2002年3月10日        労働者の力               第 144号

 
 賃下げ・首切りと闘う労働者の共同戦線を!

労働時間規制を労働者の手に取り戻せ
坂本 二郎
 


 賃上げ自粛、大量首切りの嵐が小泉改革とともに吹き荒れている。小泉首相を先頭にした与党は首切りの自由を掲げて、大失業時代をつくり出している。労働界はかつてない危機に直面している。連合も賃上げ要求組と自粛組に分極化し、NTT労組のような大リストラ首切り積極推進の組合も飛び出した。危機の労働運動にあって独立派労働運動はどのような展望で闘いを組織しようとしているか―坂本同志に聞いた。(三月五日収録。聞き手は編集部)

分解した02春闘の枠組み

 春闘の季節だが、春闘といっても様変わりしていて以前ほどの迫力は感じられない。しかし現状では労働者は生活破壊にさらされている。どうして生活を防衛していくのか、闘争としてそれをどう実現していくかということが最大の眼目になっているだろうと思う。具体的なことは多々あるだろうが、とりあえず考え方の大きな枠組みは連合、全労連、全労協それぞれどう立てられているのか。
 
 春闘全体の取り組みについていえば、連合は周知のように賃上げの統一要求は放棄し、雇用安定協定や日本型ワークシェアリングを今年の春闘の軸に据えている。連合自身の問題意識は相当に拡散していて、たとえば昨年の連合大会では「全労働者の代表としてふるまう」と決議し、主要に組織化の問題に力を入れる、つまりパート、非正規雇用者にきちんと取り組むことを打ち出した一方で賃金要求自粛を打ち出す。会長と事務局長のスタンスが相当に違うともいわれるが、実態として拡散している。賃上げについては自動車はベア一〇〇〇円、造船重機、鉄鋼、電機、電力、NTTはベア要求せずという事態になっている。
 全労連は医療費改悪の問題、リストラ首切りに対抗するということを中心にしている。
 全労協は比較していえば力がないから、解雇制限法制定を軸にした全労働者の共闘を中心においている。雇用問題では政府の側で「解雇自由法案」、「首切り自由法案」である解雇のルールづくりをすすめているが、そこに対象を絞って、大きな労働者の運動を組織すべきだと提起している。大きな共闘をつくるために全労連との定期協議をおこなっている。連合にも呼びかけたが連合は断ってきた。
 大枠的にいえばこういう状況だ。
 
挫折した連合の雇用安定協定
 
 全体として雇用をいかにして守るか、失業への取り組みを含めて労働者にとっての最大の関心事と思う。失業率が多少下がったと報じられているが、実際には職安に行かない人々が大量に出ているわけだから、話にならない。雇用問題への取り組みとして連合が雇用安定協定を求めているということだが、仮にそれが実現したとしてもせいぜい大企業での話であり、それも実質のあるものはとれないと思う。膨大な中小企業労働者などにはなんにもならないということではないか。
 
 実際に雇用安定協定はとれていない。交渉の過程で連合の大手の雇用安定協定は企業によってみんな拒否されている。なぜ企業だけが縛られなければならないのだ、組合の口出す問題ではないと。結局賃金を低くして雇用安定協定をという連合、とくにJCの勝手な思惑はほとんど挫折している。しかも典型といえるのが、松下の家族的経営、労働者を大事にして首を切らないという建前が完全に崩壊したことだ。松下の建前は実はインチキで、直営工場の中に圧倒的に大量の偽装請負、実質は派遣労働者が含まれている。この人々が整理された上でなおかつ一万二千人ほどの首切りを行うということになっている。この後者には一応は二三ヶ月、二四ヶ月の割り増し退職金が支払われるが、同じ工場の中に偽装請負という名で実際に入っている派遣労働者は会社の安全弁として整理された。この人々は正社員と実際にラインを組んでいる人々だ。これが一つの典型としての例である。

反失業闘争とワークシェアリング―労働時間規制が焦点

 日本の場合、雇用形態が企業単位、企業別組合だから、雇用問題がどうしても企業内問題になってしまいがちだが、しかし本質的には社会の問題だ。社会全体の失業問題対策や雇用政策というところがないと企業事情で押し切られてしまう。たとえばワークシェアリングが端的な例だが、社会総体でのワークシェアリングでないと意味はない。
 個別資本の本音は総人件費削減にあり、それを企業間競争を口実に押しつけようとする。それが首切りになるのか、一人一人の賃下げになるかは経営者にとって本質的ではない。
 全社会的問題というのは残業、サービス残業の問題を見た場合すごくわかりやすい。残業規制違反の罰金をべらぼうに高くすれば、企業としても損得勘定しなければならず、すぐに雇用需要が出てくるはずだ。そうした形を含めた労働時間規制、資本に対する社会的規制をかぶせていくという闘いが必要なのではないだろうか。
 
 労働時間を全体として社会的に一八〇〇時間に規制する動きが進んできた。週休二日制、週四〇時間労働はようやく定着しはじめてきた。しかしヨーロッパではさらにフランスの週三五時間制などの動きが進み、雇用拡大、失業対策という点で、日本の週四〇時間制というのは、すでに相当に遅れたものとなっている。フランスは時間短縮により五〇万人規模の雇用創出を期待し、オランダでの取り組みでは失業率が十二%から二・六%にまで低下した。こうした労働時間短縮による雇用の創出が国を上げて取り組まれているのがヨーロッパにおける「ワークシェアリング」である。
 ところが日本の場合は労働を時間で計るのではなく成果で計るという流れが浮上した。そのなかで年俸制が急ピッチで導入されたり、裁量労働制の枠が拡大されるということになっている。
 今の日本では、こういうところをきちんと規制し、労働時間を軸にした雇用の安定、つまり週四〇時間労働制度を社会的に完全に定着させつつ、残業に対する割増賃金を五〇%、一〇〇%と大幅に引き上げ、残業させるよりは新たに雇用した方が有利だと企業が判断するという関係を社会的につくり出すことがなければどうにもならない。週四〇時間への時間短縮への流れが国際的圧力も含めて進み、労働時間は週四八時間から四〇時間へと進んだ。
 しかし経営サイドは基本的にはこのことをいかにくぐり抜けるかを課題として、年俸制、裁量労働制を導入してきたわけだ。これはさらに進められて、たとえばホワイトカラーを労働基準法の時間規制からはずす動きが準備されていたり、裁量労働枠のさらなる拡大、年俸制―年俸制は賃金問題で本来労働時間とは関係ないもののはずだが―を、今言ったようなホワイトカラー労働を時間規制の適用除外の動きと結びつけようとしている。法はそうなっていないのだが実態的にそのように動いている。
 労働法制の抜本的改革といわれるものの軸は、おそらく一つは解雇自由のルールづくり、二つは労働を時間で計ることを止め、成果で計るということを法体系化すること、三つ目は短期雇用労働を例外でなく常態化すること、だろう。
 こうした労働法制改悪の動きと、労働時間規制を軸にした「ワークシェアリング」の視点とはまったく相容れない。
 現在、経営側は「緊急避難型ワークシェアリング」を主張しているが、そこではドイツのフォルクスワーゲンの「賃金引き下げを伴う労働時間短縮」が良く例に出される。だがこのフォルクスワーゲンの例でさえも、週労働時間を三五時間から二八・八時間に短縮しつつ、諸手当でもって月収分は維持するという対策が取られている。ライン労働であるから労働時間の短縮は雇用の拡大につながるわけだ。ここでも時間規制概念は作用している。
 だが、日本における裁量労働制、見なし労働制を基礎としたものは、規定の基準が全くない、秩序のないものにつくりかえられている。そこでの社会的規制の全くないところで、政・労・使―最初は日経連と連合が「雇用安定の共同宣言」というものを昨年出して、そこで経営側が雇用安定のために努力する、つまり解雇しないよう努力する、組合側が賃上げ要求を自粛する、という基本合意を行った。これではどうにもならない。労働時間規制、裁量労働制打破ということを基本にした闘いを職場にどれだけ浸透させていくか、ここからしか始まらない。
 
入り口としての残業規制 
 
 労働時間規制を考える上で、日本では残業の問題を避けては通れない。日本の多くの企業では残業手当が基本賃金の一部に組み込まれているという状況がある。多くの町工場はそうだ。残業手当が基本賃金の一部になっているところでは、残業規制闘争はやりにくい要素があった。しかし労働者個々人の日常生活の維持というところから見れば、残業のない方が健全なわけだ。状況はさまざまだが、いずれにせよ残業規制闘争はあまりやれてこなかったことは事実と思う。それをいつまでも繰り返していてはどうにもならない。見通しの立て方としてはどうだろうか。
 
 幸か不幸か、景気が低迷しているから年間労働時間が一八三〇時間ほどになったと発表されている。残業したくともなかなかできないという形で客観的にはすすんでいる。ところが他方ではめちゃめちゃに働いている部分もいる。これは多くはサービス残業であって、そうした労働を強制的にでも止めさせるということも必要だ。さまざまなところで摘発運動などが闘われている。たとえば東京の東部労組では昨年「残業一一〇番」を設けてサービス残業規制や未払い残業を一斉に追求する運動を展開した。
 自治体の場合では、仕事量が増えているが総定員法の制限で人を雇えない。そこでは超勤はやむを得ないのだという論理になってしまうところもある。
 
自治体との闘争−委任闘争としての大労組の社会的責務 
 
 自治体労働者には自治労という強力な労働組合がある。不安定な中小零細企業労働者とは力量的には比較にならない。そこの強力な労組がその安定した基盤を利用して、いわばチャンピオン組合として闘争を組織すべき位置にいる。こうした強力な労組には、多くの人が目標とすべき労働条件をつくり出す責任があるといって言い過ぎではない。そうした労組が、業務が多く要員が少ないから超勤は仕方がないという論理展開の仕方をしていれば、民間はますますそうした「仕方がない」論に落ち込んでしまう。公務労働でもサービス残業は違法なのだから、ワークシェアリング論の前提としての時間規制の闘いを積極的に仕掛けていく必要がある。そこで業務が混乱することは当然だが、全労働者の代表として、あるいは委任された闘争として闘いを展開することが、労働時間規制問題を社会全体の問題として拡大する一つの方法であると思うのだが。
 闘争による業務の混乱は、この社会における労働者の位置を社会に強制的に認知させるものでもある。新自由主義が蔓延させてきた「労働への侮蔑」を逆転させる、労働者の誇りを取り戻すという闘争の本来的意味を表現する攻勢的な位置づけも必要のように思うが。
 
 自治体ではワークシェアリングを意識して超勤を規制しているところが増え始めている。秋田県庁の場合は夜八時には電気を切るということをはじめている。秋田県を含む東北地方の場合だが、新卒の高校生の就職率がべらぼうに低い。自治体労働者の場合、そうだったら定員法の枠外で可能なだけ新卒生を雇ったらいいじゃないか。その財源は国から引き出す。逃げ出す企業から、あるいは自分たちの労働の規制、これらから財源をつくりだそう。こういう議論の中から闘いが始まれば、自治体労働者に対する「サボ」非難がしかけられたとしても、社会的支持は受けられる。つまり、自治体労働者がチャンピオン闘争をしかけ、それが掲げる時間規制が具体的に新たな雇用の拡大につながる、ということを提起していけば堂々と闘いが展開できる。自治体の首長が人気取りのためにはじめた動きにつけ込んで、自らの闘いを展開することはできない話ではない。むしろそうした闘いが社会から評価され、後押しされる、そうした時代になりつつあると感じる。
 だから、自分たちの労働時間を守るために闘うということ、チャンピオン闘争として展開するということは、はじめから社会的な、地域的な、新しい雇用を創出することと関連させる、あるいは公務労働の内容的あり方と関連させて提起することが、鋭い闘いの必要条件である。
 
中央権力との闘い―地方から攻め上る 
 
 その場合、闘争の組立として、どこをねらうか、あるいはどこを敵として絞り込んで闘うかという問題が出てくると思う。中央権力は時間規制問題は厚生労働省になるだろうが、それをどう攻めるかということと連動させる問題設定が必要だと思う。今の日本の雇用状況はまさに悲惨なものだから、責任省庁である厚生労働省の一階ロビーを占拠してしまうくらいの闘いが提起されておかしくない。
  
 たしかに運動が目に見える形で突き出される必要はある。この間、厚生労働省前で、解雇制限法制定要求のチラシ撒きを行っているが、迫力には欠けている。赤旗が街頭に林立し、アジテーションがあちこちでなされるという春闘の雰囲気ではないのは確かだ。今年は四月十七日に東京に全国から集まって、それぞれの闘争を持ち寄り、厚生労働省に押し掛け包囲する。とにかく見える闘争をやろうじゃないか、ということで計画がされている。全体的にあきらめ気分があり、しゃあないやという雰囲気があるが、その状況を吹っ切って、みんなの怒りをつなげることができればいいと考えている。
 他方、いまは「宗男問題」で揺れているが、それが収まれば有事法制問題が出てくる。医療費問題に始まる、痛みを押しつける小泉「改革」NO!の課題を合わせて、三つの課題で春季闘争を押し上げていこうと思っている。
 今は全国各地で闘争が組織されているときだが、地区では至る所に闘いの対象、争点が見つけられる。それも抽象的にではなくリアルに。各地区それぞれ違ってもいい。たとえば福岡では次々と企業が社会保険から離脱しはじめている。払えない、というわけだ。社会保険庁を民営化するという。小泉は今、効率のいい運営を考えている。とすると、取りはぐれそうなところには離脱を進める。脱法行為を奨めているわけだ。福岡では社会保険から離脱する企業を攻めると同時に、社会保険庁の指導責任を問う闘いを組んでいる。保険庁は何を指導しているのだ、逆だろう、と。経営困難になったら国庫から融資ができないのか、と。
 京都では前にあげた松下の直営工場がもぐりの派遣受け入れを大々的にやっている。なぜそれを規制できないのだという闘いが組まれている。あるいは今国に対して直接に「解雇制限法を作れ」といっても、力関係から難しいとしたら、手の届く地方の自治体に解雇制限の条例を作らせろ、という議論がある。解雇制限法のための署名運動などはもちろん継続するが、もっと多彩な具体的運動で迫ってみようという発想である。
 東北がNTTと郵政問題でキャラバンを組織し、自治体を攻めようとしているが、そういう闘いを全国各地で組織しようとしている。
 これがこの春の闘いとして枠組み的に考えていることである。
 
今後の見通し―苦しいが手応えはある
 
 最後に。運動はしかしながら苦しい状況が続くと思うが、ヨーロッパでは九〇年代半ばから逆転し始め、いまイギリスはストライキが波状的に組織されている。それと比べて日本の状況をどう考えているだろうか。
  
 連合がその中身は問わないとして「全労働者の立場に立って」と表明したり、非正規雇用労働者やパート労働の組織化をすすめたりしなければならない状況になっている。労働者の層の変化がある。課題の一つに雇用保険の改悪がまた企画されている。これとの闘いを労働団体の共通の取り組みとして行く闘いが浮上しているが、たとえば大量のリストラをした大企業が雇用保険を多く負担せよ、とかの提案をしていこうじゃないかというような話が出ている。このように個々的には横断的な運動の可能性は基盤的には出ている。それを拡大していくためには推進する力量が必要だが、見通しを聞かれても困るところだ。しかし若干の手応えを感じはじめているというところである。
   
 どうもありがとうございました。

鉄産労、強権的労務政策を覆す

十五年の長期闘争に勝利
 


 一九八七年、当時の国鉄当局が行った不当労働行為―強制配転―に対して、鉄産労(本部・仙台市。酒井実委員長)は、この十五年間、一歩も譲らず闘い抜いてきた。そして鉄産労に結集する組合員の固い団結とねばり強い闘いは遂に本年三月、会社側を屈服させるに至った。組合の要求は実現された。以下に鉄産労の声明を掲載する。

■声明■

仙台駅強制配転闘争勝利!

二〇〇二年二月二十七日
鉄道産業労働組合第十六回中央委員会

 我々鉄産労は本日遂に、十五年間に渡り闘い続けてきた仙台駅強制配転闘争の勝利を、全国の仲間の支援の下に闘い取った。
 国鉄分割民営化の直前、一九八七年三月十日国鉄当局は、国鉄分割民営化に反対する我が組合員十三名を有無を言わせず運転職場から業務命令をもって仙台駅営業係を発令し、飲食店、売店、本屋に強制配転を行った。
 組合は直ちに仙台地裁に強制配転無効の仮処分申請を行ったが、仙台地裁は実損がないとして申請を却下した。
 国鉄は一九八七年四月一日、北海道、東日本、東海、西日本、四国、九州旅客鉄道株式会社、貨物鉄道株式会社の七社に分割され、民営化された。
 国鉄分割民営化に反対した国鉄労働者は北海道、九州を中心に一〇四七名が不採用となり、採用された労働者には「血の入れ替え」と称する他職への強制配転、組合脱退強要、退職強要、賃金差別が国家的不当労働行為として行われた。
 一九九〇年七月、組合は、就業規則の改悪による基本給の減額に抗し、不当労働行為と損害賠償請求を求め仙台地裁に提訴した。
 一九九七年一月、仙台地裁は、「不当労働行為は存在しない」「基本給が減額されても毎年定期昇給がありそれで補填されている」との屁理屈を並べ組合の請求を却下した。
 組合は不当判決に抗議し、直ちに仙台高裁に組合員の原職復帰と未払賃金請求の控訴を行った。
一九九九年四月、仙台高裁は、「長期間に渡って営業職に配置した事は不当労働行為の意思に基づく不利益扱いである。」「定期昇給は基本給の減額を補填するものではなく、減額した賃金を支払え。」との逆転判決を下した。
 この判決を受け組合は、自主交渉による解決を求めたが、会社は最高裁に控訴し、組合との交渉を拒否した。
 二〇〇〇年二月、最高裁は、会社の上告を棄却する判決を下した。
 組合は再度、自主交渉による「不当労働行為の謝罪、運転士への原職復帰、賃金の未払請求」の解決を求めた。
 会社は高裁判決には、不当労働行為への謝罪も、原職へ復帰させよとも書いていない。損害賠償金は支払っている。今後も、争議を金で解決する意思はない。との立場を繰り返し、判決以外の交渉を一切拒否した。
 二〇〇〇年四月、組合は、不誠実団交と組合員が営業職に留め置かれている事は不当行動行為の継続であるとし、宮城地方労働委員会に救済申立を行い、同年十二月、実損回復の損害賠償を求め仙台地裁に提訴した。
 宮城地労委は、労使双方に対し自主交渉の解決を求めたが、会社は不遜な態度を取り続け、管理能力のない無責任な態度を露呈した。また、仙台地裁の第一回公判の場にはだれ一人として出席せず、書面だけで「全面的に争う」との態度を明らかにした。しかし、裁判長から最高裁の判決で確定した事件でもあり和解できないかとの勧告を受け、宮城地労委での調査と平行し、六回に渡る和解交渉が行われ、別紙の和解が本日成立した。
 会社はこれまで「司法の判決には従うが、争議を金で解決する考えはない」と自主交渉による解決を一貫して拒否してきたが、一転して自ら司法の場で和解を求めてきた事は、どのように言い逃れをしようとも「不当労働行為の事実を認め、未払賃金を賠償金で支払った」ものであり、みせしめ人事と、賃金差別を「てこ」とした労務政策の全面的敗北である。
 仙台駅強制配転闘争の勝利は我が鉄産労と国鉄闘争を共に闘ってきた全国、地域の仲間の勝利である。
 全国の闘う労働者に改めて感謝の意を表明する。
 我々はこの勝利を第一歩とし、一〇四七名の闘争団の原職復帰、国家的不当労働行為粉砕勝利まで、共に闘う決意を明らかにする。
以上

●経過
 八七年三月 組合員十三 名が仙台駅の飲食店、売 店等に強制配転される。 (兼務発令)
八七年三月 仙台地裁に配 転無効の仮処分申請   (棄却)
八七年四月 国鉄分割民営 化強行、配転組合員十三 名はJR東日本の社員発 令
八八年四月 兼務発令解除 仙台駅営業係となる。
九〇年四月 基本給二〜三 号俸減額される
九〇年七月 仙台地裁に不 当労働行為に対する損害 賠償、賃金の回復を求め 提訴
九六年一〇月〜九七年四月
 飲食店等の外注化、統廃 合で十二名の組合員原職 に戻る
九七年一月 仙台地裁請求 棄却の判決(組合、仙台 高裁に提訴)
九九年四月 仙台高裁、不 当労働行為を認定、会社 に損害賠償を命ずる逆転 判決
九九年六月 高裁判決に基 づき会社に謝罪、原職復 帰等を申し入れ。会社は 最高裁上告、係争中を理 由に申し入れを拒否。
〇〇年二月 最高裁、会 社の上告を棄却(会社の 敗訴確定)
〇〇年二月 最高裁判決に 基づき会社に謝罪、原職 復帰、未払い賃金等を申 し入れ。会社は不当労働 行為はしていない、判決 は原職復帰を命じていな い、賃金は就業規則によ ると最高裁判決より会社 の決定、就業規則を優先、 組合の申し入れを拒否。
〇〇年四月 宮城地労委に 不当労働行為救済申立  (不誠実団交)
〇〇年十二月 仙台地裁へ 未払い賃金の損害賠償請 求(高裁判決以降分)
〇二年二月二十七日 会社 と、不当労働行為を認め 減俸した未払い賃金五五 万円を支払うことで和解
〇二年三月一日 最後まで 強制配転となっていた組 合員が運転士として原職 に復帰
〇二年三月四日 宮城地労 委不労行動行為救済申立 取り下げ
        以上

       ポルト・アレグレに何万と結集
          
ソーシャリスト・アウトルック紙特派員                                             

 第二回世界社会フォーラム(WSF)の規模の実態を一言で言い切ることは非常に難しい。一万五千人の代表の参加があり、青年のイベントにはほぼ同数が参加し、さらにオブザーバーとして、あるいはデモに三万人の結集が付け加わった。
 結集の規模がこれほどのものになったことには、二つの理由があった。一つはブラジルにおける大衆動員の規模である。代表団の半分以上はブラジル国内からであり、他の参加者の中でもブラジルの人々は高い割合になっていたと思われる(ポルト・アレグレはブラジル最南端の都市―編集部)。もう一つの理由は、第一回会合(二〇〇一年一月)の成功がつくり出した威信である。この成功により世界社会フォーラムは、帝国主義的グローバライゼーションに対する反対とそれに関する討論の世界的焦点になった。
 世界社会フォーラムは意識的に、政治的多様性の場であった。そこでは論争と議論が強調されていて、決定は、平等な幅広い動員を支えるために抑制されている。討論の中ですべての人々の気が変わったのかどうかは分からない。しかし確実に多くの人々は八〇〇ほどにもなるワークショップの中で多くを学んだ。これだけの数の人々が一堂に会したというはまた、参加するということ自体に意味があるということを越えて、さらに確実に進んでいるとの思いを強めるものだった。
 そこには活動家がめざすべき、地球の悪人たちに対する反対が世界的な広がりを持ち、真に巻き起こりつつあった。世界社会フォーラムのスローガン、「もう一つの世界は可能だ」は多くの人々にとっては弱いと見られたかもしれない。しかしそれは、今の世界以外の選択肢はないとブッシュが世界を納得させようとしている時にあっては、出発点としてまさに適切である。
 しかしながら参加の程度には大きなギャップがあった。アルゼンチン、フランス、イタリアの大派遣団は、これらの国々での動員の成功を示していた。しかしそれは他の国々での弱さをも明るみに出すものでもあった。アフリカ、アジアまた旧東側ブロックの参加者は特に非常に弱いものだった。そしてこのことは来年の世界社会フォーラム(ポルト・アレグレを予定)の組織化に際しては一つの問題点になるに違いない。こうした中でインドでの二〇〇四年会合に向け発展中の運動があるし、世界のさまざまな地域での地域会合に向けた計画もある。
 フォーラムで表現された政治的多様性もまた大きかった。チョムスキーやベンサイドらの著名な研究者、さらにボベやスーザン・ジョージのようなNGO指導者、活動家がフレイ・ベットのような解放の神学者やさまざまなノーベル平和賞受賞者、さらにブラジル労働者や貧農の急進的見解という広大な広がりとふれあった。コフィ・アナンは高官とメリー・ロビンソン国連人権高等弁務官を送り込んだ。後者はあるセミナーでの主講演者であった。
 特にブラジルでのいくつかの出来事は、フォーラムに一定の衝撃をもたらした。PT(労働者党)右派のポルト・アレグレ市長とPTトロツキスト派の州政府の間の公然たる分裂というものが最終日のブラジルメディアのトップニュースを飾った。知事をめざすキャンペーンを市長は「トロ」とスターリニストに対する口汚い攻撃で開始したのだ。フォーラム期間中の他の二つの出来事もまた、ブラジルの状況を照らし出すものだった。一つは、土曜日サンパウロで、CUT(労働組合連合)事務所が 破壊されたことである。そしてもう一つはフォーラムの現金支払機への武装襲撃である。これは強盗の一人の死をもたらした。そして後者の出来事の悲劇的逆説は誰にとっても意味のないことではなかった。
 世界社会フォーラムの中での第四インターナショナルの関与は印象深いものだった。これは、リオ・グランデ・ド・スルー(ポルト・アレグレはその州都)における同志の強さと世界社会フォーラムの重要性に対するより広い認識の双方を反映している。それぞれ六〇〇名、四〇〇名を結集した集会が組織され、前者はPT左派からの大きな参加を得た。
 新自由主義と野蛮に反対する実際上の年次議会で起きている何かは、未来に向かう大きな一歩に違いない。来年には多分、イギリスとアイルランドのさらに大きな派遣団が組織可能だ。(ソーシャリスト・アウトルック二月号)
注。世界社会フォーラム宣言、日本代表団の報告などはアタック・ジャパン(首都圏)のホームページを参照してください。
 ホームページアドレス
 http://www.jca.apc.org/attac-jp
 mailto:attac-jp@jca.apc.org
極右に支えられる新政府―デンマーク総選挙結果
                         マーグ・スコフリント

 二〇〇一年十一月二〇日のデンマーク国会および地方議会選挙の勝者は、アンデルス・フォー・ラスムッセン率いる自由党だった。ナチス占領下を除き、一九二四年以来初めて、社会民主党は最大の政治勢力であることをやめた。
 
 中道的政治構造の解体
 
 国内の他の諸都市と同様、第二の都市アルスでは自治体権力は自由党に移った。国家レベルで自由党は、二番目に躍進した反移民、ポピュリストの人民党の支持の下で保守党とともに政府を形成した。そして人民党はすべての主要政党の討論目録に移住と不法移民の「問題」を押し出すことに成功した。
 このようにして政治状況は、著しく分極化されつつあり、小さな中道諸党の支持をうけた伝統的統治を破壊している。生まれつつある政府は純粋に右翼的なものになるだろう。時代は失業者、貧困者そしてとりわけ難民と移民にとって厳しいものとなるだろう。環境保護は、企業利益に比重を置く形で犠牲にされるだろう。国際援助プログラムへのデンマークの貢献は減額されよう。経済の全般的好転に助けられて、社民党統治の九年間には失業が大きく減少してきた。この中で、失業給付に対するきわめて重要な制限が、真剣で大衆的な規模の関わりなしに議会を通過した。
 新たな景気後退とともに、この大衆的関わりの状況は変化し、政府が彼らの福祉の約束を果たすことを不可能とするだろう。自由党の選挙公約は以下の四点が柱であった。
 1、特にレイプや深刻な暴力の重罪化
 2、増税への反対
 3、移民法でのより大きな制限
 4、保険福祉制度の改善
 一九九八年末以来のすべての世論調査が社民党に対する逆風を示していた以上、選挙結果はなんら驚くべきものではなかった。その当時、社民党はブルジョア政党と一緒に、六〇歳での退職年金支給へと権利を引き下げた。今や早期退職は二五年間、すなわち三五歳から始まり六〇歳に達するまでの期間を個人的に補填しなければならない。有権者の裁断は社民党支持率の低下だった。それは一九九八年三月選挙での三六%から二〇%以下に落ち込み、今回選挙では二九%に踏みとどまっただけだ。
 
 急進左翼の埋没
 
 右派政党の勝利は必ずしも有権者の右への転換を示すものではない。選挙運動中に自由党は、人民党と同じく福祉システム、とりわけ保健部門と老人介護に関するシステムに対する最良の防衛者のふりをした。未解決のスキャンダルがいくつかあった社民党統治下のコペンハーゲンの悲惨な状況が最大限に利用された。ブルジョア諸党は、福祉システムの削減に対してはどのような意図も否定したが、「自由選択」、「個人的自由」および「人間的ケア」を強調した。
 多くの有権者にとって選挙は、使い古しの老いた前首相、ポール・ニループ・ラスムッセンと新しいアンデルス・フォー・ラスムッセンの間の選択だった。自由党と社民党の二人のラスムッセンの間の大統領候補者レース的ともいえる性格が、赤緑連合という急進左翼の五議席から四議席への後退(全国得票率二・四%)を部分的には説明する。赤緑連合の拠点コペンハーゲンでは、得票率は九・六から八・一へと後退し、市議会では二議席を失った。しかしながら赤緑連合は、七つの市長のうちの一つを維持した。
 
 運動へと向かう急進左翼
 
 二人の国会議員は再選された。その二人とは第四インターナショナル・デンマーク支部であるSAPの党員、セレン・センデルガールドと、EU問題に関するスポークスパーソンであるケルト・アルブレッツェン。あと二人の新国会議員は女性である。ベルニレ・ローゼンクランツ・タイルは二四歳の学生であり、リネ・バルフォードは三七歳の弁護士である。SAPの二人の党員が地方議会に選出された。
 赤緑連合はいま、政治的方向性を調整しなければならない。連合は形成後五年して国会に進出した。教育、運輸、環境を含むいくつかの特別の場合に赤緑連合は議会的駆け引きができる位置にあり、それゆえ現実的影響力を持っていた。
 これ以降、赤緑連合は議会内ゲームや公式メディア内では縁辺化される。一方優先度はシングルイシューの運動に向けられ、赤緑連合の議会での強さは、前より以上に議会外の運動や行動に支援を与えるために使われるだろう。
 注。アーゲ・スコフリントは、赤緑連合の隔週発行機関紙「レッド・グリーン・ラインズ」の編集者。
(インターナショナル・ビューポイント誌1/2月合併号。中見出しは編集部)   

 英国   ストライキの波ブレアを直撃
         拡大する鉄道ストを第四インターイギリス支部機関紙より紹介
          サウスウエスト鉄道ストライキへ強力な支持を!


 サウスウエスト鉄道(SWT)のRMT(鉄道・海上運輸組合)組合員は四日間のストライキを今まさにはじめようと胸をはずませている。闘争課題は二つである。一つは賃金引き上げ、もう一つはRMT活動家の不当処分である。
 ストライキ承認のための一票を投じるために三ポンド切手一枚が必要なのだが、七〇%以上の投票率であったことは、賃金引き上げへのRMT組合員の強い感情を示している。会社は運転士以外のすべてに対しては四%の賃上げ、運転士には十一%の賃上げを提案していた。市場の圧力に従うためには運転士にはそのような賃上げが必要なのだと会社は主張した。運転士以外の労働者は運転士の賃上げ率を妬たもうとしたわけではない。だがこのような差別提案の言い訳として、経営状態の窮状を理由にする会社に対して、自らが賃上げに取り残されることは断固として拒否したのである。
 不当処分問題ついての独立した投票は、過去六ヶ月、六名の活動家をねらい打ちした懲戒処分に対する組合員多数の意志を表現した。中心的問題はグレッグ・タッカーの処分である。ウオタールーの運手士代表であった彼は昨年暮れに集札係に降格された。彼が組合活動のためにねらわれ処分されたことは許し難いと確信していることを組合総体が表明したのである。
 一昨年の春、車掌たちの闘争が勝利に終わった後に、SWT所有者でありかつ経営トップであるスターグコーチがグレッグ・タッカーを標的にすることを決定した。これは明らかである。当時、グレッグは総選挙での社会主義連合の候補者だった(注1)。この選挙活動を通じて彼は会社にとって都合の悪い世論をつくり出した。
 交渉による問題解決は失敗した。RMT組合員は行動に向けて強力なキャンペーンを展開している。SWTに厳しい打撃を与える木・金・月・火という四日間のストが呼びかけられた。売り上げ損失は一日あたり二百万から三百万ポンドと見積もられている。
 政府はストライキ実行で事態が打開される見通しはないと表明した。運輸相はスト中止の圧力をかけた。こうしたことが、社会主義者にとってRMTの闘争を支持し、それに加わることをいっそう決定的にしている理由である。(ソーシャリスト・アウトルック一月号)
注1。社会主義連合はイギリス極左派の統一戦線組織。詳細は本紙昨年九月号参照。グレッグ・タッカーはISG(第四インターナショナルイギリス支部)所属。現在彼は会社側、商業紙、さらにはTUCも加わる「破壊分子」キャンペーンの標的にされている。

RMT書記長選挙
全力で左派現職の勝利を!

 「来年中頃までには、左翼原理主義者がRMT指導部の四役を確保する現実的可能性がある」。これがトレードユニオン(TUC・イギリスの労働組合ナショナルセンター)の脳裏を去らない妖怪だ。これはRMT書記長選挙で、現職のボブ・クロウへの対立候補を支援する右派のキャンペーンにむけて用意された報告に出されたものである。
 当初の数日間はキャンペーンは低調なものだったが、その後にボブ反対キャンペーンが大々的に高まった。ボブ攻撃に参入した『サン』紙が戦端を開いたのだ。レールトラック社(注1)の労働者は自社株を所有しており、株が無価値になれば金を失う立場にある。『サン』紙はここに着目し、レールトラック労働者の利害をあおり立てて、左派への支持から離反させようとしたのだ。この問題はボブ・クロウにとってはなんの関係もなかったし、まったくの筋違いである。
 TUCにとっても『サン』紙にとっても、ボブ・クロウの本当の罪は二重のものである。すなわち「TUC、労働党に対する非妥協的姿勢」と「十年の役職期間におよそ三〇のストライキ闘争に関与した」ことをあげつらっている。
 労働組合活動家から見れば、これらの闘争には指導方法という点で何点もの欠陥が指摘できる。彼は時折、TUCと他のRMT指導部の圧力のもとに動揺することが見られた。だが総合的に見れば今回の選挙で彼が左翼全体の支持を必要としていることは明らかだ。労働組合の将来は今後の二、三週で決定されようとしている。
 左派は先月に後退を味わった。RMTの年次委員長選挙で、前委員長との対決を僅差で失った。このことが今回の書記長選挙をどのように闘うべきかを指し示す。選挙での勝利を確実とするためにあらゆる努力がなされなければならない。(ソーシャリスト・アウトルック一月号)
注1。イギリス国鉄の分割私有化により生まれた、軌道、信号などの運行施設を事業対象とする会社。現在経営破綻状態。

■解説■
 鉄道・郵便・航空・医療が次々に
 スト波及とその背景
 

 イギリスの新年は一月三、四日、七、八日の二波にわたる鉄道ストライキで明けた。「駐英アメリカ大使」とメディアに揶揄されつつブレアイギリス首相は、この時期インド、パキスタンなどを巡り歩き、ブッシュアメリカ政府の手助けに努めていた。一月八日に帰国したブレアを待ち受けていたものが鉄道ストライキだった。「シャトル外交」などと高揚していたブレアには、「地上に戻れ」との猛烈な批判が噴出した。
 
 「再国有化」論も浮上の鉄道事業劣悪化
 
 周知のようにサッチャーイギリス政府こそが、日本、ヨーロッパ公有鉄道私有化の先鞭をつけた。そして新自由主義の本家というべきサッチャーの下での鉄道私有化は、他の諸国と比較してはるかに極端なものだった。基本設備部門、列車運行部門など事業要素別の私有化が地域的分割を含めて強行され、イギリス国鉄は総数一〇〇社ほどの私企業にまで細切れにされた。これらの私有化された会社には、鉄道事業が政治利権化している日本(したがって資本の過半はまだ国が握っている)と異なって、はるかに徹底的に利潤原理が、しかも短期的投資回収という論理が貫徹した。私有化が労働組合破壊と一体であったことは、たとえば炭坑ストに対するサッチャーの対応が明白に示していた。ストライキの制限、違法ストへの罰則強化など、労働組合活動弾圧が強められ、労働組合組織率も急減した。
 この中で鉄道労働者の労働条件悪化が進むことはあまりにも明らかだった。しかしそれは労働者の士気低下、さらには職能の低劣化を導くものでもあった。職能とは単に個人のものではない。資本主義生産とは本質的に集団労働が支えている。だから現代の職能は本質的に集団労働の文化、労働者同士の連帯的共同性なしには成り立たない。つまり労働者間の連帯性が傷つけられるとき、それは長期的には集団労働における職能を傷つけ、生産性の低下を引き起こすのだ。こうしてイギリスの鉄道事業にはきわめて深刻な問題が埋め込まれた。
 そのうえ各事業会社は投資を控えた。一九世紀とは異なって現代では、鉄道事業の市場的競争条件ははるかに過酷だ。このような条件下において投資回収を急ぐならば、新規投資は極力抑えられる。それが私的資本の論理である。すなわち鉄道の基盤整備、軌道、信号、車両などは旧式化し、老朽化するにまかされた。
 こうして近年、イギリスでは先進工業国としては信じられないような鉄道事故が頻発し、ダイヤの乱れも恒常化した。そしてそれがまた事故の危険を高める。鉄道事業は危機に瀕したといってよい。繰り返された大衝突事故が信号の不備によるものだったことが明らかであった以上、鉄道労働者と国民の怒りが軌道会社、政府に向かうことは当然だった。軌道会社であるレール・トラック社は事実上破綻した。こうして鉄道事業の再国有化が公然と人々の口に上りはじめた。昨年総選挙でブレアが医療、教育、交通を公約にせざるをえなかった背景には、こうした状況があった。
 
 私有化の矛盾を背景にした労働者の登場
 
 サッチャー下においてもイギリス労働者階級の左派はねばり強く闘ってきた。日本を訪れたリバプールの港湾労働者の闘いもそのような闘いの一つである。今回紹介したRMTも左派が闘い続けてきた労働組合の一つといってよい。組合内部の左派の伸張とTUC指導部の危機感は紹介記事にも読みとれる。
 なお、イギリス労働組合の伝統的組織形態は職能別組合だから、国鉄が分割され私有化されたからといって、組合組織に影響が及ぶことは基本的にない。またRMTは車掌を中心とする組合とされてきた。しかしイギリスでは、サッチャーによる労働組合攻撃の後、全般的に組合組織の一般組合化がすすんでいて、必ずしも単一職能の組合とは限られなくなっている。RMTの今回のストライキでは運転士の不当処分が一つの中心であるが、それもこうした組織状況の表れと思われる。
 さてこうした左派の抵抗が、公共サービス私有化がもたらした矛盾の表面化と結合しつつある。これが現在のイギリスのストライキの背景をなしている。それゆえ、今回のRMTストライキはまったく孤立していない。
 SWTに対するストライキは第三波、一月二十三、二十四日、第四波、二月十一〜十五日と拡大(ただし第四波は会社側からの交渉申し入れにより中止。闘争態勢は継続したまま)。会社側は第三波に対し管理職と臨時労働者によるスト破りを実施(一日一七〇〇本中、八〇〇本運行と宣伝)。ために闘争は全面化、長期化の様相を深めている。そしてRMTはストライキをイングランド中部(ドッグランド・ライト鉄道、ロンドン地下鉄―ここでも私有化が同様に問題に―)、イングランド北部(アライバル北部鉄道、一月二十三、二十四、二月五、六日)、スコットランドへと拡大しつつある。
 このストライキの波はさらに他の労働者にも波及。一月末には公共商業サービス労組(PCS)が職安を中心にストライキ、二月四日マンチェスター空港では安全要員問題で時限スト。さらにコングシニア社(旧郵政公社)でも通信労組(CWU)がスト権確立に成功という状況だ。
 そしてこのストライキ闘争の一方で、医療のまさに危機的状況への全民衆的怒りが広がる。日本では病院での待ち時間がよくやり玉に上げられる。しかしイギリスの場合、そんな生やさしいものではない。医療費の極端な抑制の結果、何年も診療待ちとなる患者が続出しているのだ。
 
 ブレア、民衆から乖離
 
 このような状況の中、二月初めに開かれた労働党春季大会でブレアは、TUC幹部連から公然と猛批判を浴びた。労働組合の紳士たちはもちろん、真剣にストライキ労働者の側に立っているわけではない。しかしブレア批判という演技なしには、彼らも下部をコントロールできない局面に立ち至っているということだろう。
 いまのところ議会内でのブレアの力は盤石である。それを頼りに彼は「第三の道」、「私有化路線」、アメリカとの「親密な」同盟を貫徹する構えにある。ブレアには戦争が民衆を政府に結束させることへの期待があるのかもしれない。フォークランド戦争を国民結集に利用したサッチャーの前例があるからだ。しかし今回の「反テロ戦争」には民衆の強い疑念がある。イギリスの「反米風潮」は、留学中のクリントンの娘を遂に切れさせてしまったのだ。
 それゆえ、今回のストライキ、中でも中心に位置する鉄道ストはイギリス支配層の深い危機感を呼び起こした。労働党政府はスト中止に向け懸命に圧力を加えているが成功していない。この中で運輸相更迭との観測が流され、首相官邸があわてて否定に走りまわるというドタバタも演じられた。一方野党保守党の党首、ダンカンスミスは鉄道労働者のスト権取り上げを打ち上げた。いわば与野党一体の反ストライキ策動だ。
 しかしダンカンスミスの提案は民衆からまったく相手にされていない。上記提案への世論調査結果が二月七日、世論調査機関NOPから発表された。それによると鉄道労働者のスト権支持七一%、スト権禁止二六%、スト参加者を解雇する権利を経営者に与えることに反対七八%、賛成一九%である。この調査が鉄道ストのさなかに行われたことを考えれば、この結果は実質的に鉄道ストへの民衆の支持を示しているというべきだろう。
 一九九五年末のフランス鉄道ストと類似の状況がイギリスに生まれつつある可能性がある。イギリスでも政治の上部構造と民衆との間の乖離が明確に姿を表しはじめている。