2001年12月10日        労働者の力               第 141号

臨時国会の終了に当たって
むき出しのブルジョア攻勢を代表した小泉
事態の真実は階級関係の緊迫である

川端康夫   

  
 臨時国会が終わった。小泉自公保連立内閣は、テロ対策法という名の自衛隊海外派兵法をはじめとする一連の自衛隊の海外派兵軍隊化のごり押しの一方で、構造改革を掲げつつ大失業時代を意識的に推進する一連の法案を押し通した。小泉内閣の政治的性格は、いまや極めて危険なものであることを誰もが否定しようがないまでになったといえる。国家主義に棹さし、良識派を「守旧派」と決めつけ、マスコミを動員して大衆操作をすすめる手法は、その「改革」の内容の空虚さを隠蔽するだけのものだ。

小泉の聖域―自衛隊

 臨時国会が明らかにしたことの最大は、小泉の「聖域なき改革」とは、軍事力や原子力政策、人工衛星技術などの、巨大破壊兵器やハイテク軍事力に直結する分野を聖域として確保し、大銀行や大企業の救済をすすめつつ、雇用保障、社会保障を「聖域なき」分野として切り捨てるに尽きた。小泉は国会答弁において、「業績悪化に苦しむ企業に雇用を守れとはいえない」と言い放った。
 リストラ首切りや賃金切り下げに直面し、史上最悪の大量失業時代に踏み込んだ実態をわかっていないわけではない。小泉は意識的に雇用切り捨て、賃下げ政策を進めようとしているのである。これを象徴とする小泉「改革」とは、大銀行と大資本の利益に徹底的に奉仕するための方策であり、その目的のために公的部門を私的資本に捨て値で払い下げることを柱とするのである。その最大の狙いが「郵貯・簡保」分野の私的資本への譲渡である。小泉がいかに官僚層を批判し、「無駄遣い」を指摘しようとも、その本質はなんら変わらない。小泉はそもそもこれら国家資金の運用の「民主化」「透明化」「公開性」の何一つにも言及したことはない。そうして「官が民を圧迫してはならない」という主張は、それがアフガン救援物資の輸送問題になれば、非効率と莫大に費用のかかる自衛隊派遣の固執し、民間輸送部門を無視するのである。道路公団問題は明らかに、田中と福田の遺恨の落とし前をつけようと言うものだ。同時に旧田中系列を「守旧派」として描き出すことも計算している。本四道路公団を含む全体を合体させ、その上で分割・民営化するという方式には何らの財政的合理性も見られない。
 各種世論調査によれば、小泉支持率はとりわけ五〇代前後の男子中高年層において落ち込みが目立っているという。この層はリストラ合理化に最大に直撃され、同時に「雇用のミスマッチ」に最も直撃され、かつ住宅や教育費用において最も負担がきつい層である。
 小泉も自民党執行部も自身の政策的虚偽性を認識しているのであろう。小泉人気の持続している間に「いけいけどんどん」式につぎつぎに、問題法案の国会通過をスケジュールにのせようとしている。
 次の通常国会に予定されているものには、憲法「改正」のための手続きとして欠かせない「国会議決三分の二」「国民投票」の具体化を定める法案提出や有事法制法案などがあり、また医療費の患者負担率の引き上げなどの福祉切り捨てがあり、大衆課税の上積みが計画されている。
 その反面、自民党は企業グループの利益のために連結決算方式を容認し、住宅取得に関連する贈与税の免除や相続税引き下げを提案するなど、あらゆる手段で「金持ち優遇」すすめようとしている。
 
資本に認知を求める公明党と民主党 
 
 これら一連を支えている者は、まず最大には公明党である。この連立の一翼を構成している政党は、完全に政党としての主体性を喪失し、文字通り連立の枠に取り込まれている。その存在が国会における小泉の「突出」を保障しているがために、政治的罪はきわめて重い。冬柴という公明党の幹事長は、あるテレビ番組の与野党討論会において、小泉内閣の首切り推進政策を擁護し、「資本主義である限り企業が首切りすることは自由だ」と言ったのである。これはけっして「失言」ではあるまい。冬柴の発言が意味するところは、いわば戦後民主主義が築いてきた社会構造が「社会主義的」であるという、新自由主義者の得意とする論理をそのまま引き写して述べただけである。「社会主義的」であるから社民党や共産党は「首切りに規制をかける」のであって、「資本主義を容認する」公明党は「首切りの自由」を擁護するのであると。
 このレベルのあまりにも粗雑な論理が通用するところに小泉内閣の最大の特徴がある。公明党は選挙制度の党略的改訂を連立の条件として自民党に求めた。これはすなわち、都市部の公明党地盤の地域においてのみ中選挙区制度を復活させるということに他ならなかった。
 このあまりにも見え透いた党略の案は、その粗雑さの故にあっという間に葬り去られた。連立の必要条件としていたにもかかわらず、この問題で公明党が政権から離れることはなかった。この茶番劇は、この党がまさに政略、党略だけに依存する政党であることを暴露した。公明党は都市部から始まった利権政党への道をいまやその頂点において完成したのである。公明党の中央から地方を貫いた権力与党化の完成は利権政党の完成であり、小泉の「改革」の核心部分は、文字通り利権集団によって推進される、もう一つの利権集団(旧田中系列)との闘いに他ならないことを示した。
 そして公明党は自己の利益が保護される限りにおいて、この二つの利権集団を渡り歩くのである。
 公明党が政権内部からの支えであるとすれば、外部、すなわち野党陣営において小泉を支えているのが鳩山の民主党である。テロ対策法でも自衛隊法改悪でも、そして「構造改革」でも鳩山は小泉応援団として一貫して行動しようとした。
 それには明確な政治的根拠がある。第一に鳩山は自主憲法派であり、日本自衛隊の海外派兵軍化を支持する。第二に鳩山は、連合に属する大企業連組合とも共通して新自由主義理論の信奉者である。第三には政界再編において、小泉が保守本流と断絶し鳩山に合流することに期待をつないでいる。この点は、鳩山の祖父、鳩山一郎が旧民主党を組織した時の懐刀である岸信介の派閥が今の小泉の系列であることをも見ておかなければならない。
 そして菅は、明らかにイギリスのブレアに見習う「第三の道」の信奉者である。ブレアの道は、このアフガンの事態で明確なものとなった。説明は不要だろう。軍事的にアメリカ帝国主義と密着し、そのお先棒を担ぐことを辞さず、経済的には新自由主義路線を推進する。
 鳩山と菅の民主党は、ブルジョアジーに自らが政権の一翼に加わることを容認して欲しいと嘆願している。民主党は小泉「改革」の旗手になることを誓っているのであり、そのことによってブルジョアジーの「認知」を誓願しているのである。
 
民主党の造反劇―党分裂の可能性 
 
 だがこの秋の一連の事態において、民主党や連合系列に重大な矛盾が生起しつつあることも明らかとなった。秋季闘争は連合系列であるはずの「平和フォーラム」が反戦集会を独自に組織し、民主党内造反議員を支持し、さらに市民運動の系列に共闘を申し入れることを通じて社民党との共闘をも実現した。民主党内部での旧社会党系列議員の造反(急先鋒の大橋巨泉氏を含むから旧社会党系列とは括れない)は、二十八名と数が多く(衆院二十一人、参院七人)、確信犯的行動が見られ、影響はかなりの程度あると思われる。民主党執行部は横路・金田両議員を「首謀者」格として役職からの追放を決定した。
 民主党内部では過去数年、党の実権が保守勢力に掌握され、旧社会党系はじり貧となってきた事実がある。また共に北海道を選挙区とする横路議員と金田議員が造反の首謀者格とされていることは、北海道民主党の実質的核心部分である旧社民党系や労組構造が暗に彼らを背後から支えている可能性も示唆している。「平和フォーラム」の動きとも関連して見れば、この造反劇がただではすまない可能性を示す。民主党は組織分裂の可能性を強めたと言わなければならない。
 次の通常国会は、問題法案が山積している。昔風に言えば「対決法案」である。横路・金田両議員らが、この問題法案を「対決法案」であると位置づければ、秋季臨時国会の造反劇は再度繰り返されることはありうる。政界再編は意外なところから爆発するかもしれない。
 
緊迫する階級関係こそが事態の本質 
 
 問題は、小泉登場以降の一連の反労働者的政策、反民衆的性格にいかに対応するかにある。急速に悪化している経済状態、大失業と賃金切り下げ政策、軍事的跳躍、改憲への動きの本格化―こうした全般状況をいかに認識するのかを、民主党のみならず広く問いかけている。
 小泉のパフォーマンスに幻惑され、その「改革」を大筋で容認してしまう傾向は決して少なくはない。たとえば『ACT』紙で紹介されている五十嵐敬喜氏の立論は、国家財政危機打開のためには小泉しかできない「構造改革」を支持するというものである。だが、現状の真の性格は五十嵐氏がとらえるようなものではありえない。要約すれば、日本社会における階級関係が緊迫しはじめているのだ。総中産階級化が叫ばれた時代ははるかな過去のものだ。「失われた十年」はブルジョア勢力が階級的攻勢を強めるための準備期間であった。小泉は自らその攻勢の先頭に立つことを引き受けることによって首相へと昇ったにすぎない。五十嵐氏はここを完全に見誤っている。
 来るべき年の通常国会は数々の「対決法案」をめぐり、この秋に姿を現した新たな政治状況をより明瞭なものとするであろう。NTT大首切り攻撃との闘いを先頭に、小泉内閣との闘争を飛躍させなければならない。
 (十二月七日) 

仙台市で今野求さんを偲ぶ集い
 約八〇名が故人を追悼
 

■宮城■十一月二十三日、仙台市で「今野求さんを偲ぶ仙台の集い」が開催された。集いは、宮城県在住時代の今野さんと関係の深かった十五名によって呼びかけられた。

出身地仙台での集い

 今野さんは九月十二日未明、食道ガンの再発による闘病の末に永眠した。今野さんは東北大学在学時代の共産党細胞、全学連活動家としての闘い、その後の宮城県労評オルグ時代、また社青同宮城地本ならびに反戦青年委員会の闘いを通して、多くの先輩、同僚、後輩との関係を県内や東北地方に築いてきた。集いには、その今野さんを直接に知る人々が中心となり、八〇名が出席した。
 冒頭、呼びかけ人の一人である電通労組の小川昌義さんが、司会挨拶として、「おい、頑張っているか!という今野さんの労働者への励ましの声が、今でも聞こえるような気がする」と胸の内を語った。
 呼びかけ人を代表して宮城合同労組の遠藤一郎さんが開会の挨拶を行い、「全国的な活躍をされた方であり、全国の偲ぶ会は来年にも東京で企画されるという話もあるが、私たち地元としては何としても仙台で開催したいと相談し、集いの実現の運びとなった」と経緯を説明した。
 
呼びかけ人のあいさつ 
 
 『同志は倒れぬ』の合唱につづき、呼びかけ人など三人の方々による挨拶が行われた。
 宮城の労働運動の大先輩として高橋治さんは、宮城県労評の議長とオルグの関係として過ごした六〇年代の思い出を語り、とくにオルグを事実上解任せざるをえなかった経緯にもふれ、「今野君の後輩たちの今後の活躍」に期待を表明した。
 東北大学時代からの友人として井邑義一さんは、共産党学生細胞時代から最近までの印象的な事々を紹介しながら、今野さんの統一戦線活動を支えた「新しい運動と党への信念」について語った。
 福島市の山田邦夫さんは福島大学時代に自治会運動を闘ったが、全学連中執としての今野さんのオルグ活動時代、その後、同世代として労働運動の組織化に入った六〇年代初頭を振り返った。

友人あいさつ

 献花ののち、共産党時代の先輩活動家であり、その後も共同の闘いで連携した逸見英夫さんが献杯の音頭をとった。
 呼びかけ人や友人知人からの挨拶が、歓談と並行して続いた。
 清水宏幸さんは、今野さんが共産党を除名された当時のエピソードを紹介し、また医師として今野さんの闘病生活を支えてこられた立場から彼の人間性について想いを語った。
 福島県教組OBである清野和彦さんは、福島大学時代の全学連運動と勤評闘争を振り返り、当時の今野さんのオルグの思い出を語った。
 長崎から今野さんと関係の深い二人が集いにかけつけた。
 有田浩雄さんは、学生運動時代の今野さんとの出会いが、長崎での労働運動、反戦青年委員会運動に引き継がれたと振り返った。
 西村卓司さんは、「一言でいえば今野は人間的にいい奴だった」、「闘う集団とあれほど誠実に対応した人はめったにいない」と今野さんとの付き合いを語った。
 いわき市からかけつけた東北大学の後輩である佐々木利治さんは、福島の労働争議について今野さんと最後に話し合ったことを紹介し、労働運動を再度作り上げる必要性を痛感すると述べた。
 管野征二さんは、電通労組の初代委員長としての思い出を語り、また現在のNTTリストラ攻撃との闘いを報告した。
 宮城で今野さんとともに闘った人々が、それぞれの時代、それぞれの運動分野での思い出を振り返り、挨拶が途切れることなく続いた。なかでも、書記長として組合結成と多くの争議を闘った六〇年代の宮城合同労組の懐かしい組合員たちが集いに多く出席した。「今野さんはずっと青年であった。彼の訃報を聞いて、悲しみの一方で、自分たちの若かったころの気持ちをもう一度取り戻してみたいと思った」という挨拶が印象的であった。

今野宏子さんのあいさつ

 「インターナショナ」の大きな合唱を終え、今野宏子さんが遺族挨拶を行った。ガンの発見と転移、その間の入退院と活動復帰、そして昨年十二月の三回目の転移以降の自宅での点滴による闘病生活を語り、「彼はもっと生きたかっただろうと、無力な自分を感じて今でもつらくなることがある。しかし、こんなに暖かい集いを開いていただき、いまだに多くの皆さんの中に、彼が生き生きと残っていると感じ、とてもうれしく思う」と結んだ。
 偲ぶ会の最後に、呼びかけ人の一人である小島文彦さんが、出席者たちに謝意を表したうえで、「今野さんが去ったいま、改めて、その存在と役割の大きかったことを痛感している。彼の人生をかけた信念や情熱を受けとめ、それをできるだけ受け継いでいこうと思う」と述べ、集いを終了した。
 終了後の会場には、今野さんとともに闘った六〇年代の反戦青年活動家たちからのリクエストにより、ジョン・レノンのイマジンが流された。(Y) 
 大分と筑豊を訪れて
                  
石森 健                               

大分地方自治研センターのシンポジウム

 去る十月の初旬の三連休、ひょんなことで大分市で開かれた大分地方自治研センターのシンポジウムに参加することになった。シンポジウムのタイトルは「社会主義の再生とその可能性 環境社会主義のフロンティア」と題するハードなものだったが、日程も六日から八日の三連休をびっしり使うというハードなものだった。
 このテーマもそうだが日程のハードさも近来ではちょっとお目にかかれない。大体において、「社会主義」を正面から論じることは時代錯誤ではないとしても流行からはずれるというような風潮が過去十年は主流であったし、またその再生という視点から論理を組み立てようとする学者や知識人も学会や論壇の片隅に追いやられる始末であった。その意味では「社会主義なき」社民党や「相当に怪しい」共産党が日本の左翼陣営を代表する状況が日本左翼総体の混迷を見事に表していたともいえる。
 
自治研センターと大分大学経済学部 
 
 自治研センターあるいは自治労研は、自治労が各県毎に組織している研究会である(と思うが、私は最近の事情には詳しくない)。自治労が連合に加盟し、その連合が県評や地区労という総評時代の地域的組織構造を解体する方向を明確にしてきたなかで、こうした地域的組織構造の一翼だった自治研センターもまた相当程度風化してきているように思われる。それは自治研センターという組織の本来的あり方からみれば当然の話といえる。自治研センターは他の地域的組織と同様に、いわゆる社会党・総評ブロックの枠組みにおいて、社会主義と労働運動を結合させていくための機構であり、そこには学者や知識人と労働者の結合がキー概念としてイメージされていた。
 連合はそうした構造を嫌った。当然にも連合は「社会主義」をめざすものではないと同時に、中央指令型の強権的組織構造に依拠し、現場や地域における労働組合運動の強化には警戒するからである。いわゆる労働官僚機構が労働組合員を統制するタイプの組織である。ここでは現場や地区の労働運動は風化せざるをえないし、また中央官僚はそれを是とする。
 ここまで長々と書いたのは、実は大分地方自治研センターを主導している方々は大分大学経済学部の先生方であり、その先生方は今時分は撲滅の対象であるマルクス経済学の講座を断固として維持していると同時に、大分県の自治研センターを通して大分の地域運動と密接に結合している。その意味を理解してもらいたいためである。

地域労働運動と知識人

 このシンポジウムは、東京大学の佐々木力氏をメインスピーカーとし、大分大学の諸先生方と地域の現場活動家が四つのセッション毎に報告するという形式だった。私は佐々木氏に私的な友人として誘われて参加した。主催者サイドには多大な迷惑であったとは思うが、この場を借りて御礼を申し上げたい。他に広島から自称「佐々木派」である地域活動家のK君も加わった。
 シンポジウムに至る経緯は、大分大学経済学部名誉教授である竹村脩一氏が佐々木氏が「ちくま新書」から出した『科学技術と現代政治』(二〇〇〇年六月二〇日発行)という著書に興味を持ち、東京大学に佐々木氏を訪ねたところから始まった。この著書は主要には仙台の地域的労働組合運動での講演をもとにして執筆されたもので、竹村氏はおそらくは社会主義を正面から論じていることと地域労働運動に向き合っていることの双方に関心を持ったのだと思われる。
 というのは先述したように、大分大学経済学部のマル経の学者諸氏は大分労働運動の強化に心血を注いできたのだし、竹村氏はその文字通りのリーダーといえるからである。竹村氏は三十代のはじめに当時大分自治労にいた村山富市氏らと学習会運動を組織し、以降約半世紀に近い間、大分県の労働運動に係わってきた。

シンポジウム

 シンポジウムは以下の四つのセッションで行われた。
 第一セッション「マルクス主義と環境社会主義―「搾取」と「自然支配」―」報告・大分大学経済学部助教授 守健二 
 第二セッション「ソ連型社会主義とは何であったか」報告・大分大学名誉教授 竹村脩一 
 第三セッション「グローバル時代の日本とアジア―共生の理念と現実―」報告・大分大学経済学部助教授 鳥谷一生
 第四セッション「環境社会主義の理念と展望」報告・佐々木力
 
 十月六日午後三時に開始されたシンポジウムは最初に大分地方自治研センター理事長の中山敬三弁護士のあいさつに始まり、県議や市町村議員を含め五十名近い人々が参加してすすめられた。参加者の多くは自治労活動家や地区労活動であり、村山富市氏も二日間通して参加したように、大分社民党の関係者が多かったようだ。
 タイトルが示すように、報告者の共通した問題意識は、ソ連型社会主義の崩壊を受けて、社会主義の再生という課題に向き合うものであり、シンポジウム参加者の多くから「社会主義を正面から取りあげるのは久々という印象だ」と語られたことでもあった。
 もちろん、課題が巨大であり、かつ原理論的なところからアジアにおける社会主義の戦略的展望に踏み込むところまで範囲が膨大であるが故に、提起や討論が充分に煮詰められたとは言い切れないことは事実だったと思う。また地域や現場の具体的実践とテーマが必ずしもかみ合ったともいえないのもまたやむを得まい。
 ただ私に強く印象として残ったのは、明らかに衰退しつつある大分の労働運動、社会主義運動を、何としても再生したいという参加者の意志であった。テーマ設定の重さと秋の行楽シーズンの真っ最中の三連休を返上して参加した活動家諸氏の思いは、現在の日本においてはまさに貴重であり、大分における今後の運動の再生の手応えを感じたのである。
 
筑豊闘争団との懇談 
 
 大分のシンポジウムの後、福岡県の小竹町に、新しく移った国労筑豊闘争団の事務所をお訪ねした。仙台からK氏、福岡からのM氏も新たに加わった。
 ちょうどアメリカ軍のアフガン爆撃が始まった次の日であり、筑豊闘争団の人々を中心に、直方市で社民党筑豊支部の時局講演会が設定され、佐々木力氏が講演を行った。私の印象ではおよそ一〇〇人ほどが参加していたように思う。筑豊支部はその日アフガン爆撃反対の宣伝行動を行い、集会の集約では支部としての行動を強化することが提起された。
 集会後、筑豊闘争団の方々と会食しながらさまざま懇談した。何かと困難を抱え、国労の将来が不透明であるなかだが、何としても闘いの展望を切り開いていこうとする闘争団の決意には感服した。一晩お世話になった白川さんをはじめ闘争団の方々に御礼を申し上げます。(十二月五日)     


   次は何か?―カブール陥落の意味するもの
             パキスタン労働党書記長 ファルク・タリク                                                                                  


 十一月十三日の本日、北部同盟はカブールを大した抵抗もなしに掌握した。大々的に騒がれてきた、いわゆるタリバンによるジハードは、北部同盟軍の進駐に際してどこにも見られなかった。カブールは、タリバンのどのような真剣な戦闘もなく明け渡されたのである。タリバンおよび彼らの支持者が国際的に作り上げてきた、誰もタリバンをうち破ることはできないとの神話は、カブールのこの屈辱的撤退の後には地球上で数日もたたずに姿を消すだろう。カブールからの撤退は、何人かのメディア関係者が提示してきたような戦術的撤退ではない。そうではなくそれが示すものはタリバン内部を覆う志気の全面的崩壊なのだ。
 
 引き続くパワーゲームと混乱
 
 アメリカが支援する北部同盟は、カブールへの進攻をを止めるようにとのブッシュから北部同盟に向けられた公然たる嘆願からわずか一日後にカブールに入った。その嘆願でブッシュは訪米中のパキスタン軍部の最高司令官ムシャラフを満足させたかっただけなのだ。パキスタン政府は今や、広範な基盤を持つ政府樹立の援助のための国連平和維持軍派遣を国連に要請している。政府の首班がカブール陥落で公然と面目を失った後では、これはまさに彼らが発言できる残されたもののすべてである。。
 一方アメリカは、十一月十二日に起きたニューヨークのもう一つの航空機墜落の後、何らかの勝利を深刻に必要としていた。彼らはまさに即時の大勝利が必要だった。これがカブールに入らないようにとの北部同盟へのブッシュの公開の要求が反古にされた理由である。
 カブールの陥落は、タリバンの絶対的な独裁的性格、その社会的基盤の急速な喪失を示している。普通のカブール市民はこのタリバンに対する勝利を大いに喜んでいるように見える。北部同盟は女性が仕事に戻ってもよいとの布告を第一番目に出した。それはまさしく、帝国主義諸国にいる彼らの主人たちを喜ばせるためのものである。北部同盟多数の女性に関する政策には、タリバンのそれと異なるものは何もない。北部同盟がいったん権力基盤を強化したとなれば、その宗教的原理主義者としての真の顔が明るみに出てくることになろう。
 アメリカ帝国主義は再び「敵の敵は友」の変わりない戦術を用いることになった。旧ソ連との闘いで宗教的原理主義者を励まし、支援することで、彼らは手痛い代償を支払うことになった。しかし彼らはその同じやり口を繰り返しつつある。そして彼らが北部同盟を援助し続けるのであれば、それは極めて短時日のうちに彼らが統制できなくなるもう一つの怪物を育て上げることと似かよったことなのだ。
 
 宗教的原理主義は生き続ける
 
 タリバンがカブールで敗北したとはいえそれは、アメリカ帝国主義にとっての勝利ではいささかもない。彼らは別の宗教的原理主義者グループの支えを得なければならなかった。これらの集団は最初の内は、外見上いくつかの点で変化を見せるかもしれない。しかし彼らもアフガニスタンにおけるイスラム革命という真の目標を変えることはないだろう。
 タリバンはまもなくカンダハルでも同じように権力を失うだろう。山岳部への撤退後のゲリラ戦という彼らの意志にはそれほど大きな重みはなく、彼らは当分の間アフガニスタンから根絶やしにされると思われる。オサマは、多くの他のタリバン指導者たちと共に命を落とすことも考えられる。しかし宗教的原理主義は、これらの最も著名な指導者たちが死んだからといって、共に死滅することはないだろう。
 もっとも、パキスタン国境に連なる部族地域で活動するというタリバンの戦略は大した成功は収めないと思われる。歴史におけるタリバンの章は閉じられた。彼らの権力がアフガニスタンの全域から公式に消えるまでに残された時間はそれほどない。いまや宗教的原理主義は、アフガニスタンやイランでの場合のように国家権力を占拠するためには、長期の時を待たなければならないだろう。しかしそれでも宗教的原理主義が死に絶えることはなく、その勢力の極端な側面は、自殺攻撃やゲリラ活動その他を通じて維持されるだろう。
 
 手詰まりのパキスタン軍事政権
 
 北部同盟によるカブール奪取は、パキスタンのムシャラフ軍事政権にさらなる大きな困難をもたらした。北部同盟のこの行動は、ムシャラフ将軍の戦略に反して実行されたのだ。
 そこではアメリカ帝国主義が二重のゲームを演じたように見える。一方で彼らは軍事政権に、その利益に反することは何もしないことを請け合ってきた。他方で彼らは、北部同盟をタリバンと勝負になるように武装してきた。アメリカ帝国主義は、この戦争で彼ら自身の兵士に死者が出ることを非常に恐れていた。それ故、彼らの戦略は彼らの代わりに仕事を行うよう北部同盟を武装することに置かれた。また彼らは、北部同盟がカブールに前進できるように、充分な航空援護を行った。
 そして今、トニー・ブレアとブッシュの反応もまた、カブール奪取は彼らにとって何の驚きでもなく、彼らが以前から似たようなことを計画していたということを示している。
 パキスタン軍事政権は、事態のスピードとタリバンが戦闘もなしに引き揚げたという二つの成り行きによって不意を打たれた。そこでは、パキスタン人とアラブ人の義勇兵のみが、北部同盟軍によって虐殺されるままにカブールに取り残された。カブールの通りに横たわる彼らの死体は、今後北部同盟によって同じように用いられる手法、戦術を示すものだ。そしてタリバンは、これらの外国人ムジャヒディンを捨て、彼らのためにはカブール陥落までに一晩の猶予を残しただけだった。
 カシミールでのムジャヒディン支援の一方でタリバンに反対するという政策を続行するムシャラフ将軍の戦略は、アメリカ帝国主義によって当座の間は容認された。しかし今彼はそのカシミール政策から後退する以外の他の選択肢はないだろう。テロリズムという同じ課題に関して、二つの政治的立場をとることは不可能だ。どちらか一つが選択されるしかないのだ。
 しかしもしもムシャラフ将軍がカシミールに関してアメリカ帝国主義に耳を傾けないことがあるならば、彼は権力ばかりではなく生命をも失うかもしれない。ブッシュの閣僚はこれまで、彼らを支持したムシャラフ将軍体制の勇気ある、時宜にかなった立場を賞賛してきた。しかしカブールの陥落は多くの物事を変えてしまった。それは、パキスタンに向けたアメリカ帝国主義の戦略の上に、決定的作用を及ぼすだろう。
 今や、いわゆる世界の注目の焦点は、イスラマバードではなくカブールに合わされることになるだろう。イスラマバードはアメリカ帝国主義に対して、パキスタン指導部と交わしてきた約束について、何度でも語りかけざるを得ない。
 しかしこれらの約束の大部分は忘れ去られることになるだろう。北部同盟とアメリカの連合軍がその果実を手にすることになるカブールの陥落、さらに短時日の内に現実のものになるアフガニスタン全土の帰結は、アメリカ帝国主義の心理を変えるだろう。
 
 民衆の苦難は続く
 
 カブールの陥落は、パキスタン当地にいるわれわれから見ても驚きではなかった。宗教的原理主義は、最初から負けるに決まっているような戦争を戦っていた。パキスタンの体制は彼らを見捨ててしまったのであり、そうであれば誰も宗教的感情ただそれだけで戦争を行うことなどできない。それ故われわれは、タリバンは極めて短時間に敗北する、と何度も言ってきた。
 タリバンは、アフガニスタンの民衆が歴史を通じてこれまで知ってきた中では最も嫌悪された政体だった。それは力による中世風の政策を続行しようとした。アフガニスタン民衆は、いくつものこうした政策を受け入れるように強制された。しかし彼らは、アフガニスタンの中でいかなる社会的基盤も決して持ってはいなかった。宗教的原理主義者勢力の各派は、国際的宗教原理主義勢力の支援がまさに加わって持ちこたえることができたような非常に凝り固まった、ちっぽけな少数派だった。
 カブールの陥落は、いかなる安定した体制もアフガニスタンの民衆にもたらすものではないだろう。それは状況をさらに分極化し、内戦に似た状況が依然と同様に継続すると思われる。しかし違いは以下のところにあると思われる。すなわち宗教的分断が後景に退き、民族的分断が前面に出てくるだろうという点である。
 アフガニスタンはあらゆる形態をまとった歴史の一つの雑居状態にある。それはまた、さまざまな民族がそれ自身の部族的独自性をもった錯綜の中にある。
 この混乱した状態は、資本主義の土台の上で解決できるものではない。資本主義はただ、民族的分断をさらに深めることができるだけである。また状況を安定させるためにドルの大量注入が見込まれることもない。アメリカはいくらかのピーナッツを与えた後は、アフガニスタン人同士が好きなように闘い続けるままにするだろう。
 アフガニスタンの歴史は、タリバンの無慈悲な支配の五年間の後で、アフガニスタンにおけるもう一つの権力交代を経験することになった。しかしこの変化は、アフガニスタン民衆の貧困という面では、以前の権力交代と同じように何の変化ももたらさないだろう。
 
 全面的に不透明な未来
  
 アメリカ帝国主義の影響力のもとで幅広い基盤に立つ政府が仮に創出されるとすれば、アフガニスタンにおけるつかの間の、いわゆるリベラルな時期がありうるかもしれない。北部同盟は非常に強力な位置にいる。しかし彼らは自分の条件を押しつけることはできるものの、相争う諸民族を統一することはできない。
 そこでアメリカ帝国主義の戦略は、幅広い基盤に立つ政府を、年老いたザヒル・シャー(前国王)に忠実なものとして確立することとなるだろう。しかし、そもそもこの政府は、状況を統制する力はないと思われるのだから、非常に短時間しか続くことができない。その後のアフガニスタンでは、新しい内戦の局面が現れ得るのだ。
 パキスタン政府は七年間の間タリバンを支えてきた。そして突然それに反対せざるを得なくなった。今彼らは、アフガニスタン内に友好勢力をまったく持っていない。アフガニスタンの政府がもし、パキスタン軍事政権の願望すべてに対立して確立されるのであれば、それはパキスタンとの敵対という新たな局面の幕開けとなる可能性がある。このような環境が生まれるとすれば、パキスタンとアフガニスタンとの戦争という想定も排除はできない。
 
 アメリカ帝国主義の支配に反対を
 
 パキスタン労働党は、アフガニスタン左翼の小さな勢力が、手にできるであろう限られた時間を活用し、アフガニスタン内部に彼ら自身を建設するよう援助するつもりである。週刊『マズドゥール・ジェドジャード』は、アフガニスタン革命的労働者団との親密な協力の下でパシュトゥン語での月刊紙を印刷する計画を進めている。
 左翼は国際的に、戦争とアフガニスタンへの新たなかいらい政権の持ち込みというアメリカ帝国主義の戦略に対する反対を続行しなければならない。戦争はまだ終わってはいない。それは新しい局面に入ったのだ。平和運動と結びついた反グローバライゼーション運動が続行されるべきである。
 一つの原理主義者集団は去った。しかしアメリカの援助を得た別の原理主義者集団が権力に手をかけた。もっと望ましい民主主義的社会主義の変革のためには、カブールでのこの新しい変化に反対する以外に道はない。(パキスタン労働党のウェブサイトよる訳出。中見出しは訳者)
 

第四インターナショナルの声明
「この戦争は全民衆への軍事報復行為である」


九月十一日の攻撃とアフガニスタンへの攻撃に関する第四インターナショナル国際執行委員会の決議
 

 
T
 
 アメリカが発動した帝国主義の攻撃は、歴史上はじめてアメリカの心臓部そのものを直撃した二〇〇一年九月十一日の攻撃に対する反撃とされているが、正当な自衛の行動ではない。それは全民衆に向けられた軍事的報復行為であり、先だってのセルビア民衆や一九九一年以来今日までのイラク民衆と同様に、民衆はその支配者たちへの処罰の名の下に、現在爆撃にさらされている。
 またこの攻撃は「テロリズム」を根絶する手段でもない。反対に、テロリズムにたいして帝国主義の国家テロで応えることで、被抑圧民衆のなかに憤激と憎悪を増大させている。それは自らの陣営に属さないというだけでどんな人間の生命をも侮蔑することを抑圧者と同等に分かち合っているような人々のテロリスト的無分別を育ぐくんでいる。
 この第三番目の攻撃は、アメリカの軍事費が一九九九年以降に再び増大に転じるなかで行われている。軍事費は数年の間いわゆる「冷戦」期の平均レベルに落ち着いていた後に、上昇に転じたのだ。
 この十一年間の三番目として、アメリカは新たな、大規模な帝国主義的攻撃に身を投じ、それによってポスト冷戦期における覇権主義的、干渉主義的路線選択を確固としたものにしている。
 新たな重大な段階として、コソヴォ戦争に際して踏み出した段階を引き継ぎ、NATOの地理的制約のない軍事干渉同盟への転換が採用されてきた。
 
U 
 
 抑圧者の行為がいかに恥ずべきものであり、嫌悪すべきものであろうとも、人は 非戦闘員である市民たちの大虐殺、いわんや九月十一日に行われたような恐るべき大量殺戮はいかなる意味でも正当化はできない。
 ここにおける問題は、革命的人道主義、すなわちすべての抑圧者に対する闘いにおける社会主義者、国際主義者の道徳的優位性を裏打ちする基本問題だけではない。さらにまた闘いの性質およびその戦略的前提条件への自覚が問われているのである。
 帝国主義の支配はただ、二つの前提条件において打倒されうる。すなわち被抑圧国家における被抑圧民衆の大衆動員、および政府が遂行している帝国主義戦争に抗する、支配的国家内部での大衆運動の圧力、である。
 この観点から九月十一日に発生したような忌まわしい攻撃は二重に非道である。
*陰謀的ネットワークによって遂行された攻撃は、彼らが擁護すると主張している人々を、二つのテロリズムの衝突に対する無力な傍観者の地位へと引き下ろした。
*彼らが闘っている国家の民衆を無差別に虐殺することによって、彼らはこれらの人々をその政府に走らせ、それを通じてそれらの政府が好戦的、抑圧的政策を強化するままにさせるのだ。
 これらの攻撃は反帝国主義とは何らの共通点もなく、反帝国主義の歪んだものですらない。大規模なテロの使用は民衆の基本的権利を抑圧する反動的な政治、運動の表現である。
 ビン・ラディンタイプの原理主義者は資本主義を支え、防衛しているのだ。彼らはブルジョアの一部やサウディ君主政治、パキスタンやスーダンの独裁制のような反動的国家機構の諸々の機関と結びついているか、あるいは結びついてきた。
 これらのグループはムスリム民衆に、偏執的で宗教的な、反帝国主義というよりは反西洋、反シオニズムというよりは反ユダヤ主義の思想を押しつけようと望んでいる。彼らはタリバン体制のような超反動的神聖政治の政治体制を押しつけようとし、その反動的目的を覆い隠すためにパレスチナの運動を利用している。

V

 これらと好一対なものとして、帝国主義国家や従属的な国々でのブルジョア独裁のテロ行為は、「テロ根絶」と市民防衛の名の下に行われているが、それはただ市民をさらなる深刻な危険にさらすだけである。
 社会的公正さを欠いた政治的軍事行動の暴力は暴力を生む。抑圧者が発動する手段が圧倒的であればあるほど、被抑圧民衆の中で個々の反抗がおきてくることになる。それらの人々は、「別の側」、対立する陣営に最大の苦痛を与えるために最悪の極端に走るつもりであり、そして、不可避的に最も無防備な、すなわち市民を標的とするのである。
 テロリズムの真の根絶は、その欠かすことのできない前提として、すべての形態のテロリズムの根絶にある。それは政府によるかテロリストグループやネットワークによるかを問わない。それは物理的暴力によって持続されている政治的、社会的不公正が除去されるときにのみ可能である。
 自己決定権への民衆的権利を全面的に与えるための条件がどこでもつくり出されなければならない。すなわち、すべての国々における市民的自由と政治的民主主義、すべての民衆の自己決定権、そして法と平和に基礎を置く国際的関係の再組織が必要である。
 人間の生命への尊重が選別的であってはならない。
●イラクへの経済封鎖。それは過去の十年間においておよそ百万人の市民の死の原因となったし、国連の統計によれば毎年十万人を殺している。その半分は幼児である。これは停止されなければならない。
●銀行と富裕な諸国によって被抑圧国に課せられている債務は飢餓と貧困を恒常化し、かつ発展を阻んでいるが、それは帳消しされなければならない。
●世界の最貧地域、とりわけアフリカにおいて全住民を破滅させているエイズのような伝染的疫病を一掃できる薬品の大量生産と配布が義務とされなければならない。
 
W

 九月十一日にアメリカを襲ったテロリストの偏執の特別な源は、アメリカ政府によって育成され肩入れされてきた風潮の中にある。アメリカ政府とその石油の要塞、サウディ王制―世界の最も蒙昧で反動的な国家―は、進歩的民族主義や「共産主義」と闘うなかでイスラム原理主義を広め利用してきた。
 この利用はアフガニスタンでの二十年に及ぶ原理主義の分派を共通に援助するということで頂点に達した。魔術師の弟子として振る舞いつつ、こうしたやり方で、彼らが教え込んだ方法を今現在彼ら自身に向けている者たちの訓練をしてきた。
 西側帝国主義は不断に限りのない冷笑的態度と偽善性を露わにし続けている。この原理主義がイランの場合のように反西洋の顔をとるとき、彼らは民主主義と女性たちの権利の名においてイスラム原理主義の敵であると断言する。他方、そのイスラム原理主義がサウディ王制の顔をとるときには、最も完全な専制主義と最もひどい女性抑圧に抗する言葉を彼らは一言も持たない。サウディ王制は、世界の主要な石油の宝庫であるアラビア半島の資源開発に免責特権を与えられた帝国主義の道具なのである。
 
X 
 
 石油―資本主義システムの中心的靱帯であり、エコロジカルな不安定性の主要な原因である―は常にこの地域での帝国主義政治の中心的動力であり続けてきた。このことは、ブッシュ親子政権のような直接に石油利害を代表する政権が座につくときにより明白になる。
 これが、いかにして「反テロの闘争」という口実がこの装いとは無関係な計画の口実となるのかの理由である。アメリカは一方的に地球的な判事、陪審そして執行官を独占し、自らを法の上に、いかなる国際的法規制の外部におきつつ、世界の残りにはその命令を押しつけてきた。
 当初は数千人のテロリストネットワークの破壊を目標とした軍事警察行動としてアフガニスタンへの攻撃が示された。
 作戦の真の目的は極めて早く浮かび上がった。すなわち従順にアメリカ政府に従う別種の原理主義者たちやあらゆる種類の反動主義者たちの一群をカブールの権力の位置につけることである。
 手短にいえば、作戦の今日における真の目標は、四半世紀にわたるアメリカの不断の努力をその頂点に押し上げることである。それは地域全体を支配し、アフガニスタン支配を樹立することであり、隣接するパキスタンにおいて完全なものとなる地政学的計画の足場にすることである。
 当初、その主たる目標はソ連邦を揺さぶることにあった。ソ連崩壊後、アメリカ石油会社と政府の目的は、彼らの手中に中央アジアの化石燃料資源の確保に置かれた。   
 ただこれらの経済的、政治的計画だけが、アルカイダ・ネットワークのみが爆撃されたのではないことの理由を説明する。アフガニスタンへのコントロールを手中にするために、都市と他の住民の結集の場がアメリカとイギリスの空軍によって、「反テロ闘争」の口実の下に爆撃されているのだ。
 すでに爆撃によって直接にもたらされた数多くの犠牲者たちを別にして、おそらくは数十万人規模の犠牲者をもたらすであろう真に人道的災禍を引き起こす条件が作られている。さらに、現在の「テロリズムとの戦争」における帝国主義の目的がこのようにあいまいな性格であるから、計り知れない影響を持つ核兵器が使用されれば疑いのないことだが、事態は予測しがたい結果を伴う暴力のエスカレーションへと導かれることがありうる。核の使用はすでにアメリカの支配層内部で話し合われているのである。
 西側帝国主義の攻撃はいくつかのイスラム諸国で権力闘争を生み出しつつあり、その最も弱い環はパキスタンである。このようにして西側帝国主義の攻撃は、宗教的偏執者を、核兵器能力を持つこの国の権力の座につかせることもありうる条件をつくり出しているのである。
 
Y 
 
 国際主義的急進左翼は今日、いくつかの戦線での闘争において緊急の課題に直面している。
□アフガニスタンへの野蛮な爆撃を即時に停止させること。アフガニスタンの女性たちの権利とアフガニスタン民衆の自己決定権を防衛すること。
□イスラエル政府によって遂行されているパレスチナ民衆に対する恒常的攻撃と国家テロの殺戮的エスカレーションに緊急に終止符を打たせること。パレスチナ民衆の正当な権利を防衛すること。
□人命を危うくするイラクへの経済封鎖を解くこと。ロシアにおいてプーチン政府のチェチェン民衆への殺人的攻撃を止めさせること。
□パレスチナやコロンビア、アイルランドに関して行われている交渉に関し、これらの国々を、世界規模の「反テロ闘争」の軍事的対象として考慮するように脅迫す帝国主義の圧力を告発すること。
□人種主義と闘い、難民の権利を防衛し、他方において原理主義者のテロと闘い、一切の妥協を排してあらゆる形の偏執と闘うこと。いわゆる「西側の優越性」についての説教や移民たちが直面している西側諸国における人種主義の台頭を正面から告発すること。
□西側諸国における市民的自由と民主的権利への正面攻撃に対する反撃を組織すること。警察による監視の拡大の対象となっているものは、もはや移民コミュニティだけではない。ほとんどすべての社会運動もそうである。シアトルからジェノバに至る、プラハとエーテボリを経由した新自由主義的な資本主義のグローバライゼーションに対抗する力強い運動の高揚を崩す狙いを持った抑圧のエスカレーションがこのようにして再武装され、固められている。
□大量のレイオフと闘うこと。レイオフのために経済危機が口実に使われるが、まさにその瞬間において政府は絶え間なく公的資金を費やし、資本家の多くの部門での利益低落を埋め合わせているのである。
□核軍縮と軍事費の急速な削減のために闘い、社会的費用と大量の開発援助に置き換えよ。
□WTOの枠組みにおける新たなラウンド交渉開始と闘うこと。それは世界の最貧困民衆への巨大なコスト押しつけの下で、農業と公益企業への新自由主義的攻撃を拡大することを狙いにしているのだ。
 そして
□タックス・ヘブンとマネーロンダーリング・ネットワークの除去を求め、同時に資本移動のコントロールと課税を要求すること。
 闘争においては大衆的動員の形態が多様であり、また参加の動機がさまざまであることを尊重しつつ、国際主義的急進左翼は、これらの資本主義的グローバライゼーションの攻撃のさまざまな側面に抗するすべての大衆闘争を前進させる義務を負っているのである。