1991年2月10日         労働者の力             第18号
米軍はイラクへの戦争を即時中止せよ

湾岸戦争反対  自民党政府の参戦反対

(一)
 一月十六日、アメリカ帝国主義はイラクへの全面戦争を開始した。帝国主義は、一切の平和的解決の努力と方法を拒否し、彼らの真の野望である中東地域の支配権の確立をめざして、一月十五日の「撤退期限切れ」とともに、ちゅうちょなく全面攻撃に突入したのである。
クウェート奪回の名目は次第にイラクの軍事的・政治的壊滅にすりかえられ、イラク全土が集中的な空襲にさらされている。
 空爆は、軍事目標に限定という主張とは裏腹に、都市への無差別的な爆撃となり、それは多数の民衆を死傷させている。さらに展開されるであろう地上軍の侵攻は、直接にイラク全土の掌握を狙うものとして、クウェートではなくイラクへの侵攻となるに違いなく、それはさらにイラク民衆の犠牲を増大させていく。
 最新のハイテク兵器を駆使し、全世界からかき集めた海軍力を集中した上でも、イラク軍の力は依然抵抗力を有している。避けられない地上戦は戦史上にもまれな大規模な正面からの相互殺戮戦になるであろう。アメリカの兵士もイラクの兵士も、さらにイラクの民衆もがこの大殺戮戦に巻きこまれていく。
 まさにアメリカ帝国主義は大量の流血をつくりだすことを意識的に選択し、それをつうじてイラクの徹底破壊を実現しようとしている。

(二)

 アメリカ帝国主義は、昨年八月の「サウジアラビア防衛」の名による緊急派兵以降、大量の軍事力を集中し、イラクへの戦争を準備してきた。イラクの軍事的壊滅・||・これがアメリカ帝国主義の当初からの狙いであり、その中東支配のもくろみにとって、フセインのクウェート侵略と併合はこれ以上ない絶好の機会が与えられたことを意味した。
 今回の戦争は、明らかにアメリカ帝国主義によってしかけられたものである。イラクへの全面的空爆によって、いとも簡単にイラク軍の壊滅が可能であるかのごとき楽観論がまんえんし、はなはだしくは数日間でイラクは壊滅するという予測が、まさに意図的に流されもした。
 戦争か撤退かという高圧的どうかつが、以上の意図的に流される楽観論を背景に繰り返された。アラブ民衆の深層に共通するパレスチナ問題は、アメリカ帝国主義によって完全に無視されつづけた。
 アメリカ帝国主義はサダム・フセインを挑発し、帝国主義による中東制圧という「一挙的な解決」を手にすべく、全面戦争をまっしぐらにめざしたのである。

(三)

 全世界から動員された多国籍軍・||・それは日本をはじめとした膨大な戦費援助で支えられている・||・は事実上、帝国主義陣営の世界的連合軍である。
 イラクが軍事的に対応できることは限られている。イラクは徹底的な防衛戦にたたざるをえない。
 全世界を敵にした防衛戦について勝算をいかなる姿でフセインが思い描いているか、それはまったくの謎である。彼が期待するミサイル攻撃もまた、イスラエルに向けられた政治的象徴の以上ではない。たとえ、憎悪すべき「化学兵器」・||・それはクルド民衆弾圧に使用されたのだ・||・を使ったとしても、イラクが防衛戦にある事実は変化しない。
 フセインはイラク民衆を、その独裁のくびきにつなぎながら、軍事冒険主義の帰結である「殉教」の流血に引き込もうとしている。イラク民衆はフセインの「聖戦(ジハード)」と「殉教」の道に抵抗し、異論を主張し、さらには反対するための自由をなに一つもってはいない。
 この絶望的な「ジハード」は、ただフセインが求めたものであるにすぎず、イラクの民衆がその犠牲になり流血に直面する選択を自ら行ったのではない。
 だが、イラクのフセイン体制がどのようなものであれ、アメリカ帝国主義が採用した方法は、アラブ民衆にとって、イスラエルの軍事占領と支配を擁護し、イラクを壊滅させ、イスラエル擁護をその立場とする中東全域における帝国主義の覇権をうちたてることでしかない。
 アラブの全域で、反米の民衆のうねりがほうはいとして高まっている。クウェート問題が、アメリカ帝国主義にとってまさに口実であることが明白となったからに他ならない。
 フセイン独裁政権の打倒は、帝国主義の爆弾でなされるべきものではない。それはフセインの独裁に代わる帝国主義とアラブ王政主義者の支配に移しかえるだけである。そこでは強大な軍事大国イスラエルがさらに強力な存在としてありつづけるのである。
 クウェートからのイラクの撤退は全世界と全アラブの民衆の力によってなされなければならないのだ。
 十一月の安保理決議への賛成は、ソ連、そしてフランスも、中東民衆にとって決定的なイスラエル・パレスチナ問題の解決をみすえたイニシアティブをとること、その前提としての多国籍軍の戦争突入を阻止することを実質的に放棄したことでしかなかったのである。

(四)

 日本政府は、アメリカ帝国主義の戦争に全面的に加担している。九〇億ドル・・=・一兆二千億円の戦費を提供し、さらに自衛隊機を難民輸送名目で中東に派遣しようとしている。しかも九〇億ドルは始まりにすぎない。
 日本は、最大級の戦費負担国となり、どこからみても否定できない参戦国となろうとしているにとどまらず、自衛隊機派遣の実現を通じて、自衛隊の帝国主義軍隊への再編に踏み出そうとしている。
・・「金だけでなく血を流せ」という自民党の主張は、その本音が日本の帝国主義化の完成、すなわちその軍隊を全世界を対象とする帝国主義軍隊として再編成すること以外のなにものをも意味しない。
・・「国民の応分な負担」を要求する自民党とその政府はこの半年、アメリカ帝国主義の戦争準備を支持し、かつ自衛隊海外派遣の道を必死にさがしもとめてきた。この政府はただの一度も戦争回避の術をさぐろうともしなかった。
 口先だけであろうとも、EC諸国政府が表明した「戦争は遺憾であるという」言も、一切その口からは聞かれなかった。もろ手をあげた戦争支持の態度以外のなにものをも示さなかったのである。
自民党とその政府の狙いの政治基盤がアメリカとの同盟関係の持続というところに存在している以上、現状の日米同盟関係を肯定する立場は、日本自衛隊の帝国主義軍隊化の承認につらなる。
 九〇億ドルの支出と自衛隊機派遣は、まさに日本の帝国主義化の完成への一里塚である。アメリカ帝国主義の戦争と侵略を支持するか、それとも反対するのか・||・まさに戦後の日本国家の質的変化をめぐる分水嶺がここに登場したのである。

アメリカ帝国主義の中東支配の野望を打ち砕こう。
 多国籍軍は攻撃を即時中止し、解体、撤去せよ。
 自民党政府の参戦政策のすべてを葬りさろう。
 海部自民党政府とその随伴者民社党の参戦政策を徹底的に暴露し、人民の圧倒的な糾弾の渦を巻き起こそう。
  (一月二十八日)

軍産複合体による

        バルト三国の民族自決への弾圧を即時停止せよ


 帝国主義軍のイラクへの総攻撃とタイミングを合わせるかのように、バルト三国に対するソ連邦中央を背景とした軍と特殊部隊の攻撃が始められた。
 ソ連軍空挺部隊によるリトアニアテレビ局制圧、内務省直属の「ブラックベレー」なるコマンド部隊のラトビア共和国内務省攻撃などにより、一月十三日と二十日の二つの日曜日は「血の日曜日」となった。リトアニアでは死者十三人、百四十四人が負傷し、ラトビアでは死者四人、負傷者九人にのぼった。
 リトアニアの首都ビリニュスでは十六日、数十万人が犠牲者追悼に参加し、二十日にはモスクワで数十万人が参加した大規模な抗議集会が行われた。
 民主派は一斉に抗議と批判を表明し、さらにドネツ炭鉱労働者やモスクワ郊外のゼリノグラードの労働者も批判の声をあげた。
 共産青年同盟は十六日、「政治紛争の解決に軍隊を使用することはいかなる合理的根拠もないし、また、ありえないとわれわれは確信している」との声明を発表した。バチカン前内相も同日、コムソモリスカヤ・プラウダ紙上で、「いかなる委員会が求めても、いかにそれが大きな声で求めても将軍たちには戦車を送る権利はない」「テレビ局占拠は外出禁止令を出すいかなる法的権限も彼らにはない」と強調した。週刊新聞モスクワ・ニュースは経済学者シャターリンらの声明を掲載し、「血の日曜日は民主主義を撃ち殺した、初めて国民が自由に選んだ権力に打撃が加えられた。体制の最後に近い今、体制は自らの最後の闘いに臨んだ。……リトアニア共産党の指導部がリトアニアにおけるクーデターの試みの事実上の指導者になった。民族自決権が踏みにじられている。これは犯罪だ」と述べた。
 この一連の虐殺は、明らかにソ連中央と結ぶ部隊による一方的な攻撃によって仕掛けられ、引き起こされた。
 反独立派共産党が組織したリトアニア「国家救済委員会」の声明、ラトビア共産党がその秘密決議で確認したことなど、これらの連邦残留派が各共和国の権力を掌握する目的を実現するための軍の投入であり、攻撃であることが明らかにされている。
 オガルコフ元帥を筆頭とする十六人の将軍が、エリツィンを公然と攻撃し、ソユーズがゴルバチョフの動揺を攻撃したのも、エストニアとラトビアでの動きが軍産複合体を背景として練り上げられた計画の一部であったことを示すものである。
 われわれは、ゴルバチョフがこの一連の行動にどの程度関与していたか知らない。だが、軍産複合体を背景とする「保守派」は、バルト三国でのクーデター事件を演出し、同時に将軍たちがエリツィン攻撃を開始し、それらを通じてソ連邦全体でのクーデターの可能性・現実性を指し示し、ゴルバチョフに対して公然たる圧力をかけたことは明らかである。
 軍産複合体の勢力は、今やゴルバチョフが戦術的に操ることのできるような存在ではなく、連邦を死守し、「秩序」を回復するためには、軍事力による強権をも辞さないという存在へと転化しつつある。現時点で転化が完成したとは言い切れないにしても、政治的モメントは明確にその方向を向いている。
「血の日曜日」以降、ゴルバチョフ政権は一連の流血事件が中央政府の責任ではないと懸命に弁解し、「国家救済委員会」の否定と解散、さらにラトビア政府を媒介にしつつ「平和的解決」のための交渉を始めた。三月十七日に予定されている新連邦条約締結についての国民投票を拒否しているバルト三国に独自の国民投票を認めるとの情報も流されている。
 だが、リトアニアでは依然として軍の発砲や税関襲撃が続いている。一連の流血と虐殺の責任もあいまいにされたままである。一方で米ソ首脳会談延期などの国際的圧力にさらされ、他方で軍や内務省の「独自行動」の圧力に直面しているゴルバチョフは、あたかも失速寸前のコマが左右に首を振るようにぐらついているように見える。
 昨年の後半から、力関係のバランスが「保守派」に有利に動き始めてきた。経済と社会秩序の崩壊が深まるにつれて、強力な政府への欲求が高まり、保守派の台頭を促進した。ゴルバチョフがそうした力関係の変化に伴い、改革派との連携ではなく保守派にのる選択をしたのは最大の誤りであった。
 だが今や、この方向が文字通りの流血の悲劇に一直線につながっていることが、ゴルバチョフを含む誰にとっても明らかになったであろう。一刻も早く舵を切り替えなければならないのだ。
 官僚機構に対抗するすべての力を結集して、ソユーズを解体し、軍産複合体の解体を進める以外に道はない。ゴルバチョフが自ら望んだペレストロイカは、継続の可能性があるとすれば以上の道筋にのみ存在する。
 バルト三国からの軍と特殊部隊の全面撤退、流血を仕組んだ軍と内務省の責任の徹底糾弾とそれに責任をもつシステムの解体がなされなければならない。
「血の日曜日」は、逆流を阻止し軍産複合体を押さえ込む民衆の力の登場の契機へと転化させられなければ、この国は底無しの泥沼に転げ落ちていくだけである。1月三十日

「独裁がやってくる」
シェワルナゼへのインタビュー

モスクワニュース紙一月十三日号


 モスクワニュース紙を代表してイーゴル・ヤコブレフ編集長がエドアルド・シェワルナゼ外相(当時)と会見し、新年の挨拶を行うとともに、健康を願い、外相に関連する事態がうまくいくことを願っていると表明した。
 シェワナルゼは、辞任という決定は決してミハイル・ゴルバチョフとの関係が原因ではないこと、二人の関係は常に信頼を基礎にして形成されてきたと指摘した。また、感情が動機ではないことも明らかにした。辞任を決意した原因は別にあるとして、シェワルナゼは次のように述べた。
 これまでのソ連の外交政策は成果をあげてきた。パートナーシップと利益の均衡にもとづく国際関係が形成され、その上に外交政策が展開されはじめていた。私は、最大限の注意を払って誰をもだまさないようにしてきた。また、誰もが私に嘘をつくことがないようにしてきた。うまくやってきたと思っている。しかし結局、国家の不安定な状態がつづくなら、また民主化の過程が失速するなら、これまでの外交政策の継続が不可能にならざるをえないと判断するようになった。事態が現在の方向で展開していくなら、ティビリスやバクーで起きた事態が再現されることになるだろう。そうした事態が起きた場合、はたしてわれわれに新思考外交について語る資格があるのだろうか。もちろん、諸外国との関係を維持しようとはする。だが、パートナーである各国政府はこうした事態を望んでいるだろうか。彼らは自国の世論を無視できないのだ。
 誰もが、わが国が危機の渦中にあること、つまり混乱と無政府状態がはじまっていることを認めている。同時に多くの人々は独裁がやってくる可能性を否定している。しかし、わが国の現在の危機が解決されないかぎり独裁の到来は不可避だと考えている。この展望を避ける道はなにか。国家と人民が結集しなければならない。民主勢力がその先頭に立たなければならない。すでに形成されはじめている民主主義と人民の主権のために、そしてわが国を救うために、このことが行われなければならない。これは、状況を誇張しているだろうか。そうは思わない。
 人々は、規律と秩序の必要さを繰り返して主張している。確かに、規律と秩序は不可欠だ。しかし、残念なことに多くの人々は規律と秩序を力の行使と結びつけている。だが、大統領の統治やその他の権力機関による処罰も、われわれが現在直面している問題を決して解決できないのだ。力の行使や法の無視、弾圧の方法が、現在の事態では民主化の過程にもかかわらず認めることができるという考えに、私はくみすることができない。そうした措置は、間違いなくわが国の外交政策に悪影響をおよぼし、ソ連のイメージに打撃になる。
 辞任という決定は、単純で素朴であったが、しかし正直なものであった。意図は、まことに現実的に存在する危機について代議員たちに警告を発することだった。しかし、最高議会の多くの代議員は違った意見だった。

 シェワルナゼは、わが国が苦境から脱出する道を主として活気を取り戻すことにおいている。三年前、ある西側の指導者との会見の中でのことであるが、そこでその指導者は、市場の商品をはるかに越える通貨を削減する方法として、住宅販売の許可と貯蓄銀行の利子率をあげる必要を指摘した。その勧告は、よく考えられたものだった。これを実現するための方法も提起された。しかし利子率をあげる決定まで三年もかかったのである。それでは遅すぎるのだ。貯蓄する意欲はもはやない。そのかわり、その通貨をどうやって使うか、その方法を人々は考えはじめている。
 
 わが国の困難というものは、多くの人々が実際的な仕事をしていないことにある。決定を実行する代わりに、いつも会議、つまり議会だとか総会、その他諸々の会議が行われている。役人や大臣、大統領も同じだ。法律を採択するが、それは現実には効力を発揮しない。現在、大統領が最も困難な任務を抱えている。彼が、まず最初に開始しなければならなかったし、大胆な第一歩を踏み出さなければならなかった。だが、彼には今、重圧がのしかかっている・……・。
 
 現在の食糧危機は、シェワルナゼにとって本当に心を痛めるものだった。周知のようにわが国には、少なくともこれまでと同じ量の食糧はあるが、それが人々のところに届かない状態だ。投機やサボタージュがあるため、食糧は配給制度になってしまった。バターは一カ月に一人二〇〇gしかない。わが国の外貨が足りなくなると、外国の融資をあおがなければならない。こうした融資は人民の利益になるものではない。依然として、多くの人々は、状況が悪くなればなるほど、結果がよくなると考えている。危機から抜け出す道は、独裁制の導入ではなく、民主主義と法律の枠内で基本的な秩序を強化することにある。
 シェワルナゼに一九九一年をどう過ごす計画かと質問したところ、外交政策研究機関を設立するつもりだと語った。国際問題を分析、予測できる専門家はまったく少ない。彼は、これまでの複雑な国際問題を扱ってきた方法は憂慮すべき民族問題を解決する上でも十分に有効だと思う、と述べた。

背後に誰が潜んでいるのか
モスクワニュース紙一月十三日号


 「独裁がやってくる」・||・シェワルナゼは、こう述べて外相を辞任した。その脅威はどこにあるのか。これに関連してモスクワニュース紙はソ連人民代議員大会のコンスタンチン・ルベンチェンコにインタビューした。
・・・・・・質問・・・・・・ 大会は、「強力な指導者」願望が強まっていることを示した。しかし、どの勢力がこれを実現できますか。ソユーズグループ(右翼)がそれでしょうか。
・・・・・・答え・・・・・・ ソユーズの背後にいる勢力がそれだということは、十分にありうる。ソユーズを設立したのは保守的な政治家たちであり、自分たちの行動を合法とするために内部の結束を固めている。保守的な政治家たちにとって、ソユーズは権力を獲得するための手段でしかない。ソユーズ系の代議員のはっきりした行動や素朴さは、権力構造内部で彼らの立場を強化し、対抗者を弱めるためのものだ。
・・・・・・質問・・・・・・ 新しくなった大統領制度を実際に担っていくのがこうした勢力だという危険性はありますか。
答え その危険は明らかにある。しかし確かなことは、大統領のチームがその性質を実際の行動に示したときにいえることだが。
・・・・・・質問・・・・・・ そのチームは全体としてどんなものになりますか。新しく大統領の側近になる人々はどのような傾向であり、彼らは前任者とはどう違うのでしょうか。
・・・・・・答え・・・・・・ 一九八五年にペレストロイカを開始した人々は、ルイシコフ(当時の首相)が大会で認めたように、根本的な改革ということでは実際に考えておらず、現存システムの手直しと改善くらいのことを考えていた。そして、これが可能だと本当に思っていたのだろう。新しい大統領の側近は当然、党の官僚、ただし若い世代の官僚が構成することになろう。彼らは、高度な教育を受け、冷静沈着であり、国際的な経験もつんでおり、人民を統治する術も知っている。だから、彼らが「社会主義の理想」に対する忠誠を誓うだろうが、それを本気で信じているとは思わない。こうした人物を通じて党は社会に対する掌握を回復しようとすると思う。
・・・・・・質問・・・・・・ シェワルナゼやヤコブレフ、バカーチンといったより急進的な改革派である人物を政治の世界から排除したのは、こうした勢力だろうか。
答え 彼らを排除したのは、何よりもまず状況そのものであった。彼らは、自分たちに近い急進的な改革の決定がまったく実行されないことに、退場を余儀なくされたのだ。権力構造の再編や経済の非国有化、私有化、あるいは党の改革、内務省やKGBに関してだ。
・・・・・・質問・・・・・・ 大統領は、こうした新しい側近に対して自分の決定権と独立性を保てるのでしょうか。
・・・・・・答え・・・・・・ いうまでもなく理論的にさえ、大統領というものは、彼のチームの影響から自由ではありえない。しばらくは、すでに決まっている副大統領のヤナーエフを除いてチームを誰が構成するのかさえわからない。大統領には、最も劇的な行動の可能性が残されている。だから、われわれの最悪の予測が本物にならないという希望をもつことはできる。

一九九一年度予算について
モスクワニュース紙一月十三日号


 予算に関連して提起されている問題はきわめて明白である。すなわち中央政府と各共和国政府が共通する予算問題を共同で解決するか、それとも一九九一年一月一日からの会計年度をわが国の誰もがどこに税金を支払うのか、その税金がどこにいくのか、自分が賃金を受け取ることができるのか知らないままにはじまっていくのか、ということである。いうまでもなく、一月一日からも中央政府と各共和国政府はどちらとも実際に支出していく。しかし両者とも、自分が使える収入がどれだけかはわかっていない。その結果は、きわめて明白である。国家財政の大幅な赤字、巨額の新規通貨発行、さらに急速な物価上昇である。
 したがって、まず第一に回答しなければならない問題は次のようなものである。公的な会計を管理する権利を誰がもっているのか、ということである。共和国と連歩政府との間で予算権限について明確な分離がなされるまで、どんな措置もとってはならない。
 一般的には、連邦政府は、この必要を承認している。しかし連邦最高会議は、誰が税金を徴収し、誰が財政責任を負うのかを決定する権利が中央政府にあると考えている。最高会議は、税金を集めるのは共和国政府だが、その使い道を決めるのは中央政府だと考えているようだ。たとえば、連邦政府は、買入れ価格の値上げを決定したが、その費用は自動的に共和国予算に負わされている。・……・この方針には展望がない。

 借金なしで生活しなければならない

 公的な基金を配分することは、仕事の半分でしかない。最も重要な仕事は、借金なしで生活していくという新しいスタイルの生活をはじめることである。これまでわれわれは、古い定式、つまり共同のつぼに十分な資金がないならバケツ一杯のルーブルを注ぎ、水増しせよというやり方に頼ってきた。誰もが消化不良を起こすかもしれないが、しかし依然として誰の器も一杯料理があるようにみえるというやり方だ。
 この財政の「やり方」は、完全に破滅的な綱領の採択を許し、人民の人気とりでしかない政策を実行させることになり、必要な資金をどこから手に入れるのかという「つまらない」問題を無視させた。この政策こそが、ソ連経済の破滅を導いたのであった。最悪の悪夢は、各共和国がこれと同じことをそれぞれが繰り返すことだ。誰もが「与えよ」と叫んでいる。だが、言わせてもらいたい。どこから与えてもらうつもりなのか、と。唯一の脱出方法は、中央と共和国の両方がそれぞれの財政赤字に上限を設定することである。この上限を無視することは、盗賊行為とみなされ、厳しく処置されなければならない。
 政府の数字では、今年の財政赤字は六〇〇億ルーブルだという。新規通貨の発行は、この総額の半分以下に抑えなければならない。連邦と各共和国の一九九一年度の赤字は、政府の数字によると、二五〇億ルーブルに達するとみられ、新たに一二〇億から一三〇億ルーブルの新規発行が必要である。これらの通貨がすでに荒廃している消費市場に降り注ぐなら、われわれ全員が飢えた百万長者になってしまうだろう。

 しこたま金をもうける

 連邦政府は、安定化計画によって破局を阻止すると公約した。その計画は、本質的に次の諸点になる。
 ・||・企業に対する新たな課税や義務の導入。現行の出来高税と上納などの義務を維持したままの売上税、投資資金の集中、企業拡大資金の半分の凍結(これは部分的には、企業の償却に使われる)。
 ・||・これらの資力を「安定化基金」に集中する。その目的を、中央が市場の危険に委ねるのがこわいのか、それとも各共和国に引き渡すのいやなためか、いずれにせよ中央がためらっている、企業に対して財政保障を与えることと定義できるかもしれない。
 ・||・各共和国がその債務を支払うことを主張する。この場合、誰にくびきがかかるのか、そしてくびきがどんなものかを中央が決定する。
 ・||・所得政策を導入する。一方で物価上昇と所得の減少に苦しむ人々に補償し、他方で政策以上の賃金を出そうとする企てには課税しようとするものである。それにもかかわらず、企業が抜け道を見つけて労働者に一定の額を支払うようになれば、この政策の効果は中立化される。これは所定の賃金で労働している労働者を志気阻喪させる。
 ・||・小売価格を段階的に値上げしようとしている。小売価格の値上げだけが市場の需給関係を均衡させることができる。同時に名目賃金の上昇は、より多くの税収を可能にする。
 政府は、一九九一年度予算案の中で、こうした措置が実行されるなら、財政赤字は現在の六〇〇億ルーブル以内に抑えられ、なおかつ社会支出を実現でき、賃金と年金を支払い、消費財と農業に必要な投資を行えると公約している。また軍事費も増大することができる、と。

 眼を閉じて

 軍事支出の問題は、それ自身で一つの論文を必要とするテーマである。しかし、それ以外についてはこの三年間、上述したような問題に直面してきた。段階的な値上げが加わった(政府は、同じ計画を昨年の五月に提出し、引っ込めたが、また再びそれが復活した)が、漸進的な値上げは、一つのことだけ、つまり市場に出てくる商品に対する通貨の総量が相対的に少なくなっていくことを約束している。
 企業の私有化に関する主張では、この安定化計画で唯一新しいものは新しい財政措置である。省庁間の対立が残るなら、この私有化は企業にとって何も意味しないだろう。
 この安定化計画と来年度予算から、何が期待できるだろうか。まずいえることは、二つとも収支のつじつまが合わないだろうということだ。歳入見積りはきわめて不安定である。というのは、漸進的な値上げの結果がまったく予測できないからである。第二は、計画全体が各共和国の主権を無視して、値上げの政治的財政的コストを各共和国が負う「権利」を課していることである。連邦政府が安定化基金計画の中にある諸原則について各共和国と同意するのをためらっていることは、驚くしかない。第三の問題は、ロシア共和国がすでに行ったように、共和国が中央に提出する金は合意がなった諸計画のためだけであると宣言する共和国内の財政原則主義者を強めることだ。しかし、彼らに現実の事柄について何か「合意」させることを想像してみるとよい。また、一般的にいって、財政問題を政治的反対者を「処罰」するために使うことは、長期的には重大な混乱をもたらしかねない。第四に、政府の計画がストを行う決意を固めている労働者階級の抗議行動の可能性に眼を閉じていることだ。段階的な値上げと同時に進行する賃金の抑制は、この対決を不可避的に促進するだろう。

 遅かれ早かれ

 遅かれ早かれ経済活動の自由化を小出しにするのではなく、全面的かつ根本的に行う必要が生じてくるだろう。自由な物価というものは、自由な所得拡大と一緒に進行するだろう。インフレーションと闘うことがわれわれの出発点であるが、その方法は、人々の手にはいる通貨を抑制することではなく、通貨の新規発行と信用を縮小するものでなければならない。現物に支えられていない通貨は、企業が必要な物資を生産することによってだけ真実の通貨になっていく。だからこそ、財政の穴を埋めるために通貨を発行することを避けなければならない。また、信用といううものは、より高い利子を支払うことができる人々と同等の競争力を基礎にしなければならない。
 不足しているものが通貨だけという事態になれば、都市への食料品の供給は、もはや食品調達機関間の争いの結果ではなくなり、ルーブルを欲しがる生産者の願望に委ねられることになろう。
 そうしたルーブルは、ロシアやウクライナの企業に魅力あるものになるにとどまらず、バルト三国からトランスコーカサスに至る連邦の再生を望むすべての生産者に対して説得力あるものになるだろう。
 すべての問題は、こうした事態が生まれるか否かにある。われわれがその結果を享受できるには時間がかかりすぎるかもしれないが。
 セルゲイ・ドューブニン
モスクワ大学経済学部助教授
新刊紹介      『窓』6号
           きわめてタイムリーなトロツキーのネップ論の紹介

 季刊『窓』6(冬)号が発行された。特集は「民族とはなにか」である。バルト三国の独立をめぐって厳しい対決が展開されている中で、また、湾岸危機の中でアラブ民族主義が注目されているときに、人々の生の問題意識に応えていこうとする先鋭な態度は、今号でも鮮明である。
 この他に連載特集としてイタリア共産党内部論争資料、トロツキー関係で新史料「トロツキーとレーニンの“連帯闘争”」「トロツキーのネップ論」、連載「日本共産党はどこへ行くのかV」などが掲載されている。ここでは、「民族とはなにか」とトロツキー関連の二つの論文をとりあげて紹介したい。
 民族の問題は、私にとってきわめてわかりにくい問題であり、問題が切実であるだけに、日頃頭をかかえているところである。ギリシャ出身で、フランスでマルクス主義者になったプーランザスは、マルクス主義は民族をとらえていないし、マルクス主義の方法で民族を認識できないのではないかと、彼の最後に近い著作の中で悲観的に表明していたと記憶している。彼は、民族をなにか得体の知れないものと説明していた。
 他方、レーニンの民族問題に対する態度は、民族自決権の承認と世界革命、労働者階級の利益との関係がその時点、その時点で現実的に決められていたという印象を否定できない。こうした印象を与えるレーニンの方法が実際に革命の第一線に立っていた革命家のそれとして間違っていたというのではないが、その方法論をそれ自身として吟味していく作業が必要であり、マルクス主義が民族問題を解決できるというマルクス主義の側に暗黙のうちにある一種の前提を再考しなければならない・||・民族問題を考えようとする場合、こうした思いが痛切に存在し、一種のブラックボックスに入った状態になってしまう。
 本書は、私のこうした問題意識(これが正当であるのかどうかということ自体が一つの問題である)に必ずしも直接に応えるものではないが、現実の問題に鋭く切り込んでいこうとしているのは間違いない事実である。ここでは昨年十一月のトロツキーシンポジウムに参加したボリス・カガルリツキーへのインタビュー「民族問題とペレストロイカ」をとりあげよう。私は、彼の著書「モスクワ人民戦線」には一種のロシア民族中心主義があるのではないかと危惧していたので、それがどうなのか注目して読んだ。
 カガルリツキーは、民族紛争の根源にある要素を三つあげる。第一は「スターリンに罪があっただけでなく、レーニンの民族政策そのものに実現不可能な側面」「つまり・……・ロシア連邦共和国の大きさとか占める位置から言って、平等な共和国の連邦をつくることをめざしたとしても、ロシア連邦共和国と他の共和国との間の関係が平等でない関係になっていくのは不可避なこと」。第二は、ソ連の各共和国の国境を定めるとき「歴史的な要因とか民族的な要因よりも、むしろ経済的な必要を重視して・……・国境は非常に人工的に決定され・……・各共和国が主権国家たらんとすれば不可避的に国境問題についての紛争が起こってしまう」。第三の要因は、それぞれの共和国にそれぞれ独自の官僚機構が形成されたことである。
 そして民族問題を解決するための条件を二つあげる。一つは「ソ連を単一全体的なものとして保持する主張を拒否すること」である。第二は、「強力な労働運動」の形成。強力な労働運動が生まれれば、「少なくともロシアの領域内の各民族の勤労者が統一され、そうした労働運動は民族問題を民主的に解決することに関心を持つようになるでしょうし、その基盤も出てくるでしょう。強力な労働運動が生まれるまでは、民族問題の民主的調整はきわめて困難です。というのは、労働運動は、さっき申しあげた地方の封建的な官僚を打倒して、近代的国家を形成することができるだろうから」ということである。
 カガルリツキーは、最初に「民族問題の先鋭さというのは、われわれロシアに住んでいる者にとっても驚きでした。・……・スターリン後、民族問題の解決については一定の進歩があったというふうに理解していた」「実際に、三〇年代から五〇年代に民族問題の一定の解決はなされた」と述べている。つまり民族問題が先鋭な形をとるまでは、こうした認識が支配的だったというのである。そして民族問題の先鋭さを認識してからは、「その解決方法が間違っていたということが問題の根源だと思います」という。解決方法の間違いという認識に先の「レーニンの民族政策そのものに実現不可能な側面」があったことがつながっている。
 「モスクワ人民戦線」を執筆した当時のカガルリツキーは、「実際に、三〇年代から五〇年代に民族問題の一定の解決はなされた」という認識をもっており、その立場から尖鋭化していく民族問題に当惑していたのではないかと思う。その時点に比較して彼は、大きく変化している。そしてレーニンの民族政策の基本的な正しさを認め、それを実現可能にする鍵が「強力な労働運動」にあるという主張である。
 限られた時間の中でのインタビューであるから、これからだけで彼の主張を性急に判断することには慎重でなければならないが、私は、物事を単純化しすぎているという印象をぬぐいがたい。いくつか疑問があるが、その一つは「強力な労働運動」という場合、その質はいかなるものだろうかという点である。これまでの歴史が示しているように、革命の側からみれば労働運動がしばしば民族意識あるいはそれを基盤にした「国民意識」に飲み込まれ、重大な敗北を喫してきたという事実があるからである。
 カガルリツキーは、別の個所で「民族紛争にはしばしば、非常に非合理的な側面があるものです」と述べている。「非合理」という価値判断の基準はなんであろうか。「民族紛争にはしばしば、非常に非合理的な側面がある」と私も思うが、この判断はやはり革命あるいはマルクス主義、民主的という一つの価値判断基準からのものであって、超越的なものではないだろう。「非合理」に見えるということは、民族紛争を理解するために必要な、民族それ自身の内的論理をもっていないためではないのか。
 カガルリツキーが民族問題を解決する条件の一つとしてあげる「ソ連を単一全体的なものとして保持する主張を拒否すること」にはまったく同感である。これは、論理的には現在のソ連邦の「解体」を含んでいるが、柔軟で現実的な立場が不可欠だと思うからだ。レーニンは、これまで抑圧されてきた民族はしばしば無茶な要求を出すが、それに応えることが必要だといった。現実的な政治家としてのレーニンの面目躍如たるものがあるといえよう。
 そのためにも、また民族が内包しているそれ自身の論理を理解していくためにも、ソ連での民族問題の実証的な研究が不可欠だと思う。

 特集「民族とはなにか」の中で「自立をめざすバルト三国」と「アラブ民族主義とパレスチナ問題」が、現在の情勢においてもっている意味については改めていうまでもないだろう。

トロツキーに関連する新史料と論文

 「トロツキイとレーニンの“連帯闘争”・||・グルジア問題をめぐる新事実」(藤井一行、敬称略、以下同じ)は、ソ連共産党中央委員会通報の一九九〇年九月号に掲載された新史料を翻訳し、簡単な解説を記したものであるが、まことに興味深いものである。昨年のトロツキーシンポジウムでトロツキーによる文書をはじめとして数多くの新史料が発見されたと報告されたが、こうした形で紹介されていくならば、トロツキーの理論や革命論にとどまらず、スターリニズムをめぐる問題にも新しい光があてられ、現在多面的に進んでいる社会主義の再考にも積極的な影響をおよぼすに違いない。
・・「トロツキイのネップ論・||・ペレストロイカのための不可欠な遺産」は、トロツキーが一九二三年のソ連共産党第一二回党大会で行った工業の領域におけるネップの方針を説明した「工業に関するテーゼ」を中心に、「一九八七年の一〇月から私は、ペレストロイカのために、レーニンの戦友たちの思想的・政治的遺産、まず第一にトロツキーの遺産の利用の必要性を基礎づけようと努力している」ウラヂーミル・ビリクが論題の内容にまとめたものである。
 この論文が有している刺激力は、小見出しを並べるだけで十分に明らかである。それは、工業の集中、社会主義は計算である、計画・・=・予見と調整、ネップとペレストロイカ、論争するトロツキー、トロツキーの遺産・||・である。少々長くなるが、トロツキーの主張を一つ引用しよう。
・・「われわれは、男女の労働者を解雇する必要性に直面している。・……・労働者階級全体とその党が、たんに公然たる失業の運命を男女の労働者に負わせないために、失業を隠しているとすれば、すなわち、かろうじて働いて労働者、半分働いている労働者、三分の一働いている労働者の余剰人員を工場で扶養しているとすれば、それは労働者階級全体とその党の最大の臆病といわざるをえないからである。隠された失業が社会保障の最も劣悪で、最も効果の少ない、最も高くつく形態であることには何の疑いもありえない。・……・このような状態のもとでは、経済機構は正確に勘定し決算し原価計算し予測することができず、無意味な浪費と無責任さの精神で教育されるからである」
 著者は、「ネップへの転換後の経済政策にかんするトロツキーの今でもアクチュアルな見解」という観点に立っている。これが正しいのか私には判断できないが、いずれにしても工業の建設に関する興味深い見解であるとことには疑問はない。著者と同じ立場に立てば、きわめて重要な問題が提出されることになる。
 第一は、現在の第四インターナショナルの方針に関係するものである。周知のように第四インターナショナルは第一三回世界大会に向けてソ連に関して、市場の導入を資本主義化とみてこれに反対し、社会主義的民主主義と民主的な計画経済を対置している。トロツキーの主張の水準に比較してあまりに抽象的である。この方針では、ソ連の現実に一寸も切り込めないことは明白である。なぜ、このような抽象性が発生したのだろうか。
 第二は、国有計画経済に関連する問題である。現在、ソ連経済を官僚的中央指令型経済と呼ぶことに異論を唱える人は少ないだろう。われわれは、つい数年前まで国有計画経済を十月革命の成果だとして、その防衛を主張してきた。第四インターナショナルの第一三回世界大会の諸文書には、この綱領的な主張には言及はないが、これをどう総括するかという問題がある。本書で展開されているトロツキーの計画経済の概念からすると、ソ連の経済が計画経済とは際立って遠いものであることは明らかである。そうだとすると、一九三〇年頃を転換期とするスターリンの下で展開したソ連経済をどのように規定するのかがきわめて重要な問題をして浮かび上がってくるといわざるをえない。 

社会主義の危機と経済学再建の課題(その2)
織田 進

2 「資本主義のレギュラシオン理論」(1)


  危機における経済学の革新

 いわゆる「原理論」の分野であれ、現状を分析して経済政策の立案に資することを役割にする分野であれ、現実の経済をとらえることに無力であれば、経済学は存在の意義を失う。
 経済学が真価を問われるのは、経済的危機の時代においてである。伝統的理論が直面している危機を解明できないでいるとき、経済学の批判的な総括と、新しい発展が期待される。危機が提起する問題を明らかにできず、まして何が問題になっているかを理解さえしない理論は、寿命が尽きたものと診断される。
 マルクスは、資本主義の一九世紀的発展のなかで、『資本論』に集約される批判的経済学をうみだしたが、この新しい理論は、人類が新たに経験することとなった危機を解明すべきものとしてうちたてられた。 『資本主義社会の矛盾にみちた運動は、実践的なブルジョアにとっては、近代的産業が通過する周期的循環の浮沈において最も痛切に感ぜられるのであって、この浮沈の頂点は一般的恐慌である』(『資本論』第二版への後書き)。ヨーロッパのプロレタリアートがそのただ中にたたされることとなった循環的で普遍的な危機を理論的に解明するマルクスの経済学がなければ、ドイツを先頭とする社会民主主義派の大衆運動の歴史的な展開は別のあい路に迷い、二〇世紀のプロレタリアート革命の源流となることもなかったであろう。
 危機のなかで新しい理論的な発展が望まれる点では、 「ブルジョア経済学」 も同じである。一九二九年の世界恐慌からまっすぐ第二次世界大戦へ突入していった三〇年代危機は、新古典派経済学が描いてきたものとは大きく異なる経済的現実を把握し、危機を積極的に解決しようとする、「ケインズ革命」とよばれる新しい理論的な発展を経済学にもたらしたケインズの独創の舞台となった。このケインズ経済学の誕生によって、アメリカを先頭とする第二次世界大戦後の資本主義経済は、復興から新たな繁栄にむかうための強力な武器の一つを手にすることができた。
 だが、この同じ危機の時代にマルクス主義経済学は全体として創造力を失い、多くはひたすらスターリンにひざまづき、たたえるだけの役割に終始して、ヨーロッパとアメリカのプロレタリアートが民主主義統一戦線と国民国家体制に統合されていくことを許した。プロレタリア革命の武器としてのマルクス主義は、このときその責任を放棄したといえる。
 三〇年代危機のなかで「ブルジョア経済学」が理論的革新をなしとげたにもかかわらず、マルクス主義の理論がついに深い沈滞から抜けでることができなかった事実は、第二次世界大戦後の世界が資本主義のヘゲモニーで再建されていったことに重大なかかわりがある。今日にいたるプロレタリアートの歴史的敗北の総括は、この問題を避けて通るべきではない。
 「レギュラシオン学派」は、彼ら自身の説明によれば、六〇年代末から起こった資本主義経済の危機と取り組むことによって誕生した。現代の資本主義経済が直面している危機が、どのような起源を有するものであるか、どのように克服可能であるかを模索するという実践的な課題を、彼らは自分に課している。そのために彼らは、単に経済学の境界のなかで革新をめざすにとどまらず、歴史学や、その他の社会科学との多様な交流や協同作業を追求する。マルクス主義についても、もし理論的生命力が残されているとすれば、現実と格闘することによってそれを証明しなければならないと彼らは主張する。
 六〇年代後半からのアメリカをはじめとする資本主義経済の危機を、彼らは「フォーディズム的成長の危機」としてとらえる。 「黄金の三〇年」 にいたるアメリカ資本主義の歴史的発展を分析するなかから、彼らは、資本主義的蓄積の構造を把握する独自の視点を築き、新しい体系的な理論の形成をめざしている。それによって彼らは、自らを一つの「学派」へと高め、独自の方法で歴史を説明し、人類が進むべき新しい社会を構想しようとしている。
 このような革新の努力は、われわれにとっても興味深いという以上のものである。そこでまず、その主張の特徴的な点をいくつか整理してみたいと思う。

  資本主義的蓄積の矛盾

 資本主義的生産の諸様式は、固有の蓄積体制によって規定され、どの蓄積体制も、固有の矛盾によって特徴づけることができる。なぜなら、資本蓄積はそれ自体矛盾として展開する運動であるからである。
 @資本主義経済における価値は交換価値として、一般的等価形態である貨幣との交換によって実現する。この交換は、販売とそれに対応する購買としての社会的行為であり、生産物に投下されている労働は、交換されることによってはじめて社会的総労働の一部分となる。販売されない生産物は商品とならず、投下された労働は価値として実現しない。社会的総労働は、貨幣に交換された、すなわち販売された生産物の総価値として、社会的総所得となる。
 社会的労働の総価値は、社会的労働力の価値と剰余価値とに分割されるのであるが、この分割は、社会的総所得の分配として、貨幣形態をとらなければならない。これは、資本主義的商品経済の普遍的な制約、「貨幣制約」として固有のものである。
 価値は、したがって剰余価値もまた、貨幣として実現されなければならないという「貨幣制約」は、資本主義的蓄積の一つの矛盾である。なぜなら、貨幣はそれ自身商品でありながら、制度でもあるからである。商品と貨幣との交換は、販売としては価値の実現であるが、購買としては価値の消滅である。商品としての貨幣自身の価値は、未来の交換による事後的な証明が予定されているにすぎない。そして制度としての貨幣は、国民経済の内外の諸階級関係から規定されることによって、しばしば価値不実現の危機を発生させ、そのなかで「貨幣の中立性」が幻想にすぎなかったことを明らかにする。
 A資本蓄積の本質的矛盾は、剰余価値を社会的総労働の分割として定義する定式に表されている。この、総抽象的労働を社会的労働力の価値と剰余価値に分割する定式が示している関係は、賃労働関係である。
 資本制的生産様式を特徴づけるもっとも基本的な関係は、この賃労働関係にほかならない。
 『労働力は他の商品と同じような商品ではない。労働力が一つの商品であることによって価値を有するならば、労働力の使用は労働そのものである。これが、賃労働関係が交換関係であると同時に生産関係でもある理由である』 (『資本主義のレギュラシオン理論』、M・アグリエッタ、大村書店六八ページ)。剰余価値は、生産関係としての賃労働関係そのもののなかから出てくる。
 生産関係を構成する両極としての資本と労働が、対等な交換の主体として取引関係において向かい合う新古典派経済学の原理は幻想にすぎない。現実の賃労働関係は、個別の蓄積体制に固有の歴史的・社会的に規定された「制度」である。したがって賃労働関係は、多様な社会において多様な形態をとる。
 ロベール・ボワイエによれば、『生産諸手段の型、社会的・技術的分業の形態、企業に対する賃労働者の離職や定着の様態、直接間接の賃金所得の決定因、そして最後に賃金生活様式――これは諸商品の入手具合なり、市場外的な公共サービスの利用なりと多かれ少なかれ結びついている――』 の五つの構成要素が、賃労働関係の歴史的構図を特徴づける(『レギュラシオン理論』、藤原書店八〇ページ)。
 社会的総労働の分割としての賃労働関係は、剰余価値の総量を規定し、それによって資本家階級全体の連帯のあり方の基礎となる。したがって歴史的に規定された階級闘争関係としての賃労働関係が、固有の蓄積体制の発展と限界を特徴づけることになる。
 B技術的進歩を生産力の発展に結びつけ、相対的剰余価値の生産をめざすことによって、蓄積体制は外延的段階から内包的段階へ移行していく。だが、この移行のなかで要求されるものは賃労働関係の変容である。
 生産力発展の推進力は、生産手段生産部門、すなわち第T部門から生じる。一方で、資本家階級の高蓄積への衝動は、第T部門の自立的蓄積を促進し、消費手段生産部門、すなわち第U部門とのあいだで不均等な発展をもたらす傾向が存在する。他方、相対的剰余価値は、社会的労働力の再生産時間、すなわち必要労働時間の短縮から生ずる。それは、第T部門の生産諸条件の変容が、第U部門の不変資本に吸収され、消費手段の価値低下をもたらすことによって可能となる。
だが、両部門の不均等発展をもたらす条件と、その調和的発展を実現する条件とは本来的に独立しており、あらかじめ合致を保証されているわけではない。『生産手段生産部門の不均等発展は、それが生み出す技術進歩にもかかわらず、資本の収益率を押し下げるという結果をもたらすのである。……つねに潜在的に存在しているこの障害は、資本制的生産が賃労働者階級の存在条件を激変させる場合にだけ除去されうる』(アグリエッタ、前掲書八四ページ)。資本蓄積の歴史的展開の過程は、必然的に賃労働関係の変容の過程に他ならない。この過程の理解は、蓄積体制の危機を賃労働関係の危機として、すなわち階級闘争の問題として解明する理論的基礎をあたえる。

 「制度化された妥協」としてのレギュラシオン

 このように、資本主義的蓄積は矛盾にみちた過程であり、蓄積体制の内部にはさまざまの対抗・「コンフリクト」が抱え込まれているのであるが、それゆえに、このコンフリクトそのものが社会的統合にむかう「調整」・レギュラシオンをうみだす。
 『社会制度は、社会的コンフリクトの産物であると同時に、紛争の当事者を規格化するものでもある。コンフリクトを排除する結果、社会制度は経済的敵対関係を直接には問わなくなる。制度はそれを生み出した社会的分離の一定の範囲内で、主権という属性を有する。この主権によって、制度はノルム(規範)を公布し、慣習的な基準を確立することができる。そして、この慣習的な基準は、敵対関係を多少とも持続的な安定性を有する社会的差異化に変える』(アグリエッタ前掲書八ページ) それによって、一定の蓄積の様式が体制として持続しうる。
 それ故、「調整」・レギュラシオンは、蓄積体制を体制たらしめる基本的社会関係としての制度であり、「制度化された妥協」である。社会的コンフリクトがその調整の装置としてレギュラシオンの構造諸形態・制度諸形態を生み出す。蓄積体制のなかでは、諸階級の社会的統合が維持されている。統合は、コンフリクトの両極によって担われているのであって、「暴力を最終的に消去してしまう無媒介的な社会的統一性、資本主義社会のなかで闘争状態にある諸階級の一方が担う統一性」といった一面的なものではない。
 「調整」の危機は統合の危機であり、蓄積の危機である。蓄積体制は、新たなコンフリクトのなかから新たな「調整」の様式をうみだすことによって、崩壊をまぬがれる。レギュラシオン理論は、この過程を具体的に分析することによって、危機のなかでいかにして社会的統合が可能かを解明しようとする。
 この観点は、市場という社会的統合の原理が自動的に均衡をもたらすとする新古典派経済学に根本的に反対する。また、レギュラシオン学派は、国家を経済的調節の全能のセンターとして描く理論にも批判的である。この理論は、新古典派の裏返しとして、現実性を失っている。ケインズ派やマルクス主義の国家独占資本主義学派が主張するのとはちがって、国家は社会的調整の未完成性を政治的に表現したものにすぎず、「社会の一階級の意のままになる道具の総体でもない」のである。
 
 フォード主義的成長とその危機

 レギュラシオン理論による個別資本主義分析の出発点は、第二次世界大戦以後のアメリカ資本主義の発展・繁栄とその危機であった。ここで彼らは、賃労働関係の変容に注目しつつ、「フォード主義的成長」 の概念を生み出した。この概念は、アメリカの戦後の経済成長と繁栄およびその後の危機を説明するキー概念である。
 先行する労働編成原理は、テーラー主義として把握される。テーラー主義は、「労働者の自律度を低下させ産出ノルム達成にむけて彼らを恒常的に監視と統制のもとに服させるような」労働編成原理である。これに対してフォード主義は、労働編成原理としては、一方における半自動的生産ラインへの労働の従属による統合と、他方における分業の固定化を特徴としている。だがフォード主義の真の意義は、内包的蓄積のための新しいレギュラシオン様式として、賃労働関係を変容させたことにある。
 『フォード主義は歴史上はじめて、労働者の消費ノルムを内に含むものであり、そこでは諸商品の個々的特性が具体的な消費実践を支配している。……こうした消費様式が更新されうる社会的条件がひとたび確立されれば、半自動制御式の機械化された労働過程が一般化し、消費ノルムの内実をなす諸商品の生産を直接に引き受けるがゆえに、消費ノルムは進展していく』(アグリエッタ、前掲書一七七ページ)。労働者の規格化された消費ノルムを典型的に代表する商品は、自動車と標準住宅である。かつては上流階級のために生産されていたこれらの商品は、労働者自身のための消費ノルムとなり、大量生産ラインにのった。新しい消費ノルムの社会化によって、生産手段生産部門と消費手段生産部門との調和的発展がもたらされた。
 賃労働関係のこのような変容は、それ自身階級闘争の産物である。これらの家庭用耐久消費財は、労働者の通常の賃金で購入するには高価であるから、それが社会的消費ノルムとなるためには、金融の社会化と名目賃金の長期にわたる固定化が必要となる。これらの課題を解決する団体交渉制度の発展が、フォード主義的レギュラシオン様式の中心となった。団体交渉は「内容的には、労働条件から、資本制的生産より引き出す貨幣利得のプログラム化へと、形態的には、分権的意志決定のレベルから、集権制強化のレベルへと推移」していった。それによって基準名目賃金の固定化が進み、賃労働者階級の消費ノルムの社会化がいっそう進展するとともに、賃金の将来的変化を組み込んだ効率的投資計画をたて、標準商品の大量生産に向けられた半自動的労働過程を発展させることによる内包的蓄積の進展が実現した。
だが、この消費ノルムの社会化の過程は同時に、社会構造の基底における共同体関係の変容、すなわち小家族化の進展の過程であった。消費の領域が、大家族共同体から社会に移行した。こうして、フォード主義的成長が伝統的慣行に重大な変化を強制し、社会的に保証されなければならない「いわゆる集合的消費費用」を急速に増大させ、相対的剰余価値を阻害する新たなコンフリクトを波及させることとなったのである。
 『フォード主義は、機械化された労働過程と諸商品の厳密に私的な消費とのあいだに、専一的関連を樹立したのであるが、それによって、消費ノルムが発展するにつれて、いわゆる集合的消費費用が急速に増大することとなった。この現象は相対的剰余価値を阻害し、ついには労働編成の仕方が問題となり、フォード主義の危機が明らかになるやいなや、その発展方向を逆転させるまでになった。これこそ、一九六〇年代半ば以来、成長の社会的代償とよばれるもののまごうかたなき爆発を、われわれが目のあたりにした理由である』(アグリエッタ、前掲書 一八二ページ)
 このようにしてフォード主義的レギュラシオン様式が、その発展の帰結として危機に陥ったのである。