2001年10月10日        労働者の力               第 139号

ニューヨークほかへの自爆無差別「テロ攻撃」と

米軍の報復戦争態勢についての声明

 
国際主義労働者全国協議会運営委員会


 一切のテロリズム反対!民衆の世界的連帯の未来を!
  米国の報復戦争、小泉の海外出兵「新法」を阻止しよう!

  
(一)

 日本時間九月十一日深夜に発生したニューヨーク、世界貿易センタービルとペンタゴンへの自爆テロは、その手段が民間航空機のハイジャックによる突入自爆という想像を絶する方法であり、その結果が四機の民間航空機の乗客乗員全員および貿易センタービルの炎上崩壊とペンタゴンの一部崩落による総計五千名を越える犠牲者という桁外れの規模において、史上最悪のテロ事件となった。
 事件の犠牲者の国籍は八〇ヶ国以上に及ぶと報じられている。またこの中にはビルのメンテナンス、清掃などに従事していた人々、アメリカ社会の中では決して恵まれているとはいえない階層の労働者も数多く含まれている。まさに無差別に人々が殺傷された。
 しかもこのテロ事件は、その目的が明らかにされず実行声明もどこからも発信されていないという特徴を持ち、仮に政治的理由の目的であったとしても、その政治目的は全世界民衆から完全に隠匿されている。自爆犯たちを含む支援組織や支援政治組織があったとしても、彼ら以外には理由も目的もいっさい明らかではないのである。
 今回の行為を何と呼べばいいのだろうか。民衆に理由も目的も明らかにされない行為は、もはやテロリズムの一般認識の枠すら越えている。
 事件全体の示すこの行為の客観的性格は、民衆にはまったく責任をもたない、正体不明のある種の勢力による「パワーゲーム」の様相を呈している。
 われわれは今回の「テロ」攻撃は決して許されるものではないと考える。
 
(二)
 
 われわれはテロリズム行為一般が本質的に労働者階級に背を向け、マルクス主義に敵対する行為であると確信する。
 それはなによりも、労働者、民衆の自治、自律、自決を連帯の中で深め発展させようとするプロレタリア民主主義を阻害するからである。テロリズムは、既成支配システムに内在する民衆を排除した決定システムと本質において同類なのである。
 そして、ブッシュの画策が「戦争」そのものであるとき、テロリズムとの闘いを高唱する彼らも、同じ土俵の「ライバル」を攻撃しているにすぎない。ブッシュはテロへの対決に向け、アメリカに味方するか否かと全世界を恫喝した。しかしそれはアメリカによる権力政治のさらなる一つの積み上げに他ならない。民衆の公然たる殺戮を公言するブッシュの戦争は、まさに最大のテロリズムとなろう。ブッシュらは本質においてテロリズムに対立してはいない。
 テロリズム批判はブッシュ自身を含む政治支配システムの「戦争の論理」をも貫いて貫徹されなければならない。
 
  (三)

 米国政府はこのテロ行為を一方的に、いわゆる「イスラム過激派」のうちのアフガニスタンに居住するとされるオサマ・ビン・ラディン氏の責任であるとの発表を行い、その居住地域であるアフガニスタンのほとんどを実効支配においている「タリバーン」政権に、ラディン氏の逮捕と引き渡しを要求し、それが受け入れられない場合に全面的な戦争行為を発動するとの「最後通牒」を突きつけている。
 米国政府がラディン氏がテロ行為発動者であるとの根拠、証拠をつかんでいないことは明らかである。またラディン氏の組織やタリバーン政権が支配する地域においてテロ行為が準備されたという証拠もいっさい明らかにされていない。
 アフガニスタンタリバーン政権への全面的軍事攻撃は、彼らの論理においても必要な事実的根拠を欠いているのみならず、それでなくともタリバーン政権の独裁支配の下に呻吟しているアフガニスタン民衆への多大な、肉体的のみならず経済的苦痛を加えることになる。アメリカの「報復」は、抵抗の困難な者にのみ集中されるもう一つの民衆虐殺である。
 いわゆる「イスラム過激派」がいかなる組織であるのか、民衆は僅かな情報しか持ってはいない。一方的な操作された情報が連日テレビ報道からおびただしく流され、そこに作り出される心理的操作を背景にして、アフガニスタンへの軍事攻撃が国際協力によって実行される必要があるという世論誘導がまさに意図的に行われている。
 われわれはこうした米国による報復、アフガニスタンへの戦争行為に絶対的に反対する。
 
  (四)
 
 日本政府も同じである。「最大の支援」を表明し、米国の戦争準備態勢つくりに何らの疑問を挟むことなく協力態勢をとっている。
 だが「憲法の枠内で」と言明する一方で、集団自衛権の承認に踏み込むべきだという火事泥的見解が与党内で公然と主張され、他方で日米同盟の旗の下に、日本を母港とする核空母艦隊がインド洋そして中東に展開することに日本政府は何らの異議申し立てもしない。
 その上に日本政府はインド洋への「支援艦隊」派遣を検討するという。インド洋は明らかに日本「周辺」でもなければ「極東の範囲」にもない。自衛隊法の調査行動の枠組みでの行動は本来的には軍事的に無意味な行動であるが、それと「支援艦隊」を無理矢理組み合わせることによって「旗を立てる」ことを実現しようというのだ。矛盾そのものだが、小泉は明らかに倫理的整合性を無視し、「集団的自衛権」のなし崩しの実質化、「憲法制約」の一挙的突破をねらうことに主眼点をおいている。前提的基準であるはずの「憲法の枠内で」はすでに投げ捨てられている。
 ここには政治的正当性への責任意識のみならず、事態の総体的把握への努力、日本国家の長期的外交戦略、将来展望への関心のひとかけらも見あたらない。テロリズムの土壌となっている世界的諸問題への識見やアジア近隣諸国への配慮もまた完全に欠落している。
 新法は他国軍隊との共同軍事行動を認め、重火器の使用承認に踏み込み、同時に国会は事後承認ですますというとんでもない内容を盛り込んでいる。首相官邸も知らなかった自衛艦隊の米空母直接警備行動が発生する事態をみれば、この新法の危険性は巨大である。政治の無責任さは、戦前と同様の「軍の独走」を導きかねない。
 インド洋への出兵が仮に実現され、それが法的な支持を受けるのだとするならば、五〇数年を経てはじめて現実化する「海外出兵」である。しかも極度の政治的無責任さの下で。  
 小泉のブッシュへの追随、海外出兵策動を許してはならない。

  (五)
 
 その上でいわゆる「イスラム過激派」問題に触れなければならない。
 全世界の民衆はいわゆる「イスラム過激派」と称される傾向の多くがパレスチナ問題に密接な関係をもっていることを知っている。二〇世紀初頭のイギリス外交の二枚舌にはじまり、第二次大戦後のイスラエル建国がアラブ民衆を踏みにじる形でなされたことを直接の契機とするパレスチナ問題とは以下のように要約される。それまでのアラブ民衆とユダヤ民衆の共存の形がすすんでいたパレスチナの地に、シオニズムのもとにイスラエル国家が一方的に樹立されたことによって、民衆的共存は民族的敵対へと転化した。
 幾度かの戦争は両者の憎悪を拡大しただけであった。さらに東西冷戦の激化において両陣営は、パレスチナを含む中東地域全域に、軍事的ボナパルティズム政権を育成し、民主主義の解体を全般化させ、貧富の差は無限的に拡大し、絶望が無限的に拡大した。アラブ諸国におけるマルクス主義運動の後退と解体が両陣営のパワーゲームの中で全面化し、宗教以外に民衆の生活規範が存在しなくなっていった。ここにイスラム原理主義の土壌が飛躍的に拡大することになったのである。いわゆる「イスラム過激派」は現実社会の荒廃の上に成立している。
 そしてアメリカが主導し全世界に強要している「グローバライゼーション」は社会的荒廃を全世界で激化させてきた。テロリズムの土壌をアメリカを先頭とする支配層がさらに拡大してきたのである。
 新しい民衆の闘いが、こうした世界的な社会的荒廃の進行に対して作り出されている。「別の世界は可能だ」を合い言葉にしてジェノヴァでG8首脳を包囲した民衆のうねりがある。連帯と共生にもとづく、もう一つの世界をめざし、社会の荒廃を民衆の側から再生させようとする闘いが始まっている。テロリズムの土壌そのものを克服し、民主主義を発展させ、未来をつくる力はここにしかない。
 
(六)
 
 テロリズムの土壌が増殖し続けるその原因を除去するようにつとめない限り、テロリズムは除去されない。パレスチナ問題をとりあえずではあれ解決しようとするイスラエルとパレスチナ暫定政権の交渉を危機に陥れた勢力はイスラエルのシオニストであり、ブッシュ政権であった。
 国際社会はパレスチナ問題に対していかに対処しようとすべきなのか―ここがイスラム原理主義に関する限り、核心問題である。シオニズムを抑えなければ事態は一歩も進まない。そのことを忘却し、軍事攻撃にのみ訴える方式は、まさに「文明と文明の衝突」に転化し、事態の泥沼化を進めるだけである。それはすでにパレスチナ民衆のおびただしい犠牲という悲惨な現実によって充分すぎるほど示されており、さらに今、アメリカ社会ではムスリム大衆への数多くの迫害が現実化し、殺人までもが発生しているのである。
 日本政府のアメリカ追随、戦争準備への全面協力は、パレスチナ問題に極めて大きな責任を持つアメリカと全面的に協同することに他ならず、日本自らテロと戦争の無益な報復合戦に身を投ずることである。
 ブッシュ政権はアフガニスタンへの戦争準備を中止せよ。事件の全容を明らかにせよ。
 日本政府は米国政府の一方的、独断的戦争準備への協力を即座に中止せよ。
 民衆の世界的連帯の力で、米国の報復戦争、「国家テロ」を止めさせ、小泉の海外出兵「新法」を阻止しよう。 2001年10月1日 
 


 小泉改革と対決する秋季年末闘争を準備しよう!
NTT11万人リストラ反対の全国闘争を!

 

NTT労組大会、リストラ協力を決定

 八月末、NTT労組の全国大会は十一万人リストラ(「NTTグループ三ヵ年計画」)の受け入れを決定した。対象は東西会社など電話事業の保守・管理部門で、要点は、五十一歳以上の六万人を退職させ各地域に新設する「アウトソーシング会社」に再雇用させる(退職・再雇用後の賃金は一・五割〜三割カット)、五十一歳未満の五万人は出向、ということである。大会は、再雇用後の賃金ダウン分を一時金の形で全額支給させるという条件付きで、受け入れを承認した。今後の労使の折り合いの付け方は、したがって、補填率でどこまで妥協できるか、に絞られる。
 このリストラ計画に対して、けっきょく身内の救済策だとする批判が浴びせられてきた。「実は人件費が外注費に形を変えるだけだ」「収入は・・減少するとみられる。しかし職場は確保される。」「人件費圧縮に踏み出したといっても、NTT社員の給与水準自体が不透明だ」(毎日新聞社説/五月九日)。NTTグループに対する市場競争圧力が「批判」の背景にあり、いわゆる改革派の小泉への期待感が露骨に表明されている。
 しかし、それらの「批判」は実態を正しくとらえていないばかりか、悪意に満ちたものである。リストラの突き付け(広域異動・広域通勤も伴う)によって、数多くのNTT労働者、とりわけ高齢労働者が職から排除されるだろうし、派遣・臨時・契約労働者の雇用と労働条件の危機が玉付き的に進行するだろう。六十歳定年制への抵触、年齢差別、労働条件の一方的不利益変更に加え、アウトソーシング方針が「脱法行為」であることも何ら問題とされてはいない。


突き付けられる「三つの選択」、年内が山場

 新会社の設立時期や要員配置のタイムスケジュールはいまだ公表されてはいない。当初は、二〇〇二年夏立ち上げに向けて今年度内に準備するとされてきた。しかしここにきて、来春立ち上げ、年内にも個人選択か、といわれている。IT不況やNTTをめぐる政治環境の厳しさに加え、要員問題があることも想像に難くない。
 先行して募ってきた希望退職の結果はどうなるのか。アウトソーシング化と希望退職は、はたして「整合的」に進むのか。JRがそうだったように、合理化が「行きすぎ」て、要員不足になる危険性はないのか。新会社にとって必要な人材は確保できるのか。混乱が予想されるが、NTT労組官僚にどこまで強制力があるのか。つまり、やってみなければわからないという要素が大きい。したがって、計画全体の前倒し、なかでも「三者択一」(五十一歳以上の「三つの雇用形態の選択」)の個人選択の前倒しが不可欠というわけである。
 当然、不安はつのり、疑心暗鬼が生まれ、労働意欲の減退がもたらされている。成果主義の競争心に訴える余地もほとんどない。労組官僚の恣意的な指導(=自分たちの生き残り競争と、組合員への選別的な対応)が拍車をかける。
 NTT労組大会の方針採択は、賛成二二五票、反対一三票、無効二票であった。これは組合員の声の正しい反映でない。現に、大会代議員選挙ではかなりの反対票が投じられている。すさまじい職場の荒廃のなかで、そもそもこの十一万人リストラが不当であることを訴え、抵抗と反撃を組織する闘いに打って出よう。


広がる共同闘争/小泉改革NO!の全国闘争へ

 この闘いはもとより、NTTグループにとどまるものではない。たとえば松下電器は昨年四月、「地域限定社員制度」を導入した。「希望地での勤務を基本的に保証する代わりに賃金をカット」する。対象となった三万五千人(導入当時)のうち六十五%がこの制度を受け入れたとされる。賃下げであると同時に、「本給(基礎給)」の全国一律制が放棄された。
 三菱電機も昨春から、高齢労働者のコース選択制を導入した(六十歳定年、最長六十五歳までの再雇用、定年前の「セカンドライフ支援制度」)。コースは労働者の自主選択とされるが、要するに、コスト削減が眼目である。
 NTT十一万人リストラは、このような人事政策を一挙に推し進めることとなる。日経連の奥田会長は次のように言っている。「(今後の働き方の規制緩和に関して)勤務地を限定し、勤務地の仕事がなくなれば退職する契約や、職種や担当業務を限定し、その職種・業務がなくなれば退職するといった契約も可能にしていくことが必要だ。」(日経連経営トップセミナー/八月二日)
 電通労組全国協議会は11万人リストラ反対の闘争に突入している。その闘いは注目され、各地の職場から賛同の声が寄せられている。
 八月三十一日、全労連・通信労組はNTT持ち株会社の社前座り込み闘争を貫徹した。電通労組全国協議会はこの闘いに代表を派遣し、連帯の挨拶を行った。共同の闘いが拡大している。(全労連は秋季闘争の柱の一つとしてNTTリストラ反対闘争を位置付け、十月から全国キャラバンを展開する。)
 この秋、小泉政権の構造改革が本格化する。非正規・不安定・低賃金雇用の拡大、派遣労働や裁量労働、有期雇用期間緩和などの立法化、資本の都合にあわせた解雇ルール策定、公的分野への競争原理の全面的導入、郵政民営化攻撃など、それらが失業対策とリンクさせた形で強行されようとしているし、福祉・社会保障の切り捨ても具体化される。有事体制と構造改革は小泉政権の両輪であり、この秋の闘いの二つの焦点である。(十月一日)        

 フランケンシュタインの怪物

アラン・クリヴィーヌ                                 

 恐怖と憤激‥‥たった今ニューヨークとワシントンを襲った激烈な攻撃を語るべき他の言葉はない。できるだけ多くの市民の犠牲者を作りだそうとしたこのような恐ろしい行為を正当化しうるいかなる根拠もけしてありえない。
 いまわれわれはなぜこの攻撃の背後にある動機を拒否するのか、その理由を理解しなければならない。
 この点でにおいては、ジョージ・ブッシュの軍事的な歓声を上げた先導も、世界が強大な権力、とりわけアメリカ帝国の責任すなわち地球を底なしの亀裂の瀬戸際に不断に追いやってきた暴力を解き放ったということの責任を忘却させることはけしてできないのだ。
 一握りの工業的、金融的ジャイアンツに際限なき力を保障するために、強大権力は第三世界経済の破壊や、最悪の独裁権力を援助することをためらわない。他方では、自ら「ならず者国家」とのレッテルを貼られるに至った国々には、クーデターをそそのかし、禁輸で打撃を与え、好機とみれば爆撃を加える。
 新自由主義のグローバリゼーションは、全地域を全くの混沌に投げ入れてきた。彼らは喜んで手駒を財政的に支え、武装させて、さしあたりの「自由の戦士たち」をこしらえ上げた。そして政権の座に着いて以降、新しいアメリカ政府は、行動の自由を妨げるかもしれないいかなる条約にも反対することを主眼点にしてきた。「児童権利条約」の批准すらも反対している。
 いまのところ誰も九月十一日の残忍な行為の背後にいる者を知らない。
 しかしフランケンシュタインの怪物がその創造者に、創造者の武器を使用して逆らったかもしれないことはありそうである。行き場のない冷笑、残忍な暴力、洗練された軍事的テクノロジーと金融的力。
たとえば、いかにしてわれわれは、無数の弾劾の手が向けられているサウディアラビアの百万長者ビン・ラディンが、かつてのCIAの援助がなかったならば、多国籍テロリストのリーダーになることはなかっただろうという事実を無視できるだろうか?
 今つくり出されているムードを利用しはじめることができないようにし、公衆の憤激をムスリム、パレスティナあるいはアラブ民衆にさし向けることのないようにするための警戒心をもたなければならない。今発動されつつある反テロ計画の主要な対象として想定されている移民についてはいうまでもないのでる。
 二〇〇一年九月十二日
 (インターナショナル・ビューポイント誌334号より)


    ジェノバは抗議する―
        「壁」の前で民主主義は
                 スーザン・ジョージ                                                                          


 諸国の首脳たちが、七月ジェノバで包囲された。彼らは厳重に守られた、何とも豪華な宮殿の中で、貿易と金の問題について語り合った。一方外では、銃で武装したイタリアの警官隊がデモ隊に向かい合っていた。これらのデモ隊の中では、ほんの僅かな者のみが暴力的であったにすぎない。
 結果は次の通り。その細目がとうに忘れられてしまったような、政府間確認と握手を伝えるニュースの束。そして一人の不当な死、六〇〇人の負傷者、殴打、失望を伝える報道。
 次回の談合はカタールの飛び地で行われることになっている。
 
 弾圧のエスカレート
 
 ジェノバでの不始末の後では、反グローバル主義者がねらい定めた多国間の、ヨーロッパレベルの、さらに諸々の国際的枠組みは次々に同じ問題を抱え込むはずだ。つまり、シアトル以降、世界の「指導者」の集まりをかき乱してきた国際的市民運動を、いかにして信用失墜させ、弱体化させ、操り、そしてもし可能ならば絶滅させるべきか、ということを。
 反・反グローバリゼーションの武器庫の中では、警察力による報復と実力行使が最も目につくものとなっている。今年四月、ケベックの春は催涙ガスの臭いで包まれた。反FTAA(FTAA―アメリカ自由協定)のデモにむけて、公式発表では四七〇七発のガス弾が発射された。ケベック市によって設置された委員会によれば、「異常」な量だ。ガスと推進剤の化学成分を医師に問われて、当局は関知していないと明言した。「民衆にガスがどの程度有効かという観点から試してみたにすぎない」との回答が報道されている。
 ヨーロッパでは、次いで力の行使と小細工が新しい段階に達した。六月ゲーテボリ。EU政府とEU各国首脳のサミットに対するデモに向け、スウェーデン警察は実弾を発射した。六月二十二日バルセロナ。世界銀行は新しい経済会議をそこで開くことを断念したにもかかわらず民衆のフォーラムとデモは前進した。しかしそこでは、私服警官が行進の後部に潜入し、建物を壊し、制服警官を攻撃した。そのようにして制服警官を、デモ隊とジャーナリストへの暴力的報復に向けてけしかけたのだ。
 ジェノバでイタリア警察は、さらにその上を行った。一人が死亡し、六百人以上が傷つけられ、何百人もの恣意的逮捕があり、そして真の政治的陰謀があった。当局と、市街の一部を破壊した「ブラックブロック」謀略工作者集団との間でなされた共謀には証拠がある。
 しかし実力行使はほとんど効果がなかったように思われる。そのため当局は、法的締め付けの拡張に訴えつつある。シアトル動員のような場合には、非暴力行動の訓練活動が準備される。その活動で有名な直接行動協会の一人の指導的メンバーが、共和党大会へのデモの後しばらくしてフィラデルフィアの通りで検挙された。彼は一人の当局者に六時間尋問された。この当局者は、この指導者の予定表に関して、たわごとの塊のような嫌疑をかける命令書をもっていたことをあけすけに認め、十三件も告発した。しかもこのようなささいな告発では前代未聞なことに、百万ドルもの保釈金を要求したのだ。
 グローバリゼーションへの反対者がどこに集まろうとも、いまや不当逮捕、脅迫、外国人拘留者へのいやがらせ、そして「予防策」と称する会合の締め出しは共通のものとなっている。その証拠に、ワシントンの頭痛の種となっている、権力から独立し、非集権的な独立系メディア(インディーズ)のウェブサイトに接続して見ればよい。ケベックでの大デモの当日、FBIと米国シークレットサービスの代理人がシアトルのインディーズの事務所に、裁判所の命令書をもって現れた。その命令書は、四八時間以前からこのサイトに接続した者すべて、数千名の名前とEメールアドレスを明かすよう要求するものだった。これは合衆国憲法の下に保障された権利への紛れもない侵害である。
 ジェノバでは、七月二十一日から二十二日にかけての深夜、銃で武装した警官隊が警告なしにオルタナティブメディアセンターを急襲し、人々を殴打し逮捕した。彼らは、暴徒が潜入していた証拠を探したのだと言い張っている。
 法を勝手にねじ曲げることに、ヨーロッパ中のどの政府も何らの良心の呵責も感じていないことが示されてきた。二〇〇〇年十二月には、EUが追求してきた新自由主義政策への反対デモに対し、その規模を押さえ込もうとする試みがなされた。ニースでのEU評議会の際、一五〇〇人のイタリア国民が、正規の切符とパスポートを所持していたにもかかわらず、仏伊国境で拘留された。
 二〇〇一年一月にはスイス当局が、当該地域を軍管轄に移し、ダボスに通じるすべての道路を封鎖した。イタリア政府は、ジェノバでのデモに他国の民衆が加わることを阻止しようという無益な試みとして、EU内での自由移動を保障したシェンゲン協定を四日間停止した。
 
 反動への転落
 
 さらに、深刻な理念上の反動も存在する。シアトルのような大失敗の後では、どうすれば支配力を再結集できるかが問題だからだ。
 第一の策略は、反対派を「貧者の敵」として非難することである。それはロンドンの『フィナンシャルタイムズ』誌と『エコノミスト』誌、そして世界貿易機構(WTO)総裁、マイク・モアが使った手だ。マイク・モアはジェノバで「これらのデモ参加者は、私に吐き気をもようさせる」と語った。MIT(マサチュセッツ工科大学)の経済学者でありメディアの寵児であるポール・クルーグマンは続ける。「反グローバリゼーション運動は、庶民に打撃を加えるという点で、既に特筆すべき実績を積み上げ、庶民からする闘士たちへの請求権を生み出している」。ジェノバのデモ隊について彼は語る。「彼らの意図が何であれ、彼らは貧困を、あるいはよりひどい貧困を生み出す上で、やれるだけのことをやった」。ブッシュ大統領は『ル・モンド』誌への談話の中で、ジェノバ前夜、このテーマを取りあげた。「デモ参加者は、人々を貧困の運命に導いている」。
 シアトル後最初の号で『エコノミスト』は、第二の論点に挑戦した。NGOの成功に直面してこの雑誌は、NGOは「選挙の洗礼を経ない、不可解な特別の利益グループに向けた危険な権力移行」を代表している、と主張した。一九九八年九月に「ジュネーブビジネス宣言」が公表された。これは当時の国際商業会議所会頭であり、ネッスルの会長兼経営責任者、さらにヨーロッパ工業家円卓会議議長でもあったヘルムート・マウヒャーと国連事務総長の組織した討論の成果である。さてこの宣言以来、実業界の中では、「反グローバライザー」のいわゆる正統性の欠如は、変わることのない不満となっている。宣言は次のように述べる。「活動家グループは、自らを適法化することにもっと重要性をおくべきである。それがみられないならば、彼らの権利と責任を明確にする規制が熟考されるべきである。実業界は、労働組合、消費者団体、さらに責任をわきまえ、信用でき、透明性があり、説明責任を果たすことのできる、さらにしばしば尊敬を集めてきたほかの代表グループと一緒に仕事をすることに経験の不足はない。われわれが問題にしていることは、これらの自己規制準則を受け入れない活動家グループが激増していることである」。
 第三の戦術は、グローバリゼーション反対派は自らの語るものを何も知らない、と繰り返し、彼らおよび彼らの組織に、「ご都合主義者」、あるいは「狼少年」とレッテルを貼ることだ。これらの考えや見解は「似非情報」「誇張」「たわごと」などの形で表明される。『ニューヨークタイムズ』のトーマス・フリードマンは、新自由主義反対派は「卑劣であり、平手打ちに値する」と述べる。『フィナンシャル・タイムズ』は幾分か脅かしの調子で、もしグローバリゼーションの進行を止めるべきであるとすれば、「現在は、寿命が切れる時期だということになる」、と述べる。
 しかし、もし自己規制が立ち現れることがなく、また反対派が依然として「たわごとを語り続け」、「寿命の終わり」に誰も何の注意も払わないのだとすれば、今起きていることは何なのだろうか。巨大な数の民衆はこのことをじっと考えているのだ。
 
 砂漠の真ん中で
 
 二〇〇〇年三月、ワシントンの親自由貿易主義派シンクタンク「コーデル・フル研究所」は、「シアトル後のWTOにはずみを取り戻せ」とするセミナーを開いた。高級文官、政府閣僚、大企業顧問、大使など五〇人の参加者の中で、二名だけがNGOを代表していた。その内の一人はセミナーの成り行きに憤慨して、一連の内容をインターネット上に公開した。会合はWTOの問題に係わるというよりは、もっぱら反対派を黙らせる方法をさぐるというものになり果てていたのだ。
 サッチャー政府の産業大臣経験者、セシル・パーキンソンが、抗議の組織化が容易な米国内ではWTO会合を再び開いてはならないと述べるところとから話をはじめた。前米農務省長官クレイトン・エッターがそれに同意し、「安全が確保できる」場所が選ばれるべきであり、「反対派をあわてふためかせる」ため直前まで通知すべきでない、と言うのだ。ブラジル外相は、次回会合を「砂漠の真ん中で」か、船の上で開くという考えに傾いた。最初の案は、WTO会合がカタールで開かれることになっているときに多少とも実現することになる。また事実として、二〇〇二年のG8サミットは、間近に近づくことの困難な、カナディアン・ロッキー山脈のある場所で開かれるはずだ。
 さてこの外相はその時、何と全体の賞賛を受けながら、児童労働を熱烈に弁護したのだ。「倉庫から製鋼所へ石炭袋を運ぶ仕事で二〜三レアルを稼ぐことで、ブラジルではこどもが家族を助けているのだ」と。
 米国の高官は、「NGOには、その中で遊ぶことのできる何か別の砂場を与える」べきだと提案した。その中でNGOは、何の力にもならないのだが、ILOへの彼らの関心をとりあげてもかまわない、と告げられることになる。もう一人の、NGOの非正規化に熱心な米高官は、NGOに資金提供している財団を説得して、資金を締め上げることを提案した。
 こうすることでNGOを後退させようというわけだ。
 そして真の理由が何であれ、米国の重要な財団は彼らのやり方を変えつつある。未だ名を明かさない方がいい信頼できる筋によれば、グローバリゼーションに対立的なシンクタンクや研究所は資金を拒まれつつある。さらに、通常はないことだが大財団の理事長たちは、シアトル型の集団に含まれるグループに資金提供したような事例について、彼らの企画管理者の行う資金配分を、今や個人的に監視している。
 フォード財団や、ロックフェラー財団は今や、経済戦略研究所のようなシンクタンクがお好みだ。このシンクタンクの理事長は、レーガンの以前の顧問であり、基金提供者のリストは、米多国籍企業界の紳士録のようだ。
 さて電子情報調査はビジネス界のもう一つの強力な武器である。e‐ウオッチ企業は、資本主義の支配権に疑問を呈するような活動までをも含むあらゆるものから利益を上げる資本主義の能力を示す事例である。広告会社のこの子会社は、その団体加入者について、メディアに留まらず一万五〇〇〇のオンラインの社会的討論グループ、さらに四万のニュースグループのデータベースを調査し、ネット上のすべてのことを監視するサービスを提供するといっている。年三〇〇〇ドルから一万六二〇〇ドル払えば「あなたは、競合者、公的監督者、活動家、反対グループ、その他あなたの仕事に大きな影響を与えるあらゆる事柄を監視できる」というわけだ。
 
 犠牲を小さく
 
 みてきたような策略はそれほど期待できるものではない。そして多分支配層は、企業主導のグローバリゼーションへの反対者が真の影響力を持とうとしているという事実を、今になって悟るようになった。そうでなければ、この世の支配者たちがこのようなことになぜ頭を悩ますことがあろうか。
 しかしそう言うだけでは、この闘いに国際資本が置いている重要性を過小評価することになる。民主主義への憎悪がみてきたほど明確に表に出されたことは、かつてなかったことでだ。手段がたとえきれいであろうと汚かろうと、何かもっと大きな衝撃が生み出される前に、国際資本はその支配の正統性を確立することを迫られている。この観点からみれば、これらの資本にとって、ブッシュとベルルスコーニの選出は天からの贈り物である。
 社会運動は今や、特にジェノバ以降、その歩みに注意深くなる必要がある。社会運動は、地雷原に入りつつある。
*レーバー・スタンダード(SWPから分裂したアメリカトロツキストグループの開いたウエブサイト)より訳出。
*この論文の著者は、反グローバリゼーション組織、フランスアタックの共同代表。
*上記論文中の事実関係については、著者により出典(新聞名、雑誌名)を明示した注がつけられているが、訳出にあたっては省略した―訳者。
 

早すぎる旅立ちを悼む今野求氏を追悼 する


織田進 

 我々は、今野の早すぎる旅立ちを見送った。
 それはあたかも、イスラム原理主義ゲリラが、ニューヨークで巨大なテロ攻撃を行った日であった。
 21世紀の世界が、前世紀にもまして深い困難に直面することを予感しているときに、今野の旅立ちは避けられないことであったとはいえ、新しい、より人間的な社会のあり方を求めて粘り強く日本の運動を続けている者たちにとって、あまりにも大きな打撃である。
 今野がいなくなって生じた大きな空洞は、他の何によっても埋めることが出来ない。我々はそれを痛感しながら、それでも一歩でも前へ向かおうとする以外にないのである。それだけが、今野の終生の希望にこたえる道である。

成熟した政治的な感覚と大局的な情勢判断力

 私が今野と初めて議論をしたのは、1960年代の半ば、三多摩社青同が第四インターの加入活動として岐路に立っていたころであった。宮城の社青同運動は官公労から中小労働運動へと大きな広がりを見せていた。今野の三多摩社青同への視線は、大衆運動としての実績と可能性について強く向けられていて、当時大田竜の路線的指導下にあった政治的方向に対しては、鋭く警戒的であった。しかし、集会や運動に参加するために仙台を訪れたときには、今野は私たちを暖かく迎え、もてなしてくれた。今野の当時の借家でご馳走になった朝飯のうまかったことが、忘れられない。それから35年が過ぎた。
 60年代後半から反戦運動が高揚し、戦闘的な青年・学生運動が激発するにいたり、第四インターの加入活動の成果は新たな独立したトロツキズム政治勢力と急進的大衆運動の構築に刈り取られて行ったが、その極めて微妙で難しい移行の課題が大きな成功を収めることができたのは、力強い時代の背景とともに今野の成熟した政治的な感覚と大局的な情勢判断力によるものである。
 それから30年をこえる日本の第四インターの運動の方向を決定し続けたのは、今野であった。一時期日本の青年運動を「征服」したほどの過激派の政治運動が、内ゲバ主義的な党派闘争によって深刻な内部分解を遂げる中で、ベトナム革命支援と三里塚闘争を主たる運動に据えて、その大衆的な発展にひたすら貢献することと、自らの党派としての成長とを一つのものとして追求していくことが、第四インターの運動であり続けたが、今野なしには、それは不可能であった。今野を除く我々は、日本の政治を構成する政治諸勢力の現実の力と利害、向かおうとする方向やそれを決定する活動家などへの理解を、今野から学んだ。それは必ずしも体系だった理論的な形を取ったものではなく、断片的であったり時には強引な決め付けのように見えたこともあったが、程なくその正しさを現実から知らされることとなった。今野のこのような独特の判断と分析の背景には、極めて優れた情報収集力があったが、それを可能にしたのは、広範な分野のさまざまな活動家との信頼関係と、それを生み出した今野の人間的な魅力であった。
このような独特の個性は容易に生まれるものではない。今野という個人を持ったことは、実は日本の第四インターが理論主義的な孤立した存在から脱して左翼政治運動の中で一つの大きな役割を引き受けるまでに成長しえた決定的な要因であったと言っても、決して過言ではない。
 おそらくこのことは、第四インターと今野の場合にだけいえることではないだろう。
 日本の左翼政治運動が成立する人的な基盤となった人々が、今野のような人々が、戦後の日本共産党の紆余曲折、激発と挫折と変質の過程でその党の隊列から排出された。そのような人々が持つ成熟した政治的な判断力と、対立しても決裂せず、新しい運動の構築にいたる統一の道を見つけ出す責任感に依拠して、70年代から今日までの左翼政治運動、大衆運動が築かれてきたのである。そして今、この世代の決して多くない人々の中から、早すぎる旅立ちを今野がした。通夜と葬儀の式場での、数多くの今野への送別の辞に込められた同じ痛切な思い、一つの時代そのものへの惜別の無念さが、我々の胸を打った。再び得ることが出来ない大事なものが、人の死によって奪われていくことは、もっとも絶望的な悲しみである。
 
リアリストであったが、また純粋に夢を追った人間

 今野は徹底したリアリストであったが、また純粋に夢を追った人間でもあった。仲間や人々が払う犠牲に対して敏感にその痛みを感じ、涙を流した。私は何回も今野が目を赤くした場面に出あった。関であったり、修二であったり、新山であったり・・・。今野は自分が弱い人間であるから、子供を作れば気持ちが子供に向かいすぎて革命がやれなくなると言って、子供を作らなかった。たまに母親に会いに帰り、わけもなく泣くこともあったと聞いた。
 今野はその強さも弱さも含めて、人間のままで運動に参加し、運動を導いた。革命は普通の人間が作り上げるものであり、普通の人間の強さと弱さを兼ね備えたものであると言う自覚が、我々の運動、日本の第四インターにはあった。それは我々一人一人が元から持っていたものであったが、とりわけ今野の確信であった。今野はそれ故、決して超人としではなく強さも弱さもあからさまにさらしながら、等身大で運動を作って行った。そのことは、日本の第四インターが文字通り人間的な組織としての魅力と限界を持ちつづけた大きな要因であっただろう。
 我々は、我々の組織と運動に、今野の刻み込んだいわば「体質」があることを、決して恥じない。我々の運動があまりに人間的であり、もしかしたら党派として最低必要な硬直性に欠けていた面があったとしても、組織の利害を個人の犠牲の上に築いて当然とするような傲慢な運動ではなかったことは、むしろ我々の誇りであった。今野が優れた指導者であり、革命家であったと同時に、自分が生きたいようにそのままを生きた人間であったことは、そんな今野と一緒に第四インターの道を歩けたことは、我々の誇りである。
 今野が旅立った。向こうで加藤ちゃんともういっぱいやっているか。麻雀をやるには未だ面子が足りないか。仕事がしたりないのでそちらにいけない人間がこっちに未だ残っているが、もうすこし待っていてくれ。お前が早く行き過ぎた分だけ、こっちの連中が忙しくなるのは分かってくれ。そして気が向いたらこっちの世界をのぞいて、例によって「馬鹿! そんなことが分からないのか」とか、「自分の頭で考えろ」とか怒鳴ってくれ。我々は「今野だったらどうするか」などと自問しながら、もしばらくやっていくことになる。2001年10月8日