2004年2月10日        労働者の力             第 167号

仙台でイラク派兵反対集会に470人(1・31)
土井たか子さん、糸数慶子さんを迎えて/反戦・平和のトーク&ライブ

 
 
実現した大結集

 一月三十一日、「自衛隊のイラク派兵に反対し、憲法改悪を許さない1・31東北集会」が仙台で開催された。前日深夜、衆院のイラク復興支援特別委員会で質疑打ち切り動議が提出され、自衛隊派遣承認案が強行採決された。予算委員会では与党による単独採決が強行された。審議は「戦争の大義」や憲法問題はもちろんのこと、先遣隊による調査内容の審議すらまともに行われないままの暴挙であり、そのような緊迫する情勢の中での集会だった。
 集会は、土井たか子さん(衆議院議員・前社民党党首)、糸数慶子さん(沖縄県議・沖縄社会大衆党副委員長)の講演と、地元で活躍するバンドのライブを中心に準備された。仙台市泉区のイズミティ21には四七〇名が結集してホールを埋め尽くし、場内は戸外の寒さを忘れさせるほどの熱気に包まれた。
 宮城、福島、岩手の市民や労働者たちが呼びかけた実行委員会がこの集会を主催した。実行委員会の努力によって広範な参加が実現、様々な人々がつどった。
 土井たか子さんに格別の思いを抱き続ける人々が参加した。宮城県外からかけつけた高齢の退職労働者たちもいた。九〇年代に「市民の政治」の全国的な運動に合流した市民運動の担い手たちは街頭宣伝などで積極的に集会をアピールした。社民党支持者たちも参加した。中には「参加して土井さんに一言物申したい」と事務局に電話を入れた旧社会党支持者もいた。東北全労協、宮城全労協は集会の成功のために奮闘した。ヒップ・ホップ・バンドを応援する若者たちも、ライブ・パフォーマンスと土井さんの講演に参加した。

 司会は梅木しのぶさん(北上市/平和ネットいわて代表)。第一部、ピース・ライブに続いて、主催者を代表して高橋治さん(仙台市/福祉法人理事長)が挨拶。高橋さんは、土井さんを招いたこの集会が「政党・政派に限定しない人々の呼びかけで実現した」と報告した。

小泉政府を倒す新しい平和運動の呼びかけ(糸数さん)

 糸数さんは当日、公務のため渡米することとなり、仙台集会には参加できなかった。駐留米軍が沖縄からイラク戦争に出兵しており、この七月の参議院選挙で沖縄が全国的な焦点の一つとなるだろう。
 糸数さんはメッセージを寄せ、集会に招かれたことへの感謝、参加者への連帯の気持ちを表明した上で、「小泉政府の愚かな選択」を「いつかきた道、戦争への道」として糾弾し、次のように訴えた。
 「沖縄での戦争から五九年、復帰から三二年を数える今、日本は戦場に軍隊を派兵したのです。私たちは、歴史からなにを学ぶのでしょうか。あの戦争からなにを学んだのでしょうか。イラクへの自衛隊の派兵は当初、国民の大多数が反対しました。しかし、派兵が決定すると、賛成と反対が拮抗したのです。既成の事実を積み上げていくと、これほどまでに平和はもろく、崩れ去るものなのでしょうか。
 私たちは新たな平和運動を構築しなければなりません。日本政府は人道支援、復興支援、国際貢献などという響きのいい語句を連ね、戦争への道を突き進んでいるのです。自衛隊員に死傷者が出たとしても殉教者にまつりあげ、国際貢献や日米同盟の重要性を説き、障害となる平和憲法の改悪に向かうことでしょう。
 その戦争への勢力に打ち勝つためには現小泉政権の打倒しかありません。そのためにこそ新たな平和運動が求められているのです。」

「がんこに護憲」−ほとばしる情熱(土井さん)

 土井さんは「がんこに護憲」と題する講演を行なったが、それは激烈な演説であった。前日の委員会強行採決への怒りもあらわに、土井さんは9条を守る闘いへの決起と連帯を訴えた。
 「国会に送っていただいて三〇年あまり、あんなひどいやり方は初めてだ。昨夜は震えがとまらないほどの憤りを全身に感じた。これは『瑕疵ある承認』であり、自衛隊は帰ってこなければならない。」
 土井さんはまず、イラク派兵は明確な憲法違反であると五〇年前の自衛隊法・防衛庁設置法制定時の国会決議にさかのぼって指摘し、「人道復興支援」の一言ですり抜けようとする小泉首相の国会でのいい加減で無責任な対応、政府・与党の済し崩し的な既成事実化の数々、「イラク戦争の大義」をめぐる論争を回避する姿勢を指弾した。さらに小泉首相が派兵を正当化するために憲法前文を恣意的に持ち出したことに対して、そのような憲法の「摘み読み」が日米同盟一辺倒の不当な根拠とされ、日本外交を孤立させていると批判した。
 土井さんはまた、環境権や人権の充実、情報公開、地方自治の在り方などが問われていることは確かだが、改憲問題の焦点は九条にあると強調、憲法改悪を絶対に許してはならないとして、「馬耳東風の政府・与党」に対する主権在民の闘いを呼びかけ、次のように演説を結んだ。
 「戦争が出来る憲法に変えようとしている動きに対して、九条が活きる状況をしっかり作っていくために全力を尽くすことが肝心だということを、昨夜、布団に入っても怒りに震えながら、天井をにらんで考えていた。そうして明日、皆さん方と会うことが、また新たな気持ちをもって頑張っていくことに必ずなるんだと自分に言い聞かせてここに来た。皆さんは各地から発信してほしい。私たちも発信する。お互いが連絡を大事にしながら、励ましあって頑張っていこう。」

ヒップ・ホップ世代との出会い

 この集会のもう一つのハイライトはピース・ライブだった。ラッパーたちはヒップ・ホップのリズムに乗せ、自作曲を次々と披露した。いきなりのパフォーマンスに場内は「緊張」したが、その距離感を埋めるかのように、バンド・メンバーたちは会場に手拍子を求め、「気持ちは一つ、平和や命に対する心は一つ」と呼びかけた。
 集会事務局のバンドに対する提案は、「自分たちの曲を自由に歌ってほしい。そして土井さんや参加者といっしょに歌える歌も選曲してほしい」、というものだったという。提案に応えて彼(彼女)らが用意した歌は「花」と「翼をください」だった。
 バンドから請われて、土井さんは「花」をいっしょに歌った。歌うパートを「アイコンタクトで確かめあいながら」の、にわか仕立てのデュエットに会場はうなった。ラストは、土井さんとともに、会場全体で「翼をください」の大合唱となった。(ちなみに、七〇年代ニュー・ミュージックとして知られるこの歌は、その後、若者たちの間でサッカー・Jリーグにまつわる伝説的な歌となり、学校の音楽教科書にも採用されている。)
 青年たちと壇上で歌う土井さんは心なしか、涙ぐんでいるかのように見えた。糸数さんはメッセージの中でこのように触れていた。「悲惨をきわめた・・・沖縄の歴史を語り合うことこそが若者たちへの平和へのメッセージになるとの主旨で集会を主催された実行委員会・・参加されている多くの方々に敬意を表します。」
 このバンドの出演は青年たちの交流を通して実現した。一方は福祉現場の労働者たちであり、他方バンドは福祉施設で継続的なライブ・ボランティア活動を行っていた。
 イラク派兵反対の大結集を実現した1・31集会は、「ヒップ・ホップ世代」との新たな出会いという意味においても画期的な場となった。
(二月六日/仙台)
 
 
3・20全世界統一行動に結集を!
日比谷公園を10万人で埋め尽くそう

                  

 米英帝国主義によるイラク侵略から一年の三月二〇日には、全世界反戦統一行動が企画されている。イラク民衆の占領軍への抵抗闘争は、日々激しさを加えている。本紙国際面の記事にあるように、イラク労働者の再組織化は大きく進んでおり、占領軍当局との対立も拡大している。早期の統治機構発足のめども全然進んでいない。まさに泥沼の状況となりつつある。アメリカ国内でのイラク侵略への批判も拡大しており、ブッシュの支持率ははじめて五〇%を割り込んだ。このままでは、大統領選挙は民主党の勝利に終わりそうだ。米国内では現在、イラク侵略の大義が問われており、パウエルは大量破壊兵器はなかったことを最終的に確認しながらも、大統領の決断は正しかったと苦渋のうちにも開き直っている。
 日本自衛隊のイラク派兵が確定したが、小泉にはアメリカの侵略を支持した経過についての自己総括のかけらも見えない。公明党もまた同じである。かれらは、「戦争に行くのではない」といいつつ、重武装の自衛隊を出しているのだ。後藤田や野中、宮沢、加藤、古賀、亀井らの自民党有力の元、前、現議員らが公然とイラク派兵に抵抗している。今国会での強行採決に欠席した三議員の処分も不可能である。阿部晋三ら、党執行部は当初は処分強行の方針だったが、最終的には断念せざるを得なかったのだ。
 自民党の内部分裂状態は、まさに六〇年安保時期以来のことだ。まさに海外派兵、九条改憲への動きは国論を二分し始めているのである。来るべき参議院選挙は、まさにこうした緊迫する政治状況を正面から問うものとなるし、小泉を打倒する絶好の機会である。東京では、市民派が社民党と提携しつつ、東京選挙区での市民派候補擁立に動き出した。
 一・二五集会に六〇〇〇人が結集したように、国内の反戦闘争も再燃の兆しを示している。仙台の一・三一集会が久々に五〇〇人近くを集めたように、この春の反戦闘争は昨年を大きく上回るものとなるだろう。陸・海・空・港湾の二〇労組団体も漸くにしてイラク侵略反対の方針を決めた。平和フォーラムの動きは昨年から引き続くものだし、連合も反対運動の方向を固めた。
 既成事実の押しつけで民衆の体制順応を狙う日本支配層の伝統的手法を大衆的行動の力で打倒しよう。
 三月二〇日の日比谷公園は、野音と小音楽堂、その間の広い芝生の全てを使用して集会が組織される。三・二〇、日比谷公園を一〇万人で埋め尽くそう。
 

 

リストラ、使い捨て、社会的切り捨て、、人への侮蔑はもう許さない!
社会深部にたぎる憤りを力に変える闘いを
      ―電通労組員、新たな闘いを語り合う

 
 昨年十月十七日の不当配転取り消し提訴をもって、電通労組のNTT十一万人リストラ反対闘争には、もう一つの新しい戦線が加わった。今回本紙上で、この新しい闘いへの抱負を原告団に語ってもらった。以下は、その内容を編集部の責任で整理したもの。日本の労働運動再建に向けて、一つの検討素材としていただきたい。なお、その観点から、発言者の特定は必要ではないため、アルファベットで区別してある。また、資料として、第一回公判において傍聴者に感銘を与えた、首都圏支部委員長横沢さんの陳述も掲載した。
 
何よりも「リストラ」との対決を


―まず、この裁判を通じて人々に訴えかけたいことと、闘いの構え方についてだが―

A ともかくリストラという問題。今度の一番新しい「日経ビジネス」に企業千社番付というものがあるんだ。フリーキャッシュフローでランク付け。これによると一位はNTTなんだ。世界一だよ。二位がGE、三位がエクソンモービル、七位にトヨタ。世界一の金満企業、これがリストラするんだ。その上に最大株主は政府だしね。これだけ儲かっている企業、しかもバックに政府が控えている企業がリストラすれば、右ならえでね、全部リストラという話になるよ、どうしてもさ。まず狙っているのはそこだろ、つまり政治的なリストラだ。
C 社会に蔓延しているリストラにしても、労働条件の全般的な切り下げというか、フリーター化というか、不純な臭いは充満している。
B 今の話を含め、主張は十・十七集会で四点に整理した、公式にはね。繰り返すと、第一点はNTTリストラの不当性。経営的合理性も社会的合理性もみじんもない。ただただ、利益をむさぼるために、しかも露骨に中高年労働者全部をまとめてたたき出す。第二はそれが、社会的な全労働者的雇用破壊を先導する役割をもたされていること。中高年狙い撃ちというやり方も含めてね。第三はNTTが担っている「公共サービス」の問題。NTTは法的に、「あまねく公平なサービス」を義務づけられているわけだが、これが利潤第一でメチャメチャにされようとしている。公共サービスのあるべき姿を利用者と一緒に考えるような、NTTを社会的に包囲する闘いにしたい。第四にその上で、労働者の新しい闘いのあり方、運動の姿を追求する。

NTT追求を突破口に

B 付け加えて、NTTの不遜さは際だっているわけだが、逆にそれをつく可能性。特に弁護団が強く意識しているんだが、NTTは法のすり抜けをやった。いわゆる会社分割に対して法的に労働者保護の網をかける必要があるということで、いろいろもんで労働契約継承法というやつを作ったわけだよ。ところがNTTは、それを承知の上で、その裏をかいた。アウトソーシングというやり方と、もう一つは「本人同意」だよ。非常に古くて、何というか弁護士いわく稚拙な方法なんだけど、これで法をかいくぐったわけだ。
C 日本の最優良企業が最先頭で社会的規範壊しということ。
B そうすると、日本の法体系、弁護士の感覚からいうと、日本の立法行政というものを完全に無視したというか、茶化したというか、そういう極めて不遜な経営体質について社会的にもきちんと糾弾しなければならないということになる。
D もう一つは特に単身赴任を始め遠隔地配転の強制。家族生活は破壊されている。
B これについて判例としてあるのは東亜ペイント。これは、いわゆる通常耐えるべきであれば、当然転勤も仕方がないという三〇年代の判決だ。これが今でもまかり通っている。これがリストラの中で当たり前みたいになっている。ところが社会的にいうと、育児休業法とか介護の問題、またILOが出している家族生活の保護、こういうものを重視するそういう流れになっている。そういう流れに対して、さっきの判例が法的に一つの壁になっている。これを今回のわれわれの裁判で打ち破るべきではないか。法的側面ではそういう闘いをやろう、ということだ。逆にNTTのやり方が不遜なやり方であるが故に、そのチャンスがあるんではないか、そんな議論をしている。
A 続けて言うことでは、異職種配転の問題もある。端からこれから五〇歳になる部分への見せしめなんだけど、これはまさにイジメだよ。配転先でやらされることに意味がないんだから。
D 俺はB―フレッツの飛び込み営業をやらされているが、そもそも売れるはずのないやり方だ(資料参照―編注)。主に事業所に行くわけだが、行った先で同情される始末だ。何枚も名刺見せられて。同じNTT関連の人間が入れ替わり、立ち替わり来てるわけだよ。それで売れないのは個人の技量の問題ときて、あげくにはDランク評価となる。
B 前の社長の宮津は、中高年労働者を「でっかい石が横たわっている」などとこき下ろし、「自分が頑張らなければ食べていけないところに追い込めば人間やる気になるかもしれない」などと言い放っていたわけだ。
D 実際、局内での暴言いじめまで出た。
B そういうものをひっくるめて、NTTの不遜さを逆に突破口にしたい。

新しい抵抗枠組みの模索

―そのような訴えに職場の反応は―

E 今回の裁判だけでなく、この間ずっと二年以上選択を拒否しなさい、というチラシをまいているから、連絡を取ってくるというのは出てきている。
A メールでの相談とかもね。
B 東北から首都圏に配転されたのをチャンスに、首都圏に電通労組を位置づけようと月一回くらいのペースで三〇〇〇枚チラシをまいている。ただ、やっぱり首都圏での知名度は低かった。それがちょっとね。これからだ。
E Aのところの話があるよ、チラシの受け取り。
A 配転前の職場、五〇人ぐらいのところ。十年前ぐらい前はチラシをまいても受け取るやつは一人か二人。それが今は受け取らない方が一人か二人。これはね、こういう状況になってN労(NTT労組)がリストラ賛成で会社の脅しの先兵みたいな役割を果たしているから、もううんざりしているのが一つ。あと会社だとかN労に統制する力がもうなくなっているということ。前はビラを受け取るやつを一人一人脅していたわけだけど、それはもうできない。たとえば昔は電通民同の活動家というのがいたわけだが、そういった連中はだいたい外されているな。今の役員は完全な会社派、会社人事で選ればれたやつだ。
E 係長とかね。
A 一〇〇%信頼できるやつを会社が選ぶ。だから統制力ががた落ち。たとえば、この前有価証券報告書からN労組合員数を割り出してみたんだけど、だいたいこの二年位で一万人減っている。どこでやめてんのかわかんないけど、ちらほらいるよね、回りでも。でもそんなレベルでない、ものすごいレベルでN労が崩壊を始めてんだな。
B 役員の入れ替わりでいうと、東北はその典型。離籍して専従やってたそういい活動家も、めざとく今回のリストラで全部辞めた。行き先はどこかというと、子会社の管理職や関連会社の役員。それで全部入れ替わって、残された人は昔でいえば職場委員レベルの質。その結果が選挙違反。電話戦術を関連会社に業務委託だよ。あげくに取り調べで全部しゃべって、芋ずる式に根こそぎ逮捕。麻生に、労働組合は選挙運動を勉強しなさい、なんていわれるだから。
 こんなことになった根本はもう動員が効かないこと。昔は一〇四とか一〇五とか交換の人が一杯居たから、電話戦術なんてお手の物。他の組合の分もやってやった。そういう人はどんどん居なくなって、金出してどっかに頼むしかない。
E 人がいないだけではなく、率先してリストラに協力する組合に力を貸す気がない。テレビの街頭インタビューではっきりそういう人もいた。
B それと労使癒着ね。日常的な癒着があるから、なあなあで、簡単に委託みたいなことになる。
E いま役員やらされている人たちは自分の足場をもっていない。支えるやつがいない。俺らのまったく知らない連中が会社の都合で突然ポッとなって何も分からないままだ。
B 今度の違反でN労の人は、東北は割を食うという心配をしている。全部逮捕で、東京から役員が来て組合の日常業務をやっているけど、こいつらは現場のことは何も分からない。本部方針の杓子定規。今までは曲がりなりにもN労の中で、健康状態だとか、個別状況を言えたわけだ。実るかどうかは別にしてだけども。それが今は通じない、方針外で全部はねつけられる。

―ということは、N労の人たちは放置ということか―
 
B まったく無防備にね。

―東京に集められているN労の拒否者の状況は― 
 
A N労の人たちが一番多いわけだけど、生活が大変だという不満、それに会社とN労にだまされたという根強い不信だな。それでも何でN労にいるのか不思議だけど。

―一緒に何かやるという可能性は―

A まったくないということではない。職場段階だけど。
E さっき出た暴言いじめ。電通労組は糾弾闘争をやるわけだけど、そういうものへの共感とか同調とか。
B だけどもその先がまだ、すこし敷居が高いところがある。工夫も要るな。闘争全体としては、通信労組、NTT関連労組と共闘を重ねて、首都圏での運動のつながりも追求している。今度の裁判も通信労組が先行していて、そこへの共闘という意味合いもある。ともかく闘争を広げる手だてをいろいろ考える、ということだ。

民衆的共同の作り直し

―最後に、公共サービス問題への取り組みだが―

E 日本の通信ネットワークは事実として加入者の負担金で整備された。その意味でも明らかに国民の共有財産。まずこれをはっきりさせる。
F 電話債券はすぐ売れたわけだけども、それでも差額として残った七万円なにがしかの負担金があった。
E この共有財産をNTTは、固定電話にはもう投資しないと勝手に決めて劣化に任せようとしている。保守運用の労働力、スキル維持の放棄、われわれへのリストラもその要素。IP電話が代わりになるというが、それは全ての人が使えるわけではない。「あまねく公平」は無視されている。
G 代表的なのが公衆電話。これは優先接続、災害の時に役に立った。去年の宮城地震もそうだったけど、大災害の時、携帯はパンクだ。公衆電話はもちろん、固定電話の方が使えた。
C 利用実績月四〇〇〇円、これで公衆電話をばんばん切って、病院や老人施設で実際問題になっている。携帯のあの小さい操作ボタンだとか画面、年取ったら使えない。
B 営業窓口廃止もひどい。宮城だったら仙台に一つ。苦情だとか、相談だとか仙台まで出かけられないし、どだい、対応能力がない。電話、インターネットで遠くで一括処理が題目なわけだけど、現場事情が分からないんだから話にならない。
E 「あまねく公平」に、人、労働者は省略できない。スキルも含めて。そこで競争原理は役に立たない。再国有化の問題を含めて、公共サービスについての論議を仕掛ける必要がある。ATTACの公共サービス研究会なんかを足がかりに積極的にやる。
C 反グローバリゼーション運動の一つのテーマでもあるしな。

―角度が違うというか、逆の方向から「国家」を押し出して「有事動員」の問題が通信労働者にも直接ふりかかる。この動きは―

B 今のところ、下の者のあずかり知らないところで進められていると思う。盗聴法もそうだけど、完全に管理者のところだけでやられている。
D 実際、労働条件問題が絡んでくるからだ。
B 持ち株会社にはNTTから研究部門だけが残された。これは国家戦略部門に位置づけられているからなわけだけれど、ここにも「有事」は絡んでいるはずだ。
C われわれに絡んでくるとすると、おそらく災害復旧対応に準じる形が考えられる。その部分でのマニュアルは整備されている。

―路線の問題なんかは現場労働者の動員になるだろう?―

D ところがその部分、NTTには実際のスキルはもうないんだ。下請けの通建会社に丸投げ。ケーブル切断なんかの時もそう。その意味では、有事動員は通建の労働者の方が実際には深刻かもしれない。
B どう抵抗するか、調査も含めて、きちっと研究しなければならない。その問題への理屈の立て方も含めて、公共サービス問題は、社会のあり方への問いかけなわけだ。「あまねく公平」を無駄だと考えるのか、公開性、民衆的介入、いろいろこちらからこじ開けなければならない。一部の官僚や特権的部分のものではない、民衆のものとしての公共サービス、これを利用者、労働者一緒に作り上げる、今度の闘いの中でそういう方向の社会的関係、新しい民衆的共同をめざす。すぐに見えるわけではないけれども、志はそこだ。闘ってはじめて希望が見えてくるわけだけれども、それだけでなく、労働者としての誇りを取り戻せ、世界が広がる。だから電通労組は闘いを楽しんできた。そういう部分も伝えられればいいな。

―今日はどうもありがとうございました。―
(〇四年一月一五日収録。文責編集部)


資料
意見陳述書    原告 横澤 仁志

 今回の訴訟に関して原告の意見を陳述いたします。

 私たち原告9名のうち7名が宮城県、山形県からの単身赴任、2名は首都圏よりの異職種配転、長距離通勤です。

 私たち9名は、現在3つのビルで働いています。金町ビルは「システム体系化プロジェクト」という立派な名前が付いていますが、発足以前に既におおよその仕事は出来上がっていて若干色を付けるだけという殆ど形式だけの業務です。千住、成増ビルは、光ファイバー商品「Bフレッツ」の外販ですが、エリアだけを指定され、勝手に売って来いという、所謂「飛び込み営業」です。私の成績が半年でたったの5件。当初の目標であった一人当たり年間55件には遠く及びません。「Bフレッツ」は、インターネット等を通じた受注が殆どであり、凡そ飛び込み営業には馴染まない、売れない商品・商法であります。3つのビルとも、「NTT構造改革」による50歳退職・再雇用を拒否した人々でその殆どが構成されています。このような職場は、@NTTとNTT労組の合意で、他の労働者から隔離すること、A単身赴任や長距離通勤、異職種配転による“いじめ”で会社の意に沿わない労働者を退職に追い込むことを目的に作られた職場だと思います。 単身赴任の労働者は、家族と切り離され独身寮で一人暮らしをしております。会社の支給する単身赴任手当ては独身寮費とほぼ同額、月1回程度の帰郷旅費では家族の緊急事態や家族が代行できない事柄に対応できず、頻繁に有給休暇と自費支出によって対応しているのが現状です。また、独身者にはこれらの手当ては一切支給されません。

 すべての原告が、今までの職場ではベテラン労働者として、自信と誇り、情熱をもって仕事をしてきました。いずれも以前の職種、職場は残存しており、繁忙な職場も少なくありません。どう考えても、以前の職場での仕事を全うすることのほうが、会社事業にとってもプラスであることは全く明らかです。50歳代にして慣れない土地で慣れない営業等の職種をこなしていくことの精神的負担は極めて大きなものです。父親の不在は家族にとっても大打撃であり、子供たちにも決していい影響を与えません。50代は、多額の住宅ローン等を抱える中、親は老い自分や妻とて病気がちであったり、高校生や大学生や独立前の子供がいたり、長年住み続けた地域で世話役やボランティアなどの欠くべからざる存在であったり、あと何年後かに迫る慎ましくも豊かな老後を夢見ながら、静かに働き暮らしているのです。一方で賃金3割カット、従わなければ単身赴任という、このような施策をなぜ50代の高年者だけが担わねばならないのか、甚だ疑問であります。

NTTは、これまで法人所得ランキング・ベスト5の常連企業であり、03年3月期決算では1兆4千億円という史上空前の連結税引き前利益をあげています。その中でリストラによるコスト削減効果はたかだか1千億円程度であると会社自身が試算しています。つまりリストラをやらなくても、1兆3千億円の利益があがったことになり、リストラは全く必要がなかったことを雄弁に物語っています。このような企業にリストラが必要でしょうか。莫大な利益を上げ続けている企業がリストラをやる、これまでの企業経営の常識をも甚だしく逸脱したNTT「構造改革」は、その名が示すとおり小泉「構造改革」と連動した施策であります。筆頭株主は政府であり、小泉「構造改革」の一環として、企業経営とは全く無縁の政治的意図のもとに行われたものであると考えます。

 「年収三百万時代の到来」と言われています。「痛みを伴う構造改革」の『痛み』とはこのような高失業・低所得社会に他なりません。94年日経連「新時代の日本的経営」でも終身雇用制の破壊と大半の労働者を時間給で働く「フリーター」のごとき存在にしてしまうことがうたわれています。超黒字企業NTTのリストラは、他の産業・企業への波及効果は絶大であり、「あのNTTがリストラならうちも・・」とあらゆる企業が挙ってリストラにまい進するリストラ・スパイラル状況を作り出しました。まさに「年収三百万時代」を切り拓く“先兵”の役割を果たす政治的リストラであります。加えて「高年者の雇用の安定等に関する法律」に反し「50歳定年制」をなし崩し的に実施しようという脱法行為は、来るべき高齢化社会を真っ暗闇に突き落とすものに他なりません。

 上述のように、私たちは9名の配転無効と原職復帰を訴えるとともにリストラに苦しむ全ての労働者の気持ちを代弁すべく提訴に踏み切りました。9名の原告とその家族が幸せに暮らせる日々を熱望しつつ、裁判官の皆様の公正な判断を心からお願いする次第であります。
 

  イラク
占領軍、イラク労組本部を襲撃
 

 イラクの米占領軍は、一二月始めにおける一連の逮捕をもって、イラクの新しい労働組合の機能麻痺に向けて彼らの活動を一層強めた。
 一二月六日、一団の車列がバグダッド中央バス駅にある、運輸・通信労働者組合の旧本部ビルを急襲した。そこは六月以来、イラク労働組合労働者連合(IFTU)の事務所として使われていた。
 兵士二〇人が飛び降り、建物になだれ込んだ。そして連合執行部の八人に手錠をかけ、逮捕した。「何度も何度もの要求にもかかわらず、彼らはまったく理由を告げなかった」、IFTUのスポークスパーソン、アブドラ・ムーシンはそう語る。兵士たちは、ビル正面にあった連合の名前を黒ペンキで塗りつぶした、ともムーシンは語る。組合にはほとんど資金はない、「しかしわれわれは僅かのファイルをもっていたが、彼らはそれを取り上げた」ともムーシンは付け加える。八人は翌日釈放された。しかしイラクにおける米占領政府、暫定行政機構(CPA)からは何の説明も謝罪もない。
 このバス駅襲撃は、一一月二十三日における他の二人の組合指導者の拘留に続くものだった。その二人とは失業者組合書記長のカシム・ハディとその組織のもう一人の指導者、アディル・サリーだ。ハディはそれ以前に、失業手当および職を求める失業労働者のデモを率いたかどで、占領軍によって二度逮捕されていた。
 失業者組合とIFTUは両者とも、この夏以来イラク労働者の組織化を続けてきていた。しかしCPAは、一九八七年の法律の強要を今も続けている。この法は、国有企業の労働者に組合結成を禁じているのだ。そして、六月六日に発令されたもう一つの指令は、「市民社会の混乱をそそのかす」者は誰であれ、ジュネーブ条約上の戦争捕虜として拘留される、と脅迫している。(ソーシャリスト・レジスタンス〇四年一月号)
 
 エロイザ除名に対するブラジルPT、社会主義的民主主義潮流(DS)の声明
 

 〇三年一二月一四日は、PTの歴史における極めて悲しむべき日であった。
 PTの歴史的立場を守った議員たちの除名に民主的正当性はない。彼らが守ったものは、〇一年一二月開催の党全国大で採択された立場を含み、そこでは、それまで党によって広範に集団的に討論されたことのない政治的立場の変更を容認していないのだ。この乱暴な仕打ちは党を傷つけるものだ。
 党の全国区議員であり、その執行委員である同志エレナ・エロイザの除名は、もっとも不条理なものだ。彼女は共和国上院におけるPT議員団の指導者だった。この上院で彼女は、素晴らしく、戦闘的な振る舞いを示した。そこで彼女は、党のもっとも良く知られた闘士の一人であり、ブラジルでまた他の諸国で、最大の威信を勝ち得ている。我が同志エロイザは、労働者階級に対する、ブラジルの全民衆に対する、さらに社会主義と人間性に対するその基本的献身からけっして離れなかった。この除名への支持投票は、社会主義的でかつ民主的な党としてPTが代表しているものに敵対する強烈な一撃である。それは、世界中の左派の闘士たちとPTの関係に巨大な弱体化と腐蝕を引き起こす。
 政治的―道義的観点に立ってエロイザは、われわれがその創立以来建設に参加してきた社会主義と民主主義のPTの闘士であり続ける。DSはその前評議会決議に立って、党を社会主義と民主主義の方向に立ち戻らせるためにPT内で闘うことを中心的な任務と再確認する。われわれはそれ故、除名決定への反対を訴える。(ソーシャリスト・レジスタンス〇四年一月号)
 
ヨーロッパ社会フォーラム(ESF)二〇〇三
ヨーロッパ社会運動建設に巨大な前進

       

             ミッシェル・ルーショウ


 昨年のフィレンツェESFを引き継ぐ今回のパリESFも大成功を収めた。そこにはヨーロッパ規模の社会運動建設における、二つの面の非常な前進が示された。
 
運動は広がり、思考はより政治的に

 第一に、登録参加者数は五万人を越え、一〇万人以上のデモが実現された。デモの規模は確かにフィレンツェを下回った。しかしそれは、昨春の年金のような闘争期以外で今日通常フランスで誰であれ実現可能なデモを、はるかに越えるものだった。新自由主義の資本主義に反対する闘争において、世界的公正運動のもつ幅広い影響力が今も機能し続けている。このことを上にみた成功が示している。その成功はまた、この運動がヨーロッパにおいて、もはや無視できない不可欠の社会的、政治的勢力であることを示している。この運動は、失業者とその諸組織に酷い時代において、新鮮な空気の役割を果たしてきたのだった。
 一方第二に、数々の討論の中心を占めたものは「ヨーロッパ問題」だった。この点で、前に向かう質的飛躍があった。「ヨーロッパ」社会フォーラムは、ヨーロッパにあるすべてのさまざまな社会フォーラムの、単純な写しではあり得ない。これら後者の成果の上に建設されつつもヨーロッパ社会フォーラムは、活動家と社会運動が実践的結論を引き出せるようにするために、ヨーロッパの情勢を明らかにできなければならない。EU憲法草案評価という形で、このような方向を指し示すものが、「社会運動会議」の決議だ。この会議は確かに、ESF自体と混合されるべきではない。しかしその決議は、ESFのもっとも重要な具体的産物である。
 
廃墟からの立ち上がりは民衆が主導した!

 ここに生じたものごとを理解するためには、二〇世紀から引き継いだものを熟考してみる必要がある。ベルリンの壁の崩壊は、「共産主義」あるいは社会民主主義と一体化した諸勢力が地球規模であるいは特にヨーロッパに残した、荒廃深まる光景の象徴だ。スターリニズムの失墜と社会民主主義の受動性は、新自由主義的資本主義のかつてない攻撃を可能にした。これはEU内において、社会的権利に敵対する全戦線にわたる攻撃という形で具体化された。これらの権利は、一世紀にわたる闘争を通じて勝ち取られたものだった。「ヨーロッパ社会モデル」と呼ばれてきたものは、世界化した資本主義の諸打撃の下に、崩れおちつつある。
 廃墟を前にいかに再建すべきか、何よりも力関係を再編し、攻勢を鈍らせ、それだけではなくさらに潮目を逆転させるためにいかにすべきなのだろうか。一定数の諸組織が近年直面してきた問題がこれだ。
 この状況を代表するものが、大量の長期失業という実例だ。戦後高成長が終了して二〇年、およそ二〇〇〇万人の失業者とその諸組織は、ほとんど全面的な袋小路におかれている。何をすべきか。一九九六年フィレンツェに、さまざまな政治的背景をもつ数百の活動家が、実効性を第一にヨーロッパ規模で主導性を発揮するという考えをもって集まった。それらは反失業闘争への合流と力の統一を望むすべての社会的勢力、労働組合勢力、政治勢力に開かれた主導性だった。ユーロマーチはこうして誕生した。九七年、彼らの働きかけの下でヨーロッパ中をめぐった二ヶ月の行進の後、アムステルダムで五万人のデモが合流した。それらは、その成功が驚きをもって受け取られた最初のものだった。ここにはドイツDGBの諸支部に並んでスペインのアナーキスト的CGTが、アイルランドINOUの、フランスAC!の、あるいはエルフルトのALI―チューリンゲンの失業者が立っていた。これは、国民的政治分断を乗り越え、ヨーロッパ規模で活動する凝集という点で最初の経験だった。それは、頂点における組織的合意の結果として生まれたのではなく、共同の行進が生み出した合流だった。
 シアトルから始まり今日に至るまで、IMF、G8、EUその他の重要なサミットに対する諸活動を通じて、上にみたすう勢が確証されてきた。これらの結集は、支持媒体や長期展望を欠いているにもかかわらず、一つの最高潮に達した。
 そしてその上で、熟考と論争の必要な時期が到来した。ポルト・アルグレはその象徴なのだ。
 
世界村広場―新たな協働

 WSFの組織者は、ポルト・アルグレに彼らが設定した討論場を、「世界村広場」と定義した。現代の世界が平和な村に本当に似ているわけではないとしても、これはいい定義だった。この観点で見ると、大陸規模、そして各地域のあらゆる規模で今日起きている社会フォーラムの成功は印象深い。現代の状況に対する魔法のような解決策を誰も持ち合わせていないが故に、われわれは今意見交換をしているのだ。ESF二〇〇三では、ヨーロッパの社会的組織、労働組合、さらに政治組織(もっともそれは、開けっぴろげには明言されなかった)の一五〇〇以上が、同一の「広場」に集まった。ますます必要性を増すヨーロッパ社会運動に足るものを築き上げる上で、上にみた全ては一つの遺産を残すだろう。
 なぜならば、ESFは「諸組織」だけが関わっているわけではないからだ。フォーラムはまた、EUをはるかに越えた、全大陸の諸国からの参加者も得た。不十分だとはいえ、そこにはポーランド、ハンガリー、ロシアの大代表団がいた。そこには、その上にフォーラムが築かれるべき社会的基盤の、一定の限定付きがあるとはいえ、拡大があった。
 ユーロマーチグループは、現状把握の深化と討論のためにこの種の諸会合を見守り、またそれだけでなく、協力相手を見いだし、つながりを生み出し、代わりとなる諸方針と共通の要求を作り出すことを当てにしている。またさらに、この地球でもっとも豊かな大陸で貧困水準以下で生きている何千万という失業者と臨時雇い労働者の生活条件を変えるために、諸運動を働きかけることも当てにしている。ESFの開幕にあわされた「女性会議」は、この動きの一部だった。それはまた、ESF閉幕に際し開催された「社会運動と活動家会議」が果たした機能でもあった。
 上述の目的には時間を要する。そのような企画の実施をもっとも広範な組織に可能とさせる「大多数合意」の手法は、行動を共にする点まで達するということを考えた場合、実行するにはより複雑だ。したがって、「大多数合意」の下にあるESFはこの戦線については何の決定も行わなかった。しかし、それがこれまで生み出してきた協働は、世界的規模を帯びる可能性のある結集と訴えかけを先導するだろう。それがまさに、反戦運動における昨年の事例だったのだ。
 
もう一つのヨーロッパは既にある
 
 今年EUでは、社会的諸権利に対する全般化された攻撃に関し物事が一挙に進むかもしれない。われわれはそう考えた。これまでのところヨーロッパ規模での一日行動という方式が続いてきた。ところがその方式は、いまもってETUC(ヨーロッパ労組会議)の参加に依存したままだ。主体の状況がそうだとしても、事は急を要している。年金問題でわれわれは以下のことを見てきた。すなわち、全ての諸国が大運動を経験したものの、ヨーロッパという水準では何の協働もなく、そうして至る所でわれわれが敗北した、ということだ。ヨーロッパの共通要求、中でも働き収入を得る権利(賃金、社会的下限基準、失業手当、年金)を作り上げ、EU拡大に関連した社会的たたき売りを防ぐことがますます必要となっている。その一方で、EU憲法草案問題についての広範な共通認識があった。専門会議や全員公開会議のほとんどにおいて、悪い案であれともかく何もないよりはまし、という立場は圧倒的に少数派だった。この憲法の布告日である、〇四年五月九日は、市民社会、諸権利、平和そして平等に基づくもう一つの民主的ヨーロッパを要求する焦点となる。
 もう一つのヨーロッパは既にある。新自由主義者が語ることとは逆に、代わりとなる諸方策は既に存在し、一定数の専門検討会議は全分野で非常に具体的な提案を練り上げた。われわれの望むヨーロッパは展開中なのだ。この「ヨーロッパ意識」は、今二〇〇三フォーラムで最初の表現を見いだすに至った。数万の活動家が今日、ヨーロッパ次元で考え行動する。いくつもの市民組織で、労働組合で、そして政治世界で、これは物事を変えるだろう。進行中の再編過程の中でわれわれが国民的障壁を乗り越えることを、ヨーロッパという次元が可能とする。
 共同した働きかけをめぐる「広範な多数合意」手法によって特に鼓舞されているこのもう一つのヨーロッパの登場に必要な、政治戦略と組織戦略を開発しなければならない。そのために、これらのフォーラムで起きていることから教訓を引き出すことが、政治諸党の責任でもある。それは、二〇世紀のいわゆる民主集中制を引き継いだり、左右の新自由主義間の「交代制」を引き継いだりすることはほとんど関係がない。そうではなく、まったく違った形で政治を展開し、ヨーロッパ規模での、またもう一つの世界のための政治構想の統一に向けて、今の世代を獲得することだけが唯一の道だろう。
 次回はロンドンだ。運動の新たな飛躍を図る上でイギリスの友人たちの奮闘を期待する。
注。筆者は、ユーロマーチ・ネットワークの世話人であり、ESF組織担当書記の一人。(インターナショナル・ビューポイント〇四年一月合併号)  
 
 
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