2001年2月10日        労働者の力               第131号

進行する労働構造の第三次産業化
ゼネラルユニオンの全国的創出をめざそう
坂本 二郎

 日本経済の低迷は本格化しつつある。株価下落は止まらず、今や日経平均は一万円を割り込むのが正しい相場だ、という声がブルジョアサイドからも聞こえはじめた。日本が世界資本主義の三本柱の一つという評価は、今や「神話」のようである。こうした事実は、日本における社会的、階級的関係に当然にも大きな影響を与えるはずである。ここ数年、連合傘下の巨大企業連組合は、資本主義世界市場における企業間生き残り戦争の全面的なパートナーを勤めることへと大転換を開始した。連合メーデーの中止は、その大転換の象徴というべき「事件」である。こうした転換する労働運動において、新たな労働者運動の可能性をいかに見つけだし、つかみとろうとするのか、坂本同志に話を聞いた。
  
一九九〇年代――非正規雇用労働の増大と高失業の常態化
 
 一つの大きなナショナルセンターで労働組合がまとまり、力を発揮するということに連合結成の目標がおかれた。一九七〇年代から八〇年代にかけた二つのオイルショック以降、日本資本主義の産業再編と海外進出が本格化し、総評労働運動の退勢が顕在化してくるなかで、「力を結集して資本に対抗する」という改良主義労働運動が大結集する論理が強まった。
 一九八〇年代を通じた日本資本の世界的攻勢と「日本アズナンバーワン」の言葉が飛び出すような事態、それと同時に興隆する東アジア経済の急成長。これらが大民間企業連運動の資本との癒着を導き出しつつ、労働運動全体におけるヘゲモニー構造の変動に至った。
 一九八〇年代末から九〇年代はじめにかけてこの勢いは頂点に達し、形としては八百万人程度の巨大ナショナルセンターが形成された。
 だが、この連合の十年間に何が起こったかといえば、基本的に労働者の階層分解、あるいは日本における労働者階級のあり方が高度経済成長とその後のバブル期以降とは大きく転換したということである。つまり連合を押し上げてきた日本資本主義の成長が終わり、そこに労働者の内部的階層分化と意識の転換がはじまったことである。
 その転換にはいくつかの特徴があるが、総中流化意識といわれるような状況、つまり労働者階級が全体として底上げし、そこで一つの塊となって圧力団体になりうるというような労働者の構成が壊れたということが第一の特徴だ。もちろん全体がまるごと中流化したということではありえないが、少なくともそうした「幻想」がある程度社会的に成立するところまではいっていた。
 それが壊れ、階層分化が激しくなり、年収がダウンする層が増加する一方で、年収が一千万円を越える労働者群が年俸制度のもとに生まれてくる。労働者の社会的、経済的な階層分化が進んだ。
 第二は、失業率が急上昇してきたことである。戦後期の混乱を除けば失業率は戦前、戦後を含めて平均的には二%以下という世界にまれな「まか不思議な」状況が続いてきた。それが一挙に壊れ、五%近くにまで達し、しかもそれが常態化し、長期化するようになった。長期失業労働者の常態化が特徴となった。
 第三に、雇用構造の変化。これが一番大きな変化であり、非正規雇用労働者が増大した。その内訳はパート労働が圧倒的に多い。非正規雇用労働者の比率は全体としては二七・五%に至っているが、圧倒的割合を占めるパート労働者は一千万人を越えている。この数字は連合全体よりも多い。連合組織は発足時に八百万人で、組織を減らしているから今は七百三十万人程度である。パート労働者も当時は八百万人だったが、今は千万人を越えるという推移である。
 連合発足に当たって最大の「売り」は、大きいことはいいことだ、というものだった。大きなナショナルセンターに合流していくことが力を強める、という流れであった。だが、この十年の流れは連合の足下をがたがたにし始めてきた。連合は一体何を代表しているのか、というところにきている。
 大企業の正社員はすべて高給取り、あるいは公務員は収入が安定していてしかも正社員、反対に中小企業労働者が不安定雇用化されるという事態で続いてきたわけではない。逆に中小企業のほうが非正規雇用労働者を雇いにくいという状況がある。数十人規模の中小企業がパートや派遣、臨時、嘱託ということよりは総体を正社員化しても同じ、それほど変わらない。非正規雇用労働化が進んだのは、そうした中小企業でなく、大企業においてなのである。
 したがって階層分化は、企業規模、たとえば大企業労働者に対する零細企業労働者の分化ということで進んできているわけではない。むしろ企業社会総体を貫いて進行しているのである。非正規雇用労働を不断に入れ替えできるということがなければ、こうした事態は不可能である。非正規雇用労働者を不断に入れ替えできるのは、その前提として三百五十万人近くの失業者が構造化されている状況があるからだ。
 
企業の外に組合を――ゼネラルユニオン運動の必要性
 

 こうした時代において問われてくるのが、労働組合組織のあり方そのものである。
 一九七八年に開始された労働情報運動と「大阪集会」構造において、一九八〇年代初期に清水慎三さんが「ゼネラルユニオン」運動を提唱した。いうなれば、企業ぐるみの単位工場労働者をまとめて組織するというあり方――つまり企業内労働組合。それを基礎とした日本的産業別労働組合という構造、これは真の意味での産業別労働組合とは無縁――そうした労働組合のあり方の将来に真っ向から警鐘を打ち鳴らした。
 大企業労働組合が二度のオイルショック後に、減量経営に全面的に協力していく局面を見ながら、清水さんはゼネラルユニオンを提起した。
 要するに労働者一人ひとりが自分の主張をもって意識的に形成する個人加盟の労働組合が提起された。大企業であろうが中小であろうが、派遣であろうがパートであろうが、臨時であろうが正社員であろうが、それを貫いて組織をし直す、それを通じて闘いの陣形を作り直す――ここにゼネラルユニオン提起の核心の一つがあった。この提起の視点が、改めて今の労働構造の流動、分解の中で必要になってきている。
 提起された当時は、ゼネラルユニオンといわれてもまだまだ総評としてどのように残された時間を闘うか、総評傘下の各単産、単組としてどう闘うかという問題意識が強く、様々な人々も、新しい時代の新しい運動というところへは本当には意識転換しきれなかった。多くのところで様々な論議がなされたけれども、実践としては一つもなされなかった。振り返ってみれば、総評型の運動をやりきってみることが必要な期間だったかもしれない。
 しかし二一世紀の今日、本当の意味でそうした運動の領域に踏み出さなければ有効な労働組合組織にはならないという時期にきている。
 それに一番近いところに存在しているのが、いうならば中小労働運動といわれるジャンル。合同労組とか地域単一とかいわれ、形態はいろいろだが、すべて個人加盟の労働組合。先ほども言ったように、中小企業ほど正社員比率が高い。新しい雇用の流動化に備える陣形として「中小労働組合運動」が準備できているとも即座にはいえない側面は当然にある。
 しかし共同の事業として中小労働組合運動を強化しながら、それを基盤にして非正規雇用労働の分野に切り込んでいく、人も金もつぎ込んでいくというやり方で、今問われている事態に応えていく。そうした課題に応えていくとき、そこでの労働組合組織のあり方はおそらくゼネラルユニオンという形態になるだろう。
 戦前の評議会運動などの工場委員会型労働組合は、資本なり国家権力との厳しい闘いの中で組織されてきた。それと同じ状態とはいわないが、個人加盟型労組を裏打ちする政治意識、活動家集団というものが一定のものとして存在しないと、つまり組織形態だけが一人歩きしても、それを実際に保障する運動がなければ具体的に実を結ぶとは思えない。
 
二〇〇四年――中小労働運動の統合をめざす
 

 二〇〇四年に中小労組の連合を実現しようということがわれわれのサイドで考えられている。これはまだ「想い」という要素もあるが、二〇〇四年の意味を説明するなかで考え方を整理してみたい。
 日本の産業構造が急速に第三次産業の比重を高めており、それが労働組合の組織化にも影響を与えている。つまりサービス産業の比率が高くなっている。こうした構造変化に対応する形で、現在連合は産別再編を進めている。
 その中で連合の中小労組関係でいえば、金属関係はJAMという全金と金属同盟の大合併が進み、一般関係では全国一般と一般同盟の統合が進んでいる。この二つとも旧同盟と旧総評系労組の統合だが、そうしたレベルをはるかに越えた統合の動きが同時に進行している。
 一般、ホテル労連、商業労連などの統合というここでいう枠組みとゼンセン同盟が結びつき、サービス関連労組の大連合が、約百十万人規模の組織をつくろうとしている。CDS連合という名前がついているが、それを二〇〇四年に一つの組織、単組として実現しようという計画で、これが成功すれば現在の最大単組である自治労(百万人)を越える最大労組となる。
 このインパクトがどのようなものになるのかはまだ分からないが、しかし動きは無視できない。ゼンセンは戦前からの伝統をもつ旧総同盟系組合であり、戦後型企業内組合とは異なった組織的伝統をもっている。つまり組合を企業の外部から組織するという性格をもっている。
 現在のゼンセンは、企業と癒着しつつ組織化を進める路線、つまり企業の許可を得て組織するという方式だから、外部からの組織化といっても形式だけが残っているということだ。ここはわれわれの批判するところで、対抗関係でもあるが、しかしゼンセンの組織が対象としてきた縫製産業は非正規雇用労働者が非常に多く、そこを組織化し、パート労働の組織化も進めてきている。それを中軸にしたサービス産業労組の大統合は、大きな意味をもっている。
 一例をあげれば、同じ二〇〇四年をめどに鉄鋼と造船重機、そして非鉄金属労組の統合化が進められている。その想定組合員数は四十五万人。この「基幹産業」労組統合の数字と比べてみてはじめて、百十万という数字の大きさが実感的に理解できると思う。
 アメリカの例でいえば、最近のAFL・CIOの変化がある。スウィーニー委員長のもとで大きな変化を示してきたが、その主力はサービス産業労組のイニシアティブによっている。日本でのゼンセンを中心とするサービス産業労組の大規模な統合がそうしたAFL・CIOのような変化につながる可能性は考えられないが、しかし組織形態にはおもしろい要素をもっている。
 不安定雇用、非正規雇用労働者、サービス産業労働者、そして大企業を横断的に渡り歩くような労働者層を組織化していこうとするのだが、そこでわれわれと道は分かれるのである。組織化することは同じだが、違いはその組織を労使安定帯の中に閉じこめるかどうかなのだ。
 だからゼンセンが中心となったサービス産業労組の結合に対して、全港湾、全日建、全国一般などの同じような職種構造をもった労組が結合し、労使安定帯を崩していく運動が求められているのである。数からいえばはるかに少ない。
 数万という数字だが、前にも述べたように今後は急速に製造業本工労働者の数が減っていくわけだから、増大していく第三次産業の労働者をどこが「握る」かは焦眉の問題になるといっていい。そうした射程でこちら側の主体の戦線整備を急がないと間に合わなくなる。
 二〇〇四年という時期設定は、そうした対抗関係を意識しているということもあるが、今後の日本労働運動の中心軸がどこに移行するのかを意識しているということである。ゼンセン型の組織力があり動員力もある組織、資本が刃向かった場合には闘争力を発揮するが、しかし基本的には労使安定帯型である運動と組織、その流れに対抗できる力、運動体が求められているということだ。
 言い方をかえれば、NTTや電気連合、あるいは今度できる金属大連合などは、基本的に「守勢」の労働組合になってしまっている。つまり組織化が今後飛躍していくという展望がない。今後拡大していく労働組合運動の場において、力がしっかり見えないと二一世紀の労働運動も見えてこないということになると考えている。
 一九八〇年代から九〇年代、とりわけ九〇年代に進行した産業構造と労働構造の変化に対応した運動を進めようということである。
 それが二〇〇四年をめどにした中小労組の組織的結集の狙いであり、ゼネラルユニオン型労働組合運動を全国的に切り開いていく道筋をこのようなところから見つけていこうということである。
 現在、連合がメーデーを基本的に放棄するということになっており、それに対応する形で毎年行ってきた全労協系の日比谷メーデーを繰り上げて代々木公園で開催しようという提案も一部になされている。だが以上のような観点から、最悪の場合でも中小労組メーデーということになっても、今年の日比谷メーデーを断固として貫徹するつもりである。 (二月八日収録。文責は編集部)

資料 福井県での中国人女性たちの女工哀史と大争議
全国一般全国協春闘パンフより抜粋

 
安価な外国人労働者導入策を許すな!
研修生・実習生に日本人と同じ労働条件と権利を
 

1、安価で無権利の外国人労働者を求める資本
@研修生、実習生大量導入の動き
 エコノミックアニマルとして、世界中の自然を破壊し、貧困を輸出している日本資本は、一方、外国人労働者が日本で働くことの権利に対して、「鎖国」のように扉を閉ざしている。それどころか、「不法就労が外国人犯罪の温床」などの、差別をあおる危険な排外主義キャンペーンすら行っている。
 ところが「少子化による労働者不足を、大量の外国人労働者によって補わないと、日本経済は失速する」との国連報告に、日本政府は深刻なショックを受けた。……だが、資本家たちが欲しがっているのは、「無権利の労働者」なのである。そこで、「正規の労働ビザ」は、一九九九年に更新期限を三年毎に延長したのみでの「有期雇用」で据え置き、今後悪名高い【研修生・実習生】を、飛躍的に増やすこととなった。お隣の韓国や台湾へもこれらの制度が「輸出」され、日本はここでも国際的なヒンシュクをかっている。
A労働者ではない研修生
 技能の研修をタテマエとして、一年間に限って許される制度。……「研修生は労働者ではない」として、一切の労働法は適用されず、研修手当が出るだけである。しかもそれは「賃金ではないアカシとして、月額何万円を越えてはならない」という法務省通達すら存在する。現実には約五〜七万円ほどの研修手当のみで、現場労働が深夜まで連日強制されているが、これを告発しても「労働者でないから」と、労働基準監督署などは追い返し、入管にいたっては、これらの事実をまるで外国人労働者の責任のようにして、「申請通りの研修をしていなかった」と、本人のビザを取りあげてきた。経営者も自らの入管法違反をタナに上げ、「これをバラスと、本国へ強制送還だ」と、脅迫さえしてきた。
B最賃スレスレ、中間搾取される実習生
 「こんなにおいしい制度をもっと長期に」という財界の期待に応えて、スタートしたのが実習生制度であり、研修終了後の形式的テストで、ほぼ全員が実習生に合格する。……研修期間と通算すると就労期間は三年間となる。その後、日本の労働ビザで延長されることはなく……実際は、技術は習得できず、逆に「日本で不足している安価な単純労働力」として重宝がられているだけ、といえる。
 実習生は、日本の労働法が適用されることになっているので、ほとんど最低賃金法スレスレの、月一〇万円程度の賃金がある。しかし現実には、労基法で禁止されている、派遣ブローカーの管理費・不当に高い寮費と光熱費などが本人に無断で控除されており、手元には数万円しか残らない例も多い。そしてそれも、「本人の逃亡防止のため」に、強制貯金され、パスポートとともに、経営者の管理下に置かれるというトラブルが絶えない。

2、政府は、日本人と同じ労働条件の就労を保障し、制限を撤廃せよ
 現在研修・実習生を招請できるのは、繊維産業などの指定業種のみであるが、政府は、介護業などを含め、一挙に拡大しようとしている。……しかし、まともな待遇をせず、超不安定な形で人権侵害になる制度では、決して了解する訳にはいかない。同一価値労働・同一賃金の就労こそ拡大すべきである。……
 
3、現代の福井県での女工哀史 野麦峠を越えた中国人女性たちの大争議
 中国の江蘇・遼寧省から、武生市にある協同組合加盟の二〇社の紡績工場に約一〇〇名の女性が働きに来ていた。山間の工場の屋根裏などの寮で寝起きし、パスポートも取りあげられ、買い物の店も一軒に指定された。休みもなくミシンを踏み続けたが、給料は、研修生は一万円。実習生は一万五千円、という驚くべきもので、中国での約束とはまったく違っていた。不満を訴えた仲間は、無理やり神戸港や関西空港へ連行され、強制送還された。
 しかし彼女たちは禁を犯して連絡を取り合い、「九九年一〇月一四日の一斉蜂起」が準備された。バス代さえない彼女たちは、五時間かけて山道を歩き、市内の協同組合理事長の会社前にたどり着き、五〇名が玄関に座り込んだ。だが各社の社長は「中国人はこうして扱うんだ」と叫びながら、彼女たちに襲いかかった。そこは修羅場となり、次々と倒れていった。パトカーは何もせず帰って行き、武生署は被害届さえ黙殺した。
 しかしこの事件を契機に彼女たちは、日本社会、そして中国大使館にむけ、堂々と告発を始めた。関西の多文化共生センター・RINK、そして我が全国一般のゼネラルユニオンに、その叫びは届いた。激励と抗議が、冬の北陸に交錯した。県や市、そして労働基準局の官僚どもは震え上がった。二〇〇〇年春闘は、福井総行動がメインとなった。
 経営者たちは言った。「貴方たちの給与は、失うといけないので預かっていただけだ」と。そして、今作ったばかりの通帳を配った。彼女達の闘いの成果でパスポートも戻り、賃金も五〜八万円となってきた。しかし理事長らは、暴行を謝罪せず、また過去のピンハネ分の支払いは、認めなかった。中国側行政とブローカーと既に山分け済みだったのだ。
 そのため遼寧省メンバーは、福井地裁に提訴。江蘇省メンバーは、解雇係争中の失業保険をも受けながら、日本に留まった。送り出し側の中国江陰市の役人の、「日本で労組に入ったら、帰国後たいへんだぞ」とのどう喝にも負けなかった。ゼネラルユニオン福井支部が結成され、山原委員長と青木理事長の交渉により、ついに九月三〇日大阪の丹羽雅雄弁護士事務所で、協同組合の全面謝罪の協定がかわされた。未払い賃金と慰謝料は、一人当たり一〇〇万円にものぼり、その中には日本で始めて研修生当時の未払い残業手当も含まれていた。深々と頭を下げる理事長に対して、彼女たちは言った。「今後他の中国人労働者に二度とこんな目にあわすな」と。

欧州連合首脳会議
南仏ニースで重要な決定

アラン・トールネット

  欧州連合(EU)政府間会議(IGC)が二〇〇〇年十二月九―十三日に南フランスのニースで開催され、いくつかの重要な決定を行った。

多数決適用分野を拡大

 首脳会議は、EU閣僚理事会――執行機関の一つ――で多数決による決定(QMV)を行う問題分野(EUの決定方法は、問題によって全会一致か多数決)を新たに二十九ほど拡大することで合意した。閣僚理事会が管轄する問題の約三分の二が多数決で決定されることになる。
 貿易や教育、文化、オーディオ・ビデオなどに関する問題を多数決で決定しようとする提案は、否決された。しかしサービスや知的所有権はQMVによることになった。これは大きな変化である。これは、アムステルダム条約の一三三条を修正することである。一三三条は通商に関するQMVを認めていたのだが、そこにサービスと知的所有権の分野を含めることになる。
 この修正によって、世界貿易機関(WTO)と関税貿易一般協定(GATT)との枠組みでEU内でサービスに関する自由化と規制緩和を進行させることになる。すなわち経済協力開発機構(OECD)の多国間投資協定(MAI)では達成できなかったことが、前記修正によってEUで実行可能となったのである。
 この変更が実現されると、EU内の多国籍企業を初めとする企業は、どこからでも地域的に制定されている制限を受けずにサービスを提供し受けることができるようになる。また知的所有権の取引や、ヒトゲノムを含む天然資源のより広範囲な民営化などが、特許制度を通じて自由化されていくことになる。

大きな機構上の変更

 首脳会議はまた、閣僚理事会構成国間での持ち票配分の大きな変更を決定した。EU拡大に備えてのことである。新しい持ち票配分では、ドイツ、フランス、イタリア、イギリスの四大国はそれぞれ三十票、スペインが二十八票を持つ。オランダが十二、ギリシャ、ベルギー、ポルトガルが十一、スウェーデン、オーストリアが九、デンマーク、フィンランド、アイルランドが七、ルクセンブルクが四票となる。したがって五大国のうちの四カ国が一致すると、その他の国の票数全体よりも多数となる。
 EU参加希望国では、ポーランドが二十八票を獲得することになり、ルーマニアが十三,チェコ共和国とハンガリーが十一、スロバキアが七、リトアニアが五、ラトビアとスロベニア、エストニア、キプロスが四、マルタが三票となる。
 結局、この変更で大国の票数は三倍加し、EU拡大後の六大国が残り二十一カ国を票数で上回ることになる。
 こうした持ち票配分の変更と相まって、多数決で決定(この方法では各国の人口に比例して一定の票数が配分される)する分野が拡大した。その結果、閣僚理事会の決定は、EU全人口の六二%を基礎とすることになる。

政治的影響力

 そのため、いくつかの大国が協力すると、それぞれの持ち票以上の政治的な影響力を発揮することができる。閣僚理事会の三カ国が結束すると、他の加盟国二十七カ国による提案を否決できる。そのためにドイツが閣僚理事会の持ち票配分でフランスに譲歩して、その巨大な人口八千二百万を反映する投票権要求を引っ込めたのである。また大国の比重は、欧州委員会における委員枠の面でも増大した。
 二〇〇七年以降は、二十人という定数を設けることになり、各国が最低一人の委員を出すという方式を止める。小国が委員の割当を失うことになる。欧州議会の議席配分(各国ごとへの割当)もまた、大国に有利な方向に変更される。ドイツは九十九議席、その他の大国が七十四議席を割り当てられることになる。そして各国の割当は次第に減少し、最低はマルタの五議席となる。
 だからニース首脳会議は、その使命(大国にとっての)を実現したのだ。EUの権力、指導権は、大国、強国の手中に集中してしまった。大国として最も中心となるのは、ドイツ、フランス、イギリス――ヨーロッパの中心的な帝国主義諸国――であり、この三カ国はEUを自らの利益にそって運営できることになった。三カ国は、ヨーロッパ的、全地球的な政治的、帝国主義的な独自の利益を基礎にして行使できる政治権力の形成を展望している。
 ニース首脳会議におけるその他の議題として、欧州基本権憲章がある。その条項は、多くの加盟国における現状に対して不十分であり、それだけでなく労働、住居、年金、最低賃金、解雇あるいは過剰人員からの保護といったような大切な権利が抜け落ちている。
 しかし憲章は、超国民国家としての欧州連合を構築するために不可欠な制度や機構の中で進行程度が最先頭に位置していることに、その役割がある。労働者などにとって基本的な権利が奪われることになる欧州基本権憲章が採択されると、他の制度や規定の先例となるのだから、この憲章がニース条約の一部として採択されなかったのは幸いであった。
 欧州基本権憲章が採択されなかったのは、労働者などの強力な反対のためでなく、不幸にもイギリスのブレア首相が反対したためだった。ブレアは、この憲章が労働者階級に多くを与えすぎているとの考えから反対したのであった。ブレアはまた、この憲章からスト権条項を削除させ、不公平な解雇からの保護条項をも削除させた。

EUの緊急対応部隊

 ニース首脳会議では、欧州緊急対応部隊は正式な議題ではなかったが、実際には議論された。これは、ヨーロッパ周辺の平和維持活動や人道援助を主な任務としている。最終的には陸軍、海軍、空軍、特殊部隊の兵員十万で構成され、四百機の航空機、百隻の艦船を保有し、EU司令部の下に置かれる。ドイツ、イギリス、フランスが兵員と装備の大部分を提供することになる。
 フランスの国防大臣は、緊急対応部隊はEU軍への第一段階だと考えていると、その見解を明らかにした。軍事力を創設することは、高度に戦略的な決定である。アメリカの対応は二分されている。一方では、ヨーロッパ安全保障に支払っている自らのコストを削減したいと考えており、他方では、欧州軍が究極的にはNATO(北大西洋条約機構軍)にとって代わるのではないかと懸念している。フランス大統領シラクは、欧州軍はNATOからは独立した指令機構を有するとあからさまに述べている。
 結局のところ、欧州軍は形成され、配備されることになろう。軍隊のない、したがって自分の利益を守るための戦争を行う能力のない超国民国家が考えられないからである。ことにEUが旧東欧諸国などへの拡大を実現した後は、リトアニアからベラルーシー、ウクライナからトルコ、バルカン諸国へとつづく東側の境界線を有することになり、その維持・防衛が問われることになる。
(インターナショナルビューポイント誌2001年1月、327号)

欧州連合
反資本主義左翼が会合
      フランソア・ベルカマン                            

  二〇〇〇年十二月四―五日、フランス・パリで戦闘的な左翼系の政党や運動グループが集まってヨーロッパ会議を開催し、フランスが議長国を努めている欧州連合首脳会議(EUサミット)に対抗した。この種の会議は最初、二〇〇〇年春にポルトガルのリスボンで開催されたが、今回は革命的共産主義者同盟(LCR、第四インターナショナルフランス支部)が召集した。

 LCRが召集

 LCRの召集に応じたのは、次のグループである。赤色選挙連合(RV、ノルウェー)、赤緑連合(RGA、デンマーク)、スコットランド社会党(SSP)、ロンドン社会主義者同盟(LSA)、社会主義者同盟(イギリス・ウェールズ)、社会主義労働者党(SWP、イギリス)、ラゴーシュ(ルクセンブルク)、左翼ブロック(ポルトガル)、Zutik(バスク)、エスパシオ・オルタナティブ(スペイン)、ソリダリティS(スイス)、OeDP(トルコ)、愛国統一運動(MPU、キプロス島トルコ人コミュニティ)。Zutik、エスパシオ・オルタナティブ、OeDPは会議に参加できなかったが、会議の目的と提案されていた宣言には同意を表明している。
 その事務所がつい最近、トルコ軍に爆破されたMPUは、キプロス左翼(ギリシャ人コミュニティの組織)の同志が代理出席をした。イングランドとウェールズの社会党(前のミリタント派)は、国際組織、労働者インターナショナル委員会(CWI)の一部であるが、オブザーバーを派遣した。フランスのルット・ウーブリエは参加を断った。
 今回の会議の目的と招請する基準は、前回のリスボンサミット対抗会議を主宰したポルトガル、左翼ブロックの同志たちが決定した。その内容は、EUサミットの機会を捉えてEUの具体的な政策などに対する態度を決定し、社会民主主義や緑、共産党などの社会的ネオリベラリズム政策を支持する潮流とは明確に別個な反資本主義潮流の登場に貢献することである。こうした意図を確実かつ強力に遂行するためには、労働運動や社会的なレベルで影響力を持つか、選挙で一定の力を有する政党や運動グループを結集して、それを基礎にして事を進める必要がある。
 こうした考えに触発されて、もちろんのことであるが、広範な勢力を結集する複数主義による再編促進の考えがある。セクト主義とは完全に決別し、次のように考える潮流や組織が結集する必要がある。つまり社会民主主義のネオリベラリズム的な堕落やスターリニズムの崩壊によって生じた政治空間を埋めるためには、その最初の姿や歴史、綱領、組織としての経験などがかなり昔に分岐した自分たちが一つに結集し統一していく必要がある、と自覚している潮流や組織である。

複数主義の側面

 複数主義的な側面を子細に検討してみよう。旧毛沢東派は、ノルウェーのRV、ポルトガルの左翼ブロック(UDP)、トルコのOeDPなどで非常に強力な存在である。デンマークのRGAに対して最も戦闘的に貢献しているのは、間違いなくCPである。ルクセンブルクのラゴーシュ内部で最強なのもCPである。
 組織潮流が非常に強力に存在していても、「独立派、無党派」の活動家や個人が潮流再編や統一を促進させるうえで果たす役割は減じていない。例えば、イギリスではケン・ローチやタリク・アリが大いに貢献している。革命家たちを結集するのが目的でなく、ネオリベラル的な社民や緑、社民化した共産党に未だに引き寄せられている労組や政治運動、社会運動内部の戦闘的な左翼層全体を獲得することが課題であるから、こうした著名な活動家や個人の役割は、不可欠となっている。

 トロツキストの国際潮流もまた、インターナショナル・ソーシャリスト、CWI、第四インターナショナルと分岐している。
 パリ会議の具体的な議題の一つに、政治宣言の採択と共同記者会見の実行があった。開催組織としてのLCRは、資本主義のグローバリゼーションと闘う様々な行動、例えばブラジルのポルトアレグレで二〇〇一年一月に行われる世界社会フォーラムや欧州労組連合(EFTU、最初は社会的レベルの条項が後退しているとして支持を拒否したが、結局同意してしまった)が深く関与している欧州基本権憲章に関する議論などへ議題を拡大しようとした。この議論は、フランス労働組合運動において大きな反響を呼び、ニースサミット抗議行動への大動員へと結実した。

共同宣言

 最も大切な成果、価値ある前進は、共同宣言である。会議で様々な議論が行われ、意見の違いはあったが、共同宣言を出すことの政治的な意義について合意が形成された。
 第一に、非常に不均質な構造であるEU――超国民国家的な原初形態の保護の下での国民国家の統合化――が、加盟国それぞれの社会や社会運動、政治潮流に大きく異なって作用している。反資本主義潮流や革命潮流も例外ではない。国際主義者もまた、ブルジョア国民国家の二(あるいはこれ以上の)世紀にまたがる展開から生じた大きな戦略的な課題や問題に実践的に回答を出していかなければならない。
 スカンジナビア諸国(部分的には英国も)のラジカルな組織にとって、EUに反対する闘いは、EUの解体へ通じる。数次にわたってEU加盟に「ノー」を表明し、各国の最終的なEU退出はEUに多大な危機をもたらし、それを通じてより広範な国際的協働の地平を切り開くことになる。
 これとは反対の戦略を進めているのが、キプロスやスイス、トルコといった現在はEU外部の諸国における組織である。彼らは、自国のEU加盟を提案する。その理由は、加盟によって自国の人々や労働者階級に利益がもたらされることでなく、EU内部で展開されている社会運動との共同闘争に参加するためである。
 EUの「中心部」に位置している諸国では、完全撤退のための闘いが単純には理解されない。社会や経済、環境、政治、文化の問題でヨーロッパ共同要求のための統一的な闘いを通じてEUと闘うことが課題である。その闘いには、既存のものに代わる新しい制度、機構に関する提案も含まれる。EUの危機というものは、こうした共同闘争と加盟各国政府の権限を大幅に奪う根本的に民主的なアプローチから生じるだろう。
 会議で議論が集中した第二の点は、自決のための民主的な要求の定式化であった。東欧諸国のようにEU加盟が問題であろうと、EUの基本的な制度が危機に陥った場合であっても誰が決定するのか――人民か、それとも労働者階級か――という問題である。
 これは、抽象的かつ外在的な対応の問題でなく、階級闘争とその力関係の現局面において、労働者運動と社会運動の現状況において実際に提起されている問題である。
 これらの二つの基本的な戦略的、緊急の問題に関して、会議は議論を開始したが、結論に達することはなかった。ぞんざいな妥協の産物であるような定式化は必要ではない。ヨーロッパでの共同行動を可能とするような自決に関する民主的な定式がない事実は、確かに会議文書の大きな弱点である。この事実からしてEUに関する根本的に批判的な分析――全体が共有できるような――は当面、課題として残されており、政治的、実践的な展望を欠いている。
 だが、ユーロ懐疑主義あるいは民族主義的なEUからの脱退を問題にしているのではない。実際、プレスコミュニケは、社会的に公正で民主的、平和と連帯の価値に基礎をおくヨーロッパ――民主的社会主義社会――を支持し、反資本主義社会綱領を描き出すことを通じて、新しいあるべきヨーロッパへの展望を具体的に示した。
 この会議はかくして、ヨーロッパ社会運動と労働組合運動との左派と歩調を合わせたのであった。これが第一の非常に肯定的な点である。第二は、ニース首脳会議の決定に関連して、ユーロ軍国主義や人(移民)の自由な移動や彼らに完全な市民権を保証すること、資本主義のグローバリゼーションを推進する積極的な要素としてのEU反対などの分野でも、共同行動が確認された点である。

満場一致

 会議の最終局面における議論は、この種の会議を継続したいという満場一致の願望を明らかにした。いかに継続するのか、中短期的な目的は何か、どんな活動形態とするか、速度を速める必要はあるか、参加組織やグループ間の有機的なつながりを深め強めるべきか――こうした課題が残されているが。
 走ろうとする前に、先ず歩くを学ぼう、とある参加者が述べた。別の参加者は、そうだ、しかし正しい方向にすぐに歩き始めることを決定しようと発言した。参加した政党の「総括と展望」は、今後いかなる方向に向かうべきか、この点に大きな比重がかかることになる。EUの次回首脳会議(スウェーデンのイエーテボリ)が、新たな機会となろう。
 その後(二〇〇二年一月)ブリュッセルで行われるが、この都市のヨーロッパでの地理的な状況からして、労働者運動や社会運動を支配的な社会ネオリベラリズムから切り離していくために闘う、ヨーロッパ規模の複数主義反資本主義潮流の存在を力強く宣言する機会となろう。
(インターナショナルビューポイント誌2001年1月、327号)
反資本主義左翼欧州会議宣言(パリ、二〇〇〇年十二月五日)
 マーストリヒト条約から十年、EU、ニース首脳会議で次の段階、欧州「超大国」をめざしている

1 この十年間、EUは、それ自身がどの程度まで社会的に不公正で反民主的であるか、そしてヨーロッパと全世界の勤労者階級ならびに人民に対する戦争機構であるかを示してきた。加盟国の機構、制度と比較しても、EUのそれらは、民主的という面で明らかに後退している。閣僚理事会(各国政府の代表で構成)は、EUの執行機関であり、「法」を採択し、政策を決定し、条約を締結・修正するが、一切は密室でなされ、投票の結果や議論の内容が公開されることはなく、いかなる説明もなされない。
 欧州委員会も同様に、民主的な管理を受けておらず、閣僚理事会によって選出され、権限を付与される。そして閣僚理事会が採択した条約や各種政策を各国が正しく実行しているかを「監視」する。社会政策の分野では、単一市場を基盤として資本、サービス、商品の自由な移動が行われるようになり、加盟国それぞれの労働者相互での競争が非常に激しくなった。その結果、労働条件、生活条件の一切がソーシャルダンピングの様相を呈した――賃金、労働時間、採用と解雇に関する労働協約の悪化・後退、EU内外での工場移転、加盟国における社会的な諸権利やそれにかかわる法律の悪化などが生じた。
 通貨統合(通貨ユーロを欧州中央銀行が管理するが、これにも民主的な管理はなく、説明の義務もない)は、マネタリストが設定した統合基準とネオリベラルによる「安定協定」に基づいて行われ、失業給付金や年金といった社会保障への攻撃、大々的な民営化、労働者階級の団結を崩す攻撃(いわゆる労働市場の再編)の道具として利用されている。そのうえEUは、「第三世界」や最貧の人々、東欧諸国に対する「要塞」であるかのように行動している。
(2、3項略)
4 ニース首脳会議で準備されている新条約やその他の決定は、これまで述べてきたようなEUの悪化をさらに進行させるものである。ニース会議は、「全世界における自らの利益を防衛する」という帝国主義的な野望を公然と示しているEUの歴史において新しい段階を画するものである。バルカン戦争から導かれた教訓が、実践されることになる。
 その第一。欧州軍(緊急対応部隊)を創設し、NATO(北大西洋条約機構)内外で介入する。しかし優先されるのは、地中海と東欧諸国というEUの周辺を安定させ、主導権を握ることである。これによって実際に生じる事態は、軍事支出の急拡大、軍事技術の研究・開発の促進と投資の拡大、軍事産業の大企業に対する財政的、外交的な支援の増大である。こうした軍拡路線は、「ユーロ軍国主義」のイデオロギー攻撃を必ずや同伴することになる。これまでNATOと自国政府の軍国主義と闘ってきたように、EUの軍事化、軍国主義化と闘う。
 第二。東欧諸国を経済的に征服し、EUのネオリベラル的なルールを押しつける。緊急対応部隊という軍事的な「腕」を創設する必要性と、東欧諸国の資本主義への移行が苦痛に満ちており、近い将来に社会的な爆発が予測されることや民族紛争や地域戦争、大々的な移民の動きという事態とには、密接な関係がある。われわれにとっては、EUを超えたヨーロッパが望まれる。ヨーロッパの地域を連帯と協働を通じて統合することを追求する。東欧諸国の人々の位置、誰がEUに参加するのか、これらを決定するのは、われわれではない。われわれは、東欧諸国の人々にEUの現実政策やその制度との共同闘争を提案する。
 第三。アメリカと日本(そして第三世界に属するいくつかの国も)との帝国主義間競争が激化している中にあって世界貿易機関(WTO)において先兵の役割を果たす。EUは、世界規模で自らの商品、資本、原材料と廉価な労働力確保の方法を防衛する努力の強化を決定した。だからこそEU閣僚理事会は、条約の一三三項を変更し、委員会にフリーハンドを付与しようとしているのである。われわれのEUとの闘いが、資本主義のグローバリゼーションに反対する闘争の一部であり、抑圧・搾取されているすべての人々と国際連帯するものであることは明らかである。
 第四。EU各種機構を改革(拒否権を伴う全会一致でなく多数決で決定する問題分野の拡大、委員会の小型化、閣僚理事会内における各国権限の変更、ドイツ、フランス、イギリスのビッグスリーに大きな権限を与えるなど)し、ドイツ、フランス、イギリスを「実質の理事会」として認め、より強力な執行権を形成する。強力な執行権は、来るべき世界規模の経済、政治、軍事上の戦闘において帝国主義ヨーロッパを導くためには、不可欠である。
 第五。発表された基本権憲章は、労働運動が各国で過去百五十年間に獲得してきた各種権利を大幅に後退させるものである。すなわち労働の権利は労働の「自由」に置き換えられ、適切な賃金の権利と最低不可欠な収入の権利は「社会的な援助」と慈善に置き換えられる。ストライキ権は、ヨーロッパレベルでは承認されない。この憲章案は、一国あるいは国際的な法、例えば一九四八年の世界人権宣言、一九六一年と一九八九年に採択された欧州社会憲章に比べて大きく後退している。
 この反動的な新憲章が、各国の法律よりも優位に立つヨーロッパ法となるかもしれないのである。そして欧州委員会が、各国にこの憲章の適用を強制する権利を持つことになる。いずれにせよ、この憲章は、資本家と政府にとって各国レベルで労働者階級の権利を弱めるための強力なテコとなる。
5 われわれは、自国で闘うと同時にヨーロッパ規模で共闘し、ネオリベラルの政策を覆し、「利潤でなく社会的必要を」の原則を実現しようとする。このことは、すべての人に安定した「常雇用」や適切な賃金、失業や疾病の場合の社会的な保護、健康、住宅、教育、職業訓練などを保証することを意味する。これらは、公共部門の再展開、国家財政の根本的な作り替え、資本から労働への富の大々的な再配分、私的財産を社会的な財産へ変革するために必要なすべての反資本主義的な措置を抜きにしては実現されない。
(インターナショナルビューポイント誌2001年1月、327号)