1990年12月10日        労働者の力             第16号
湾岸危機――11・29国連決議に反対する
 アメリカ帝国主義とイラクの戦争を阻止せよ

 (1)

 十一月の末ぎりぎりに国連安保理は、イラクにたいする「最後通牒」の決議を採択した。決議は二本だてで、一つは(アメリカ帝国主義軍の武力行使)を意味する「あらゆる手段の行使」の容認、二つはイラクのクウェート撤退の期限を一九九一年一月十五日とした。常任理事国五カ国と非常任理事国十カ国の投票は、常任理事国の中国が棄権、非常任理事国のうちキューバ、イエメンが反対であった。
 採択された決議はきわめて奇妙な性質のものである。
 国連史上はじめて全常任理事国の承認・容認にもとづき、その傘下加盟国(イラク)への軍事力の行使を、傘下加盟国(アメリカなど)の自由裁量に委ねる決議をおこなった。
 決議は、アメリカ帝国主義による中東の平和=制圧という図式を承認したに等しい。
 キューバ、イエメンの抵抗、反対は十分に正当な根拠をもつ。

   (2)

 ソ連(そして事実上中国も)は、その主張であった国連機構を通じた解決という枠組みから逸脱し、アメリカ軍の自由行動を国連の名によって承認・容認した。
 報道されるところによると、決議採択にあたって、常任理事国はクウェート領土から撤退すればイラクへの軍事攻撃をおこなわないという確認を交わしたという。また、平和解決を実現するための軍事行動容認なのだ、との主張もされる。
 ブッシュやベーカーとの折衝を重ねるなかで、いわば政治的脅しという意味における軍事行動容認という妥協点に達したのだとしても、こうした国際政治のかけひきのなかに帝国主義の積極的な武力=全面的な戦争宣言という選択を承認するという妥協が賢明だったとはとうていいうことはできない。はっきりいえば、屈服というべきことである。
 ゴルバチョフ政治の一つの特徴である戦術的妥協と技術的乗り切りの方法に依存しがちであるという傾向がもたらす不徹底さ、あいまいさ、事態に不透明感をあたえる方法がここにも示されている。経済援助をひきだす代償としてなんらかの妥協が必要だとしても、今回の妥協=屈服はそのような領域をはるかにこえている。
 アメリカ帝国主義が政治的脅しに限定するという保証はどこにもない。また経済危機に直面しているソ連(そして中国)が、いまやそうした保証を現実化する力をもってはいない。
 アメリカ帝国主義は、その「平和」への偽装という手段、期限がきれたなら、すぐさま総攻撃に移ることを明言している。
 帝国主義による戦争の承認という事実―これが決議の唯一の真実の意味である。
 
   (3)

 アラブの民衆は、イラク、サウジアラビアのいずれの国民であれ、フセインとブッシュの間で闘われる戦争とそれが確実にひきおこすであろう大量殺りくの危機に直面している。核と化学兵器を誇示する両国軍の全面衝突は民衆にとって厄災以外のなにものでもない。
 また、民衆にとってサダム・フセインの軍事独裁にかわるアメリカの平和、すなわち石油メジャーの利権を保障するアメリカの支配を求めているのでもない。
 アメリカ帝国主義軍の全面戦争態勢こそ、この国がイラク壊滅、中東世界の制圧の好機到来と自覚していることをものがたる。
 フセインの一貫した軍事冒険主義の積み重ねがこの地域にアメリカ帝国主義を登場させる決定的な要因であった。イランへの戦争を仕掛けて以降、アラブ支配層はアメリカ帝国主義への依存を強めた。
 いま、アラブ支配層はなんらの言い訳の必要もなく帝国主義への依存を全面化した。
 イラク民衆にとって、フセインの冒険主義の帰結が、イラク民衆の大量の殺りくにあるという事実を直視せざるをえない悲劇的局面である。
 だが悲劇はそれだけではない。隣国民衆への軍事的侵略と抑圧を承認する当時者としてありつづけさせられていることである。 
 強権と独裁――その持続は、いまや耐えがたい悲劇をイラク民衆にもたらしている。

    (4)

 ソ連と中国の選択は、こうしたアラブ民衆のおかれた状況と近づきつつある悲劇的未来を阻止するうえでは助けにはならない。またアメリカ軍兵士として動員されているアメリカの民衆にとっても国際石油資本の利益のもとでの犠牲を承認することにほかならない。
 必要なことは、まさにアメリカ軍によるイラクへの全面攻撃を阻止し、イラク民衆の大量犠牲と殺りくを阻止することである。フセインボナパルティズムがつくりだしているイラク民衆の悲劇を克服するために力をそそぐことである。
 フセインにとって、クウェート撤退は、政権崩壊にもつながるきわめて重大な打撃となる可能性をもっている。フセインの体制が軍事冒険主義に依存する独裁体制である事実によって、そのように言うことができる。フセインは政権崩壊の可能性にたいして最大限に抵抗するであろう。イラク民衆への強権的しめつけは経済困難の増大とともにさらに厳しいものになるであろう。
だがアメリカ帝国主義の全面戦争行為がもたらす厄災にくらべればはるかにましであるだけでなく、イラク民衆の独裁権力と闘うより大きな契機を拡大する。イラク軍内部でのフセインへの抵抗とそれへの粛清、トルコへの現役軍人の脱出などが報じられている。独裁国の内部の奥底に、官製のキャンペーンとは異なる、民衆の独裁にたいする抵抗が存在している。
 イラク民衆とともに、イラク軍のクウェートからの即時撤退、アメリカ軍=多国籍軍の解体と撤退が要求されなければならない。それは国連決議の道ではなく、帝国主義による全面戦争を拒否した平和の手段によってなされることが必要なのだ。
 国連決議は撤回されなければならない。
 アメリカ軍による全面戦争を阻止することが緊急な課題である。
 アメリカ軍による戦争に反対し、日本政府の多国籍軍=アメリカ軍へのいっさいの支援の阻止を。

 十二月五日 川端 康夫

第十三回世界大会議案(抄訳)
一九七九年以降の西側帝国主義諸国における女性解放闘争の発展

 一九九〇年二月の統一書記局会議が採択した決議


はじめに
 一九七九年の第十一回世界大会が決議「社会主義革命と女性解放闘争」を採択して以降、女性の急進化(ラディカリゼーション)の形態には重要な諸変化が生じた。
 決議は、われわれの運動がフェミニズムに対する従来の無関心あるいは不信といった態度から転換し、すべての国でそれぞれのリズムと具体的な条件に応じた独立した女性の運動を構築することを主張した。また、そうした運動を構築することが、女性への抑圧と闘い、真の社会主義を闘いとるための不可欠の条件であるという戦略的な性格を明らかにした。
 それ以降、「組織されたフェミニズム」は後退したが、しかし、この事実は女性の急進化の全般的な衰退を意味しなかった。急進化の重心は、急進化が表現される水路が変化したのと同様に変化したのである。フェミニストが直面している本質的な問題は、急進化している新しい世代の女性と結合し、これまでの成果を保持し、現実政治に影響をおよぼすことができるフェミニスト運動を再び構築していく道を発見することである。
 フェミニスト運動の後退は、相互に結合した二つの要因によって説明される。一つは経済危機であり、これがブルジョアジーに有利な方向に全体の力関係を変え、改良主義諸組織は緊縮政策の論理を受け入れた。メディアは、いくつかの国で、今や「ポスト・フェミニズム」の時代に入り、両性間の平等はすでに達成されているという見解を広めている。こうした状況、これはまた、多くの国で労働者側の活動が相対的に不活発な状況でもあるが、この中で、女性運動の弱さは、それが流れに抗して泳いでいけず、反資本主義的要求を実現できないこと、つまり真の女性解放がユートピアにみえることを意味していた。
 一九七〇年代には、女性運動の様々な潮流が、お互いに統一し、そして労働組合や民主的諸組織と国内的かつ国際的に連携して堕胎のような女性の権利を獲得したり、あるいは守るための大衆行動を展開することができなかった。これらの問題に関する法律上の一定の保証がこの種の大衆動員を弱めた。
 女性の抑圧の性格に関するわれわれの分析は変化していない。自律した運動を構築する絶対的な必要性、これこそが女性への抑圧に対する根本的で有効な闘争の唯一の保証であり、このことはまったく不変だからである。しかし新しい状況に対応した戦術上の修正が必要ではある。

 T 女性をめぐる状況とブルジョアジーの諸政策の変化

 一九七九年の決議に展開されている女性の社会的状況に関する分析の全般的な傾向は、今日も根本的に正しいが、次のような新しい要素をつけくわえる必要がある。
 ●あらゆる年齢層の、そしてすべての家庭からの女性が労働市場に大量に参加する傾向の持続。だが女性の賃労働への統合は、基本的にパート労働を通じて生じている。賃金差別と、職業訓練、昇進、労働条件などを通じた「男性の職種」と「女性の職種」との間の厳然たる区別とは、持続し、深まっていさえする。
 ●性と生殖を女性が自ら管理するよりよい技術上の可能性が存在するが、しかし多くの場合、法律は女性がその使用を自己決定する権利を否定している。
 ●大量の女性が高校卒業あるいは大学入学という高い水準で公教育を受ける傾向の持続。男女混合の学校の存在は必ずしも真の共学を意味しない。女性が受ける教育は人文系に限られ、女性の数は上の水準にいくほど急激に減少している。
 ●形式上の「男女同権」を当然とみなし、差別を違法とし、性的暴力に刑事罰を科すなどの立法化が進行したが、しかし歴史的に不利な立場に置かれてきた女性がそれを克服できるようにする積極的な措置は伴わなかった。
 ●子供があるなしにに関わらず、女性が一人で生活することを選択する傾向の増大。この傾向は、女性の側が要求する離婚、片親家族、一人で生活する女性の数の増加などに認められる。この傾向は明らかに、必ずしも自由な選択を表現しているのではない。しかし、こうした状況の存在は、女性の経済的、法律的な独立性の強まりによって可能になったのである。
 ●黒人および移民の女性は、人種差別に苦しめられつづけており、これが女性としての彼女たちへの抑圧と結びつき、それを強めている。
 ●男性が女性にふるう家庭内での虐待と性的暴力にに関する社会的な正しい理解および反対の強まり。
 ●従来は男専用であった公的部門への女性参加の拡大。これまでの女性の排除は、不平等な条件ではあるが、あらゆる公的部門や社会生活への女性の統合にとって代わられた。
 ●性的な習慣、風習の自由化、性的存在としての女性の承認。しかし、これはまだ、男女間のより大きな性的自由としては表現されていない。
 これらすべての現象はフェミニスト諸組織の政治的活動の反映であり、女性の意識、個人的な自律性、自負心の重大な発展と、社会的に形成されていた男女関係に関する硬直した固定観念の変化を意味した。これらすべての要因が、一九七九年の決議の状況とは違った、より複雑な――矛盾した面もあるが――状況を生み出したのである。
 A.伝統的な家族の変化と様々なブルジョアジーの政策
 上述の諸変化は、女性が家庭内にとどまり、家事労働と育児に専念し、その内部に支配関係を有していた伝統的な家族のモデルに重大な裂け目をもたらした。
B.女性への特有な抑圧に規定された大規模な職場への進出
 最も悲観的な予言とは逆に、経済危機という状況は、女性を家庭に押戻すことにはならなかった。すべてのヨーロッパ諸国では、女性の経済活動は拡大しつづけている。どこでも女性の失業率が男性のそれよりも高いにしても、一九三〇年代にあったような女性労働者を男性労働者で置き換えようとする体系的な試みは行われてこなかった。
 女性が賃労働に統合されている不安定な諸条件は、職業訓練、雇用条件、賃金での差別の全体にわたっており、貧困の女性化を結果している。
 女性が賃労働の世界に参加している具体的な状況は以下のようである。
 a パートタイム労働の増加
 ヨーロッパの労働組合は、パートタイム労働者に特有の要求に全般的に応えてこなかった。

b 職種差別
c 新しい技術
 新技術を利用した静かな革命が進行しており、労働者運動が守勢にある中で、労働の階層的な性による分断が構造化あるいは再構造化している。これらの変化は、資本家、帝国主義、家父長制社会の利益に適合したものである。
d フレックス労働制と労働の再編
 資本家は、新しい設備・機械の能力を最大限引き出すために二十四時間操業を望み、交替勤務、週末労働などの制度を導入し、女性労働者への夜間労働禁止措置を撤廃しようとしている。銀行や保険業の企業数の増加はまた、家庭にコンピュータの端末機を設置して女性の二重の役割をさらに「開発」して利用する動きを強めている。
 上述した攻撃のすべては、フレックス労働制の職種、労働時間、賃金雇用形態の導入に向かっている。支配階級は、大体が男性でしかも支配的な民族からなる少数の熟練労働者と、ますます増えていく膨大な女性、一部の若い労働者、移民、未熟練男性などからなる不安定雇用労働者との分断を形成しようとしている。後者は一時的な仕事しかなく、社会保障の対象になっていない。資本家は、こうした目的を達成するために生産の再編を進める中で、性による労働の分断をさらに固めることを狙っている。

e 失業と社会保障
C.堕胎の権利および女性が自分の体を自己管理する権利への攻撃
 a アメリカは、女性が堕胎する権利を制度的に認めた一九七三年のロウ対ウェイデ判決を覆そうとする最近の試みを通じて、こうした女性の権利に対する攻撃の最先頭に立っている。
 この攻撃は、既存の法律を制限しようとする迂回的な攻撃方法を生み出してきた。そうしたものとして、堕胎ができる期間の短縮とか女性が決定する権利を制限し親や夫、恋人により大きな権限を与えたり、未成年者には親の許可を必要とするなどのものがある。こうした既存法を制限する企みは、大衆動員の大きな反撃に遭遇した。
 しかし、一つの権利としての堕胎は、資本主義のもとでは、社会の中で女性に押しつけられている従属的な役割と鋭く衝突するため決して確固たるものではない。事実、これに関連するすべての法律的な変化は、権利としての堕胎を女性に与えていない。そうではなく、現代世界における「必要悪」として法的には位置づけられている。こうした攻撃は終わっていない。しかし同時にブルジョアジーは、この権利に対するいかなる挑戦への反撃も、それが限定されたたものであろうと、女性の能力を計算しなければならないことを知っている。女性の大多数は現在、これが独立のための闘いの根本的な要素であると考えている。

b エイズの流行に対するブルジョア政府の反応は、特に男性ゲイ社会に向けられた敵意の表明であり、……「安全な性」に関する性教育運動が、マスメディアや学校で行われるようになった。右翼は、この問題を利用して全般的な性の自由に対する攻撃を展開している。また、人種差別攻撃イデオロギー強化のためにも利用している。

D.公共支出の削減
 経済危機の兆候の一つは、資本家階級が労働力の再生産に必要なコストを削減する傾向に現れる。社会保障は、家庭における女性の未払い労働よりもはるかに高くつく。
 国家は、こうした負担を個別家庭に押しつけることを狙っている。母性にかかわる諸権利、育児・託児施設、健康・社会サービスなどに対する攻撃は、これらが女性が多くを占める職場であるため女性の失業水準を高くするだけでなく、家庭内部での女性の「無給」労働と抑圧とを強化する。

E.ブルジョア政治領域での女性
a 法的な諸権利
 一九七〇年代を通じて、……大部分の政府(右左を問わず)は女性の動員の圧力に押されて、女性の権利に関して大きな法律上の変更を行った。しかし、これらの法律は、実際上の効果は一般的にいってほとんどない。経済危機が深まる中で、政府はこうした負担を自分が負うことをますます避け、余分なコストを雇用者に押しつけようとした。しかし、こうした法律は、女性の期待を高め、闘う意欲を拡大する上では重要な役割を果たした。

b 有権者としての女性
c ブルジョア政治制度内の女性
 立法府や政府内部に女性代表がいないことは、それらの改革要求を強めた。いくつかのブルジョア政党は、女性代表を増やすという提案で対応したが、それが実現されたとしてもその程度がいかに小さいものであったかは驚くほどである。
U 女性にかかわる改良主義の戦略
 改良主義指導部は、大衆的労働者組織に対する指導権を維持したいこと、したがってその内部で自分たちの具体的な願望を表明しはじめた女性に対する指導権を維持することと、「資本主義の危機を管理」するという彼らの根本論理との矛盾にとらわれている。女性運動の参加者層の間で改良主義の考えの成長がみられる。
 改良主義の言説は、国ごとに違っている。全般的な枠組みは、男女平等の権利の主張に近いが、それを実現するために必要な行動を積極的に行う準備がない。改良主義指導部は権力を握っているいないにかかわらず、次第に右に押しやられており、資本主義の危機という論理を受け入れ、労働の場と社会で女性が受けている基本的な不平等との闘いを拒否している。労働運動が労働者階級の伝統的な工業労働者の狭い、経済主義的な要求に適応する程度に応じて、支配階級の諸政党は、彼らの偽の「フェミニスト」の旗のもとに女性を結集させることに成功している。

a 労働組合指導部
 多くの労働組合が一九七〇年代に紙の上だけで採用した方針自身は、きわめて進歩的である。しかし一九七〇年代半ばに形成された地域的あるいは職場での特別な構造(女性委員会や女性問題担当書記)は、指導部からの支援をまったく得られなかった。
 多くの場合、労働組合指導部の方針は、女性の要求に背を向け、それらを無視するかあるいは反対するというものであり、労働者階級の男女間の対立要因を深めていった。このことが、労働者階級の男女間に存在する支配関係を正当化することを助け、フェミニスト運動への収斂をさらに困難にしていった。

b 改良主義諸政党の指導部
 われわれは、一九七九年の決議の中で、社会民主主義とスターリニズム(特に後者)が近代フェミニズム運動の発展に対して緩慢にしか対応しておらず、その対応が家族への関与と労働者運動に対する彼らの影響力を維持・強化する必要という二つの要因に規定されている事実に注目した。
1 社会主義諸政党
 大部分の社会主義政党は、表面的ではあるが、女性票を獲得するため特別の措置をとり、ことに議員候補に女性を増やしている。これらの政党内部の左翼潮流は、この機会を利用して時には進歩的な措置をとらせることができた。
 女性省あるいはこれに類似した機構の設立は、女性の社会的圧力に制度上も対応する必要から生まれたものである。……その形式と実際の立場との矛盾は、これらの政党内部の女性たちの間での論議と分岐を促進していくし、その女性の一部は(フェミニストとの)統一行動に向かうだろう。
2 共産党
 この間の東欧における運動の高揚とスターリニスト支配への不信の決定的な拡大は、共産党にとって大きな衝撃であった。しかし、女性に関する共産党の方針と実践になにか重大かつ急激な転換を期待すべきではない。
V 女性の急進化、自主組織、自律的な女性解放運動
 女性解放運動の誕生は、女性大衆の生活における根本的な構造的変化を反映していた。フェミニスト運動は、女性をめぐる状況の社会的性格を明らかにすることに成功し、女性のジェンダーとしての反乱に表現を与えた。諸変化が生じたが、しかし女性の生活は、差別、従属、抑圧と規定することができる。これらの要素が、女性の活動性と急進化が持続している基盤である。
 女性解放運動が表明してきた考えの多くは、社会の大多数に受け入れられた。一九八〇年代のはじめには、この運動の停滞と分散があったが、これは制度や社会サービス活動への統合の結果であり、あるいは各種の領域別組織に分化した結果である。多くの場合、女性の諸組織は、孤立したり具体的または一過性の課題に集中していたが、それでも持続した。今日、スペインの他には、女性諸グループ間の全国的な活動調整機関は存在しない。この事態は、運動の弱さ、闘いと要求の個別化の要素を意味している。しかし女性の権利に対する具体的な攻撃への積極的な抵抗は持続し、新しい組織が特定のテーマに関して、あるいは一時的な行動調整のイニシアティブ装置として登場しており、運動の未来を楽観的にしている。
 女性の様々な闘争――組合、政党、その他の運動――へのより広範な参加が、状況の一つの将来像である。しかし、この状況は、潜在的に存在しているジェンダー意識のあれこれの政治的表現である運動の組織的強化には必ずしも翻訳されていない。
A.女性賃金労働者

a 女性組合活動家
 女性労働者の積極的な参加が、一連の労働者争議において中心的な役割を果たした。西ドイツ鉄鋼産業の女性労働者は、週三十五時間制労働要求闘争の前線に立った。彼女たちは、一九七二年にスウェーデンの社会民主党系の女性が最初に提出した七時間労働日という独自の要求を掲げた。
 デンマークの全未熟練女性労働者組合(KAD)に結集する女性たちは、一九八五年の復活祭に、経営者と主要労働組合連合体との交渉が決裂した後の事実上のゼネストで模範的な役割を演じた。
 一九八二年にイギリスの国民健康保険機構で展開された闘いには多数の女性労働者が参加し、炭鉱労働者、消防労働者、教育労働者といった他部門の労働者との意義深い連帯を闘いとった。
 労働者階級女性はまた、彼女たちの特別の要求のためにも闘った。スペインのアストゥリヤス州の鉱山で働く女性労働者の権利のための女性労働者の闘争は、その証しである。一九八四年には、カナダとアメリカで同様な模範的な闘いが行われ、法律による差別に反対して闘った。
 フランスでは一九八七年から、教育労働者、看護婦、託児所労働者のストライキが闘われ、女性全体が社会の前面に登場した。その水準は様々であったが、自主組織の構造を展開し、闘いの頂点から底辺までを自主的に管理した。

b 連帯闘争
 女性がストと連帯した二つの闘いの実例は次のものである。
 ●スペイン鉄鋼労働者の妻たちは、女性の調整組織を結成し、地域経済の中心であったサグント製鉄所を閉鎖するというゴンサレス政権の決定に反対する全国闘争を支援した。彼女たちはしばしば前衛的な立場をとり、その行動は、失業に脅かされていた製鉄労働者よりもはるかに急進的でかつ行動指向的だった。
 ●一九八四―八五年の保守党政権に対する全国炭鉱労働組合(NUM)の闘いの中から生まれた炭鉱閉鎖に反対する女性たちという組織は、炭鉱地帯に根づいた女性グループの自律した全国ネットワークであった。……女性のほとんどは、炭鉱労働者の妻であり、積極的な政治活動には慣れていなかったが、彼女たちの決意こそがストのあのような長期化を助け、サッチャーに反対する大きな支援をかちとり、CNDやグリーナムなどの平和運動、黒人や移民グループ、レスビアンやゲイのグループ、国際支援闘争などとの結合を可能にしたのであった。
B.労働組合におけるフェミニストの活動と労働組合の女性化
 a 多くの労働組合は、女性諸組織の圧力のもとにあって、女性組合員をつなぎとめる、あるいは獲得するために、その代表権に関する小さな譲歩や、最低賃金保証、堕胎の権利、職場でのセクシュアルハラスメント、メディアで表現される女性像、黒人女性やレスビアン女性特有の要求といった問題などを組合の論議に含めることなどの譲歩を強制されてきた。
 しかし、女性が労働組合の闘争や活動に大々的に参加することは、必ずしも組合内での女性組織の強化にはつながらなかった。女性の組織を強化しようとする試みは、しばしば労働組合官僚の否定的な立場と衝突し、ときには組合員多数の不信と対決しなければならなかった。あるいはスペインの例のように、特別の組織構造の維持に成功したものの、具体的な活動の点で問題に直面する事態があった。機会均等委員会やそのための計画案が多くの労働組合にあるが、しかし行動の点では同じように積極的なわけではない。
 女性が労働組合の諸組織を信用していないことは、いくつかの国では労働組合の外部に女性が自主的組織を展開したことに現れている。最も明白な実例は、一九八五年のフランス看護婦のストの際に結成された調整組織である。

 b 女性は、自分の闘いが支援され、女性としての要求が行動に表現されるためには、組合のあらゆる水準で女性の代表を増やさなければならないことを理解している。
C.社会的運動への女性の動員
 この十年間での最も顕著な女性の急進化の側面の一つは、エコロジー、平和運動、第三世界の解放運動連帯委員会あるいは第三世界救援運動などの社会的諸運動への女性の大衆的な参加である。
 特に重要な実例は、ヨーロッパの多数の国で反中距離核ミサイル闘争を展開した女性の平和運動である。女性は、軍縮の訴えを基礎にして、そしてたとえばイギリスとスペインのフェミニスト連合が強調したような軍国主義と家父長制との結合関係のゆえに、この運動に結集していった。この運動が採用した組織形態は、女性の平和グループ、大衆行動イニシアティブ、国際的な調整機関などのネットワークであり、これらの組織形態は女性解放運動から学んだものである。多くの女性、特に若い女性が、こうした運動構造の中でフェミニズムにはじめてふれるという経験をした。多くの場合、グリーナムコモンがそうであったように女性が最も力強い行動の先頭に立った。

 a 黒人および移民女性
 人種差別反対の闘争にはしばしば、黒人および移民女性が顕著に参加し、自分たちへの特有な抑圧――セクシュアルハラスメント、住宅、就職、健康保険や教育などの差別、移民法、女性の肉体と黒人および移民女性に対する暴力のとりわけ人種差別的イメージ、強姦と暴力につきまとう黒人および移民に関する人種差別者の観念などを取り上げた。
 b 若い女性
 男女が平等であり、女性がその性のゆえに抑圧されることはないという感情は、今日の若い女性の間にははるかに強く根づいており、女性解放運動について語ることは「古風」だとみられている。しかし若い女性たちは、避妊、セクシュアリティ、暴力といったフェミニズムの「伝統的な」テーマを発展させることができる運動にはひきつけられるし、そうした運動は女性を容易に急進化させ、地域や教育諸機関の内部で独自のフェミニスト行動を展開できる組織を形成できる。
 c レスビアン
 女性運動の細分化は、二、三の例外はあるが、レスビアン運動にも強く反映している。
D.左翼諸政党
 a 伝統的な労働者諸政党
 女性はたとえばイギリスの労働党、西ドイツの社会民主党、ノルウェイの社会民主党などの一般党員の間で自らを組織し、女性としての自らの要求に対応する方針と代表権の拡大のために闘った。これは、伝統的な基盤と新しい層の運動が結合した結果であり、元フェミニスト活動家たちがこれらの政党に加盟した。
 b ドイツの緑の党
 この党の内部には自立した女性の団が存在し、指導機関はジェンダーの割合に応じて選出される。会議での発言は、男女等しい時間が与えられる。全員が女性である議員団の指導部は、自党内でのセクシュアルハラスメントに公然と挑戦して大きな関心を巻き起こした。しかしジェンダーに関する方針論議は政治戦略の議論を避けられず、女性はしばしば優先させるべき闘いや緑の党が同盟すべき対象について違った政治見解をもつことになる。

E.フェミニスト運動
 伝統的なフェミニズムのテーマが、ときには既得権への攻撃への反撃として、あるいは既得権を拡大するための、新しい動員の課題として登場している。
 女性の状況の変化は、運動内部の政治的な分岐をもたらした。大きな分岐は理論の領域で生まれた。新しい理論テーマとともに、人種、階級、帝国主義、セクシュアリティなどの問題に関する理論上の分岐は、女性の間に存在する状況の違いを示した。国家とその制度に対するフェミニストの様々な態度はまた、理論論争を活発にした。その他の論点が、たとえば新しい生殖技術という新たな問題あるいは性的暴力といったテーマに関連して登場した。
 女性に対する性的暴力に反対する闘いの展開は、男性支配の最も傷つきやすい側面の一つにふれることになった。われわれは、この暴力の起源を女性への抑圧に求め、それを社会犯罪とみなす必要があると考え、女性の自主組織と自負心を強調する。別の傾向は、性的暴力を女性への抑圧の根源とみなし、ポルノ反対、検閲、警察の強化、より厳しい刑事罰などの一連の要求を掲げるものである。
 原理主義(「自然に帰れ」)の発展やいかなる形態の工業化も全否定すべきと考える新しい潮流の発展は、フェミニストの思想に大きな衝撃になった。新しい生殖技術が含んでいる意味は、こうした論議を促進した。これらの「自然主義」の諸傾向は、根本的に反科学であり、われわれの側の真剣な対応を要求している。
 こうした考えの核心は、女性への抑圧は生物学的な差異の結果であり、それは文化領域に反映しており、社会経済構成体の結果ではないとする見解である。こうした考えは、近代フェミニズムの男性性と女性性とは社会的な産物であり、したがって改変できるという初期の思想からの後退である。彼女たちは、初期フェミニズムの考えの代わりに、現在の資本主義社会の枠組みを前提にした「女性の空間」の形成を提唱する。
 こうした分化の過程は様々な潮流を生み出した。それらは次のように規定できるだろう。
 ●ラディカルフェミニストは、性階級の存在という分析の上に立って、両性間の闘いを女性解放闘争の唯一の要素とみなす。
 ●ブルジョアフェミニズムの様々な要素。主要には、支配階級とその政党と同盟して少数かつ特権的な女性層のためのささやかな成果の獲得を戦略としているという特色がある。
 ●改良主義フェミニストは、ジェンダーとしての女性の諸条件を決定している諸要因を考慮にいれないし、あるいはそれらの要因を支配的イデオロギーの産物とみなしたり、経済に還元したりする。この潮流は、国家の改革を展望し、それゆえ女性解放闘争を単純な社会の改革と「民主化」の問題にすりかえる。
 ●社会主義フェミニストは、女性の闘いを労働運動に最も密接に連結して考える。
 ●革命的マルクス主義フェミニスト。われわれは、われわれの理論、分析、政治的実践を女性の現実を形づくっている諸矛盾に適応し、女性の闘いを革命的展望に位置づけ、労働運動全体との結合の重要性を承認する。
 われわれは、これらの潮流間の境界は相対的な流動的なものであり、上述のカテゴリーを厳密にとらえてはならないことを強調する。また、こうした諸潮流に対するわれわれの関係も変化するものであることを強調しておくべきである。
W 革命的マルクス主義の路線
 女性への特殊な抑圧を否定し、それを文化領域に位置づけたり、生物としての差異の産物だと考えたり、この社会の中で女性への支配、女性の従属、抑圧を解決できるとみなす諸潮流とは違って、われわれは、ジェンダーの抑圧には物質的、社会的基盤があると主張し、女性が固有の政治的表現を伴った社会の主体となっていく必要性を訴える。フェミニスト運動は、女性の存在の根源性を個人、集団の両面で確立することができ、ジェンダーとしての女性に政治表現を与えうる唯一の運動である。
 フェミニスト意識が高揚する過程は、複雑であり、非常に多様な形態をとる。すなわち、社会的生産あるいは公共生活に参加したことによる矛盾を基礎にして、女性の具体的な現実と闘いに参加する条件の考察と理解を可能にする女性解放運動以外の運動での政治実践を基礎にして、人格形成を追求する中で個性を確立する過程を基礎にして、という多様で複雑な過程を通じてフェミニスト意識は高揚している。こうした過程のどれもが、女性を経済的、感情的、性的な独立のための闘いに導く。しかし、しばしば意識の個人的な高揚であるこの過程は、それが集団的な意識に、彼女自身とすべての女性に固有の現実を変革していこうという欲求に翻訳されないと、集団的な力にはなることはできない。
 われわれは、女性の希求に応えることや女性が参加する運動の急進化をはじめとして、女性が固有の諸問題を意識していくことを可能にしうるすべてのことを行い、女性の自主組織の形成を促進し、固有の利益を守り、そして自立した女性運動を強化していかなければならない。
 われわれはまた、職場や組合内で女性の権利を守り拡張できるあらゆる機会に、そのためのイニシアティブをとらなければならない。われわれは、家庭内での女性の責任と職場でのその立場との関連を体系的に明らかにしていかなければならない。われわれは、女性が自主組織を結成する権利や労働運動内で女性の代表をもつ権利を支持する。
 
 A.われわれの活動の基本軸
 われわれは、女性、とりわけ最も抑圧されている黒人および移民女性、女性労働者、若い女性、被抑圧民族の女性の権利擁護の運動を闘う。特に次の諸点を強調する。
 ●女性が自分の体を自己管理する権利のための闘い。堕胎および避妊に関する法律のいかなる後退にも反対する運動と、まだ堕胎が権利として認められていない国での法律によるその自由化のための闘いに参加する。
 ●女性に対する強姦、女性虐待、職場や労組内のセクシュアルハラスメントといった暴力をテーマにした行動に、この問題の本質を明らかにするキャンペーンやこれらの問題に関する女性運動あるいは社会的運動の構造に参加することを通じて介入していく。われわれの目的は、女性の権利を守り、女性への暴力を犯罪と規定する法律の制定である。
 ●賃金の減少のない労働時間短縮のための闘い。この闘いは、失業、フレックス労働制に対する闘争に女性を立ち上がらせ、女性の個人的に必要な余暇と時間という要求に応えるものとなる。
 ●男女同一賃金と女性の職業資格の承認。われわれは、賃金要求と、全国最賃制度をはじめとする女性が働き経済的に独立する権利のための闘いとを結合する。
 ●あらゆる形態の失業を拒否する。われわれは、女性の一部がパートタイム労働を選択している事実を理解するが、低賃金、縁辺化、未熟練などといったその危険を強調し、パートタイム労働の強制には断固として反対する。われわれは、臨時労働、在宅労働、不安定な「代理労働」などの労働形態の超搾取に反対する集団的な闘争を訴える。
 ●女性が伝統的な雇用パターンに挑戦するに必要な技術を容易にものにできるようにする職業教育、訓練、再訓練プログラムのための闘い。雇用と訓練における男女間での適正な割当などのための積極的な行動。
 ●女性の権利を社会保障に限定する一切の差別的な措置の撤廃を要求する。
 ●託児所・育児所などの社会サービスを最大限拡大するための運動に参加し、家事労働の共同負担を宣伝していく。
 ●レスビアンに対する一切の差別に反対し、女性がセクシュアリティのその在り方を自由に決定し、それを実行する権利を守る。

B.自律した女性解放運動構築へのわれわれの参加
 われわれがこれまで述べてきたことは、女性の日常生活のあらゆる側面に関わる闘争、つまり女性に対する特有な抑圧、とりわけ家庭内での抑圧に対する闘争を前進させることができる独立したフェミニスト運動の存在の決定的重要性を示している。
 独立したフェミニスト運動の存在こそ、女性特有の利益を一貫して守り、労働組合を革命の道具に転換していく条件である。この条件は、労働の性的分断をはじめとする労働者階級内部の伝統的な分断を根源的に問題にしていくことによってのみ形成されうる。
 こうした独立女性運動のとる形態あるいは形式は、国ごとに、その運動の歴史と現在の在りようによって変化するであろう。しかし運動の継続の必要、すなわち理論的成果、戦略をめぐる議論、過去の闘争の経験などの継承は、独立女性運動の形態を中心問題にしている。こうした継承がないと(この事態は、われわれの隊列や、特に青年組織の内部でもみられる)、われわれは、第十一回世界大会の綱領的成果からの大きな後退に向かうことになろう。
 前進していく道は、全体の政治状況によって単純に与えられるものではない。われわれは、政治的展望が困難だという理由で、労働組合を構築し、階級闘争派をその隊列の内部に形成していくために積極的に貢献することを放棄しない。また、われわれは、われわれが自らの方針を擁護し、その指導部の一員になっていくために闘うことができる、独立女性運動の構築に全面的に参加していくことを放棄しない。
ソ連邦はゴドーを待てない

 われわれの楽観主義も衰えつつある。ミハイル・ゴルバチョフとボリス・エリツィンが握手した、わずか一年前の世論調査は、全国的な楽観的気分の上昇を示していたのであるが。二人の握手の結果が、急進的な経済改革計画であった。しかし、二人の間に真の友情は芽生えていない。
 現在、二人は再び会おうとしている。彼らは、人々の祈りに注意を向けるだろうか。わが国には、もはや余裕はない。
 新モスクワニュース紙の発起人会有志(注)は、このきわめて厳しいときに当たって、以下の声明を発する必要があると判断する。
 (注 モスクワニュース紙は、今年八月一日から施行された「新聞及びその他のマス・メディアについて」法にもとづいて、エゴール・ヤコブレフ編集長らの編集部が「独立人民新聞」となることを決意して、発起人を募った。その発起人会のグループである)

新モスクワニュース紙の発起人会有志の声明
 一九八五年四月にはじまったペレストロイカはもはや平和裏には進行できない。民族紛争の結果、旧ロシア帝国の周辺部で血が流れている。心臓部で血が流れる可能性もある。国家は分解し、社会の風潮は前方により厳しい状況が待ちかまえていることを示している。われわれは、生活の困難さが増大していく中で、ますますパニックに陥っている。わが社会は重病であり、当局は、それを治療できないし、治療しようともしない。政府当局が最も緊急な問題への対処を怠っているようにみえる。わが国は、ひたすら内戦に向かっているように思われる。
 この困難なときにあたって、わが国と家庭を愛する人々に訴えることが必要だと思う。それゆえ、われわれは、民主的な世論と大統領に対して、緊急かつ決定的な措置をただちにとるべきであり、さもなくば悲劇は不可避であるという警告をもって、訴えるものである。

 第一に、全面的なグラスノスチ(情報公開制)が必要である。真実の半分あるいは公然たる嘘を口にする政治家が罰せられないということはあってはならない。この冬を過ごすのに必要な食糧と燃料がどれほどあるのか、ただちに情報が公開されなければならない。必要とされている食糧の輸入量や最善の食糧配布機構の全貌が明らかにされなければならない。インフレーションに関する信頼にたる責任ある当局者による予測が明らかにされなければならない。国家財政、対外債務、国防産業、進行中とみられる軍事改革の性質、KBGの予算とその人員の数や活動範囲などの真実が明らかにされなければならない。
 第二は連邦条約の将来についてである。われわれの危機は空前の段階に達しており、この危機は、各共和国がお互いにそれぞれを主権国家としてきわめて明確に認めあうことによってのみ解決できる。政治中心から全面的に独立した諸国家だけが相互に信頼しあえる建設的な関係を形成できる。連邦関係基本条約が採択されるのを待つのではなく、各共和国間の当座の緊急の取り決めを、それが基本原則上の不一致をもたらさないものであるかぎり、行わなければならない。政治中心は、様々な民族グループの感情をもて遊ばないことが賢明である。
 国民和解の核心は、ミハイル・ゴルバチョフとボリス・エリツィンとが安定した政治的なパートナーシップを形成することにある。二人の指導者は、これに失敗するならば、社会の激変をもたらすことを認識すべきである。
 第三は、食糧不足の問題である。政府が過去五年間のペレストロイカ時代に食糧問題の解決に失敗したことを正当化する理由はありえない。ソ連議会とロシア共和国議会は、土地を農民個人にその本当の私有財産として引き渡し、非能率な集団および国有農場をすべて解体するために必要な措置を確立するまで、休会する権利はないと、われわれは考えるものである。冬が近づいており、戦略備蓄品の放出をはじめとする緊急措置をとらなければならない。この措置は少なくとも、新思考が外交の分野で獲得した重要な勝利を明白な証拠をもってわが国民に提出するものになるであろう。
 第四。共産党が七三年間にわたって指導してきた国家が破産の淵にあることである。ソ連憲法第六条の廃止はなにものも変化させていない。党機構が地方の状況を統制しつづけている。彼らは、その一方で、新しい状況に適応している。国有財産を私有化するという口実で、彼ら、つまり党と政府の役人は、勤労人民がまさに逆のことを期待しているのに、公共財産を横領している。党はその財産を放棄するのではなく、人民に命令しつづけ、苦しめつづけ、物事を平和的に解決する機会をぶちこわしている。
 今は、高級役人を任命するノーメンクラツーラのやり方をやめる潮時である。そして党とソビエト(政府)の役職兼任を法律によって禁止すべきである。したがって、大統領は、(実質上の)書記長の職を辞任すべきである。
 第五は、軍とKGBである。東欧諸国から何千人もの軍の将官たちが帰国しつつあるが、彼らを待ち受けているのは完全に忘却されているという恐ろしい状況である。彼らの存在を価値あるものにするための特別の計画が必要である。彼らを必要とする計画が提出されないなら、軍が社会に与える脅威の可能性が増していくだろう。遅滞なく将軍の数の大幅削減と有力な文民を国防相に任命することが必要である。それによって軍―イデオロギー複合体の利益ではなく、国民の利益を守らなければならない。軍人の政治活動を行う権利を含む公民権に異議を唱えることなく、軍とKGBを信頼に値する法の正義と安全保障の守護者に精力的に「再組織」していくことが、現在の社会の爆発的な状況からして必要である。国家諸機構の非政治化は、積極的に軍務に従事している人はいかなる水準であれソビエト(議会)に選出されてはならいことを前提にしている。したがって、われわれは可及的速やかな軍の根本的な改革を要求する。それについて広範な議論が行われ、議会で検討される必要がある。
 第六。経済改革を実行できる政府が必要である。このような政府は、人民の支持と信頼がないと形成できない。現在の不人気な政府のできるだけ早期の辞任は、それに向けた第一歩、中間の措置でしかない。政府形成の方法そのものを変えなければならない。現政府は、本質的に軍―イデオロギー複合体に支配される工業独占体の政府である。単なる閣僚の入れ替えでは、その本質は代わらない。したがって、新しい政府の構造は、すべての共和国の様々な政治的運動を公平に代表する「信頼にもとづく円卓会議」において決定されるべきである。

 上述の緊急措置こそが、われわれの足元が崩れさるのを防ぎ、根本的に民主的な改革を進めることができる基盤を形成すると、われわれは考える。

 われわれは、ゴルバチョフ大統領に次のように訴えるものである。あなたの要求に応じて最高会議は、あなたに様々な権力を与えた。あなたは現在、それらの権力を独裁制を確立するためにも、あるいは民主的なペレストロイカをさらに推進するためのどちらにでも利用できる。独裁制はあなたを「最高の存在」たらしめるであろうが、国家を完全に荒廃させる。救いの道は、あなたがこの三月にすべての国民の前で明らかにした大統領就任の宣誓を遵守することにある。政治的な策術を用いる時期は終わった。あなたはもはや、「社会主義的選択」や共産主義の展望を持ち出して、今日の事態に対する責任を免れることはできない。決定的な行動をとれるあなたの能力を示すべきである。それができないときは辞任すべきである。
 われわれは、民主的的な世論に訴える。この困難な局面にあって、政治的意思を示し、行動力を発揮して、上述の措置をはじめとする緊急に必要とされている措置を実行していこう、と。今日、われわれすべてのよりよき、より幸せな生活への希求が朽ち果てる危険が存在している。
 今すぐ行動を! 明日では遅すぎるのだ!

署名者(略)
アブラッゼ、アダモーヴィッチ、アファナーシェフ、アムバルツーモフ、ボゴモーロフ、バイコフ、チェルニチェンコ、ゲリマン、カルヤーキン、クリモフ、レヴァダ、

トロツキー・シンポを傍聴して
織田  進


 ソ連経済の改革が停滞し、出口が見出だせない状況が続いている。トロツキー五〇周年シンポジウムの一つの大きなテーマが、この行き詰まりの中でのペレストロイカの進路を見定めるうえで、トロツキーの思想と実践を振り返り、学ぶことがどんな貢献を果たしうるかという点にあったことはいうまでもない。
 トロツキーの業績や個性が魅力に富んだ豊かなものであることに、好ききらいは別にして、異をとなえる人はいない。しかし、歴史としてのトロツキーが、今日崩壊に直面しているソ連邦、その労働者国家としての危機の構造の歴史的形成過程との関係において、どのような位置に立っているかについては、議論のあるところである。


 現在のソ連邦の危機は、きわめて深刻である。
 この危機が、歴史の総決算としての性格を有すること、一九三〇年代に確立されたスターリン型の官僚的指令制国有計画経済の本質的な諸矛盾が全面的に爆発したものであり、その意味でこの経済体制=生産関係の歴史的寿命がつきたことを明らかにするものであることは、まず確認されなければならない。
 同時に、現体制の臨終を見とり、次の時代を担うにたる「オルタナティブ」がひよわな萌芽の段階にあり、しかも互いにするどく対立しあう未統合の諸勢力にすぎないことも明白である。ゴルバチョフ自身を含めソ連の改革派指導部が何回も強調しているように、古い時代の終わりはすでに訪れているのに、新しい時代は未だ始まっていないのである。だから、この危機の原因を、たとえばゴルバチョフのあれこれの失敗や不明に帰したり、方針の欠如に求めたりする人々は、進行している事態の真の規模と、歴史的な性格についての無知や無関心をさらけ出しているにすぎないといえる。
 改革が直面し、突破できないでいる壁とは、ペレストロイカに自己の真の利益を見出だし、犠牲を支払ってその成功のために献身する決意を固めている強力な社会的勢力が登場していない、そうした勢力を生み出すまでにはプロレタリア階級は未だ成熟していないという限界である。
 それはペレストロイカが「上からの革命」の段階を抜け出せないでいることを物語っている。プロレタリア階級は、この「革命」にたいして未だ一体になっていない。それが、自分の「革命」であるとの確信を有するに至っていない。改革派の知識人、官僚勢力も、めざす方向にソ連プロレタリアートをしっかりとらえる「指導性」を持つことができないでいる。
 経済危機打開の方策は、「市場経済への移行」のテンポを最大限に早めること、それを可能にする強力な執行権力を確立するという点にしぼりこまれている。
 「市場経済への移行」を早めるのは、経済の運営当局や企業の経営主体が実質的に続けている改革の諸課題のサボタージュをやめさせるためである。言葉でペレストロイカに賛成しながら、従来からの方法やルールの枠を出ようとしない保守的な経済活動主体に、変革を強制するのである。
 だが、この強制の主体である大統領権力自体も、共産党権力の「上からの改革」の産物であり、まったく新たな推進力として下から、あるいは外からうち立てられた「革命権力」ではない。あせりにも似た「五百日」とか、その他の時間が宣告されたからといって、四分の三世紀の遅れを二年や三年でとりかえせるわけがない。政策当局の意図はよしとしても、改革の成否をはかるには、その十倍の物差しが必要である。
 現在、ソ連で進行している事態は、危機の打開が「市場経済への移行」の方向にしかないということを、ますます強調していくように見える。「民主的計画」の旗は、次第に見えなくなっていくようである。
 これはどのように理解すべきであろうか。やむをえないものとして承認し、あるいは積極的に支持すべきであろうか。それともソ連・東ヨーロッパの改革派指導部の誤り、裏切りであり、プロレタリアートの歴史的財産を資本主義に売り渡す犯罪なのであろうか。われわれは「民主的計画」を「市場経済への急速な移行」に対置してたたかうべきであろうか。


 それがわれわれにとって望ましかろうとそうでなかろうと、一つのことは明白になっている。それは、官僚的計画経済の後に民主的計画経済は接続しない、ということである。
 官僚的国有計画経済の崩壊が、民主的計画経済の主体の成熟によってもたらされたものではなかったという歴史的事情の故に、このことが必然になった。官僚的計画経済の崩壊を引き継ぐものは、市場経済への復帰である。なにものも、先行する支配を自分の力で打倒するのでなければ、新しい主人公にはなれない。官僚的専制支配を打倒したのは、「西側」の発達した生産力と市場に引きつけられたソ連・東ヨーロッパの人民である。つまり「市場経済」はこれら諸国の人民を媒介して「国有計画経済」にたいする「優先権」を貫徹したと宣言する権利を持ったのである。
 「民主的計画経済」が登場する権利は、「市場の失敗」を証明する実践を通して獲得されなければならない。それは、「民主的計画経済」の主体になる階級が、その実力を先行する体制・市場経済を通じて蓄積しながら、日程に上がらせる課題であるだろう。
 したがって、ソ連の指導部が「市場経済への急速な移行」を政策の中心に設定していることは、正当であるといえる。その上で、プロレタリアートの自主的な団結を経済活動の主体として組織するためにあらゆる努力が傾注されなければならない。労働者が管理する諸企業が、市場の中で大胆に活動し、しかも階級としての結集を強化していくことができるような道を探らなければならない。これは、現在の段階ではおそらくソ連でだけ現実性を持つ課題なのである。


 シンポジウムでは、何人かの報告者はこの問題にふれたが、結論的な断定は避けていたように見えた。なかでは、上島武氏が、非常に熱情的に、ソ連の危機とその打開のための提言を行ったのが印象深かった。
 氏は、市場経済への移行が一定の進歩性を有することを積極的に述べられたうえで、それが新たな矛盾、対抗を産出するものであることを指摘された。さらに、第二次大戦直後の日本の労働者の闘争を援用され、もっとも大切なことは、ソ連の労働者が危機のただなかにある経済の復興という国民的使命の担い手として、積極的に登場することであると強調された。私は、氏のこれらの主張が基本的に正しく、現実から出発して現実を変革していこうとする姿勢を示すものであると思われ、共感を覚えた。
 ソ連の危機はたしかに深刻であるが、ゴルバチョフと改革派指導部を打倒して、舵の向きを変える力を持った諸勢力が存在していないことも事実である。ソ連経済の危機からの脱出は、すでに独力では不可能なところにきている。西側資本主義の援助なしには、解決がありえない。そしてゴルバチョフ政権の存続は西側がソ連を支援する際のきわめて重要な条件の一つになっている。
 市場への移行は、遅かれ早かれソ連経済全般の現実となるだろう。その場合、これまで無前提な統制力を行使してきた官僚機構は、経済的合理性において裏づけられない限り正当性を主張できない。官僚の没落と経営者階級の台頭が進み、生産現場では労働者の発言力が増大していくこととなるであろう。
 第二次世界大戦後の資本主義の生産力の発展と経済の繁栄を支えてきたものの一つは、資本主義諸国のプロレタリアートが資本主義経済の発展にたいして積極的に親和的であったという事実である。これらの階級は、資本主義経済の発展を通じてその階級的利害を実現していく道を選んできたのである。
 ソ連のプロレタリアートは、市場経済の原理を積極的に受け入れ、その発展を支えようとするのだろうか。それとも、あくまでも抵抗の構えを保持しつつ市場経済に入っていき、労働組合主義的な実践を優先していくのであろうか。
 ソ連市場経済の発展のテンポは、プロレタリアートがこの経済にたいしてどのような態度をとるかによって、大きく左右されることになるであろう。その際、もっとも大きな影響を及ぼす問題は、農業の改革の成否であろう。農業の改革が成功しなければ、プロレタリアートの消費生活が改善されないからである。そして農業の改革は、小土地所有農民の大量の創出以外には、根本的な解決がないであろう。


 さて、このように問題をとらえてみるとき、冒頭に述べたテーマ、つまりトロツキーから何を学ぶかという点については、慎重な態度をとる必要がある。後進的農業が支配的であったソ連経済が、一九三〇年代から第二次世界大戦を経過して巨大な工業経済に転進したことは、真に驚くべき成果であったといえる。この工業経済なしには、ソ連はドイツの軍事侵攻をはね返すことができなかったであろう。
 それにもかかわらず、第二次世界大戦後の世界資本主義経済の発展にたいしては、ソ連経済は重大な遅れをとった。この遅れは、国有計画経済として組織された国民経済の構造の内部矛盾がもたらしたものである。
 矛盾の本質はソ連の工業化が、小土地所有農民の解体、絶滅のうえに成立したという点にある。農業生産力の発展を土台とし、その基礎のうえに工業化が進展したのではなく、農業経済をいわば奴隷制的に再編成して、工業経済に従属させた構造が、ソ連型の国有計画経済であった。このため工業経済自身も、広範な裾野に支えられることのない、いわば「需要」に直面しない「供給」という、いびつな構造に組織されることとなったのである。
 トロツキーは、強制的農業集団化には敢然と反対した。彼の主張した工業化と計画化は、あくまでも民主主義的なそれであり、市場の検証を通じるものでなければならなかった。農業発展と工業化の相互関係についても、スターリン型のモデルにくみしなかったことはいうまでもない。
 だが、ブハーリンが市場を通じる農業発展を工業化の基礎として重視したのにたいしては、計画化のいっそう早いテンポによる工業化の側に立って対立したことも事実である。これらの対立の論点や度合は、なおソ連共産党内部の闘争と、トロツキーのおかれた状況に規定され、必ずしも正確に把握できないことを考慮に入れるべきであるが・・・。
 今日のソ連経済の危機からの脱出は、一九三〇年代以来のソ連経済の構造を再点検し、再構築することによってしかなしとげられないという性格を持っている。
 トロツキーが民主主義の側からスターリンの専制とたたかったという大きな歴史的意義はそれとして確認しつつ、労働者国家をどのようなものとして構築していくかという根本問題の領域では、歴史としてのトロツキーの客観的な評価がなされなければならない。そのことなしには、今日のソ連の危機に立ちむかう武器を、トロツキーのなかに見出だすことができないからである。
一読者からトロツキスト諸君への檄

 1 真実の複数主義を
 いま、日本のトロツキズム運動は四分五裂の状態にある。ここ数年にわたって繰り返されてきた、その分裂の仕方は、私には納得がいかない。組織内差別問題、大会運営上の問題など組織の弱点を率直に「世界革命」紙上で公表する姿勢は支持できる。しかし有力なメンバーが次々と新時代社を去り、独立分派を形成していく過程で、各分派の主張は一読者にすぎない私の許には届かなかった。分派活動がきわめて不充分にしか「世界革命」紙上に反映されてこなかったからである。ただ分裂の事実を追認するだけである。
 トロツキーはスターリンの「一枚岩主義」に対して複数主義を対置した。複数政党制と党内分派の保証はプロレタリア民主主義の基礎だからである。そのトロツキーの後裔を自認する各派が示してきた分派闘争のやり方は、共産党や新左翼諸派と比べればはるかにましであるとはいえ、決して健全なものとは言いがたい。なぜわれわれ読者の前で積極的な分派闘争を展開してこなかったのか?
 2 われわれはどの派を支持するか?
 それぞれ分立した各派が自派の機関紙(誌)上で自派の正当性を主張している。第四インターの支持者たちはこの事態をどのように受けとめているだろうか? 「第四インターナショナルの支持者」といってもいろいろなレベルがある。深い、理論的な理解と主張をもった人々もいるだろうし、もっと素朴に活動家の献身的な姿に支持を与えている人々もいるだろう。そして、おそらくは支持者たちの多くは(私も含めて)とりわけどの派を支持しているのではなく、「第四インター」の理念とそれにもとづく国際的運動を支持しているのである。現在の分派闘争のやり方は、この共通の支持基盤に分裂を持ち込むやり方であり、納得できない。
 3 新たな統一戦線を!
 「レーニン主義組織論」が問われているように思われる。あるいは「レーニン主義組織論に対するこれまでのわれわれの理解の仕方」が問われているように思われる。形成された各分派が協力しあって一つの大事業をなし得るか、がこれからのトロツキズムの根底的価値を決めるのでないか、そんなふうに考えている。分派の形成イコール組織の弱体化イコール裏切り行為というのはスターリニズムの図式であり、新左翼諸党派中に何度もみられたものだ。自派を唯一絶対と思うから他派イコール裏切り者となる。はじめからパラレル(多元的)に考えたらどうか。
 今回のトロツキー・シンポジウムにおいて、第四インターナショナルが何よりも成果としなければならないのは、各分派がそれぞれの立場の違いを越えて協力しあったことである。このシンポジウムを「同窓会」に終わらせてはならない。強力な統一戦線形成の第一歩と位置づけるべきである。各派の主張は大衆的に明らかにされるべきである。各派の主張を同時に掲載できる機関紙(誌)の発行がぜひとも必要である。各派の平等の権利のもとに人材と資金を分担し、トロツキストではない人々も含めた広範な意見交換の場として、大衆の中で失われてきた信頼関係と各派相互の同志的(文字通り「同志」だ!)信頼感を回復し強固な統一戦線を形成し、共同行動を追求できる武器として、役立つ機関紙(誌)の発刊を提案する。
         十一月十八日
 自然居士(じねんこじ)
 以上は自然居士(じねんこじ)さんから新時代社、労働者の力社、MELT、他各位あてに送られてきたものです(労働者の力編集部)。