2002年6月10日        労働者の力               第 147号

     
 
  小泉内閣は退陣せよ!
 
有事法制廃案に向け、6・16全国大集会に結集を
 
川端 康夫
 

 
 五月二十四日、東京の明治公園は久々の大集会で満杯となった。STOP!有事法制を掲げる集会である。陸・海・空港湾労組二〇団体と平和を作り出す宗教者ネット、平和を実現するキリスト者ネットの三団体が呼びかけたこの集会には主催者発表で四万人が結集し、会場カンパはあわただしくなされたにもかかわらず四二二万円余が集まった。
 五・二四集会の前日には平和フォーラムの集会が日比谷野音で開かれ約四〇〇〇人が会場を埋めた。五・二四集会はさる四月一九日の日比谷野音五〇〇〇人集会に続くもので、規模としては三年前の周辺事態法阻止の集会に次ぐものだった。集会には社民党の土井党首、共産党の志井委員長や「民主党の一部」を代表する発言、高校生や青年団体、地方自治体議員などが発言した。折しも与党三党による公聴会日程の単独採決があり、それをめぐって紛糾している時であった。与党三党が公聴会日程を延期し、足下の揺らぎを見せた日であったからこそ、各政党や運動団体の発言にも力が入っていた。特に土井党首の発言は気合いが入ったあまり、デモ出発時刻を気にする主催者の思惑はどこへやらの熱弁であった。デモは新宿、代々木、日比谷公園の三コースに分かれて行われたが、とりわけ国会請願行動を挟んだ日比谷コースは終了が午後一〇時三〇分という長時間を要した。
 次は六・一六の日曜日の全国大集会だ。主催者は日曜日のこの日に、全国からの結集を期待している。大阪でも陸・海・空・港湾の一四労組が結集して行動が取り組まれており、三年前の周辺事態法の時よりも全国的広がりの手応えを感じているようだ。各地からのバス動員の動きも相当程度あるようで、五・二四集会を上回る結集が目指されている。
 六・一六午後一時。代々木公園へ結集を!
 
 迷走を深める小泉内閣
 
 国会における与党三党の迷走はさらに拡大している。四大重要法案とされる有事、個人情報、郵政、健保の衆院通過のめどはいっさい立っていない。六月一九日の会期切れを前にすでに四〇日とも五〇日とも言われる会期延長が公然とささやかれている。六・一六集会は会期末をにらんで設定されているが、しかし会期延長という技術的問題では収拾がとれないほど自民党内部の混乱は深く、とりわけ有事法制をめぐっては防衛庁による組織的な情報公開請求者リストの作成問題や阿部晋三官房副長官と福田官房長官と続いた核武装は憲法上可能だとする発言で論議を進めようにもできない事態となっている。問題とされる郵政関連法案は審議入りはしたがそこで止まってしまった。個人情報保護法案の命運もまた防衛庁問題で風前の灯火となっている。
 与党三党の数合わせと会期延長という小手先の技術では乗り切れない政治的暗礁地域に小泉内閣は突入してしまった。
 有事法制の継続審議が言われている。だが、橋本派会長自らが山崎幹事長に伝えたと報じられているように、「いったん引っ込めてあらためて整理しなおしたらどうか」という声が自民党内部に公然と表面化している。法案廃案の可能性は増している。
 継続審議ではなく廃案を!
 これが強く押し出されなければならない。全国での闘いを拡大し、有事法制阻止の世論の盛り上がりをはかろう。
 
 防衛庁の突出と福田の核武装論
 
 有事法制をめぐって今国会の論戦で底流となったことの一つは防衛庁の「突出」である。先月の連休明けに衝撃をもたらした、海上自衛隊制服組がアメリカ海軍に対しての意図的な「外圧発言」を要請していたという『朝日』の報道は、事実無根との政府答弁で沈静化させられたが、そのほかにも周辺事態法時期の外務事務次官が退職後、台湾ロビーからの巨額の資金提供を受けてアメリカ留学の便宜を図ってもらっていたという事実も浮かび上がった。この件は、周辺事態法制定に至る過程が、強力な台湾ロビーの働きかけを契機にするもので、その本意は台湾海峡防衛に米軍が出動するのみならず、日本自衛隊そのものを巻き込んでしまうというところにあったとされる。
 周知のように「周辺事態」の「日本周辺」とは何かが曖昧にぼかされたが、台湾ロビーにとってはそれは明確に台湾海峡であり、ブッシュ政権にとっては「ならず者国家」と名指しした北部朝鮮が直接想定の対象と意識されている。
 海上自衛隊制服組の「突出」は、周辺事態から有事「事態」が一連の連続したものであることを示す。ちょうどインド洋へのアメリカ海軍支援行為がそのまま継続されればイラクへの軍事侵略を支援する役割へと変質させることを念頭に置いていることと同じ性格を持つのである。
 台湾海峡や東シナ海、日本海における米軍の作戦行動には日本自衛隊は「周辺事態」として支援行動を行う。その支援行動が戦闘行為に巻き込まれたとき、自衛隊は「防衛のために」行動するのである。すなわち日本が極東における軍事行動への踏み切りを可能にするための法体系を作ろうとするのが今回の有事法制なのであり、周辺事態法では未だ可能とならなかった「戦闘行為」への参加を可能にしようとする法整備なのである。
 周辺事態法と有事法制の関係はきわめて微妙かつ複雑である。国会答弁においても分からない答弁が続いたが、要するに、周辺事態法では日本自衛隊は後方支援を行うことができる―これはテロ対策法でも同じだ―が、戦闘行為に巻き込まれた場合はその地域からの撤退を行わなければならない。だが有事法制では自衛権を行使できる。それゆえに今回の有事法制は、撤退をせずに戦闘行為に「巻き込まれ」、そこで自衛権を行使し、その後に既成事実として国会の承認を求めることが、図式化されていると言わなければならない。
 小泉内閣は意図的に有事法制を「日本の陸地への攻撃」が対象だというそぶりをしている。「備えあれば憂いなし」の常套句はまさに「水際で防衛する」ような印象を作り出すために乱用されている。だが、上陸の前には海上行動があり、空中行動がある。日本は島国であるから、海上交通権の掌握、いわゆる制海権が最初に来るし、空中における制空権も同じく最初に来る。最初に来るのが陸上軍ではないのである。そして日本への直接の侵攻が考えられないことである以上、最初に来る海上自衛隊、航空自衛隊がその「防衛出動」を最初に行うことになるのは火を見るよりも明白である。
 中谷防衛庁長官は周辺事態との関連を問われ、支援行動が戦闘地域に含まれてしまう場合にはその地域から撤退することになると述べた。撤退しても「攻撃された」場合に「有事法制」が初めて発動されると。
 そこで次の問題となる。つまり「おそれのある場合」、「想定される場合」の論戦である。小泉はミサイルが着弾して初めて有事事態が発動されると答弁したが、福田はミサイルが発射準備に入ったとき、あるいはミサイルが発射されたときに発動されると訂正した。
このことを上述の海上自衛隊艦船に即した場合どうなるか。海上自衛隊艦船は「おそれのある場合」には対応行動を起こせるのであるから、戦闘地域からの撤退ではなく、直接に対応行動をとることになるのである。小泉発言でも周辺事態法の「制約」は事実上有名事実化されているが、福田による政府統一見解はまさに支援ではなく直接の戦闘行動への参加を全面的に公認することに他ならない。言い換えれば「周辺事態」において戦闘地域に巻き込まれた場合、有事法制を適用すれば、そのときは「逃げる」必要はない。
 
 戦時戒厳令をもくろむ有事法制
 
 有事法制の内容が約四〇年前の三矢研究の内容を引き継いでいることは今更ながら強調する必要はないかもしれない。だがその三矢研究とは何かを知る人は今は少なくなっている。そもそも小泉の父親が防衛庁長官であった時期に三矢研究の所在が暴露され、父親は責任をとって辞任したという事実がある。その原因となった三矢研究は昭和三八年に着手されたことをもって「三つの八」を陸・海・空の三自衛隊に重ね、かつ毛利元就の故事にちなんで命名されたとされる。
 その内容は六〇年安保闘争の記憶を引きずってか、旧軍時代の動員体制を下敷きにした戦時下戒厳体制を事実上めざすものであった。その後福田内閣時代に再び有事法制が課題として持ち出され、大騒ぎのあげく「研究」として継続することだけが承認された。一九七七年に始まったこの研究は、現在出されている有事法制では二年以内に制定するとされているほとんどの問題点の洗い出しを行った。たとえば「海岸法」「森林法」「自然公園法」「建築基準法」などや戦死者埋葬において市町村長の許可は必要か、火薬類の夜間つみおろしの禁止などが「有事」でどのように適用されるのか、など問題は山のようにある。それから二五年が経過した。だがその時点で洗い出された問題点は何一つ手がつけられていなかったことが明らかだ。
 そこで考え出されたのが今回の法案にある「すべて適用除外」という規定である。今国会に法案を出すための苦肉の策と言うべきものだが、その反面、そのままでは自衛隊は超法規の、あるいは超憲法の行動を行うことが可能となる。自衛隊の行動を規制するいかなる法的規制もここには存在しないからだ。
 しかも三矢研究を引きずっているがゆえに、ほとんどの項目は自衛隊の自由な活動ということに向けられている。自衛隊は自由に建造物を占拠解体できるし、橋梁の爆破や道路破壊もできる。地雷をまき散らすことももちろん可能だ。大都市における一般民の避難や保護などはいっさい計画にはない。自衛隊の概念には「一般民の存在」という概念がないのである。日常の作戦計画は常に一般民が不在として立てられている。そうしたことの延長に自衛隊法があり、有事法制がある。
 たとえば仮に「有事」があるとして、もっとも警戒されるべきは、日本海岸沿いに林立する原発への攻撃の可能性であろう。だが玄海原発の場合だが、ほぼ十年前に自衛隊は北朝鮮有事を想定してその防衛計画を検討したとされるが、その際には地域住民の避難誘導は何一つ検討の対象にはならなかったとつい先日のテレビで報道された。
 沖縄戦の記憶は未だ薄れないが、当時の軍には、サイパンも同様だが、一般民の存在は考慮されなかった。住民の避難計画も疎開計画もなく、まして一般民保護を考慮すれば当然考えつく、非武装地帯として明け渡すことも、もちろんなかった。軍は一般民に死を要求したのであり、一般民の保護を考えたのではなかった。
 このような軍は当然いらない。そしてその考えを引きずっている有事法制は、当然にも民衆の戒厳令的弾圧を内包しており、軍の命令への違反は「犯罪」とされる。
 その戒厳令的な発想は地方自治体を国の直接統治下に置くというところにもっとも鮮明である。あるいはここだけが唯一鮮明に定義されているといってもいい。内閣総理大臣は地方自治体首長の権限を停止し、自らの裁量でその権限を自己の補佐官にゆだねることができるというのである。これは地方自治の原則を正面から踏みにじるもので、まさに旧内務官僚的、あるいは軍事専制的発想が露骨に出ている。
 要するに、二五年間放り出されていたものを、急遽ほこりを払って持ち出してきただけにすぎず、その問題点を超法規化させることによって体裁を整えようとしただけのものである。そこには憲法への配慮はない。そしてこれは法としても体裁を持っていない。
 
 安保破棄・自衛隊解体のスローガン復活を!
 
 小泉内閣はその成立後、ほとんどの右翼的、超右翼的潮流の期待の星となった。内容は千差万別だが、「行け行けどんどん」が風潮となった。中曽根の改憲論から阿部、福田の核武装論までのすべてがこの風潮において飛び出した。そして自衛隊は国民の思想調査に踏み込んだ。しかし先月号で述べたように、この「行け行けどんどん」の方向性には何一つの統合性や整合性がない。そしてそれは共通してアジアに平和を作り出すことではなく、アジアに戦争を求めることに向いている。
 その最良の証拠は、財政危機が叫ばれ、国債格付けが最低ラインに近く落ち込んでいるにもかかわらず、この政府には自衛隊予算削減という発想は何一つ出てきていない。国債発行高の三〇兆円の上限などと公約すれども、その支出削減の対象に自衛隊費が出てこないのである。小泉の聖域は自衛隊というところにある。自衛隊ほど無駄金使いはないではないか。
 小泉はやめろ。有事法制を廃案にせよ。これは当面の行動スローガンだとしても、自衛隊予算を大幅に削減せよ。自衛隊の大幅縮小!のスローガンはもちろんだが、安保条約を破棄せよ。自衛隊を解体せよ!のスローガンも大衆的に復活させられなければならない。小泉を代表とする右翼、超右翼の潮流と対決する立場が民衆の陣営に共通に保持されることが今まさに必要なのだ。
 (六月五日)

コラム

STOP!有事法制6・16全国大集会
とき 6月16日(日) 午後1時
ところ 東京・代々木公園・B地区
呼びかけ団体 陸・海・空・港湾労組20団体/平和をつくり出す宗教者ネット/平和を実現するキリスト者ネット
ホームページ http://www.stop-yuji.jp
  

 5・17「ストップ!有事法制」北上市民集会開催


【北上発】五月十七日、北上市役所東側広場で「ストップ!有事法制」北上市民集会・デモが開かれ二百六十人の労働者や市民が参加し、集会後市街地を約二`デモを行った。主催は「ストップ!有事法制」北上市民の会で、代表委員の北上教会牧師の小林功さんは「戦後ずっと戦争のない状態で過ごしてきて、平和は空気のような存在です。戦争のできる国にしていこうとする危険な動きを許してはなりません」と発言した。北上市では昨年秋の十月十五日に「テロ根絶・報復戦争反対・平和を願う市民集会」を開催し、岩手県の各地の運動のさきがけとなった。その集会の成功を受けて五月十七日の市民集会が組織された。北上市では三月十九日、三月市議会で「有事法制の冷静かつ慎重な審議を求める」意見書を全会一致で採択している。「ストップ!有事法制」北上市民の会は四月二十八日に設立された。
 市民の会は代表として小林功簿牧師ら四人、構成団体として和賀郡労センター、北上労連、護憲連盟北上、北上和賀革新懇、北上和賀高齢懇、共生ユニオンいわて、勤労者と連帯する会、新婦人、労農会議北上、地区原水禁、地区原水協、北上民商、北上政教分離を守る会、被爆者団体協議会、国民救援会北上、がんばれ!社民党OBGの会、日本共産党、社会民主党で構成され、昨年秋の構成と同じになっている。事務局は和賀郡労センターと日本共産党、社会民主党で構成。
 この会は事務局構成が示すように両者の共闘の下に組織されているのが特徴で、このような構造のゆえに、有事法制に批判的な市民が集いやすくなっている。会の会合には、社民、共産党系の方々以外に、どちらでもない団体や個人も多数参加しており、両者の接着剤のような役割を担っている。会が今後さらに発展するかどうかは、このような個人の会員が増えるかどうかにかかっていると思われる。
 
      シラクおよび経営者に対決する共同を!
             
LCRの声明(2002年5月6日)              
                                            
 
 ル・ペンの行く手はさえぎられた。シラクへの八二%、国民戦線指導者への一八%は、極右に対する大衆的拒絶の一部である。選挙結果はまず第一に青年、高校生、大学生そしてまた都市の貧困地域の人々の決起が姿を変えたものである。
 しかしその結果はまた、国民戦線の登場に反対する労働者の領域の、より広い社会の領域の抵抗が姿を変えたものでもある。この観点から見て、メーデーのデモは、一九九五年の冬、より正しくは一九六八年五月十三日のパリ以来のもっとも重要な出来事だ。
 
 シラクは攻撃を用意している
 
 ル・ペン阻止の手段としてシラクへの投票を使用することができたとはいえ、ドゴール主義者RPR(共和国連合)の、そして右翼全体の大統領は、国民戦線に対決する防衛線にはなりえない。
 日曜日の夕方(第二回投票終了後―訳者)以来、シラクのドゴール主義者としての言葉は、ミランやディヴィリエのような極右派や企業との同盟を通して国民戦線支持者を奪い返そうとする政策に人々を慣らす方向に向けられた。サルコッシィ、ラファリン、ジュペまたその他の人々の声明もまた、彼らの関心を鮮明に明らかにした。すなわちそれは、さらなる私有化、規制撤廃、年金への攻撃だ。
 そうであればわれわれは、シラクへの八〇%の票が彼の新自由主義的、反労働者的、反青年的、反移民的政策の手をゆるませるなどと考えるべきではない。
 
 ジョスパン政府の再出発反対、100%左翼のために
 
 ル・ペン伸長の原因すべてが今なお存在している。二〇年間にわたって次々と立ち現れてきた諸政府が不平等を増大させ、社会的な悲惨さを成長させてきた。基本的には、経済的、社会的政治的危機の根源に打撃を与えることなくして人は極右と闘うことはできない。
 右翼と経営者の新自由主義計画に対して闘わなければならない。しかしまた多元的な左翼によって五年の間続行された政策から何も学んでいない統一左翼の計画に対しても闘わなければならない。
 必要とされているものは、政策の異なった体系である。それは株主の利益に対して人々全体の利益を優先するものだ。オリビエ・ブザンスノーの大統領選挙運動に引き続き、われわれは以下の社会的、民主的緊急プランを提案する。それは政権についていた左翼の政策と手を切り、闘う反資本主義左翼、多数の青年と労働者に新しい希望を持たらす左翼へ向かうものだ。それはまた、一〇〇%左翼の議会代表であれば支持するものでもある。
 
○解雇禁止法を!
○公共サービスを守り、すべての私有化を停止する立法を!
○賃金水準、失業手当、年金の二三〇ユーロの増額を
○年金制度の維持!個人年金基金の拒絶を!
○教育課程にある青年への奨学金支給を!
○労働における男女の平等待遇を!女性によって受け持たれているパート労働に終止符を!
○ル・ペンの人種差別主義を容認せず、大胆な権利の平等策を!未登録移民への法的地位を!
○利潤よりも生活を優先する環境政策への支持を!

 この新しい政策に達することは、経済におよぼす経営者の絶対的権力への挑戦を意味している。それはまた、全体的利益が特権的少数の利益に優越する民主主義を伴うものでなければならない。
 これらの提案と原理という基礎に基づいてオリビエ・ブザンスノーの訴えに共鳴した人々による討論に向け、われわれは反資本主義の展望を提示している。それは一〇〇%左翼の候補者を可能なだけ多く生み出すためである。
LOからの手紙
    協定は不可能だ
                   
 
 親愛なる同志たち。
 シラクが勝利した国民投票は、起こりうるうちで最悪のやり方で、多元的左翼政府を補完するためのものである。
 大統領選第一ラウンドの結果は明らかに、ル・ペンが右翼の投票だけに留まるだけで、まったく決定的にうち破られるはずだ、ということを示していた。それにもかかわらず左翼全体は、おしゃべり屋ル・ペンを誇大化する仕事に手を染め、いわれるところのファシストの脅威との闘いという名目でシラクに自由を与えることに身売りした。これは左翼指導者の側での意識的選択だった。それはジョスパンにとっての二百四十八万八千五百三十四票、ユー(共産党候補―訳者)にとっての百六十七万二千四百五十六票、総計四百十六万五百三十四票の落ち込みの原因についてのいかなる討論をも回避するためのものだった。
 共和国が過去においてまったく十分に経験したことは、今日の文脈においては起こりえないのだが、共和国大統領へのル・ペン選出という脅威を振りかざすことにより、ありもしないファシストの危険を呼び起こしつつ左翼諸党は、一方で人民諸階級での得票減少を覆い隠そうとし、他方で彼らの退却をル・ペンの方向への歩み寄りに変容させた。
 あなたたちはシラクの名を上げずに済ますことにうまく成功したとはいえ、しかし彼らの圧力はあなたたちを降伏させるに十分なものだった。あなたたちはあなたたちの諸傾向の各派を満足させるために、二通り、三通りに読める決議を採択した。あなたちを取り囲む潮の流れに適応する日和見主義を通じて、あなたたちはシラクを中心とした全体的同盟に合流した。日中におけるシラクへの投票という手を洗うための、五月五日夕方のデモへのあなたたちの偽善的呼びかけは、なにも変えはしない。
 シラク選出へのあなたたちの寄与はささいなものだった。あなたたちの訴えとは関わりなく、極左への投票者の多数は疑いなくシラクへの投票という圧力に屈したはずだ。しかしそこで残る事実は、われわれに人々が耳を傾けるか否かに関わりなく人民に真実を語ることを要求される状況において、あなたたちは、社会党、共産党、緑の党の指導者たち、オランド、ユー、マメールの要請で民衆にうそをついた、ということだ。あなたたちが否定しようとも、ル・ペンに対するバリケードとして投票を押し出すことにより、あなたたちはシラクへの投票に対しささやかな支持をもたらした。
 このような条件においては、最低限一定の政治的一致を意味することになるあなたたちの提案に対応するつもりがないことをあなたたちは理解するだろう。
 さらにわれわれは、あなたたちと同じような日和見主義の姿勢を容認したくない。
 あなたたち自身以外の他の人々に拡大されると想定されている協定を目的にして、あなたたちの盟友にむけてと同じような形では、われわれと話しないでもらいたい。あなたたちは、LCRとLO間の協定に参加するように他の人々を納得させること自信を持っているわけではない。
 それゆえ、われわれのそれぞれの政策は一方において対立し合っている隣人である、ということを疑いなく理解できる。
 極左派の統一を支持する活動家のポーズをとりつつ、あなたたちがLOの「セクト主義」と呼ぶものに反対することで―この「セクト主義」はあなたたちが選挙運動中に繰り返すことをやめなかったたった一つの言葉であり、状況の中である特別の調子を帯びてわれわれに向けられた中傷によって生み出された―、あなたたちの提案はいずれにせよ偽善的であった。
 実際に数多くの場所で、あなたたちの組織の中央代表者を含む多くの代表たちが、立法府選挙でのLCR候補者をすでに選定し終えていた。あなたたちがわれわれとの間で地域を割り振ることについてわれわれに話を持ちかけていながら、いくつかの場合では地域の全選挙区で候補者が広報されていた。あなたたちが方針を決めようとしていたということをあらゆる証拠が示しているとき、割り振り提案にわれわれがどのような信頼を置けるだろうか。
 それゆえ、われわれそれぞれは、自身の政策を守るべきである。そうすれば投票の意味が明らかとなろう。
 革命的あいさつを持って。
 ジョルジュ・カルディー/フランソワ・デュブルー
 

  LCRからのLOへの返事         
         

 
 われわれの責任
 
 親愛なる同志たち。
 統一に向けたLCRの提案に対して、あなたたちは再び、それを考慮することを拒否することで応えた。しかしながらわれわれは、統一した極左派への必要性をあなたたちに想像させずにはおかない状況におかれている。われわれの二人の候補者、アルレット・ラギュエとオリビエ・ブザンスノーは、約一〇%の票を集めた。このことはわれわれに、これが生み出した希望に応えるための大きな責任を課している。過去の政策と断絶した綱領の主要な点を支持する単一の候補者をそれぞれの選挙区で、青年と賃金労働者の前面に押し出すことによって、われわれは四月二十一日の投票結果を強化し強固にできると思われる。右翼は統一候補者リストを提出するだろうし、政府与党であった左翼もそうするだろう。あなたたちの拒絶によって、ただ極左派のみが各々競合して立候補することになる。
 あなたたちが持ち出している主な口実は、五月五日の投票に関するわれわれの立場である。あなたたちはわれわれを、シラクへの投票を呼びかけたことをもって、「共和主義者戦線」に参加したと非難している。しかし真実は違っている。われわれは極右に反対する行動での闘いを、投票箱での闘いと同様に呼びかけたのだ。われわれはル・ペン反対の投票を呼びかけた。そしてわれわれはすべてのデモの中にいた。われわれの立場と「共和主義者戦線」のそれとを混同することは、まるでわれわれを魔女狩り裁判にかけるようなものである。LCRはシラク信任の国民投票に関わったようにみえるとのほのめかしは侮辱である。
 青年と労働者は極右の危険に抵抗しようと欲した。あなたたちがしたように、この運動に反対することは理に合わない。四月二十一日以降、あなたたちはル・ペンの危険性を極小に見せてきた。あなたたちは、オリビエ・ブザンスノーがやったこととは違い、直ちにデモを呼びかけなかった。状況がたとえ異なっていたとしても、答えは常に集中した運動の中で見いだされるとわれわれは考える。この証明は、メーデーにおいて示された。
 労働者を間抜けと見なしてはならない。メーデーにおける二百万人のデモの隊列は、あなたたちが『労働者の闘争』(LOの機関紙―訳者)に書いたような「喜歌劇の幽霊」と闘っていたのではなく、隣近所や職場の中まで広がり、あなたたちをそうさせるよりももっと彼らに不快な思いをさせている一つのイデオロギーと闘っていたのだ。街頭の中では、デモ参加者の懸念の中にはどのような「共和主義者戦線」の響きも宿ってはいなかった。
 われわれはあなたたちに、あなたたちが答えなかった議会選挙についての一つの質問をした。すなわちファシストに反対して、右翼にではなく共産党、社会党、緑の党の候補者に投票する用意があなたたちにあるのか、ということだ。われわれの「相手」、すなわち右翼と前政府与党左翼の政策に反対する「一〇〇%左翼」の結束の中に自身を見いだしている人々についての疑問を、あなたたちは再度取り上げた。われわれの組織のメンバーではないがわれわれの思想に接近している他の人々が、上記のような連合に参加することを願っているはずだと期待する考えは、度はずれたうぬぼれなのだろうか。一〇%の有権者の支えのもとで、LOとLCRはその組織の間で論じ合うだけにとどめるべきなのか。
 このような疑問に対し、あなたたちの拒絶についてのもっとも退屈な説明を、人はおそらく四月二十六日付の『労働者の闘争』紙の中に見つけなければならない。そこでは、G・カルディーが次のように書いている。「別の利害関係、たとえば信頼できる状況の下で議員選出の可能性というようなもの、がまったくないようなすべての選挙においては、何人かの極左派の候補者がいるということ……は損失ではまったくなくむしろ恵みである」
 この背後には、統一についてのまさにある種の特別の考え方が横たわっている。すなわちあなたたちは選挙を通して地歩を固めるのに役立つときだけ統一に思い至るだ。それ以外のどんな場合であれ、あなたたちは統一の必要性を理解しない。
 われわれに関していえば、左翼の左派の統一が緊急に必要とされている程に、政治状況は特別かつ重大だと考える。われわれはあなたたちが今拒絶しているとしても、総選挙に際してさらにその後も、上述した政策を続行するつもりである。
 われわれはあなたたちに、単一の党を提案したことは決してなかった。われわれは明らかに異なっている。しかしわれわれは、あなたたちが書いているほど逆向きの方向を持っているわけではない(あなたたちはせっせとそう書くがそれではそれはなにゆえわれわれの間の「階級的分裂」ではないのか)。われわれ二つの組織はこれまで多元的左翼の政策と闘ってきた。われわれはあなたたちにこれまで、われわれを当てにしている何百万もの青年や賃金労働者に希望を取り戻させるためにともに歩を進めようと、申し入れてきた。
 あなたたちはまたもや機を失してしまった。しかしあなたたちのセクト主義があろうとも、われわれは統一を求めるわれわれの希求をあきらめないだろう。
 友情を持って。
 LCR政治局
 
 ヨーロッパ特集


   動揺深まるヨーロッパ社会
 

 
編集部よりの前書き

 ヨーロッパが揺れている。これを日本のマスメディアはもっぱら、一連の諸国で「極右」が伸長、と伝えた。しかしそこにはメディアのふれないもう一つの事実がある。すなわち急進左翼の伸長だ。それ故、結果として明確に姿を現しているものは、戦後長らくヨーロッパ社会を、客観的には共同で統治してきた左右の中核的政治勢力の衰弱である。たとえば、フランス大統領に選出されたシラクは、第一回投票では二〇%にすら届かなかった。
 来年の第四インターナショナル世界大会に向けた討論の主要なテーマの一つは、「統治の正統性」における危機の全世界的深化だ。アメリカ大統領選においてグリーンの得票が空前の三〇〇万票近くであったこと、ブッシュ選出がいわばサギであったこと、その正統性の危機はただ、九・一一の衝撃で覆い隠されているにすぎないことを想起すべきだ。そしてその基底には、資本主義の「刷新」を賭けた、新自由主義に基づく資本主義のグローバライゼーションがいわば必然的に生み出す「社会の荒廃」が横たわっている。それゆえまさに、「この社会ははたしてわれわれのものなのか」との疑いが、社会の深部で民衆の意識深く広がろうとしているのだ。
 この民衆的疑念と社会的分裂が今ヨーロッパで、社会の表面に公然と姿を見せ始めた。この公然化は、単に投票箱の中に留まるわけはない。ヨーロッパ各国で高まる一連の巨大な街頭行動があり、ストライキの波がある。むしろ真実は、大衆行動の急速な高揚が投票箱にも持ち込まれているというべきだろう。昨年後半からの急進左翼の伸長は、時の経緯のなかでさらに明確になっている。
 ヨーロッパの第四インターナショナルの同志たちは、この民衆的問い返しを現実の行動へと転化し、その中から新たな民衆的希望を紡ぎ出す闘いの、もっとも能動的な一翼として活動している。彼らの活動とそこでの議論の一端を今回特集として紹介する。特にフランストロツキスト主要二派(LO、LCR―注)間の論争は、緊迫した情勢の中で具体的に選択すべき行動方針をめぐるものであり、われわれにとっても教訓的である。是非我が身にに置き換えて検討していただきたい。編集部としては、第四インターナショナルの支部であるか否かとの基準とは関わりなく、民衆自身の政治的前進の促進を最重要視する観点から、LCRの立論と行動選択を基本的に支持していることを付け加えたい。
 なお以下のすべての記事は、イギリス支部機関紙『ソーシャリストアウトルック』から訳出した。フランス関係記事はフランス支部機関紙『ルージュ』からの英訳転載記事。
注、LCR―革命的共産主義者同盟。第四インターナショナルフランス支部。LO―労働者の闘争。一九三〇年代、トロツキーの第四インターナショナル結成の呼びかけに結集しなかったグループに起源を持つ。組織人員はLCRを上回るが、国内組織の独自建設を第一義とする傾向が強く、特に急進的大衆運動に対しては消極的。第四インターナショナル世界大会にはゲスト組織として参加。
イギリス社会主義連合全国会議
   前進反映し、連続的行動予定決定
          アラン・ソーネット/テリ・コーンウエイ
 多数の結集のもと陽気な雰囲気に包まれて、五月十一日ロンドンで開かれた社会主義連合全国会議は、国中の組織からの報告を持ち寄り、地方選結果の討論を行った。バランスシートは満場一致で承認された。全体結果は、連合がこれまで得ていたものでは最良のものであった。連合は、全国組織となった一年半の後に、前進に向けた重要な一歩を記した。全国会議には、連合を新しい段階へと進ませることのできる新しい熱意と楽観主義の雰囲気があった。
 
 パレスチナ民衆支援
 
 そこで次に行われた論争は、パレスチナに関する、より正確には、パレスチナ民衆の闘いに対して社会主義連合がとるべき姿勢に関するものだった。この討論に対しては異なった部分があり、会議前には三つの決議案があった。
 スウィンドン地区の組織は、直接的連帯行動に関して意識的に絞り込んだ決議案を提案した。この決議案を提案する中でスウィンドン地区代議員マーチン・ウィックスは、中東での長期的解決が何であるべきかあるいは何であり得るかに関し急いで態度を決めることは連合にとって間違いであると主張した。とはいえ彼の意見表明の中では、彼が二国家共存の解決にまったくもって反対であることもまた明らかにした。
 AWL組織のマーチン・トーマスは簡潔な決議案の形で、二国家共存の立場を提案した。一方SWP(社会主義労働者党・注)のジョン・リーは、最終的に全体が同意した決議案を提出した。
 リーは、マーガレット・マニングと「労働者の力」のホスキッソンから出された修正案に反対した。前者は「単一の民主的非宗教国家」を支持し、後者は会議は戦略的方向を決めるべきではなく、会議を連帯に限定すべきであると主張しつつ、「単一の社会主義非宗教国家」を支持していた。
 二国家共存の解決を提案していた人々は小さな少数派であったということは論議において明らかだったとはいえ、双方の戦略的提案は票決で否決され、連帯に関する主要決議が通った。
 リーの決議案はまた、その下で連合が運動するべき二つの主要スローガンが、「パレスチナに自由を」と「インティファーダに勝利を」であるべきだと主張していた。オックスフォードの地区組織からは、上記のスローガンを「パレスチナ民衆との連帯」および「占領地からイスラエルは出ていけ」に置き換えるとの修正案が提出されたが、それは否決された。もっともその否決には、われわれは次の三つのスローガンを持つべきだと主張する意図があった。その三つとは、「パレスチナ民衆との連帯」、「占領地からイスラエルは出ていけ」、「インティファーダに勝利を」だ。民主的非宗教的国家に向けた要求を加えるならば、主決議はより強化されたと思われる。しかし結果は、現在の衝突のなかでパレスチナ民衆への連帯を届けるにあたって、社会主義連合にとっては良好な基礎となった。原則的な戦略的課題は、地域的、全国的レベル双方で再び論争されることになる。
 
 新しい流れの拡大へ
 
 取り扱われた他の主要項目は、今年の残りの期間での会議と行動に向けた提案だった。それは、すべてをうまく調整するには難しい複雑な討論だった。それらのいくつかの時期と組み立て方が論争の種となったとはいえ、結論的に一群の重要なイニシアティブに向け合意が形成された。それは以下のものだ。
*TUC(イギリス労働組合評議会・イギリスのナショナルセンター)大会後すぐの労組活動家会議。これは社会主義連合の労働組合工作を組織し、方向付けるために企画された作業会議となり、三月の活動家会議決定を前進させるものとなるはずだ。
*青年に的を絞った、新帝国主義と国際主義に関する会合。これは九月から年末にかけた時期に開かれる。
*通貨ユーロに関して政策を練り上げる、すべてのメンバーに公開される会議。これは、この問題に関する国民投票に先立って政策を決定するために、年末前に開かれる。
*来年一月開催予定の年次大会。
 選挙結果によって生み出された真の熱意とともにこの密度の高いスケジュールは、来るべき数ヶ月間を通して社会主義連合が強力な政治勢力となることを確かなものとする流れを、まさに投票箱においてではなく、街頭で、職場で、そして大学で確かめることになる。
注。SWPはイギリス国内最大のトロツキスト組織。独自の国際委員会を組織している。日本ではトニー・クリフ派の名で知られているが、彼は亡くなっている。 
  

 フランスの新しい政治的力
       LCR大統領候補 オリビエ・ブザンスノー
 
 大統領選挙はわれわれに、ル・ペンへの二〇%、スーパー嘘つき(シラクのこと。TVコメディでそう茶化され流行語になった―訳者)への八〇%という形で苦いものを残した。ル・ペンはうち破られたがしかし、彼は五〇〇万票以上を受け取った。今シラクは、法と秩序、さらに経済のウルトラ自由主義を強調することでわれわれの顔に泥を浴びせようとしつつある。
 極右と右翼に対決する上で、再結集したかっての与党の左翼にその能力はない。「統一左翼」は誰もだますことはできない。それはただ、多元的左翼(前与党左翼の自称―訳者)の、ジョスパン政府の政策を続けたいだけだ。緊張がまさに積み上がろうとしている社会的政治的危機の状況においては、あいまいな政策、公約の破棄、新自由主義との調停、また経営者への譲歩は、ただ権威主義者と極右のために道を清めることができるだけである。この伝統的左翼は、この国が経験することになった政治的地震へと導いた原因と闘うための道具ではない。
 今日、過去二〇年、次々と引き続いてきた諸政府が追求してきたすべての政策と根元的に断絶した新しい力、党が必要とされている。政府内にあった左翼の政策のバランスシートを明確にしたいと願う何百万もの選挙民、社会主義の活動家、環境主義者、共産主義者にLCRは対話を呼びかける。われわれは、社会運動と運動組織のすべての活動家に、この新しい力の内容と綱領を討論するために対話を呼びかける。
 われわれはまさに今、LCRとその協力者とともに、「一〇〇%左翼」のすべての活動に加わるための労働者の戦列に、真の左翼の政策を防衛するために自ら関わることを欲しているすべての人々を必要としている。きたる議会選挙に一緒に取り組むことをLOが拒否してしまったことを、われわれは深く残念に思っている。

 フランス民衆の急進化を背景に、LCR(第四インターナショナルフランス支部)の若干27歳の無名の郵便労働者、オルビエ・ブザンスノーは4%以上を獲得した。第1回投票結果判明後LCRは、極右ルペン打倒に向けた労働者の共同した行動の最前線に立つことを決定した。
 イギリス地方選
             社会主義連合高得票
                                                           アラン・ソーネット
 社会主義連合は五月二日の統一地方選挙にむけて二〇九人の立候補者を立てた。これは左翼の立場に立つものとしては、ずば抜けて最大の数だった。結果は、現在まで達成したものの最良の一つとなった。それは昨年の総選挙よりも、その低投票率を考慮に入れたとしても、はるかに良好であった。
 
 ロンドンでの得票倍増
 
 結果全体の上で、ここにはかなりのバラツキがある。いくつかは明らかに躍進と言うべきものだったが、他はもっと控えめなもの、次の挑戦に向けた標識とみなすべきで、社会主義連合の知名度をより広げたものだった。
 ロンドンでは議席に挑戦した八十八の選挙を平均して七・五%を得票したが、それはロンドン議会選での得票のほぼ倍だった。もっとも強力な都市区はハックニーであり、そこでは挑んだ議席十三を平均して十二%近く得票した。そして十三選挙区のうち十で社会主義連合は保守党を上回った。この結果は、ハックニー議会に生じていた危機と、社会主義連合地域組織の展開した強力な運動双方を反映していた。
 ロンドン以外での最高得票はウイーガンでのものであり、そこでは二人の候補者がそれぞれ二十一・四%と八・三%の得票だった。メイフフィールドでは二人の候補者がそれぞれ十二・七%、九・九%、スウィンドンでは一人の候補者が十・九%を獲得した。
 これらの選挙結果は、財政削減と私有化に対する反対をまったく含まないが、その問題と同じくらい重要なものであった、戦争への反対、パレスチナ民衆への連帯、そしてこの国への亡命申請者の防衛を含んだ社会主義政綱に基づき立候補した候補者によって勝ち取られたものだった。
 
 上げ潮の社会主義連合
 
 これらの結果は、社会主義連合にとって前進に向けた重要な一歩だ。われわれは今、連合を再活性化し、築き上げるための機会を手にしている。連合は今回の地方選に大胆に踏み込んだわけではなかった。この間の二、三の補欠選挙での結果は芳しいものではなく、多くの連合メンバーは現時点での選挙の見通しにも懐疑的だったのだ。この選挙結果はそのすべてを変えた。この結果は選挙戦へのわれわれの確信を増大させ、次の介入を鼓舞している。
 社会主義連合は、きわめてよい状態にある。連合はこの二、三ヶ月間に一千名以上の活動家が参加した労働組合会合を開催し、さらに今回の選挙でよい仕事を成し遂げた。
 いくつかの都市で近々に、補欠選挙がある。そこでの非常な好結果が見込まれている。
 (ロンドン市内の詳しい得票状況、候補者名は省略した。中見出しは訳者)
 注。社会主義連合は、労働党の左の立場に立つ諸組織、諸個人の多くを結集する統一戦線組織であり、第四インターナショナルイギリス支部もその一員。なおイギリスには現在スターリニスト系列のいわゆる「正統的」共産党は存在しない。