2004年1月10日        労働者の力             第 166号

アメリカの支配と対決する民衆の世紀
抵抗発展の中から新たな民衆的原理を
 

織田 進

 
 
1 イラク侵略とアメリカの世界支配

 ブッシュ政権は、イラクへの戦争を開始するに当たり、国際法上の合法性をいっさい考慮しなかった。唯一彼らがその行動の根拠として(とりわけアメリカ国民に対して)示したものは、「先制攻撃」を正当化するブッシュ・ドクトリンである。その上で彼らは、電撃的な軍事的勝利はすべてを解決するという先験的な確信に基づいて行動した。その結果当然もたらされた国際世論からの孤立にもかかわらず、アメリカの大多数の国民は、ブッシュの戦争政策を基本的には支持してきた。
 戦争の直接目標は、フセインの軍事的抹殺であったが、戦略的目的はイラクに親米・親イスラエルの政権を樹立することにあった。この戦争計画は、すでに湾岸戦争直後にネオコンが提起したものであり、九・一一ニューヨーク・テロを巧みに利用して実行の機会をつかんだ。
 ネオコンのフセイン打倒戦略は、中東におけるイスラエルの脅威を取り除くとともに、世界第二の埋蔵量を誇るイラクの油田を支配する、一石二鳥の妙案として、アメリカの軍産複合体・メジャーに支持された。その立案には、フセインによって排除されたイラクの反体制派も参加した。
 ブッシュ政権はすでに九・一一以前からこの計画を検討し、ユダヤ系資本の支持をあてこむ〇四年再選戦略の柱の一つに採用した。そして九・一一は絶好のチャンスを与えたのである。もともと、彼らにとってイラクの「民主化」なるものは真剣な政治目的ではなかったし、今後もならない。彼らはイラクをアメリカの中東政策の拠点として、イスラエルの安全保障を確実にし、さらに油田を獲得してOPECとサウジを無力化することをねらっているのであり、このことは中東とアラブの民衆の目には明白になっている。
 これほどむき出しの陰謀が、高い国民的な支持を受けて遂行され得た背景には、九・一一の衝撃がある。このときアメリカ国民の中で、外部の敵から初めてアメリカ本土に加えられた恐るべき軍事的打撃は、あたかも九〇年代のバブルが崩壊し、アメリカ経済のバラ色の未来が打ち砕かれつつあった事態に重なった。アメリカの国民はこのテロを自らの約束された幸福そのものに対する挑戦と受け止め、いち早く「十字軍」戦争の旗の下に結集したのである。それにしても、これほどあからさまなブッシュとネオコンの強盗戦争を、時には九割を超える国民が支持するという事態がなぜ起きたのか、それは一つの謎とも言える。
 ブッシュの予測では、フセインの速やかな打倒がすべてを解決するはずであった。イラク国民は「解放軍」を星条旗とキャンデーで歓迎し、この軍事的冒険に懐疑的な国際世論は、イラク民衆とアメリカ軍の抱擁の前で、沈黙と服従を強いられるはずであった。
 だが、現実に起きたことはそれとは全く違っていた。イラク民衆の反米・反占領闘争は激化の一途をたどり、米・英の孤立は深まっている。占領軍は、戦争の大義を明らかにするはずの「証拠」は痕跡すら見つけられず、勝利は正当化されないままである。さらにこの経過の中で、国連の無力も暴露された。国連は権威と求心力を失い、調停者の役割を果たすことも当分難しくなった。
 今やイラクは、アメリカの新たな泥沼になりつつある。

2 グローバリゼーションの本質

 二〇世紀の最後の一〇年間は、アメリカの経済的な繁栄が新たな頂点を記録した期間であった。しかもこの繁栄は、冷戦の崩壊と期を一にしたものであり、資本主義の勝利が政治と経済の両面でアメリカにおいて、いわば「実証」されたのである。
 アメリカのエコノミストたちは、ITブームに支えられたこの繁栄をニューエコノミーと命名した。それはITによる生産性の向上が、景気循環や完全雇用とインフレのジレンマを刻印された古い資本主義からの脱却を可能にしたというものであり、インフレの壁に阻まれない長期成長の時代が到来したと規定した。
 このニューエコノミーの原理のもとで、国家の活動領域は広汎に私的資本に明け渡され、徹底的な市場競争こそ、経済の全面的な活性化をもたらす唯一の原理であるとされた。無限の成長を約束するニューエコノミーの原理は、全世界に輸出されることにより、世界経済の新たな長期繁栄を可能にすると主張され、IMF、世銀をはじめとする国際経済機構は、このアメリカ型経済原理を普遍化していくことが任務であるとされたのである。
 だが現実には、ニューエコノミー的なアメリカ経済原理の世界化の要求とは、アメリカ金融資本と多国籍企業が、各国経済を投機と収奪の対象に包摂していく条件と体制を構築していくことに他ならなかった。そしてその展開過程こそ、グローバリゼーションと呼ばれたものである。
 グローバリゼーションとは、単に経済のグローバル化を意味するのではない。アメリカの巨大独占体が、世界的収奪構造を樹立するために、アメリカ資本主義のニューエコノミー的経済原理を世界化する運動なのであり、そのために、「規制緩和・撤廃」の名の下で、各国経済の防壁である国家機構や法的・慣習的共同体障壁の強制的な解体、除去を要求するものである。したがってこの運動は、既存の構造との政治的・社会的な対抗を惹起しつつ展開され、時によって政治的・軍事的強制を伴ってきたのである。
 すなわちグローバリゼーションは、その背景に、アメリカのインターネットを通じる情報統合力と、冷戦の崩壊による圧倒的な軍事的優位を持っている。今日のアメリカ国家の軍事支出は、第二位から第一五位までの国家の軍事支出額を合計したものを凌駕する。
 当然にも、グローバリゼーションの展開は各国経済に深刻な困難を作り出してきた。国際経済機構を後ろ盾とするアメリカ金融資本は、その活動領域を拡大すればするほど投機的になり、各国独自の経済戦略を破壊し、その安定的成長を阻害した。例えば、九七年から九八年にかけて、タイの通貨危機から開始してすべての東アジア諸国を巻き込んだ金融危機は、一部では政治危機へと発展したが、そこからの回復は未だに完了したとはいえない。この危機が、アメリカ金融資本とIMF・世銀の共謀によって発生しかつ拡大したこと、さらにこの過程で、アメリカ金融資本が一部の国家の金融中枢を支配下に収めたことは、今や明確になっている。
 冷戦の崩壊以後、世界各地で頻発している民族的・宗教的対立、紛争は、調停と仲裁の枠組みを失い、軍事力による解決を求める傾向が一面的に拡大している。そこでも最終的決定を下す権利を主張するのは、軍事的覇権者としてのアメリカである。そして、終わりのない対立と紛争の現場には、軍事衝突を自らのビジネスとして発展を遂げていくアメリカの軍産複合体の姿が、例外なく目撃されるのであり、ここにグローバリゼーションのもう一つの側面がある。
 ブッシュ政権のイラク侵略は、グローバリゼーションの時代の本質を余すところなく明らかにしている。

3 アメリカ資本主義とグローバリゼーション

 アメリカ資本主義は、九〇年代以降に新たな発展段階に入った。
 アメリカは第一次〜第二次世界大戦期にイギリスに代わって経済的覇権を確立し、第二次大戦直後の時代には圧倒的な優位性を確立したが、その覇権は西側に限られていた。しかしこの優位も、日本・ドイツの復興とベトナム戦争、石油危機・ドル危機を経て、七〇年代〜八〇年代には相対化した。
 九〇年代に入って、ITの発展をバネにするニューエコノミーのブームが一〇年にわたる繁栄を実現し、ソ連の崩壊と重なることによって、アメリカ経済は再び圧倒的な優位を回復した。
 国民経済としての資本主義は、それぞれの内部に調整機能を形成し、時代とともに変化・発展させる。ヨーロッパと日本では、その機能は主として階級闘争ー階級協調のシステムとして構築された。これに対して第二次大戦後のアメリカでは、階級闘争と労働者組織を通じる調整力が後退し、これに代わって国家と経済システムへの国民各層・諸階級の直接的統合の仕組みを構築することが目指されて来た。そしてその中心に位置づけられているのは、国民の株主化である。九〇年代に入って、「退職貯蓄制度」や四〇一Kプランの普及により、全世帯の半数(一九九八年に四八・八%)が株式を保有するに至ったが、この急速な株主化はニューエコノミー・ブームによる株価上昇に支えられた。
 ヨーロッパ・日本では、経済政策の立案・決定や企業の経営意志決定に対して、労働者が労働組合や労働者政党を通じて参画する何らかの枠組みが作られてきた。しかしアメリカでは、このようなシステムは形成されず、経営への参画は株主権の行使によってなされることとなってきた。
 主要企業のほとんどは公開され、誰でもその株主となることができる。株主は、株主利益の極大化に貢献する経営陣を選出し、または株主の利益に反する経営者を排除する不可侵の権利を有する。多くの場合、社員もまた株主として経営に参画するものとされる。こうして、誰でも取得できる株主権に至上の権威を与えることによって、この「株主資本主義」は、大衆資本主義として発展することが可能になったとされてきた。九〇年代における情報化の進展と株式市場の改革をてこに、あたかも株主としての国民が経済の「主人公」であるかのような錯覚が育てられ、この幻想のなかで、アメリカ資本主義を国民統合の経済システムへと形成していく試みがいっそう追求されてきたのである。
 だが実際には、この「株主資本主義」は、資本家=経営者階級の独裁のシステムである。「大衆株主」は、結局は「CEO」を通じて利益を極大化しようと願う「権利」を有しているにすぎないが、企業の全資源を日常的に掌握する職業的経営集団が、せいぜい年に一度の株主総会を操作することはいとも容易なことであり、「大衆株主」が、経営の意志決定にかかわることなどとうていありえない。
 九〇年代のこの「株主資本主義」の発展過程を通じて、アメリカの所得格差は恐るべき拡大を遂げた。トップ一%の家計の富が全世帯の家計の富に占める割合は四〇%を超え、七〇年代の二倍になった。六〇年代にはCEO報酬はブルーカラー労働者の賃金の二五倍であったが、一九九九年には四一九倍となった。経営者トップ四〇〇人の平均資産額は八〇年代の初めには二・三億ドルであったが、九〇年代の末には二六〇億ドルに増えた。他方で、一九八〇年に二〇九〇億ドルであったアメリカ企業の利潤総額は、二〇〇〇年には九三〇〇億ドルにはね上がった。一九五〇年に企業の課税額は総利益の二六・五%であったが、二〇〇〇年には一〇・二%に減少した。同じ期間に労働者が負担した社会保障税と健康保険負担額は賃金の六・九%から三一・一%に増加した。
 「株主資本主義」は、実際には経営者階級が経済的権力を独占し、巨富を蓄積する巧妙なシステムであるが、またこれを政治的に支え推進することを通じて、アメリカの政治的支配者集団は、この経営者階級と一体になっている。「株主資本主義」による経済的独占の仕組みは、大統領選挙や各種の選挙制度を通じるアメリカ支配階級の政治権力独占の仕組みと対応している。
 このような「民主主義」支配システムは、ヨーロッパ・日本の階級闘争・階級協調型支配システムとは明らかに異なっている。この仕組みは、アメリカが移民によって構成された国家であり、アメリカ資本主義が未だ階級的結晶化の過程を通じる均衡に到達できず、民族と宗教によって分断された極めて多層の共同体の均衡によって統一が保たれている社会であるため、政治と経済の国家的システムが、直接的な国民統合として構築されなければならないことに根拠を置いているのである。こうした構造は、歴史上の「帝国」に共通のものであると言える。
 アメリカ国家が有する諸共同体の統合構造としての不安定性は、この国の極めて倫理主義的な自己規定にも表現される。この国では、事あるごとに、「アメリカ」の唯一性と普遍性への同義反復型自己確認運動が展開される。アメリカ的「民主主義と自由」は絶対的な価値を付与され、普遍的真理とされるアメリカ的市場原理と重ね合わされて、これを世界に拡げることが「神」から与えられたアメリカの使命であると宣言される。この使命を妨げる敵が、かつての共産主義にかわって今やイスラムのテロリズムとして登場してきたというわけである。アメリカの戦争は「善」と「悪」の対決なのである。
 アメリカの支配階級がその国民を組織しようとするこのような十字軍的団結は、冷戦の崩壊によって一極的優位が実現された二十一世紀において、多層な共同体の集合体としての国家の統合力を、持続的に保ち強化していくための根幹である。なぜならこの統合は、外に向かうことに失敗すれば不断に内からの分解と対立の危機にさらされるからである。
 極めて特殊な一国的構造に基礎を置くものでありながら、外に向かう帝国としてはじめてその内的な統合を維持、推進することができるアメリカ資本主義は、その世界に向かう行動をグローバリゼーション=世界のアメリカ化として展開しなければならない宿命を負っている。いわばアメリカは世界を取り込んだ国家なのであり、世界そのものの矛盾がアメリカを引き裂く危険を常にはらんでいるのである。第二次大戦後の冷戦構造は、このようなアメリカが「敵」と対峙して統合を保持するための安定した対立構造を提供してきた。だが、それは失われた。アメリカは、「敵」を必要とする。「敵」がなければ、作り出さなければならない。二十一世紀がアメリカの世紀であるというのは、今や人類が、史上最大・最強の政治的・軍事的帝国と直面することになったということである。かくしてアメリカ資本主義にとって、グローバリゼーションはその生存の運動そのものである。あたかも、現代における一九世紀の復活である。
 しかしこの帝国の土台は、これまでの全ての帝国がそうであったように脆弱である。振り回す巨大なハンマーは、バランスを欠いた細い足の上に乗っている。
 このグローバリゼーションは、スターリニズムの破綻をのりこえて始まりつつある世界的な民衆の新たな覚醒の中で、その正当性を主張し、防衛し続けることができるであろうか。その矛盾は、アフガニスタンーイラクと引き続く侵略がイスラムの民衆の抵抗の壁にはね返されつつあるように、破綻し暴露されざるを得ないだろう。そして、この破綻は結局、帝国自身の内部危機へと引き戻されることになるだろう。

4 反米闘争の世界化とイスラム世界

 イスラム世界は、アメリカ帝国主義とそのグローバリゼーションに立ち向かう被抑圧民衆の最も激しい戦場となった。
 イスラム民衆の抵抗運動には、独自の特徴がある。
 第一は、国境や民族の違いによって分断されない、インターナショナルな運動であることである。それは、運動の強さを構成している。世界帝国主義としてのアメリカに、世界各地で立ち向かうことができ、その最も弱いところに打撃を加えることができる。
 第二は、相対的にのみ言えることであるが、運動の内部分裂を最小限に抑止する構造を持っていることである。民族の内部に支配と被支配、富裕と貧困の対立をはらみつつも、当面の敵に立ち向かう一つの大義にむかって結束を保持している。宗教的権威の優越のもとで、民衆と権力との公然、非公然の協働が組織されている。
 その第三は、抵抗の形態が軍事的であっても、その作り出す衝撃が極めて倫理的な性格を帯びることである。イスラム民衆がアメリカに立ち向かうとき、その破壊力は物理的な打撃の程度によって決定されるのではない。闘争が実行される度に、アメリカの抑圧と弾圧によってすべての希望を奪われた民衆の絶望と憤激が、極限的な抵抗の形態によって指し示される。とりわけ、「自爆テロ」と呼ばれる闘争において、このことは顕著である。どこで戦われた闘争であれ、帝国の国民自身の倫理的な深部に、問題を鋭く投げつける。アメリカとイスラエルの支配者が最も恐れるのは、この倫理的衝撃が、彼らの国民の結束に対する破壊力となることである。イスラム民衆の反米闘争は持続し、拡大している。アメリカの反テロ戦争が反米闘争を各地へ拡大させ、さらに反米闘争と反イスラエル闘争とを結合させるに至っている。
 だが、冷戦の崩壊がもたらしたアメリカ一極支配のなかで、イスラム諸国家の反帝国主義的イニシアティブは、弱体化している。パレスチナ・アラブ民衆の反イスラエル闘争の戦線においても、イスラム諸国家は後退を続けている。このため、反米・反イスラエル闘争のイニシアティブは、ますます民衆レベルにゆだねられつつある。そしてこのことが、抵抗の形態をいっそうテロリズムのレベルに限定させる要因になっている。こうして、イスラムの抵抗は、当面各国民衆に広がりつつも、ゲリラ戦争の性格をさらに強めていかざるを得ないであろう。

5 次に来るもの

 冷戦構造の崩壊の後を受けて、二十一世紀はアメリカの世紀として開始した。
 しかしそれは同時に、アメリカの世界支配に対抗する民衆的闘争の広がりの世紀でもある。世界化する資本主義としてのアメリカの矛盾は、その世界化とともに内部で深まっていく。
 イラクの民衆的な反米・反占領闘争は激化し、占領の危機をイラク化しようとするアメリカの意図は、諸民族・諸宗教の対立の拡大によっていっそうの困難に誘い込まれる。アフガニスタンの統治機構もまた、内部対立を深めている。占領下のイスラム諸国の政治的安定は、アメリカが与える民主主義によっては実現しない。アメリカの強力な軍事力以外に占領機構の動揺を抑止するものはなく、したがってますますアメリカは、これらの地域の民族的・宗教的対立の泥沼にはまり込むことになる。
 他方、一〇年の繁栄を終えてバブルがはじけたアメリカ経済は、基本的には未だ新しい繁栄のステージを展望できないでいる。長期的な回復を阻む要因は構造的である。財政収支と貿易収支の双子の赤字によって巨額の対外債務が急激に膨張しつつあり、減税と低金利に依拠してきた景気刺激策の余地を奪っている。
 ブッシュ政権は隘路を突破すべくドル安を推進しているが、この政策はアメリカ市場に依存する中国などの途上国経済に深刻な打撃を加えるとともに、EU・日本との対立を激化させる。国内では、経済の軍事依存が進み、福祉の切り捨てと雇用の危機が進行している。トップ五〇〇社の雇用従業員数は、八〇年の一五九〇万人から九三年の一一五〇万人へと三分の二に減少した。また、健康保険から排除された国民は四〇〇〇万人に達している。
 こうして、景気回復の遅れが雇用危機の深刻化と重なるときは、対外政策の成功によって再選を実現しようとしてきたブッシュの戦略にもかかわらず、アメリカ国民が再び内向きになる可能性がある。こうした揺り戻しは、これまで常に繰り返されてきて、国内外の諸矛盾の調整機能を果たしてきたが、今日ではグローバリゼーションの上に成立しているアメリカ資本主義の均衡を危機にさらすことになりうる。アメリカの巨額の対外債務は、世界的な資金環流システムによってバランスされており、急速な内向き転換は、構造的な破綻をもたらす危険がある。アメリカが伝統的な「孤立主義」に復帰することは、すでに許されない贅沢になっている。
 だが、アメリカ帝国主義の覇権の時代をどんな民衆的世界が取って代わることができるのかを構想することは、依然として困難である。
 現代は、さまざまな意味において、次に来るものを予測することが困難な時代である。そこに、冷戦後の現実がある。社会主義の敗北の上に、アメリカの世紀があるのであり、この二つはいわばメダルの裏表である。
 社会主義の敗北を乗り越えることは、民衆的抵抗の広がりと前進の上に、社会主義の理念を再構築する努力からしか始まらないであろう。もちろんこの社会主義は、イスラムやその他の民衆的な宗教や運動とは、決して対立するものではない。社会主義は自らの敗北に学び、そのなかに潜んできた西欧的な傲慢の残滓を、スターリニズム的な形態を含めて、自ら克服していかなければならない。
 今日のさまざまな民衆的抵抗の思想や運動は、それが宗教であると否とを問わず、市場原理に対する抵抗の視点を根幹に据えている。社会主義を新たに構築しようとする運動の目標には、市場原理を乗り越える人間の統一の原理を確立するという理論的な課題が設定されなければならない。
 この限りにおいて、マルクスの問題提起はなおその価値を失わない。
(一月一四日) 
 
  労組バグダッド派遣団報告
連帯をもって、イラク新労組との連携を
                 
アレックス・ゴードン                  

―10月、イギリスの労組代表五名は、「戦争をやめろ連合」の助けの下にバグダッドを訪れた。以下は、この訪問と、イギリス労組員のなすべき対応についての社会主義連合のフォーラムで行われた、RMT(鉄道・海事・運輸労組)の全国執行委員、アレックス・ゴードンの報告―

英労組運動の草分け的挑戦
 
 いくつもの全国労組が最初の草分けとなる代表団を素早く調整できたが、これは、これから説明する限界があるとしても、意義深いことだ。戦争終了後六ヶ月で、そして、明確な反戦の立場を支持する組合内部でのキャンペーンの成功の故に、われわれは横断的な公式代表団を勝ち得た。実際、フォークランド戦争後の情勢においては、アルゼンチンに公式の労組代表団を送るなどということは、かなり考えにくいことだったと言ってよい。
 代表団の構成は、私、RMT執行委員、消防士組合執行委員一名、運輸職員協会(もう一つの鉄道組合)員一名、そしてその諸支部が費用負担したNUJ(ジャーナリスト全国労組)の二名だ。われわれはバグダッドに三日間滞在した。この訪問は亡命者に基礎を置いた労組運動であり、イラク共産党(これはイラクにおけるアメリカの傀儡政権に参加したが、それはいずれ人の知るところとなる)につながっている「労働者民主労組」を介して準備された。私がこの事実について触れるのは、健全な警戒を理解して欲しいと思うからだ。私は、私が見たこと、すなわち、われわれが見ることを許されたことについて客観的であろうとしている。
 この、極めて限定された時間内でわれわれは、十二の職場、労働組合の会合、大学における学生および学者との会合に出かけた。そこでは、いくつかの政治的会合があった。それは非常に忙しい日程だった。登場しつつあるイラクの労働組合運動である「イラク労働組合連合」の、われわれが出会っていた同志たちは、どのような形でもわれわれを制限しなかった。私はそのような印象を持っている。われわれがとりかかった職場訪問に制限はなかった。われわれは特に精油所を要求したが、そこにつれて行かれた。さらに誰と話すのかについても制限はなかった。われわれは出現途上の新しい労組委員たちと、さらに委員会には属していない普通の労働者たちと話すことができた。
 われわれが得た通訳のやり方は、かなり直接的なものだった。それは、「彼が今語ったことをうまく要約すれば」、といった後で五分も語るような、そのようなものではなかった。つまり通訳は、読点ごとに行われた。イラク労働者階級の運動の中で、われわれが手にしていた時間内に合うことのできた人々は少数だった。しかし少なくとも、この人々に関する限り、われわれはかなり正確な姿をとらえていたと私は感じた。
 彼らは、戦争の余波の中で、非常に困難な条件の下で作業している。西側のテレビが行った「洗練された爆撃」に関する大々的な宣伝とは異なって、そこでは国の基盤施設はあらかた破壊されたのだ。
 
占領軍との対立を内包した自己組織化の胎動

 「イラク労働組合連合」は、五月に存在を開始した。体制は四月九日に崩壊し、五月十七日バグダッドでの協議会が呼びかけられ、ここに三百八十名の労組活動家が参加した。彼らのある者たちは四月九日後、亡命地から戻った。またある者たちはバース党体制下の非公然条件の下で地下活動を遂行してきていた。
 彼らは自分たちを、一直線に労組連合とは呼ばなかった。彼らは準備委員会を形成し、労働組合運動創立声明を発行し、職場に出かけ、労組委員会を組織するよう、労組員に呼びかけた。それらの委員会が形作られるべき明確な基準を彼らは設けた。イラクの職場において、過去三十五年を通してはじめての選挙を登場させるつもりだ、と彼らは説明した。すべての役職が選出される大衆集会を彼らは開催した。
 「連合」それ自身は、すべての政党から独立している。しかしながら、その内部には、イラク共産党とアラブ社会主義運動のメンバーがいる。その上に、そこにはまた、十分に興味深いことに一人の当局者がいる。私はその人物は「イラク国民合意」(傀儡政権首脳、アラウィの政党であり、CIAに後押しを受けている)のメンバーである、と信じている。
 その上で私が行った職場についてのいくつかの簡潔な印象を伝えたい。バグダッドの自転車工場は、九月二十七日賃金に関する二十四時間ストライキを決行した。そして彼らは、賃金を月に一万七千イラクディナールから、六万イラクディナールに増額することに成功した。それは一月約三十ポンドだ。確かにちっぽけな額ではあるが、それは実のある賃上げだった。ストライキの間には、「イラク労組連合」が組織したバグダッドの中の七つの工場の連帯代表団が作られた。彼らはストライキ支援のため工場まで行進した。
 彼らの労働条件にはかなりの違いがある。機械はかなり古く、時代遅れだ。工場における労働者の女性比率は高い。そこにはまた障害を負った労働者もいる。彼らは、イラクにおけるまともな社会保障システムの不在を埋め合わせるために、生産過程にとどめられている。
 私は特に、われわれが訪れた鉄道職場が興味深かった。そこでは、アメリカ連合軍当局代表者が前バース党の企業組合代表と会うために現れた時、すでに二、三週間前に大衆集会が行われていた。列車運転士、調整係、整備士からなる六百人の労働者は大衆集会を開催し、三人の代表を選出した。その代表の役割は、アメリカ人と会い、彼らが前のバース党員によって代表されるつもりはないと告げることだった。従って、そこでは衝突があった。そしてアメリカ軍部隊は彼らに銃を突きつけた。しかし彼らは彼らの部署に留まった。そして最終的結果は以下のことだった。すなわち、彼らが事実上の労働組合代表であり、前「労働組合総連合」は否認された、ということだ。
 そこには高水準の戦闘性がある。いくつものストライキがそれを証明してきた。そこでは、私が話さなかった別の数々のストライキとデモが起きていた。仕事場においては、労働組合について事実上の承認がある。仕事場は、財源をどう使うかについての決定を行う何らかの実質権力を欠いた、むしろ弱い経営秩序の下にある。すべての物事は、占領軍当局によって差し止められているのだ。
 
新たなイラク労組運動との直接的連携を!

 労働組合の公式的活動承認はまったくない。バース党が導入した一九八七年の労働法は、私的部門における労働組合を完全に禁じた。その上で彼らは、国有部門の大職場向けに、強制加入の単一組合、「労働組合総連合」を作り上げた。
 その組合は、労働者から金を吸い出すために使われた。それはまた、労働者の集団的抵抗組織化を試みる者に対する暴力の道具でもあった。
 アメリカ人は労働組合を友好的に助けつつあるとの諸説が今もある。私の見るところ、それは違う。「労働組合総連合」の名前の下で、凍結された銀行口座の中に二〇億ドルの資産が収まっている。自由に民主的に選出された労働組合委員会を作り上げつつある活動家たちは、これに彼らが手をつける許可を求めている。それは労組組織の発展を可能とするためだ。しかしアメリカの占領者は、いかなる形でも彼らをまったく助けていない。
 私の観点では、真の民主的な独立的労働組合委員会と反戦の立場に立つイギリスの諸労働組合の間に、直接的結びつきを作り上げる挑戦を行うことが重要である。それをわれわれは来る十二ヶ月間に発展させるよう追求すべきだ。
 来年のメーデーは、一九七〇年代初頭以来はじめてのイラクにおけるメーデーデモになるはずだ。イラクの労働組合運動はかつて、一九五九年のメーデーで、バグダッドの街頭に百万の民衆を登場させた。二〇〇四年のメーデーに登場しようとしつつあるイラクの独立した民主的労働組合を今支援すること、そして当時は隔たっていた連帯をわれわれが届けることができるかどうかを知ることが重要となる。(ソーシャリスト・レジスタンス紙十一月号)
 
 

 

          ―イギリス
危機にある私有化―保線、再国有化へ
      ジャルビス社の脱線事故、ブレアを窮地に
 

 
 ネットワーク・レイルは全ての保線作業を事実上再国有化した。トニー・ブレアの新自由主義私有化戦略にとって、これは大きな後退だ。以下でピアース・モスティンが、この展開の背後にあるものと、他部門での戦闘にとっての意味を考える。

再国有化―現実が強制

 二〇〇三年秋に私有化されたレイル・トラック社の破綻に続き鉄道施設諸社(線路と駅を経営)が公共管理に移され始めた。しかし、保線作業は依然外部契約されることになっていた―市場の地位に対する新労働党の理念的関与が推進するものとして―。
 次いで十月、受注社ジャルビスは、実行できない仕事があり、三五〇〇人分を公共部門に戻すと発表した。ジャルビスがそうさせられたというよりも自らそうしたのかどうか、それに実際的意味はない。
 ジャルビス自身が言うように、その仕事はもはや収益的ではなく、彼らを「世評上のリスク」にさらしたのだ。即ち、英国鉄道網の維持におけるジャルビスのぞっとするような実績は、他の場所での彼らの利益を脅かしていた、ということだ。
 貪欲を動機にジャルビスは、事業売却を最後まで試みた。しかしネットワーク・レイルはその業務を手中に置いた。ポッターズ・バー駅の致命的な衝突と他の数々の過失履歴に対するジャルビスの責任を前提とすれば、他のどれであれ大規模な逆行のきっかけになっていたはずだ。
 しかし上記の経過の上でも、保線の六〇%は未だ私的管理に残された。これは明らかに筋道の立たないことだった。鉄道労組RMTは、全ての再国有化という彼らが長期に保持した要求を追求した。十日後にネットワーク・レイルは、残りの六〇%をも手元に戻した。不適格ランクと、この分野における詐欺行為記録保持者の故に損害賠償請求を受けているただ中で、ジャルビスはまだ軌道更新業務に関わっている。そして旅客諸団体は、まさにこのことに憤慨している。
 労働党は元々は、保守党政権が進めた鉄道事業私有化に反対だった。しかし政権に着くと再国有化できなかった。そして致命的な数々の衝突事故、無能力、利用者と労組が率いた公開調査とキャンペーンの六年を、この政府はやり過ごした。それ故公開調査とキャンペーンは、いやがり抵抗する政府を、再国有化にまで引っ張っていくためだった。この経過を見れば、今回の現実を、政府の文字通りの敗北ではなく何か前向きの政策決定であるかのように装うことは、どれ程の情報操作を積み重ねようと不可能だ。

次は地下鉄だ

 照明は今ロンドン地下鉄に向いている―最近になってこの事業は、三〇年契約の私的保線に組み入れられた。しかしそれは、私有化と闘うためにケン・リビングストンを市長に選出したロンドン市民の、圧倒的な敵意を向こうに回してのことだ―。
 全国の鉄道での破綻にも拘らずジャルビスは、今も地下鉄では中心的会社だ―北線に責任のある事業資金団であり、この線で十月に二つの深刻な脱線事故の一つが起きた―。
 地下鉄に関する新労働党の政策がいかにすれば維持可能となるのか、それを知ることは難しい。まして、市長選において僅か十三%の得票率で四位に沈んだ党をもってしてはなおさらだ。ロンドン地下鉄諸労組は、ストライキ支持投票による圧力行使に一斉に踏み込むつもりだ。

事実はごまかせない

 三つの主要な党はいずれも、利潤のために経営される公共サービスという理念を後押ししている。しかし、保健、教育、鉄道において何十億ポンドもの価値をもつ公共部門契約を抱えた、英国の頂点に立つ建設エンジニアリング会社が、どのようにして基礎的保守契約を満たせなくなるようなことになったのか、このことを説明できる者は誰もいない。
 これらの企業は定義からして利益を上げることが必要だ。この利益はたとえすぐさま入らないとしても、それは大きくかつ保証されたものでなければならない。これをもし何かが脅かすとすれば―見苦しくない賃金、保健、安全、質の良いサービスのような、あるいは市場の移り気ですらも―、それらの企業はもろいのだ。
 従ってそれらは、労働者への払いをケチリ、手抜きをし、短期かつ柔軟な契約で働かせる。これは、基準の切下げ、高い転職率を伴った志気が低く、経験の浅い、未熟練の労働力、いかなる戦略性もない作業計画、そして民主的な説明責任の全くない経営に行き着く。
 私有部門支持者の主張は、保線の問題は独特のものだ、ということだ。しかし、私鉄、私バスの諸企業は、完全にいかさまの「市場」で活動している。道路運送産業のようにそれらは、ただのあるいは不公正な安い基本施設、維持管理、情報サービスその他の形をとった、巨額の隠れた国家補助金に完全に依存している。もしもそれらが真の価格を払わざるを得なかったとすれば、さっさと逃げ出しただろう。
 このような批判のある優遇された経営であるにも拘らず、運輸に関する議会特別委員会の報告は仮借のないものだった。即ち、列車、バス、地下鉄の超過密がひどい程度に達した、と指摘したのだ。何千という利用者は、いつも二〇〇%以上も詰込まれたいくつかの通勤列車のおかげで、「日常的トラウマ」に直面している。「効率性」と「より大きな投資」と引換えになったものは、これ程に大したものだ。

公共サービス私有化は機能しなかった!

 そして保線の挫折は、他のところにも及ぶ。私有化された教育は紛糾の渦中にある。WSアトキンスはいかがわしい支払いを受けた上で、サウスワークの教育を管理する契約から、五年で一億ポンドという契約期間の途中で撤退した。ハックニーの教育は、破綻しかけているノルド・アングリア(この分野でのトップ企業)から引き上げられざるを得なかった。さらに、現金での利益配当を守るために諸目標が低められたにも拘らずセクロが破綻したために、政府指名の調査委員会がブラッドフォード私有化教育局(国内最大)に投入される事態となっている。
 配電もまた危機状態にある。ナショナル・グリッド・トランスコは、十三年間にわたる最も供給力の細った電力の苦境について、今年冬の十五%きっかりにまで減退した余剰能力と合わせて警告した。専門家は、この状態はロンドンとブリングハムの数十万人に影響を及ぼした最近の停電時よりも悪い状態かもしれないと恐れている。それは又、イギリスが、イタリアやアメリカの数地域で見られた全面的マヒに向っていることへの恐れだ。私有化と規制解体はシステムを、主要な関心が費用を最少化し利益を最大化することである企業の手中に置き去りにした。
 保健部門でのPFIスキャンダルも又数多くある。
 ここには一つのパターンがある。利潤のための公共サービス経営は、機能しなかった。惨害、活動水準の低落、金銭の浪費、そして新労働党のスターの衰えの後を追って、一般的幻滅が全面化の途上にある。
 再国有化は今、先ず列車運行企業と地下鉄に焦点を合わせつつ、日程にのぼっている。
 トニー・ブレアは、バックギヤーは全くない、と主張している。しかしそれでも問題はない。最近のできごとが示したことは次のことだからだ。すなわち、労働組合と左派によって、「利益以前に人民だ」のスローガンの下に、ブレアを逆行線に送り込むポイント切換えは可能だ、ということだ。(「ソーシャリスト・レジスタンス」十一月号)

  ―ボリビア
大統領は逃げたが、次は?
                                       フィル・ハース
  ボリビア大統領、ゴンザロ・サンチェス・デ・ラザドは、一ヶ月の大衆的反乱によって打倒され、十月十七日辞任した。大統領官邸からヘリコプターでの脱出を強制された彼は、マイアミに避難先を見いだし、アメリカが彼を見放したのだ、と苦々しげに説明した。
 
帝国主義の新自由主義攻撃への反乱

 この前日、街頭には抗議に立ち上がった百万の人々がいた。そこには、ラパスの大統領官邸近くのプラザ・デ・サンフランシスコにおける二十五万人が含まれる。これは、九百万人足らずの人口しかいない国でのできごとなのだ。労組ナショナルセンターのCOBはゼネストを呼びかけ、一方諸都市と地方では、警察署と大学が占拠された。ラパスの高台にある貧しいエル・アルト地区は、文字通り蜂起状態にあった。
 反乱のもう一つの中心は、つい最近水道私有化反対大衆闘争の中心地であったコカバンバだった。反乱期間中には、七十人以上の人々が軍と警察によって殺害された。さらに、〇二年九月のサンチェス選出以降の数度にわたる抗議の波の中で、およそ七〇〇人の人々が公安部隊の手で死ぬことになった。
 人々が軽蔑を込めて「ゴニ」とのあだ名をつけたサンチェスは、国の埋蔵天然ガス資源を大量にアメリカに売却する計画を理由に打倒された。そしてこの計画は、北側にガスが船積みされるはずであったチリの港に至るパイプライン建設を含んでいた。これは、ボリビアの数百万の人々にとっては、新自由主義的グローバリゼーションが加えるもう一つの平手打ちであり、国民の天然資源に対する帝国主義的略奪者が作ってきた長い歴史におけるもう一つの悲しむべき出来事だ。
 抗議の政治的内容は極めて意義深い。第一のものは、帝国主義の強奪という単純な問題だった。数多くのプラカードと横断幕が語っていたものは、「ガスは売り物ではない!われわれの工業化のためにある!」だ。ここには、経済成長という問題に関して、さらにこの極度に貧困な国において、いかにすればそれが可能かについて、どのようなあいまいさもない。他方で、先住民の農業地帯を横切ることになるパイプラインは、大きな環境的懸念を引き起こした。

引き続く米帝国主義との格闘

 反サンチェスへの結集は、政治的、社会的諸勢力の幅広い部分を含んだ。その中では、先住民、錫鉱山労働者、都市労働者、さらに中産階級に属する諸層が目立っていた。運動の中心的指導者は、フィリペ・キスペとエボ・モラレスだった。前者は、アイマラの先住農民と農業労働者の組合、「ボリビア労働者農民統一評議会」の指導者。後者は、MAS(社会主義への運動)の指導者であり、〇二年大統領選ではわずかの差でサンチェスに敗北した。
 モラレスは、、その取引を抑圧するようアメリカが政府に圧力をかけている国における、地方のコカ農民の指導者だ。一方キスペは、より急進的な人物として知られている。マイアミへのサンチェスの出発に続き、議会はサンチェス派の議員であるカルロス・メサを代わりの大統領に選んだ。パイプラインは今死んだも同然かもしれない。しかし大多数の人々は、メサが全般的な新自由主義的緊縮政策への、特にワシントンへの従属継続とは異なるものを何一つもたらさない、と考えている。サンチェスの辞任直後、アメリカのボリビア大使、デイビット・グリーンリーが力説したことは、コカ取引に幕を引く闘いにおいてはいかなる緩みもないことをアメリカは要求する、ということだった。すなわちこれは、数十万のボリビア農民の暮らしを破滅させる、ということだ。しかしながらこの対応は、メサとの関係で―さらにモラレスとの―追求すべき正しい進路に関して、ワシントン内の論争に導いた。
 政治評論家のマルセラ・サンチェスは、『ワシントン・ポスト』十月二十五日付に、国務省に「ルーラ対策」を採用するよう促す論評を書いた。すなわちそれは、モラレスの党名が「社会主義」という断片を持っているとしても、彼を後押しし、メサを無視することを意味している。従ってこれは、ボリビアの反対派を政治的中心およびワシントンとの新たな和解へと移行させる過程―まさしくルーラ対策の真の内容―を始動させるかもしれない。しかしながらそれは、コカ農民問題に関するいくつかの譲歩および、ボリビアの財政赤字圧縮への一定の援助を含む可能性がある。
 
具体的対決点は民衆要求の堅持

 新大統領メサは、パイプライン問題での国民投票実施を公約した。そしてそれは、政府にとって、疑いなく敗北となるだろう。しかしパイプライン問題は、それ自体重大なものだが、それだけではなく人口の半分が一日二ドル以下で生活し、先住民多数が良く組織されかつ今も結集を保っている、その民衆内部における大衆感情にとっては、真に中心的な問題だった。
 そして反乱とゼネスト期間中COBは、もっと高い賃金、もっと良好な年金、包括的な土地改革、そしてFTAA(アメリカ自由貿易地域)計画からのボリビアの引き上げという要求を掲げた。これらの要求は継続中の闘争の中心に今も留まっている。COBは十月十八日に、二〇のさまざまな工業、商業部門での代表者の出席の下に会合を開催した。ここで彼らは、政府がガス輸出取りやめを保証し、炭化水素売却を規定する法を廃止するまで、無期限のゼネストを継続することを誓い合った。COBはまた、反対派に対する警察の虐殺に対する司法調査および、私有化取りやめをも要求した。これらの要求は継続中の闘争で中心的位置を占め続けるだろう。
 現地反動派とワシントンの彼らの頭目たちは、ボリビア民衆からサンチェス打倒に込められた巨大な勝利を奪い取ろうとして、書き付けの中でありとあらゆるごまかしを試みるだろう。労働者、農民、先住民衆は、彼らがその自尊心を傷つけたばかりの支配階級に彼らの一部が吸収される危険、および抑圧、この二つの危険に対し警戒しなければならないだろう。(ソーシャリスト・レジスタンス紙十一月号) 
 
 
 
 
 
 
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