2001年4月10日        労働者の力               第133号

新しい歴史教科書をつくる会の検定合格を糾弾する
教科書採用圧力を労働者市民の闘いで粉砕しよう

川端 康夫


なんとしても採用したかった文部科学省

 文部科学省は四月三日、来年度採用対象として「新しい歴史教科書をつくる会」の中学歴史と社会の教科書が検定合格したと発表した。相当数の修正個所が盛り込まれたとして合格させたこの教科書は、しかし最大の特徴とするものが、旧日本帝国のアジア侵略を肯定する意図であり、同時に「教育勅語の全文掲載」にあるように戦前型皇国史観の復元を濃厚にめざすことにある。
 町村文部科学大臣は記者会見において、修正の結果相当にバランスがとれたものになったと評価しつつ、他方において諸外国には、日本教科書検定制度に対する理解を求め、政府の公式史観ではないと説明した。福田官房長官を初め政府はすべてこの町村談話の線で解釈を統一し、村山内閣の時に行った態度表明が依然として政府の公式見解だと繰り返した。
 それが詭弁であることは一目瞭然である。
 検定制度という一点で「外圧」からの逃げを打とうとするのであるが、他方で幾たびもの家永教科書裁判が明らかにしているように、自民党政府体制は最高裁を人事的に支配下に置きつつ、「左派的」記述をもとに不当な扱いを繰り返してきたのである。
  今回もまた同じような手口が見られた。朝日新聞によれば、国旗・国歌問題で記述削除に追い込まれた例が紹介されている。
 「二〇〇二年度版の教科書検定に合格した中学公民教科書の検定で、国旗・国歌法について、学校行事への強制を懸念する声があることを掲載しようとした出版社に対して、文部科学省が「法律は強制力のあるもので(記述は)おかしい」などと指摘し、最終的に記述が削られていたことが分かった。
 日本書籍が検定申請した中学公民教科書で、申請時の教科書で欄外に一九九九年に国旗・国歌法が制定されたことを記述。続けて「この法律は、思想・良心の自由に反するという意見もある」と説明していた。
 文部科学省は、この記述に「程度が高すぎる」などとする検定意見をつけた。このため、同社は「この法律が学校行事などに強制されることをあやぶむ声もある」と差し替える案を提示。同省は「一般に法律は強制力を持つものであり、法律の強制をあやぶむという文章はおかしい」と指摘した。
 同社は、国旗・国歌法案の成立直前、当時の野中広務官房長官が学校現場への影響について「生徒や児童の内心に入ってまで強要するものではない」と発言したことなどを盛り込む案も示した。だが、同省は「なお程度が高く、検定意見をクリアしていない」と指摘し、同社は最終的に記述を削除した。
 同社編集幹部は「文部科学省の指摘は、批判的な記述は認めないという意味だと判断し、あきらめた。長い議論の歴史を背景に様々な考え方がある問題で、書けなかったのは残念だ」と話す」
 この野中見解が「程度が高すぎ」て認められず、他方「教育勅語」全文掲載が程度が高くないというのである。自公保連立政府の本音は、なんとしてもこの「新しい歴史教科書教科書」を検定合格させるところにあったのである。村山談話を再録しておく。
 「植民地支配と侵略でアジア諸国に多大な損害と苦痛を与えた」

「新しい歴史教科書」の特徴

 新しい歴史教科書をつくる会の教科書そのものはまだ手にすることはできないので、その性質を要約している朝日新聞コラムニスト舟橋氏のコラムから引用しよう。なお氏は日米同盟論者として有名である。
 「文部科学省は三日、「新しい歴史教科書をつくる会」主導の中学校歴史教科書を一三七項目の意見・修正を施した上で検定、合格させた。
 意見個所をいくつか例示的に挙げると、次のようである。
 「日本の満州領有化」 日本の満州領有化が、主として中国側の動きによって引き起こされたかのように誤解するおそれ……。
 「対米開戦」 交渉に臨んだ日本側の態度についての記述がなく、ハル・ノートの提出によって日本が対米開戦に追い込まれたように誤解するおそれ……。
 「アジア・アフリカの独立」 日本の緒戦の勝利がアフリカの人々の独立運動に影響を与えたことを裏付ける資料的根拠がなく、不正確……。 *一九三〇年代の世界のブロック経済化で日本製品を締め出す「こうした仕打ち」によって日本は満州領有化へと向かったとか、日中戦争後の「翻弄(ほんろう)される日本」とかの、受動形の情念や表現が出てくる。修正後も、真珠湾攻撃のくだりではそれが奇襲だったことは触れていない。
 この教科書の記述には、近現代の日本の歴史を弱肉強食的な世界権力政治の中で被害者の立場に置いたような、いわば「いじめられっ子」の強迫観念が感じられる。修正されたものの、そうした暗い、いじけた被害者史観の歯形は残ったままだ。
 同時に、ここでは決定的瞬間に立ち至った過程、その中での日本の政治指導者の責任、国益が組織益に簒奪(さんだつ)される政策決定過程の問題点、外交の不在、外に向けての表現力、発信力の欠如、苛烈(かれつ)な国際社会で生きていく術とそれに対する国民教育の不足、などの検証と記述がほとんどない。……
 今回は米国内でも不信感と不快感が表明されつつある。
 「これらの細かい記述はそれぞれは大したことはなくとも、それが全体として重なると、日本はアジアが必要としているリーダーシップの役割を果たすにはまだ未熟であるとの印象を受ける」とウォールストリート・ジャーナル紙は社説(三月二十一日付)で書いた。 「未熟」という表現に、日本にアジア太平洋でのより大きな役割を期待しながら、それがこうした問題で思うようにいかない米国の失望感がにじむ。
 要は日本が歴史問題にどう取り組むかという課題にほかならない。それも、世界とアジアでの日本の役割を含む国益の観点から、過去と改めて対決し、それを克服する「過去克服政策」ともいうべき公共政策が必要である。歴史教科書問題もその一環としてとらえていくべきものであろう」
 以下は毎日新聞報道の引用である。
 「「新しい歴史教科書をつくる会」(会長・西尾幹二電気通信大教授)が中心に執筆した二〇〇二年度版中学歴史教科書の最終修正版(二次修正)の全容が三月十三日、明らかになった。
 日中戦争中の「南京事件」で、検定申請段階の「(ナチスによる)ホロコーストのような種類のものではない」との部分を全面削除。実態については様々な見解があることを明記するなど、大幅に修正した。
 文部科学省は今月末ごろ、この最終修正版を教科用図書検定調査審議会の審議を経て検定合格させる方針。
 同歴史教科書は昨年四月に原本が検定申請され、中国と韓国から「歴史をわい曲している」との強い批判を招いた。旧文部省は昨年十二月、一三七項目の検定意見をつけて出版元(扶桑社)に申請本を差し戻し、一次修正後の二月二十二日、同社が最終修正版を提出した。
 南京事件に関しては、日本軍が中国民衆二〇万人を殺害したと東京裁判で認定されたことについて、申請本は「その時の南京の人口は二〇万人で、日本軍攻略の一か月後には二十五万人に増えている」と疑問を提示していたが、最終修正版で「さまざまな見解があり、論争が続いている」とした。
 「戦争への視点」では、申請本に「戦争に善悪はつけがたい」などと日本の侵略戦争を肯定しているとも受け取れる表記があり、さらに「アメリカ軍と戦わずして敗北することを、当時の日本人は選ばなかった」などと記述されていた。しかし、最終修正版は「善悪」のくだりを全面削除。「日本はなぜアメリカと戦争したのだろうか。これまでの学習を振り返ってまとめてみよう」との内容のコラムに差し替えた。
 またアジア諸国を日本が植民地化した経緯の中で、日本が各国の独立を承認した、と強調していた申請本の表記を、「抗日ゲリラ活動が盛んになる地域も出てきた。(日本軍によって)死傷する人々の数も多数に上った」などと修正、日本の「加害者」としての側面にも触れた。……」
 「中国、韓国から批判された教科書も合格(四月三日)
 中国、韓国などから「歴史をわい曲している」と批判された学校の社会科(歴史分野)の教科書も合格した。「新しい歴史教科書をつくる会」(西尾幹二会長)が主導し、扶桑社が発行する教科書で、最初に提出された「申請本」には、近現代史を中心に一三七カ所に修正を求める検定意見がつき、すべてを書き直した。しかし、中国などは「修正は不十分」としており、大幅修正に納得するかどうかは微妙だ。同じく扶桑社が申請した中学社会(公民分野)の教科書も九九カ所の検定意見に基づく修正を行い、合格した。
 韓国併合を「合法的に行われた」と記し、問題になった記述は、「一面的な見解を十分な配慮なく取り上げている」と意見がつき、全面修正された。南京事件を「ホロコーストのような種類のものではない」とした記述も削除された。
 太平洋戦争の戦局悪化に伴う政策として、申請本では「学徒出陣」だけを挙げていたが、「台湾、朝鮮の状況についてほとんど触れておらず、調和がとれていない」と意見がつき、日本の植民地だった朝鮮、台湾でも徴用が行われたこと、日本人に同化させる皇民化政策が強められたことが書き加えられた。
 現地の人々に「さまざまな犠牲や苦しみをしいることになった」などの記述も入り、「日本の加害者としての視点」が加えられている」

アジア民衆からの強烈な反発
 
 「だが中国や韓国政府は即座に抗議・異議申し立ての談話を公表し、この教科書を検定合格させた自民党・公明党・保守党の三党連立政府の基本姿勢を厳しく批判した。
 とりわけ「南京虐殺」という歴史事実を無視したところに原本の基本姿勢が明らかであるが故に、中国側の姿勢には厳しいものがあり、数年前の江沢民訪日以来の「歴史認識問題」再燃の様相もあり得る状態である。
 また韓国政府は相対的に慎重な対応を示しているが、とりわけ「韓国併合」問題というホットな論点が修正されたとはいえ、それを「合法」と原本が述べていたのであり、政府対応がどうあれ、民衆レベルでの反発は強烈なものとなることは明らかであろう。韓国民衆によるサイバー攻撃が即座に組織された。野党は日本製品不買運動を呼びかけた」
同じく毎日新聞の記事から。
 「教科書問題で韓国野党が日本製品の不買運動を提唱
日本の「新しい歴史教科書をつくる会」の教科書が検定を合格した問題で、対日関係を重視して慎重な姿勢をみせる韓国政府の対応は「生ぬるい」として、韓国国会で最大議席を有する野党ハンナラ党は五日、日本製品の不買運動を呼びかけた。
 植民地支配を美化しているとされる日本の中学歴史教科書の検定問題で、反発した韓国の市民らが、日本の文部科学省や教科書の出版元などのホームページに時間を決めて一斉にアクセスしダウンさせようとインターネット上で呼び掛け、三十一日に実行した。韓国の通信社、聯合ニュースなどが伝えた。同省のページには実際にアクセスが殺到しているとみられ、接続が難しくなっている。
 韓国の警察当局によると、これまでのところウイルスを送り込むなど不正アクセスは行われていないもようだが、ページをダウンさせる違法ソフトの使用などが判明すれば捜査を行うとしている。
 呼び掛けは「歴史わい曲教科書の検定通過に反対する」として韓国内の複数のページの掲示板で行われ、「攻撃先」のリストとして文部科学省や出版元、自民党、「新しい歴史教科書をつくる会」などの名前とアドレスを掲示。三十一日の午前九時から午後九時まで計五回、特定の時間にアクセスするよう求めていた。
 電子メールで大量のデータを送り付けることを提案するページもあった」(ソウル共同)
 文部科学省によると、三十一日午前九時ごろからホームページに接続できなくなり、夜になっても見ることができない状態が続いているという。回線容量の二〜三倍のアクセスがあるといい、アドレスを見ると韓国の国を識別する「kr」が含まれるものがほとんど。一九九五年にホームページを作成してからダウンしたのは初めてという」
 また、中国政府の対応も即座になされた。
 「【北京六日坂東賢治】中国の唐家旋外相は六日、記者会見し、「新しい歴史教科書をつくる会」主導で編集された二〇〇二年度版中学歴史教科書の検定問題について「日本政府が責任と義務を負い、適切な処理をすべきだ。そうしてこそ中日関係の政治的基礎を守ることが出来る」と述べ、修正が不十分なまま合格した場合には日中関係への影響は避けられないとの認識を示した。
唐外相は「我々は日本国内の教科書問題の動向について重大な関心を持っており、外交ルートを通じてすでに厳重な申し入れを行った」と述べた上で、「問題の本質は日本が過去の侵略の歴史に正確に対処できるかどうか。アジアの周辺諸国の信頼を勝ち取るような行動を取れるかどうかという問題だ」と強調した。
さらに過去の教科書問題とも比較しながら「日本の検定作業は複雑な過程だが、日本政府の責任の上で行っている」との見解を示し、「日本がこれまでに歴史問題に関してたびたび表明してきたことが信頼できるものであることを行動で示すべきだ。歴史問題は中日関係の政治的基礎だ」と述べた。
唐外相は「教科書の内容がいいのか悪いのか。出版できるのかどうかは日本の政府部門が決める」と指摘しており、不合格を求めたものか、十分な修正を求めたものかは不明。しかし、会見の模様が中国国内にテレビ中継される中で「中国政府と人民はじっと見守っている」と強調しており、教科書が合格した場合には民間レベルでも反発が強まりそうだ」
 以下、アジア諸国の反応(朝日新聞から)。
 ・ベトナム 「ベトナム外務省報道官は五日、日本の「新しい歴史教科書をつくる会」が検定を合格した問題について「日本は過去について正しい認識を持つべきだ。近隣諸国との友好的な関係のために必要なことだ」と述べた」
 ・北朝鮮 「朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の朝鮮中央通信は五日、日本の教科書検定結果について「内外の強い抗議にもかかわらず右翼団体がつくった歴史教科書を検定で公式通過させた」「朝鮮やアジア諸国などに対する耐え難い冒とく、公然たる挑戦だ」などと非難した。朝鮮通信(東京)が伝えた」 
・台湾 「台湾外交部は五日、「新しい歴史教科書をつくる会」主導の歴史教科書について「歴史のわい曲は許されない。日本政府が事態を正視して、速やかに教科書の内容を修正し、相互の信頼関係に影響しないようにすることを望む」と抗議の意を表明した。中国への侵略に関する部分などを問題にしている」
・「つくる会」の教科書に米ユダヤ人系団体が懸念表明
 「新しい歴史教科書をつくる会」主導で作られた教科書が検定で合格したことについて、米国のユダヤ系人権擁護団体サイモン・ウィーゼンタール・センターは三日、「第二次世界大戦中の日本の侵略を十分に扱っていない教科書を日本の文部科学省が認可したことに深く心を痛める」との声明を発表した」
 なお筆者の記憶によれば、ドイツ語ではシモン・ヴィーゼンタールとよばれる著名なユダヤ系ドイツ人はナチス犯罪を徹底的に追及し抜いたことで有名である。その名をとった団体であろう。

開き直る自民党

 つまり中国政府や韓国政府にとって、この十年来「南京事件まぼろし説」が右翼マスコミ界隈で横行していることに象徴される「歴史書き換え問題」の直接の延長として、あるいはその運動の「成果」としてこの新しい教科書があるという事実はつとに知れ渡っているのであって、そうした復古主義的、右翼主義的運動を政府が公的に認証した、ということが最大の問題だからである。
 「釣魚台」(尖閣列島)に現東京知事の石原がスポンサーになり大阪の悪名高い衆議院議員の西村らが強行上陸した事実も、事実報道としてコメントなしに掲載していることが検定に引っかからなかったことも中国の印象を強めこそすれ弱めることには絶対にならない。
今回の教科書検定申請に際して、中国や韓国の大使館筋からは「却下すべき」という見解が伝えられたともいわれる。が、朝日新聞によれば機密費問題に揺れる外務省にはそうした力量はなかった、という解説がなされている。
 しかし教育勅語にはいいところがあったという森喜朗政府が、この「新しい教科書をつくる会」の運動趣旨に本心で賛同しているであろうことは明らかなのだから、外務省筋のアリバイ証明的アドバルーンでしかない。官房機密費であれだけ知らぬ存ぜぬをきめこみ、あまつさえその減額すらも新年度予算で認めない外務省が、この問題の重大性に気づかぬはずはない。動かなかったのはそもそも基本姿勢において同調するところがあったからなのだ。
 自民党の態度は以下のニュースに露骨である。
 「不当要求あっても検定貫く 自民党部会が決議(毎日新聞)
 「新しい歴史教科書をつくる会」主導の中学歴史教科書問題で、自民党は八日の文教科学部会・文教制度調査会合同会議で、「内外から不当な要求があっても、厳正、公正な検定を最後まで貫く」ことを文部科学省に求める趣旨の決議を行った、という」

扶桑社版教科書の採用を拒否する闘いを

反対の動きも三月段階から活発化した。
 「新しい歴史教科書をつくる会」(会長・西尾幹二電気通信大教授)のメンバーが執筆し、現在検定中の中学歴史教科書について国内の歴史学者や教育者らの団体が十四日、「バランスを欠き、国際公約にも反した歴史教科書が教育の場に持ち込まれることに強く反対する」との声明を発表した。声明を出したのは歴史学研究会や日本史研究会、歴史教育者協議会など八団体。「かつての日本の植民地支配や侵略戦争を真摯(しんし)に反省し、近隣諸国との友好・親善に努めるという姿勢が完全に欠けている」などと指摘している。
 作家の大江健三郎氏らは十六日、東京・永田町の衆院議員会館で会見し、「新しい歴史教科書をつくる会」主導の中学歴史教科書を検定合格させないことなどを求めた声明を発表した。
 声明は大江氏をはじめ、三木睦子元首相夫人、作家の井上ひさし氏ら計十七人の連名。同教科書を「検定申請本は植民地支配と侵略を肯定する内容」「修正版はあいまいな表現で部分的修正」と批判し、検定・採択過程の公表なども求めた」 
 だが問題は、自民党の公然とした支持や文部科学省の暗黙の支持をうけて、右派・反動勢力が強烈な教科書採用圧力を全国で加えてくることとの闘いにあるだろう。サンケイ新聞や読売新聞などを頂点にする右翼マスコミが西尾執筆の「新自由主義史観」教科書を宣伝し、かつ右翼が反日教組キャンペーンをもって採用圧力のどう喝に出ることは火を見るよりも明らかだ。
 各県市町村教育委員会がその圧力に抗しうるという幻想ははじめからもてない。教育労働者のみならず、地域の労働者と市民の共同の闘いで、「新しい歴史教科書」を葬り去ることこそ、最大に求められているのである。
    (四月六日)記 

フィリピン アロヨ大統領の登場とその展望
ピープルパワー、再度の爆発
ハリー・ツボングバンワ


はじめに

 二〇〇一年一月十六日という記憶に値する日は、前大統領エストラーダの不正蓄財を明らかにする銀行関係の書類が入っていると思われる封筒の開封に賛成票を投じた十人の上院議員の敗北で終わりそうだったが、実際は腐敗と汚職にまみれた、ネオリベラルに基づく資本主義のグローバリゼーションを体現する政権に対して人民が勝利していく過程が開始した日であった。この日に同時に、前記封筒の開封に反対した十一人の上院議員の政治生命が終わったのであり、フィリピンに従来からあった汚く腐敗した政治行動を行い支持してきた勢力が敗北した日でもあった。
 一月二十日のピープルパワーは、基本的には自然発生的な性格だった。何百万もの人々(最高時は百八十万人)が子どもを引き連れて、一九八六年のマルコス政権打倒を象徴するエドサ通りに集まった。そして既存の政治機構に対する怒りや不満を爆発させた。この政治機構が、エストラーダ大統領が自らの延命を図って政治家や上院議員を買収するために行使した権力や富に対して無力だったためである。
 これまでの一連の事態がここに集約され、ピープルパワーの登場となり、直接民主主義が示されたのであった。組織的なグループや革命的な政党、野党政治家、退役将軍たち、教会が、数カ月も前から人々の大結集を訴えていたが、その努力は実を結ばなかった。左翼から右派までの連合体が結成されたが、その動きは非常に緩慢だった。
 当時の副大統領、グロリア・マカパガル・アロヨは、エストラーダ政権の閣僚職を辞任し野党の側に移ったが、それでも非常に不人気だった。多くの人は、アロヨの行動をエストラーダの後釜となりたいがための行動にすぎないとみていた。しかしアロヨとその党員、ことにラモス元大統領らは、ここに止まることなく、エストラーダ後のシナリオを描いた。このグループだけが、こうしたシナリオを描いたのであり、その後の事態が明らかにしたように、これが非常に有利に働いた。
 他方、昨年から行われてきた上院におけるエストラーダ大統領弾劾裁判は、この国における最高の政治舞台でどれほどひどい腐敗や汚職がなされてきたのかを、明らかにしてきた。この過程は、多くの人々を政治教育しただけでなく、その人々が自らの希望を弾劾裁判における真実と正義に託すようになったことをも明白にしたのであった。だから、この期間にあっては、多くの人々が街頭議会の呼びかけに冷淡だったのである。
 エストラーダ陣営は、以上の過程全体に基本的に無関心だった。上院で多数派であり、だから大統領罷免判断を回避できると考えていたので、大統領の「イメージ転換」にのみ腐心した。地方、農村では、エストラーダ(エラップと愛称)を支持していた。また宗教界からの支援もあてにできていた。実際、街頭や上院における初期の反エラップ行動は、エラップ支持の行動に反撃された。
 この期間、エストラーダ側は、宗教界の役割を過小評価していた。カトリック司教会議の指導者やプロテスタント教会、イスラム聖職者らの果たす役割を真剣に考慮したことはなかった。カトリック教会は、元大統領コーリー・アキノと連日、エラップ退陣の祈祷を運動として行い、それが宗教界でエストラーダを支持する勢力への信頼を弱めることになった。エストラーダ陣営は、教会が運営する学校やメディアの役割を過小評価するか、あるいは有効な働きかけができなかった。
 エストラーダ政権がこの期間に、時間を稼いで今年五月の選挙までの延命を図っていたことは極めて明白であった。そして選挙では、政治機構のみならず各種機構や資財を動員し、再度人々からの信任を獲得しようと考えていた。

1 二〇〇一年一月十六日以前の政治・経済情勢(略)

2 エドサ・ピープルパワー、パート2 上院の弾劾裁判から街頭議会へ(略)

3 アロヨ政権成立過程

 7 アロヨ大統領は就任してからの数日間に、政権としての優先事項の概観を提示した。つまり国民への基本サービスの適切な提供、食糧確保計画の継続、自らの政治一族を初めとして一切の汚職、腐敗の排除――がそれである。スローガンとしては「率先して模範を示す」「神への最善を尽くして政治を行う」とし、すべての反乱者との和平・秩序回復計画を掲げた。
 そして従来の政権とは反対ではないにしても、非常に異なったものとなることを強調し、効率的な善政を約束した。そのための基礎として彼女は、第一に健全な道徳、第二に透明性、第三に効率的な実行力を掲げた。
 これら一切をどのようにして実行するのか、これはまたまったく別の問題である。例えば政府には資金がない。ただちに七百億フィリピンペソ(以下ペソ)を支払う必要があり、二〇〇一年一月での赤字総額はほぼ千三百億ペソになる。そして、本論文を執筆している時点では上下両院は二〇〇一年予算案を承認していない。
 つまり七千二百五十億ペソの予算案は、下院が今後数カ月のうちに休会するが、それまでの時間内に承認される見通しが立たないということである。政府が破産状態にある中で、政府の予算機関は、公務員は通常の賃金は保証されるが、賃上げはありえないと明らかにした。そうなると、これから数カ月のうちにより厳しい状態が公務員にのしかかることになる。インフレが進行し、通貨の切り下げも進むと予想されているからである。
 食糧確保計画を中心対象としている外国の融資機関は、フィリピン側の担当役人が大幅に変化したため、融資が正常化するまでには少なくとも一年間近くを要することになると考えている。
 アロヨ政権が実行した和平イニシアティブは、彼女がエストラーダの残り任期をまっとうし、さらに次の大統領選挙で勝利した場合、全体で九年間の時間があることになり、十分な時間があり、実行可能性がある。
 ただし将軍らが和平交渉の成功を望むという条件がついているが。

4 二〇〇四年のフィリピンとミンダナオ問題

 1 アロヨ大統領は、ラモス元大統領とデビラに極度に依存している。アロヨが大統領に就任したのは、副大統領が後継者となるという憲法規定によるのであって、政治技術的な結果なのである。人気、大衆的な支持では、失墜する直前のエストラーダよりも不人気であり、支配力の面では自分に対する批判が間違っていると証明する必要がある。違法賭博との関係や不正蓄財といった問題は、アロヨとその周辺には存在しない。
 政権運営の初期段階で、エストラーダ前大統領に対する起訴など迅速な司法手続きを行えば、正しい方向へ第一歩を踏み出したことを意味する。
 彼女は最初の段階で、自分の周辺から軍事色をきっぱりと薄める必要がある。安全保障担当顧問としてのアバディア将軍と国家警察の最高責任者メンドーサ将軍の辞任を受け入れることは、政権の文民化にとって積極的な第一歩となる。
 福祉についておしゃべりすることでなく、基本的なサービスを実際に提供することが、失墜した英雄であるエストラーダ前大統領に依然として希望を託している多くの大衆とアロヨ大統領との関係を強めることになる。
 そして、この段階では、様々な革命的なグループや政党との友好な関係を築き、その人々を将軍や軍事顧問に任命すべきである。こうした方策を真剣に検討し実行していけば、これら勢力との調停・平和関係構築が進行する。
 以上が、彼女の立場や諸機構、支持者を強め、政権内外の敵対勢力による不安定化要因を排除できる方策である。

 2 これから五カ月以内に、すべての地方議員・公職と上院議員十二人の選挙が行われる。一万七千の地方議席と改選される上院二十四議席の半数十二議席が、全国選挙として争われる。これは、二〇〇四年の全国選挙に向けた最も重要な政治活動となる。
 アロヨ大統領がエストラーダの残り任期をまっとうすると考えられるなら、二〇〇四年の大統領選挙に立候補できることになる。主要な議会政党は、勢力確立活動を開始している。
 現時点でアロヨ大統領は、副大統領を任命していない。元大統領のラモスは、LAKAS・NUCD代表であるテオフィスト・グニゴーナ上院議員を推薦しているが、コラソン・アキノ元大統領は、エストラーダの連立政党に一度は参加し、エストラーダの不法賭博関与に抗議して脱党した上院議員フランクリン・ドリロンを推薦している。この人物は、アキノ政権の閣僚を務めたことがある。
 その他の有力な副大統領候補としては、フィリピン民主党(PDP)の創設者で、代表人となっているアキリノ・ピメンテル上院議員(現在の上院議長)がいる。彼が人気を博するようになったのは、エストラーダの不正蓄財に関する書類が入っている第二の封筒開封を阻止したエストラーダに忠誠を表明した上院に抗議して議長職の辞表を提出したためである。
 アロヨ大統領が誰を副大統領に選ぶかによって、今後数カ月あるいは二〇〇四年までの連立与党の政治性格とその強さが決定される。これは同時に、アロヨ政権の安定性、不安定性をも決定することになる。そしてアロヨ政権がその基盤とする連立の方向をも決めることになるだろう。

 3 経済の分野では、ラモス要素、あるいはその経済開発青写真が明らかに優勢である。アロヨ大統領は、ダボス経済フォーラムに自分の代理としてラモス元大統領を派遣したほどである。
 フィリピンの経済的な利点として、人材が再度強調されることになる。人材とは、一方では外国への出稼ぎ人であり、他方、フィリピン国内に残った人材は、すさまじい低賃金で多国籍企業に奉仕することになる。そして政策は、その市場を資本主義グローバリゼーションにさらに開放していく方向となり、その際の理由として、国とその資源とをグローバルな競争にさらすことがあげられる。
 フィリピンは再度、東南アジア経済体やアジア太平洋経済会議(APEC)での経済活動に積極的な行き方を見出すことになろう。
 そして再び、過去とまったく同じように外国農産物の無制限な流入に対して自国農業を保護することができないだろう。さらに悪いことに、基礎的な産業を形成していないために、輸入品に大きく依存することになり、貿易収支が恒常的に赤字になる構造だ。

 4 ラモスの経済開発青写真は、その成否がミンダナオ問題にかかっている。二中心開発計画が復活することになろう。それは、ミンダナオの都市と地方、あるいはそれぞれの内部を結びつけ、経済基盤の大規模な整備を行って経済活動を活性化し、そしてミンダナオをブルネイやインドネシア、マレーシアの市場と結合しようとする計画である。ミンダナオがフィリピン二〇〇四年の成功に寄与するとすれば、それは豊かな人材と天然資源のおかげである。
 こうした経済開発の重点が、経済基盤構造や通信、エレクトロニック産業に関連して、ミンダナオが戦略的な位置を有している理由なのである。
 ミンダナオは、農水産物のほぼ七〇%を産出し、農産物輸出はミンダナオが一〇〇%を占めている。こうしたミンダナオは、フィリピン二〇〇四の成功にとって、物質面のみならず、人材の面でも重要な位置を占めているのである。
 こうした文脈において、農村開発担当大統領顧問と東南アジア諸国特使に任命されたパウル・ドミンゲスの役割を理解すべきである。彼は、ミンダナオ出身であり、ラモス大統領時代にはミンダナオで大統領の先兵となっていた。
 
 5 アロヨ大統領とラモスのグループが何よりも重視する課題の一つが、政治的な安定性である。政治の安定が、経済開発にとって不可欠な要素だからである。このためにこそ、全国レベルで共産党(CPP)系のNPA(新人民軍)・NDFと、ミンダナオレベルでモロイスラム解放線線(MILF)・BIAFと和平交渉を行うのである。
 前者に関しては、武装衝突が持続しているが、CPP・NPA・NDFの公然部門とアロヨ・ラモスグループは和平の作業を続けている。現在の状態を両者とも、好都合だと考えている。CPP・NPA・NDFの側は、現在の戦術目標は支配階級の最も弱い環であるエストラーダ体制を追放し、その後、攻撃目標を誕生したばかりの、いまだに弱体な、そして和平交渉の相手であるアロヨ政権に向けると考えている。
 両者とも、捕虜の解放や政治犯の釈放といった措置で、相互信頼を形成していく方向で進むことはできる。しかし、この方向に進むと、両者が政治交渉あるいは政治解決の枠組みとして相互に一致したものを認めない限り、政治的な手詰まり状態に陥ることになる。そうなると、規模の大きな武装衝突へと至るのが、時間の問題となる。これからは、そうした衝突はより有害となろう。
 以上のような関係は現時点では、MILF・BIAFとの間でも基本的には同じである。例えば、アロヨ大統領は、エストラーダ政権の「総力戦」方針を部分的あるいは全面的にも撤回していない。
 ラモス方式が現在の和平交渉に適用されるなら、ラモスが自分の大統領時代にその存在を承認し、エストラーダとその将軍が破壊したMILFの四十七カ所のキャンプを認めることになる。こうしたやり方には、大資本のみならず、右翼キリスト教グループも反対を表明するだろう
 MILFとの和平交渉にラモス方式が適用されることとして、退役将軍エドゥアルド・エルミタの国防大臣任命がある。彼は、ラモス政権時代のGRPとMNLFとの和平交渉を担当したが、その任命はGRPに有利に働くことになろう。このことは、モロ人民とMILFとをフィリピン社会の主流に統合していこうとする流れである。
 南フィリピン和平・開発会議(SPCPD)型の政治的、経済的な方向の模索がある。あるいはアロヨ・ラモス政権は、この方式による交渉を利用して一九八七年憲法を改訂することを追求することがある。その場合、統治形態の変更に関する一致が前提となる。ラモスが、大統領時代に一九八七年憲法がグローバリゼーションになじまないとして改訂しようとしたことを想起すべきである。
 統治形態を連邦制に改めようと提唱するラモスとアロヨに同調するグループの存在が認められる。このことは、一九八七年憲法を改めようとする別の動きがあることを意味している。例えばミンダナオが形式的に独立して、他の州と連邦を組んでより強力なフィリピン合衆国を形成する方向である。
 しかしSPCPD方式、つまりMILFをフィリピン社会に統合していく方向は、無益かつ効果なしのものとなろう。今年五月十四日に地方選挙と同時に住民投票が行われることになっている。住民投票は、イスラム・ミンダナオ自治地域(ARMM)に属していない十四州と五市で行われ、ARMMへの帰属の是非が問われることになる。
 住民が参加を選択しないなら、SPCPD方式の終わりとなる。というのは、現在ARMMに属している四州も、その現状に満足していないからである。その場合、ラモス・アロヨ政権がフリーハンドとなり、望まれていないARMMに関して好きなようにできることとなり、これがまた、一九八七年憲法を改めようとする大きな理由の一つである。
 もし例えば秘密交渉においてMILF指導部が拡大ARMMに反対でないことを示せば、それは、五月十四日の選挙投票で実現されることになろう。このことは、人々がARMMへの帰属を選択するという意味である。選挙管理委員会議長と同委員会の数人のメンバーが二〇〇一年五月以前に退任することを想起すべきである。
 つまりラモス・アロヨ政権は、選管委員の交代を自らに好ましいものと考え、新しい選管を認め、それで五月選挙とARMM住民投票を行おうとする。
 もしMILF・BIAFがこれに同意しない場合、ラモス・アロヨ政権は、MNLFをMILFへの対抗勢力にしようとする。数千人のMNLFメンバーがすでに、APとPNPとに統合されており、このシナリオはいつでも実行可能である。つまりMILFに反対するMNLFということになる。ミンダナオでの戦争となる。
 経済開発計画を実行するために、ラモス・アロヨ政権あるいはラモス単独で政治の安定を確保しなければならない――このことは極めて明白である。
 ラモス・アロヨ政権は、それが資本家が望むグローバリゼーションの邪魔にならない限り、政治的、経済的な譲歩を行うつもりがある。他方、今年五月の選挙は、二〇〇四年までのアロヨ大統領の命運を測定するものとなる。そしてラモスとその一派が、二〇〇四年から二〇〇八年までのアロヨの政治的な位置を決定することになろう。
(インターナショナルビューポイント誌2月、328号)

第18回国際青年キャンプアピール
今年はローマで開催


 第四インターナショナルと連帯するインターナショナル青年キャンプは、今年が十八回目となり、七月二十二日(日)から二十八日(土)までの一週間、イタリアのローマで開催されることになった。キャンプ前日の七月二十一日には、ジェノバで行われるG8サミットに反対する大規模なデモが行われる予定になっている。キャンプの基調となるスローガンとして「資本主義のグローバリゼーション反対、われわれの闘いを全世界に拡大しよう」が提案されている。
 昨年のキャンプは、ポルトガルで七月二十三日から三十日にかけて開催され、大きな成功を収めた。チュニジアからロシア、ポーランドからポルトガルに至る十八カ国の代表団が参加し、その他の形態による参加者を含めて全体で五百人を超える参加者となった。キャンプでは、ポルトガル大統領選候補であるフェルナンド・ロサスや欧州議会議員などが演説をした。毎年のキャンプと同様に、キャンプでの一切の行動や催しは、様々なグループや集団によって組織的に展開された。またレジャー活動も同様に豊かに行われ、政治議論に彩りを添えた。夜の祭りがハイライトとなった。
 それからの一年間、資本主義のグローバリゼーションに反対する青年はさらに増加し、闘いは発展している。今年の青年キャンプが必ず成功するものと強く確信している。
(インターナショナルビューポイント誌2月、328号)