2001年11月10日        労働者の力               第 140号

アフガン戦争を即時停止せよ
 アフガン民衆への支援を進めよう
 

  
 全面化する戦争の論理

 アフガニスタンへのアメリカ軍の攻撃開始から一月が経過した。「成果」が上がらず一般民衆への「誤爆」が相次ぐ中でアメリカ軍は焦燥の色を濃くしている。明らかな目算違いが積み重ねられていることは明らかである。その第一はタリバーン勢力の内部分断のもくろみが破綻したことである。第二には爆撃の長期化と規模の拡大のなかでイスラム教徒社会からの批判の声が公然化しつつあることである。先日行われたアセアン首脳会議では、マレーシアが先頭を切ってアメリカ軍の戦争攻撃への批判の声を上げた。
 ブッシュ政権は進展の見られない戦況にあって全面的にタリバン軍を殲滅することに重点を移し、ラマダン期間中の攻撃貫徹を方針化した。アメリカは当初掲げた「オサマ・ビン・ラディン」あぶり出しの戦争という名分を捨て、アフガン全土への全面的空爆へと突き進んでいる。

 小泉―世界への無関心

 この一月、日本はアメリカ軍への全面支持を旗印にする小泉内閣の手によって、テロ対策法の立法化、自衛隊法・海上保安庁法の改訂と、火事場泥棒にも似た、海外出兵軍としての自衛隊整備と保安庁の沿岸警備隊化を押し進めた。この内閣はこの一月を自衛隊の出兵のためだけに費やしたのである。外務省官僚は自衛隊のアメリカ軍との共同作戦行動、共同戦争の道を掃き清めることだけに関心を持ち、そして防衛庁は自衛隊のインド洋、パキスタンへの派遣のみに関心を持った。事実上の外務大臣不在という状況において、小泉はようやくにして東アジア諸国との協調の必要性を認識したように見えるが、それは小泉の孤立主義的国家主義とは水と油の関係にあることが明白ともなった。靖国神社訴訟に対しての彼の発言は度を超しているし、アセアンと中国の自由貿易圏交渉に関してもただ開き直るだけのことである。
 超大国アメリカ帝国主義に対するとりわけ第三世界民衆の感情は強烈なものがある。新たなグローバライゼーションが第三世界における社会構造を激烈に解体してきた。日本政府はこうしたことに何らの関心を示していない。ただ全世界に「軍を出す」しか言わない。この政府はブルジョア政府としても本当にだめだ。

 野党の政治的漂流

 野党サイドも問題を大きく残した。民主党は日米同盟論の上に立ち、自衛隊の軍隊化を推進する勢力を党内の大きな部分として浮上させた。小泉とこの民主党部分の違いはほとんどない。この両者の大連立がいつあってもおかしくない雰囲気も漂っている。だがそれは民主党という「ぬえ」的存在が正体を現すときでもある。共産党も大きな問題を抱えた。この党は海上保安庁法改訂に手を貸した。それは「自衛権を認める」立場の具体化であるが、この党の歴史においては「画期的」転換である。だが以上の両者に共通するものは視線がアメリカを向いていることにある。野党の視線がアジア民衆や第三世界民衆に向いていないとすれば、現在の政治的空虚感は当然というべき事態である。
 社民党は平和主義への回帰、アジア民衆やアフガン民衆の立場を重視する対応を示した。このことははっきりと評価できる。しかし組織的衰退がのしかかっていた。大衆闘争を呼びかけたにもかかわらず、この党の主導した大衆運動が力をもってイニシアティブを発揮したとは、寡聞にして知らない。

 切迫する課題

 大衆運動は辛うじて市民派や独立派運動によって維持された。確かにこの九月、十月、多くの運動が全国各地で組織されたであろう。それは確実だ。本号に掲載している岩手県北上市での集会は、社共独立派の共同集会としてはおそらく始めてであろう。しかしそれは集約されなかったし、全国闘争も組織されなかった。労働者運動の参加も微力だった。
 さてしかし、戦争が長期化し、アフガン全土が戦火にさらされ続けることは確実である。戦争反対の声と共にアフガン民衆への援助、救援こそがこの厳しい冬の訪れの中ではまさに緊急の事態である。
 日本政府の「難民救援」とは自衛隊のパキスタン出兵を狙いとするものだからインチキなものだ。何の役にも立たないだけでなく、おそらくは害をなすことになる。この事態を見据えれば、日本政府のパキスタン援助再開は軍官僚たちの懐を肥やす以外には役に立たない。
 難民支援は小泉政権のみならず、アメリカに視線を当てている民主党などと独立した日本民衆の主体的課題となる。ペシャワール会などのNGO組織が結び目となるアフガン難民支援活動がこの冬に全面的に展開されなければならない。街頭から職場へとこの運動は拡大されなければならない。全国各地域でのネットワークをつくり出しつつ、それを全国共通の大きな運動へと押し上げていかなければならない。
 だがここで強調すべきは、この運動はアフガン民衆のための運動であるということである。アフガニスタンを実効支配しているタリバン独裁政権を倒すかどうかは、アフガン民衆自身の課題である。かりにもタリバン政権維持のために救援運動を組織するとか、その反対にタリバン打倒のためにアメリカの空爆に期待したりすることは、確実に全くの誤りを引き出すことになる。北部同盟を支持する運動を行うことも同じ誤りを犯すことである。このことははっきりさせられなければならない。

 鍵は民衆の主体的選択

 アフガニスタンにおける民主的政府の姿は今は見えない。しかしにもかかわらずアフガン民衆自身の決定であり選択である以外の、とりわけ戦争当事者であるアメリカ帝国主義の操作による政権を認めることはできない。それはまさしく新たな「政府」とパシュツン人ゲリラの内戦しか意味しない。
 アメリカ帝国主義のいかなる戦争行為によってもテロリズムの温床を解体することはできないというマレーシア首相・マハティールの指摘は正しい。テロリズムの温床を解体するためには、国際社会はアフガン民衆の全面的な生活維持と健全な社会状態の回復のために力を注がなければならないのだ。芥子と阿片生産への特化、その密貿易による国家財政維持というタリバン政権の実態をみれば、社会的貧困こそが政権の基盤であること、オサマの基盤であることを察知することは簡単である。その貧困はすでにパキスタンを大きくのみこみつつある。パキスタン政府はその財政構造が日に日にアフガンニスタン化していることを認めないわけには行かない。
 爆弾でもなく軍でもなく、生活維持と再建のための国際的援助が今、アフガニスタンとパキスタン民衆が切実に必要としているものなのだ。国際社会はグローバライゼーションの名の下に第三世界民衆の社会と生活を極度に脆いものとしてきた。
 アメリカの戦争を一刻も早く停止させよ。これが国際社会の最大の任務である。そしてアフガン民衆、難民への大規模な援助を行うべきだ。
 われわれはこうした観点から、秋季闘争の不完全燃焼を克服し、アフガン民衆支援運動に立ち上がらなければならない。(十一月四日)

テロ根絶、報復戦争反対 平和をねがう北上市民集会 


 十月十五日十八時から北上市役所庁舎の東側広場で、「テロ根絶、報復戦争反対、平和をねがう北上市民集会」が開かれ、集会とデモが行われた。集会参加者は約二五〇名くらいと思われた。主催は、「テロ根絶、報復戦争反対、平和をねがう北上市民集会」実行委員会で、和賀郡労センター、北上労連、共生ユニオンいわてといった労働団体、多岐にわたる市民団体、社民党、共産党、および個人で構成された。和賀郡労センター議長の今野さんの開会挨拶、県議会議員の小原さんの実行委員長挨拶に続いて十の団体、個人から「私の平和アピール」とする、六〇秒のリレートークが行われた。次いで「テロ根絶、報復戦争と自衛隊の参戦法反対決議」が行われ、決議を小泉首相、政府関係機関、米国大使館に送ること、岩手県知事と北上市長に対して報復戦争反対の声明を求める申し入れをすることを決めた。北上労連議長の阿部さんの閉会挨拶の後、デモ行進を行った。
 今回の集会は、社共が久々に共闘した点で画期的と思われた。今回の事態に対して危機感を強く抱いている人たちが、社共の支持者や友人たちの中に多数いたことが、今日の集会が成功裏に、友好的に進んだ大きな理由と思われた。同時に、今回の集会は一日共闘であることがあらかじめ決められており、実行委員会の反省会なども行われないといった限界を持っていた。集まった人たちの目の輝きは、真剣だったように思う。
 今日結集した人たちの反戦の気持ちをさらに大きな輪にしていくには、所属する組織に縛られず、個々人の自主的な活動が広がりネットを作っていくことだと思う、そのような広がりを作るために主体的に、積極的に動く必要があると思った。     水沢 一(岩手県北上市)(十月十五日)

〈追伸〉昨日、実行委員会の反省会がもたれました。社民党、郡労連、共産党、北上労連、そして共生ユニオンいわてと牧師さんでした。和やかな雰囲気で、次に繋がる可能性や、交流の深化の可能性を感じさせる反省会でした。
 (十一月七日)
 十一・十七集会の呼びかけチラシより転載
 
 
飢餓と戦火のアフガニスタン 
 中村哲医師東京講演会
                               
 戦乱と干ばつによりアフガニスタンは重大な危機に直面しています。
 いま米英両軍の爆撃は逃げ場を失った人々に多くの犠牲をもたらしています。戦火の恐怖にくわえ、厳冬期を迎えた人々に飢餓の不安が迫ってきています。
 中村哲医師はペシャワール会代表として一八年間アフガニスタンでの医療活動を行い、民衆との厚い信頼を築いてきました。
 その中村医師がいま全国を飛び回って訴えています。いま最も緊急な課題は、報復戦争支援のための自衛隊派兵ではなく、巨大な難民キャンプと化した一〇〇万人都市カブールから一人の餓死者も出さないような大規模な緊急行動に取り組むことです。ペシャワール会は直ちに小麦粉を満載したトラックをアフガニスタンに走らせました。
 飢餓と戦火のなかのアフガニスタン情勢は予断を許しません。
 私たちは中村医師の現地活動報告をしっかりと受けとめ、アフガニスタン民衆を支援するため行動していきたいと思います。

日時・十一月十七日(土)午後5時三〇分開場・6時  開始
会場・社会文化会館大ホー ル
参加費・一〇〇〇円
主催
 飢餓と戦火のアフガ   ニスタン中村哲医師東  京講演会実行委員会
連絡先
 労働者住民医療機関連絡 会議
 NPO法人東京労働安全 センター
協賛
 テロにも報復戦争にも反 対!!市民緊急行動
 虹と緑の五〇〇人リスト 関東ブロック
協力 ペシャワール会    


   NTT十一万リストラ白紙撤回!
 持ち株会社を包囲する怒りの声(11・2)        
                                                                          


 エールを交換した二つの全国闘争

 十一月二日、電通労組全国協議会は全国統一ストライキをもってNTT持株会社の包囲闘争を闘いぬいた。この闘いは、NTT内外の全労協の仲間たちとの共同闘争として組織された。一五〇名の労働者が一〇時から五時間にわたる座り込み、抗議集会、宮津社長への申し入れ行動を展開した。
 この日、通信労組は全国結集で持株会社への闘争を展開した。この行動は全労連の秋季闘争の柱として闘われ、千二百名が結集した。
 岩崎通信労組委員長と高橋電通労組全国協議会事務局長が各々の集会でエールを交換し、連帯して闘おうと訴え、各々の集会参加者はともに拍手を送り合った。このエールの交換は、通信労組の八・三一持株会社前座り込み行動に続くものであった。
 午後一時には、全体が「人間の鎖」で一つにつながり、会社を幾重にも包囲し、怒りのシュプレヒコールが一帯に響き渡った。その後、両者の代表団が相次いでNTTへの抗議、申し入れを行った。

 退職強要に道を開くNTT労組

 一方、NTT労組は条件闘争を打ち切り、一〇月三〇日、闘争中止を全国に指令した。「先例のない厳しい会社提案に対して、要求実現へ先例なき闘いを挑む」として闘争体制を指示したが、けっきょく、リストラ受け入れ条件として全国大会で確認した労働条件の激変緩和措置の組合要求水準をかちとることなく闘争を終結した。NTT労組の決定は、一二月から開始されるといわれている「選択」の強要に道を開いた。
 このような結果は予測されたことではあるが、NTT労組指導部は組合員に対して、会社側と一体となったリストラ強要に決定的に踏み出すことになる。
 NTT労組指導部は、彼らのリストラ協力路線こそが「新しい日本型ワークシェアリングの枠組み」だとし、「余剰人員」を抱えている企業はNTT労使の決着に強い関心を寄せているのだと主張している。
 NTT経営の厳しさを自覚し、企業防衛のためのリストラに協力せよ、これがNTT労組指導部の組合員に対する態度である。会社の提案する「構造改革」に労働組合が拍車をかけ、「さらなる構造改革を」と応酬する。会社の構造改革の眼目は人件費削減、人員削減のリストラ合理化である。リストラに協力するNTT労組が、その裏切り行為を新たなワークシェアリングだと強弁し、他企業の労使も見習えというのである。
 一九七〇年代後半、全電通は「電々にふさわしい賃金論」を打ち出し、官公労運動からの離脱・独自路線の論拠とした。その伝統を受け継ぐNTT労組官僚の結末である。

 展望なきアウトソーシング会社

 小泉構造改革の課題として、郵政三事業問題とともに、NTTの経営形態問題が残されている。いわゆる二〇〇三年問題を抱え、NTT労使は共通の利害をもって、グループ権益の防衛に進まざるをえない。小泉構造改革は通信事業の規制緩和と市場参入、NTT経営分離、持ち株会社解体を要求し、グループ権益と衝突する。加えてITバブルの崩壊とNTTの国際戦略の破綻、海外投資の失敗のツケが経営に重くのしかかっている(オランダ携帯電話会社KPNモバイルの保有株価の大幅下落により、ドコモの9月中間決算は初めて当期赤字に転落するとの報道がなされたばかりだ)。
 こうしたなかで、アウトソーシング会社の将来展望は何も示されていない。そればかりかNTTはすでに受託・委託費のいっそうの削減を打ち出している。NTTはアウトソーシング会社に徹底的な経営リストラを迫るということである。自ら退職・再雇用に追い込む組合員の雇用・生活・権利を、NTT労組はどのような立場で防衛するというのか。
 「構造改革の取り組みの主要な出発点の一つは、東会社の赤字転落阻止と西会社の黒字構造への転換であり、その展望を明確化し、平成一四年度からの反転攻勢の態勢をつくりあげる」(「決着に向けた中央闘争委員会の決意」一〇月二四日)。NTTグループ労使の権益防衛のために、アウトソーシング労働者と「調整弁」としての非正規雇用労働者が犠牲のターゲットになるであろう。
 闘いは最初の山場を迎えている。
 NTT労組指導部の強弁、「日本型ワークシェアリング論」を許すな!
 NTT労組組合員にリストラ白紙撤回の声を!

 NTTの違法・脱法・脅迫をはねのけよう!

 NTTは姑息にも、「コース選択」は本人選択であるとしている。
 五〇歳以上の退職・再雇用のコースか、退職に応じなければ「全国流動型」か。前者の場合、労働条件の一方的切り捨てが前提であり(その細部はいまだに明確ではない)、しかも地域毎に再雇用される新会社の経営展望はまったく不明である。後者の場合、「NTTには仕事はない、全国どこに飛ばすかわからない」というあからさまな恫喝がともなう。
 しかし、「本人選択」というのは、退職・再雇用の違法・脱法性をNTTがクリアできないことを意味している。
 十一万リストラの実体は「営業譲渡」「会社分割」であるが、それでは解雇や労働条件の切り下げは認められない。しかし、リストラ内容は、明らかに労働条件の一方的不利益変更であり、六〇歳定年制の破棄であり、年齢差別であり、労働契約違反である。したがって、電通労組の追求に対してNTT東は、「退職強要する意思はない。あくまでもライフプランの多様化に対応するものだ」と答弁せざるをえなくなっている。
 NTTリストラは社会的な不正義であり、これを許せば労働者全体に波及する、との声が拡大している。自由法曹団は、「法律に携わる立場から看過できない重大な問題がある」と声明した(九月二二日、常任幹事会声明)。声明は、小泉構造改革のリストラ政策の批判とともに、次のように政府の責任を糾している。「昨年政府が提案して成立した会社分割における労働契約の継承を定めた法によっても、業務の移管にあたって新会社では労働条件を低下させることができないことが厳しく定められている。政府は、この法の趣旨からもNTTの計画を改めさせるべき責務がある。」
 NTTの違法・脱法・脅迫リストラを糾弾し、白紙撤回を求めよう!
 四六%の株式を保有する国の責任を追求しよう!
 地域にリストラ反対の共闘を作り出そう!
 全国のNTT労働者に、「選択」する必要はない、NTTに「選択」を迫る根拠はないことを訴えよう! (十一月七日)
 

 

■資料■
 以下の資料は、さる五月に中国・温州で開催された「陳独秀後期思想学術研究討論会」についての、いわば「公式報告」である。本紙は、この討論会に参加された佐々木力氏に寄稿を要請し、二度に分けて掲載している。あわせて検討されたい。

『簡報』(1)二〇〇一年六月 内部通報 
(『簡報』は『陳独秀研究動態』の続報)
中国現代文化学会陳独秀研究会 
安慶市陳独秀研究会主編
 

 
陳独秀後期思想学術研究討論会》温州で円滑に開催さる

五月二十九日から三十一日にかけて、中国共産党中央委員会の中国共産党歴史研究室第一部と中国現代文化学会の陳独秀研究会が共同で温州に於いて、『陳独秀後期思想学術研究討論会』(全国第六回陳独秀思想学術研究討論会)を開催した。会議に出席した二七名の内外の学者は、座談会の形式で、大革命が失敗した一九二七年から陳独秀が逝去した一九四二年にかけての陳独秀の複雑な思想について立ち入って討論を行った後、次のような点で意見の一致を見た。この時期の陳独秀思想は「革命を悲観し、失望していた」とか、「トロツキイ派と手を携えて反革命に転向していった」といった従来の説では捉えられない。それらは、コミンテルンが中国革命に対して三回連続して誤った「左」翼的指導を行なった後の、革命の行き詰まりを打開する新しい道を探し求めるための試みにほかならない。結局、そのような探索は失敗してしまったけれども、歴史的かつ具体的目で見ると、それには実に称賛すべき点がいくつか存在している。たとえば、大革命の失敗から一九三〇年まで、陳が情勢に対して行った判断(革命が沈滞期にあること)、及び、それに基づいて提出した策(退却)は、当時のコミンテルン、あるいは中国共産党指導部のそれと比べて、より正確であった。また、九・一八〔一九三一年の満洲事変〕後、抗日民主運動の最中に彼が打ち出したトロツキイ派の、蒋介石に反対し、日本の侵略に抵抗する点において抗日を求めているブルジョワ民主派や中国共産党及びその軍隊などと共闘すべきだという主張も、全面的に出撃すべきだと主張していた王明路線よりも優れていた。さらに一九三二年から一九三七年にかけて、陳は、蒋介石に反対し日本の侵略に抵抗する活動に従事した廉で、国民党政府に「民国危害罪」を以って逮捕・投獄された。このことも陳が革命の立場を堅持していた有力な証拠になるであろう。出獄後、逝去に至るまで、彼はトロツキイ派中央の従来の路線と決別し、抗日を主張し始めた蒋介石を擁護し、抗日のための民族統一戦線を結成しようという共産党の呼びかけに応え、積極的に抗日戦争に参加した。これも高く評価されるべきである。陳の欠点と過ちは、農民を主力軍とする武力で農村を割拠するという、毛澤東を始めとする共産党の主張に対する認識不足にある。
 そして、次のような点にも会議参加者は気を配った。陳独秀が指導の任に当たっていた時期にしろ、彼が失脚した後の時期にしろ、中国のトロツキイ派はさまざまな過失を犯したにもかかわらず、帝国主義と国民党独裁に反対する面において終始旗印が明確であった。彼らと中国共産党との矛盾は、もともとは革命陣営内に現れた路線のずれに過ぎず、双方の革命の目標は同じである。したがって、本来なら、敵との闘争の過程において互いに協力し支持しあうべきなのに、スターリンが推進したトロツキイ派粛清運動の影響で、双方の矛盾は、生きるか死ぬかを賭けた敵味方の矛盾になってしまった。これに対して、日本の東京大学教授佐々木先生が、一部の西欧諸国のトロツキイ派政党が、ブルジョワ支配に反対するために、それらの諸国の共産党と協力して選挙に立っていることを会議で紹介してくれた。彼は発言の中で、トロツキイ本人と中国トロツキイ派と陳独秀が、国民党、共産党と一緒に抗日するという問題において認識が一致していたとした上で、中国トロツキイ派に存在していた誤った左傾思想に対する陳による批判を肯定的に論じた。
 さらに、会議参加者は、陳独秀の晩年の民主主義思想に高い評価を与えるとともに、陳独秀が、スターリンを先頭とする「プロレタリア独裁」に反対したこと、どのようにマルクス主義を見直すべきか、いかに改めて十月革命とレーニン、トロツキイ理論を評価すべきかという微妙なことがらについても、活発な論議を行った。会議参加者は、次の点においても認識の一致を見た。プロレタリア独裁と社会主義的民主主義は一つの問題の二つの側面であり、どちらをもゆるがせにしてはならず、スターリンの罪悪は、プロレタリア独裁を堅持し続けたことにあるのではなく、人民と党内の意見の異なる者に独裁を敷いたことにあるのである。ところが、「独裁制があったからこそ初めてスターリンが出て来たのであり、スターリンがいたので独裁制が出現したわけではない」という陳独秀の見方を論議し、参加者の多くは、たしかに制度は重要で、かつ決定的な要因ではあるが、道徳の役割がないがしろにされてはならない、つまり、両者は弁証法的な関係である、したがって、「法律を以って治国する」と「道徳を以って治国する」はどちらも欠かすことができないことを認識した。
 その他、会議参加者は、抗戦が勃発してのち陳独秀が繰り返し自分が「いかなる党派にも属さない」という声明を発表したことをめぐって、激しい論争を展開した。一部の参加者は、陳独秀が一九三八年十一月にトロツキイ宛に書いた書簡の中で世界革命の観点を堅持したことや、武漢でトロツキストに頼って抗日の新局面を打開しようと努めていたことなどから、陳独秀は亡くなるまでトロツキイ派の忠実な同志であったと主張し、陳の前述の声明が当時の特殊な環境のもとで自らを保護するために出した「外交辞令」に過ぎないと解釈した。他の一部の参加者は、陳独秀がトロツキイ派との関係を表面的には断ち切ったが、実際はその関係を完全には断絶しなかった、つまり、陳独秀がトロツキイ派と手を切ったものの未練も持っていたと捉えた。また、別の参加者の中には、陳独秀が政治思想においても組織面においてもトロツキイ派と決裂したこと、とりわけ、彼が虚偽や曖昧なことを言ったり、「外交辞令」を使ったりする人間ではまったくないことを根拠に、当時の陳独秀が既にトロツキストではなくなっていたと主張する者もいた。 
 会議は「研究には制限はないが、宣伝には規律がある」という方針を貫いたので、大変活発に、かつ民主的に行われた。しかし、ある参加者は、一部の人々が発言に個人的感情を差し挟み、理性的研究の姿勢を取っていなかったことが今回の会議の欠点であり、学術研究において忌むべき点であったと批評し、これは恐らく、研究者が長く研究対象と取り組むに従い、対象に偏愛の情感を持ってしまいがちであるからであろうと分析した。また、ある参加者は、一部の人々が陳独秀晩年の思想を評論する際、意図的に持ち上げる嫌いがあったと指摘し、歴史研究は歴史的コンテクストの中で行わなければならないと強調した。
 

 以下は九・一一テロについての討論の深化のための資料である。二つの記事の政治内容は、本紙の政治的立場を反映しているわけではない(編集部) 

パキスタン農民がニューヨークの大虐殺を批判したくないのはなぜか
         パキスタン労働党書記長 ファルク・タリク

 宗教的原理主義の地

 私はこの記事を私の出身地、中央パンジャブのラホールから三百キロの距離にあるトバ・テク・シンで書いている。そこは主に農民の暮らす地域であり、主な収入は綿花、小麦、サトウキビ、トウモロコシのような作物から得られている。七〇年代にはそこはスターリニスト左派が指導する農民運動の一拠点だった。七〇年三月二十三日には、町での農民大会に五十万人以上が参加した。現在町は宗教的原理主義者の掌中にある。私は町の中心で、過去二〜三年カシミールでの「聖戦」で殺害された青年たち、殉教者の絵をいくつかみかけた。通りの角ごとでは多くの宗教的マドラス(学校)を見いだすことができる。街頭の力は今、宗教的原理主義者の支配の下にある。労働者階級の多くの青年たちは過去数年間、カシミールやアフガニスタンでの戦いに、ジハード(聖戦)組織により送られてきた。職に就く可能性をまったく見いだすことのできない青年たちも、宗教学校や訓練基地の中では最低限、基礎的必要品を得ることができる。
 九月十五日に開かれた民主主義回復同盟(ARD)の会議で私は、ムスリム同盟中央議長のジャヴェイド・ハシムから私的な会話で以下のようなことを聞かされた。すなわち彼は、カシミールで息子が殉教者になった家族から家に来るようにとの招待を月に何度も受けていること、また一つの家に到着した際に頼まれることは、悔やみを述べることではなく偉大なことを成し遂げたと家族を祝福することだ、というのだ。さらに家族の幸福の印として受け取って欲しいと菓子が持ってこられ、そして同じようなことは、これらの若者が日常的に集められている出身地の村全体に当てはまるとも聞かされた。
 この悲しむべき話は、そこから宗教組織によって大量の若者が集められている中央、南部パンジャブのほとんどで同じである。ラホールでは、多くの労働者や市民の気持ちは、アメリカは少なくても思い知ることになったと、喜び、満足を感じるというものだ。ただそこには、テロ攻撃によって殺害された人々への同情もまたあった。
 九月十四、十五日のARDの会議は、この攻撃を非難したが、またアフガニスタンの無実の市民を攻撃することは許されないとアメリカへの警告を発した。
 しかしトバ・テク・シンでのムードは、偏執的なものだった。ラホールから車で六時間かけ到着し、年老いた父に会ったとき、彼は私に山のように議論を浴びせかけた。生粋の商人である彼は今、ローン返済のため銀行と闘っている。このローンは農業収入の好転という希望の中で一度借りたものだったが、現在その希望は裏切られてしまっている。減少にすら向かう収入を高めようとした彼の努力は実を結ばなかった。一方彼はずっと、保守的ブルジョア政党であるムスリム同盟への忠誠を保持してきた。
 私がテロ攻撃を非難し、今後タリバン政府に降りかかりそうなこと、さらにその行為が全世界のムスリムの生活を危険にさらすものになったと話しても、彼は動じなかった。そして私に、そんな風に語るおまえは町でたった一人になる、ここでは誰もおまえを支持しない、と告げた。
 
 アメリカへの教訓
 

 彼の観点は、タリバンはアメリカ人にさらにもう一つの歴史教育を施すはずだ、そしてパキスタンの軍事政権はアメリカ支配にむけて動いている以上、権力の座に留まっていられる時間はほとんど残っていない、というものだった。彼は「アメリカで起きたことに私は非常に満足している。IMFと世界銀行は私の人生を破壊してしまった。これらの制度によって私の農業事業全部が破壊されたおかげで、私は今、銀行に首根っこをつかまれている。私は今農薬代金を支払う余裕もない。国家補助金もなくなっている。私のオレンジ農園はだめになってしまった」と語った。
 私は又従兄弟の一人、アフザルと話をした。彼は言う。「タリバンがアメリカに負けるわけがない。彼ら自身の都市さえ守れないのに、どうやって彼らはタリバンに勝つのだ。起きたことは偉大なことだ」。彼はまた私に、もしアメリカがパキスタンやアフガニスタンを攻撃すれば、多くの人がデモに加わるはずだ、とも語った。「アメリカ支配にむけた軍事政権の屈服に対して私たちの中にはすでに大きな憎しみがある」。さらに彼は、身近な他の人々はアフザルと同じ感情を抱いているとつけ加えた。
 アメリカの都市への火曜日の攻撃から六日後、全般に多くの人々は、なされるべきであったことをついに誰かがやったのだとの満足感と誇りを感じているように見える。それは一般民衆の間の、アメリカ帝国主義に対する徹底的な憎悪を示すものだ。しかし気分は、原理主義者支持の方向に向かっている。アメリカの攻撃がここでいったん始まれば、軍事政府は、原理主義者の主導するデモや行進という異常な状況に直面するだろう。
 一人の村人が次のように私に語った。「アメリカの事件は、封建領主に素手で闘いを挑むため村で立ち上がった一人の農民のようだ。村ではそれ以前、領主との闘いなど誰も考えもしなかった。しかしこの農民が闘いに勝つとすれば、村中の農民はそれで非常に幸せな気持ちになるだろう」。
 アメリカは世界の封建大領主であり、そしてその領主は、持たざる何者かの、支配に立ち向かった闘いに負けてしまった。われわれはそのことは祝福すべきである。一方、私が無実のアメリカ人の命が失われたという問題を取りあげたときはいつも、人々は次のように答える。「確かにそれには同情する。しかしパレスチナ、スーダン、ヴェトナムその他、アメリカ支配の下で命を奪われた数百万人の人々については何があったのか」。「誰がイスラエルを支えているのか」は、すべての人が即座に持ち出すもう一つの論点である。
 
 それが個人的なものであれ、国家レベルのものであれ、テロリズムを強く非難すべきであることを承知している非常に僅かな者の内の一つに、われわれ進歩的勢力がいる、ということは非常にはっきりしている。
(『ソーシャリスト・アウトルック』十月号号外。中見出しは編集部) 
タリバーン政権の即時終局を望む
         アフガニスタン労働革命組織指導者へのインタビュー

                 ファルーク・タリク

 
 アディルはアフガニスタンに基礎をおく小さな左翼組織の指導者である。彼自身は現在亡命中であるが、九月十六日から十九日まで、雰囲気を知り、彼のメンバーと将来方針について意見を一致させるため、ジャララバードに三日間非合法で入った。このインタビューは九月二十四日ラホールで行われた。
 
―町の状態は?
 ジャララバードは完全なショック状態にあった。すべての人々はできるだけ早くアフガニスタンから出ることを口にしていた。ペシャワールに着くまでには最低二〇万アフガニ(二ドル)が必要だ。さらにそれとは別に、国境を越えるためにはパキスタン官憲に五ドルの賄賂が必要となる。そしてこれだけの金を持つ者はすべて国を去ろうとしている。アフガニスタン政府の官吏の平均賃金は現在、一月およそ三〇万アフガニ(三ドル)。ジャララバードの日雇い労働者はおよそ一日一万から二万アフガニの賃金だ。つまりアフガニスタン中にとてつもない貧困が存在している。民衆はタリバーン体制にうんざりし、嫌気がさしている。
 
―タリバーンの軍事力について
 タリバーンの自由になる軍事要員は約二万人だが、彼らはパキスタンという最大の友人を失った。しかしそこにはオサマと共に二万五千人以上の軍事要員がいる。彼らは中国、アルジェリア、ナイジェリアその他パキスタンを除く多くのアラブ諸国から来ている。そしてタリバーンがオサマをアメリカ政府に引き渡さないという場合、それは彼らの勇気やイスラム教への献身とはまったく関係がない。オサマはタリバーンのかかえる兵士よりももっと多くのイスラムの戦士を抱えている。だからタリバーンは彼を引き渡せない。  
―タリバーンについて
 彼らは本当に心底から支持を失った。私がジャララバードで話を交わした人々は大っぴらにタリバーンに反対していた。タリバーンを支持する者はただタリバーン(=神学生)だけだと私は思う。アフガニスタンでは他の誰も彼らを支持していない。
 アメリカがやってくるとしても、彼らは攻撃によってよりも、より大きな理由、すなわち社会的基盤を彼らがまったくもっていないという理由で権力を失うだろう。タリバーンはいままでで最悪の残酷な政権である。しかしアメリカとパキスタンがその最初から彼らを支えてきた。彼らは今になってタリバーン政府が悪いと言っているが、われわれはその第一日目からそう言ってきたのだ。
  
―アメリカの軍事介入について
 われわれはアメリカの軍事介入には完全に反対している。しかしわれわれは、タリバーン政府の即時の終局の方に傾いている。
            (『ソーシャリスト・アウトルック』十月号)
テロリズム反対、社会的正義を!

                     『ソリダリティ』政治委員会


 『ソリダリティ』は、どのような形であれ、またどのような状況の下であれ、一般市民に対するテロの行使を強く非難する。いまそれは第一に、主要に、民間航空機のハイジャックと数千の生命を犠牲にした恐ろしい爆破を糾弾すべきだということを意味している。他のすべての人々と同様、われわれは、この大量虐殺行為のすさまじさに言葉を失っている。しかし一方でわれわれは、この大惨事の中での、ニューヨークの街頭で互いに助け合う人々の連帯、協力行動に深く感動している。
 
 米帝国主義の革命的敵対者である社会主義者としてわれわれは、民衆の、とりわけ労働者階級多数の、世界支配と搾取のシステムに立ち向かう意識の発展に信頼をおいている。
 われわれの闘争方法には、社会に対してテロの武器をふるう人々と共通するものは何もない。
 そのことは、テロリストが、ティモシー・マクヴェイのような国産ファシストであろうが、国家テロの実行者であろうが、あるいはまた、世界の被抑圧民衆の代表であると自称する勢力であろうが、変わるわけではない。九月十一日の攻撃は人道に対する世界的犯罪である。われわれはこれらの行為とそれをおこなった者を、最終的に判明することになる者が誰であろうと、留保なく強く非難する。国際貿易センタービル内で焼き殺された数千の労働者は、帝国主義の犯罪には責任がない。それは、米大使館の爆破の際に、九八年タンザニアとケニアの街頭で殺害された数百のアフリカ市民とまったく同じである。
 
 無実の民衆の虐殺と同時にこれらの攻撃は、社会的公正を求める闘争に手痛い打撃となっている。これらの打撃を被った闘争は、自決を求めるパレスチナ民衆の闘争から、グローバル資本主義の諸制度に反対する諸行動にまで及ぶ。
 
 われわれはまた、これらのテロ行為がわれわれ自身の政府によってなされるならば、それをも糾弾しなければならない。パレスチナの町と難民キャンプは、イスラエル軍に米国から供与されたF16戦闘爆撃機や武装ヘリコプターによって破壊されている。バグダットへの米軍の爆撃は、市民の生活を支えていた水道・電力システムの計画的破壊を含んでいた。そしてイラクへの制裁は毎月五〇〇〇人のイラクの子供たちの死を生み出してきた。この毎月の犠牲の数は、国際貿易センタービルの推定虐殺数にほぼ等しい。
 社会的正義を求める闘士たちはまた、九月十一日が最近の歴史における巨大なテロ行為の二十八年目に当たる日であったことも忘れるべきではない。二十八年前のこの日、米国に支援されたピノチェットがチリでクーデターを敢行し、労働運動と国中の住民に対する大量虐殺体制へのゴーサインが出されたのだ。
  
 九月十一日の攻撃を行った人々は、被抑圧民衆の闘争と共通するものは何一つもっていない。しかしそれでも、次のような痛ましい真実はある。すなわち、米国によって支配された世界の中で、彼ら自身、そして彼らの子供たちのより良い生活を追求する希望をもはや失ってしまった世界中の多くの人々が、これらの凶行成功の中に、拍手を送るなにがしかを見いだしたということである。人種差別やグローバル資本主義の諸制度によって抑圧されたこれらの人々は、テロリズムの犯人ではなく、犠牲者であることを思い起こそう。
 それゆえ次のことが紛れもなく重要となる。すなわち、米国民衆は、米国政府に対して、テロリズムとの闘いというごたまぜの名の下に、米国が支配するグローバル資本主義の犠牲者たちに向けて報復を画策するようなフリーハンドを与えてはならない。
 最も重要な点を再度繰り返そう。米政府が関与してきた巨大な犯罪は、この国の一般民衆への暴力的強襲によって矯正できるようなものではない。そしてまた、九月十一日の犯罪に責任があると最終的に思われる政府がどこであれ、その国の民衆を犠牲にすることになる米国の軍事的報復によっては、どのような正義も達成されることはない。
 われわれはすべての人々に、巨大な暴力にむけまさにフリーハンドを米国の政治的、軍事的支配層に与えるように計算された、メディアと政府が操作するヒステリーに抵抗するように呼びかける。われわれは、いやがらせや在留資格停止に向けて在米アラブ人に狙いをつけることや、グローバルな公正を求める抵抗に対して加えられるであろう弾圧に反対し、そして国家の安全の名の下での民主的権利への厳しい制限の危険にたいして警戒が必要であり、また受け入れてはならない。
 この抑圧の動きは必ず米国の労働者の権利に対する新たな抑圧を含むだろう。民主的自由と公民権の抑圧はただ、民衆の抵抗意志によってのみ押し留めることができる。社会的公正のために闘う人々にとって、いまは姿を隠してはならない時機であり、民主主義とわれわれの闘いの価値―利益のためではなく、すべての人間の生活を真に価値あるものとするために組織された世界をめざす闘い―のために立ち上がるべき時機である。
 (インターナショナル・ビューポイント誌九月号)
 注。『ソリダリティ』編集委員会は米国の社会主義者組織であり、第四インターナショナルの支持組織である。本声明は九月十三日に出された。
 
パレスチナ             

        新しいエスカレーション

              ミヒャエル・ワルショウスキ

 
 米国での「攻撃」は、パレスチナ民衆に対する攻撃のエスカレートに向けたイスラエルへの青信号となってしまった。以下に紹介する記事は、エルサレムの本誌通信員が九月十一日の事件以前に書いたものである。パレスチナ人民解放戦線(PFLP)書記長、アブ・アリ・ムスタファの暗殺は、イスラエル政府のパレスチナ民衆に対する抑圧政策の新たなエスカレーションを印すものである。この消耗戦を通じてアリエル・シャロンは、新しい協定、なかんずく西岸のほぼ五〇%へのイスラエル支配と入植の続行を強制するつもりのようだ。
  
 暗殺は、パレスチナ民衆をよりいっそうの暴力的対応へと押しやろうとするイスラエル指導者の意志を示すものとなった。それによってイスラエルは、西岸とガザ回廊の人々に対する集中的虐待の手段をさらに高めることができるとみている。シャロンの政治的目標はいっそう明瞭になりつつある。すなわちそれは、パレスチナ民衆を屈服させ、「暫定長期協定」の交渉に同意させることである。そしてその協定がめざすものは、国境地域と水源地域に加えて西岸のほぼ五〇%へのイスラエル支配、そして現存入植地の維持にとどまらず新入植地の建設なのだ。
 
 傲慢で空想的な「見通し」
 

 イスラエルの得るものと引き替えにパレスチナ民衆の得るものは、残りの占領地をイスラエルの監督下での「幅広い自治」で管理する権利、とされている。ここにおいて、民衆をますます減少する空間に閉じこめ、人や商品のどのような通常の移動をも妨げる包囲された国家、政治指導者の暗殺、爆撃、さらに、より体系化された自治区への侵攻が、パレスチナ民衆の抵抗意志をうち砕き、純粋で単純な降伏に彼らを同意させるためにもくろまれている。
 しかしながら、シャロンと彼の取り巻きの将軍たちは再び考え違いに陥っている。パレスチナ民衆が降伏しないことははっきりしている。昨年中に被った犠牲は、いまやどんな後退に対しても高すぎるものとなった。あらゆることが、この民衆の英雄的抵抗が引き続くであろうということを示している。イスラエル支配体制による包囲や日常的侵攻に対する不服従抵抗や、兵士や占領地入植者に対する軍事的抵抗がある。そしてこれらの抵抗は時には自爆攻撃という形でイスラエル領域内にあふれ出ることになる。パレスチナ民衆の苦痛が巨大なものであるとしても、イスラエルの占領に対する抵抗の減少を示すものは何も見あたらない。
 イスラエル社会に関して同じことを言うことはできない。そこでは最近の数ヶ月、確実な息切れをみることができるようになった。安全と繁栄を結合した「正常化」の七年間を経験した後では、その肥え太った七年間の終わりを受け入れることが困難であることにイスラエル人は気がついた。
 いまや経済不況(輸出の三分の一の減少、旅行産業の危機、増大する失業、その他)の明白な兆候に加えて、安全が失われているという感情の増大がある。そして経済不況は、来る数ヶ月さらに悪化するだろう。それら以上に、イスラエル指導者層を悩ませているものは、インティファーダを抑圧する任務に就いている召集兵を補充する予備役の大量動員の必要性である。なぜならば、世論の多数派が未だシャロンの抑圧攻撃を支持しているとはいえ、それに直接参加しようと進んで願う者はほとんどいないからだ。
 この意味で、シャロンとペレスによって遂行されている占領地での抑圧政策に反対する運動が未だ幅広いものではないことを例え考慮に入れたとしても、召集から逃れる予備役兵の数は驚くべきものである。紛れもない消耗戦が過去一〇ヶ月以上続行されてきた。この中では、イスラエルの軍事的優位は圧倒的であり、パレスチナ側の初期の敗北を請け合うという程度をはるかに越えたものである。しかしながらこの消耗戦は、いまもってパレスチナ市民に巨大な犠牲を負わせようとしており、それ故、抵抗者の根絶に至るまで血が流されるままにするという点で絶対的に犯罪的なものとなるだろう。
 
 抵抗以外に途がない
  
 それにもかかわらず、この状況は帝国主義者の権力が決定を下した冷笑的選択であるようにみえる。パレスチナの人々が国際保護軍の派遣を異口同音に要求している一方で、国際社会はまったく耳を貸さず、その責任を最終的に引き受ける以前に状況のさらなる悪化を待っているように見える。パレスチナとイスラエルはまったく平等を欠いた行き詰まりに放置され、ミッチェル報告に含まれている類の、いくらかの手だてが提案されるにまかされている。しかし、他方、これらの決定の実行に向けてイスラエルを強制することは回避されているのだ。これは犯罪的である。この状況は、アメリカ人やヨーロッパ人に当てはめたとき、略奪者が警官による制止を拒絶する権利を得ているようなものだ。
 シャロンが、われわれは「ユダヤとサマリア」への植民の単に第一段階にいるにすぎないと語るとき、あるいはまたミッチェル報告が多くの付帯条件にもかかわらずイスラエルは多分報告を受け入れたと断じる以上、その要求するように入植を凍結することになんの問題もない、と語るとき、それは本気に違いないとパレスチナ国家の指導部は見抜いている。イスラエル政府にその約束を果たすことを余儀なくさせることを可能にするものは強烈な国際的圧力だけである。それ故、パレスチナ民衆の苦難を終わらせるために必要な手段を採ることを決断するよう各国政府に要求する国際連帯運動が巻き起こされなければならない。フランスで多様な組織によりはじめられた市民保護派遣団は、それを通じて国際保護軍派遣を促進させる一つの手段である。
 しかし、にもかかわらず、国際保護軍が投入されない限り、パレスチナ民衆には彼らが自由になるあらゆる手段で抵抗する以外、選択の余地はない。
 (インターナショナル・ビューポイント誌九月号。中見出しは訳者)