2002年11月10日        労働者の力             第 152号

漂流の度を深める日本政治  
求心力を喪失しつつある野党陣営
  
川端 康夫
 


 第二次小泉内閣の発足後、日本政治はますます混迷と漂流の度を深めている。まず最大は竹中大臣による経済政策の巻き起こした深刻な対立が上げられる。竹中は就任早々のペイ・オフ解禁の二年延長で自民党執行部との接近を見せたが、その後はアメリカの圧力のもとに不良債権処理の強硬方針を練り上げ、銀行界はもとより自民党執行部との正面からの衝突を引き起こした。極めて極秘に練り上げられたこの方針は、今は宙に浮いた形になっているが、その趣旨はかつての長銀―新生銀行方式を踏襲した大手銀行の国有化―売却のシナリオと伝えられている。これを歓迎するのはもちろんアメリカである。
 そして小泉は相も変わらず具体的内容には触れずに竹中方針を支持する趣旨の発言を行っている。しかし誰も信用はしていない。片方にデフレ対策の補正予算編成が声高に騒がれている一方での不良債権処理の強硬方針であるから、アクセルとブレーキを同時に踏むようなものである。まったく小泉内閣の政治的基調は混乱そのものといっていい。そして小泉はその混乱を収拾するつもりもないらしい。
 
 野党の迷走
 
 他方の野党側もお粗末なものである。先月二十七日の一斉補欠選挙は与党側の勝利に終わった。半年前には野党サイドの圧勝と見られていたにもかかわらずである。小泉に北朝鮮問題という望外の贈り物があったとしても、あまりの野党の非力さであった。
 その原因を探るとすれば、まずは民主党の政治的、組織的求心力の喪失ということを上げるべきだろう。去る党首選は鳩山代表が辛うじて逃げ切ったが、対抗馬となった菅の力量も相当なものと示され、その菅が役職を辞退し、党組織内部の亀裂がさらに深まる様相を示している。世間の注目を浴びようとした公開の党首選は、そのあまりのお粗末ぶりに逆効果となってしまった。一方に改憲と積極的武装を掲げる勢力があり、他方にそれを拒否する横路等の勢力がある。そして後者のグループと重なる形で、平和フォーラムが有事法制反対の闘いを続けている。これが民主党の現実であるとすれば、解党してそれぞれ出直した方がいいのではなかろうか。連合は相も変わらず平和フォーラムに対して、他党勢力との共闘を禁じる通達を出し続けている。これもまた大きな組織的矛盾のはずだ。
 社民党もまた相次ぐ現職議員の離党によって、組織のがたつきを明らかにした。なにか党組織がぼろぼろと自然崩壊していっているような印象すら受ける。
 この両党共に、長野知事選で受けた打撃の大きさをもろに味わっているのだろう。田中康夫知事の圧勝に終わった長野知事選においては、この両党は中央と当該県組織の方針が食い違い、いわゆるねじれ現象を露呈した。民主党の長野は羽田孜の地盤であり、かつ連合長野が反田中にまわって、田中人気にあやかりたい党中央の意向を拒否した。
 田中知事の脱ダム宣言は、画期的なばかりでなく、まさに新鮮そのものだった。民主党や社民党が政党としての個性を鮮明にしていこうとすれば、田中知事の方針を全面的に支持する必要があった。それができなかった。これでは政党としての意味がまったくない。とりわけ社民党にとっては打撃は決定的であったろう。連合の顔色をうかがったとはいえ、そもそも組織的体力が弱体化している社民党が政治的な魅力をも失ったとしたら、存在はまさに無意味である。長野の社民党は政治生命を失ったと言って良いのではなかろうか。
 社民党が中央とねじれ現象を起こしているところは他にもある。たとえば静岡であり、ここでは地元社民党は静岡空港建設を支持している。本来は社民党を支持するであろうと思われる市民活動家たちが静岡空港反対闘争の先頭に立っている現実があるにもかかわらず、である。社民党は現実の政治運動からまったく遊離しているとしか考えようがない。このような地方組織など、解体してしまった方がいいのではないか。
 
 政治的蓄積の食いつぶし
 
 このように与野党を通じて政治的混迷と漂流の度合いが深まっている。九〇年代から引き続く不況、長期停滞からの脱却の方策を見いだせない現状において、与野党共に政治的資産を食いつぶしてしまっているのだ。小泉を代表とする右派政治家は、依然として改憲と海外派兵という長年の夢の実現に期待を馳せているが、そのこと自体は少しも新しいものではない。岸派以来の伝統である。これに対して橋本派は親中国の立場を崩さず、さらに軽武装という吉田以来の伝統を維持しようとしているが、これも別に新しい方向性を打ち出しているわけではない。ブッシュ政権の登場と長期不況という現実に対して、橋本派もなにか打開の方策を見いだしているわけではないのである。もし何かがあれば、この派は倒閣を方針としているはずだ。
 野党も実情は変わらない。民主党は大枠では新自由主義の枠組みにあり、かつ基本的にはアメリカを向いている。ここには何一つ独自性や新しさというものが見られない。九〇年代初頭の政治傾向にただ依存しているだけだ。
 社民党は旧時代の東西対立期の政治の解体という客観的条件への対応能力をまったく欠いている。党機構を握る社民党協会派の無能力ぶりには開いた口がふさがらない。北朝鮮の拉致問題の浮上で困惑した党内事情がそれを如実に物語っている。
 こうした野党の現状が、小泉「巧言令色」内閣の延命を支えている。いわば、進路なき漂流という日本政治の現実の投影である。
 
 新たな世紀の新たな政党を
 
 以前にも述べたが、二一世紀に対応した新しい政治と経済の方向性を提示できる政党が、こうした混迷と漂流を打開できる。言い方を変えれば、新しい政党が必然的に求められ、かつ形成されてくる必然性が存在している。
 それは、二一世紀の東アジアに基盤を求める政党である。そして同時にアメリカとの同盟関係から離脱し、新自由主義のグローバライゼーションを投げ捨て、多国籍企業の渡り鳥性を押さえ込む、東アジアの経済協力圏を形成することを大局的に志向する政党である。ここにおいては、一九六〇年代以降、日本の労働運動を呪縛してきた「政治と経済の分離」が基本的に克服されることになるだろう。日常的な労働運動の課題と大局的な運動の目標が、一体のものとして結びつくからである。
 そして同時に、それはその当初から、東アジアの各国を貫いて形成されていかなければならない。低賃金の構造を求めて移動する多国籍企業の渡り鳥性を阻止する闘いは、まさに国際的でなければならない。
 私は、そうした政党のための活動を公然と開始する時期に来ていると考える。その活動の形態を仮に「東アジア社会主義的民主主義研究会」と名付けているが、香港、台湾、韓国にいる政治グループとの協同の党形成運動として早急に準備を開始する必要がある。
 世界的に反グローバライゼーションの闘いは拡大している。ブラジルではPT(労働者党)が大統領選を勝ち抜いた。PTはポルト・アレグレで開催されている世界社会フォーラムの地元主催団体である。また、世界社会フォーラムは、世界の各地域ごとにフォーラムを開催することを決めており、アジアにおいても来年はインドで開催されることが決定されている。
 昨年末に発足したATTAC・JAPANの活動は一挙に日本国内に拡大し、先日のボベ氏を招請して開催した一連の集会には全国で二〇〇〇名が参加している。
 こうした世界的動きが、新しい東アジアに基盤をおいた政党の形成を後押しするであろう。機は熟しているのである。
 もちろん東アジアは世界の他の地域と異なっているという事情がある。それは中国、北朝鮮という二つのスターリニズム起源の一党独裁国家の存在である。それゆえ、東アジアでの新しい政党の活動は、中国と北朝鮮での何らかの政治的民主主義を実現するための闘いを同時に担わなければならない。東アジアの社会主義的民主主義の実現、東アジアの協同の経済圏形成の闘いは、こうして複合的性格を持たざるを得ないのである。
 私は、こうした大局的目標が短時間で可能になるとは考えてはいない。また日本民衆を代表する政党の実現も容易いとは考えない。こうしたことは相当の時間を要するであろう。ブラジルのPTも、政権党となるためには結成以来二〇年を要したのである。
 だが、大事なことは新たな左派政党のために共同の活動の目標をつくり出すことである。(十一月七日)
 横堀団結小屋修復運動始まる 
                     
横堀団結小屋維持会
 
 二十七日ジョゼボベさんを案内して加瀬さんが横堀団結小屋に来ました。その際、壊れたフェンスのことや中核派が鉄塔に登ったことを説明しました。団結小屋の土地所有者である加瀬さんは、私たちに、管理をしっかりやれと要請しています。公団、警察、中核派の立ち入りを許さないようしっかりと小屋を管理したいと思います。十一月十六〜十七日には、小屋の修繕、植樹とともに、看板も立てます。多くの方の結集をお願いします。
 十月二十七日(日)に小屋の修理をしたので報告します。
この日は、夜はジョゼ・ボベ歓迎会がありました。
■雨漏りは何とか防いでいます。しかし、隙間がたくさんあるので、十六〜十七日の泊まりは、寒さを覚悟してください。
■バリケード。南側、北側の外れかけた鉄板は、不安定で危険なので、外側へ倒しました。代わりに金網を張ったがまだ足りない。倒した鉄板は、重くて動かせないので、人数が揃ったときに、一箇所に集める必要があります。
■ジョゼボベさん鉄塔に登る。赤旗にサイン。
 二十七日夕方、ジョゼボベさんが来日し、木の根ペンションで歓迎会がありました。翌日、関西むけて出発する前に、横堀、東峰を尋ねました。横堀団結小屋にもやってきて、鉄塔の途中まで登りました。削り取られた大地を見て何を思ったのでしょうか。
 案山子亭では、「空港 NO!」赤旗に、サインをしてくれました。何と書いてあるかは、十六〜十七日の現地集会、交流会でのお楽しみに、是非自分の目で確かめてください。
 連絡先 辻 和夫 kz-tsuji@nifty.ne.jp
 
 もう一つの世界は可能だ
 
ジョゼ・ボベさんと大いに語る東京集会に6〇〇名以上 
              
 
 十月二十九日、表記の集会が東京の文京区民センターで開催された。ATTAC・JAPAN、農民団体、消費者団体など多くの人々の準備の下、会場満杯の六百人以上がつめかけ、熱のこもった集まりとなった。
 ジョゼ・ボベさんは、マクドナルドやモンサントなど多国籍アグリビジネスから農業を守るために果敢に闘ってきたフランス農民連盟の著名な活動家。今年春には、イスラエルのパレスチナ攻撃に立ちはだかる人間の盾活動にも参加した。それゆえ、世界で日々高まる反グローバライゼーション運動を体現してもいる。ボベさん自身は「希望のグローバリゼーション」を呼びかけている。その重要な足場が世界の農民運動が結集するヴィア・カンペシーノ(農民の道)。この中で氏は、多国籍アグリビジネスから農地と水と作物、つまり農業を取り戻す運動を全世界的につなぐために奮闘。ヴィア・カンペシーノは発展している世界社会フォーラムの中心的推進主体でもある。
 従って今回の訪日は、日本の農民運動の中にも強い関心を呼び起こし、各地の集会にも多数の農民が駆けつけた。東京集会には北海道農民連盟の農民が六十名以上参加し、日本農業の持続可能性が破壊されようとしている現状を切々と訴えた。民衆の生存の基礎である農業の民衆的防衛を訴えるボベ氏は、農業や環境に新自由主義のグローバライゼーションが加えている深刻な打撃を、極めて整然と論理立てて、しかも具体的に明らかにした。実に雄弁でかつ説得的(通訳を引き受けた増田さんもすごかった)。参加者には最近では珍しく若者が非常に多かったが、静かに真剣にメモをとる姿が印象的だった。現在誰の目にも明らかとなっている全般に広がる危機が、次第に心ある若者を動かし始めている。
 講演後何人も質問を希望した。しかしそれは不可能。ボベ氏は直ぐ新幹線で新潟へ移動なのだ。何しろ今回は超過密日程。十月二十七日から三十日まで四日間で六回の集会を、三里塚、大阪、京都、東京、新潟、福岡とリレー。その間に国会議員との会合、マスコミ取材が入る。
 このひどい日程の原因はフランス政府の弾圧だ。ボベ氏に十一月五日、十四ヶ月収監といの判決が出されそうなのだという(ATTAC・JAPANではこの弾圧への抗議署名を受け付けているので詳細は、attac-jp@jca.apc.orgまで問い合わせを)。
 東京集会では、前記の農民以外に、食・平和・労働・環境の日本の運動からも問題提起がなされた。ボベ氏の講演と合わせ、私有化とグローバリズムが地域の共有的基盤を解体し、人々の生活のつながりを断ち切ってゆくことへの闘いが共通に訴えられた。民衆による「希望のためのグローバリゼーション」が求められている。
 
 危険に満ちた 世界の幕開けと革命派の責任(3)
 ―民衆的抵抗から社会主義的革新へ―

      W 資本主義―迫られる決死的跳躍
 

ケインズへの決死的賭け


4―1.戦後資本主義(後期資本主義)は、一九七〇年代前半、歴史的限界に直面した。

―中略―

 一国的な壁に守られていた各国ケインズ枠組みの機能は、最終的に崩壊した。各国の国民経済は七〇年代中葉以降、世界資本主義の停滞という総体的条件の下でより激烈化する国際競争の圧力に、さらに通貨への投機をも含めて直接揺さぶられることとなった。
4―2.ところで、戦後資本主義を大枠的に性格づけたケインズ路線の性格とはどういうものだったのか。結論的にいうならばそれは、政治が主導する、階級闘争対応―階級闘争の非政治化―の路線だった。その意味でこの路線には、前述した歴史的力関係への適応(3―13.16)という性格が明確にあり、その限りで一定の成功のチャンスが与えられていた。
4―3.それゆえ資本主義のケインズ的転換とは、古典的帝国主義からのある種必然的な理論的、合法則的進展などでは決してない。その二つの間にはむしろ断絶がある。その意味でこのケインズ的転換とは、ブルジョアジーがいわば民衆に強制されて決断した苦痛に満ちた譲歩、決死の跳躍というべきである。新古典派とケインズ派は三〇年代、路線の当否をめぐって激しく論争した。ハイエク―ケインズ論争として知られるこの論争のなかでハイエクは、ケインズの路線は資本主義を長期的には衰弱させると、ある意味で「正しく」批判した。これに対してケインズは、生きるか死ぬかのときに、遠い先のことなど知ったことかと切り捨てたのだった。ケインズ路線の本質的性格は、このケインズの回答に明瞭に示されている。そしてブルジョアジー総体は、このケインズをまさに政治的に選択したのだ。
 それゆえケインズ的転換は、単に経済政策変更にとどまらず、労働者民衆との関係の作りかえとして社会全般の刷新に及ばざるを得なかった。このようなことが整合的に、淡々と進むことなどありえない。事実として、ケインズ的枠組みの全世界的確立は、第二次世界大戦という未曾有の惨禍、旧社会の暴力的破壊を背景としてはじめて現実のものとなった。
4―4.すでに触れたようにケインズ的転換は、資本主義が客観的に足をおいていた歴史的条件の発展に適合していた。それゆえこの資本主義の革新は、いくつかの幸運な条件を追い風に、資本主義の救出に成功した。資本主義は戦後新たな生命力を得た。
 しかしすでにみたように七〇年代初頭、その生命力は明白な衰弱を明らかにした。世界的成長率はまさに激減した。この時期以降資本主義は客観的に、どれほど可能であるかは別にして、体制の新たな抜本的刷新を迫られることになった。
4―5.戦後資本主義の直面した上記の問題を最も早く、七〇年代初頭に先立って提起した論者は同志エルネスト・マンデルだった(『後期資本主義』)。彼の主張は一般に「長期循環論」として知られている。しかし彼の主張の主意は「長期循環」という形式にはない。その核心は、資本主義が、その内部構成から外見まで一新する、昆虫の見せる「変態」のような抜本的刷新を介してしか発展の可能性はない(歴史的にそのように発展・展開してきた)、というところにある。その意味でこの刷新はブルジョアジーにとって常に決死の選択であり、論理的に導かれ成功の保証された合法則的、機械的移行などではない。
 したがってマンデルは、社会的激変をめぐって全民衆が対峙せざるを得ないこの局面こそ、労働者階級が歴史の転換を賭けて介入すべき時だと、主張する。七〇年代初頭に幕を開けた時代をマンデルはそのように性格付け、そこでの主戦場を「再生産領域」、すなわち投資の戦略的方向付けとその民衆的統制に定め、第四インターナショナルの闘いを鼓舞し続けた。
4―6.八〇年代以降脚光を浴びたレギュラシオン派も、表現は違うものの蓄積様式の転換との定式で、資本主義の刷新を主張した。彼らの場合、民衆力量の歴史的上昇を明確に視野に入れ、そこへの資本主義のより深い適応を追求する性格が色濃い。その意味でレギュラシオン派の刷新には、ある種の合法則性がそれゆえ、よく問題を熟知した賢明な指導の下での整合的移行の可能性が想定されていると思われる。このような評価の一端は、レギュラシオン派が事実上の理論的背骨となっているフランス「緑の党」の行動によって示されている。
 みてきたように資本主義に迫られている問題を明示的に主張する潮流は少数である。しかし七〇年代初頭以降の資本主義が新しい活力を結局得なかったことは、これまで述べてきたように明らかだ。この冷徹な事実が問題の真の意味を否応なく明らかにしていくだろう。

新たな選択―労働者の受動性が頼り

4―7.一方七〇年代初頭、生きた生身のブルジョアジーが現実に直面していたものは利潤率の大幅な低下だった。たとえば五〇年代前半以降の日本での総資本営業利益率の推移をみると、六〇年代末以降顕著な低下がはじまっていた。この低下はその後も一時をのぞき回復せず、七〇年代以前の半分に低下し、いまに至るまで低下し続けている(大蔵省・法人企業統計)。
 経済理論がどうであれ、生身の諸資本にとっては、この事実こそが最も切実で絶対的に解決されるべき問題であった。
4―8.この資本の切望に応えたものこそ新自由主義だった。サプライサイダー(供給派、すなわち資本側)と呼ばれたこれらの論者のメッセージは明快だった。「収益を保証せよ」、これである。生産の停滞を打破する決定打を投資に求める新自由主義派にとって、そのために「収益の保護」は不可欠の一体的条件であった。この観点からは、利潤に制限を加え、資本活動の手を縛るものはすべて「悪」とされる。
4―9.労働者を中心とする民衆の抵抗、それゆえの政治的壁は当然にも予測できた。しかし支配層主流は、一定の躊躇と動揺を残しつつ結局新自由主義を選択した。七〇年代から八〇年代初頭にかけた激しい「供給派―需要派」論争、イギリス保守党に鮮明となった分裂的状況とサッチャーによる制圧に、この間の支配層内の軋轢が示されている。
 経済理論家の大多数は、この新自由主義的転換を経済理論の進歩に根ざした必然的なものだと、いわば単線的「進歩史観」的に解釈している。日本で反主流の論客とされる金子勝氏にしてもそのような傾向は強い。
 しかしすでにみたように、新自由主義(新古典派) とケインズ派との論争の基本には何も新しいものはない。三〇年代と七〇年代初頭で変わったものは、支配層が身に迫って受け取っていた脅威の違いなのだ。何をさておいても解決が必要だと彼らが認識した課題に合う路線、理論が選択された。これが真実である。
4―10.逆にいえば、当時の支配層にとって労働者の予想される抵抗は必ずしも脅威とは受け取られなかった、ということになる。この認識がまさに支配層の新自由主義路線の選択という決断を後押しした。
 そして確かに、当時の労働者民衆のなかには、支配層の上記の判断を根拠づけるいくつかの否定的状況が明らかに成長していた。
 ・確かに先進工業諸国内の労働者階級の多数は、全般的に深く体制内化されつつあった。ケインズ枠組みの下での労働条件の改善は着実に安定的に進んできた。このなかで資本主義そのものとの対決が後景に退き、改良への待機的意識が全般化した。
 ・同時に、政治的民主主義の定着、前進と「一国的平和」の持続もまた明白であり、民衆的反抗の性格をより限定的なものにとどめていた。
 ・さらに戦後帝国主義は、旧植民地地域に政治的独立を与え、直接的支配を経済的従属に変えた。この結果「植民地問題」は表面上、旧植民地地域の国内問題となった。この体制の対応もまた、労働者民衆多数の目から、帝国主義の問題を隠す重要な要因となった。
 ・一方、ソ連をはじめとする労働者国家の民主主義抑圧は、広く知れ渡りつつあった。五六年の東ドイツから六八年のプラハの春に至る一連の経過は、とくにヨーロッパの労働者、青年のなかに、「社会主義」体制への嫌悪感を育てた。それはひるがえって、当時の資本主義体制への受動的受容の、もう一つの根拠となった。
 ・体制への統合は、労働者運動指導部の場合はとりわけ顕著であった。それはブルジョアジーにとっても疑う余地のないものだった。それゆえ、この指導部の下での闘争が中途半端で優柔不断なものとなることは十分予測可能なものだった。新たな指導部が形成されるまで、労働者民衆が混乱することもまた、ブルジョアジーは当てにできた。ブルジョアジーは、この混乱が労働者民衆の運動そのものへの不信とそこからの個人的退却にまで進むことを期待していた、と考えてよい。
4―11.こうして支配層の新自由主義的転換の決断は、いわば労働者民衆の不意をつくものであった。七〇年代初頭からはじまった経済的・社会的混乱は人々に、改良を生み出す基盤そのものへの脅威と映るものでもあった。それゆえに、「経済の安定―インフレ阻止」を全面に掲げたサッチャーは、労働者内部にも一定の期待を広げた。
 そしてその限りで新自由主義の攻勢は、資本の収益の障害物を一定程度破壊できた。利潤率の低下をくい止め、一定の回復には成功した。
 しかしその攻勢は基本的に、体制内化した労働者指導部の民衆的抵抗阻止能力に依存したものだった。体制はこの指導部もろとも、労働者民衆の対抗的自治空間、闘争の枠組みを破壊し、民衆の社会的介入能力を奪い、自身で直接民衆を掌握する地点まではとうてい踏み込めなかった。資本は依然として労働者と交渉しなければならなかった。
 大きな傷を負ったとはいえ、労働者は闘争能力、組織能力を保持し続けた。その上にさらに、ヨーロッパ、ラテンアメリカを中心に、指導部の刷新、運動の刷新に取りかかりはじめた。この刷新は、アメリカにおいてすらはじまっている。
 それゆえ、資本の取り戻すことのできたものには限界があった。利潤率は一時の回復の後、八〇年代末以降ヨーロッパでは明確に、顕著な低下に入った。日本の状況はすでに触れたように長期低落である。アメリカのみがとくに九〇年代、他国資本の犠牲の下で安定した高利潤率(しかし七〇年代以前以下の)を実現した。しかしそのアメリカ資本の「宴」も終わったことはすでにみた。
 
―新自由主義、資本主義救出能力不在を露呈 
 
4―12.結局、資本主義が七〇年代初頭客観的に直面した課題に対する新自由主義の回答は、まったくの役不足のものであった、といわなければならない。それは資本にとって、また支配層全体にとって最大で唯一の目標といってよい経済成長、利潤回復の長期の安定すら実現できなかった。民衆にもたらした災禍は、いうまでもない。「ニューエコノミー」はまさに生まれなかった。そしてその底には、二章、三章で取り上げた、新自由主義が本来的にもっていた特質的欠陥、いわば歴史への逆行が横たわっていた。
 新自由主義的転換のしめした不能性は、社会的課題に立ち向かう能力を備えない資本主義の歴史的不毛性を暴露するものである。
4―13.上に結論づけた新自由主義の不毛性は最終的に、労働生産性革新の失敗として、すなわち歴史的基準における失格として帰結するだろう。
 IT技術を筆頭とする技術革新に基づく生産性上昇が、とくにアメリカで歌い上げられている。しかし現代はまさしくグローバリゼーションのもとで、原材料、中間製品、完成品が国境を越えて激しく行き交わしている。そしてその下で価値移転は当然国境を越えてこれまた激しさを増す。IT技術を駆使するアメリカでの一国的労働生産性には、数量的基準であれ、付加価値基準であれ、水ぶくれの要素が不可避的に組み込まれていることを忘れるべきではない。そして現実の統計の示すアメリカの労働生産性上昇は、その水ぶくれの上でも七〇年以前に届いていない。
 いずれにしろ現代にあっては、労働生産性は世界的広がりにおいて検討されるべきだろう。このように考えたとき、この四半世紀の、さらに今後の労働生産性発展には大きな疑問符が付く。
 ・生産の総体的停滞のもとで、世界全体では先進工業諸国で職場から放り出された労働者数をはるかに上回る人々が、特に途上地域で新たに資本の下に(はるかに過酷な条件の下に)包摂されたと推測できる。そうである限り、世界的レベルでの労働生産性はさして向上していないことになる。
 ・一方で多くの地域で、労働能力は単に捨てられている。労働生産性を全体としてさらに高める可能性は、労働能力を未来に継承する機会の喪失も含めて、生かされていない。その上に捨てられた労働能力は、何らかの形での社会的扶助の対象となり、社会的に節約可能であるはずの労働力を社会に強制し、労働生産性の全体的向上を制約する。
 ・一章で触れた労働の、とりわけ集団的熟練の解体は、必ず将来の労働生産性を低下させるであろう。その上にマニュアル化された労働の個人化は、そこに付随する即製的な技術訓練もあいまって、労働の質を明らかに劣化させている。まったく表面化していないが、いま日本の製造業、とくに大企業の現場には相当な荒廃が進んでいるとみてよい。雪印や日本ハム、また三菱重工小牧工場の例は、氷山の一角でしかない。
 現実の生産の場には、労働生産性退行の危険が深く埋め込まれ、その兆しはすでに現れている。
 
資本主義を越える道へ 
 
4―14.七〇年代初頭に資本主義に突きつけられた抜本的刷新への課題はいまなお残されている。新自由主義的転換の不毛性の暴露を通じて問題は再び元に戻された。
 ケインズ的革新がそうであったように、また新自由主義的転換の破綻が示すように、資本主義の抜本的刷新がもし可能だとしてもそれは社会の全般的再編成なしにはありえない。それはまさに社会の諸階層すべてを揺さぶることになるだろう。その意味で諸階級の全面的な激突は、われわれの前に待ち受けている。
4―15.この激突を通してどのような社会が生まれるのか、ブルジョアジーが絶望することはないとしても、資本主義がはたして新しい生命力を得ることができるか否かは、あらかじめ何も決定されていない。すでに確認した民衆的能力の歴史的上昇、それゆえの新自由主義の破綻、さらにその上、商品世界の爆発的拡張を絶対的に制約している、いまでは誰もが認めざるを得ない地球環境の深刻な危機、を与件とした場合、資本主義の可能性が極めて困難で狭いものであることは明白だ。
 ブルジョアジーにとっては道を見いだすことの困難な未来が待ちかまえている。しかしそのことは同時に、労働者民衆にも主体的な歴史的選択が突きつけられている、ということを意味している。すなわち、ブルジョアジー、旧来の支配層全体を踏み越えて、新たな人類の歴史を自らの手で創造する道へ踏み出すという選択である。
 七〇年代初頭から新自由主義の四半世紀を貫いて、現代の時代全体の性格は、そのように概括される。
 歴史上常に人類に用意されていた、もっとも安易で広い道は、社会総体の反動的転落、歴史的退行の道だった。人類の歴史は、一定の文明的前進が一転して暗転し、長期の深い退行へと落ち込んだ社会の事例をいくつも刻んでいる。現代社会がそのような道をたどらないという保障はどこにもない。その現実性はすでに、核戦争の危機や地球環境崩壊の危機として提起されている。進歩は、自動的宿命ではなく、人間の主体的選択を通じてしか実現できない。
 資本主義の未来は確定されているとの決めつけ、すなわちブルジョアジーの主導性に結局はすべてを預ける道はいまやきわめて危険なものとなった。その意味で、労働者民衆の主体的選択には人類の未来がかけられている。
 
X 支配層―能力の衰退と資質の劣悪化そして冒険主義

支配層の能力を奪う民衆への依存

5―1.支配層にみられる資質のいかがわしさはいまや世界的普遍性をもせている。
 伝統的支配層全体をおおうこのような「威信」の低下はしかし、一時的なものでも、偶然的なものでもない。そこには、歴史的で不可抗力的な根拠がある。
5―2.なによりもまず民衆と支配層の間の力関係は歴史的に深く変化してきていた(三章)。伝統的支配層の民衆への無条件的優位性はすでに大きく損なわれている。
 その上で体制の労働者、民衆への質的依存の進展は、不可避的に伝統的支配層の直接的民衆掌握力を腐蝕させざるを得ない。ますます高度化し、複雑化する生産と社会システムは同時に、支配層の状況掌握のために、また彼らの意志を民衆に強制するために特別な、専門的中間代理人を不可欠のものとした。しかしこの中間的代理人の客観的役割は、体制の民衆的自治への依存が深まるに応じて、鞭を振るう「監督者」から「民衆との交渉人」へとその比重を変える。現代の企業職制の資質では、どのような形であれ配下の労働者から同意を得る能力が不可欠になっている。
 こうして支配のメカニズムは中間代理人の民衆との関係に大きく依存するものとなるが、それはまた伝統的支配層を生きた現実から隔離することを意味する。階級社会に基礎をおく支配においては、支配層のこの民衆からの隔離は、支配層の民衆支配能力を、時と共に確実に掘り崩す。
 歴史における社民党政府形態の登場は、労働者代表に委任された民衆支配として、上にみた一連の歴史過程を象徴するといえる。
5―3.現代世界の実質的支配者である大ブルジョアジーはとくに、生きた民衆とのつながりを極度に欠いた存在になっている。超大独占企業となった彼らの企業は、その内部に分厚い官僚機構を埋め込み、直接支配下の労働者との間に高い障壁を築いた。一方外部では、各操業地と遠く離れた本社という形で、地域社会から企業権力上層を切断した。企業活動のなかで、自身の工場の中で、あるいは地域社会のなかで何が起きているのか、その実際のところを彼らはほとんど知らない。昨今の企業不祥事はその現実を赤裸々に暴露した。大ブルジョアジーは、生きた現実への責任を、抽象的な観念としてではなく、自身の感覚としてつかみ取ることをもはやできない。
 ブルジョアジーが地域の市民社会の一員であることを前提としたアダム・スミスの世界はもはやない。資本の独裁を原理とする企業運営は、歴史的条件に明確に反するものとなっている。
5―4.資本主義的グローバリゼーションは、上にみた問題をさらに深刻なものとした。資本主義的グローバリゼーションの主役は明らかに多国籍大独占資本である。そしてこの大独占資本の行動はいまや、「無国籍的浮き草」と化し、民衆的世界から決定的に切断された中枢からの指揮の下で展開されている。中枢と民衆の間にはいかなる直接的交流もない。
 コンピュータを介して数字を目まぐるしく動かしている国際金融資本においてそれは極端なものとなる。彼らは民衆についてのどのような具体的像を持つこともなく、民衆の生活を激変させる決定をいとも無造作に繰り返している。竹中の能天気はその卑小な実例である。
5―5.こうして大独占ブルジョアジーと地域社会の関係は、一般的にきわめて弱いものとなる。大独占ブルジョアジーの地域社会の統合と民衆の支配はそれゆえ地域に残る共同体的秩序に根付いた伝統的権威を代理とする間接的なものとならざるを得ない。このような代理は多くの場合、地域に土着する地場資本や地主などの地方有力者また宗教的権威によって果たされてきた。多国籍大独占資本の安定性は、本質的にますます地域支配関係の安定性次第となる。次号に続く


前号までの内容
T新自由主義の四半世紀
 社会の貧困化
 生産にしのびよる荒廃
 希望のための拒絶
U固有の社会を作れない新自由主義
 生まれない新しい社会
 ニューエコノミー
 破壊される、社会の持続可能性
 新自由主義の拒否が不可避に
 以上一五〇号
Vかつてない力を持つに至った民衆との衝突―歴史的力関係
 労働者民衆への深い依存
 歴史が作り出した民衆の力
 民衆無視の新自由主義は転落する
 以上一五一号 
―戦争への動員―
    グローバライゼーションの武装
                      クラウド・サファティ          
 
 二〇〇一年九月十一日以前には、いまとは違うもう一つの世界があった、というのは本当だろうか。ある人々は、世界の至る所への軍事干渉というアメリカの決定はその日からはじまった、と信じている。しかしそう考える人には、九〇年代に亘る米軍の世界中での軍事干渉の数が四五年〜九〇年の期間の数よりも多いものだった(米議会の研究に従えば)、ということを思い起こすことが有益だろう(注1)。
 もっともそれは、十年以上も間すでに実行されてきた方針の重大な深化がブッシュ政権の綱領であることを否定するものではない。その目標は、ただ一つの超権力としてアメリカの地位、その支配的位置を、過去二世紀に亘る資本主義の歴史とは比肩できないものとして打ち固めることである。
 
 「軍・安全保障業複合体」の勃興
 
 この攻撃の加速は、軍事予算の大幅な増加から先ず明白だ。クリントンはすでに、九九年〜〇三年期に議会が一一二〇億ドルの増加を承認するよう貢献していた。ブッシュの下で国防予算は〇一年に三〇四〇億ドルにまで上昇した(これは九・一一以前に議会を通過した)。さらにこの額は〇二年には三五一〇億ドルに上昇。この上昇は〇三年には三九六〇億ドルに達し、〇七年までに四七〇〇億ドルになることが予定されている。
 これらの額は、ペンタゴンの注文のほぼ半分を受注する一握りの大企業グループ(ロッキード・マーチン、ボーイング、レイセオン、ゼネラル・ダイナミックス、ノースロップ・グラマン)を第一に潤す大量の兵器計画を支えている。これらのグループは、九三年から始まった集中化の波から立ち現れ、心配りの効いた注意を払われながら、また金融資本と年金基金に支えられて、そればかりか、産業再編の開拓先をしつらえ、その上でかなりの手数料を懐に収めた金融アナリストとコンサルタントの助けの下で地歩を築いた。他の部門におけると同様に兵器産業グループにとっては、「株主のための価値創造」は賃金コストの切り下げと売り上げ増を必要とする。後者は国防総省との取引および輸出それぞれの増大を要求する。結果は以下のとおりだ。すなわち、〇一年九月一一日と〇二年八月末を比較した場合、SP五〇〇指数(ニューヨーク株式市場における主要企業五〇〇社の株価対応)が二〇%下落するなかで、軍需大企業株価は一〇%上昇したというわけだ。
 大兵器産業グループは、九・一一以来創出された状況から満足のいくもう一つの要素を、国家安全局設立の形で得ることができる。兵器産業グループは、交通運輸と通信におけるコンピュータ基盤の安全保障を改良するために必要とされる技術開発を請け負うには十分な好位置にいる。軍需向けにすでに開発されてきた種々の技術は、「民間の」安全保障市場に対してもまったくたやすく導入可能なのだ。その上に議会と諸政府機関は、安全保障事項に関して相当に強化された規制に向かった。政府との緊密なつながり、むしろ共犯関係を前提とすれば、上述の動きはただこれらのグループを極めて有利な位置に置くことになるだけである。こうして軍需産業グループは、「軍・安全保障業複合体」の枠組みを形成することになる。そしてこれはまさに今世紀初頭にアメリカで出現した。
 アメリカの軍・安全保障業複合体はまた、新しい兵器システムをも開発している。資本のグローバライゼーションが社会的基盤荒廃を加速するという文脈のなかで、高度に洗練された兵器を装備した兵士によって闘われる「市街戦」(この表現はペンタゴンの専門家が採用したもの)の準備が、軍事予算の中で大きな位置を占めている。その目的は、南の諸国の巨大な集団をなす民衆との戦争に加え、結局は北の都市の「危険な諸階級」との戦争を遂行することにある。
 
 略奪で結ばれた戦争経済と金融市場
 
 資本のグローバライゼーションと地球の軍事化とは結合したものである(注2)。新自由主義の主張とは反対に、グローバライゼーションは平和のより高い段階を表すものではない。事実アメリカは、その二つの進展における中心的な位置を占めている。
 その加速された軍事化は、いくつかの目的を満たすものである。それは、実際の、また想像上の双方の潜在的な敵に対するアメリカ帝国主義の優越性を強化する。それはまた、同盟諸国との関係では、臨界効果(ある事が起こるためには、その状態以下ではまったく無意味であること―訳注)を生み出そうとする。同盟諸国は、ミサイル防衛システム(五〇〇億ドル以上のコストが見積もられる)あるいはFX―35戦闘機計画(見積もりコスト一〇〇〇億ドル以上)に対し同等の力を持つ計画を開発することは不可能だ。
 そして社会的抵抗を犯罪に仕立てる策動があり、それは〇一年九月一一日以来諸政府によって課せられてきた市民的自由に対する重大な制限と相携えて進行している。それは、資本のグローバライゼーションに挑むすべての者は潜在的な敵であり、軍事的流儀で扱われるに値する者であると告げるものだ。
 さらにそのうえ、みてきたようにそれは軍産複合体を満足させ、安全保障産業の成長をもって市民的分野への影響力を拡張する可能性を軍産複合体に与える。
 この戦争経済は、戦後数十年力を持っていたものとは非常に異なった関連のなかで構築されている。まさに状況は二つの点で異なっていた。第一はマクロ経済(先進諸国での高成長と社会的進歩)であり、第二は地政学(アメリカとソ連による、各自の利益に対応した世界の組織化された分割)である。
 七〇年代以降、金融資本は卓越した地位を再確立した。八〇年代以来および九〇年代、金融市場は資本主義の中心的機構となってきた。それは労働者との関係で権力を集中することを資本に許し、ブルジョアジーと金利生活者の階級が目立って富むことを可能にした。
 しかしながら、労働力搾取率のかなりの上昇も、さらにロシアと東欧の新市場の開放も、資本主義の青年期を回復させることはなかった。地球的尺度でみれば、資本と資本の基礎である所有関係の拡張は、二〇年の間、資本蓄積の持続可能で、意味のある成長を生み出したわけではない。
 金融資本の卓越性とは、この状況の結末であり、かつその主要な内容である。というのも、金融資本の動力学は、できるだけ短期間の内にその金融資産から収益を引き出し懐に入れる、という必要性に基づくものだからだからだ。同時にその機能形態は、資本主義の略奪的特性を際だたせるものである。「後は野となれ山となれ、はすべての資本家、すべての資本主義国民のスローガンである」(資本論第一部、第三編、第八章)。このマルクスのコメントは、人が私有化―処分のバランスシートと金融資本が地球上至る所で組織した規制解体の方策に注目するならば、並はずれた現代性を持つ。アフリカ、南アジア、そしてラテンアメリカはすべて混乱のなかに投げ込まれてしまった。
 この関連において、「戦争経済」とそれが必然的に伴うことになる限界なき戦争は、金融市場の「信用」と機能のなかに統合されている。こうしてアメリカの金融アナリストは、イラクに対する戦争の勃発に続く軍事産業資産に対する「感情的買い」のおかげで生み出されるかもしれない資産市場ブームを思い描いている(注3)。この「感情」はもちろんのこと、イラク原油を支配するというもっと実のある展望によって支えられている。後者は副大統領、チェイニーによってもはや隠されてすらいない。
 略奪経済はもはや、「破壊様式」(人が生産様式について語るような意味において)のなかで戦争が武装集団を養っているアフリカの諸国に限定された現象ではない。ますます数が増えているアメリカとNATOによる軍事干渉は、人々が生きるために必要としている生産基盤の破壊に導いた。しかしながら、二〇年の間資本主義経済を特徴づけてきた不確実性と不安定という文脈においては、それらの干渉はただ僅かばかりの投資見通しを切り開いたにすぎない。
 二〇世紀前半期、帝国主義間の対抗は二つの世界大戦という奈落に人類を押しやった。今日、資本主義大工業諸国の反目の強さを否定するものはまったくない。しかしアメリカと他の先進諸国間の軍事力格差のような他の要因が、大西洋両岸地帯諸国間の経済上また貿易上の対立が軍事的対立へと移行することを許さない(注4)。ただしそれは、アメリカとEU諸国の軍隊による干渉や戦争の増殖が示すように、二一世紀初頭における帝国主義の時代が何かより平和であるとはまったく意味しない。
 
 帝国主義と戦争
 
 「帝国主義」という用語はこれまで、急進的潮流のなかで、さらにマルクス主義潮流のなかですらまったく適切に受け止められてきたわけではない。むしろより好まれた用語は一般にアメリカの場合に切り縮められた「帝国」という用語である。他方でそれは、九・一一以後金融出版物の中に再登場することになった。それは、外交事案に関するトニー・ブレアの助言者であるロバート・クーパーによって「理論化」されすらした。軍事干渉は必要であり、その後には、混乱に投げ込められてしまった諸国の厳格な管理(または一定期間の保護国設立)が引き続くべきである、とその理論は主張する。新植民地主義のこの新しい形態は、「国際社会」―それは地球を支配する諸国と、彼らがその計画を命じる国際機関(IMF、世界銀行、NATO)であるが―の援助の下で組織されると想定される。実際アメリカは、世界の混乱を単独で管理する意図も能力も持ってはいない。アルゼンチンの切り分けは、「アメリカ帝国」の必要ではなく、アメリカとEUの金融資本が必要としていることだった。
 アメリカの「単独主義」に関してEU諸国の示している懸念はそれゆえ、資本のグローバライゼーションに関する」本質的不一致に基づくものではない。それは、「世界の事柄」の管理において脇に追いやられること、すなわちイラクの戦利品の「一方的」分割を単に目撃する羽目になることへのかれらの恐れの現れなのだ。それゆえに、EUの最大諸国における軍事予算増大がある。(インターナショナル・ビューポイント誌一〇月号。一部中見出しは訳者)
*クラウド・サファティは経済学の大学研究者であり、本論文は第四インターナショナルフランス支部機関紙『ルージュ』に向けて書かれた。
注1。九・一一の直前、「国防総省によれば、六万人以上の米軍が約百カ国で作戦と訓練を遂行中だった。」(『ロスアンゼルスタイムズ』〇二年一月六日付)
注2〜4。省略。日本の読者にはまったくなじみのない出版物紹介であるため。
 
 
 
 
 
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