2005年7月10日        労働者の力             第 184号

 
衆議院で5票差―小泉内閣の終わりが始まった
参院での郵政民営化法案の廃案を


川端 康夫


 7月5日、午後1時から開催された衆院本会議は、自民、公明両党が提出した郵政民営化法案の修正案の採決に入った。結果は、出席議員461名、賛成233名、反対228名という僅か5票差でのぎりぎりの通過となった。自民党からは反対37、棄権・欠席14の計5名の造反者が出た。一応衆院は通過し、参院へ送付されたが、参院は与野党差が衆院より接近し、18人の造反が出れば否決される。参院の自民党議員には法案への反対が根強く、衆院での造反議員の裁決後の集まりには、参院自民党から16人が出席したと報じられ、8月13日までの会期での審議や採決が緊迫することは確実だ。
 衆院での造反者は以下の通り。
 反対 37名 綿貫民輔(橋)保利耕輔(橋)野呂田芳成(橋)八代英太(橋)藤井孝男(橋)村井仁(橋)松下忠洋(橋)今村雅弘(橋)滝実(橋)小泉龍司(橋)森岡正宏(橋)小西理(橋)保坂武(橋)津島恭一(橋)古川禎久(橋)森山裕(橋)亀井静香(亀)青山丘(亀)平沼赳夫(亀)古屋圭司(亀)小林興起(亀)衛藤晨一(亀)能勢和子(亀)松宮勲(亀)山下貴史(亀)江藤拓(亀)川上義博(亀)武田良太(亀)堀内光雄(堀)左藤章(堀)田中英夫(堀)城内実(森)自見庄三郎(河)亀井久興(河)山口俊一(無)野田聖子(無)能代昭彦(無)
 棄権・欠席 14名 古賀誠(堀)北村直人(堀)望月義夫(堀)近藤基彦(堀)福井照(堀)佐藤信二(橋)斉藤斗志二(橋)野田毅(山)渡辺具能(山)中村正三郎(森)柳本卓治(亀)高村正彦(高)梶山弘志(無)
 橋―旧橋本派、亀―亀井派。堀―堀内派、森―森派、山―山崎派、高―高村派、河―河野グループ、無―無派閥

一挙に政局化した郵政民営化問題

 自民党執行部は郵政法案の採決に向け、異例、異常とも言うべき党内引き締めや党運営を行い、党内反対派の押さえ込みをはかった。まず6月28日には、反対議員の多い郵政担当部会を飛ばして、党総務会を招集し、その場で多数決採決を強行した。これは自民党内の慣例では全会一致をもって決定することになっていたものであり、執行部は党議拘束をかけたとし、反対派は多数決での党議拘束は認められないと反発した。党執行部は党議拘束に反した議員は次の総選挙での公認は行わないなど、厳しい態度で臨み、反対派への押さえ込みをはかった。また公明党の神崎もそれより以前に、郵政法案反対議員には選挙での支援を行わないとの露骨な圧力を加えていた。結局、法案は公明党の支持で辛うじて通過したのであるから、まさに自民党の延命装置、あるいは小泉の延命装置の役割を明々白々と果たしたのである。
 採決直後、無邪気に喜びを表現した小泉だが、続く参議院での審議、採決を考えれば、心中は複雑であるに違いない。翌6日、小泉は早速頼りとする参院議員会長の青木を訪れ、協力を要請している。青木は確答せず、小泉に対して、衆院時よりもさらなる慎重な審議態度を求めた。態度を鮮明せずに、最後には小泉支持に参院をまとめるという従来からの青木のやり方からすれば、小泉は青木が最後のよりどころだが、衆院での採決結果をふまえた反対派議員の勢いを正面から押さえ込むことは青木にしてもかなりの負担となろう。参院での採決の行方はまさに不透明というしかない。
 郵政民営化法案は最終的には妥協を重ねつつ衆参両院を通過するだろうとの見方が当初強かった。その理由は参院における青木のこれまでの対応ぶりを見てきたからである。さらに民主党の小沢が、いかなる理由によるものか、早々と「郵政は政局とならない」と述べていたこともある。しかし、事態はすでに「政局」局面に突入したのだ。

小泉流への反発―求心力を失った小泉

 小泉はスコットランドのサミット会場において、記者団と懇談し、採決で負ければ衆院解散を決意していた、参院で負けた場合も衆院解散だと言明した。参院で負けて、衆院解散とはあまり理屈の通る話ではないが、これが小泉流というものだろう。俺に従うか、それとも対決するのか、というのが小泉流なのだ。党執行部のとった異例の強硬姿勢もまた、そうした小泉の態度の延長である。自民党造反議員の中には、こうした小泉流への反発が濃厚に流れている。
 綿貫は採決以前にでも処分を出してもらいたいと公言し、堀内は直前に派閥会長を辞任し、処分を甘んじて受ける態度を明らかにした。造反議員の一覧を見れば明らかだが、反対派議員は派閥を横断しており、これが自民党恒例の派閥抗争ではないことは明らかだ。退場した高村は、インタビューに答えて、この法案に賛成することは絶対にできないが、一応党議拘束がかかっているので反対票を投ずることは避けた、としている。同じく古賀も野党とは一緒になれないと述べたが、森派の1年生議員の城内のように安部晋三の最後までの説得を振り切って反対票を投じた者もいる。また2人の副大臣(衛藤厚生労働、滝法務)と2人の政務官(森岡厚生労働、能勢環境)も直前に辞表を提出し、反対に回った。
 党執行部は、ぎりぎりの採決だった、薄氷を踏む思いだったと語り、予想を越える造反者の出現に直面し、政府と党の役職者以外への処分は参院での法案採決後への先送りを決めざるを得なかった。参院での反対派を刺激することをおそれたとの名目だ。
 郵政法案に政治生命をかけている小泉が、廃案になった場合にとる態度は内閣総辞職が筋道である。法案の廃案までにはいくつかのステップがある。参院で否決されても、即廃案になるのではない。両院協議会の開催で論議するなどが制度的には可能なのだ。だが小泉は解散にこだわる。あくまでも正面突破路線なのだ。あるいは玉砕路線といってもいい。参院には解散はないのだから、解散の脅しは直接には効かない。また、自公選挙協力もさほどは働かない。小泉の党内求心力が危機にさらされている現在、解散・総選挙後の内閣は明らかにポスト小泉政権に結びつく。小泉は来年秋で、自民党総裁の任期切れを迎える。その後の続投はないとされているのであるから。
 さらに重大なことは、解散後の政権が自公連立政権になる保障はどこにもないということがあるのだ。以前から与野党逆転の可能性が指摘されているが、その上で、造反議員は確信犯であるから、党公認を得なくとも議席に挑戦する。下手をすると自民党は、それらの選挙区で共倒れ、全滅もあり得るのだ。その上彼らが当選した場合、彼らがポスト小泉の選択においていかなる態度をとるか。これもまた自公連立政権を選択するか否かは全く不透明なのだ。与野党逆転は、新たな政界再編の引き金となるとの有力な見方は、さらに現実味を帯びつつあるのである。

廃案だけでは留まれない―闘う労組のさらなる飛躍を

 郵政民営化法案は、最終的には郵貯、簡保の解体を進めるものであるが、いわゆるユニバーサルサービス(全国あまねく郵便網を維持する)の維持も完全ではない。郵便小包はこのサ―ビスからはずされている。宅配便との競争に勝てないという理由だが、宅配便業者は離島や過疎地への配達に郵便事業を利用している現状は全く無視されている。そして郵便事業が利用できないとすればこれらの地域の宅配便料金が極度の高料金になることも容易に予測可能だ。構造改革のお手本とされたニュージーランドでは、それがまさに現実となった。また、私的金融(銀行など)が急速に店舗数を減らしている現状において、郵貯・簡保の果たしているまさにユニバーサルサービスが民営後も維持されていく可能性は考えられない。住民すべてに保障されるべき基本的生存権が、地域ごとに差別的に切り刻まれる。それはまた、その地域出身の都市住民にもさまざまな負担を強いるだろう。こうしたことが国会審議の中で明らかになるにつれて、政府答弁のインチキさがまざまざと明らかになってきた。そもそも政府答弁は、今、何故民営化なのかというもっとも根本の問題に答えていないのだ。「民でできることは民で」の繰り返しだけである。これで、党内の結束を固めることはできるはずがない。
 だが、郵政公社での労働現場には郵メイトをはじめ、多くの問題が山積している。これらの問題は民営化の方向が進められてきたことによって加速されてきた。民営化法が参院を通過するとなれば、こうした傾向は大幅に加速されることは必然的だろう。民営化法案の廃案は絶対に必要なことだ。だが、民営化法案が仮に廃案となったとしても、郵政公社の現状を追認することはもちろんできない。低賃金、労働強化のすう勢はさらに加速していくだろう。これらのすう勢は、あらゆる労働現場で今進んでいる総体としての労働基準の体系的解体とまさに平行している。サービス産業の一部にはすでに、暴力的制裁をも含む、、ある種の囚人労働的状況まで出現している。公務労働は、一定の労働力に対して政府が職の保障を与えることを通じて労働力市場への供給を絞り、結果として労働条件全般を下支えする機能を客観的に果たしてきた。公務労働の「民営化」は、そこでの労働条件の劣化をも含め、この機能を解体する。先のすう勢はまさに平行し相乗せざるを得ないのだ。これらの問題を直視しながら、現実の課題と正面から取り組み、公社当局と結合している全逓などの大労組の圧力をはねのけ、闘う労働組合の戦列を強化していく闘いはますます重要なものとなっている。(7月7日)

 
 東京都議選―自民敗北、民主は躍進
    政治の低調を反映した低投票率
          杉並の福士敬子さん現議席を確保
          
 東京都議会選挙(127議席、42選挙区)は7月3日に投票が行われ、即日開票の結果、自民党は勝敗ラインとしていた現有議席の51を下回る48議席と敗北した。民主党は目標ラインの30議席を上回る35議席へと躍進し、都議会第2党となった。公明党は現議席の23議席を確保、共産党は2議席減らした13議席、生活者ネットは半減の3議席、社民党は議席を回復できなかった。
 無所属現職の杉並・福士敬子さんは定数6の6位ながら、17337票で超激戦区(自民2、民主2、公明1、生活者ネット1、無所属ほか6)を制し、議席を守った。
 投票率は43・99%。前回を6%下回り、過去最低の前々回(40・80%)についで低い。この低投票率は、今都議会議員選挙が各党ともに当面の焦点として力を投入したにもかかわらず、都議会が共産党や福士議員をのぞけば、ほとんど総与党化状況にあってきたことを反映して、都民の関心を呼び起こせなかったことの結果である。その結果、石原都政の具体的な姿が少しも浮かび上がらず、その超反動的な教育行政や「三国人発言」に引き続く在日外国人への抑圧の拡大、さらには「ばばあ発言」に見られる女性差別なども焦点化されることなく推移してきた。都政への関心が高まらなくては、無党派層を投票行為に引き寄せることはできない。争点なき都議選といわれたが、むしろ争点を作らなかったのである。総与党化では争点は生まれない。

小泉ブームの去った争点なき都議選

 自民党は前回小泉ブームに乗って議席を伸ばし、35選挙区でトップ当選する勢いを見せた。今回は石原都知事の積極的な支援を受け、また公明党からも17選挙区で協力を受けたが、現有議席を守れず、敗北を宣言した。低投票率でも、窓口調査は無党派層が民主党へ投票する傾向を示していた。01年の出口調査で自民党は第1位の25%の支持を得たが、今回は第3位の16%であり、民主は14%だった。小泉ブームは去ったといえるだろう。しかも公明党が支持したのが17選挙区あり、そのうちの16選挙区で勝利している。国政だけでなく、都政でも公明党は自民党の延命装置となった。自公両党で過半数を上回るから、自公が与党主軸であることはゆるがない。
 石原知事は今回は積極的に自民党候補者の支持に走り回った。辞任した浜渦副知事を通じて都議会民主党との関係が深かった石原だが、今回の行動には、先の衆院選で落選した東京3区の次男支援を自民党に頼み込むこと、あるいは国政への復帰すなわち首相の座への意欲の現れなどが取りざたされている。自民党も今回は石原頼みだったのだが、それは通じなかった。
 争点なき都議選にした最大の犯人は都議会民主党である。都議会民主党とわざわざ銘打つわけは、都議会民主党(会派名)は民主党東京都連とは足並みが1致せず、全面的な石原支持の姿勢をべったりと続けてきたからである。そもそも都議会民主党は、先の知事選で反石原の姿勢で立候補した樋口恵子さん支援を決めた東京都連に従わず、石原支持で行動した。その都議会民主党は、浜渦解任問題で解任要求反対の姿勢をとり、解任決議に賛成した6人のうち、首謀者格とされた田中良議員(杉並)ら2人を会派から除名するまでに至ったのだ。当の田中議員は別会派(民主党東京都議会議員団)を組織し、2位当選を果たしたが、両者のぎくしゃくは消えていない。田中良は、20人もの新人議員を加えた都議会民主党の単1会派の復活を望む東京都連の呼びかけには応えるとしているが、問題は石原都政との関係だけに、難航は必至だろう。
 選挙で、都議会民主党執行部では、政調会長が落選した。浜渦の「やらせ質問」に関連し、都議会の調査特別委員会(100条委)への出頭要請に応じず、同委で「刑事告発に該当する」とされた影響だ。幹事長名取は、「新会派を解消して一緒になるよう、こちらから働きかけるつもりはない。都連の問題になる」との姿勢だ。「知事寄り」との党内の批判には、都政のことをわからない国会議員が言う話ではない。これからも是々非々で、姿勢は変わらない、と姿勢を崩さない。民主党は先の参議院選挙で自民党を上回る支持を得ている。それが、躍進とは言え、躍進に「とどまった」ことの原因は、まさに石原与党となり、かつ浜渦と結託して石原の反動都政を先端で支えてきた都議会民主党主流に責がある。民主党への投票が反石原にならない現状では、投票行為そのものがむなしいものとなる。

二大政党化への流れ―自己改革を迫られる社民党

 共産党は議席を2つ減らしたが、党勢全体が後退している中では、健闘したと言えるのではなかろうか。総与党化批判に反響があったとの報告がなされている。朝日新聞の出口調査でも無党派層の支持が民主の23%に続く18%があった報じられている。福士議員も浜渦の副議長就任に反対した唯一の議員ということを強調した選挙戦を闘った。杉並区での当選者は民主2、自民1、公明1、そして福士さんだから、超激戦区を勝ち抜いた底力は、福士さんを支援した市民勢力の健闘とともに、根強いものがあった。一方、唯一の社民党候補となった世田谷の大久保候補の選挙には連日福島党首が駆けつけるなど、終盤に向かって盛り上がりを見せたが、結果は10000票にとどまり、14位の再下位に終わった。社民、新社などの票は固めたが、無党派層の支持を引きつけることができなかった。
 今回都議選は、盛り上がりに欠けたとはいえ、都議会でも二大政党化への流れが強まったことを示している。
 都議会において第2党が30議席を越えたのは、実に40年ぶりである。社会党が45議席に躍進、自民党が38議席に転落した時以来のことである。85年に公明党が最大議席となる29議席、89年に土井社会党のマドンナ旋風で29議席といずれも30議席には届いていない。65年の社会党はその後の美濃部都政実現を期に、革新自治体ブームの実現につながった。社会党は国政では及ばなかったものの、地方自治体的には2大政党化を実現しつつあったのである。そうした可能性が、今あらためて東京に生まれてきている。
 今回、共産党はそれなりに踏ん張ったが、倍増を目指した地域政党、生活者ネットは逆に半減したし、議席回復にはるかに届かなかった社民党はいよいよ党存続の危機に直面していると言わざるを得ない。二大政党化への流れが拍車をましている中で、日常的な存在感が少しも見えないままでは、社民党が無党派層の支持を得ることはますます望み薄ということになろう。社民党は自己改革に思い切って打って出、開かれた党のイメージを打ち出さなければ全くの先細りになることは間違いのないことだ。(7月8日、K)

 


記者の一言

 「貧困との闘い」はやはり白々らしかった!


 G8開幕日、ロンドンでいくつもの爆弾が破裂した。本紙製作途中の今、この事件の真相は未だ不明だ。しかし、この事件を大々的に騒ぎ立てる「先進諸国」のメディア、並びにその政府に、やはり異常さを見ないわけには行かない。この日も含め、イラクでは何ヶ月も連日何十人という人々が殺されている。その多くが、ロンドンとまさに同じ爆弾によってだ。さらに「イラク人を助けている」と称する米軍は、多数の住民を、これまた連日殺傷しているのだが、その詳細は明らかにすらされていない。
 これらの悲惨な事実に眉一つ動かさずにきた者たちが、ロンドンの爆発では大騒ぎし、怒りをあらわにするのだ。「生命の重さのとてつもない不平等」という厳然たる現実が、そしてそれらを実は当然視する者たちの姿がまたもさらけ出された。
今回のサミットの売り物は「貧困との闘い」だった。しかし先のようなエリートたちの姿、そしてG8出席者を後ろに並ばせ、事件を「重々しく」非難したブレアの演出は、生命への敬意に対する不平等を、むしろ一層際だつものとした。「貧困との闘い」はこうして無言のうちにその真の姿、つまり嘘を浮かび上がらせた。サミットが公式的にどのような結末を残そうとも、人々の心に最終的に残るものは、ここにかいま見せた嘘であるに違いない。それこそが人々の目の前にある客観的な現実であるからだ。
 このような不条理に対する闘いにおいて、それが誰の手によるものであれ今回のような行為は、間違った闘い方であると、われわれは考えていることを最後に付記しておく。(七月八日、T)
 
   
NTTリストラ裁判証人尋問始まる
    リストラの本質明らかに
         第2回証人尋問は7月15日11時、東京地裁710号法廷
        

 
 6月15日、NTT反リストラ裁判第1回証人尋問が行われた。被告NTT東日本より110000リストラを企画した鳥越、土井の2人の元本社担当課長が証言台に立った。傍聴席は、電通労組組合員をはじめ支援の活動家で埋まり、若干のNTT関係者が片隅を占めていた。証言に立った2人は、ともに1987年入社の民営化世代だという。鳥越は110000リストラ案を作成したワークグループの責任者であり、土井は50歳退職・再雇用のスキームを担当した。鳥越は、僅か1ヶ月で計画案を作り上げたと証言したが、計画グループの実態や責任体制などには、ほとんど応えず、知りませんなどを繰り返し、他方後から証言台に立った土井は、饒舌にしゃべりまくり、何とか質問をはぐらかそうとする。
 最初に質問に立った会社側弁護士は、鳥越に原告側証拠である「ビジネス・アソシエ資料」の存在を認めさせた。この資料は、リストラ=退職・再雇用の「原型」とも言うべき秘密文書であり、具体的に「雇用形態の複線化」として「全国流動型」「地域内流動型(通常の社員)」として今日の退職・再雇用の原型を示し、「退職後、孫会社で地場賃金で再雇用」に「誘導」すること。これを拒否した社員には「現地に勤務場所無し→解雇」としている。加えて、いかに法律をすり抜けて「解雇」を行うかという方法まで示している。この文書と「構造改革」の関係を鳥越は否定したが、そうしないと持ち株会社が指令し、下請けとして鳥越が計画案を作ったことが明らかになるからだ。
 原告側弁護人は、持ち株会社が実行責任者ではないかと追求し、証人2人は、たじたじとなった。責任が持ち株会社となると、グループの連結決算が問題となり「儲かっているのに何故リストラか」に発展するために、持ち株会社との関係を必死に隠蔽しようとしたのだ。
 証人尋問は、NTTリストラの本質を見事なまでに切開するものとなった。次回は、電通労組の大内委員長とNTT側1人が証言する。「楽しみになってきた」と電通労組機関紙『真紅の旗』は報告している。(K)
 

 イギリス
レスペクト、新たな挑戦を準備

           アラン・ソーネット


 5月21日に開かれたレスペクト全国評議会は出席者が多数にのぼり、極めて楽天的な空気に包まれた。会合のこの高揚感は何よりも、選挙結果と議会進出の成功後に開かれたレスペクトにとっての巨大な好機、次いで資本の頂点に対する、新議員、ジョージ・ギャロウェイの目を見張る論駁を反映していた(彼は、国連のイラク―フセイン政権―援助に関する不正疑惑におけるフィクサーの1人として、ブッシュ政権からでっち上げの標的とされ、アメリカ上院の公聴会で証言を強要された―訳注)。
 ワシントンにおけるギャロウェイの堂々たる行動の成果は、世界的広がりの影響を与えた。彼が行った論駁に続く数日、世界中から、アメリカ1国だけからでも1500通もの支持のEメールが殺到した。彼の論駁は、長い間彼に投げつけられてきた泥(そのあるものは不可避的にこびり付かざるを得なかった)の多くを一撃で一掃した。そしてそれは彼に新たな信用を与え、またその信用をレスペクト自身も共有している。
 例えば次のようなことが伝えられた。即ち、イギリスの現在の問題を扱うTV番組、「クウェッション・タイム」の前週のセットに彼が歩み出た際、彼はスタジオの聴衆から総立ちの拍手で迎えられたのだ。明らかにこのようなことは、かつては決して起きたことのなかったものだ。

党の建設と拡大が急務

 選挙結果は極度に良好だったが、それはただ、そこからレスペクトが発展することを可能とする、1つの橋頭堡を意味するに過ぎない。選挙に関してこのように語ることで、全国書記であり、SWPの指導部メンバーであるジョン・リーは討議の口火を切った。橋頭堡という規定に孕まれた問題は、人がそこから前進しなければ、そこから押し返され海に突き落とされる、という問題だ。
 イギリスの上層階級は今、レスペクトを脅威とみなし、それを破壊するために彼らに可能なことは何でもやるつもりだ。ジョウージ・ギャロウェイに対する攻撃と、さらにレスペクト自身に対する攻撃は続くだろう。それ故レスペクトは、前進しより強くならなければならず、そうでなければ押し戻されるだろう。そして、これが意味することは、多くの党員を獲得し運動を実践する党への、緊急を要する任務としてのレスペクトの建設である、と彼は発言した。
 このような展望に関しては明らかな一致があった。さらに、レスペクトは彼らが勝ち得た基盤を打ち固めるとともに、同時に新たな領域へと外に向かって活動を広げなければならない、という合意もまたあった。しかし、それが意味することは正確には何であるのか、あるいはそれはどのようになされるべきかに関しては、それほど多くの一致があったわけではない。
 月刊紙「ソーシャリスト・チャレンジ」(FIイギリス支部も発行に参加)の支持者であるジョン・リスターと私は他の人々と共に、大衆的党員からなる党(発足時の党員数を10,000人以上に、というものが今に続いている構想)へのレスペクトの転換という問題は、レスペストが必要とする組織の型は何かという問題、さらにいかに組織すべきかという問題を暗に含んでいる、と強調した。
 新党員がもしも、実際の機能に関わることのできる党や、政治生活と運動の輪郭を経験する利用可能な地方支部を与えられないのならば、彼らがいつまでも党に残ることはないだろう。地方会議を開くという問題に関してはある種の緊張があった。しかしまた一定の部分からは、彼らが「伝統的会議」と呼ぶものに対して反対が示された。この反対は、政治討論のための党員会議に対する反対であり、外部の発言者を交えた多彩性のある会議に好感を持つもののように見える。しかし真に必要なものは双方を併せ持つものなのだ。
 他の人々と同様私が強調したことは、労働組合左派、特に頑固さを維持し、経営者との対決に踏み止まっている、それらの組合指導者に向けた刷新された働きかけのために、今回の選挙結果が持つ利点を活用すべきだ、ということだった。もしもレスペクトが、労働組合の中で新たな地歩を得ることなく、現在の時期を過ぎ去るままにするとすれば、それは深刻な問題となるだろう。大衆的な党員獲得は確かに重要だ。しかし状況が上記のように推移するならば、入党する党員は、未だレスペクトの外部に留まっている社会主義者と既に自己を確立した活動家だけ、ということになるだろう。
 さらにある程度議論された問題は、緑の党、並びに選挙期間中にレスペクトに対して彼らが取ったセクト主義的な姿勢の問題だった。彼らが変わると期待する者は誰1人いなかった。しかしそうであっても、今回の選挙におけるレスペクトの成果を前提としたとき、将来の選挙において少なくとも攻撃しないという協定を交わすために、彼らに再度働きかけを行う価値はある、という点は共通の感情だった。おそらく政治的現実あるいは単なる利己心のどちらかが、彼らの立場を変化させるだろう。

機関紙と地方選が焦点

 ジョン・リスターが指摘したことだが、今回の議論の中で本来あるべきであるのに欠けていた要素は、レスペクトの機関紙あるいは出版物という課題だった。この問題は昨年のレスペクト評議会によって、原則としては合意されていた。しかしさまざまな理由からそれ以降前進していなかった。具体的に機能する大衆的な党を手にするという目標は、党の出版物なしにいかにすれば可能となるのか、こう彼は問い掛けた。確かに、運動を推し進めるための出版物なしに、レスペクトはいかにして運動の組織であり得るのだろうか。
 出版物の欠落は実際のところ、レスペクトはこれまで、この国の多くの地域の党員に利用可能な形で自身の選挙結果を明らかにすることすらもできていない、ということを意味している。最終的に、特別委員会を設け、機関紙―それ自身に関しては原則として反対ではない、と全員が発言した―を目的とした評議会決定を実行に移すための議論をそこで行う、という合意が達成された。しかし、出版物がどのようなものであるべきか、という点についてはそれほど多くの一致点があるわけではない。
 ジョンは、月刊あるいは隔月刊、8頁あるいは12頁のタブロイド版、といった規模の定期刊行物から手を着けよう、と主張している。その一方SWP指導部メンバーは、不定期の4頁大判あるいは「雑誌」を主張しているように見える。実際かつてSWP指導部メンバーは、レスペクトには月刊紙を維持する能力があるのか、という疑問を呈したことがあった。来年の全国大会で問題が蒸し返されることに疑いはない。
 もう1つの重要な議論は来年の地方選挙の問題だった。その選挙で目標を定めた選挙区―特に総選挙で十分に闘った―で相当な数の候補者をそろえることは、レスペクトの強化を意味する。現実に自治体議員の相当なグループを獲得できた―あるいはタワー・ハムレッツにおいては明らかな多数すらをも獲得している―東部ロンドンに可能性がある。とはいってもこの点についての真実の可能性は評価が難しい。これは、反政府の大衆運動に参加する準備ができている自治体議員を獲得するということ、そして最終的には(先週のレスペクトロンドン集会で彼が発言したように)闘争の過程で投獄を厭わない議員を得ること、を意味するとジョン・リーは強調した。さらに彼は、今回の総選挙で我々が得たような成果を再度得るつもりであるならば、それらの選挙に対する準備は今始めるべきだ、と主張した。
注)筆者は、FIイギリス支部、ISGの指導部メンバーであり、レスペクト執行委員会にも席を置いている。
(「インターナショナル・ビューポイント」6月号電子版)
 
=パキスタン=
通信労働者、反私有化で闘争

         
ファルーク・タリク
 
 ―パキスタンメディアは、パキスタン政府が6月3日、パキスタン通信会社(PTCL)の私有化を期間を決めずに凍結した、と報じた。またこの期間PTCL従業員組合は、管理者との交渉のため条件付ながらストライキを中止した、とも報じている。そして組合は、管理者がもしも彼らの交渉同意を尊重しないというようなことがあれば、ストライキを再開する、と語った。このような展開の直前に我々は、この重要な行動の流れについての報告を受け取った―(IV編集者)

 PTCL従業員の諸組合の反私有化ストライキは7日目に入った。62000人以上の労働者が、パキスタン労働者階級の1部門による最も戦闘的な行動の1つに参加している。通信部門の9つの組合全てが団結している。そして、譲歩としての30億ルピーを超える支給提示の後ですら、彼らはストライキ中止を拒絶した。「金銭提示は二義的なものだ。我々の主要な要求は、私有化に終止符を打つことだ」と、通信産業従業員統一行動委員会のラナ・タヒルは語っている。この委員会がストライキの先頭に立っている。
 PTCLの事務所は空だ。パキスタン中で労働者が電話局を接収した。そして管理者は、建物に入ることを今も許されていない。全ての電話交換業務は労働者管理の下にある。労働者は電話回線は未だ切っていない。しかし保守点検作業は拒否した。その結果、何千という電話が修理のために待機状態にある。
 情報サービスと電話交換は機能している。しかし電話交換所全てで、職場占拠ストライキが行われている。これまでに何千人もの労働者集会が国の多くの所で開かれた。
 労働者は、彼らの要求が受け入れられないならば、6月6日に全ての電話回線を閉鎖する、との最後通牒を発した。その最後通牒にはまた、労働者の指導者の誰であれ逮捕されたならば、即刻全電話回線を通話不能とするとの項目も入っている。これまでのところ誰一人逮捕者はないが、警察と特殊部隊が全電話交換所に配置された。
 政府はこの収益力のある企業を6月10日までに私有化したいと思っていた。通信相はストライキにもかかわらず、断固として計画を進めようとしている。しかし労働者も同じく断固として応戦している。
 ストライキがラホールで始まった日の5月26日、パキスタン労働党(LPP)は最初の連帯デモを組織した。何百人もの労働者がこのデモに参加するため出掛けてきた。LPPの週刊機関紙「マズドゥール・ジェドジュッドゥ」特別号が、発行に向けて今印刷の最中だ。私有化に反対する21の理由を説明するポスターも印刷中だ。
 このストライキは、私有化に向けた政府の計画全体を機能不全にしてしまった。
注)筆者はLPP書記長。
(「インターナショナル・ビューポイント」6月号電子版)

 
ボリビア―第2次ガス戦争
       民衆勢力の希望、そして限界

                           ジェフリー・R・ウェッバー

 大統領カルロス・メサ・ジスベルトは、彼の最後の劇的な身振りを伴った演説を届けるために、今では殆ど儀式となってしまったやり方で、6月6日午後9時30分、テレビ画面に登場した。彼は明らかに辞任の最中にある。

民衆反乱による大統領打倒の再現―「ガス抜き」不可能な民衆的要求の燃え上がり―

 3月6日彼は、未だ取り消し可能な最初の「辞任」をテレビで発表した。そしてその中で彼は、この国を封鎖していたさまざまな社会運動を厳しく非難し、世界銀行からIMF、中でもアメリカ大使館にわたる、帝国の権力が発する指令全てに従う必要性を述べ立てた。メサの論理によればそれ以外の選択はない。大統領としての彼の役割は彼らの命令を実行することであり、そして、ボリビアがいかに管理されるべきかについて何人かの先住民が違った考えを持つとしてもそれは彼にとって、民主主義が日々機能するその仕組みを彼らが理解できないだけのことなのだ。
 数週間後メサは、民衆運動のさらに広がった結集、また極右からの弾圧要求に直面して、当時2007年に予定されていた大統領選挙を前倒しするよう呼びかけた。どちらの選択肢にも、必要とされた議会の賛同につながる動きはなかった。そしてそれは、メサには予め分かっていたことだった。ルイス・タピアが最近彼に付いて述べたように、まさに「植民地大統領」は権力に留まることができ、より一層右翼の支配を受けるようになっていた。
 しかし民衆勢力は、2003年10月の「ガス戦争」で70人以上が殺戮された後では、彼らの課題を政策の側面から逸らさせるままにするつもりはなかった。その闘争では、ゴンザロ(「ゴニ」)・サンチェス・デ・ロサダは権力から取り除いたが、メサ―当時副大統領―はそのままだったのだ。
 そしてエボ・モラレス・メサの権限は、「10月の課題」をやり遂げる、という彼の約束に由来していた。その課題とは以下のことを意味すると、決起した大衆は理解していた。即ちそれは、第1に炭化水素(特に天然ガス)の国有化、第2に、ボリビア国家を貧しい先住民多数派の利益に見合うように作り変えるための、憲法制定会議の召集、そして第3に、ゴンザロ・サンチェス・デ・ロサダの責任を裁く裁判であり、それは、2003年10月の日々に彼と彼の密接な仲間が関与した犯罪に対する責任の問題だった。
 メサは10月の課題を遂行できなかった。こうして2005年は、民衆的決起が日1日と拡大する一方の年となったのだ。そしてつい最近の5月16日、エル・アルト統1住民自治会連合(FEJUVE―EI)が率いて、エル・アルトからラ・パスへと下ってきた諸組織の大行進をもって、「第2次ガス戦争」が始まった。同日、エボ・モラレスを指導者とするMASの横断幕の下での、カラコロからラ・パスに向かう4日間行進に、農民―先住民諸組織の1定数が合流した。

首都は民衆に占拠された!

 エル・アルトから出てきた要求が明らかにより急進的だった。それは、ガスの国有化、議会解散、さらに、10月の課題の売り渡しを理由としたカルロス・メサの辞任、を要求していた。一方、MASが率いた行進は、ボリビア国家に対して多国籍企業が50%の採掘権料を支払うことを要求していた。これは、メサの事実上の賛同を下に5月17日に議会を通過した法律に代わるものとされていた。一方この法律は、採掘権料としては18%だけを、また直接税として32%の炭化水素税を規定していた。この後者の税は、評論家によれば、多国籍企業にとって操作が容易なものだ。
 MASが率いた行進参加者、エル・アルトから来たさまざまな民衆諸組織、ラ・パス州の20の県から来たアイマラ農民、さらに鉱山労働者の全てが、5月23日までには首都に集結し始めた。その時以来この首都は、国家警察並びに事実上の軍隊に対してダイナマイトが炸裂する現場となり、おびただしい量の催涙ガスとゴム弾が下町に対して射ち込まれる所となった。メサの最終的「辞任」に至る最後の数日間この首都は、ガス不足、基礎的食料品の価格高騰、さらに水不足によって機能不全となった。
 6月5日、ラ・パスの街頭は40万から50万人と思われる抗議の人並みで埋め尽くされた。どの方向であれ、また周辺のどの街路であれ、英雄広場から人並みの最後尾を見ることはとても不可能なことだった。ラ・パスは占拠され、メサは前述した夜のテレビ登場を強制された。

鍵は、権力をめぐる政治構想

 辞任が最終的決断であるとメサが明白に述べなかった以上、憲法に従えば、辞任には上院の承認を必要とする。3月にはその動きが見えなかったものこそ、この承認なのだ。制度上彼の後釜に位置付けられている1番手は、人々の憎悪の的になっている、極右の上院議長、ホルマンド・バカ・ディエツだ。彼が辞退した場合その地位を受け継ぐ可能性を持つものは、下院議長、マリオ・コッショ(ゴニがかつて指導した党であるMNRメンバー)。最後にこれらの2人が辞退した場合の3番手にいる者が、最高裁長官のエデュアルト・ロドリゲス・ベルツとなる。
 第2次ガス戦争の中心にいた社会運動諸組織の多く、並びにMASがよりましだと見ているシナリオが、後者の場合である。ロドリゲスが権力に着き、選挙の推進を可能とするために、バカとコッショ両者に大統領職辞退を迫る要求が浮上している。そうとはいえ、彼らの間の対立軸は相変わらず不明確であり、国有化及び憲法制定会議の召集という民衆の諸要求は今も燃え盛っている。そしてメサの「辞任」の眼前で、抗議は今も続いている。
 これから起こるであろうことを今決め付けることはあまりに早過ぎる。運動の草の根は信じられないほどの印象に残る数を記しながら動員された。しかしその一方この運動には、首尾一貫性のある国家権力のための政治構想が欠けている。新自由主義国家は危機にあるが、はるかな高さにまで引き上げられたハンディキャップに抗して粘ってきた。各々の展開に対し軍がどのように対応するのかも不明確だ。民衆の結集という点を超えた、ある程度統一された政治構想をはっきりさせることに、民衆陣営がもし何とか成功するならば、その結果は、ボリビア及びラテンアメリカ全体にとって巨大な意味をもつことになる。(初出は「流れに抗して」) 
注)筆者は、トロント大学政治学科候補教授であり、「新社会主義グループ」のメンバー。

―IV編集者解説―

反乱第1局面の終結と選挙への展開


 紹介のジェフリー・R・ウェッバー論文は、カルロス・メサ大統領の辞任並びに新たな選挙を呼びかける約束の前夜に書かれた。5月23日以来、アルト・プラノ、特にエル・アルトの広大なスラムの先住民民衆が先陣を切った民衆運動が、新たな天然ガス法に抗議して、ラ・パス並びに他の大都市を封鎖してきた。草の根の民衆が要求したものは天然ガス産業の国有化ただそれだけであったが、エボ・モラレス―先住民指導者であると共に、MAS(社会主義への運動)指導者―がその代わりとして訴えたものは、実質50%への引き上げとなる、課税強化と採掘権料徴収だった。
 国内が麻痺状態になるなる中で、議会におけるブルジョアジーの政治的代表達による決定的な動きが不可避だった。カルロス・メサの辞任(6月8日)とスクレにおける議会開催(6月9日夜)という僅かの時間の内で見え始めた事態は、右翼諸党、特に今やその名前の偽者ぶりが極度となっているMIR(革命的左翼運動)、並びにMNR(国民革命運動)に結集する上院議員が、上院議長であり、右翼実業家であるホルマンド・バカ・ディエツを新大統領として選び出しかねない、ということだった。このようなことは、反乱に立ち上がった民衆運動にとっては、到底受け入れられるものではなかった。それ故この選択にはおそらく、民衆勢力を押しつぶし街頭から叩き出すために、全面的な弾圧手段を行使する意図が張り付いていた。結果的には、最高裁長官であり、外見上は政治的に「中立」と見える、エドゥアルド・サンチェスというはるかに賢明な(支配階級の観点から見て)選択が出てきた。
 エル・アルトの戦闘的な指導者達の反応は、天然ガスと原油の国有化だけで十分、と述べることだった。しかしながらこの方針の保持は不可能だった。2週間半の絶えることのなかった決起、第2次ガス戦争の第1ラウンドは終わった、このような認識が24時間の内に現実のものとなった。おそらく今、意識は選挙の戦線に移行している。そしてMASは、エボ・モラレスの大統領への選出―2002年に僅か1.5%の差でやりそこなったこと―に向けた最後の1押しを加えようとしている。

南米全体で引き続く反新自由主義反乱の波―チャベスかルーラか、前進への模索―

 多国籍企業と新自由主義に絶望的な執着を見せているボリビア支配階級にとって、エボ・モラレス選出は大きな危険の出現を意味するだろう。彼はもう1人のウーゴ・チャベスになるのだろうか、それとももう1人のルーラとなるのだろうか。いずれにしろ、ボリビア右翼はモラレスに対抗して彼らが統1できる、信頼できる候補者を見つけ出そうと試みる、これがありそうに見えることだ。ワシントンの対外政策と安全保障の専門家は確実に、そのよう関心事を討論している最中だ。
 それと同時に、エボ・モラレスと民衆運動の最も戦闘的な部門との間には、国有化問題をめぐる緊張がある、ということをも思い起こす必要がある―モラレスは、運動が頂点に達したラ・パスでの民衆集会のいくつかで、非難の野次を浴びた―。
 この第2次ガス戦争の前半の局面は、全般的な闘争の上昇曲線の1部である。この過程には、1990年代後半におけるアメリカに支えられた「麻薬戦争」の暴力に抵抗する、コカ農民蜂起という運動があった。また、コカバンバにおける給水事業を私有化し、多国籍企業の手に移す目論見に対する、2001―2年における目を見張る決起があった。そして第1次ガス戦争の中でのサンチェス・デ・ロサダ大統領追い出し、及び次の大統領を打倒した現在の巨大な結集が引き続いた。
 過去7年において、貧しいコカ農民、極端な搾取を受けてきた労働者、そして中でも、凍り付けされたような町、アルト・プラノの貧困に打ちのめされた先住民民衆が立ち上がり、自らの言葉を見出しそして、最も不平等な大陸における最も不平等な諸国の1つで、新自由主義に抵抗してきたのだ。彼らは簡単には打ち破られないだろうし、彼らの基本的な要求もあきらめないだろう。その要求とは、国の富は、豊かな外国企業やとてつもなく富裕なボリビア人エリートであるそれらの協力者の手にではなく、民衆の手に握られるべきだ、というものだ。
(「インターナショナル・ビューポイント」6月号電子版)
 
 
 
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