2004年7月10日        労働者の力             第 172号

参院選―小泉の敗北
政治再編の激化は不可避

 

川端康夫


比例区における民主党の圧勝

 七月一一日投票の参院選は、予測通り自民党の敗北に終わった。自民四九議席、民主五〇議席である。しかも比例区は、自民党の一六八〇万票(三〇%)に対し、民主党は二一四〇万票(三八%)という大差が付いた。ここでいう予測というのは、選挙戦突入を前後する諸世論調査の結果であり、それ以前には自民党は改選議席を大きく上回る前回参院選の結果である六一議席を目標とすると公言をしてもいたのである。選挙戦突入以降、「敗北のスパイラル」(朝日)と称される苦境を意識した自民党は公明党に対して一四選挙区での協力を要請し、公明党は一〇選挙区でそれに応え、「勝ちに行く」選挙戦を終盤で行った。この「生命維持装置」がなかったならば、接戦で勝ち抜いた一人区の勝敗はさらに民主党に有利な結果となったであろう。この一〇選挙区では、一人区の山形、山口、佐賀が自民党の勝利、岩手、滋賀、奈良、長崎、宮崎で敗れ、二人当選をめざした二人区の群馬、静岡は一人に留まった。
 ちなみに、二七ある一人区において、民主党は九選挙区で勝利したに過ぎないが、しかし秋田、新潟、高知、沖縄の四選挙区で推薦した無所属候補が勝利し一三議席となり、一四議席の自民党に迫った。民主党の獲得議席五〇は、土井委員長時代の旧社会党が圧勝した時の議席数を上回る。野党としては最高の得票と議席数である。
 公明党は、従来議席数は確保したが、目標とした比例区一〇〇〇万票に大きく届かず、苦戦した。終盤では選挙区候補にも手を入れる状況で、逆風に直面した形だ。共産、社民は、これも予測通りの苦戦だった。共産は選挙区ゼロ、比例も四に留まった。社民も目標の三に届かず、二に留まった。
 緑の会議も一〇〇万に届かなかった。緑の会議は最後まで比例区一〇人の擁立に苦しんだ。結果的には徳島の木頭村の元村長藤田さんが緑の会議に参加する決意をしたことがバネになり一〇人の比例区候補を擁立できた。しかし、緑の会議の組織的基盤はほぼゼロに等しかった。中村敦夫氏は引退を示唆している。何のための選挙であったのか、有権者はほとんど知り得なかったし、市民運動の多くも緑の会議との政治的関係を持つことは出来なかった。いわば中村敦夫個人党という枠組みを越えることがなかったのである。
 なお、「女性党」なる政党が緑の会議よりも少々得票した。なぜかは知らないけれども、この女性党というのをマスメディアは大きくは報道しない。しかし選挙戦ごとに着実に得票を伸ばしている。ここで正体を明らかにしておく。例の熊本のハンセン病元患者の宿泊を拒否したホテルのオーナーが一種のコンツェルンを組織しており、その中の化粧品会社の社員が女性党の候補者になるという仕組みなのだ。このコンツェルンに宗教法人も含まれていることがマスメディアの腰を引かせている理由なのかも知れないが。この党派の正体暴露は必要である。
 東京では青島前知事が性懲りもなく立候補した。善戦したがそこまでであろう。都知事時代の根性なさが市民派硬派をうんざりさせたからだ。同時に東京には上田哲という元NHK労組委員長で旧社会党時代にそれなりにフアンのあった人物が、これまた性懲りもなく立候補した。社民党候補の中川君には僅かに及ばなかったものの、上田フアンは健在なのかなと思わせたが、しかしもはや道楽としか言いようがない。
 惜しかったのは大阪選挙区の無所属、辻元清美候補である。自民党候補に一万三〇〇〇票ほど届かなかったが、大善戦と言える。大阪の社民党や新社会党が全面支援を行ったが、この両党が合わさっても大阪での力は底が知れたものだ。従ってこの得票は辻元の個人的力である。島田伸介が民主党候補を支援し、一〇〇万票といわれる吉本票の獲得に全力を上げた。そして民主党が一位を占めた。公明党の大阪における力量は定評がある。そして自民党は全力を投入して一議席獲得をめざした。そこに辻元である。お詫び選挙を貫徹し、中盤にはヤッシー長野県知事の応援をもらい、追い上げた。この大阪で辻元が勝つことは自民党が一議席減らすことである。残念であった。しかし、辻元は衆議院高槻選挙区での勝利をめざすべきである。その衆議院選がいつであるかは判断不能だが、大いに可能性があることと思う。その時の党籍がどうなるかは予測を超える問題だ。
 
弱体化した自民支持層 
 
 ある新聞の記事に次のようにあった。「八九年の消費税選挙での土井社会党の圧勝の時は風速四〇メートルで一気に引き倒された。しかし今回は風速二〇メートルでじわじわと引き落とされた」と。
 「大樹」という組織が一挙に有名になった。『朝日』が終盤で報じたからである。「大樹」は関西の特定郵便局の組織である。『朝日』の記事によれば、大樹の会合において、自民でなければ民主でもいい、社民でも共産でも良いという意見が飛び出たそうである。大樹は小泉の「郵政民営化」と真っ向から闘う組織だが、前回の選挙で選挙違反事件で正面からねらい打たれた。その大樹が今回、自民支持から揺れ動いた。最終的には兵庫の大樹は『赤旗』によれば自主投票を決定したそうである。
 これは一例である。東京南部からの報告によれば、南部の中小起業者のある集団が、今回は自民党に入れない、蓮舫に入れるという話をしていたそうである。小泉自民党は「構造改革」という得体の知れないスロ−ガンで、新自由主義政策を進めてきた。ただし、その実態は、橋本派が牛耳る自民の利権体系を解体し奪取することが主眼である。道路、郵政、この二つは鉄道が中曽根と三塚(現森派)の連合軍によって橋本派が敗れたことの次の目標である。ただ、こうした誰の目にも明らかな派閥利害攻防は極端いえばどうでもいい。問題は、新自由主義政策の導入、つまりアメリカの圧力に自民党が抗せず、そこから大店法問題からはじめて、伝統的な自民党支持層の疲弊、解体がすすんだことである。
 アメリカ政府と自民党政府は、相互関係がややこやしい関係になっている。日本とアメリカはどういう関係を結べばいいのか、二一世紀の大問題というべきなのだ。旧吉田派、つまり現橋本派、堀内派、旧河野派などのいわゆる保守本流はアメリカ派。多分に軽武装派であり、日米同盟論と憲法九条をなんとかやり繰りする、つまりはアメリカと「うまく」やる派である。かつ、橋本派の中には対米関係と共に、対中関係がある。
 だが、いつまでもそうはうまくはいかない。貿易不均衡は日米経済摩擦へと発展した。ここにおける米国の反攻が、市場開放、規制緩和の頑強な要求であった。ここにきしみ始めた日米関係の枠組みにおいて、面従腹背的に行動するのか、それとも全面的に米国政府に迎合することで対処しようとするのか。橋本派は前者であり、小泉は全面迎合で応えた。そして伝統的に薄い米国政府との関係を緊密にし、政権強化の背景にしようとした。
 旧岸派は本来「アジア派」である。つまり米国との関係において、「自主」なのだが、同時に「反共」なのである。だが、小泉の場合はブッシュ一辺倒を選択した。東アジアはほとんど視野に入っていない。靖国では中国を怒らせている。そして米国の要求する路線の下で、際限なく自民党支持層を疲弊させたのだ。そしておそらく、こうした自民党の伝統的支持層の疲弊は、回復の道を持ち得ないだろう。米国との関係は面従腹背でも全面迎合でもうまくはいかない。日本の経済的将来は東アジアとの緊密な関係で切り開く以外にはないのだ。そして、なによりも小泉の後釜がいないのだ。自民党は歴史的な下降期に入ったといっていい。

憲法改悪のスケジュールをうち砕け

 さて、中曽根大勲位を司令官にし、「なべつね」を行動隊長にする改憲軍団は今回の結果をどうみるだろうか。
 大胆にいえば、おそらくは、愕然としている。来年秋の改憲攻勢のスケジュールはほぼ崩れたといえるだろう。イラクと年金、そして多国籍軍、という構図は、九条改憲の図式にとって多大な痛手だ。もはや小泉に何かを強行する力量は残されていない。その小泉を利用する中曽根にも手段は数少ないだろう。なにしろ群馬選挙区で息子を当選させるための中曽根は全力を尽くさなければならなかったのだ。その上での改憲攻勢は、おそらく旧来自民党の解体を急激に促進するだろう。民主党の内部の松下政経塾関係者がうごめいたどころで、たいした問題にはならないだろう。改憲に関して、もはや自民党は一枚岩ではないのである。小泉の終わりの始まりは、改憲を強行する求心力を解体するのである。もちろん、改憲阻止の民衆勢力は、日本全土の津津浦々にその勢力を築かなければならない。そして、それが実現可能となれば、ここに新たな日本における民衆勢力の結合された力が生まれるだろう。(七月一一日) 

 
七・四 渋谷ピースパレ―ド弾圧事件(七・四渋谷事件)についての声明             (転載)
ピースパレードに参加した三人の仲間の逮捕に抗議します
            
 七・四渋谷事件に対し、全国の多くの皆様からあたたかい熱のこもった激励や、ご心配をいただきました。ありがとうございます。
 以下の声明を発表するとともに、全国のみなさまから団体賛同を緊急に募集することにいたしましたので、下記フォームでお寄せいただけれは幸いです。

《声明文》
呼びかけ:WORLD PEACE NOW実行委員会
                        二〇〇四年七月七日

 七月四日、WORLD PEACE NOW実行委員会は、「VOTEforPEACE 平和のための投票で自衛隊撤退の実現を 多国籍軍参加は違憲・違法だ七・四渋谷」を行いました。会場の東京・渋谷の宮下公園には、梅雨の最中にもかかわらず真夏の日差しが照りつける中を一二〇〇人の市民が集まりました。
 この日の行動は、イラクに派兵された自衛隊が米軍主導下の多国籍軍に横滑り的に参加することに反対するとともに、七月一一日の参院選投票日には、人びとの平和への意思を投票で示そう、と呼びかけるものでした。
 しかし、非暴力のピースパレードに対して、この日の警視庁機動隊と渋谷警察署の対応は、敵愾心をまるだしにした、異常なものでした。午後三時二〇分頃から始まったピースパレードに対して、警備の警察官は繰り返しピッタリと張りついて、「早く進め」などと介入し、盾を使って参加者を威圧するなどの挑発を繰り返しました。
 パレードが渋谷区役所前にさしかかる頃、警察官の執拗な介入に抗議した最後尾近くの二人が逮捕されました。渋谷を一周したパレードが解散地点の宮下公園に到着した時点でも、参加者に機動隊が襲いかかり、一人が暴行を受けて逮捕されました。
 この日のパレードは、いつものように非暴力のパレードでした。市民たちは、自分たちの意思を自由に表現する当然の権利を行使していただけでした。ところが三人の参加者が暴行され、逮捕されたのです。
 七月六日には、逮捕された三人の自宅や、WORLD PEACE NOW実行委員会の連絡先である「許すな!憲法改悪・市民連絡会」の事務所が家宅捜索を受けました。
 私たちは、平和を求める市民の非暴力の行動を押しつぶす、こうした暴行・逮捕・家宅捜索に強く抗議します。自衛隊の海外派兵と戦争をする国家づくり、憲法改悪の動きがどんどん進む中で、市民の基本的人権が否定され、平和を主張する市民が「危険人物」扱いされています。この二月には、立川で自衛隊官舎のポストに「家族の皆さん。ともに考えましょう」とイラク派兵に反対するビラを入れた市民が令状逮捕・起訴され、七五日間も拘留されました。
 私たちは今回の暴行・逮捕に強く抗議し、逮捕された仲間の即時釈放を求めます。
 私たちは今後とも、私たちの市民としての当然な権利を臆することなく行使し、戦争に反対し、平和を作りだすための行動を大きく発展させていきます。全国の皆さん、平和のためにともにがんばりましょう。

連絡先:WORLD PEACE NOW実行委員会
東京都千代田区三崎町2―21―6―302
TEL 03―3221―4668 FAX 03―3221―2558
メールkenpou@vc-net.ne.jp
 
     

電通労組、政治的報復評価と対決
              
 


 十一万人リストラ攻撃に屈服することなく闘い続ける電通労組に対し、NTTは今夏季手当てを巡って新たな攻撃を加えてきた。後述するように、極めて露骨な、政治的報復評価が出されたのだ。
 本誌既報のように電通労組は、不法、不当な異職種遠隔地配転に果敢に闘いを挑んできた。配転先でもさらに闘いを拡大している。今や首都圏のさまざまの闘いの場には、電通労組の旗が常にある。反グローバリゼーションの闘いにも極めて精力的に取り組んできた(別掲記事参照)。そして職場では、悪質なパワーハラスメント糾弾の先頭に立ち、NTTに一定の譲歩を強制してもきた。
 新自由主義が社会のあらゆる側面での破壊を露にしている今日、社会の論理を体現する民衆的な反撃がますます強く求められる。新自由主義的覇権を誇示し、それ故企業論理を至上とするNTTに対し、電通労組はそのような社会的論理を具体的運動で形にし、堂々と対峙している。企業論理での職場制圧を目指すNTTにとって、電通労組は無視できない邪魔者になっている。
 今回の評価を巡る対決は、新自由主義的企業論理と社会の論理とが対決する、もう一つの前線といってよい。

あからさまな政治的評価

 今回の評価はどのようなものなのか。電通労組金町分会のNTTに対する申し入れ書はそれを曖昧さなく示す。
 即ち、「二〇〇四年の夏期手当から従来のA〜D評価ではなく、SA〜D評価の五区分に細分化され、結果として、これまでの『C評価が平均値』から『B評価が平均値』に大きく変貌した。個人評価は一般資格一級のC評価とSA評価では二.五倍の格差がついた。D評価(評価分0円)とSA評価にいたっては約三五万円の格差がついている。
 『D評価は基本的に出さない』との会社の基本見解を反故にした『D評価』の乱発が、成増・千住・金町PT職場で実施されている。東京光IP販売PTでは『四人に一人』がD評価攻撃を受けた。金町PTでも『長期病休者』を狙い撃ちにした、露骨な評価が強行された」、「わが組合も二名の仲間が不法・不当な『D』評価を受けた。
 『受注がない』『創造的な仕事がない』『病休取得で評価達成目標に届かない』等の稚拙かつ労働法を無視した根拠で『評価ゼロ』の会社判断を下している。
 『長期病休』を取得した組合員に対しては、『三ヶ月の病休期間の穴を埋めなければC評価基準には到達しない』という趣旨の発言を会社が主張している。
 『公平さ』、『透明性』、『納得性』等の基本的な評価基準がないがしろにされ、会社『評価者』の恣意的・見せしめ的な『評価基準』が横行している。病休・年休等の制度的、法的に保障された権利さえも無視した『無法行為』が会社の言う成果・業績主義なのかを問わなければならない」、というひどさだ。
 それ故電通労組の方針も明快。大内委員長によれば、以下のようになる。
 「千住、成増で一五名を越す『D』評価、売り上げトップでも『C』の通労(通信労組)組合員、PT内では『B』以上は無しとする、示威的、政治的評価である。
 金町PTでも長期病休者に対し、これまでの会社主張の『休暇期間は評価せず』を無視し休暇全般に拡大とも受け止められる無謀な評価であった。我組合の北千住と金町の二名の組合員に不当にも『D』評価攻撃が出された。
 『退職再雇用』を拒否し、首都圏への広域不当配転、長距離通勤、異職種配転等の人活的『見せしめ、嫌がらせ』に屈せず闘う労働者への更なる攻撃であり、職場、地域で労働者の利害のために中心になって職場から会社を追及し、闘いを支えてきた我々電通労組に対する『政治的報復』の攻撃でもあり断じて許す事は出来ない。
 金町での長期病休取得者への悪辣な二重攻撃、千住での『営業に値しない様な特販PTの存在位置』がありながら、政治的評価として出されている内容は絶対に許すことは出来ないものであり、首都圏支部を軸に、ストも含む断固とした継続糾弾闘争を創意工夫を凝らしながら地域的にも展開中である。この評価制度に対する闘いは、評価制度の問題がマスコミを始め社会的に問い返され批判されている状況下で社会的運動化も意識しながら闘わなければならない」、と。

ストライキ、四波

 このような攻撃に対し、組合員の闘志はいやがうえにも高まる。「ただでは済ませない」との声が飛び交う。
 早速六月二四日には、先程紹介した申し入れ書を成田分会長名で提出。その中では、評価制度の廃止、電通労組員二名のD評価撤回、全D評価の撤回、評価理由の開示、事業所毎の評価ランク比率の開示、が要求されている。
 六月二八日から六月三〇日までは、三日間の連続時限ストが決行され、NTT労働者への呼びかけ及び各事業所への追求行動が、首都圏組合員総結集の下貫徹された。そして六月三〇日の第一波スト最終日は、全労協の支援も受けながら、品川の新しい高層ビル群のど真ん中で、NTTへの追求を強雨をついて午前中一杯やりぬいた。国鉄分割民営化便乗の、出来上がったばかりの品川の新しい「ビジネスセンター」は今後、労働組合の、また社会の解体に憤る民衆の赤旗で揺さぶられる街となる、このことを予感させる光景が出現した。確かにここは、本来(そして本当は今も)労働者の街だったのだ。
 七月九日には、新宿のNTT東日本本社へ梅雨明けを思わせる「酷暑」のなか、電通労組首都圏支部は、先週の三連続ストライキに続き、多くの地域の闘う仲間の支援を頂き、「見せしめ評価」の総本山たるNTT東日本本社(新宿・初台)に対し、すべての「D評価」の撤回、成果主義制度の撤廃を求める第4波のストライキ行動を闘い抜いた。
 会社は警備員を雇い敷地内を「セーフティコーン」で囲み正当な労働組合の行動を妨害してきた。
「見せしめの為に、これまでの評価基準すら変えて退職拒否者に成果主義最低ランクをつけた会社の卑劣な手段を絶対に認めない。」と大内委員長が会社に対し闘争宣言。最低ランク評価された東京支店光IP販売プロジェクトの古館さんは、「異職種の広域配転をし、慣れない仕事を与え、成果・業績が上がらないから0評価では、いじめ以外のなにものでもない」。長期病気休暇で0評価された本社情報システム体系化プロジェクトの佐藤組合員の発言が続く。「病気休暇をはじめ、年休、諸休暇を取得したことにより差別されるのでは、休暇制度を否定するもの。30数年間労働組合は、このような攻撃を許さず闘い権利を守ってきた。断じて譲れない。」と会社が0評価を撤回するまで闘う決意を表明。
横澤首都圏支部委員長が「0評価撤回!会社申入れ書」を力強く読み上げ、古館、佐藤両被評価者が本社の入口で会社側に申入れ書を手渡し、7月15日までの回答を求めた。
NTT関連合同労組、解雇撤回を闘う木下さん、国労闘争団等の支援の仲間からの挨拶もNTTを厳しく糾弾。
 不透明な評価基準、協力、共同ではなく、「上」を向いた足の引っ張り合い社会=密告、監視社会がその次に来る。NTTの今回の評価を見るとそれを垣間見ることができる。
すべての成果主義撤廃!0評価を許すな!のシュプレヒコールで行動を終えた。


時代の大義を賭けて

 今回の電通労組への攻撃には、電通労組が展開した職場での悪質なパワーハラスメント糾弾闘争への報復という側面もあった。NTT企業官僚の間には、「人事権への介入」との不満が渦巻いていたのだ。
 しかし、経営を聖域化し、誰であれ口を挟ませないとする企業官僚のこの意識こそ、見境のない資本の暴走の直接的元凶だ。昨今次々と明らかになる目を覆うばかりの企業不祥事(しかも超大企業の)のオンパレードは、まさにこのようにして引き起こされてきた。そしてその度毎にマスメディアは、あるいは「識者」は、企業内の対抗要素の不在を指摘し、「労働組合は何をしていたのか」、と論評するのを常としていた。
 彼らの主張の真剣さには大いに疑問がある。片方では、企業論理を至上とする新自由主義を高々と持ち上げているからだ。しかし彼らの力ない嘆きは少なくとも、以下のことが否定できなくなっていることを物語っている。つまり、人事権であれなんであれ労働者民衆には、資本・企業の行動全てに口を挟む権利があり、それは今やますます強く要請されている、ということだ。強大化する一方の資本の破壊作用は、まさに労働者民衆によって制御されなければならない。
 企業の外の社会に活き活きと根付き、民衆的世界の中で闘おうとしてきた電通労組と各組合員は、民衆の、社会の視点をNTTの中に持込むことのできる現実の存在だ。それ故にこそNTTは、電通労組を敵視する。しかしその敵視は、結局のところ明日には「NTT不祥事」を呼び寄せる体のものなのだ。
 その自覚に立って,電通労組は、社会の論理を前面に掲げ、時代の大義を賭けて、NTTに立ち向かおうとしている。(編集部・神谷)

希望を地球化しよう!闘争を地球化しよう!
世界経済フォーラム(WEF)東アジア会議反対闘争!

    ソウルの熱い六月行動


        高橋 喜一(六月ソウル行動電通労組派遣団)
 

 
 世界経済フォーラム(WEF)東アジア会議の韓国ソウルでの開催に反対する共同行動の呼びかけに応え、電通労組は「六月ソウル行動電通労組派遣団」を組織しソウルへと出発した。「賢者の会議」と呼ばれるWEFは、資本家と政治家たちが多国籍資本の利益の拡大のための会議であり、いうなれば「民衆からの搾取のための会議」でしかない。メキシコ カンクンでのWTO合意失敗以降、世界各地で二国間自由貿易協定締結にむけた動きが表面化しており、「東アジアにおける日本資本の利益の最大化」を求める日本企業と政府の動きは活発化している。昨年一二月から始まった日韓自由貿易協定(FTA)締結に向けた動きは既に四回の会合を終えている。
日本資本の目論見は「日韓FTA共同研究報告書」のなかで明らかになっている。
日本側は韓国側への要請として、
「韓国労働委員会が労働争議に関する裁定を行なう際に更なる努力をすること。」
「「NO-WORK NO-PAY原則」を徹底すること。」
「退職金計算の際に柔軟性をみとめること」
「違法な労働行為に対し厳正かつ迅速な措置をとること」を上げている。
 共同研究報告はその狙いを明確にしている。韓国労働者の闘いの解体と、闘いとってきた労働条件の剥奪などをとうして日本資本の利益の最大化を図ることにある。

朝鮮半島の平和的統一を願う韓国民衆!

 米軍装甲車によって轢殺された二人の女子中学生ミョスンさん、ミソンさんの二周年。電通労組派遣団は「追悼集会」へ参加した。「イラク派兵反対および朝鮮半島に平和を求める全国集会」が開催され片側車線いっぱいに民衆が座り込み、旗が翻り、入りきれない人は歩道よりのスペースに座り込む。歩道も往来が滞るくらいに続々と人々が集まる。その周りを幾重にも盾を持った機動隊が取り囲み、待機するなか集会は大合唱で始まり、二人の女子中学生、闘いの半ばで亡くなった仲間に対する黙祷が行なわれた。そこには、ブッシュのイラク戦争開戦・占領政策に反対する労働者・民衆の熱い思いが溢れ、オーケストラの演奏あり、若者のラップあり、闘いの踊りあり熱気に満ち溢れていた。キャンドルライトが灯されるなかで米軍によって命を奪われた二人の女子中学生に全員が黙祷。この瞬間にも、イラクで、パレスチナで、アフガンで命の灯火が戦争によって消されている現実を感じざるを得なかった。
「朝鮮半島の平和的統一」を
 韓国の若者たちのパフォーマンスはものの見事に表現した。
 ブッシュと米軍という「妖怪」に立ち向かう「仮面ライダー(的な)」三人が負けそうになると協力して「団結光線」を発射・・そして「南と北の力を合わせて」と横断幕が下がる。ヤンヤの喝采のなかで南と北の平和的統一を願う韓国民衆の想いをあらためて感じた!
 深夜一〇時、東国大での「グローバリゼーション、戦争及びアメリカに反対し、朝鮮半島に平和を求める文化イベント」。この集会場からは真っ暗な闇の中にWEFの開催場所「新羅ホテル」が眺望でき、明日はWEF反対行動だ!と気合が入る。三〇〇〇人もの人が結集する中、日本からの参加者はそれぞれの旗を持ちステージに登場すると歓迎の大拍手で迎えられた。日本参加者の寸劇は「千と千尋」のテーマ音楽の中で開幕。ブッシュが登場し資本家が「もっと働け!」と威圧する中、千尋が叫ぶ「WEF反対!」会場が大きな声で応える。日韓民衆と東アジアの民衆の声が一つになった瞬間だ!

六・一三WEF反対行動!一万五千人新羅ホテルへ進撃!

 韓日FTA阻止!韓日民衆共同決意集会で始まったWEF粉砕闘争。「WTO反対国民行動」代表のイ・ジョンフェさんは、自由貿易協定の地域ブロック化と世界的な軍事緊張の関連性を明らかにし反グローバリズム運動の強化が訴えられた。WEF反対六月ソウル行動に参加した一〇〇名余の日本参加者を代表し「脱WTO草の根キャンペーン実行委員会の」の田中徹二さんは、FTAはWTOをはるかに超えた自由化措置をもたらし、二国間交渉はアジアの労働運動の破壊と日本の多国籍資本の利害に服する結果をもたらすと提起し、続いて日本における闘いの現状と展望をのべた。民主労働党の集会や路上では民主労総の前段集会と、会場のマロニエ公園全体が闘いの熱気に溢れている。
 「世界経済フォーラム東アジア会議反対大集会」が始まった。七車線いっぱいに一万人以上の労働者・民衆が座り込み次々と闘う決意を表明・全労協の遠藤氏も日本の労働者を代表し力強く連帯アピール。労働歌が流れ、パフォーマンスがあり「イラク戦争反対!新自由主義によるFTA阻止!脱WTO!反グローバリズムの運動を!」の熱気がむんむんと伝わる。
 いよいよWEF会場新羅ホテルに向けて進撃!先頭は、東アジア各地から参加した各団体の代表が韓国民主労総の仲間と共に横断幕を掲げ、その後ろに東アジアからの参加者がそれぞれの闘いの旗を掲げ続く。途中で屋台労働者組合の4〇〇〇人のデモ隊との感激的合流の中で一万五千人に膨れ上がったデモ隊は一路新羅ホテルへ!機動隊の阻止線を挟み対峙集会、機動隊の弾圧下、韓総連、全国学生連帯会議は何度も突破を試み多くの負傷者にもめげずこの日の闘いを貫徹した。今回のWEFに対しては、官製の韓国労総も反対を表明したが大衆行動への動員は行わなかったと言う。しかし、そうした状況の中にあっても「自主的動員」をもって行動に参加した労組があることを知った時に労働者・民衆の怒りと闘いが地下水脈でつながり巨大化しているという想いを感ぜずにはおられない。

「新自由主義と対抗する東アジア労農民衆の闘いを!」
日韓FTA交渉を粉砕しよう!

 中国とASEANとのFTA交渉合意は日本資本主義に冷水を浴びせかけた。日本多国籍企業の危機感は東アジアにおけるFTA交渉の促進を要求し、東アジア地域における日本企業の利益の最大化を促すべく各国との協議を進めている。
 非農産品に高関税をかけてきた東アジアの国々・地域に自由貿易協定の締結を迫ることは、日本の多国籍企業にとって「利益の最大化」を生み出す一方、経済力で劣る東アジア各国の経済の崩壊を作りだす。また、第一次産品関税の撤廃は日本農業・漁業に対する壊滅的状況を作りださざるを得ない。労働現場でも「雇用の柔軟性」の名の下に非正規雇用労働者が増大し労働者の階層化が進み、労働者性を否定した「請負労働」までも形成されている。資本の「働かせる自由」の無際限の拡大は無権利と低賃金労働、不安定雇用をさらに加速させ希望を奪っているのが現実に起きている問題ではないのか。
 利益の分配のための全地球的な新自由主義グローバリゼーションによる再編は、富の集中を加速させ貧困を拡大させる。世界的な再編と戦争はまさしくメダルの裏・表の関係を明らかにし、米軍の再配置は米国多国籍資本の利益の防衛のために行われている。イラク戦争は、戦争それ自体が何の正当性も持っていないどころか、明らかになったことは侵略戦争を通じイラク民衆の主権、文化、そのものを破壊し経済・社会の全面的再編を行い石油権益を一手に握るという意図だった。
 六月ソウル行動でのワークショップは、こうした様々な課題をひきつけアジア規模での労働者民衆の共同の闘いを目指すために真剣な論議がなされた。
 新自由主義的グローバリゼーションは農業破壊、環境破壊、労働の破壊、権利の破壊、そして生命まで破壊する。
 これが、目に見えないFTA、WTOの実態であり、新自由主義的グローバリゼーションは、自国のみならず相手国の労働者、農民、民衆のあらゆるものを奪う。
 アジア社会・民衆運動総会全体会のなかで、主催団体として挨拶にたったチョ氏は、「WEFに出席している連中は、自分達のためにはなんでもやる」「経済だけでなく、文化も破壊される」「世界は売り物ではない」「だからこそ、民衆は連帯して闘わなければならない」と反グローバリゼーションの闘いを簡潔に言い切った。その通りだ!だからこそ労働者、労働組合が取り組むべき課題なのだ!
 新自由主義的グローバリゼーションは、労働現場をはじめ、農業、食料、水、環境、戦争、差別、貧困等あらゆる問題の根源である。これと対峙し、「もう一つのアジアを」目指すにはどの様なつながりと運動が必要なのか。アジア社会・民衆運動総会は、そのオルタナティブを打ち出し東アジア民衆の共同行動を確認するための初めての試みであった。大会アピールは「アジアの民衆は、他の世界の民衆と同じように軍国主義とグローバルな資本主義の影響により苦しんでいる。・・・新自由主義的世界と軍国主義はコインの両面だ。我々は、イラクに対する米軍の占領と世界貿易機構/自由貿易協定が闘争の鍵となる対象となるものである事を認識し、またこれらが「武装した世界化」の二面性を象徴するものである事を認識する。・・」
 そして、「希望を地球化しよう!闘争を地球化しよう!」と宣言した。
 六月ソウル行動電通労組派遣団は韓国通信労働者との交流や、東アジア各国からの参加者の訴えを通じ熱い想いを受け止めてきた。あまりにも大きな課題であるが東アジアの労働者・民衆の団結と闘いが必ずや勝利することを、勝利しなければならないことを深く心に刻みつけながら・・・!
 
ムンバイの急進的反資本主義左翼会合
      国際的政治結集の挑戦

 

               ピエール・ルッセ


 急進的反資本主義諸組織の、一つの広範かつ多元的な国際的会合が行われた。さまざまな思想的起源を持つ諸勢力を結集するものとしては、初めてのことだ。これは、世界社会フォーラム(WSF)が提供した機会を活用したものであり、全大陸、二十五カ国の諸組織が参集した。これらの諸組織は最初の一歩として、共同声明を採択した。

時宜にかなった結集

 急進的反資本主義左翼諸党国際会議は、ムンバイで二〇〇四年一月二十日に開催された―つまりWSFの中で―。この会合は真に成功した。それは、それが開催された雰囲気及び温かみのある連帯双方において、また政治的息吹と出席組織の数における成功だ。実際、二十五の諸国から四十八組織が出席した(この働きかけに参加した五つの組織は、ムンバイに来ることができずに欠席した)。
 常のことだがWSFは、多くの諸組織が出会うには他にない機会である。それは、フォーラムを準備する組織にとっては紛れもなく本当だ。また、その準備を支援し、その活動に参加する組織にとってもそう言える。しかし今回のWSFは特に、初のアジアでの会合だったという点で特別だった。
 この地域には,数多くの共同団体、運動、労働組合がある。しかし例えばヨーロッパとラテンアメリカ間と比較したとき、アジア大陸両端間の諸関係ははるかに弱々しい。それ故、インドへのWSFの移動が提供した好機は格別に貴重だった。このような背景の下に、ヨーロッパとアジアの急進的反資本主義諸党十八組織は、二〇〇三年十二月五日にムンバイ会合への招請状を出した。この十八組織とは以下の諸組織だ。先ずアジア太平洋地域では、インドの三つのマルクス・レーニン主義諸党(CPI―ML解放、CPI―ML、赤旗)、パキスタンの二組織(労働党ーLPPとPKMP)、スリランカの新左翼戦線、オーストラリアの民主的社会主義の展望(DSP)、韓国の二つの運動(労働者階級の力、皆んな一緒に)、そしてフィリピンの諸党(フィリピン・マルクス・レーニン主義党―MLPP、フィリピン労働者党―PMP、革命的労働者党・ミンダナオ―RMP・M)。ヨーロッパでは、以下の党が招請状に署名した。即ち、左翼ブロック(ポルトガル)、統一・オルタナティブ左翼(カタルーニア)、LCR(フランス)、スコットランド社会主義党と社会主義労働者党(イギリス)そして連帯(スイス)だ。
 呼びかけは遅かったものの、反応は非常に肯定的だった。不均質だとは言え、参加はラテンアメリカに広がった。そこにはPTのDS潮流を含むブラジルの三つの組織が入っている。さらにまた合衆国(国際主義的社会主義組織ーISOと連帯)、カナダとケベック(ケベックの統一進歩勢力を含む)、アフリカ大陸(南ア、ニジェールの新民主主義のためのニジェール革命組織ーORDN)へと応答は広がった。またアジアとヨーロッパの他の参加組織にも触れなければならない。例えば、共産主義再建党(イタリア)、オルタナティブ(フランス)、アクバヤンと他のフィリピンの運動、さらにスペイン、日本、エジプトの諸組織などだ。

新しい時代の新しい国際主義のために

 参加諸組織は、社会への根付き方や大きさに非常な違いがある。そして重要な運動と潮流が不在だった。しかしそれにもかかわらず会合は、革命的反資本主義左翼そして急進的諸党とはどういうものであるか、を示していた。
 思想の根源には多くの違いがあった。毛沢東主義の、トロツキストの、また何らかの「主義」(今日では疑わしさを増すばかりの範疇形態)と類型化不可能な多くのものを持つ諸潮流が参加した。
 会合がもし成功だったとしたならばそれは、共通の必要と熱望に応えるものだったからだ。今日、帝国主義的グローバリゼーションー軍事及び経済、両方の戦線におけるーの時代に、反資本主義諸党間の国際的協力がどのようなものであれ不在であることが、特に強く感じられている。この問題についての切迫性という感覚は強まる一方だ。今回関わりを持った諸組織の殆どは、七〇年代に支配的傾向であった最悪のセクト主義という伝統と、数年前に手を切った。歴史や綱領のつながりを越えて、相互の連帯的諸関係が鍛えられてきた。ヨーロッパ反資本主義左翼(EACL)やアジアー太平洋国際連帯評議会(シドニーで始まったAPSIC)のような地域ネットワークが形成されてきた。 反グローバリゼーション運動の発展は、非常に幅広く同時に最初から国際的な政治行動のために、新しい空間を生み出した。このおかげでーそしてこれは本質的だー、結集の前進を助けるために共に行動することが可能となった。それは、単に経験を交流したり、互いの利害をやり取りする提携ではなかった。底流にある大きな発展を前提にしたとき急進的諸党は、政治的、実践的責任双方を負わなければならない。新しい可能性と責任についての、この二重の感情がムンバイ会議を支配した。
 急進的諸党間の協力に向けた国際的枠組み形成に関し、最初の一歩が踏み出された。それは最初の一歩以上ではないし、いかなる公式的つながりでもない。そのような先導性を確かなものとするためには時間が必要である。そのことは参加諸組織には明らかだった。ムンバイで会うまでこれらの諸組織は、互いに全くーあるいは殆どー知らなかった。そして全員が、この国際的つながりがなにものになり得るのだろうか、と思い巡らしていたのだった。これはインターナショナルに関わる以前の経験とはどのように違うものなのか。その問題については明らかに、回答よりも疑問の方がはるかに多い。
 しかしスタートは切られた。そしてその発展的進展は可能なのだ。
注)ピエール・ルッセは、革命的共産主義者同盟ーLCR(FIフランス支部)メンバー。(「インターナショナル・ビューポイント」四月号)



急進的反資本主義諸党国際会議コミュニケ
 インド・ムンバイ、二〇〇四・一・二十

 二〇〇四年一月二十日、アジアー太平洋とヨーロッパの十八の党が呼びかけた急進的反資本主義諸党国際会議が、インドのムンバイで開かれた。この会議の最初の目的は以下のことだった。即ち、さまざまな大陸の諸組織が連絡を取り合う助けになること、各組織が国際的協働の展開に期待するものに関する考え方をとりあえず知り合うこと、公式化を図る意図は何であれ脇に置き、今ある結びつきを広げ強めること、そして、共同行動の討議を始めること、がそれだ。

 今回四十八組織が出会い、参加意思のあった他の五組織はムンバイに来ることが遂にかなわなかった。こうして、約二十五カ国の合計五十三組織が今回の働きかけに前向きに応えた。参加者の殆どは、アジアー太平洋地域とヨーロッパから来たが、アフリカ、ラテンアメリカ、さらに中東からの参加もあった。
 関係諸党は、起源、歴史、そして強さに違いがある。これらの組織はかなりの程度、ムンバイ会議に来るまでは互いに知ってさえいなかった。つまり事実が示したようにムンバイの会合は、異なった大陸の、またさまざまな思想傾向の組織間に新しいつながりをつくる特異な機会であった。

 参加諸党は、反資本主義また反帝国主義の基本姿勢を共有し、軍事と企業のグローバリゼーションに反対する進展中の大衆的大運動に取り組んでいる。相互の討論にとりかかり、互いの連帯を確固として掲げ、国際的に共に活動し、こうして、国際主義に対して、世界規模での民衆的闘争の強化に対して、現在の帝国主義の世界秩序に真に変わるものの練り上げに対して、新しい確かな内容を提供する一助となること、このことにこれらの組織は意欲を持っている。

 会合は極めて温かみのある雰囲気の中で、今日の闘争の多くの側面に関する見方について、全般的な意見交換を可能にした。いくつかだけ上げれば、反軍国主義と反戦、労働者階級と被抑圧民衆の権利の要求、性的平等の要求、健康達成への平等の要求、そして環境について意見が交わされた。そのあらゆる現われに対して、その段階全てに対して、闘い、挑み、打倒すべきものは帝国主義である、との共通の感覚が表出していた。

 WSFの折に会合した反戦共同と合衆国の反戦運動は、二〇〇四年三月二十日の全世界の一日行動に向けて呼びかけを発していた。急進諸党ムンバイ会議は、この呼びかけを全面的に支持した。全ての組織は、パレスチナ民衆及び占領と軍事介入に直面している他の人々と連帯しつつ、イラク占領に反対し平和を要求するこの呼びかけの成功を助けるため、全力を尽くすだろう。

 この会合で始まった歩みを継続し、さらに協働するために、次回準備委員会が選出された。今のところ委員は、オーストラリア、ブラジル、フランス、イギリス、インド、イタリア、合衆国から出ている。

 急進諸党第二回会議は、一年以内にブラジルのポルト・アレグレで開かれるだろう。その準備は、これらの組織が参加する予定の国際的な集まりの折の、またe―メイルを通した政治的意見交換によって行われることになる。準備討論は何よりも、次の二つの中心的問題に焦点が絞られるだろう。それは、軍事と企業のグローバリゼーションに反対する運動の世界規模の成長に関して、我々が共に負う責任の問題であり、そして、急進諸党間の国際的協働は今日、過去とは異なるやり方でどのような形をとれるのかという問題だ。

 急進諸党国際会議は、ムンバイの会議以前にこの展開に関わることができなかった新しい組織に開かれている。(「インターナショナル・ビューポイント」四月号)
 
 
 
 
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