2003年9月10日        労働者の力             第 161・162号

第15回総会決議
ピョンヤン宣言一周年を迎えるにあたって

日本政府は日朝国交正常化に全力を注げ
 


(1)

 来る九月一七日、ピョンヤン宣言の日から一年を迎える。昨年九月、小泉首相は突如としてピョンヤンに飛び、日朝両国による国交回復に向けたセレモニーを行った。朝鮮民主主義人民共和国(以下、北部朝鮮と呼ぶ)のサインした首脳会談開催に小泉が飛びついたものである。
 両国首脳の会談は、掲載資料に示されるごとく、日朝国交正常化に向けて踏み出すための地ならしの位置を持つ内容であった。この「劇的な」両国首脳合意は、日本民衆に大きな歓呼の声で迎えられた。落ち込みつつあった小泉の支持率の回復という付随物をも伴って、大多数の日本民衆はここ十年来、緊張関係を増しつつあった両国関係に対する歴史的打開の道が大きく開けると受け止めたのである。北東アジアの、緊張から平和への道筋に、ようやくにして光明が差したと感じたのである。近くにありてなお国交がない唯一の国、北部朝鮮との国交正常化への踏み出しは、未だ解消していない北東アジアの冷戦構造解体への具体的踏み出しと受け止められたのである。
 
(2)

 だが、拉致被害者五名の一時帰国後に、事態は暗転を開始する。首相官邸の内部にいた、日本版ネオコンの一人というべき官房副長官阿部晋三を代表とする日朝国交正常化への反対派は、拉致被害者を日本に留めおくという手段を通じて、このピョンヤン宣言の趣旨そのものを覆す方策に出た。外交交渉における両国首脳の合意という事実そのものを破棄した首相官邸の指導は、ピョンヤン宣言に署名した責任者である小泉が、ただ傍観する中で進められたのである。
 北部朝鮮が説明した拉致被害者たちの現状報告は、あまりにも不自然なところが多く、画一的に「死亡」とされた人たちを含め、その真偽を質さざるを得ない内容であったことは否定できない。しかし、日本政府が九月の首脳会談の時点で、そうした点を含めて受け入れたからこその、ピョンヤン宣言であった。さらに同時に拉致被害者五名の一時帰国を通じて懸案の解決という道筋を引いたのである。にもかかわらず官邸は、外交合意を一方的に破棄するという手段によって、拉致被害者問題に自ら暗礁を作り出した。そして合意した日朝国交正常化交渉の十月段階からの開始という道をも自ら閉ざしたのである。その責任はなによりもまず日本政府にある。
 
(3)

 現在北部朝鮮を対象とする軍事的包囲網は、格段と強められる方向にある。アメリカ帝国主義は、「悪の枢軸」規定以降、軍事的手段の採用について、政策としてはどうあれ、基本的に行使する姿勢を崩していない。日本政府は有事法制によって、アメリカ軍への協力の方針を公然化した。一方、北部朝鮮金正日体制は、また自ら軍事脅威を演出する形で、自己の体制の国際的保障を取り付けようと、核武装方針を公然化させている。さらに日本政府は、拉致被害者問題をすべての入り口として、北東アジアの緊張拡大を抑止する方策を完全に放棄している。これらの三国はそれぞれに、北東アジアの軍事的脅威を増大させる方向に走っており、それらの行動は東北アジアの平和を願う民衆の欲求に百八十度逆らうものである。
 アメリカはその強大な軍事力を背景とし、かつその地理的位置からして、北部朝鮮の軍事冒険主義にほとんど直接の脅威を感じる位置にはいない。北部朝鮮が、核武装を背景に、自らの体制保障をアメリカ帝国主義に求めたところで、それはほとんど意味をもたない。北部朝鮮の瀬戸際政策が意味する軍事的恫喝は、事実上はもっぱら韓国民衆に向くことになってしまう。北部朝鮮が行っている瀬戸際政策と核武装の政策は、朝鮮半島の平和的統一を望む韓国民衆への敵対である。しかしそれは最悪の政治選択である。金正日体制は、民衆の平和への欲求に背を向け、ひたすら核武装を含む軍事的緊張を自ら押し進めているのである。
 北部朝鮮が自らの体制に正当性を見いだしているのだとすれば、自らが当てに出来もしないアメリカ帝国主義の「保障」を必要とはしないはずである。国際世論を引きつける外交努力、そして自らの国内における政権存立の正当性を示しつつ、北東アジアでの平和の枠組みを自ら築き出すことは可能なはずである。そしてそれしか、将来を切り開く道筋はないはずである。
 
(4)

 現在北東アジアの平和追求という面では、少なくとも二つの可能性が示されている。一つは韓国政府が依然として採用している太陽政策であり、二つは、昨年なされた日朝間のピョンヤン宣言である。そしてこの二つは少なくとも韓国と日本の大衆からの大きな支持を得てきている。
 こうした民衆の平和への希求を基礎とした政治的枠組みを北部朝鮮はこれ以上、弄ぶべきではない。こうした民衆の真摯な想いを、経済援助を引き出すための方策の手段に堕しめることは、結局は自らが北東アジアの平和の枠組みの希望を崩してしまうことになり、同時に自らの体制の正当性への疑念をさらに拡大するだけである。
 金正日体制は、政治的道筋を全面的に転換すべきである。そしてピョンヤン宣言の趣旨を生かそうと思えば、拉致被害者問題について、より踏み込んだ全面的な情報開示と拉致被害者と家族問題への解決のための方策を提示すべきである。もはや、日本政府の外交合意違約があったとしても、事態は、拉致被害者問題についての紋切り型の対応では済まない段階に来ている。核開発問題について開発停止を明確にすべきである。外交的面子や駆け引きの領域を越えて、これらの問題を早急に解決することこそ、日朝間に形成された隘路を自ら切開することにつながることを認識しなければならない。
  
(5)  
 
 北部朝鮮は、相次ぐ脱北者の登場に見るように、九〇年代の飢饉状態から脱しているとは思われない。党と軍の幹部が生活物資を独占し、余剰として闇市場に流される物資が民衆の必要物資供給の源泉であるという構造は、金正日体制が民衆の飢餓状態を放置しているに等しい。これには一切の弁解の余地はない。
 他方、アメリカのネオコン系統や日本の一部にも、北部朝鮮への経済制裁を声高に主張する傾向がある。東京都知事の石原が外務省外郭団体の北部朝鮮への米の人道援助を声高に攻撃した事実は、国連が主導して定着してきた食糧の人道援助すらを阻止しようとする意志の現れであった。
 しかし、アフガニスタンでも、イラクでも、そうであったように、経済制裁の犠牲者は飢餓に苦しむ一般民衆である。第四インターナショナルはかつて、アメリカが主導した国連によるイラクへの経済制裁に反対をし続けた。国連決議に基づく無慈悲な経済制裁はイラク民衆を直撃し、とりわけ新生児死亡の破局的増大を招いた。未曾有の大干ばつに見舞われていたアフガニスタンへの国連の経済制裁は、アフガン民衆の生存そのものを脅かす直接的な脅威となった。経済制裁を要求することは、独裁政権の下で虐げられている民衆に手をさしのべることでは決してない。まさにその正反対である。民衆の悲劇をさらに加速するだけに他ならない。
 たとえ北部朝鮮型闇市場経済という歪んだ構造の下であろうとも、経済制裁は民衆の末端に届くべき物資を停止することになる。餓死者を大量に出したといわれる大飢饉から完全には脱していない状態では、経済制裁は民衆の災禍という火に、さらに油を注ぐだけである。党と軍の官僚層の腐敗という障壁を越える道を切り開くことはまさに国際的な民衆の求めるところであるが、同時に一般民衆に災禍をさらに転化するだけの経済制裁には真っ向から反対しなければならない。
 
(6) 
 
 来るべき六カ国協議の結果について、日本と韓国が、ピョンヤン宣言と太陽政策の堅持という立場を押し出すことによって、影響を与える可能性は少ないとはいえない。
 しかし、最近の北部朝鮮の軍事冒険主義的対応が、直接にはアメリカが行った「悪の枢軸国家」規定に発し、さらにイラクへの軍事侵攻によってかき立てられたものであることは言を待たない以上、アメリカ帝国主義が主導する軍事介入主義に迎合し、それを直接的に支援する法体制づくりに直進してきた日本政府が、ピョンヤン宣言の精神を具体化する方向にあるとはとうてい言えない。事実はむしろ逆である。政権をささえる中枢部自民党、麻生政調会長のごときは、日韓併合を是とする認識を表明し、ピョンヤン宣言のもう一つの骨格である旧日本帝国主義の植民地支配への反省を真っ向から踏みにじるという本音を吐露するに至った。
 そしてさらに、この政府は核問題について、その全的廃絶への動きとは真っ向から衝突する、「核保持は憲法違反ではない」との発言をも飛び出させている。北部朝鮮の核保持発言に対抗する論理は北東アジア全体に非核地域を形成していくことである。韓国における米軍が核保持しているという事実に対し、韓国民衆は今や韓国米軍の核を退去させる方向を明確に打ち出し始めている。そうした方向性こそが求められている道である。だがこの政府はあからさまに米軍の核武装に依拠し、そしてさらに自身の核武装までを考え始めているのである。
 小泉内閣自らが、北東アジアの軍事的緊張を増幅させる方向をとってきたのである。われわれ日本民衆は、小泉政権のこのような背信的、恫喝的、その上無益な外交政策をなによりもまず転換させなければならない。
 しかしそうではあれ、現に小泉は内閣総理大臣の名においてピョンヤン宣言に署名した事実を消し去ることは出来ない。繰り返すが、この事実は北東アジアにおける平和の実現に向けた大きな踏み出しなのである。そして現在提起されている数少ない積極手段の一つのなのである。そうであれば、拉致被害者問題がすべての入り口になるなどということにはなりえない。もちろんそうすべきでもない。
 小泉内閣は真摯にピョンヤン宣言を具体化するための国交正常化交渉に踏み切ることを通じて、北東アジアの平和の構造に積極的に寄与することを明確にすべきである。
 
 二〇〇三年八月
 国際主義労働者全国協議会第一五回総会

 
資料◆(外務省ホームページより)

日朝平壌宣言

平成十四年九月十七日

 小泉純一郎日本国総理大臣と金正日朝鮮民主主義人民共和国国防委員長は、二〇〇二年九月十七日、平壌で出会い会談を行った。
 両首脳は、日朝間の不幸な過去を清算し、懸案事項を解決し、実りある政治、経済、文化的関係を樹立することが、双方の基本利益に合致するとともに、地域の平和と安定に大きく寄与するものとなるとの共通の認識を確認した。

1、双方は、この宣言に示された精神及び基本原則に従い、国交正常化を早期に実現させるため、あらゆる努力を傾注することとし、そのために二〇〇二年十月中に日朝国交正常化交渉を再開することとした。
 双方は、相互の信頼関係に基づき、国交正常化の実現に至る過程においても、日朝間に存在する諸問題に誠意をもって取り組む強い決意を表明した。

2、日本側は、過去の植民地支配によって、朝鮮の人々に多大の損害と苦痛を与えたという歴史の事実を謙虚に受け止め、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明した。
 双方は、日本側が朝鮮民主主義人民共和国側に対して、国交正常化の後、双方が適切と考える期間にわたり、無償資金協力、低金利の長期借款供与及び国際機関を通じた人道主義的支援等の経済協力を実施し、また、民間経済活動を支援する見地から国際協力銀行等による融資、信用供与等が実施されることが、この宣言の精神に合致するとの基本認識の下、国交正常化交渉において、経済協力の具体的な規模と内容を誠実に協議することとした。
 双方は、国交正常化を実現するにあたっては、一九四五年八月十五日以前に生じた事由に基づく両国及びその国民のすべての財産及び請求権を相互に放棄するとの基本原則に従い、国交正常化交渉においてこれを具体的に協議することとした。
 双方は、在日朝鮮人の地位に関する問題及び文化財の問題については、国交正常化交渉において誠実に協議することとした。

3、双方は、国際法を遵守し、互いの安全を脅かす行動をとらないことを確認した。また、日本国民の生命と安全にかかわる懸案問題については、朝鮮民主主義人民共和国側は、日朝が不正常な関係にある中で生じたこのような遺憾な問題が今後再び生じることがないよう適切な措置をとることを確認した。
4、双方は、北東アジア地域の平和と安定を維持、強化するため、互いに協力していくことを確認した。
 双方は、この地域の関係各国の間に、相互の信頼に基づく協力関係が構築されることの重要性を確認するとともに、この地域の関係国間の関係が正常化されるにつれ、地域の信頼醸成を図るための枠組みを整備していくことが重要であるとの認識を一にした。
 双方は、朝鮮半島の核問題の包括的な解決のため、関連するすべての国際的合意を遵守することを確認した。また、双方は、核問題及びミサイル問題を含む安全保障上の諸問題に関し、関係諸国間の対話を促進し、問題解決を図ることの必要性を確認した。
 朝鮮民主主義人民共和国側は、この宣言の精神に従い、ミサイル発射のモラトリアムを二〇〇三年以降も更に延長していく意向を表明した。

 双方は、安全保障にかかわる問題について協議を行っていくこととした。


日本国
総理大臣
小泉 純一郎   朝鮮民主主義人民共和国
国防委員会 委員長
金 正日

二〇〇二年九月十七日
平壌

●日朝首脳会談

 平成十四年九月十七日、小泉総理は、日本の総理大臣として初めて北朝鮮を訪問し、金正日国防委員長と首脳会談を行いました。
 平壌の順安空港に政府専用機で到着した小泉総理を、金永南・最高人民会議常任委員長らが出迎えました。その後小泉総理は、百花園に移動し、金国防委員長との首脳会談に臨みました。
 首脳会談では、懸案の日本人拉致疑惑問題について、北朝鮮側が拉致したと見られる十一人の安否情報が提供され、そのうち蓮池薫さんら四人の生存を確認しました。金国防委員長は、これが北朝鮮関係者による事件であることを認めて謝罪し、関係者の処罰と再発防止を表明しました。
 また、安全保障問題について、北東アジア地域の平和と安定を維持・強化するために互いに協力していくことを確認し、金国防委員長は、ミサイル発射の凍結措置を二〇〇三年以降も延長していく意向を表明しました。さらに、過去の植民地支配についても意見を交換しました。これにより国交正常化交渉を再開することが合意され、会談終了後、両首脳により共同宣言に署名が行われました。
 その後の記者会見で小泉総理は「過去の問題、現在の諸懸案、将来の日朝関係の改善を図るためにも交渉再開が適切と判断した」と述べました。 
 
 

  国際主義労働者全国協議会第十五回総会コミュニケ                  
 
 国際主義労働者全国協議会はさる八月**〜**日、第十五回全国総会を開催した。
 総会は、民衆の国際的抵抗と左派結集の必然性(寺中)、中国について(高木)、およびピョンヤン宣言一周年に関する決議(川端)、労働運動の現状と展望(坂本)、女性運動と青年運動(川端)、財政・その他の議題で行われた。かっこ内は報告者。
 「民衆の国際的抵抗と左派結集の必然性」は、世界的に展開されている諸闘争の共通の性格を、新自由主義的グローバリゼーションへの抵抗と規定した。これらは国際的結合と集中性を高めつつ、とりわけEU世界において政権政党への圧力へと転じ、新自由主義的グローバリゼーションの展開の過程で生じつつある大西洋同盟の亀裂、帝国主義矛盾の浮上をさらに押しだす役割をはたしつつある。さらに議案は、アメリカ主導のグローバリゼーションに受動的に依存している日本にとってのもう一つの可能性を提起した。それを議案は、アジアとの誠実な和解と独自の対外的政治能力の獲得であるとし、「日米同盟体制」か、「アメリカからの離脱、アジアとの協調」かに客観的分岐があり、新しい左翼は独自の立脚点をもってこの分岐に介入する国際展望を軸に再生されると結論づけた。
 討論は、一五回世界大会の新しいインターナショナル規定を踏まえて、とりわけ東アジアにおける国際主義的左派結集の可能性、日本における諸傾向、潮流の評価、現在表面化している諸構想に関する報告と評価をも含め展開された。昨年総会以降討論が始まった、新しい左派についての問題意識を現実に即してより進めることと並んで、議案を総会の意志として公表し、広い討論に寄与することを確認した。
 第二議題の中国に関する提起は、東アジアの構造把握の核心をなす中国についての現在的評価を与えようとするものであった。議案は中国共産党の毛沢東派的史観を排し、陳独秀的民主主義観点の復活が中国における社会主義的民主主義の実現のテコであるとし、同時に中国社会においてプロレタリア権力が成立した経緯のないことを踏まえて、反帝民族国家と規定すべきと提起した。同時に、中国における市場社会主義経済がはらむ問題点を指摘し、経済的な計画経済の側面が採用されるべきとの指摘を行った。
 討論は、議案提起の趣旨を概ね承認しつつも、「堕落した労働者国家」という概念の大枠をさらに踏み込んで個々に論ずることの意義について論じられた。社会構造、国家構造は複合的なものであり、過渡的なものである。明治維新後の日本の規定をめぐる論争をも取り上げつつその複合性、過渡性を矛盾の展開の中で闘争の対象とするとらえ方の必要性を指摘した織田同志の発言をもって討論の締めくくりとした。中国において人民解放軍による軍事的勝利という歴史事実があり、それが都市プロレタリアートの勝利を意味しなかったことは事実であるが、擬似的に成立したプロレタリア権力という性格を見いだすことはできる、というこれまでの規定を改めるという点での論点は残された。ピョンヤン宣言一周年に関する討論もこの東アジアをめぐる討論の中でなされた。
 第三議題の労働運動について、提起者は、労働者運動における産業構造変化の影響を論じ、重厚長大産業から第三次産業労働運動への主力の移行、そこにおける企業内運動の影響力の衰退と企業外運動の拡大、その必然性を提起した。そうした運動の場への連合の進出と強引な囲い込みが与えているマイナスの影響があり、その克服には大きな努力が求められる。部分的な成果も見られるが、このことを労働運動総体として、先の課題に応える戦線構築に結びつけていく必要性が結論的に確認された。
 第四議題、第五議題―略。
 第一五回総会は、総会決議として「ピョンヤン宣言一週年を迎えるにあたって」を討論の上、採択した。
 以上。
 
  ニューススポット  六カ国協議―対話継続?
 


 八月二十七日から二十九日まで北京で開かれた六カ国協議は、協議を引き続き行うことの合意はなされたものの、次回の協議日程も合意には至らなかった。協議の継続に危うさが示されたことで、六カ国協議の行方に暗雲が漂っているという見方が出る一方で、日米韓三国は次回には北部朝鮮は出てくるとの見方を強調してもいる。また、北部朝鮮は六カ国協議は失望であったとの見解を表明する一方、その表明は外交的術策にすぎないとの韓国政府筋の見方も流されている。
 中国政府の王毅外交副部長は、議長国代表の立場から、議長集約発言として六つの合意点を明らかにした。合意点は以下の通りという。1、各国は、対話を通じて核問題を平和的に解決することを希望し、半島の平和と安定を保護し、半島の恒久的平和をつくり出す。2、各国は半島の非核化を主張するとともに、朝鮮側の安全保障に対する懸念を考慮する必要があるとの認識で一致。3、段階別、同時または個別に、公正かつ合理的な全体計画を模索・決定していくことで各国が原則上賛成。4、各国は交渉のプロセスの中で、情勢を深刻化させるような言動をとらないことで同意。5、各国は対話を維持し、信頼を確立し、立場の相違を減らし、共通の認識を拡大することを主張。6、各国は六カ国協議のプロセス継続で合意し、外交ルートを通じて早い段階で次の協議の日程・場所を決定することで合意。
 アメリカ政府筋は、協議継続が確認されただけでも成果、と述べるが、中国外交筋は問題はアメリカが協議を継続し、将来に何らかの具体的成果を生み出すために必要な方策も対応も準備していないことに大きな問題があるとの見解も公表している。
 北部朝鮮が協議の継続に消極的意向を示す背景には、こうしたアメリカの対応への苛立ちがある。中国政府の立場もアメリカ政府の「やる気のなさ」への議長国としての苛立ちを反映したものだろう。
 結局今回の六カ国協議は、二カ国プラス四カ国という構図になった。韓国政府は、二十九日に、「韓半島非核化の実現、北朝鮮の安保憂慮の解消、段階的・並行的・包括的な北朝鮮核問題の解決方法、状況を悪化させる追加行動の禁止」、の四点が六カ国の共感を得た、と説明したが、合意文書には至らなかった。この韓国李主席代表の言明は上述の中国政府の説明と重なるもので、中国、韓国という有力二カ国が合意への努力の推進勢力であったことを伺わせる。他の二国、ロシアは参加することに意欲があり、日本は拉致問題入り口論であるから、全体協議の行方には意識が向いてはいなかった。
 六カ国協議の場におけるアメリカの態度は、その開催以前の立場と何ら代わるものではなかった。
 次期会合を十一月開催することに北部朝鮮の合意が得られた、とロシア筋は流している。APECの場で具体的に煮詰められるだろうとも。
 次期協議が進むかどうかは、アメリカが鍵となるだろう。「協議継続だけでも成功だ」という態度を続けるならば、六カ国協議は無意味である。(k)  
 

 民衆の国際的抵抗と左派結集の必然性
        新しい左派結集の具体的構想を
 現在、新しい左派の創出が世界的に共通の課題として提起されている。
 ケインズ枠組みの行き詰まりを期に仕掛けられた新自由主義の攻勢は、そのグローバリゼーションへの展開の中で、今世界総体に深刻な危険を突きつけるに至った。この危険に民衆は、新しい国際的連帯の下で敢然と立ち上がっている。それ故にまた、各国支配の伝統的正統性は深刻な危機に入った。
 しかし同時に、新しく力を高めている民衆的抵抗は、その政治的姿を未だ明確にしていない。こうして、民衆との断絶を深め、権威を失墜させつつも、依然として旧来的政治諸勢力は、政治と制度の世界を占拠している。そしてこのような現実もまた、現代世界の「危険」―政治権力のある種の暴走―を構成する。
 ここに見た危機に立つ伝統的権威の一部には、一九世紀以来労働者民衆の指導部であった第二インター系、第三インター系の諸党も含まれる。これらの諸勢力の危機の諸相は今さら述べるまでもない。こうして労働者民衆は、支配体制が強制する危険との対決の結論として、闘いの新しい国際的布陣を固めつつ、新しい政治勢力の創出に向かい始めた。第四インターナショナル第一五回世界大会はこの課題に、新しいインターナショナルの創出を視野に入れつつ全世界で挑戦することを決定した。
 その具体的あり方は、各地域の歴史と運動のあり方により異なるだろう。たとえばヨーロッパでは、社民諸党との党派闘争を介してその左に、強力な左翼を生み出すことが課題となる。一方北米では、ブルジョア党から明確に独立した政治勢力が追求されるだろう。ラテンアメリカでは、たとえばブラジルPTの創出が一つの例となると思われる。ではアジアではどうなるのだろうか。
 新しい左派の問題は日本でも、いくつかの場で討論の対象になり始めた。民衆の独自的政治結集の衰弱に直接の根拠を置くこの問題の日本での浮上はしかし、上にみたように本質的には特殊日本の問題ではない。
 日本における新しい左派は、世界における新しい左派と結合して構想されなければならない。われわれは、この事業に意識的に挑戦すべき時点にたっている。


第一章 民衆の国際的抵抗運動の基本構図と日本への波及

 (1) 民衆の抵抗
 
 現在全世界で展開されている諸闘争には、明らかに共通の性格がある。それは、世界の支配的資本が推進する資本活動―グローバリゼーション―と、その社会経済政策―新自由主義―への抵抗であり、その暴力的形態―戦争および市民的諸権利への攻撃―に対する抵抗である。
 これらの抵抗運動は国際的結合を明確に意識し、国際的集中性を高めてきた―世界社会フォーラム、イラク侵略反対行動―。これらの抵抗は今、支配層の政策展開に一定の障害を作り出している。それはさらに、世界の往く末が定まったものではないことを明るみに出すと共に、帝国主義支配という核心的問題を民衆レベルで再浮上させつつある。
 そこでは、現代資本主義の諸問題が歴史の新しい段階の光に照らされて問われている。民衆は当面、生き残りをかけて具体的抵抗を高めつつ、より明確に資本主義と帝国主義に肉迫してゆくだろう(昨年報告「危険な時代の幕開けと革命派の責任」参照)。
 
 (2) 抵抗の現実的展開
 
 昨夏以降事実上形成されたイラク侵略反対の世界戦線は、先にみた民衆の抵抗が具体的に展開される構図を垣間見せた。それはアメリカ帝国主義を孤立化し、その支配機能を弱体化し現実に封じ込めようとする共同へと収れんする過程である。それはグローバリゼーションが内包するメカニズムに照応するものであり、ある種必然的展開である。
 この構図における核心的課題は、アメリカ民衆の世界民衆による獲得である。新自由主義が引き起こしたアメリカ社会自身の深い亀裂は、この展望に現実的根拠を与えている。アメリカを一まとめとして、対米戦争的に想起される感覚的反帝国主義は、明確に克服されなければならない。
 今、アメリカ帝国主義の支配は、イギリス帝国主義と日本帝国主義を支えとして機能している。この提携関係は、アメリカの一極的管理によるグローバリゼーション体制確立に利益を見る、各国大資本の意志を体現する。しかしこの提携関係は、特に日・英において、国内地場資本、自営層を含む広範な層の具体的利害とは直接結びつかず、潜在的に国内的緊張を高めることになる。
 それ故、アメリカ帝国主義の機能封殺を求める民衆的闘争において、日・英両帝国主義のアメリカ帝国主義からの切り離しが、過渡的に重要な位置を占め得る。
 一方一九九〇年代中盤以降、貿易政策、環境政策を含めた大西洋間の亀裂が高まり始めた。冷戦時代後景に隠されていた帝国主義間対立の問題が、世界の階級闘争展開の重要な要素として今改めて浮上している。日・英両帝国主義の位置は、中国、ロシアの両国家をも巻き込みつつ、帝国主義間対立の具体的焦点でもある。
 現代において、各帝国主義は民衆の強い圧力の下に置かれている。帝国主義間対立自身、民衆の圧力を反映する。それ故、アメリカ帝国主義に収れんする民衆の世界的抵抗は二重の闘いとなる。それは、各帝国主義をアメリカ帝国主義から切り離しつつ、新たな世界に向けて各国支配層と主導権を争う闘争である。「もう一つの世界」か、それとも「多極的な(帝国主義支配の)世界」かが、運動の各局面に具体的に問われるだろう。民衆自身もまた、政治的成熟を要求されている。
 
 (3) 新しい国際的政治抗争の圧力
 
 上述した国際的対立関係の展開の中では、アメリカ帝国主義にとっての日本の客観的位置は極めて大きい。それ故また、各国帝国主義、またとりわけアジアの民衆から強力な圧力が潜在的に作用する。そこには当然ながら、米帝国主義の戦略的敵手である中国が、決定的要素として控えている。日本帝国主義は、特に東アジアの行く末をめぐって否応なく激しく揺さぶられる。経済力の大きさが呼び込んできた過去の圧力とは、まったく異なる、経済的取引きで乗り切ることの出来ない状況が今生まれている。北部朝鮮との関係は、その最初の焦点である。
 さらに民衆の圧力は、今や権力の回路とは別の回路で直接作用する。民衆運動は軽々と国境の壁を越え、これを権力はもはや統制できない。日本の民衆運動を覆っていた沈滞を、ワールド・ピース・ナウの運動は一定程度打ち破った。国際主義そのものであるこの水路は、今後もより一層日本の民衆を刺激するだろう。

 (4) 日本資本主義にとってのグローバリゼーション―二重の拘束
 
 日本資本主義は、輸出主導の成長確保から、グローバリゼーション―世界単一自由市場システム―の積極活用へと完全に舵を切った。一国的な壁と円安を前提とした、国内の相対的低コスト生産体制は、世界規模で低コスト生産を追求し始めた他国の多国籍資本に対し、その優位性を失い始めた。それ故、資本の国際的展開は、日本資本主義にとって死活的領域となった。国内の、しかも愛知県という一地域内生産を頑なに守ってきたトヨタの転身が、それを鮮やかに示している。
 この局面において、国内の新自由主義政策―諸規制の解体―は必須のものとなる。国際競争のための国内コスト切り下げ―底辺に向かっての競争―という要素は勿論ある。しかしより重要な要素は、世界規模での機動的で自由な資本展開―最も有利な収奪、すなわち価値移転と搾取―である。そのためには、国内の(勿論他国でも)生産各要素に固定された資本を自由に処分―流動化―できなければならないのだ。
 グローバリゼーションと新自由主義政策は、内的に固く結びついた不可分の一体である。
 ところで、このグローバリゼーションの管理のあり方は、一つしかないわけではない。ソ連崩壊をもって本格化したこのシステムの進行当初、おそらく多極的管理が帝国主義総体の暗黙の了解だったと思われる(クリントン期)。しかし、九〇年代中盤以降この了解は危機に入り始めた。端的に、アメリカとその他の諸国で利潤率格差が歴然とした―アメリカ一人勝ち―。さらにチアパス蜂起を端緒に民衆の抵抗が表面化した。諸帝国主義間の摩擦は隠然と次第に高まった。了解は「公平なルール」として明確にされなければならず、従って低開発諸国も自己主張を始めた。そして九九年一二月、シアトルでWTOは破裂した。
 この局面でアメリカ帝国主義は、一極管理路線での強行突破に打って出た。諸帝国主義はまさにグローバリゼーションの管理―多極か一極か―をめぐって抗争を続け、そして今もますます抗争している。
 ところが日本帝国主義は、この戦略的抗争に主体的に臨むことができない。そのための独自的対外政治能力、足場を極度に欠いているからだ。より正しくは、そのような能力を持とうとすることすら、アジア民衆が許さなかった。アジア民衆に対して日本帝国主義は、それ程の徹底的敗北を喫したのだ。
 こうして日本帝国主義は、グローバリゼーションに関して、基本的に受動的な事後対処に終始してきた。「空白の十年」の核心的根拠はここにある。
 このような日本帝国主義にとって、多極的グローバリゼーション、すなわち諸帝国主義間の熾烈な抗争と取引を不可避とするシステムは、決定的に不利なものとなる。日本にとってのグローバリゼーションは、アメリカが一極的に管理するもの以外にあり得なかった。

 (5) 現局面の特殊性―選択幅の極端なやせ細り
 
 現在グローバリゼーションの行方は明らかに不確実なものとなった。多極か一極かの抗争はより本格化し、民衆の巨大な抵抗がある。そしてアメリカの一極化強制の諸行動―グローバリゼーションの軍事化―は、むしろ巨大なリスクと混迷に転化した。少なくともアメリカは、一極的管理に必要な政治的資本を、現在ほぼ失っている。
 日、米、欧の諸経済は今、同時的停滞の局面にある。独自の諸要因はあるものの、この停滞にアメリカ経済の不安定が大きく作用していることは疑いない。九〇年代の一人勝ちを経て、各国経済のアメリカ市場への依存関係が深まったのだ。この依存関係は当面変わらない。一方このアメリカ経済は、グローバリゼーションの中心的駆動源であるが故に、グローバリゼーションの不確実性によって深刻な打撃を受ける位置にいる。従って基底において、アメリカ経済の不安定は引き続くだろう。
 このようにして、グローバリゼーションの不確実性は直接的にも間接的にも各国経済に跳ね返る。
 上にみた跳ね返りは、長期的にも短期的にも、日本支配層に深刻な打撃を加える。長期的には、日本経済の成長展望が危機にさらされる。日本の成長は、世界経済の順調な拡大を前提にしているからであり、それはまた、アメリカ一極管理のグローバリゼーションを不動の前提にしている。
 短期的には国内の社会的、政治的緊張の不可避的高まりである。新自由主義政策のもつ強烈な「痛み」を緩和するために、小泉政権は短期的に、アメリカ経済の急回復を何としても必要としていた。しかしそれは、今もって「期待」の域にある。
 長期的にも短期的にもアメリカ頼みの構造に縛り付けられ、日本支配層は手詰まりの状態にある。
 この構造が今、日本支配層をアメリカへの貢献最優先へと駆り立てている。出口は「アメリカの成功」だけなのだ。アメリカ帝国主義支配の不確実性が日本の政策的選択幅を決定的に奪うというこの状態はしかし、日本資本がグローバリゼーションに未来を定めた時、すでに本質的に胚胎していたものである。

 (6) もう一つの道
 
 政策選択幅の、このあまりにやせ細った状態は、一部の支配層にとって明らかに耐え難い。彼らにとっては、軍事的対外展開の抱えるリスクも脅威となる。潜在的にはもう一つの道への模索が始まらざるを得ない。
 彼らにとってのもう一つの道は、論理的には、アジアとの誠実な和解を押し進め、独自の対外政治能力を獲得することでしかあり得ない。この道はおそらく、米帝国主義内多極派との結びつきにつながるだろう。これはいわばドイツ帝国主義の道であるが、その出発点がアジアへの真実の謝罪にあることは論を待たない。
 しかし日本支配層の社会的基盤は、まさにその謝罪を許さない。
 それ故、もう一つの道への回路は労働者民衆からしか浮上しない。そして労働者民衆にとって、国際展望の問題はもはや日常からかけ離れた遠い問題ではなくなった。
 民衆の現にある意識において、アジアとの協調と相対的なアメリカからの離脱という方向は、おそらく相当の現実性をもって受容される。同志川端は、この民衆的意識に政治規定を与え、労働者民衆の新たな政治的再生に道を開くものとして、「東アジア共同経済圏」のスローガンを提起した。
 上にみた方向はその限りで、支配層の一部が秘かに抱いているであろう「ドイツ帝国主義の道」と重なり合う。その意味で、たとえば「東アジア共同経済圏」は、その先に政治的分かれ道を内包している。すなわち、独自の対外政治能力を獲得した日本帝国主義か、それとも民衆連帯の(社会主義的)アジアかだ。
 国際展望をめぐって、労働者民衆の日常と響き合う、すなわち現実性のある政治的分岐は今、「日米同盟体制」か、「アメリカからの離脱、アジアとの協調」かにある。労働者民衆はこの分岐を攻勢的に推進できる位置にいる。この客観的可能性を労働者民衆が現実のものにできるとき、労働者民衆はさらにその先の分岐をも手元に引き寄せるだろう。
 新自由主義政策は、社会的分裂をより明確にしつつある。この線に沿っての政治的分岐に向かう圧力は客観的に準備される。前述したように、新自由主義政策とグローバリゼーションはまさに一体であり、そして日本において、グローバリゼーションとはアメリカ一極タイプ以外なかった。こうして、国際展望における政治分岐は、国内政策における政治分岐と重なり合い、社会的基盤をもちつつ、その分岐の意味をより明確なものとしていくだろう。
 国際展望において完全に手詰まりとなり、それ故国内政策においても漂流する日本支配層との対決において、日本民衆が必要としているものは、まさに新たな国際展望であり、それに裏打ちされた政治展望である。それは、日本ブルジョアジーの致命的な弱点を白日の下にし、また支配層の分裂を引き出す力を秘めている。労働者民衆の政治的再生はこのような展望の獲得に向けた闘いの中で真に果たされるだろう。

第二章 民衆的抵抗再活性化の展望と左派の役割

 (1) 困難からの出発
 
 前章で確認した客観的可能性にもかかわらず、人々のあるがままの現実は、広範な政治離れの広がりと、社会的、政治的攻撃に対する具体的抵抗の弱さとして現れている。結果として多くの人々は、矢継ぎ早の攻撃にただ耐えることを強いられている。この状況は人々の間に無力感を広げ、さらに抵抗と政治への能動性を弱めるものとなる。
 資本主義を越える根本的な社会変革をめざす左翼政治運動の前には、確かに容易ではない状況が今ある。この困難を打破する道の核心をわれわれは、人々が客観的に迫られている中心的問題に正面から応じる道として提起する。左翼以前にまず人々が困難なのである。その困難を形作る中心的問題は、どのような形ではあれ、人々をとらえるはずだ。それ故前章で確認したこの中心問題―国際展望を中心とした政治展望―は今、ますます具体的に見えるものとなろうとしている。こうして上に提起した道には一定の現実性が与えられる。

 (2) 政治との対峙
 
 今人々に加えられている攻撃の主要なものは直接政治の場から発動されている。人々の前に直接現れる個別の攻撃の背後には政治の意志があることを、人々は今知っている。それ故多くの人々は、個別的抵抗には限界があると感じる。多くの人々が共同して立ち上がる抵抗以外には実効性が乏しいこと、最終的に政治の意志を強制する力が必要だと予感しているのだ。
 今人々は、客観的にも、また実感的にも、政治の意志と対峙している。
 上述した政治と民衆、あるいは政治と運動の関係は、「構造改革」がもたらしたものである。「官僚支配」の打破をスローガンに「政治主導」が錦の御旗になった。末端の政策展開に至るまで、基本的には政治の意志を貫徹させることが追求されている。
 民間経営においても、労働者攻撃に向かう経営者は、政治の意志を背に負い、政治からの全面的支援を受けている。あるいは政治からそのように強制される。間接金融に大きく依存している日本資本主義において、政治による金融支配は、上記したメカニズムを具体的に作動させるものとなる。競争政策の強制、労働行政の転換、金融支配という形で、労働者の面前には今、政治の意志が明白に立ちはだかっている。
 かつて日本は、「総談合社会」と呼ばれていた。その社会にはある意味で中心がない。逆にいえばその構造においては、各構成部分に一定の自由裁量の余地があることを意味する。後述する「政治展望なき運動」は、この構造の下で機能してきた。個別の運動ごとの一定の個別取引が成立したのだ。
 「構造改革」は、上述した運動基盤を今全力で破壊しようとしている。「政治展望なき運動」は、いずれにしろ転換せざるを得ない。「構造改革」という政治の意志への抵抗をたとえ見送ったとしてもその先には、「市場の強制」というもう一つの独裁が待っている。そしてこの独裁は、政治によって保護される限りで独裁となるのだ。
 人々は今、否応なく政治の意志に立ち向かわざるをえない。そのための手段を求める欲求は今後一層切実なものとなるだろう。

 (3) 政治展望なき運動の四〇年
 
 労働者民衆の運動の中で、実のところ政治展望は失われて久しい。それは本質的に、六〇年代中頃以降の総評―社会党という枠組みの下で始まった。この時期、当時の労働者民衆の主流派であった社会党は、三分の一勢力論の形で労働者を中心とする社会変革という目標を事実上放棄した。三分の一勢力論とは「改憲阻止」であり、つまり戦後社会の「反動化阻止」がこの勢力の目標となったといってよい。変革は後景化した。
 大目標が「反動化阻止」という事態は労働者運動にとって本質的には深刻であった。いうならば、政治における労働者の独自的役割が不明瞭になるのだ。企業別労働組合という運動形態のもとで、常に加わる個別組合ごとの特殊利害に分断する圧力に、別の回路から抵抗する可能性は一層弱められた。
 社会変革への意志という点で、共産党は社会党よりもはるかに頑強だった。しかしこの党の下での運動も、「民主連合政府樹立」の目標が現実性を失うと共に、その実現すべき大目標を事実上失った。残るものは自党強化路線であるが、スターリニズムに発するそのセクト主義運動論の下で、運動を大胆に外に広げる道は閉ざされていた。社会党―社民党の後退は、この党の自党強化に今に至るもさしてつながっていない。
 政治展望なき運動という状況は、六〇年代末の急進的青年運動の爆発的高揚によっても変わることはなかった。その要因は種々論議可能だが、ここでは二点だけ触れる。
 その一つは当時の新左翼勢力の政治的未熟さであろう。その中には勿論われわれ自身も入れなければならない。
 そして第二は内ゲバである。内ゲバは、新しい政治世代へと成長し、新たな左翼的政治世界を作る主力となり得た多くの青年を政治から遠ざけ、そして民衆にも失望を与えた。この内ゲバは、当時の新左翼内で圧倒多数を占めた三党派によって実行されただけに、その影響は甚大だった。もっとも、内ゲバ主義を拒否する新しい運動の流れが一定規模で今に引き継がれている事実は貴重な成果である。
 このようにして、政治展望なき運動への流れは、その性格を一層強めつつ、ほぼ全般化した。運動自体が消えたのではない。運動はむしろ多極化し厚みを増した。消えたものは政治展望なのであり、その限りで諸運動は要求を社会的普遍性として実現する力をもてないのである。

 (4) 政治的求心性崩壊の危機―社民党、共産党
 
 現在社民党は決定的危機にある。過去の名残の上に生き延びる道は限界である。実際のところこの党は、人々に何を呼びかけようとしているのかよく分からなくなっている。
 共産党も政治展望が事実上空虚なままである状況は本質的に変わっていない。「ルールある資本主義」というこの党の当面の展望は社会民主主義的であろう。しかしその社会民主主義を社会の中で実現する、すなわち「ルール」を強制する主体がどのような社会勢力として現実化できるのか、は依然明確でない。社民党が消滅しかけている現在、この展望はますます実質を失っていく。その意味で、今社民党が直面する危機は、この党にも連動するのだ。
 社民党、共産党が突き当たっている問題は、それ以外の左翼にとっても本質的に共通である。いずれも「政治展望なき運動」と共にあるからだ。さらに民主党について付言すれば、この党が労働者民衆に独自的位置を与えることはない、といってよい。結果として労働者民衆は、政治的磁極のないまま、今痛切に必要としている政治的結集のエネルギーを生み出せない状況に放置されている。
 この状況に便乗して、特に小泉政権登場以降、体制側の政治、思想攻撃が高まっている。この攻勢自身は、本質的には彼らの未来への自信ではなく不安の現れである。彼らは社会の分裂を明確に予感し、社会各層の自己主張の高まりを恐れている。現実にある多様な民衆運動は、そのような展開への潜在的エネルギーだからだ。
 それ故彼らは民衆に、国民的一体性、現行秩序への同化を予防的に納得させようとする。社会から政治を追放する「市場」の強調も、思想的には同じ流れの中にある。しかし「市場」の強調の中にも内包されている平等への明確な敵意は、結局のところこれらの攻勢の背後にあるものが、社会的上層、つまり「持てる者」の利己的防衛にすぎないことを暴露する。
 それ故これらの攻勢は、労働者民衆の独自的政治結集のみが無力化できる。ある意味で、これらの攻勢が浮上してきた経緯それ自身が、労働者民衆の政治性の力を示している。青年の一部に、荒廃へと至る明白な徴候が見られる今日、この側面からも、労働者民衆に独自の政治世界を取り戻す課題は避けられないものとなっている。

 (5) 政治展望なき運動からの歴史的脱却
 
 上にみてきた歴史とそれが作り出した結果に立つ限り、「政治展望なき運動」の継続が、労働者民衆の政治結集に結実する可能性は限りなく小さい。
 左翼の前には今、客観的には二つの道が提起されている。
 一つは、左翼に向かう現実性ある民衆的政治結集の新たな場を生み出すための共同の挑戦を決断することである。
 もう一つは、いつかは訪れるはずである民衆的な左翼政治再生の機会を待ちながら、「政治展望なき運動」を継続し、事実上は、ある種の最大限綱領の下での自勢力強化を目指す道である。
 論理的には、どちらにも正当とする論拠はあるだろう。従ってまた論争も続くだろう。しかしその上でなお、われわれは一つの政治的決断として第一の道に踏み込むことを提起する。それは結論的に、共有された新たな政治展望の下での左派を構想する、という提起である。
 この提起は、この間の歴史と現在に対する、ある種の実際的判断であるが、それが必要な時点に左翼総体が立っているとわれわれは考える。
 確認してきたように、今後問題の現実的核心は政治である。民衆内部のその実質的不在はいささか危険な状態をも生み出し始めた。そのような政治の切実性は、民衆自身実感的に受け取りつつあり、今後ますますそうなるであろう。
 現に人々は、部分ではなく政治の大枠を変える可能性がほの見えた時、政治の場に明確に登場する。いくつかの首長選や住民投票が示すものはこのことである。それはある種のポピュリズムと背中合わせであるがそれだけになおのこと、左翼の政治の必要性と現実性を示している。
 上に提起した第一の道において求められる政治展望は、旧来の左翼の展望を大胆に刷新するものでなければならないだろう。われわれの前には、現代資本主義の性格や、新たな帝国主義の問題、社会を管理する主体とその体制―民主主義―、環境と持続可能性など多くの新しい問題群が提起されている。もちろん結論的にその最後には社会主義の問題が控えている。そしてこれらの問題群は、今人々にとって焦眉の問題であるグローバリゼーションと新自由主義に密接につながっているのだ。
 われわれがめざす新しい左派の結集は、これらの新しい問題群に開かれた討論の場を提供することを必要とする。それ故その結集はなお一層、多元性と内部での同権的民主主義を必要不可欠とする。
 何度も主張してきたように、現在要求されている政治の中心部には、国際路線の問題が基底的要素として埋め込まれている。国際路線はもはや飾りであることは許されない。
 世界の抵抗戦線、左翼潮流と意識的に討論し、闘いを共有し、この民衆的世界の行く末に自らも能動的に働きかける、そのような国際路線だけが実効性を持つ。そのようなものでない限り民衆自身、新たな政治展望に現実性をほとんど認めないだろう。
 それ故この新しい左派への結集は、過去の遺産の防衛ではないし、また時局的な一時的対応でもあり得ない。すでに見たように、この事業は、四〇年の空白を埋める事業、歴史的挑戦なのであり、それに見合った飛躍を必要とする。要するに必要なことは、左翼の内部改革ではなく土台からの建て直し、というべきである。

 (6) 時代への準備
 
 前節までに主張してきた主要な論点は、新しい左派結集の必要性である。しかしそれを可能とする条件が果たして熟しているのか否かは、依然としてもう一つの実践的問題であろう。
 少なくとも現在、以下の点は確認できる。
 第一に、戦後左翼運動の行き詰まり状況についての確認は、広く共有されている。何らかの打開を模索する従来とは異なる幅での試みはすでに始まっている。
 第二に、内ゲバ主義を否定しつつ活動を継続してきた新左翼世代の活動家層も、それなりの政治的経験を蓄積してきた。
 第三に、多くの左派活動家、左翼政治勢力間の、さまざまなレベルにおける相互協力、相互討論の関係が積み重ねられてきた。現在これらの関係はたとえ限定された範囲だとしても左翼内部の歴史的垣根を越えている。
 しかしその上でなお、多くの活動家が痛切に感じている欠落部分がある。それは左翼結集に向かう動き全体を支え、そこに活力を与える運動の弱さ、あるいは現実にある運動との距離である。新しい左派結集にとってこの欠落は、新しい政治世代との結合を困難にするものであり、それ故また新しい左派の発展的再生産を見通しし難くするものであるだけに、極めて大きな問題である。前述したあり得る第二の道は、明らかにこの問題に関わっている。
 歴史的経験は、大衆的左翼の新しい形成には多くの場合、巨大な規模の民衆運動が先行していることを示す。六八年五月後に起きたフランス社会党の奇跡、また最近では、ブラジル労働者党の創出などを上げることができる。巨大な民衆的運動が必ず生み出す精神的解放作用の大きさを考えれば、そこには必然的連関がある。
 しかしそうではあってもそこには、運動内部で共に闘いながら政治的結集に向けて意識的にはたらきかけた人々がいたことを見落とすべきではない。
 それ故われわれが提起するものは、それが即効的に運動を活性化することを想定するものではない。各々は相対的に独立した論理の下にある。
 新しい左派の真に大衆的確立にはおそらく、巨大な民衆的運動を必要とする。しかしその運動は、具体的状況の組み合わせを基礎に独自の論理を持って発展する。その発展の具体的あり方は、どのような左派、指導部の想定をも越える新しさを持つはずだ。
 一般論でいえば、真に巨大な民衆的運動はあらゆる左翼を立ち後れさせる。だから真実に問題になることは、立ち後れることではなく、追いつくことである。人々と共に進みながら、事態が進展する論理を理解し、その論理を自己の政治展望に実践的に結合できることが必要なのだ。
 われわれが提起する左派の問題は、そのような追いつきを素早く可能とする能力を共同して作り上げるという課題である。
 とはいえ新しい左派への結集は、巨大な民衆運動が現実のものとなるためのさまざまな環境、下地は準備できるはずである。活動家の全国的ネットワークと、統一戦線実現可能性の拡張は、少なくとも実効的要素となる。
 今後とも運動それ自身は不足することはない。国外からの働きかけとそれへの自然発生的応答はますます活発になるだろう。問題はこれらの運動が社会的に普遍的なものを体現し、人々の前に立ちはだかっている政治の意志と対抗しうる規模と力を、すなわち人々に政治の意志を跳ね返す可能性を予感させることである。そして今、人々が痛切に必要としているものこそこの可能性なのだ。それ故、この可能性が垣間見える時、運動の発展は質的に転換する。イラク侵略に反対する世界的抵抗運動の進展は、そのメカニズムを鮮やかに示した。
 新しい左派は、数多くの運動の中でそのような展開のために努力できるだろう。新しい政治展望は、そのような展開のためにも一定の役割を果たすはずである。
 われわれは、真に要求されている巨大な民衆運動の具体的な展開を今、予測できるわけではない。しかし新しい左派の全国での努力は、先にみたメカニズム作動をいち早くつかみ、そして先述した「追いつき」に貢献するはずだ。
 われわれは、前述したメカニズムが現実に作動しうる時代の戸口にいることを確信している。新しい左派の構想は、その時代への実践的回答である。
 
 
特集 公共サービス私有化―医療と教育
       イギリスは今
                  

 国鉄解体から始まった公共サービスの私有化―市場化は今、地方自治体業務の外注化・民間委託を含め、より全般化されようとしている。そこでは、自由化特区構想が示すように、医療や義務教育も例外ではない。
 これらの構想に関し、マスメディア、民主党を含め日本主流が手本とするものは、イギリスのブレア政権だ。この政権が「素晴らしい成果」を上げたとの「仮説」が彼らの重要な立脚点とされている。しかしブレア政権は今、全民衆的不信に包まれ、倒壊寸前なのだ。この現実こそ、「ブレアの成果」の民衆にとっての真実を明らかにする。
 ブレアの危機の直接的発端は確かに、イラク侵略の強行であり、そこにおける情報操作だ。しかしこの疑惑の曝露に至るかつてない規模の民衆的反戦動員の深部には、サッチャー―ブレアと続いた新自由主義政策への、それが生み出したものへの広範な民衆的怒りが伏在している。新自由主義政策とは結局のところ、社会的上層、有産階級を守るだけの極めて階級的な政策であることが隠しきれなくなったのだ。
 それ故昨年以降、各労働組合全国指導部にも左派が次々と進出し、サッチャーの労働組合弾圧法をはねのけストライキ闘争が復活し始めた。この労働者たちが反戦行動にも大挙合流している。先月号で紹介したスコットランド社会党の躍進は、まさにこの流れの中にある。九・一一以降顕著となったブレアの戦争熱自体にも、愛国主義をてこにこの圧力の高まりの押さえ込みを狙ったふしがある。そこには確かに、フォークランド戦争で支持率回復に成功したサッチャーの先例があった。
 しかし、民衆が前にする現実は、そのようなごまかしがもはや役立たずとなるほどのものとなった、というべきだろう。今イギリスの労働者民衆は、支配層の新自由主義政策、公共サービスの私有化と正面から対決している。
 今月号では、イギリスで今焦点化している公共サービスの私有化―医療、教育―の現状を紹介する。これらは、日本主流の手本とするものが何であるのかをわれわれに知らせてくれる。なお、以下の記事はすべて「ソーシャリスト・レジスタンス」紙(第四インターナショナルイギリス支部を含む左派共同機関紙)六月号―編集部―。
 
 
 未来の利益の創出
        ジョン・リスター
 
 トニー・ブレアは、彼以前のマーガレット・サッチャー同様、NHS(注)の完全な私有化は政治的選択肢としては実行不可能と実感している。しかし、保健サービスへの資金提供が課税を媒介に公共のままであるとしても、保険治療の供給はますます私有化されつつある。
 ゴルドン・ブラウン(蔵相―訳注)の長い間待たれていたNHSへの臨時支出、数十億ポンドは、株主たち、さらには新しい「財団病院」の最高経営者のポケットの中に巻き取られる仕掛けであるように見える。
 
 財団病院
 
 二十九の病院は来年四月から「非営利」会社として業務を開始するとしているが、それはまるでミルバーン(保健相―訳者)が押したゴム印のように見える。しかしわれわれは、「地域の民主主義」という語り口に騙されてはいけない。地方の「基金管理者」集団という飾り窓用装いの背後で、日々の決定は相変わらず昔ながらの最高役員会で下されるだろう。あるいは「非営利」の標識の陰で財団は、「企業家的」手法で、私有部門企業との取引を決済しつつ、まさに営利会社のように行動するよう促されるだろう。
 事業拡張のために借り入れしたいと思う財団企業体は、銀行への返済のために金を調達すべく追加契約を求め、他のNHS事業体と競争を課されることになる。総売上高の四分の一に相当する借り入れをまかなうために財団は、その収入を倍加しなければならなくなる。一人の会計士がかつてこのように計算したことがある。
 二十九の応募社のうちのいくつかはすでに、私有企業との変動取引を開始した。オックスフォードのニューフィールド整形外科センターは、個人病院と追加的個人患者を分け合う取引を考えている。ムーアフィールドの眼科病院は、財団の資格を得る以前に、個人部門手術を後押ししようとしつつある。
 スペインの財団病院は、最も収益のある短期入院患者を精選し、より複雑かつコストのかかる予測困難な仕事を主流の保健サービス病院に回したとして告発されている。この方法は彼らに非常に効率的に見えるように思わせると共に、経営首脳と医師により多く支払うために使用可能な余剰を残す。
 ストックホルムにあるスウェーデンの非常に有名な財団病院、セント・ジョルダンは、その役員会によって私有化された。そしてその後、私有病院企業カピオに売り渡された。そしてこの会社は今イギリスで、より多くのNHS契約を求め、入札に入っている。このような経過の中でスウェーデン政府は即刻、病院のさらなる私有化を阻止するために新しい法律を通した。
 
 DTCs網と新システム
 
 これらの機関は、負担過剰のNHS病院における処置待ちの列内で、増大する一方になっている「緊急を要しない」(キャンセル待ち名簿)場合の部分に魅力となることが期待されている。理屈では、救急医療サービスから分離された小単位としてDTCsは、急患のためにベッドを開けるための治療中断なしに、処置できる事例を最大にするとされる。
 NHSは四十六のDTCsを経営するものとされているがその一方、十一はすでに私的な入札者に振り向けられた。そして他の八つは、NHSと私有部門が共同して経営することになると思われる。
 六十五の単位機関が最大年三十万件の手術を成し遂げることが期待されている。しかし現存サービスと地方NHS事業体に対するこれらの影響は、未だ検討されたことがない。少なくとも、現金払いが患者の後で待っていることは明らかだ。
 DTCs契約に入札する私有企業は、完全な手術を行うに必要な職員を、ただでさえ不足しているNHSの専門職員から引き抜くことなしに採用することを請け合わなければならない。これは必然的に、これらの私有企業が国外に依存する、ということを意味する(イギリスの病院はすでに、南アフリカを始めとしてアフリカ各地の医療スタッフを大量に引き抜き、各国の医療に打撃を与えている―訳者)。一つのカナダの企業がすでにジャルビスと合併した。そしてこのジャルビスは、鉄道保線から学校や病院のPFIにまたがる私的契約に入り込んだイギリス企業なのだ。
 ミルバーンは、一括契約システムを段階的に廃止しつつある。しかしこのシステムは、それを手がかりに労働党が、サッチャーの下で、作り出された憎悪の的となり、無駄の多い内部市場システムを抑制したものだった。現在の新システムの下で事業体は再度、保健省が固定した全国的支払い率を基準に「出来高」払いを受けている。しかしこれが保証することは、地域の要求に応えようと努力している事業体が損失を出し、特別収入が最も資力のある事業体に流れ込む、ということだ。
 病院職員は、彼らの経営者がコスト引き下げを強要しようとするに従い苦況に直面するだろう。その一方で、いくつかの事業体は、それらが競争不可能と感じるサービス供給から撤退するかもしれない。ミルバーンの変革は、NHS病院を相互競争状態におくだけでなく、NHSの「過剰」な仕事を目当てに私有部門供給者が競争に参入するとの見通しをもかき立てる。
 
 PFI
 
 NHSに関する労働党の私有化攻撃のもう一つの主要な要素はもちろんのこと、私的資金による事業起動(PFI)だ。これはこれまで、新しい病院のためのNHS病院資本基金を事実上置き換え、二一〇億ポンドにのぼるNHS資産の私有化に導いている。
 もっと多くの地域は現在、PFIのより小規模な変形、「NHSリフト」を目にしつつある。これは保険センターや初歩的治療サービスを行う他の施設の建設から利益を引き出そうとしているものだ。
 これらの計画の意味することは明らかだ。つまり、NHSを総合的な社会サービスから、私有部門に治療を購入する形で金を流し込むドル箱に、さらに私有部門が欲していない部分をまかなう、最小限の安全網的サービスへと変えることだ。ところで、これらのサービスは依然として利用の際無料であるということは正しいだろうか。おそらく現時点ではそう言える。しかしトニー・ブレアはすでに、より多くの公共サービスに対する利用者負担という考え方を打ち出している。そして有名財団病院における治療に対する「全額負担」との期待はすでに広がりつつある。
 サッチャーが市場改革を持ち出した十四年前―労働党の猛攻に比べればおずおずとしたものだったが―、彼女は抗議の波と保健関係の諸労働組合と医学士協会の強い反対の引き金を引いた。最初の事業体脱退に対しては幅広い反対運動があった。
 現在、同じ諸組合がまったく同じように、財団病院と市場主義改革に反対している。守るべきだと認識できるNHSが依然存在している以上、労働組合は掛け金を引き上げるべき時である。
注。税金によって支えられた国民保健制度。全住民に普遍的な、無料治療を提供。サッチャー以降の大幅な支出カットにより、要員、設備などの能力が低下し、高価な私有医療を受けられない低所得層は、恒常的な長期の順番待ちに苦しめられている。民衆的怒りは頂点に達しつつあり、第二期ブレア政権は、NHS支出大幅増の公約で発足した。しかし本記事に見るとおり、その支出増も、私有医療の刺激を狙ったものであるようだ。

われわれは教え、あなたは学び、そして彼らが儲ける
         リチャード・ハッチャー

 学校システムへの私企業侵入のニュースが毎月のように届いている。過去数ヶ月には以下のものがあった。
●政府は、二〇〇八年までに最低新規の三〇の市管理の専門学校と二〇の中学校、というロンドン戦略を公表。
●サリー州の地方教育局(LEA)は、VT教育社との共同企業体形成に着手と公表。上記の会社は、軍需・造船会社であるボスパー・ソニークロフト社の子会社であり、サリー州での教育サービスを経営し、他のLEAとの契約に応札することを目的としている。
●教育科学省(DFES)は、彼らの言い分では最悪の状態にある七〇〇の中学校救済を助けるため、潟Wャルビスに一九〇万ポンドの三年契約を裁可した。

 ロンドンが示すもの
 
 ロンドンにおける三〇以上の市管理専門学校が意味するものは、三〇人以上の百万長者がトップクラスの公立学校を二〇〇万ポンドという特価で買うことができ、後は何も支払う必要がない、ということだ。なにしろ改装費や維持費は政府が払うのであり、LEAは建物を企業に譲り渡すよう強制されるのだ。
 現時点で市管理専門学校は、利益になる投資ではない。それらは、資金拠出者ごとのさまざまな動機が入り組んだ異様な混成物に寄りかかっている。すなわち、慈善、自己増殖、新労働党の縁故主義、商業的な客寄せ商品を使った市場調査、さらに宗教原理主義が入り込んでいるものだ。しかしこの井戸は早晩枯れることになる。そして労働党の政策が持つ論理は、利益のためにこれらの学校を経営するために、遅かれ早かれ営利主義が請われることになる、ということだ。
 もちろんのこと利益の源泉は、教師と他の学校労働者からの搾取となるだろう。ロンドンのハリンゲイ自治区の危機に陥ったグレイグ専門学校に着任した信任最高経営責任者は、労働時間延長によってこの危機を逃れようとした。先述したことは、このようにすでに示されている。これに対し全国教員組合(NUT)はスト権投票に入っている。
 その一方ロンドンでの二〇の新中学校設立は、学校経営から利益を引き出す紛れもない機会となる。二〇〇二年教育法の下では各LEAは、私企業からの応札を請う必要があるのだ。
 それはPFIの形での新しい事業革新にとって黄金の機会だ。すなわちPFIは、学校を建設し、建物と施設を管理し、教師を雇用するために応札する借款団であるからだ。そしてこれらの事柄こそ、営利の学校企業がまさしく要求していることなのだ。
 
 ロビーイングが決め手
 
 営利の教育企業のもつ真実の専門性は教育にあるのではない。それは、契約を勝ち取るためのロビーイングにある。教育(および零細な教育事業の飲み込み)に今動いている大企業のほとんどが、軍需部門(セルコ、ボスパー・ソニークロフト)と建設部門(ジャルビス、アメイ、アトキンス)のものであること、ここには何の偶然性もない。そこでは、ロビーイングの熟達と、政治家や当局首脳部との親密な個人的つながりがゲームの名前なのだ。
 ジャルビスは好例だ。百万長者の最高役員、パリス・モイヤディは、労働党への基金者であることが昨年明らかにされた。そして保守党のロンドン市長候補であったスティーブン・ノリスは、取締役の一人である。
 もちろんそれらの企業は、それらが最も効率的な会社であるが故に頂点に上り詰めたのだ、と主張する。しかしそれは真実ではない。理由は二つだ。
 第一に、教育は非常に閉鎖的な市場だ。それは、参入コストが高く、認可契約のための候補者選抜名簿を通した政府による慎重な競争管理があるためだ。
 第二に、営利の教育企業は、その悪名が知れ渡る程に非効率であることがしばしば明らかにされてきた。一月における全国会計監査局の調査が最初のPFI資金供与学校の十七に入った。そしてこの機関は、これらの学校がイングランドの他の新設校よりかなり悪いことを見いだした。教室は狭すぎ、施設配置はおざなり、そして暖房は不十分、という具合だ。
 
 私有化は次にどこへ?
 
 「進歩的政策」誌最新号でトニー・ブレアは、公共サービス市場化の急進的な新形態を通した第三の道の再建を呼びかけた。「供給者ではなくむしろ調整者という国家の役割に関してわれわれはもっとはるかに急進的であるべきだ。‥‥われわれは学校市場への新参入機会を刺激すべきであり、公共部門における資金を出し合う新しい会社をもって実験する意志を持つべきである」、と彼は述べる。そしてまたブレアは、「学校カリキュラム、労働を通じた職能技能上の訓練を根底的に再考すること」についても語る。彼の語るものがどのような形をとることになるのか、それを予言することは難しい。しかし以下に上げるものは、おそらくその候補のように見える。
 未来のPFI契約は、教えることそれ自身を供給すること、それ故PFI借款団による教師の雇用を含むだろう。学校は、アメとムチで、私企業と提携した学校連合形成を促されるだろう。
 経済競争力のための教育を求めるブレアの関心を前提とすれば、鍵となる焦点は十四歳〜十九歳に向けた供給であろう。ここでの媒介物は、「教育・熟練評議会」(LSC)である。この機関は、四十七の地方評議会を介して学校の六番目の形態を含む、十六〜十九歳教育のすべての基金を引き取った。さらにこの機関は、十四歳からの学校教育にその影響力を拡張しつつある。各LEAは地方LSCに関し代表権すら持てずに周辺化され、それによってLSCは、営利の教育企業に向けたテコになる好位置を占めている。
 「資金を出し合う新形態」は、政治的に危険かつ今のところ不明瞭とはいえ、市場選好行動を生み出し、公共支出を縮小し、十分な収益性を確実にするために必要とされている。
 
 抵抗のための複線戦略
 
 第一の任務は防衛的なものだ。それは公教育のどのようなこれ以上の浸食にも反対する、もう長い間機が熟している全国的キャンペーンの効果的遂行に向けた努力を続けることだ。それは、中核的サービス機能の外部委託や、公・私提携による空洞化を媒介とする私有化に反対する、広範な公共部門キャンペーンの一部に含められる。
 しかし防衛だけでは不十分だ。左派は、国家による教育の改善のための代替構想を発展させ、広めることを急ぐ必要がある。その構想は、私的部門に依存しているわけではない勤労民衆とその子供たちの利害関心に基づくものだ。
 たとえばわれわれは、費用のかかる助言者を配した受験用特別チームを必要としていない。われわれが必要としているものは、学校中にわたり、地域の共同体とともに行う革新と協力のための教師にとっての新しい道である。すなわちそれは、再生され、再建された専門性である。ここにおいて中心となる課題は、民主主義と統制だ。
 地方LEAが提供する、けっしてすこぶる民主主義的とは言えない説明責任に代わる、われわれの対案とは何だろうか。現在かの説明責任は、中央集権的管理主義者が理解する説明責任に大幅に取って代わられている。それは、いくつかの実績目標とテスト成績を物差しにするものであるが、それはそれで、営利の教育企業をどのような民衆的介入からも効果的に隔離する。
 ポルト・アレグレが例証した地方の参加型民主主義の経験は、今日の防衛戦略と明日の教育を求める大衆的民衆運動をつなぐ架け橋として、イギリスの状況において戦略再考の基礎を提供するだろうか。もしそうでないとしたら何がそれを提供するのだろうか。
 これらは、左翼がもはや棚上げできない問題である。 
 
 
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