活用」などの形で環境と資本主義、そして労働者とを何とか共存させる道を捜しているように思われる。しかしそのようにしても、資本主義と闘争する必然性は結局いささかもなくならないこと、従って資本主義との共存は何ら保証されない、ということもみてきた。
 労働者は今、資本主義との共存を結論に置き、資本主義との整合性に腐心する運動にもはや身を任すことはできない。しかしそのことは、「資本主義の打倒」を直接の課題とすべきだということを意味するわけではない。
 かつて「社会主義」と呼ばれてきた、資本主義後の社会についてのイメージは今、率直にいって混乱し、希望を与えるものではなくなっている。資本主義の現実も、労働者階級のあり方も、かつて「社会主義」が輝いていた時代からは大きく変化している。その意味で社会主義は、新しい現実のうえでその内容を再構成しなければならない。
 左翼の中では、労働者階級の現状を政治的意識の後退の側面でとらえて、守勢的に評価する考え方が多いようにみえる。その点については確かにそうである。しかし戦後、労働者が達成した成果も巨大なはずである。
 未だ明確で自覚的な体系的政治性に結晶化していないとはいえ、その基盤となる物質的、社会的、文化的な達成水準を過小評価すべきではない。狭義の労働者運動から自立した、実質的に労働者によって推進されている数多い社会運動自体がそのような成果の一部である。
 新しく再構成される社会主義は、そのような現実に基礎をすえるべきだ、と私は考える。
 そのように考えたとき、今からの資本主義との闘争は、新しい社会をその闘争の中から具体的な経験を通して、まさに労働者自らのものとして紡ぎ出すための過渡的闘争なのだといわなければならない。その限りで過渡的闘争とは、ある種の非整合をはらみつつ、「資本の自由」を大幅に制約する闘争となるというべきだろう。それは人々が現実に求めていることが素直に発展した場合の本質に他ならない。
 資本への規制が進む場合、社会の総生産拡大のテンポは、少なくとも一定の間おそらく低下すると思われる。しかし第二章でみたように配分の平準化、それを要求する闘争が進行する限り、それは社会の大多数にとって全く問題とはならない。
 一方、環境に対してそれは、むしろ適合的だろう。同時にまた配分の平準化は、「市場」そのものの変質にも寄与するだろう。それは異質なものがより直接的に絡み合い闘争し合う経済社会である。その「均衡」を前もって予測はできない。
 社会は全体として緊張と闘争、そしてある種の不安定さをはらむかもしれない。しかし二一世紀前半の資本主義自体、例え労働者からの鋭い挑戦を受けなくても、環境や資源が生み出す危機、格差の増大が引き起こす矛盾、そしてなかんづく極度に金融化せざるを得ない自身の矛盾によって、深刻な不安定性と脆弱性に悩まされる他ないのである。
 堅固な安定を授かりものとして期待することはできない。この時代に立ち向かう労働者にとって最も現実的な道は、自身の納得できる未来をつかみとるための主体的闘いへの踏み出しである。
 
2 日本における特殊な壁

 過渡的闘争の中心となるものの一つが、労働時間の抜本的短縮をめざす闘争である。それは大量失業への対抗戦略として全世界的に取り組まれつつある。昨年発表され話題にもなった日本生産性本部の試算からみれば、日本の失業解消に必要な時間規制は、週休二日と年休完全消化、それに残業規制といういわば順法措置に毛の生えた程度のものですむ。その意味では手の届くものといってよい。
 しかしそれはあくまで総枠の、机上の話に過ぎない。裁量労働制、変形労働時間制、有期雇用制、加えて派遣労働の自由化など、今日本では時間規制逃れの法制度が多数生み出されてしまった。順法どころか脱法行為が大手を振るってまかり通る環境となっている。
 そのうえ企業体力の構造化された巨大な格差――それは中小弱小資本切り捨て政策の下で倍加する――という現実がある。
 このような現状にあっては、日本での時間規制の運動は、最初から多くの領域にわたる付足的要求を不可欠に組み込んだ全社会的運動を目指さざるを得ない。しかし企業内労働組合を組織的基礎とする日本の労働者運動にあっては、このような横断的社会運動を作り上げること自身が現実の困難となっている。企業体力に依拠した自足に順応してきた大組合ほど、要求の社会化に背を向けるからである。
 労働基準法改悪や派遣労働者法改悪に際して、全社会的運動がついに生まれなかったという事実に立てば、その困難を過小評価するわけにはいかない。しかし大失業は現実であり、しかも手をこまねく限り長期化は必至である。日本でもついに青年の失業が急増し始めた。それは統計をみるよりも、各地の職安に行ってみればよくわかることである。
 青年の失業や不安定就労がネオナチズムの基盤となっている欧米の事例をみれば、青年の労働問題を過小評価はできない。労働組合、労働者運動、あるいはまたすべての社会運動が、まさに大失業をめぐって、いずれその存在意義を問われると予測すべきなのである。職を求める闘争と労働時間の短縮を結合した、日本の現実に適合的な戦略は真剣に追求されなければならない、と私は考える。
 その鍵は、公務労働の社会的意義の再確認と現下の中小企業政策を抜本からひっくり返す大規模な中小企業援助政策にあるのかもしれない。前章にみた、環境規制のための職の創出もその中に位置づくはずである。いずれも現在の日本の支配層の戦略、また支配的イデオロギーと真っ向から衝突する。
 しかし今、労働者運動はそのような衝突を引き受けるべきときに来ている。われわれには現実にある困難をどのような経路で突破することができるのかという重い課題が確かに残されている。しかしそれは、多方面の実践的経験を基礎に、現場で探りだされなければならない。そのような作業を何としても意識的に遂行すべきことをここでは強調しておきたい。

3 環境社会主義へ

 過渡的闘争はどこへ向かうのか。私はそれを新しく再構成された社会主義と考える。本紙上ではそれを、総括的に「環境社会主義」とする提起もすでになされている。その提起を受け入れるとして、しかし、それが具体的にどのようなものかは未だ十分に論議が進んでいるわけではない。実はむしろ、労働者全体が手にしている経験的な素材が少なすぎるというべきなのかもしれない。マルクス主義の観点に立つならば、社会主義を空想的に論議はできないからである。
 しかしわれわれは今、最低限以下のことは確認できると思われる。
 第一は利潤の客観的意味である。生産が社会的になされているという現実に立てば、それは「社会的余剰」に他ならない。
 第二に従って利潤は、私的に専断的に処理されてよいものではなく、社会的に管理されるべきである。
 第三に、上記の点こそが平等で民主的な社会の基礎であり、また同時に平等で民主的な社会関係が上記の「管理」を意味のあるものとする。
 上記三点に立って社会を方向づけようとする限り、それを社会主義と呼ぶことができると私は考える。利潤の社会的管理とは、後にみるように「再生産」管理に他ならず、それを環境適合的に方向づけるとき、それは環境社会主義となるはずである。
 われわれはより良い未来についての多くの希望や夢をもつ権利がある。多くの人々はそのために闘っている。環境社会主義にはそれらの夢が盛り込まれ、さらに豊かな未来イメージとして形づくられていくべきだろう。しかしそこにおける実際の生産や分配、社会生活の展開や社会の民主的管理の諸問題は、それこそ具体的、現実的に、しかも大衆的に検証されるべきものである。誰かの頭の中で独断的に構想されるものではないというべきである。そこにおいては必然的に、民主主義が不可欠の本質的要件である。
 このような観点に立つとき、過渡的闘争の中で発展し、労働者の経験として蓄積される「資本の規制」の諸方策は重要な意味をもつ。
 それらが環境社会主義に現実的基礎を与え、その発展方向を示す要素となると考えるからである。
 過渡的闘争と環境社会主義の上述した関係を前提に、以下労働時間の抜本的短縮が環境社会主義に対してもつであろうと考えられる意味について、私の問題意識を若干述べてみたい。
 
4 民主主義

 民主主義は、現代の人類にとって最も深いところに位置づいている価値の一つだと思われる。それは人間としての本質的平等性と一体である。それは、いわれなき抑圧と強制を誰に対しても拒絶する人権の至高性を意味している。同時に民主主義は、人が宙に浮いた個人ではなく社会的存在であることと不可分である。従ってそれは、社会を同等の権利をもって作り上げ、管理し、人相互の関係を豊かに築き上げていく連帯をも意味している。
 その総体において民主主義は息づかなければならない。
 しかしこの民主主義の問題で社会主義、マルクス主義はその信用を決定的に傷つけられた。
 スターリン主義を生み出し、またそれを克服する力を十分には発展させられなかった社会主義運動の歴史は、われわれが背負わなければならない負債である。従ってなおのことわれわれは、環境社会主義に向かう運動の中で、民主主義の深化という課題を一体のものとして、その中心軸として追求しなければならない。
 何らかの専断的で抑圧的なメカニズムの成長を阻止し、説得による合意形成と、実効的で集中的な行動能力を結びつける具体的な形態を状況に応じてみつける努力が不断に必要である。
 そのような努力がなされない限り、現代では資本を有効に規制できるような運動も発展できないと思われる。民主主義の問題はさらに、前章でみたように環境的課題においては中軸的要素である。
 このような民主主義にとって、時間が基底的な要素となることを誰も否定できないだろう。多くの人と自由に意見交換し、必要な情報を手に入れ、自分なりの判断を作りあげ、そして必要な行動を行う。これらが多様に展開されるためには、まさに時間が必要なのである。時間の不足は必然的に、特定の人々への作業の集中と「委任」を増大させる。このような関係が、官僚化と民主主義の委縮の基盤である。
 ところが必要なときに自由に使える時間を最も制約されている者が、社会の最大部分を占める労働者なのである。民主主義が社会全体の中で実際に深化するためには、何よりも労働者が時間を獲得しなければならない。一介の労働者である私が、このような一文を書いているのも、失業と引き換えとはいえ、ともかくも時間があるからに尽きる。労働時間の抜本的短縮は、まさしく民主主義の決定的で基盤的な条件というべきである。
 事実として、曲がりなりにも実現されてきた週休二日制などの時短が、多様な社会運動や、生活の質を問い直す活動を支えている。
 環境運動の重要な一部となった食を問う運動やリサイクル運動なども、真に社会全体をとらえるためには、労働時間のさらなる短縮が絶対的に必要となる。そしてまた労働時間の短縮は、身体的、精神的ハンディキャップを負った人々にも、労働を通じた社会参画への道をより広く開くと思われる。それは職の創出にとどまらず、働くための技術的条件をも広げると考えられるからである。これら全体が、人間が具体的に連帯し合う関係の基礎となるだろう。
 ところで民主主義は、労働者にとっては職場における関係としても問題になる。民主主義の深化を要求する運動は、職場においては当然にも生産の労働者管理へと至るはずである。その場合、この生産管理は、豊かな社会的連帯の中に生きる労働者によって行われてはじめて社会的に有意義なものとなるだろう。
 
5 利潤への社会的規制

 人々の実生活に関わる諸問題の多くは、現実に資本の活動から生じている。それ故、人々の要求は必然的に資本の活動に向けられる。
 資本・企業活動に向けられる人々の要求と抗議、またそれを直接に左右しようとする運動は、増大することはあっても減少することはない。
 それは一つには、人々の内部における民主主義的価値のより深い定着と、内容的深化にもとづく。次いでそれは、資本の活動自身の変化にもとづく。資本は巨大化し、同時にその活動はより一層効率化されようとしている。
 つまり一層テクノロジーに依存し、その結果、その行動が引き起こす社会的、自然的諸結果が、全体的調和への著しい破壊性をもってしまうのである。後者の点こそ、地球環境という問題を浮上させる根拠であり、また「持続可能な成長」、「分散型生産」あるいは「リサイクル社会」などの諸社会構想を登場させている根拠といってよい。
 人々のこれらの要求の矛先は、客観的には資本の利潤に突き刺さる。資本活動の目的は結局利潤の実現にある。だから人々の要求によってその活動が制約されるとき、実現すべき利潤が結局のところ何らかの形で規制されるのである。
 しかし現実に運動として始まっているものは、上に述べたような利潤実現への規制という段階を経験的に越えようとしている。例えば職の創出を求める要求は、雇用増という形での資本の利潤処分、投資配分への要求である。
 それは労働生産性の上昇がない限り、継続的な次の再生産における剰余価値率、利潤率を必然的に下げる要求である。つまり資本の「合理性」の観点からは資本が決して選択できない投資要求である。しかし労働者は今、そのような要求に踏み込まなければならないし、また踏み込み始めている。
 一方、われわれは、小はマンション建設や大規模商業施設、大は原発立地や廃棄物処分場などの新規投資、さらに例えば日産の大規模な資本再配置、すなわち再生産方針そのものを具体的、実践的に問題にし始めている。人々の実生活に直接に、しかも長期にわたって大きな影響を与えることになる再生産方針が、遠く離れた密室で、ほんのわずかな人々の専断として決定され押しつけられることに、人々はもはや納得していない。
 そのような決定に関わる情報公開や、関係諸方面の承認を得ることなどが具体的に追求されている。これらはまさに、客観的には資本の再生産に介入しようとしているといってよい。アメリカにおける、投資信託基金を介した投資戦略への介入も、このような流れと重なるものだろう。
 その他に、富の再配分の要求が利潤の使途に介入してくるだろう。富の偏在は耐え難い規模に発展してしまっている。しかも「持続可能な成長」の観点からは、生産への利潤のやみくもな還流はもはや正当とはみなされない。このようにして要求される利潤再配分の要求は多様に想定できる。賃金部分の増大もその一部ではあるが、社会的にみた場合、それは現在ではあまりに狭い。利潤への累進的課税や、環境等の社会的基金への拠出、さらに現実の国際的運動となっている金融投資課税や債権放棄など、現実に適合的な形態の要求が様々に追求されてくると思われる。
 介護保険に関して現在、財源を税法式とすべきかそれとも保険方式とすべきかが論争されて続けている。しかしその中では、財源の対象として資本の利潤にはほとんど触れられない。富の再配分の観点からは、資本の利潤を対象から除外する理由はないだろう。
 いずれにしろ、利潤の社会的移転は、その具体的形態は別として、実現されるべき社会的課題となると考える。利潤の移転は無茶な要求ではない。この場合、「移転」そのものは事実として古くから行われていたからである。賄賂やリベートあるいは政治献金等の様々な形で、特権層内部でのある種の市場外での利潤再配分は慣習化され、個別資本に強制されてもきたのである。
 資本活動の規制はこのように、再生産のあり方を具体的に対象とし、同時に利潤再配分の追求としても発展する。労働時間の抜本的短縮は、このような利潤規制の一部であると同時に、生産総量をも規制するものである。労働者はまず、労働時間規制という労働者固有の領域において、資本を規制する人々総体の運動に連らなる。再生産を問う運動の中でも、また利潤再配分を要求する運動の中でも労働者は、自己の職業知識を武器に決定的な役割をになう位置にある。
 しかし上記のような運動への伝統的労働者諸組織の参加は必ずしも全般的ではない。
 組織労働者の大衆的規模での参加はより一層制限されている。伝統的指導部は、労働者運動を直接の労働条件という狭い枠に閉じ込め、他は政党に委任するという、これまた伝統的な分業を固守しようとしている。
 しかし現実の生活の中で様々な問題にさらされ、一人の市民としてその解決を迫られている労働者は、そのような分業の枠にいつまでも縛られるわけにはいかないだろう。労働者の中で現実に発展する要求の広がりを狭い分業の枠に閉じ込めているものは結局、労働者諸組織の非民主的な官僚的な構造以外ではない。フランスを中心にヨーロッパで発展している「新しい社会運動」が、同時に新しい形態の労働組合運動を伴っていることは偶然ではない。
 資本の規制に向かう社会運動は、労働者の参加によってその本来の発展をより確かなものとする。しかしそれはまた、労働者運動それ自身にも転換を要求するのである。労働時間の短縮は、労働者の活動能力を高め、下からの民主的統制能力を高める。従ってそれは労働者諸組織の旧来的構造にも確実に打撃を与える。このようにして労働時間短縮は、労働者の新しい運動の重要な基盤となるに違いない。
 
6 市場の諸問題

 私はここまで、生産と消費に関わる人々の要求発展の問題をもっぱら社会運動の側面で、いわば非市場的要素において考えてきた。しかしそれは、問題の片方の側面である。
 すでに私は第三章で、われわれにとって市場は不可欠であり、市場との対話を学ぶべきであると述べた。すなわちそれは、環境社会主義が「商品生産と市場交換」の社会であると想定することといってよい。
 高度に分業化された現代は、生産と分配が極めて複雑で錯綜した関係の下で展開されている。この関係のすべてを予測可能なものとして具体的にとらえることはできないと思われる。計量経済学は、この複雑な関係を精緻な分析へと発展させたと思われるが、それでもそれは大まかな目安に過ぎないはずである。
 一方、コンピュータ管理された販売と流通、そして生産の結合は、日々の需要と供給をリアルタイムで整合させ管理しているようにみえる。しかしこの手法も、あくまで一つの企業内、あるいは企業グループ内で実現できることに過ぎない。そこには資本の一元的な有無を言わせない「強制」の体系が存在している。それがあってはじめて、リアルタイムの需給整合が可能なのである。この手法を全社会的にもし普遍化するとすれば、それはやはり労働の非民主的な、合意抜きの、ある種の「強制」へと至ると思われる。
 ソ連を中心に展開された一元的「国有計画経済」の常態的不均衡は、もちろん特権的官僚層の自己保身的計画がその程度を倍加させたとはいえ、本質的には一元的管理というその発想自体の非現実性に帰因すると考えるべきである。生産は終極的には人々の「使用価値」を充足するものである。
 しかしこの「使用価値」には、それこそ各人の諸欲求、諸価値が多元的に入り込み、しかもそれらは変化し発展する。一切の強制なしに、それら全体を確定し、しかも一定の期間固定することなどできない。
 ところで「資源の希少性」の下では、その配分の優先性を現実的に確定しなければならない。それはどの「使用価値」を優先的に実現すべきかを左右する問題である。そこには必然的に社会的な競争、闘争の関係が入り込む。生産と分配の決定は、このような闘争関係を内在させつつ、同時に遅滞なく展開されなければならない。そこにはどうしても限定された範囲でもあれ、諸価値の葛藤を自律的に調整できる機構が必要である。人間社会の中で市場はそのようなものとして歴史的に発展してきた。
 市場には全く強制がない、ということではない。市場の強制についてはすでに前章でみてきた。またそれが人々に感得されているからこそ、前節までにみてきた社会運動が不可欠に存在するし、しなければならない。しかし市場の誕生と発展という歴史的事実は、その「強制」がある範囲までは人々に受容されてきたものであることを示している。そして人間は今のところ、生産と分配を全体にわたって、時々刻々と調整するものとして、経験的には市場以外の機構を手にしてはいない。生産と分配を組織する上で、われわれが現実的であろうとすれば、少なくとも当面市場の場で闘う以外ない、と私は考える。
 もちろんそれは、われわれの眼前にある資本主義市場を一切変えない、あるいは変え得ないということではない。前章でみてきたように、資本主義市場がその内部に固有に発展させてきた階級的偏向との意識的で鋭い闘いこそが必要である。その階級的偏向を具体的に緩和し、消失へと発展させる諸手段を意識的に開発しなければならない。
 しかし自立した競争的生産単位と、その下における自由な「商品生産」(もちろん原理的な完全自由などというものは現在の資本主義の下でもあり得ないのだが)は、市場の前提的基礎であり続けなければならない。従ってまた、前節までに述べた非市場的要素が、市場の偏向と闘う不可欠の基本的手段となるのである。
 商品生産が市場の下で行われるとするならば、当然そこにはマルクス的価値規定、価値法則、すなわち「搾取」が残るということを意味する。
 私は以下に述べるように、「搾取」それ自体に本質的な重要性があるとは考えないので、この点についてはこれ以上立ち入らない。
 さてマルクス主義は、確かに「搾取」からの解放をめざしてきた。しかしその本質は、人間の人間への隷属からの解放、あるいは人間が自己に対する支配を失う「疎外」からの解放である。「搾取」概念は、資本主義が生み出す人間の隷属あるいは「疎外」の物質的根拠を明らかにする。しかしそれは、「搾取されたもの」が特定の個人に私有され、それ故、人々の手の届かない、人々に敵対的に機能するものになることを根拠としている。それ故、逆に「搾取されたもの」がその全部とはいわないまでも相当部分が、別の回路によって人々の支配下に入るならば、隷属や「疎外」の根拠は失われるはずである。
 市場が必然化する個々の生産過程における個別の「搾取」が直接の問題となるわけではない。個々の生産過程における直接的「疎外」は、生産への労働者管理の進展によって、「搾取」とは相対的に独立して相当部分まで克服できるはずである。それは数多くなされてきた自主生産の経験の中で、あるいは強力な労働組合的規制の形で労働者が体現してきたものでもある。「搾取」からの解放とはその意味で、本質的には「社会的」レベルで実現されるものである。
 マルクス主義は、個々人の労働が直接個々人に属することを求めるわけではない、と私は考える。私は、「環境社会主義」が広範な人々による社会の民主的自主管理という展望を意味する限り、「搾取」は社会全体という次元において実質上の意味を失う、と考える。
 実際上の問題は、このように展望される社会で果して、商品生産がしかも競争的に有効に組織され得るのか、ということになると思われる。資本はその活動が多方面から様々に手を縛られ、その上利潤の相当部分まで実質上奪われる。生産活動に対するブルジョアジーの一般的意欲は大きくそこなわれるだろう。労働生産性の上昇が、超過利潤の実現をめざす個別資本の死活的競争に基づいていたことは第六章でみてきた。意欲を喪失したブルジョアジーの下では、労働生産性上昇も停滞するかもしれない(ただし、この点については、労働者管理が有効にその穴を埋める可能性は十分ある)。確かにそれは現実的な可能性である。
 しかし何度も確認してきたように、われわれはもはや生産活動総体のダイナミックな展開が許容される地球上に生きることはできない。
 生産活動、あるいは経済活動にはそれにふさわしいテンポが求められているというべきだろう。しかも問題は、極めて多面的で複雑な錯綜した形で人間に提示されている。
 いかに「有能」だとしても、それはもはや限定された「エリート」の能力をはるかに越えているというべきである。それこそ衆知が必要なのであり、そのこともまた物事のスピードに一定の緩やかさを要求する。トップダウンとスピードアップは、「個人の能力」についての錯覚、今では許し難い幻想の産物という他ない。
 「リナックス」というパソコン基本ソフトがある。フィンランドの一学生が基本アイディアを無料開放し、それを全世界のコンピュータ技術者(プロもアマも)がまた無償で改良し合い、いわば共同の作業として作り上げているといわれる。ここにあるものは、いわば匿名の共同性の下での社会貢献である。しかもそれは、個人いあるは少数が独占すれば莫大な利益が転がり込むかもしれない類の事業なのである。すべてを個人に還元する志向とは全く逆の志向が、現代の広範な人々の間に準備されている。このことを上の事実は示している。
 一部の「有能」なブルジョアジーに経済的諸資源を集中し、そのことで生産総体を飛躍的に拡大するという、資本主義の歴史における客観的役割は終わりつつあるというべきである。ブルジョアジーの意欲あるいはブルジョアジーの主導性に依存した経済社会、というあり方そのものが転換を迫られている。
 私は、生産企業、生産組織が一元化されず、地域社会組織や労働者組織を含む、それぞれに異なる組み合わせによる多数の独立した管理や経営の下で、競争的に生産を展開する社会は十分可能だと考える。アメリカのアナリティカル(分析的)・マルクス主義学派のジョン・E・ローマーは、「市場社会主義」の立場からブルジョア経済学の手法を用いて、このようなモデルの可能性を具体的に検討している(『これからの社会主義』伊藤誠訳、青木書店)。
 私は、社会運動の本質的欠落、それ故の静態的展開、および深い一国主義という点で彼の立論には根本的異議があるのだが、アメリカであえてこのような書物を世に問う彼の「平等主義への夢」の真剣さには深く共鳴する。またこの本を受け入れる素地がアメリカ人をとらえている「平等主義」の底深さだとするならば、アメリカという社会のもう一つの面を示すものだろう。
 ともかくもしかし、上の書でのローマーの議論は、将来の「経済政策」という観点にとっては十分示唆に富んでいる。
 このような社会展望においては、経営基準となる利潤率は当然相当低くなると思われる。
 しかしそもそも、現在のブルジョアジーに主観化されている利潤率水準に何か客観的で必然的根拠があるわけではないはずである。
 ブルジョアジーには、低下した利潤率水準に馴染んでもらうしかない。ただし、このような社会では、利潤のみが経済の目的、あるいは競争の対象とはなっていないと考えられる。
 多様な人々が主体的に能動的に、しかも直接的に経済決定に介入してくるということは、経済活動に込められている「目的」自体が多元化するということを意味するからである。それはすでに、NPOや、スモールビジネスという形で部分的には現実のものとなっている。
 それ故、「環境社会主義」は、市場の変質という展望をもその中に含んでいる。この変質は多分、労働時間の抜本的短縮によっても促されると思われる。豊富な自由時間が、使用価値充足における商品の意味を変化させる可能性が高いと考えられるからである。例えば自分流の修理や改造、果ては自作などへの時間費消こそ実は「使用価値」となるかもしれない。そのための技術情報は、それこそ自由に交換し得るだろう。
 しかし、その内容を含め市場の問題にこれ以上具体的に立ち入る素養は私にはない。ここでは、市場を歴史的に変化しうるものとして、そのうえで市場と対峙することがわれわれの出発点であることを強調して終わりたい。
 本節でみてきたことは、いわば市場と非市場的要素、社会運動の闘争的結合という展望である。それ故、その下では、一元的な論理の下での「均衡」はあり得ない。それは闘争的世界であって、整合的で自己完結した世界ではない。しかし現実が矛盾したものである以上、われわれはその闘争的世界の緊張に耐えるしかない。その闘争が矛盾の止揚としてどのような具体的システムを浮かび上がらせることになるのかを、今明示的に議論できる段階ではない、と私は考える。
 トロツキーは、『第二次五ヶ年計画の開始に際して危機に陥ったソヴィエト経済』(一九三二年)の中で、過渡期経済の正しい方向は、国家が管理する計画化・市場・ソヴィエト民主主義という三要素の調整のみが保証すると述べている。しかしその調整は、何らかの「遂に発見された整合的システム」ではない。それは「不均衡を遠ざけること(このことはユートピア的である)ではなくて――不均衡の縮小を保証し……」(同上)と位置づけられる。トロツキーはいわば、矛盾したものの中での闘争の必要を訴えているというべきであろう。
 われわれは、このトロツキーの立論の時点からそう遠くへ進んだわけではない。われわれの進むべき道は、依然としてこのトロツキーの呼びかけの枠の中にある、と私は考える。
 
おわりにあたって
 
 正直いってやっと終わらせた、という心境である。自分ながら最後まで議論を進めたとは思っていない。むしろ明らかにすべきことは、ここから先の問題である。しかし正直いって相当に疲れたので、ここから先は諸同志に引き継いでいただきたい。
 本稿を書くきっかけは、ある会議で私が行った発言について、一人の同志から文書にすることを要求されたことだった。簡単な文書のつもりで引き受けたが、とんでもないことになってしまった。要するに私の発言がよく考えてみるとかなり曖昧だったということである。いってみれば、自分の考え方をとりあえず整理してみたものが本稿の本当の性格である。
 そのような私文書、私的メモのようなものを機関紙に発表するという大胆な、傍若無人なことになったことをお許しいただきたい。私自身は製造業労働者であるので、工業的技術教育は受けているものの、社会科学の系統的訓練は受けていない。従って本稿は相当の独断に満ちているものと思われる。またマルクス主義的議論としては、あえて言及する必要のないものと、言及すべきことの区別もよくついていない。そういう訳で必要以上に長々とした退屈なものになったのではないかと心苦しく思っている。読んでいただいた方々には、一人の労働者がともかくも考えていることとして御容赦願うだけである。
 私自身には本稿を早く切り上げないと求職活動もままならないという切迫した事情もあるため、結論部分を尻つぼみの一般論以上に進められなかった。具体化は、私自身の労働者活動家としての今後の活動の中で追求してみるべきだろう。そのことを自分に課して結びとする。
 二〇〇〇年一月二六日 

マルクス主義者であり続けるためには
異端者でなければならない

インタビュー
ウーゴ・ブランコ

 ウーゴ・ブランコは六十五歳になった。彼の世界的な名声は、一九六〇年代前半にペルー南部において農民ゲリラ運動を指導したことによっている。八年間を獄中で過ごし、彼の自由を要求する国際連帯活動の力で釈放され、国外追放となった。一九七八年に帰国し、憲法制定議会の一員となった。一九九二年にフジモリ大統領がペルー議会を閉鎖するまで、ウーゴ・ブランコは議員であった。現在、土地改革運動に取り組んでおり、農民組織セントラル・カンペシーナ・デル・ペルー(CCP)と政党パルティド・ウニフィカード・マリアテギスタ(PUM)に所属している。四月九日のペルー選挙直前、リマにあるCCP本部でペドロ・ブリエヘールがインタビューをした。この選挙でフジモリは決選投票を余儀なくされ、第二回投票は七月に行われる。インタビューは紙幅の関係で要約されている。

活動舞台の変化

――何年間か議員をやって現在は農民として働いており、それなりの生活水準である議員から農民への変化を体験したが、どんな感じか。
 これまで一貫して贅沢をしたことはなかったし、多くのものを必要とするような生活をしてこなかったので、生活上の変化はほとんどない。議員として受け取っていた収入は、草の根活動家たちとの接触のために使っていた。現在は、一人の農民であり、CCPに所属してネオリベラル政策のために飢え死にの危機にさらされている農民たちを救うために闘っている。
 農民たちこそがネオリベラル攻撃の最大の犠牲者である。というのは、この政策の結果、外国の安い工業製品が大量に入ってきて、ペルーの多数の工場が閉鎖されることになったからだ。そのため大量の労働者が解雇され、残った労働者も、例えば賃上げを要求すれば解雇されるのではないかと恐れている。失業や低賃金のために、都市住民が農村部製品を購入できなくなってしまった。

――政治活動としては、議員であることと、それをやめたことには非常に大きな違いがあるのでは。
 その通りで、議員であったときにはメディアに登場することがあったが、現在では新聞の取材などない。しかし、こんなことは二次的なことで、これまでいつも社会で役立つことのために活動してきた。活動の実質こそが問題だ。
 メディアは時には私に注目し、時には無視してきた。ある時は議員で、別の時には議員でなかったり、時には獄中の人であったり、そうでなかったり……一貫した社会問題の闘士として状況によって、時にはゲリラであり、あるいは議員になったりしたのだ。
 政府や大地主の攻撃を受けたとき、武器をとって自衛をした。それから時間がたって議会活動を展開できるようになり、議員となって親資本の右翼多数派と闘った。フジモリ主義と闘っただけではない。だから、この活動がメディアの取材を受け、私は議員として大衆闘争に参加したことになる。
 逆説的であるが、議員であるときに人生で最大の敗北を体験した。議会や議員の特権など単なる神話に過ぎない。あるとき警察に強く殴られ入院を余儀なくされた。それから一九九二年のフジモリクーデターとなった。

――そのクーデターにほとんど抵抗がなかった理由は何か。
 議会が人々の信頼を獲得してなかったためだ。議会はずっと存在していたのだが、人々から離反していた。こうした議会が解散させられても、人々は反発しなかったのだ。その後の投票で、人々は既成政党に反対票を投じ、同じ論理でフジモリに投票したのだ。当時の与党で社会主義インターナショナル系のAPRAは、国営企業や農業銀行を食い物にしていた政党だった。

現状をどう見るか

――ペルー左翼の状況はどうですか。
 非常に分散しており、弱体である。そのため四月選挙に候補者を立てることさえできない。政党のPUMが確かに存在しているが、基本的に農民活動中心で、政党としては豊かとはいえない。ハビエル・ディエス・カンセコという正直で戦闘的、かつ知的で優秀な議員がいたが、今回の候補者名簿には掲載されていない。ハビエルは理想的な議員候補者で、議会活動における戦闘的であることの意味を知っている。私は理想的な候補者ではなく、むしろいつも大衆運動と関係してきた。大衆運動こそが私のいる場所だ。

――一九六〇年代と七〇年代にラテンアメリカの多くの国で農村部から都市部への人口移動があり、社会構造の変化が生じた。今日、エクアドル、チャパス、ペルーなどで農民の社会的比重が大きくなっているが。
 その通りで、私は前向きの動向だと考えている。ボリビアやエクアドル、メキシコなどのように文化的な独自性に強い誇りをもっているところとは違ってペルーは文化的な独自性が弱く、それを守ろうと闘ってきた。CCPでの多数派は私たち先住民であり、非先住農民を差別していると思われることもある。というのもCCP書記長は、まずアイマーラ族で、次がケチュア族だ。これまでの書記局多数派はケチュア族である。そして私たち先住民の要求が一般要求として掲げられる。例えばコカや農民コミュニティ、社会組織の形態などの防衛という要求である。しかしこれは、CCPレベルの問題で、土着、非土着にかかわらず、私たちは農民コミュニティを防衛しようとしている。

――都市との関係はどうなっているか。ペルー労働者運動の現状は。
 労働者運動は非常に弱体化してしまった。その理由は、ネオリベラリズムの結果、非常に多くの工場が閉鎖され、労働者が少なくなったことや、工場に残った労働者が職を失うことを恐れていることにある。唯一強力なところは建設労働者で、その多数は先住民である。工場労働者ははるかに弱く、戦闘的でもない。

――メキシコに数年間にて、サパチスタの運動を間近で見ていたわけだが、どのように考えているか。
 残念ながらサパチスタが闘っているチアパスは孤立している。というのは、ペルーとは違ってメキシコの社会運動が非常に不均等だからだ。確かに首都のメキシコシティでは左翼系の市長を選出したが、ブラジルやペルー、エクアドルに存在しているような均質性というものがない。
 大切なことは、サパチスタがインターネットを利用したり、あるいは全世界の進歩的な運動や政治潮流との結びつきを求めて、その孤立を打破しようと闘っていることだ。こうしたことは、サパチスタ指導部に非常によく表れており、また、先住民としてのアイデンティティが彼らの中心的なテーマの一つになっていることを非常に重要なことだと考えている。というのは、ラテンアメリカでは先住民運動は、その他の闘いや運動を統合させるからだ。この闘いは、全被搾取者の闘いの一部であると自らをみなし、そのアイデンティティと運動の固有性を強調するが、その他の運動や闘いに優越していると考えるようなことはない。

革命党の必要性は

――闘いを一元的に指導するという革命党建設については、どのように考えるか。革命党建設がもはや必要ではないと考えるのか。
 現在、政党の「前衛的な」役割という考えはもっていない。この点は社会問題に関する議論、検証の中心課題であり、社会運動において検討されるべきだ。ソ連邦の実例によって私たちが体験したのは、いわゆる民主集中制が歪められ、スターリンを頂点とする官僚集中制に変質したことだった。
 これは明らかに最悪の実例だが、しかし闘いの中で肯定的な実例が行われたとは考えていない。二種類の人間、すなわち一方は神が選んだ人々で、これらの人は党の内部にいて、神が選んだのではない人は党の外にいるという考えに反対だ。CCP内部には民主集中制がある。例えば行進を支持する必要があるときなどだ。つまり行動で示される民主集中制が存在するが、言葉だけの民主集中制などは存在しない。

――あなたはトロツキストであることをはっきりと認めていたが、現在でもそうか。
 その通り。レーニン主義を自称することもある。が、民主集中制を信じるためではない。もしレーニンが現在に生き返ったとすると、私たちがボルシェビキ運動を模倣した、そのやり方に大いに失望するだろう。私たちは「ボルシェビキ」であることを自慢するが、しかし、この運動は一九一七年当時のロシアにおいて効果的であったのであり、二〇〇〇年のペルーでも正しいものであるという保証はない。現在のペルーでも適用できると考えるのは、弁証法に完全に反する。マリアテギは、ペルーの社会主義革命は他の革命をトレースしたり模倣したりするものではないといったが、私たちは、その発言をよく引用する。言葉ではそう言いながら、実際には他の運動を模倣している。
 レーニンは異端者だった。というのは、マルクスは最も進んだ国であるイギリスで革命が起きるだろうと考えたが、レーニンはむしろ革命は資本主義の最も弱い環で起きると主張した。この異説こそがレーニンを本物のマルクス主義者にしたのであった。「ボルシェビキ」でなくマルクス主義者であるためには、異端者である必要がある。マルクス主義の神髄は、現実の分析とその現実をしっかり認識することである。この意味で私は自分がマルクス主義者、トロツキストであると考え続けている。もしレーニン主義型の党を建設するなら、それは官僚制をつくることになるし、私は、こうした党には反対である。

――ラテンアメリカ全体での工業化の停滞や後退、労働組合の弱体化という状況にあって、人々の陣営がどんな方向で再編されると考えているか。
 それについては、歴史が教えてくれるだろう。目をしっかり開けて人々の運動において進行する再編を見なければならない。CCPは常に強力になっていく。弾圧や戦争――私たちは、ゲリラ運動のセンデロ・ルミノソ(輝く道)と軍隊との双方から攻撃されてきた――のために大きな後退を体験したが、現在では元の状態に戻った。そして経験から沢山のことを学んだので、質的には前進したと考えている。
 CCP内部にはまったく違った意見がある。ある意見ではCCPは闘いの先頭に立てられる柱、中心軸であるが、その他の人は、私もそうだが、CCPを一つの力、勢力と考え、地域運動がCCPとは別に力をつけていることを認める。
 昨年の五月一日、私はクスコにいた。ここには労働者階級はいない。そこのメーデーに参加したのは行商人だった。つまり闘いの前面に登場しているのが、行商人や学生、地域住民なのである。

――社会的な闘いを構成する要素として、明らかに周辺的な社会階層に属する行商人をあげたが、三十年、四十年前とはまったく違うシナリオだ。前は、動員する社会階層あるいは一般的な要求で動員すべき対象としては、労働者大衆が考えられていた。
 その通り。共産党宣言のある面、例えば資本の集中や資本の相互対立などは、依然として正しい。こうした現象は、かつてマルクスが考えていた以上に先鋭に生起している。現在、労働者階級が機械装置に置き換えられて少しずついなくなっているのを喜ぶ人がいる。しかし機械が商品を購入することはない。
 労働者階級前衛の問題に関して、ラテンアメリカの現状では、その考えは必要ないと思う。つまり労働者階級が弱体化しており、闘いには労働者階級以外の社会階層が参加してきているからだ。現在はプロレタリアートの独裁を語る時期ではない。レーニンが述べたブルジョアジーに対する独裁としての民主的な政府という意味でも使う時期ではない。人々は今、独裁そのものに不信を抱いている。
 将来の政府は、農民、労働者、被雇用者、失業者、地域住民、職業別組織などの、非常に多様かつ異なった社会階層によって構成されるだろうと考えている。これが歴史の流れである。
(インターナショナルビューポイント誌5月、321号抄訳)
ロシア大統領選挙
               プーチン第一回投票で当選
                                     ヤン・マレウスキー
目標は正常化

 ウラジミール・プーチンがロシア大統領選挙の第一回投票で当選した理由は何だろうか。彼は、普通の官僚で、文民警官としての経歴をもち、その後、凡庸な管理者となった。精神分析専門家のビクトリア・ポタポーバは「プーチンは没個性的で、誰もが自分の好きなものを投射できるスクリーンのような存在だ」と主張している。こうした「投射」の積み重ねの結果として、そして強力な対抗馬がいなかったため、プーチンは第一回投票で五二%の得票率となり、当選を決めたのであった。
 広範囲に「正常化」願望があり、チェチェンを軍事的に鎮圧した――この二つの事実によってプーチンは、ロシアの人々の民族感情を刺激し煽り立てることができた。多くのロシア人は、チェチェン人の民族感情を「新しい金持ち層」や「ロシアマフィア」などのごろつき、悪党による社会所有財産の略奪と同一視している。これが、プーチン勝利の重要な要因である。
 ロシアの労働者は、生活環境の急激な変化や猛烈なインフレ、上昇しない賃金、資本主義復活以前に慣れ親しんでいた諸方面のルールが理解できないように変化したことなどによって、方向感覚をなくしている。
 大多数のロシア労働者は「正常化」、換言すれば自分たちがそれによって一番犠牲を受けている絶え間ない変化の終了を強く願っている。プーチンの強力な国家という主張は、チェチェンにおける軍事力の誇示という事実に支えられて、多数の聞き手を獲得した。
 一九九一年春の炭鉱労働者ストによって、その覚醒が始まったロシア労働者階級は、闘う陣形を整える時間もないままに敗北した。プーチンと、そして少数の人にとってではあるがスターリン的な官僚ジュガーノフ(共産党代表)が、安定化のための最後の切り札として登場したのであった。
 原油価格のほぼ三倍加(ロシアは石油輸出国)と一九九八年八月金融危機以降のルーブルの大幅な切り下げとによって促進された経済回復の始まりは、昨年の工業生産が八%の伸びとなり、これがソ連邦崩壊以後初めてGDP(国内総生産)の三%成長に寄与し、プーチン政権がマヌーバーを行う余地を拡大することになった。この経済上昇の開始は、プーチンがついに未払いの賃金や年金を支払い、税金を徴収し、最低限のサービスを提供するだろうという希望をかき立てた。

東欧諸国との対照

 ポーランドやハンガリー、旧東ドイツなどの東欧の一部諸国では、一九五〇年代末に導入された私有財産が市場経済下の過程で積極的な要素となり、ノーメンクラツーラと「民間・個人のイニシアティブ」を社会に同化させる作用を果たした。こうした諸国とは対照的にロシアのノーメンクラツーラは、自分が金持ちになることを通じてその社会的な特権を確固たるものにしようとしたが、しかし、その実現は一九八〇年代後半になってようやく可能性が出てきた。ロシアの新ブルジョアジーは、ポーランドやハンガリーの同類とは違って、三十年間におよぶ「小商品生産」や商業での修業を活かすことはできなかった。
 ロシア官僚の指導部が、ポーランドの官僚が「連帯」の反乱に直面したように大衆的な反乱に潜在的に対決している以上、「これまでと同様に」振る舞うことができないと確信したとき、長期プロジェクトや移行措置なしに、行動した。IMF(国際通貨基金)の過激な自由市場「ショック療法」は、ポーランドとハンガリーでは労働者階級の大きな抵抗なしに導入されたが、ロシア官僚指導部の多数派が採用したのは、ゴルバチョフが実行していたプラグマティックな中途半端の策に代わるものとしてであった。
 IMFのショック療法採用は、国家管理による生産方式からの歴史の流れに逆行する大幅な後退と、財産の事実上の分配を官僚層がとることができるようにすることを意味した。こうしたことのすべては、「人民に権力を」という民主主義とレッセフェール(経済の自由放任主義)とを気楽に合成した言説によって隠された。
 しかし、この自由放任主義が予備的な私有財産の蓄積を許したとするなら、それは現在、不正な方法で獲得された資本による拡大再生産に対するブレーキの役割を果たしている。かつては国家の経済介入反対と「自由なビジネス」を主張していた人々は現在、国家によって保護され、規制されている枠組み内部で活動することを望んでいる。ロシアの新ブルジョアジーは、自らが支配階級になることを強く願っており、そのために国家という傘を必要としている。
 プーチンが「国家が強力であればあるほど、個人はより自由になる」とか「強くて効率的な国家のみが企業、個人、社会の自由を保障できる」と主張するのは、ロシア新富裕層の安定に対する強い願望に応えるためである。超リベラルなグリゴリー・ヤブリンスキーが選挙で敗北した事実は、新しいロシア支配階級が新しいページを開きたがっていることを示した。
 エリツィンがプーチンを次期ロシア指導者に指名し、それが三月二十六日の選挙で正当化された事実は、ロシアにおける資本主義復活の第一期が終了したことを表している。すなわち民営化法を口実にしたり、あるいは法的な基礎のない、ノーメンクラツーラ相互間での社会資産を分配した期間、予備的な私有財産蓄積期間の終了を意味したのであった。

スキャンダル

 IMF資金の横領というスキャンダルがエリツィン一族に投げかけられ(プーチンは全力を挙げて一族をかばった)たが、この事実は一局面の終わりを示している。一部企業の不正取得資産に対するマフィアの襲撃や自らがロシア新ブルジョアジーに統合されていると考えている元ノーメンクラツーラ勢力などによる収奪などがはびこった時代の終わりである。
 旧ソビエト資産の大部分を取得することができたロシア少数専制支配者層の内部でもまた、安定と治安確保に対する強い願望がある。すなわち私有財産を保証することが必要だ、と彼らは主張するのである。
 国際資本もまた、安定と治安確保に対する強い願望を共有していた。彼らが従来、計算上は高利潤であるロシアへの投資をためらっていたのは、盗みが社会的な昇進や上昇にとって最も普通の手段となっている社会では、彼らの投資が飲み込まれて、無に帰するからであった。
 プーチンが主張し追求している強い国家なるものは、ロシア労働者階級をその当面の対象としているのではない。ロシア労働者階級は、個人に分断され、政治的な方向感覚を喪失し、前例のない規模の貧困化に苦しみ、そして闘いや自主組織の伝統を奪われており、ノーメンクラツーラ由来のロシアブルジョアジーの権力にとっては何らの脅威ともなっていない。

自立

 こうした国内情勢は、地方諸権力の自立によってさらに厳しいものとなっている。自立する地方権力は、ためらうことなく地方税を決定・徴収し、当該地方権力の存続を維持しようとする。地方権力はただ単純に不正行為を働いたり、マフィアを支持しているのではない。こうした事情のためアジア地域ロシアにおける天然資源などの膨大な富を資本は開発できず、資本はそのため情勢を受け入れがたいと判断するのである。
 プーチンは、自立が強すぎると考えている各地域と各共和国(全部で八十八となる)に対する統制強化を発表した。チェチェンに対する極度に野蛮な軍事介入と戦争犯罪行為の積み重ねは、プーチン率いるロシア国家が各共和国の自立を制限するためには、どんなに極端な手段でも採用するだろうことを示したのであった。
 プーチンが「強力な国家こそが、秩序を保障する根源であり、あらゆる変革の原動力でもある。そしてロシアは強力な国家を必要としている」と主張するとき、プーチンの部屋にその肖像画が飾られているピョートル一世(大帝)の伝統と結合しようとするためだけではない。彼は「現代資本主義国家」「世界経済に統合されているロシア」を建設することを願っているのだ。
 このことはただちに、「株主の権利」を保護する新しい税体系や倒産・不採算企業への援助中止、私的土地所有制の確立など、西側世界から歓迎される措置が採用されていくことを意味している。

西側クラブ

 プーチンは他方、アメリカのオルブライト国務長官に対してロシアは「西側クラブの一員とみなされるべき」と話し、自らの「ヨーロッパ的精神性」を強調し、ロシア国家がNATO(北大西洋条約機構)に加盟する場合、自分の「庭」をつくり、維持することだけを要求するのがなぜ認めらないのか、その点に言及した。
 確かにロシアブルジョア階級はまだ弱体で、世界市場で第一級の役割を果たすことはできないし、プーチンの国家も西側資本の誘致を積極的に促進しようとしているが、政治統治状況はプーチンの用語でいう「外国」、下級の立場を満足させるものではない。
 十年間も政治統治の混乱状態が続いたロシア国家は、軍隊、情報機関、政治警察(旧KGBのFSB)などが従来に増して、その力を強め、中心となりつつある。
 軍隊や情報機関、政治警察などの機構は、強大国家としてのロシア復活を望んでいる。これら機構はロシア国境の治安維持を強く望んでいる。第一にアジア地域、ここではアフガンとイランがあり、インド・パキスタン紛争があり、危険で不安定な状態が続いている。さらにはボスニアを初めとするバルカンである。しかも可能であるなら「西側クラブ」の一員として新世界秩序形成の一環として国境警備にあたりたいと考えているが、必要とあらば西側諸国の反対を押し切っても行う決意である。こうすることによって、ロシア資本とロシア化した資本の事業展開――赤軍のではなく、ツァーの伝統に従ったやり方――を可能にしようと考えているのだ。

国家機構

 ロシアの新しい支配階級の非常な弱体という事実が、これら国家機構の自立を正統とみなさせており、帝国主義相互間の対立の復活(冷戦時代には資本主義世界防衛の名目で停止されていた)によってロシアブルジョア官僚は、世界的な政治上の秩序混乱の中で自立した独自の役割を果たすことできると期待している。
 リスボンで開かれたEU(欧州連合)首脳会議は、ロシアとEUとの間に「真に効率的な戦略的パートナーシップ」を形成する可能性をプーチンに提供した。
 プーチン、もっと広い意味では新しいロシアブルジョアジーの世界観が、現代史におけるスターリニストのマニュアルによってつくられる可能性がある。この考え方では、国家の強さというものは、石炭や鉄鋼、石油製品のトン数、軍事力の優秀さ、最高指導者の能力などによって測定される。資本は富とみなされる。生産様式の矛盾などは、この世界観には存在しない。
 ロシアの新しい指導者たちが、イデオロギーに忠実であることよりも、その場その場で最善の方法を追求するというプラグマティックなあり方を望んだとしても、彼らが考える世界は、理想化されたそれである。そして彼らが行うプロジェクトは、こうした理想化の果実なのである。このために、彼らは自らの能力を過大評価することになる。
(インターナショナルビューポイント誌5月、321号)